--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2009/03/31 (Tue) 3月を終える

「先生を流産させる会」について思うところあり記事を書いていたのだが、至極単純なことにも思えて途中で放り出してしまった。

日本の教育関係者は、戦後ずっと迷走し続けて方向が定まらないまま、空っぽなお題目ばかり唱え続けている。阿呆みたいに「命の大切さを教えます」しか言わない。そんなものを教えられた例があるのか。問題解決能力のなさには、呆れ返るばかり。

日本の報道関係者の変わらない体質にも驚嘆する。いじめ、少年犯罪に限らずではあるが、キャッチーな流行語作りに専念しているようにしか見えない。論点が完全にずれているものを繰り返し流し続ける愚直さは、いっそ天晴れだ。狙ってやっているのならまだ救いがあるが、脇の甘さを見るところ故意ではないようだ。いつも通り、あさってな方向に中途半端に騒ぎ立てて終わるんだろう。



そんな話は今は置いておいて、今日で3月が終わることに今しがた気づいた。
数日前から、酷い悪夢と幻覚、幻聴の連続でダウンし続けていて、日付の感覚が吹っ飛んでいた。
こうなると、自己制御のために飲んでいる薬が逆に足を引っ張っているような気すらする。眠剤は効かず、寝なくていいときに眠くなる。一度眠ると目が覚めない。ホルモンバランスが過度に影響を受けるせいか、半端なく過食になる。
健康的な食生活を送れるのならば良いけれど、過食の時に選ぶ食べ物は、なぜ炭水化物や糖分なのだろう。個人的には芋けんぴがベストだ。ガリガリガリガリ芋けんぴを食べていると、その瞬間だけ、とても落ち着く。キロ単位で芋けんぴを買い込みたい気分だが、今の時期を脱すれば自制が利くようになるかもしれない。


精神状態が安定しない限り、どんなダイエット法も健康法も熱心に取り組む気持ちになれない。
ダイエットしたのに、2,3日の過食で元通りどころかリバウンド。かと思うと、拒食に襲われ、萎んだ茄子みたいに痩せ細る。短期間で太ったり痩せたりして何が何だか分からなくなった。


そんな私が最近偶然出会ったのが、過激な運動量のダンスである。
油絵教室を探していた筈が、気がついたらダンスを始めていた。
自分の気性に合っている、と直感したその日に既にレッスン料は全額支払ってしまった。自分らしい向こう見ずなスタートだ。
レッスンに行った日は、2,3日、猛烈な筋肉痛でうなされ夜も眠れずダウンする。
普段、横断歩道を小走りに渡っても青ざめてハァハァ言ってる位なので、当然だ。家事をひとつこなしても、頓服が必要なのに、私がこんなハードな習い事を続けられるのか。
「好きこそものの上手なれ」は、果たしてどこまで真実か。

いずれにせよ、そっちでどうせ死ぬほどカロリー消費するんだし、と過食に拍車がかかっている気がしないでもない。
明日もまた、芋けんぴを買いに出る。



応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

スポンサーサイト

日々日記 | comment(2) |


2009/03/28 (Sat) 悲しみの効用

20090328.jpg

しばらく私事で忙しく、大阪に戻って来たのが昨日のことだ。
パソコンに自由に触れる機会がなく、コメントのお返事も書きそびれている。


文鳥むくに、驚くほどのお悔やみを頂いて、私はとても奇妙な感覚になって、どうお返事していいのか分からなくなった。
最近の私は、良い意味でも悪い意味でも自分を突き放して見ているところがあるらしい。自分自身から遠ざかっているので、他者とも遠ざかってしまったような気がしている。
とても遠い見知らぬ国の人たちと、インターネットで繋がっているような、リアリティのない感覚になっていた。
ブログが書けない理由は、環境が第一にあって、次にこの曖昧さのせいだと思う。私は、私自身が空っぽだと感じる言葉は書けないし、相手が実感できないままには何も書く気になれなかった。

たくさんの心こもったコメントを頂き、ひとつひとつ何度も何度も拝見するうちに、私が感じているより近いところに確かに誰かがいるらしいと気づき始めた。
この感覚は、4ヶ月ブログを休止している間に私が完全には取り戻せずにいる感覚だ。

日々色々なことが起こり続けているし、同時に数え切れない感情や感じ方考え方の変化がある。けれど、うまく言葉にできない。できなかった。


8年半一緒に暮らしてきた愛鳥むくが亡くなって以後、私が泣いた回数は1回で、1?2時間のことだった。
すぐにむくの体を洗ってやって、ドライヤーで乾かしてやり、櫛で羽毛を整えてやり、むくの身体を蝕んだ腫瘍を切り取った。翌日には、埋葬地の実家に戻らねばならないから、老鳥のももをどうやって運ぶか、むくはどうするか、急なことで荷造りや予定の変更などで頭がいっぱいになった。
亡骸を埋葬してやって、はじめて私の務めが完了するのだ、それまでは完遂したことにはならないと思っていたのかもしれない。

翌日には実家に到着した。
実家での私は、いつもとても明るくて、精神疾患を持っているようには見られない。家族のムードメイカーであろうとする私は、変わっていない。
むくの死に一番落ち込んでいるのは、意外にもナーバスな父だった。
むくの亡骸は、私が以前着物地で縫ったランチョンマットを布団がわりに包んで行った。そのまま私の布団の横に並べて、一晩を一緒に過ごした。
その時も、涙は出なかった。

翌日の昼に、埋葬場所に埋めた。
文鳥一羽が入るだけの穴は、スコップを二、三度差し込んだだけで作れてしまう。
1年前に亡くなった、むくの母親きりの横に穴を掘り、庭に咲く花を何色か摘んできて、葉と花びらのベッドを作ってやり、むくを横たえ、まわりに鮮やかなピンク色の花を2つ飾った。むくは、美貌を誇る純白の羽を持つ文鳥だった。亡骸には見えなかった。悲しい葬式にも思えない。花で囲まれたむくは、何かの祝いか、門出を迎えたようにしか見えない。

上から、黄色の花びらを散らし、手で丁寧に土をかけて埋めた。土の上に、墓標代わりに花を置いた。私の仕事が終わった。
むくの文鳥としての仕事も、終わった。


むくの純白の身体の上に土をかけるときも、私は涙は出なかった。悲しいとも思わなかった。

その後数日、実家で過ごす間に、私はWBCにのめりこんで、小説にのめりこみ、ゴスペルのレッスンに出かけ、ケーキを買って思う存分食べ、それなりに生活を楽しんだ。


話は冒頭に戻るが、大阪に戻って来たのは昨日のことだ。
戻って来て気づいたが、鏡に映る私はやつれていて、体調も最悪だった。
戻って来た足で、予約していたカウンセリングに向かったが、実家を離れるのを待っていたかのようなタイミングで解離が悪化し、眩暈や離人感や頭痛と、記憶にない足の怪我で最悪な気分だった。
カウンセリングからいつ家に戻ってきたのか記憶がなく、今日は一日中ベッドで過ごした。

3羽いた文鳥たちは、今1羽ももだけになり、彼は10歳を越える高齢で、両目が見えず数年前から飛ぶことができない。
そのももですら、むくが死んだことを知っている。
今日も、何度もむくの不在を思い出すのか、それとも孤独が迫ってくるのか、悲しい鳴き声をあげる。私はブログを書こうとしたり、家事をこなそうとするが、うまくできない。
むくが出血した時壁に飛び散った血痕は拭ったが、他の箇所はそのままになっている。掃除する気力が出ない。
それでも私は、悲しくはない。涙が出ない。何故だろうと考えても、私は私の為すべきことをするんだと考えがそこに帰結する。


自分自身から遠ざかっているのだと確信したのは、ついさっきのことで、頂いたコメントに返信を書いているときだった。
気づくと私は声をあげて泣いていた。
私は、むくを失くして悲しいらしい。
私は、私がわからなくなっている。
自分が信じる強さの中には、解離性障害がもたらす現実回避を含んでいるらしい。


頂いたコメントに、ひとつひとつお返事を書きたい。
私が、自分を取り戻すために必要なのだ。
私にとって、重要な作業なのだ。
この画面の向こう側、インターネットで繋がる誰かがいなければ叶わない作業なのだ。
大切な存在を失くした悲しみに向き合ってから、はじめて私は再スタートできる。



応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

日々日記 | comment(6) |


2009/03/18 (Wed) 永眠しました

3月17日 22時45分、私の大切な家族、文鳥のむくが永眠しました。
8歳半でした。

20090318.jpg
1ヶ月前に撮影。右がむく。


先週から、皮付き餌が食べられなくなりペレットしか食べなくなったので、今日、何種類かのペレットを買ってきたばかりでした。

3日前から、お気に入りのパソコンの上ではなく、窓辺の机の上で日向ぼっこしていました。珍しいなと思っていました。太陽に向かって、彼女が何を考えていたのか分からないままでした。


むくは、去年の2月に亡くなった白文鳥のきり(♀)と、現在も長生き桜文鳥もも(♂ 10歳半)との間に生まれた自家製文鳥です。小さな数センチの卵の頃から知っています。そして、今日死ぬ瞬間まで私はむくを抱いて一文鳥むくの人生に寄り添うことができました。

当初は、鬱気質の文鳥でした。
彼女自身の努力と覚悟で、うちの三羽の文鳥たちの中で、一番やんちゃで食いしん坊で愛嬌がある子になりました。
実家では、夕飯の炊きたてご飯を貰うのが大好きになり、夕飯の時間になると家族より誰より先に、むく指定の椅子の背に30分も前からじっと座って待っている利口な子でした。


闘病で、彼女の真っ白な体は、臨終時、全身血飛沫や飲み損ねた薬や糞で汚れていました。綺麗に洗ってやってドライヤーで乾かし、櫛と手で整えて、私が見慣れていた元のむくになりました。
木の実と日向の匂いが混じった、むくの匂いがします。


彼女らしく、最後まで生を全うしました。
むくは、誇りです。


◇2008/10/04 (Sat) 文鳥だって悩みます ? 文鳥の生き様に学ぶ ?


応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

文鳥 | comment(26) |


2009/03/17 (Tue) 生を抱く

8歳半の白文鳥むく(♀)に、腫瘍が見つかったのが2ヶ月前のことだ。
それから、通院と朝晩の投薬、体重測定、闘病を続けている。

腫瘍と思われるものは、上クチバシと腹部。
特にクチバシが酷い。
最初は、クチバシの変色から始った。
美しい赤色だったが、紫に変わり、貧血を起こすと黒色に変わる。

クチバシの内部にあるらしい腫瘍が片方の鼻から出てきて、みるみるうちに大きくなり、現在、文鳥の目の7,8倍の大きさだ。
見た目は、血の大きな塊に見える。
腫瘍のせいでクチバシが盛り上がって割れかけていたり、逆に下のクチバシが異常発達して舌を巻き込むようになり、下のクチバシをカットしてもらったこともある。

今日少し目を離したときに、自分で引っ掻いたらしく、カサブタが取れて大量出血を起こし、失血のショックで倒れていた。

こういったことが、先月から続いている。
失血で立てなくなったのは、今夜が初めてだ。
体重が減っている様子はないが、腫瘍がどれだけ大きくなっているのか分からないので、実際の体重が分からない。

私を、とても頼るようになった。
止血の手当てをする私の手の中で、むくは大人しくしていた。
力なくも抱っこをせがむから、しばらく手の中で看病していたが、温度が足りないので今は電気毛布を入れたベッドに入れている。
息が荒い。

老いから来る白内障で、片目が完全に失明してから1年は経つが、一番元気でやんちゃで食いしん坊だ。
そのむくが、クチバシの異常のせいか腫瘍のせいか、以前食べていたもの殆どを食べなくなった。食べようとするが、食べられないようだ。一種類のペレットしか食べない。


更に年長のもも(♂)は、10歳半になった。
今月の頭、むくが出血して手当てをしている間に、突然低体温で危篤状態になった。
その頃、私は酷い鬱で、この二羽の命が重くて重くて仕方なかった。
そんな瞬間は、今まで何度あったかしれない。
それでも、文鳥ズは生きていて、自然が任じたままに疑いもなく生きようとしている。


明日生きていたくない私が、明日生きているか分からない文鳥たちの看病をするのは、複雑な気持ちだった。
今の私は、今日を生きていて、明日も生きていこうとしている。
私ができることは、彼らの生老病死を彼らと同じように、あるがままに受け入れ、私に出来るだけのことをさせてもらう、それだけだ。

生きることは、苦しい。
楽しいこと、楽なことがあったとしても、悩みはいつも尽きないし、思い通りにいかないことの方が何と多いことか。
苦しい生を全うしようとする生物に、等しく敬意を私は抱く。
自分の生の重みから目を逸らさず、与えられた運命を嘆くでもなく、逃げるでもなく、誤魔化すでもなく、身一つで全うする生を無言で讃える。

むくの呼吸が、どんどん荒くなっている。
明日の朝が、分からない。
私は、あらゆる全ての可能性を覚悟している。
付き合えるだけ付き合おうと思っている。



応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

文鳥 | comment(2) |


2009/03/15 (Sun) ひとつくらい

20090315.jpg

薬を追加された。
とても安定しているのに、なぜだろうかと最初は服用拒否も考えたのだが、飲み始めて効いてくると、処方された理由が分かってきた。
2週間ほど、かなりの躁状態だったらしい。

脳内がアッパーになっていた。
生活費の計算もぶっ飛んでしまい、体力は無尽蔵な気がして常にそわそわして何かせずにはいられず、手帳の空白を埋めたくて仕方ないから、次から次に予定を入れた。

九州に行って、その足で沖縄に1週間行き、ちょっと大阪に戻って来たら東京に行って、合間に大阪で習い事を3つ始める予定を立てた。
計画の一つ一つは、別段問題はないのだが、健康体でもきついスケジュールだ。
なぜ先週までの私は気づかなかったのであろうか。現在の私は、首をかしげるばかりだ。


ついでに、躁状態の時のパターンで買い物をやらかした。
必要なものなら構わないが、私が買ったものは、

バラフォン(冒頭の写真がこれ)

と 

油絵セット+キャンバス

である。

<バラフォン>を知っている人は、そうはいないだろう。
それが何であるのか、バラフォンという名前すら購入する2日前まで私は知らなかった。

子供人格A(仮)が、カウンセラーに送ったメールを見て木琴を買おうとしていることに気づき、慌ててネットで値段を調べたのが最初だった。
ヤマハにしても全音にしても、かなりの高額でサイズもでかく、こんなもん家に置いていたくないと思った。家が小学校の音楽室みたいになってしまう。

Aは、金銭感覚がぶっ飛んでいて、経済状態に無頓着なので、興味が向いたものはすぐに買う。
躁状態の私は、先回りすることにした。自分も妥協できる木琴を必死で探した。
バラフォンを見つけてからAの同意を得た後、ネットでアフリカ楽器店に電話をかけまくった。

アフリカの木琴バラフォンは、木の鍵盤の下に共鳴板として瓢箪が幾つもついていて、これに穴をあけ蜘蛛の卵嚢の皮を貼り付けてある。主にアフリカのブルキナファソかマリから輸入している。
にわか知識で、ブルキナファソにはバラフォンを使った<木琴ことば>が存在することを知った。バラフォンはブルキナファソだろう、ブルキナファソのバラフォンしかいらない、とド素人の癖に余計なこだわりまで途中追加されたため、ちょっとした値段になった。
しかし、躁状態で大して気にもならない。
電話口で実際に演奏してもらい音を聴いて、選びに選び、価格と質と店のアフターフォローを吟味して、二日後には購入していた。


翌々日に届いたバラフォンを見て、私も欲しいものを買っても良いのではないか?という気持ちが頭を擡げてきた。
何が欲しいだろうか。
そうだ。そういえば、油絵道具が欲しい。油絵が描きたい。今すぐ描きたい。しかし、やはり質が良くて店側が鼻血出すような究極にお買い得なセットが欲しい。

躁状態の私は、またも油絵セットを探しに探した。
スタートダッシュが速い速い。
集中力も並大抵ではないので、すぐにネットで、こんなにも高品質なのに何故!?と絶叫する安い油絵セットを見つけた。しかし、月に5台限定のセットだ。売り切れていた。次の販売日すら、曖昧である。
躁状態の私は、またも店に電話をかけた。ホームページでは、再販日はネットでお知らせしますのでと書いてあるにも関わらず、そんなもの待ってはいられない。
店の方は嫌がりもせず丁寧に応対して下さったが、販売日はやはり未定ということであった。
仕方ないので、その日からネットの販売ページに張り込みを始めた。
朝から晩まで販売されるのを数十回チェックし続けるのである。我ながら、気持ち悪い位の執着だ。
そうして販売開始1分後に見事購入した。
躁状態でアッパーなのも手伝って、その瞬間の私の幸福感、達成感といったらなかった。


手元に届いたのは、実に完璧な油絵セットと、選びに選んだキャンバスだった。
ここのキャンバスいいわー下地処理してあるんだもの、楽なんだもの、と言ってみるのだが、下地処理って何だろう。
いいわー高品質だわーこれにして良かったわーと手に取るなんたらナイフって、一体どう使うんだろう。この形は、何のためだろう。
この油壷最高だわーと手に取るのだが、怖くて蓋すら開けられないではないか。

その瞬間に気づいたのだが、私は油絵を描いたことが一度もないのであった。
山ほど見るのは見てきた。美術館は大好きだ。それなりに目も肥えているだろう。
しかし、描いたことがないものは、描けない。キャンバスの下地処理が何であるのかから調べなければならないのは、躁状態でなくともアバウトな私には七面倒なだけである。


現在、この立派な天然木箱の油絵セットは、私のデスクの下に眠っている。届いたその日から、早くも眠っている。
躁状態の時には、ついでに油絵教室に通おうと思ってそれもスケジュール帳に書き込んでいたのだが、一昨日に一度ドーンと落ちてからは、一切のスケジュールを一旦白紙に戻したために、油絵セットが日の目を見るのは相当先になりそうだ。

かなり本気だった沖縄1週間滞在旅行も、そんな金がないことにやっと気づき、行こうにも行けない。一昨日に鬱状態になった時に、行く気も失せた。


アフリカの木琴バラフォンは、人格Aがカウンセラーが持っているバリの太鼓と合奏するというので、私がデカい楽器、しかも現地人が手作りで作った壊れやすい木琴を全神経集中させてカウンセリングルームまで運んだ。
昨日のカウンセリングでカウンセラーから聞いたところによると、一応大喜びで使ったらしい。最初は全くお話にならなかったが最終的には先生の太鼓と合わせ、アフリカっぽい演奏になりつつあったとか。「Aちゃんは、なかなか面白いリズム感がありますよ」と先生は言った。そうならいいが。
少なくとも私が叩いてみた限り、赤ん坊が叩いたほうが面白いのでは?と思うくらい、自分のセンスのなさに失望する。私は、この楽器を有効活用できない。

買ってしまったものは仕方ないので、ほしがったAが有効活用してくれるのは有難いが、運ぶのは毎度私である。昨日は、出会い頭、当然のようにカウンセラーに「今日は、木琴は持って来てないんですか」と訊かれた。運搬係は一度で解放されると思っていたが、毎週合奏する約束でもしているのか。持ってきてないと分かったらAちゃんが多分怒ると思いますよとカウンセラーは言った。面倒だ。何しろ幅は60センチもある。一日で肩がこった。


一昨日最悪まで落ちた精神状態は、カウンセラーとの関係がうまくいかなかったからだが、昨日の午前中には乗り越え、カウンセリングで解決した。
精神状態は、フラット。鬱でも躁でもない。
明日は躁状態の時に勢いで入れた予定をこなしに行く。

うまくいけばいいなと思う。
殆どの日を鬱状態で過ごしている気がするから、たまには躁状態の時に作った予定のひとつくらい、実らせてもいいなと思うのだ。



応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

治療日記 | comment(0) |


2009/03/13 (Fri) 夢の記録<神殿と硬貨の島>2009.3.13

夢を見た。
沖縄にジェットボートで向かっていた。
運転していたのは、誰か私が知っている親しい男性だ。

海は真っ青で、空は晴天、白い波しぶきをあげてジェットボートが凄いスピードで波の上を滑っていく。
向かい側から、赤いボートが同じ位のスピードで向かってきた。
運転している男性は、慣れた手つきでハンドルを切り船と交差した。
男性の後ろにつかまって海上から島を見ていた私は、風で穴があいた巨岩を見た。
その奥に、岩でできた神殿が建っていた。
黄土色の岩の神殿から、水が静かに流れ落ちているのが見えた。
神秘的で興味を惹かれたが、少し怖い気もした。

男性はボートを島に横付けた。
荒っぽい停船のせいで私も男性も、島の砂浜に放り出された。
柔らかい砂が受け止めてくれて、私達は笑った。


砂浜の上にいる人たちが、何か不穏な動きをしている。
自分の足元を見てみると、あちこちに筒状に砂の地面に穴があいていた。誰かが掘り返した跡だ。
砂をかきわけてみると、硬貨が縦に一杯詰まっていた。5円、10円、100円硬貨。それぞれが穴に一列に縦に詰まっている。
皆口には出さないが、誰かに気取られないように取ろうとしている。
私も、隙間に指を突っ込んで手探りで出来るだけ手に入れた。少し後ろめたく、少し楽しかった。
そのうち知人が穴のありかを突き止めるために、薄暗い部屋でダウジングまで始めた。
畳やカーペットの下にも、硬貨は詰まっていた。

私は、パーカーの両側のポケット一杯に硬貨を入れた。
1000円にはなったかも!と男性に言った。それは安い金額ではなく、嬉しかった。
重くなったパーカーのポケットを押さえて、男性のあとについて小さな洞穴を出た。
空が青く、砂は柔らかくて、爽快だった。




応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

夢記録 | comment(2) |


2009/03/13 (Fri) 猜疑の根

猜疑心は、きりがないなぁと思う。
こっちから出てきたものを刈り取れば、あっちから出てきたりする。
地下茎で繋がったしぶとい植物のようだ。

朝から、ぶっ通しで寝続けている。一昨日から過眠症。
不眠のときは眠剤をかきこんでも眠れないのに、こんなときは眠剤要らずで何時間でも熟睡している。
完全に現実逃避だ。わかっている。明日のカウンセリングまで、どうにか時間を穏便に過ごそうとしている。

動かない方がいいのは分かっているのに、不安にかられてメールを書いて送ってしまった。
私がやっていることは、でたらめだ。
自分で治療者を選び、通っているのに、治療者を疑い、治療者が私を支配するのではないかと警戒している。
どう考えても、おかしい。
おかしいとカウンセラーに指摘された。
その返信の内容が、起きる度に頭の中を流れる。
その都度、自分を色んな角度から数分観察する。
私は、ただただ恐れている。
そしてまた、眠りに落ちる。


眠りに落ちると、夢と同時に、別次元の世界が展開する。
現実とそっくりで怖い。
カウンセラーが知らないところで私のことを話していたり、私自身が部屋を動き回っていたり、現実には起こってもいないことがリアルに進行する。
我に返って、いつもの夢と想像の狭間にいたことに気づく。
でもその体験は私の心に微妙に感情を残し、やはりどれが現実でどれが空想なのかが分からなくなっている。

世界が、何層にも分かれてしまう。
そのどこで体験したことも、私の心に痕跡を残す。

時々自分がどこの世界の住人なのか分からなくなる時がある。
現実は、私にはふわふわと曖昧な時が多く、色彩もくすんで見える。
最も鮮烈なのが、夢の世界だ。
夢の世界で生きているとき、私の五感が最も鋭敏になる。

視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、全部が生き生きと体中を巡り、喜びも悲しみも痛みも怒りも衝動も、感情までもが鮮明だ。
感情を露わにしても、夢の世界は壊れない。そんなふうに出来ていることに、最近気づいた。
以来、夢の世界に感謝し続けている。

現実で感情を曝け出すと、私は何かを壊してしまいそうで怖い。
夢は、臆病な私を包みこむ繭だ。
内側に私を閉じ込め、少しずつ変容させる。


現実は複雑で、いつもうまく把握できない。
猜疑心の根を断ち切る方法が、見つからない。
信じるとは何だろう。
私が怖いのは、何だろう。
一度気づいたはずなのに、また分からなくなっている。

分からないことが恐怖だ。


応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


治療日記 | comment(0) |


2009/03/13 (Fri) 影絵灯

ブログを休止している間、私が何に忙しく死にかけていたかというと、人格交代と人格(私も含め)の自傷や自殺企図、拒食症状、幻覚、幻聴、ビジョン、悪夢、境界性人格障害の症状でだった。
24時間何かしら心や身体に負傷し続け、何やら存在しているだけで全身猛毒が駆け巡り続け、苦しくて苦しくて一切の暇、余裕がなかった。


その間のことは、とてもとても大事なことだから、必ずここに書こうと思っている。
出来るだけ誰かに伝えたいと思っている。
うまく言葉に変換する作業を脳内で進めているところだ。

とにかく私は生き延びた。
何とか安定を見たのは、別に何かが解決したわけでもなく、どれかの症状が解寛したわけでもない。
よって、いつかは来るだろう不調の波に備えようと努力してきた。
それが今日、一気に襲ってきた。

慌てて昨夜、友人に連絡を取って、相談に乗ってもらった。
不安が明確になったから、これで何とか乗り切れると思った矢先、ついさっき限界突破した。



原因は、カウンセラーとの関係だ。
昨夜、友人のお陰で明確に把握できている。
治療者カウンセラーとの関係。
この一点において、私はこの数ヶ月死に掛けて生き延びて、また死に掛けて生き延びたと言っても過言ではない。ここまで私の状態を左右するカウンセラーというのは初めてで、これは私の警戒心をと同時に、治療への希望も最大に喚起するという厄介な構造を持っている。

常に危険と希望が二重映しに見えるのだ。
期待する私と怯える私が二重に見せているのかもしれないし、実際相手が二重構造だったなんてことは、今まで腐るほど経験している。
当然、私は混乱し続けている。
しかし、真実は、忍耐強く時間をかけなければ見極めることはできない。


そんな中でもどうにか安定を図って来れたが、再び躓いてすっ転ぶポイントがやって来たらしい。
限界を迎えた不信と警戒心が制御を越えてしまった。
気づいてはいたが、カウンセラーに今日まで、うまく合図が出来なかった。合図はしたが、スルーされたような気もしている。そこらへんの経緯も、今の私は混乱していてよく分からない。

不安が言葉にならなかった。
言葉にして良いのか分からなかった。
人格交代のせいで話す機会を失し続けた。
少し言ってみたけれど伝わらなかった。
怒鳴られる、殴られる、蹴られるのいつもの恐怖症が出た。

色々な理由や可能性はあるが、時間をかけて何とか解決方法を模索してきただけに、決壊した今の私の荒れようといったら想定外だ。
また拒食が出てきた。


胃の粘膜が、トランポリンのようにバウンドし始めて数時間が経過する。
さっきせっかく食べたグラム88円の牛肉が出てしまう。
安くて美味かったのに。
いかんいかん。

何故か涙がボロボロ出て、何が一体そんなに悲しいんだか分からない。
怒りにも通じる悲しさだということだけ分かる。
それが分かったところで不安は止まることがない。


こんな時、私は直進するしかできない阿呆になる。意地悪な人間を虐めるための策を弄する時の私は、変幻自在な魔球を投げる自信があるが、全うな対人関係には滅法弱いのだった。
変化球を一切投げられないので、仕方なく不安定なままカウンセラーに電話した。
出来るだけ、冷静になることを心掛けた。
10分少しの間に、1ヶ月ほど抱えてきた不安を話した。
カウンセラーへの不信感や不安が抑えられないこと、その理由を説明した。
ぼろぼろ泣きながら。
そうして、ぼろぼろ泣きながら次回の予約をして、ぼろぼろ泣きながら電話を切った。
この電話の直前あたりから、胃がトランポリンになっていたのだった。
さっき、左耳の難聴が追加された。

人と信頼関係を築くこと、特に契約関係にあるカウンセラーと私は本当に信頼関係など築けるのだろうか。
人を信じないのは、私の本能のようになっている。
信頼すること=死・自己犠牲 という図式が本能になっている。
この本能に逆らえという治療だ。
逆らえるか、と時々怒りを覚える。
人間不信は本能か。
ではそんな私にとっての信頼とは、何にあたるのだろう。


カウンセリングは明後日だ。
その日に解決するという保証はない。
むしろ最悪な難所だ。
それでも明後日まで待つしかないし、それまでの一日半は今からきっと途轍もなく長いのだ。




応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


治療日記 | comment(2) |


2009/03/12 (Thu) 呼吸する時間

駅に着いて少し歩くなり、持ってきた地図は早々に手離した。
私も友人も地図が読めない女だということを失念していた。
第二次世界大戦の大空襲を運よく逃れ、今も築百年の民家が立ち並ぶ大阪の下町だ。
区画整備されず昔のままの町並みは、地図に載らない小道や裏道でできていて、要は気の向くまま、勘の向くまま歩くのが丁度良い。

路地の陰日向に猫がひっそりと行き交い、古く傾いだ木造の壁に、絶妙に錆びた赤色の蔦が這う。
かつて空き家が増加傾向にあったが、今は若い世代が民家に手を加えて店舗にし、カフェや雑貨屋になった。
大概の店は周囲の民家に溶け込んでいる。入り口も昔のまま小さく、素朴な木の看板に手書きの店名が控え目に書かれ、入ってみなければ何の店か分からない入り口が幾つもある。
ゆっくり歩かなければ、愉しみを見落としてしまう。
目的を持たない急がない歩調が、この町を味わう最低限のコツらしい。

2009031203.jpg


古民家を改造したタイ料理の店を見つけた。
古い民家ならではの小さな小さな木戸から入り、最奥の小部屋がソファ席だ。

かつては深緑色だっただろう年代物のソファに座ったら、スプリングが深く深く沈みこんだ。友人と2人同時に思わず笑って溜息をついた。使い込まれたソファは、雲のようだ。


タイの炊き込みご飯のランチセットをオーダーした。
熱い土鍋に入ってやってきた。美味しい香りを閉じ込めた蓋を取る瞬間は、期待が煽られ楽しい。
カリカリに炙られた鶏肉を噛むと肉汁が溢れた。ご飯からは、レモングラスとジンジャーの香りがした。ココナッツミルクのスープは、軽いカルチャーショックを受けた。ミニチュアサイズのキャベツが半分に割られて入っていた。ココナッツの実は、冬瓜に似ている。
春巻きは、もはや日本人の私には形容できない味がした。何のスパイスが入っているのか分からない。食べたことがない。春巻きにつけるソースも、ナンプラー以外は何が入っているのか分からない。
不思議。
そうだ異国の味とは、こんな味のことをいうのだ。
久しぶりに未知を舌で愉しんだ。

飾り物だと思っていた古い木製の胡椒入れが、、料理と一緒にテーブルに置かれた。そんなちょっとしたことも楽しい。

2009031204.jpg


黒電話。
ソファと同じくらい大きな四足のレコードプレイヤー。
木枠の小さな小さな小窓。
空き瓶に無造作に活けられた猫柳の枝。
時間がゆっくりゆっくりと流れる。
家具や軋む床や飴色の天井梁が静かに呼吸しているからだろう。

2009031201.jpg


友人は、ソファに身を沈めて片手でレコードプレイヤーをいじりながら、時間を忘れる、とそればかり言う。
地下街や駅のホームやアスファルトの硬さや、沈殿する間もなく舞い上がり混濁し続けている街の騒音は、どうしてあんなに疲れるのだろう。
定時に出社し、定時にランチに出れば、どの店も客で鮨詰めで、慌てて食べて会社に戻り、決められた仕事をこなし、だいたい同じ時間に電車に揺られ、夜道を家まで歩いて一日が終わる。
土日は、眠るだけで精一杯で、けれど満足はもたらしてくれない。


ゆっくり寛ぐにはうってつけの、自然食や雑貨の本が置いてあった。
色々と手に取って眺めていたら、3年後のあなたが分かる占星術の本を見つけた。
自分の項を見たら、こんなことが書いてあった。

「あなたが今後選択する生き方は、理想に向かって突飛でエネルギッシュに富み、安定を良しとする多くの人々の目には、場合によっては子供っぽい生き方に見えることでしょう」

思わず、笑った。
私は、西洋占星術が大好きで、素人ながらに勉強している。
占いの面白いところは、ある程度自己分析した後で見ると自分が指向している方向へ背中を押してくれるところだと思っている。
この数ヶ月、過去と現在の自分を完全に認め受け入れ、自分の未来も考える必要に迫られた。
結果、私が選んだ生き方は、ここに書くことがあるか分からないが、確かに良い意味で、常識的ではないし一般的でもなく、安定とは程遠いし、むしろ理解はされにくい。
けれど、私にエネルギーを与えてくれる目標になっている。
書いてあることは、既に私の内側で起こり始めている変化だった。

星の運行に縛られていた私はもうなく、星を支配しようと足掻くでもなく、自分なりに星を束ね、ひきずって生きていければいいなと思う。

2009031202.jpg

店を出て目をあげると、すぐそこは大阪の中心地、ビルが乱立している。
それは、すぐそこまで戦火が焼き尽くしたが、幸運にもこの小さな区域は難を逃れた証だ。

通りかかった古民家のすぐ前で、年度末のアスファルト舗装工事をやっていた。
地面を打ち砕く粉砕機の無粋な騒音と、真新しい蒸気をあげるコールタールの匂い、忙しげな交通整理、掘り返しては埋め直すあの繰り返しが、私にはどうしても解せない。

私も友人も、一歩ごとにだんだん無口になってきた。
背骨に響くんだよね、この地面の硬さが、と友人が言う。
アスファルトが足の骨にガツガツとぶつかっているようだ。

このアスファルトの下に封じられた戦火の歴史や、人々の往来の痕跡や、雨滴の慰めや、草木の種子は今も地下でひっそりと呼吸しているのだろうか。それとも、死に絶えているのだろうか。


気紛れに立ち寄った熱帯魚の店で、ぼーっと魚を見てまわる。
30万円もする小さなエイがいた。
なぜこの生き物が30万円もするのか、水槽の前にしゃがんでじっくりと友達と考えてみる。答えはない。
ピラニアが、案外安価の数千円で売っていた。
金魚は、纏め売りで10匹240円だ。
金魚飼いの友人は、何度も金魚の前をうろついて、まじないのように値段を口にしていた。10匹で240円なんやぁ、と。
私がペットショップで文鳥の値段を見るときに、果たしてこの値段はこの愛らしい生き物につけるに妥当なのかと腑に落ちないときの感覚なのだろう。


薄暗い店の奥の大きな大きな水槽の中、私達と変わらない大きさの巨大なナマズが泳いでいた。
このナマズを飼うことを想像してみた。死んだら多分、泣くだろう。
人間と同じ大きさの魚が毎日部屋で自分を待っているのは、多分、とても愛おしくて切ない。
自分と大きさが変わらない生物には、何か特別な感覚を抱く。人間とは、そんなふうに出来ているのだろうか。
しかし、私とナマズは永久に水槽の壁に隔たれる。私は水に住めないし、彼、または彼女は水なしでは生きられない。切ない同居だなぁと水槽に掌を押し付ける。ナマズは、私達を見返してから、赤いヒレをひらりと翻し、去ってはまた戻って来る。
泳ぐものを見るのはいいねと友達に話したら、彼女も羨望の目で金魚を眺めていた。コポコポと水音を立てる水槽の間で、私達の会話はクラゲのようにふわふわと浮遊した。


このあたりの路地は、まるで迷路だ。
突き当たりだと思ったら、二度曲がると小道に出る。
緑の蔦で全身覆われたカフェを見つけた。
以前は何の建物だったのか、天井が高い。
壁紙がわりに、昭和四十年の報知新聞が貼られていた。
小さなちゃぶ台かと思ったら、テーブルは戦前使われていた両開きの窓で出来ていた。
縁側に面した少し高くなった木板のステージで、男性がギターでボサノバを演奏している。
彼の後ろに見える屋根の上を、猫の影がゆっくり通り過ぎた。


ブーツをぬいで、テーブルに肘をつき、ボサノバを聴くでもなく、だらだらと友人と話す。
合間に、聞こえるか聞こえないかの声で早口の奏者が言った。
お金も取りませんし、BGMとして使ってもらえたらいいです、と。
演奏が終わる度に、幾人かがパラパラと拍手する。適当に私も手を打つ。私につられて友人も手を打つ。
ボサノバって、こんなふうに退屈な落胆を催す音楽なのか。
それとも気取らないのが美学なのか。
波の音や、風の音に似た音楽だ。
私なら寂しくて、ボサノバはやれないなどと友人に話した。

入ってきたときと同じように、奏者はふらりと店を出て行った。
色んな空気を纏う人がいて、どの人も自然なままに生きている。

2009031205.jpg


時間を忘れるとまた友人が言う。
この町に来て数時間、何度も言う。
働くって何だろうねと互いの生活について話した。
仕事は、生き甲斐をもたらすものだ。でも、必ず不本意な縛りも伴う。
安定のためには時間を犠牲にするし、自由のためには安定を犠牲にする。
これからどうしようと考えるのは、私も友人も同じだった。


店内は、時間がゆっくりゆっくり流れていく。今が昼なのか夜なのかまるで分からなくなってきた。
初めて飲んだ羅漢果オーレは、甘ったるいトルココーヒーに似ていた。
店を出たら、通りで若者たちが何かの撮影をやっていた。一見滑稽な撮影風景。しかし、真剣だ。
表現することが好きな人たちに、どこを歩いても出会う。笑って互いに挨拶を交わし、撮影を邪魔しないように迷路の小道を歩いて戻った。


私は、100年も風雨に晒された木板や擦りガラスや錆びた街灯の虜になって、一向に上達しない自分に苛々しながらもカメラのレンズを向けた。
普段から、撮影技術の不安定さには定評があるが、この日は特に酷かった。
マニアックな興奮に夢中な私の傍らで、友人は呆れて笑っていた。

2009031206.jpg

雑貨屋の商品は、どれも可愛いがどこか退屈なのは何故だろう。
可愛いと感じるものは、常に何かの規格を満たしている。
帽子作家の帽子に一目惚れし、黄色いパンプスに夢中になった。
友達は、ロシア風の帽子と、マトリョーシカのピンブローチに完全に心奪われた。
どれも手元に置いておきたくもあり、けれど店に並んでいればそれで済むような気がして結局買わなかった。
アフリカ雑貨店で見た、何かの木で出来た大きなブレスレットだけが、今日でも心に残っている。


帰りの電車の中で、こんな時間良いなぁと友人が言った。
心が張り詰めるでもなく、緩みきるでもなく、平坦で和やかな一日だった。
遭遇したドラマといえば、隙間10センチの壁の間から猫が必死の形相で飛び出して逃げて行ったことと、私が店と間違えて普通の家のドアを開けてしまっておっちゃんを驚かせたこと、友人が好きなジャスミンの花が民家の軒先に咲いていたこと。


友達と遊ぶ目的で約束して出かけたのは、今年初めてかもしれないと私が言ったら、友達は驚いた。
通院でもなく、カウンセリングでもなく、自殺衝動の逃避でもなく、純粋に遊びに行こうと思えたのは、数ヶ月ぶりだった。

平気だと思っていたが、久しぶりの外出を前に前日から緊張していた。
前日は殆ど熟睡できなくて、5時や6時に目が覚めた。

治療以外の目的で外に出ること、友達と会うこと、一緒に食事をすること。
どれも、ここのところ想像もできなかった。考えただけで苦痛でたまらなかった。
拒食がぶり返すのではと思うと恐怖もあった。
私は、自分の状態を把握できているようで出来ていないことが多い。そんな時は図ったように、予告なしに体調が崩れる。

けれど、ちゃんと友達と食事ができた。食べることができた。
美味しいとか、妙な味だとか、何の香りだろうなんて感じることが出来た。
食べたものは、すぐに私の身体に馴染んだ。
異物とみなして胃がポンプのように蠕動することはなかった。吐かずに済んだ。
私の心が、人とちゃんと繋がろうとしている証明だ。


地下鉄から地上に上がったら、夕暮れ刻になっていた。
いつもの地元に戻ってきても、あの古い町を愉しむ作法、歩くテンポがすっかり体に馴染んでいた。
傾く陽射しの中、友達とゆっくり歩いて家まで帰った。
この歩幅を忘れたら、またあの町に行く。



応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

日々日記 | comment(6) |


2009/03/11 (Wed) アフリカ楽器はレアだがケースはもっとレア

久しぶりにバトンをやってみました。
サクサク答えられるものを選ぶといいですな。
真面目なことばかり考えすぎていると、これ何かちゃうわ、と思い始めるのです。
ここのところ休息がなかったので、こんなときはバトンです。

カテゴリー<バトン>も設けました。気楽にのぞいてみて下さい。
過去のバトン回答はこちら↓
◇自己紹介バトンに答えてみた


応援よろしくお願いします。  
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ



handmade バトンバトン

Q1 どんなハンドメイドが好きですか?
A1 ハンドメイドだと分からないハイクオリティハンドメイドが好き。もしくは、材料費が安くてハイクオリティに見えるもの。
Q2 得意なハンドメイドのジャンルはなんですか?
A2 消しゴムはんこ・キャンドル・縫い物・ペーパークラフト(有料会員)とか移り気なので何が得意か不明。最近作って一番ヒットだったのは骨董市で値切って買ったキャミソールで作ったバッグ。
Q3 作ったものの中で一番思い入れのあるものはなんですか?
A3 祖母と作った手編みモチーフのソファー掛け。指が腱鞘炎になって何ヶ月か人差し指がピーンとしてました。ピーンと。
Q4 ハンドメイドはどのぐらい続けていますか?
A4 前から手作りが好きだ。売っているものは人が作った以上自分で作れないわけがないと思う。
Q5 自分のやったことのないハンドメイドで興味のあるものはなんですか?
A5 服を作ってみたい。あと、ハンドメイドじゃないけど油絵。やったことないのに、もう油絵セットとキャンバスを買ってしまった。どうするんだこれ。
Q6 ハンドメイドのイベントに参加したことはありますか?それはどんなイベントですか?
A6 エッグアート体験。作業工程は同じなのに何故か皆と全然違うものが出来た。講師が「ああ・・あなたそんなに模様いらないのよ」などとダメ出ししていたが知ったこっちゃなかった。過集中で熱中すると耳に入らない。
Q7 この次に作りたいと思っているものはなんですか?
A7 最近家に来たアフリカ楽器バラフォンの持ち運び出来るケースカバー。家にある着物地かアフリカの布で作ろうと思う。楽器自体レア過ぎる。ケースは尚更売ってないので自作する。
Q8 最後までありがとうです。次に回す方は誰ですか?
A8 誰だろう

バトン | comment(0) |


2009/03/04 (Wed) 生きる

20090304.jpg


ある日、なんにもなくなった。
心の内側が、からからに干からびた。
死者のぽっかりと開いた真っ暗な喉になり、
無風と静止で張り詰めて、永久に硬直した。


生きることと死ぬことが真っ二つに身体を引き裂き続ける。
引き裂かれながら、不本意な怒りの作業を終えて夜を越える。
一秒を一分に繋げ、一分を一時間へ、朝を夜へ、夜を明日へ。
他には何もない。


眼前の死は蜜のように芳しい香りがする。
絶望は漆黒に光り甘く蕩けて卑しい舌を潤すだろう。
味わわない道理はない。


両目を閉じて無闇に駆け、息が切れる。
心臓の拍動が千切れ飛ぶ。
閉ざされた瞼の内側で、眼球は役目を解かれた。
瞼の内側に座り込み、永久に沈黙した。

アスファルトと硝子の破片と煙草の吸殻とあらゆる人間の足跡が、裸の足に突き刺さる。
痛みも流血も悲鳴も涙も痛みを慈しむことも何もかも自分に赦した。
世界中を憎み、世界に怯え震え絶叫したが、
二本の足だけが苦悶で足掻いてバタバタと止まらない。

生きる道はひとつも見えないのに、
死に至るバリエーションは数限りなく溢れている。


初めて訪れたカウンセリングルームで、一枚の紙を渡された。
ご相談内容欄。
相談したいことはない。
「今夜生きているか分からない」と書いた。

分からない。



一日が永劫に無意味だ。
胸の中が真っ黒になる繰り返し。
高濃度の黒煙で充満し張り詰めても、私はどこまでも空っぽなのだ。


生きるのか。
死ぬのか。
何のために? 
何のために?

疑問は繰り返し過ぎて、ただの呪いに変わった。

答えが存在したとしても、それは私を救わない。
正しい疑問を手にしても、それも私を救わない。


水一滴を飲み込めば吐く。
食べ物を口にすれば体内の隅々まで真っ黒に汚れて吐いた。
私は軽い軽い風船だから、何を入れても重過ぎる。
食べれば私が死んでしまう。
食べることが死ぬよりも苦しい。


食べるのか。
死ぬのか。

何のために? 何のために?


食べることは、生きること。
生きることは、繋がること。
私と誰かを繋ぐこと。
私と何かを繋ぐこと。

そう教えてくれた人がいたが、繋がりは私を殺し生かしまた殺してきた。
何百回何千回どれだけ信じても、どうか裏切らないでと祈り縋り懇願しても、繋がりは、最後にはいつも私を殺すのだ。
それでも繋がるのか。
それでも食べるのか。

何のために?

誰も何も優しさもいたわりも親切も共感も、致死量の猛毒だ。
私が真っ黒な管になる。
死者の無風の喉になる。

もう誰にも私を殺させない。



血が流れて肉が裂け、記憶も時間も消し飛んでは舞い戻る。
吐かないときは呼吸が出来ない。
薬で酩酊し屋上の死から逃げ出し発狂して泣き笑い、人を妬み攻撃し怒りを煽り嘲笑し罵倒し、助けてと言えずに、泣きながらまた罵倒した。


悲劇って何だろう。

虚ろな悲しみの踊り。
滑稽で美しい。
痛々しくて悲哀を誘う。
感涙を頂戴し虚無の幕間に沈む。
嘲笑の観客には死刑を。
電気椅子で体の隅々まで焼き切られ悲哀に身体をバタつかせてみせろ。


両目を開いて生きていたいのは、誰だったか。
大切にすべきものを傷つけるだけ傷つけた。
それでも去らない人間は全部嘘吐きか、本当の私を知らない人間に決まっている。
恐れて両目を閉じた私は誰のことも見ない。
私のことも見ない。


死にながら生きた。
一度恐れで瞑った両目を再び開くことは、死よりも難しかった。



一秒を繋いで途方も無い一日に接いだ。
這いずって今日になる。

瞼をあげてみた。

自分が誰でどんな姿をしていて、どこに立っていて誰を見ていて、誰が見返しているのか。
私はどんな罪を犯し、どんな善を為し、何が許されて、何を償うべきか。
何に苦しみ、何に歓喜し、何を悲しみ、本当に私を殺そうとするものは誰なのか。
私はしっかり両目を開く。


断ち切れない人がいて、断ち切らなかった人がいる。
私の周りに、いまだいる。
自分自身だけは裏切りたくない私と似ている誰かが、いまだいる。

相変わらず私は信じることに怯えては間違え、誰かも間違え、私は傷つけ傷つく。
また死と生の時間を継ぎ接ぎする日が来る。
それでも私は、私がここにいる証明を合図し続けている。
誰にでもない、私自身に。

生きることは証であって、意味ではない。


気づいた日、年は変わり、季節は春間近になっていた。
何のためでもなく、私は生きている。
半分が私を掬い上げ、半分は私自身が掬い上げた。
再び目を開いても、光はまだない。
最初から、光などないのかもしれない誰の上にも。



生きよう。
生きよう。
それでも生きよう。

両目を開いて生きよう。





応援よろしくお願いします
       
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


・・・・・・・・・
突然の休止に関わらず訪れ続けてきてくださった方。
一言も発せない私に返事はいりませんと構わず温かい言葉を送ってくださった方。
更新されないのにランキングをクリックし続けてくださった方。
私が消そうとした私を覚えていてくださった方。
もう戻れないと信じた日にブログに戻って来ると信じてくださった方。
殆どの方の顔を、私は知りません。
この感謝の気持ちを表す言葉も知りません。
途方も無くて見当たりません。

すべての感謝は、私がここに変わらず綴るありのままの生、生きる覚悟に変えて。


日々日記 | comment(50) |


| TOP |

プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

月別アーカイブ

QRコード

QR

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

メールフォーム 

お気軽にメールください。返信までお時間頂く場合があります。

名前:
メール:
件名:
本文:


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。