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2008/06/30 (Mon) なまずのオッサン と わたし

昼寝日和なんて言って、大方寝て起きたら青空は夜空になってんやろな、と思って起きたら、微妙に夕方。どんよりしてます。
昼寝して体調が回復したかというと、そうでもなく、直前にうっかり見てしまった海外の胸が悪くなるニュースのせいで、マトリックスなんて目じゃない悪夢を見てしまいました。お陰様で躁状態に一気にブレーキがかかって、今は少々鬱です。

気を取り直して、今日の昼間にあった私と大阪商店街のおっさんとの戦いをお届けしたいと思います。


戦国時代では、戦の開始は法螺貝が鳴り響き、兵士がオオオーー!!なんて声を上げて戦ってますが、現実の戦においては、気がつけばとっくに戦闘開始してた、実はすっかり出遅れてた、ということがあります。
先日の骨董市での値切り交渉や、私がここ大阪で貧しいながらも生き抜くべく値切りに値切ってきたすべては、そのように相手の虚を突いて利を得る戦いだったように思います。


私が通院している病院は、古い商店街のすぐそばにあります。この商店街を通り抜けると、キューキュッ キューキュッ キュッキュキュキュッ♪のショップ99があるので、病院へ行った帰りはカメラ片手に商店街を抜けるのが私の楽しみの一つです。ショップ99は、何かと話題の中国製の食べ物ばかりだけど背に腹は変えません。節約のためとあらば、まず食費を削るのが私のやり方なので、ショップ99には随分とお世話になっています。

数日前から、私の愛車である自転車のタイヤの空気が抜けているなぁと思い、どこかで空気を入れたいと考えていました。隣の市までその自転車で出張ったりしたので不安も感じていました。しかし基本的に平地で坂一つない大阪ですから、走れている限りはまあそのうちどっかで空気入れさせてもらえばいいや、程度に考えていました。

今回の戦場は、とある自転車屋です。
古い商店街にこじんまりとした自転車屋があることを、私は今日まで知りませんでした。それくらい、存在感のない小さな小さな店でした。
店の割にはでかい色あせた看板が、かかっていました。

自転車のデパート○○屋

デパートか。大きく出たな。
さっそくツッコみたい。出会いがしらにツッコみたい店名です。
店前では、一人のおっちゃんが倒した自転車と乱雑に散らばったタイヤと工具を使って、トンカン何かやっています。そこに空気入れを発見したので、
「すいまっせーん。空気入れ貸してもろていいですか?」
と訊いたら、おっちゃんは気軽に「ええで?」と言ってくれました。
トンカンやっているおっちゃんから少し離れて、前輪に空気を入れました。
それから後輪に空気を入れている途中で、それまで自分の作業に没頭していたおっちゃんがふいにやって来ました。
「どや?姉ちゃん 空気入ったか?」
と声をかけてきました。
「入ってますよーもう少しで終わります」と答えたところ。
突然! おっちゃんが叫びました。

「ねええぇぇぇちゃん!! こりゃあっかんでぇぇぇ!! これは、なんぼやっても空気入らんでぇえぇ!」

びくっとするわたし。病院を出たばかりで、離人だか何だか意識がぼんやーりとしていた私は、おっちゃんに「へ?」と訊き返しました。

頼りない私の小声に、おっちゃんは、そんな大声出さんでも聞えてますといいたくなるくらいの大音量で再び、
「ねぇぇぇーーちゃん! これな、これ見てみ。穴開いてるやろ?これタイヤ、パーンなるで。 こんなもん、なんぼ空気入れたかて、入れたはなから抜けてきよるわ」

タイヤ、パーンなる言われても・・・。さっきまで、これで大阪の青空の下、機嫌よく走ってきたのだし、出費を最大限抑えたい今は、多少穴が開いていようが走れる限りは、それでいい。まるで私の人生そのもの。穴が開いていても、それなりに走れるもの。それでいいんだもの。人間だもの。(みとを)

ぼんやーりしたまま、私は反論してみました。
「まあそうかもしれませんけど、一応空気入りましたし走れてるからええわぁ。パーンなったらなったで来ますわー」
そうしたら、またおっちゃんが声を張る。

あっかんでぇぇ!!ねえちゃん!こんなもん走ってる途中でタイヤ、パーンなったらこけて事故起こすで。ちょっ・・・・こっち来てみぃ。おっちゃんの横来て、よう見てみぃ。ここやここ。ほれ!こんな穴開いてるやろ?これはっ・・ひどい!ひっどいでぇ危ないでぇねえちゃん!」

見てみたけれど、よく分かりませんでした。
穴?穴なんてあいてない。あいてないよなぁ。
あいてないものはあいてないので、私は
「・・・・・・・・・・・・・・」
と、沈黙で応えました。

おっちゃんは、勝手にヒートアップしていきます。
「ねえちゃん、これな、こっち来て見てみ。今おっちゃんがやってたこれな、この人もタイヤ変える言うて来はったんや。この人のタイヤ見てみ。姉ちゃんのは、もっとひどいで。どや。8千円で全部換えたるで」
「穴あいてへんと思うたけど」
相手が商売っ気を出してきたのに解離のせいか、いつになく弱気なわたし。
しかし、解離していてもそこらへん、ちゃっかり反射するわたし。
そもそも8千円って!今からショップ99に行こうとしていただけ。自転車のタイヤなんて、どうでもいい。いきなり8千円もの出費は痛すぎるし予想外過ぎる。
お家に帰りたいホームシックになってきました。

「8千円?ええですわぁ。ちょっと買い物来ただけやし、今日はとりあえずこれで帰って、また出直しますわぁ」
と、言ってるわたしの横で、おっちゃんは私の愛車のタイヤに釘付け。
聞いてません

「な?見てみ、ねえちゃん。これな、ここに亀裂こんなに入ってるやろ。これで走ったらな、タイヤ、パーンなるからおっちゃんが勉強して8千円で入れ替えたるさかい、ここに自転車置いていき」
言うなり、おっちゃんは片手で前輪にちょっと触れました。

ブッッ・・・シューーーー!!!(←前輪が完全パンク)

「・・・・・!!!!??」


えええ!?今なに?何をした??

さすがに目が覚めた、わたし。
愛車が・・・・っ私の可愛い赤い自転車の前輪が・・・今っ・・・おっちゃんの手で破壊されたっ・・・!

「ちょっ・・・・何してはんの、おっちゃん!8千円とか予定してへんから、私これで帰ります。もっぺん戻してもろたら、このまま今日はとりあえず帰りますから」
「いやいや。ねえちゃん、そしたらな、おっちゃんな、勉強したるわ。7千円にしたるわ。見てみぃ!これな、ブリジストンのタイヤやで。こっっれは、ええでぇ!ええタイヤや!」

シュウウゥゥゥ・・・・(←わたしの傍らで愛車の前輪から悲しげに漏れ続ける音)

「はぁ・・・・ブリジストンね。ほんまやね。ブリジストン書いてありますね。有名ですもんねブリジストン」

内心、ブリジストンとかどうでもいい。こんなときに、大阪人に愛想良く受け答えしてしまう大阪人たる自分がちょっぴり哀しい。このおっちゃん、強引過ぎる。
私がちょっとチャラけた格好をしているからか、私の極貧生活をまるで想像してないご様子。こちとら、8千円が7千円になったところで、基本どんな商品であれ3千円を越えるとそれは私にとって高額商品。論外。
しかも、あろうことか割れてようが何だろうが、どうにか走れていた愛車の前輪が、今や使い物にならない、ただのヘロヘロのゴムにされてしまった現実。
ひとまず帰って、8千円だか7千円だかブリジストンだかを下調べしてから最安値の店を探して出直そうと決めました。

「おっちゃんな。言うてることは分かったわ。危ないのも分かったわ。せやけどな、7千円て。私、この自転車6千円で買うたから、もう一台買えるやん。それはちょっと考えるでぇ」

かなり有効と思われるジャブ。しかし、この時点で私は既に戦に出遅れていたのでした。

「そやろそやろ。これ、あれやろ。中古で買ったんやろ。この自転車な。ええやつやでぇ!色もええしな。一流メイカーの自転車やわ。まともに買うたら1万5千円くらいする、ええやつやな」(←自転車しか見てなくて、聞いてるようで話を聞いてない)
「せやろ。私よう見て買うから。かわいいやろ。気に入ってんねん。でも中古で買うたから買い換えてもええしな」(←徐々にみとり戦闘態勢)
「せやったら、余計ねえちゃん!ブリジストンにしとき。勉強してるでぇ。7千円で、消費税とかもいらんわ。自転車置いてき、30分で出来るさかいな。そこら行っといて、12時に帰ってきぃや」

押しが強いおっちゃん。さすが大阪の古い商店街で長年店をやってきただけあって、一筋縄ではいかない様子。何が何でも私のタイヤを交換する気でいます。ガン見。私の愛車のタイヤのみをガン見。わたしの顔なんて見てやしない。おっちゃんは、70近くて、なまずみたいな顔をしていて、目が開いてるのか開いてないのかも定かでないのに、商売相手はしっかり掴んで離さない。

勝てそうにない相手とは勝負しない。私のペースで物が買えない店では買わないのが私のルール。
そうだ。それが私のルールだ。ここは私のルールでいかせてもらおう。
「おっちゃん、悪いけど帰りますわぁ」
と、口にしかけたとき。
おっちゃんの片手が、私の愛車の後輪にちょいっと触れました。

ドフッッ!!!・・・ブッ・・・シューーーーーッッ!!!(←愛車の後輪、最期の悲鳴)

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

言いかけた言葉は、一気に脳内拡散。
沈黙し見守る私の目の前で、みるみるうちに愛車の後輪は、ダルッダルのただのゴムに。

「な?ねえちゃん、見てみ。ここな、ほら!こないに割れとるやろ。ほら!な?」
「・・・・・・・・・・・ああ・・・ほんまですねぇ・・・・割れてますねぇ・・・」
見てみれば、確かに割れています。しかも全面。
「そういえば・・・最近空気入れても入れても、すぐ抜けるなぁ思てましたわ。割れてたからかぁ・・・」
「こんなんで走って帰れへんでぇ。タイヤ全部入れ替えたるさかいな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

・・・・・・・えええ・・・・・???
ちょっと待て。
私は、ここまで走ってきたし、とりあえず明日も明後日も今すぐにだって、愛車に乗って帰る気だったのに、愛車でここを通りかかったのに、私が帰れなくなったのは、今、目の前で私の愛車に、
おっちゃんがトドメを刺したからじゃないですか?

刺したよね?
ドフッ・・・!て言ったもの。
あれは、後輪はまだちょっといけてたってことだもの。
前輪はブッシューーーッッだったけど、後輪は、ドフッ・・・!て、ワントラップあったもの!聞いたもの!後輪はまだ使えてたはずだもの!ブリジストンとか、どうでもいいもの!

「ほなら12時なぁ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(怒)」

思考停止。言われるがまま愛車を置いて、ショップ99へ徒歩で向かいました。
キューッキュ キューッキュ キュッキュキュキュッ!!と、無闇に明るい音楽が、今日ばかりは私の神経を逆撫でします。
食パンとジャムと牛乳と・・・・カゴにいくつか入れながらも、頭に浮かぶのは、愛車の最期の絶叫。
ドフッ・・・! ブッ・・シューーーー!!!
米を買うか否か考えていたときに、突然閃きました。

なまずのオッサンにしてやられたァァァ!!!

それから、因果応報という言葉が浮かびました。

そうか。そういうことなのか!?
銭の神さんは、この前私が四天王寺の骨董市でアコギに着物を値切ったのを、ちゃーんと見ていたのだ。
それで、今、今日のこれだ!
ドフッ・・・!ブッ・・・シューー!!だ。
こうきたか?
こうきたよ!ここで帳尻合わせに来たよっ!!

なまずのオッサン(←ここらでこの呼び名が定着)は、なまずのオッサンじゃないんだ。あれは・・・なんか違うなんかだ。そうだとしか思えない。ちょっと通りかかって、多少壊れかかっていたからって、うむを言わさずトドメを刺して7千円なんてアコギすぎるもの!

支払いを済ませて重い袋を持って出て、さて愛車のカゴに入れようと思ったら、そうだ、なまずのオッサンに人質(車質?)に取られていたのでした。重い袋が更に重くなります。お家に帰りたい。


12時きっかりに、なまずのオッサンが経営する自転車のデパートに到着。オッサンは、私の愛車を横倒しにして、後輪の仕上げにかかっていました。
「ただいまー」(←あくまで愛想が良い哀しい習性のわたし)と声をかけると、なまずのオッサンは上機嫌でした。
「おお!ねえちゃん帰ってきたか!もうすぐやからな。椅子座って待っとくか。バッチリやからな。ブリジストンやからな。奥の椅子勝手に座って、もうちょっと待っとき。行けるか?分かるか?あっこやで。あっこの新聞でも読んどき」
「・・・・・・・・・・・・・・・・はーい・・・(脱)」

言われるがまま、奥へ奥へ入っていくと、店内はなまずの寝床(うなぎじゃない)のように奥へ細長くて、一番突き当たりに、予想外に広い部屋がありました。
それが、ココ↓↓

depart20080630.jpg


不覚にも、ときめいてしまいました。吉本新喜劇のセット?てくらいに、こってこての大阪なのでした。うわー自転車のデパートに来てよかった、と不覚にも愛車の悲劇を一瞬忘れました。
応接セットがあって、高いのか安いのか分からない黒いL字のソファに座ってみたり、壁に貼られた不動産物件の写真(なまずのオッサンは、どうやら不動産持ちのやりてっぽい)が貼ってあったり、茶色く変色したお偉いさんと撮ったらしい写真が貼ってあったりして、個人的に心躍る事務所。

表で作業しているオッサンが得意の大声で、
「ねえちゃん、ゆっくりしときやー!そこらの読んで待っとりやー!もう少しで出来るさかいな!」
と言っています。

その声で、愛車にとどめを刺された傷がぶり返しました。一気にトーンダウン。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」と、沈黙で応えておきました。

応接テーブルの上のごっちゃごちゃに積まれた新聞や雑誌や不動産の書類やらから遠慮なく掘り出して、私好みの雑誌を発見。その名も

大阪人 大阪人が知らない大阪を伝えるマガジン(とか書いてあった)

負けた。
わたしがなまずのオッサンに負けを認めた瞬間でした。
壁には、えべっさんで買ってきたらしい商売繁盛の笹やら神棚やら所狭しとかけてあって、雑誌は「大阪人」。これだけ大阪を貫き通しているなまずのオッサンに、小娘のわたしが敵うわけがなかったのでした。

そこへ、表からオッサンの勝ちどき(←もはや勝ちどきにしか聞えない)が。
「よっしゃー!!バッチリや!パーフェクトや!ええでぇ!ブリジストンなったからな、これでねえちゃん5年は乗れるで!おっちゃん腕がええさかいな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・(嬉)」
そうか。愛車がさっき、なんだかなまずのオッサンにトドメ刺されたような幻覚を見たような気がしたような気がするけど、愛車がパワーアップしたのだな。生まれ変わったのだな。
ありがとう!なまずのオッサン!!

そうして、約束どおり7千円お支払い。オッサンは「一服さしてもらうわー」と言って煙草に火をつけて片手で受け取って「ええ仕事したわぁ」と、ご満悦。「この雑誌、おもろいなぁ。こんなんあるんやね」と言うと「せやでぇ。おもろいでぇ。えやろ?」とご満悦

表に出て生まれ変わった愛車を見てみると、おしゃれママチャリ女の子チックな赤い自慢の愛車のタイヤにクッキリと「ブリジストン」の文字が。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

たかが大阪の平地を走るのにブリジストン。可愛かった愛車が、ブリジストン。タイヤだけブリジストン。

しかし、乗ってみると、おおおっ!何かブリジストンな気がする!違う気がする!
ブリジストン、やっぱええわぁ!

人生、すべて結果オーライ。
「おっちゃん、ありがとー!」と、自転車のデパートをあとにしたわたし。
なまずのオッサンは、もう私の顔を見ることもなく「気ぃつけてなー」と適当に言って、次の自転車をいじってました。


さて。
帰宅して、しばし放心しました。

何となくはめられたような気がしないでもないと思い始めたのでした。ある葛藤が始りました。

市場価格を調べるか。調べずに流すか。
世の中、知らないでいたほうがいいこともある。気分よく「7千円でブリジストンになったの☆もうタイヤ、パーンてならないの」と納得し続けていけるのならば、なまずのオッサンから実際ぼられてようが、良いではないか。
大人なら、目をつぶって生きることも必要だ。


けれど、手は勝手に受話器に伸びました。まずは最寄の大手ホームセンターに電話しました。
価格を聞いてみたところ、前輪後輪あわせて6500円前後、といわれました。ブリジストンは?と聞きたかったけれど、あんまりブリジストン、ブリジストン言い過ぎて、何がブリジストンか分からなくなって面倒になって、聞きませんでした。

受話器を置いて、再思案。

きっと8千円なら、ぼられていた。
しかし、7千円で済んだ。
しかも、ブリジストンになった。

・・・・・・・うむ!7千円で手を打とう!

と、やっと納得した、わたし。
しかしながら、なまずのオッサンには、若干してやられた感がなくもないから、二度と自転車のデパートには修理に行くまいと心に決めました。

なまずのオッサン!

手に何か仕込んでるよね!?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なんかシリーズ化しちゃった↓

シリーズ第1弾◇腐ってたっぽい牛乳 と わたし
シリーズ第2弾◇腐ってたっぽいサラダ と わたし
シリーズ第3弾◇芋けんぴ と わたし
シリーズ第4弾◇照りつける電灯 と わたし
シリーズ第5弾◇ ドSシステム と わたし


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大阪駄文 | comment(6) |


2008/06/30 (Mon) 昼寝日和 晴れた空の下

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今朝は珍しく、予約どおりに病院へ行けた。

前回の通院では、診察室でぶっ倒れてベッドに隔離されて、うぉううぉうと号泣していた私だが、今日は、けろっとしたものだった。しかし、診察が始まると同時に猛烈な眠気に襲われ、瞬間ブラックアウト。看護婦や先生に肩を叩かれ名前を呼ばれ、ああなんでしたっけ?と訊いている端から、またブラックアウトするので、1時間も待ったのに診察時間は3分程だった。あの病院での私の信用は著しく低下している。何だか看護婦が付きっ切りである。数々、やらかしてきたからか。
先生は、私の経済状態を心配していた。そんな話が出たからなんだろうか。話したくなかったからなのか、単なる疲れが溜まっているのか解離性障害のうちの一つなのか。
また一人暮らしの部屋に帰りたくなくて、ベッドで寝て帰りたいと思ったが帰ってきた。病院は、病院であって、休憩所じゃないのだ。そういえばブラックアウトする狭間で先生に「また入院したいです」と言ったことだけは覚えている。たまに入院したくなる。自分で自己管理が出来ない。

眠剤を状態によって調節する加減が分かってから、規則正しい生活は出来ている。ただ、前日の活動量によって激しく疲れたりするんだろう。躁状態でうろうろしている間に、どんどん疲れは溜まってきている。

こんなときは、とにかく動きたい。買いたい。出かけたい。予定を立てたい。
その合間に時間が空くと、最近知り合ったアングラ友達軽度S男と雑談したりする。個人で仕事しているために、基本的にいつでも電話すれば、仕事場にいるのだった。依存するでもなく、恋愛に発展するでもなく、言うなれば話題にタブーのない間柄といえばいいんだろうか。
Rにそっくりのタイプだ。Rは、私がMに仕立てたが、それをSにそっくり反転したような感じ。仕事が好きで人間が好きで、楽しむことが好きで、会話が上手くて心の機微に敏く、フットワークが軽くて話題が豊富で、多趣味で仕事が出来て、心が広い。
こういう人間が私の友人にいなければ、私は自分がアンバランスに思えて好きになれない。

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昨日は、2年半ぶりくらいだろうか。大学時代の旧友Mちゃんと電話で話した。わざわざ休みの昨日、タダ友時間にかけてきてくれたのだが、2年半ぶりの電話にも関わらず、一つのことしか見えない軽度ADHD(←言い訳がましい)のためか、電話に出るなり「おお!Mちゃん久しぶりー。でもさ、今かけてこられると困るのよ。私、今篤姫にかぶりつきでね。これだけは逃せないんだわ。あとでかけるわ」と断った。Mちゃんは笑って「ああ!篤姫は、きてるよね。私もあれ見てるんだわ。じゃ今から見るわ」と笑って電話を切った。

何回前からだろうか。ドラマ「篤姫」が私にはラブストーリーにしか見えない。毎週、号泣している。こんな恋愛がしたいものだわと思いつつ、気持ちは公方様に重ねたり篤姫に重ねたりと私の心は忙しい。原作者の文章を私は好きじゃないけど、ドラマにすると素晴らしいな!
しかし、ラブストーリー的部分が過ぎて、ドラマ内で「次期将軍は?・・・」「一ツ橋派は?・・・」「鎖国は?・・・」なんてシーンになると、途端に気もそぞろになり、ああ私はMちゃんに何てことをしてしまったんだろうかと激しく後悔した。そのうちに、また篤姫と公方様が出てきたもんだから、うををを・・二人をこのままそっとしておいてあげて・・・つか、間を裂こうとする本寿院様はひょっこりお亡くなりになったりしてくれないのかしら・・・などと、どっぷりドラマに浸かりきる。そしてまた、時勢の話題になって、薩摩がどうのとか、とにかく篤姫も公方様も出ないシーンではMちゃんへ申し訳なくなって、すっかり調子を崩し、頓服を飲むはめになった。

ドラマが終わったら、すぐに電話して、まず平身低頭謝った。
Mちゃんは、そんな私の告白をゲラゲラ笑って聞いてくれた。思えば、彼女も同質の人間であった。何年ぶりに会っても、顔を合わせるなり「じゃ。どこ行こっかー」と違和感なく普通に付き合える。距離感が絶妙なのだ。私は距離感を取るのが、ボーダーだけにとても下手だったが、いっそドライすぎるくらいのMちゃんの対人技術が思わぬところで私にとって救いとなった。

タダ友時間は、会話開始15分で終わり、あとは有料だ。しかし会話は止まらず、Mちゃんは相変わらず面白い。そして交流がない間に私に色々あったから、説明しているだけで時間がかかるかかる。彼女と最後に名古屋で会ったときには私は「裁判するの」と言っていたらしい。そこから会っていないから、例えば2年間の裁判や結審、祖母を亡くしたことや、二度のマンションでの水害だとか引越しだとか愛人関係の解消、婚約、婚約破棄、怪我、病気、ブログ、交友関係、私が片付けられる女になったこと、色々彼女は知らないのだった。
何というかMちゃんは呆れっぱなしというか、よくまあそんなに色々あるもんだよね、と言っていた。あるものだな。

話は膨らみに膨らんで、もともと私も彼女も漫画マニアなのだが、彼女が今一番はまっているのは私が敬愛してやまぬ「ジョジョの奇妙な冒険」で、彼女が今すすめられて今ひとつ面白さが分からないのが、私が心のオアシスとして肌身離さぬ「銀魂」らしい。
そんな話から、恋愛話までして、途中電波が悪くて向こうからかけなおしたりして、結局4時間喋りっぱなしだった。
同会社の携帯とはいえ、かかった電話代を考えれば、どっぷり鬱になりそうだ。そのお金で、いっそ名古屋へ行けるではないか。せっかくタダ友なんだから、何も焦らなくても別の日にすればよかったではないか。
目の前のことしか見えない躁状態は、危ない。こんなときは極力動かないようにするのが一番だ。この部屋を出てはならない。

怖いのが、反動でこの後訪れるであろう鬱・冬眠期。
実は、ブログに書いている5倍ほど、リアルで私は動き続けてきた。リアルが忙しいのと、感情と体調が目まぐるしいのとで、ブログに書く時間がなかった。
体調が優れないのは、活動しすぎているせいだと思う。本来私は、こんなに動ける程健康ではないはずだ。
今こそ、引きこもるとき。人間、外へ出て刺激を受けるのも大事だが、引きこもって内省にあてるのも大事であろう。幸い、文章を書くことにおいて、飽きるということはないので、パソコンと始終向かい合っていようと思う。
今日の大阪は、梅雨が明けたかのように美しい青空だ。上空の気流が描いているのだろう。筆で水平にひと刷けしたような、淡く白い雲が清清しい気分にしてくれる。
こんな日に外に出ないなんてどうかしてる、という天気だ。
しかし、敢えて私は引きこもるのであった。
午前中で、用事はあらかた済ませた。ちょっとしたハプニング(怒)も経験し、そのせいで予想外の出費をし、犬と猫に出会い、ついに一匹、友達猫が出来た。
街は芳しいクチナシの花が満開で、クチナシの香りが大好きな私は、それだけで心浮き立った。愛車の赤い自転車は、大阪のアコギなおっちゃんのせいで勝手にカスタムチェンジされ(怒)乗り心地が良くなったから(嬉)、気分はまあ良かった。

今日のリアル生活は休息日にしよう。



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治療日記 |


2008/06/29 (Sun) <リアルタイム実況中継>文鳥様と専属メイドの朝

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↑左の白文鳥メス7歳 むく  →の桜文鳥オス9歳半 もも 父と娘


午前6時 起床・洗顔・歯磨き・メールチェック

午前7時 麦茶をストローで飲む(←高級感が出て美味い気がする。錯覚) 9時まで手持ち無沙汰で昨日の疲れも取れず、再就寝。

午前8時 再起床・9時まで手持ち無沙汰・とにかく9時まで手持ち無沙汰・デスク周辺の片付け・手帳のチェック

午前8時20分 ストレッチ開始・まんべんなくストレッチ・9時まで静かにストレッチ・C太郎おじさまからのコメントの一行目を目にして「はうあっ!」と声を上げる。いたいいたい。

午前9時 ついに私が待ちに待った目覚ましが鳴る・同時に文鳥ズが叫ぶ「起きるぜ!起きるぜ!」

午前9時1分 「おはようございます」と文鳥ズのカゴにかけてある暗幕を取る。「うむ。苦しゅうない」と文鳥様たちは悠々と朝一度目の伸びをなさる。

午前9時2分 即座に朝食を食べ始めるむくと、寝起きが悪い爺ちゃん文鳥ももを眺める。介護が必要なときに、いつでもお世話させていただくためである。

午前9時15分 痺れを切らし「ごはん食べる?」と、わら巣に入ったももに階下(下段のえさ入れ)への移動を介助すべく手を差し出す。「食べねーよ」と噛まれる。眠そうなくせに、ガブガブ噛まれる。痛い。「すいまっせん」と引き下がる。

午前9時20分 「ごはん食べるよね?」と、目が覚めてきたももに手を差し出す(←あくまで彼は介助が必要)。また噛まれる。せっかちなメイドに、むくも機嫌を損ねたらしく関係ない彼女からも噛まれる。文鳥二羽に怒られ、多少理不尽な気持ちに襲われる。

午前9時21分 ももがわら巣から登場する。「エサ食べるぜ。下りるぜ」と私に移動エレベーターを要請する。「だからさっき手出したやん」と文句を言いつつも、エレベーター係をきっちり務めさせて頂く。むくは、朝からハイテンションで部屋中をめちゃくちゃなアクロバット飛行。カーブを切り損ねたむくに、翼で頬をビンタされる。

午前9時45分 待ちに待った掃除が出来そうだ。掃除機など用意する。掃除が好きだ。

午前9時50分 食事を終えたももが、キッチンの最高台(彼らの別荘の一つ。1日に数度はここで数時間寛ぐ)へ行くから上がらせろと小走りに走ってきて私に要請。エレベーター係りを務めさせて頂く。再び、アクロバット飛行していたむくに、後頭部をひっぱたかれる。わざとじゃないかと若干、疑う。(実際、実家の父は、むくにおちょくられている)

午前9時51分 文鳥ズは高台の別荘で寛ぐ。見下ろされつつ、部屋中の掃除開始。掃除機をかける。拭き掃除をする。鳥かごを掃除する。最後に、彼らが滞在中の別荘の掃除がしたくて、たまらなくなる。「お寛ぎのところ、大変申し訳ございませんが、少々お掃除させて頂いてよろしいでしょうか」と、腰を低くお願いしてみる。雑巾を手に拭き掃除にかかる。即座に、むくにキャルルルル!と怒られ「後にしろ。今寛いでんだよ」と手を噛まれる。「そうですね。わたくしめの気が利きませんで申し訳ございませんでした。後に致します」と無礼をわびて引き下がる。

午前10時 文鳥さまたちが寛いでらっしゃる隙に朝食を食べる。納豆ごはんを、ネバネバ食べる。

私は、だいたい毎日6?8時の間に起きる。
文鳥たちの起床時間は、午前9時。就寝時間は、午後9時。
彼らの脳内時計は正確で、この時間から遅れると暗幕の中からチュンチュン叫んで指図される。
「時間だぜ。起きるぜ」「時間だぜ。寝るぜ」
彼らの睡眠中、ある程度の騒音は許してもらえる。そこらへん、同居人兼世話係(←彼らからすれば私はもっぱら専属メイド)の私の生活リズムも尊重してくださっているのである、文鳥様は。
けれど、一定のデシベルを超えると即座に「おい!何時だと思ってんだ。こっちは寝てるんだぜ!音を小さくしろ」と、主にむく様からチュン!チュン!と激しく抗議される。
特に彼女は、ドライヤーの音がお嫌いである。テレビや私の鼻歌や音楽は多少許して頂ける。
ももは、すっかり年寄りで文鳥が丸くなった。気性が荒く、自己主張が激しい文鳥、しかし愛情も熱い文鳥。9歳半になると、長老のような落ち着きと貫禄と、田舎の寡黙な爺ちゃんのような素朴な空気を纏うようになった。
幼鳥時代に1年かけて自作で作り上げるラブソングを、文鳥のオスは死ぬまで歌い続ける。文鳥一羽一羽、己の感性で作り上げた生涯唯一のラブソングだ。
若いときほど歌わないが、機嫌が良いときは歌ってくれる。近年、彼は何を思ったか、クライマックスの部分をアレンジした。前よりも、メロディアスな曲になった。


午前10時20分 むくが「水浴びするぜ。風呂の準備をしろ」と、シンクのふちにとまって隣室の私に叫んで知らせる。文鳥様専用バスタブに水をくんで差し上げる。別荘で寛いでいたももに「いかがいたしますか?」と移動用エレベーターを近づけてみるが「俺はいい」と断られる。
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午前10時25分 むく様の気が変わる。キッチンまわりをうろうろと遊び始める。そこにももが加わるというので、エレベーター係りを務めさせて頂く。
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午前10時30分 文鳥ズ二度目の朝食。もものエレベーター係りを務めさせて頂く。

現在 ようやくキッチンの上の別荘の清掃に取り掛かれる。
同居人文鳥ズには、気を遣う。

午前11時現在 掃除に取り掛かろうとしたら、ももに呼び止められる。今度は、私のベッド近くのもう一つの別荘で寛ぐらしい。もものエレベーター係を務める。

以下、加筆。

午前11時10分 ようやくキッチンの文鳥様別荘を掃除する。背後に視線を感じて振り向くと、洗濯機の上から、むくが私の様子を眺めていた。何をやってるんだと監視の目に見えなくもない。

午前11時半 やはり、むく様が朝風呂をご所望。再び文鳥専用バスタブに水をためる。もも様も、今度はご入浴。掃除したばかりのキッチンの床が、びっしょびしょになる。キッチン高台の別荘で水浴び後の羽の手入れをなさるそうなので、エレベーター係を以下略。ついでなので、床掃除する。


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文鳥 | comment(6) |


2008/06/28 (Sat) 全身で笑い泣き喜び生きる ? ADHD -

とても大切な用事で、小学校からの友人、Jの家に遊びに行った。念願の使者たる使命を果たしてきたのだった。方向音痴のあまり疲れてしまったので、詳細は明日以降に書こう。


Jには二人男の子がいる。上の子Aくんは、軽度のアスペルガー。障害を思わせない明るくて感情表現が豊かな子だ。
下の子Hくんは、3才でADHD、えらい多動だ。そのかわり、一般的な3歳児には出来ないことが易々と出来たり、自己主張がはっきりしていたり、頻繁な兄弟げんかの元にもなるが、とにかく自分のこだわりが強い。
好奇心が旺盛で物怖じせず、やりたいと思ったら、絶対やらずには気がすまない。

今日、一緒にドーナツショップでドーナツを食べて、二人の子供とJと一緒に家へ行った。
私は、子供が大好きなのだけど、このJの子供二人は可愛くてしょうがない。二人ともアイディアがユニークで個性豊かで、人を恐れない。私は子供と同レベルに遊ぶから警戒しないのか、他の人にどうなのかはわからないけれど、仲良しだ。と、思う。
この子たちと遊べる時間は、私にとってかなり幸せな時間だ。
Jは、壮絶な問題をたくさん抱えていて、それでも子育てしている。母親として自信がないという。けれど私は、自分の子供時代は多分人形みたいで感情なんて素直に表せない子供だっただろうと思うから、生き生きと笑い、はしゃぎ、怒りも悲しみも全身で表現する子供たちを見て、救われる思いがする。
障害を知らない大人たちが眉をひそめるくらい活発過ぎるHくんも、多少乱暴でも弟を護ろう、面倒をみようとする上の子Aくんも、Jが立派に母親として愛情を持って育ててきた揺らがぬ証のように思う。
会う度に、確信が深まる。


夕方になって、Jの家で、こんなことがあった。

Hくんのパパが、仕事から帰ってきた。
Hくんは、小さな体ですごい馬力だ。気配を感じるなり玄関へ駆けて行った。
私は、上の子Aくんと折り紙を折っていた。
そこへ、Hくんが何事か叫びながら戻ってきた。「あけたかったの」と何度も何度も私に訴えた。それから、私のみならず部屋の誰にともなく、大声で訴えた。
彼は、パパが帰ってきたときに自分がドアを開けたかったのに、ママが先に開けてしまったと言っていた。
「開けたかったんだよね。Hくんが開けたかったんだもんね。でもママが開けちゃったんだね。Hくんが、お帰り、てパパにドア開けたかったのにね」と私が言った。
3歳のHくんは、じっと私を見つめて、私の言葉を真剣に聞いていた。何度も何度も頷いた。そのうち涙がどっと溢れた。理解したのだった。
Hくんは、大粒の涙を流しながら、この世の終わりみたいに絶望して大泣きした。ADHDだからなのか、Hくんの個性なのか、自己主張が上手なHくんは、感情表現が突出している。
彼は全身で絶望していた。3歳の小さな体を仁王立ちにして、腕を広げて、体中から声を振り絞って泣いた。

パパが帰ってきたときに、届くか届かないかの遥か高いドアの鍵を、自分の手で開けたかったHくん。
ほんの少しのことだけど、子供にとっては大きなことだ。

溢れる涙を指で拭ってやった。
私には、殺意のみの暗黒の時代があった。幼いもの、保護を必要とするもの、護られなければ自分では生きていけないか弱い者を、魂の芯から憎み殺意を抱いていた。

今の私は、子供が大好きだ。
子供といると、子供の感情に寄り添っていると、欠落した自分の幼少期を埋めてもらっている感覚で満たされる。
些細な達成感、些細なやりがい、些細な欲求、些細な関わり。
けれど、大きな大きな喜びと、届かなかったときの、この世の終わりかのような哀しみ。

自分でドアを開けてパパを迎えることが出来なかった3歳のHくんの絶望が、私には分かる気がした。
パパは、明日も帰ってくる。同じドアから帰ってくる。でも、今日、今、そのときに自分の手でドアを開けてパパを迎えたかったのだ。

さっきの大泣きはどこへ行ったのか、紙飛行機をお兄ちゃんに作ってもらって飛ばしているうちに、笑って大はしゃぎでパパに見せに行っていた。
私を見送ってくれる頃には、彼は母親が押す自転車の上で、うつらうつらと船を漕いでいた。
駅に着いたら「またね、おねえちゃん、またくるね?」と何度も何度も訊いてきた。
「またね」と笑顔で手を振ったけれど、彼はしょんぼりうつむいていた。


Jから帰りに手渡された大きな紙袋には、食べ物がたくさん詰められていた。
家に着いて、その一つ一つを手にとっていたら、有難くて泣いた。
私のことを気遣ってくれる余裕なんて、本当はない。それ位、彼女は今人生の岐路に立たされていて、数日前にまた一つ地獄を味わった。
私には出来ることなんてなくて、だからせめて今日、届けたかった。雨が降っていても何であっても、1日でも早く今の彼女に届けたかった。メッセンジャーくらいには、なれると思った。
なのに、そんな戦友から餞別。
形のないかけがえのないものを貰い続けている。
大切な大切な、私の大切な戦友の幸福を心から願う。


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日々日記 | comment(3) |


2008/06/27 (Fri) 小さな炎 - 対人恐怖 -

前回までのカウンセリングの記録を昼にアップした。
昨日も、カウンセリングに行った。昨日は退屈で、そして後半は最悪な展開といえた。けれど、最良の展開なのかもしれない。乗り越えれば、私の糧になるんだろう。
ボーダーの攻撃性が、カウンセラーへ向けて発揮された。功を奏するときもあるのかもしれない。
7年通って、ようやくの転移か。


昨夜は、いちどきに色んな選択が私の前に並んだ。全ては、私の身の振り方一つで決まると思った。カウンセリングの帰りに、頭の中がパニックになった。
対人恐怖が、ぶり返した。怖かった。
人が怖い。人と私の間に生成される予測もつかない感情や結果が恐ろしい。けれど私は歩き始めてしまった。歩を止めるわけにはいかない。あらゆる想定をしてきた。それでも現実は、容易く私の予測など越えてしまう。分かっていた。その一つ目にぶつかっただけだ。私が起こしたアクションは既に一本の線を描き、この延長上に何を描き出すのか、見ているのは私本人だけではない。

自分自身が恐くなった。誰かを傷つけるのではないか、私が私らしく存在しようとすることで、取り返しがつかないほどに誰かを傷つけるんじゃないのか。
私と関わりたい人間が、果たしているだろうか。こんな私と。

私が動けば、私の周りで何かしら変化があるのは、それは当然のことだ。覚悟している。自分が起こしたこと。自分が決めたこと。自分が目指したいこと。
なのに途端に恐怖心が襲ってきた。
私が怯えてしまったら、私は何も出来なくなる。
感情を押さえ込む。必死で自分に何が出来て、何が片手落ちなのか考える。

情けないことに、今の私にとっての武器は、ただ一つ、嘘偽りないということだけだった。丸裸で裏も表もない丸腰だということ。それだけが今の私だった。
それ以上でも、以下でもない。

対人恐怖は、人見知りとは違う。
関係性が深まれば深まるほど恐怖が比例していく、人間不信。
関係性のアンバランスさが、自動的に恐怖へ転換されていく病。


幸いにも、生じた問題の半分が昨日のうちに片付いた。
同時に私の対人恐怖も半減した。恐怖心だけは、自分の意志でコントロールできない。
コミュニケーションと自分の努力と、信じる力と、不信をねじ伏せる技術がいる。


しかし図ったようなタイミングで、過去と対峙することになった。
捨てたはずの過去が、向こうからやって来た。
私に執着し、私を支配しようとし、私に媚びてきた女からの連絡だ。
そして私は、あやの男に連絡を取ろうかとも考えている。今月ずっとだ。

なぜ?

自分に問いかけてみるが、答えはない。
あの女と、あの男。
私を死に追いやろうとした人間。
私が勝てなかった人間。敢えて戦わず、過去泣き寝入りし、意志表示したにも関わらず理解できない無神経な人間。

見届けてやろう、観察してやろうという嗜虐衝動だろうか。
物事は、都合よく捉えることが出来る。

今こそ、過去を清算するときだ。
今こそ、過去など捨て去るときだ。

葛藤する。
気がつけば、いつもの指先の自傷。カッターで切り刻む。自動的だ。

対人恐怖は明日には完全に去ってくれるのか、明後日か。
ここを抜けたら、決めようと思う。
過去を清算するのか、どう清算するのか、今の私にその能力が足るのか。
過去は、捨て去るものか、捨て去れるのか否か。


アンドロイドは人形じゃない。
お前らの人形じゃない。
私は人間だ。
ようやく生身の心を手に入れた私に、嗜虐心が生まれた。
怒りは、生きる欲求と直結している。
人間の、一番偽り得ない感情だ。
自尊心だ。

この大切な誇るべき私だけの炎を、手のひらで大切に静かに燃やし続けたい。
方法を誤れば、生まれたばかりの炎は、きっとたやすく消えてしまう。
炎にもきっと、価値の優劣がある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

○コメント欄を閉じさせて頂いています。過去頂いているコメントに少しずつお返事を書かせて頂いています。すぐにお返事できない現状で、読んでくださる方に心苦しく思いますので、お返事を全て書き終えるまで暫定的にコメント欄は閉じます。
コメントくださっている皆様、お待たせして申し訳ありません。
初めてコメント下さった方にもお返事が出来ておりませんが、大切に拝見しました。ありがとうございます。必ず数日以内にお返事させて頂きます。ご了承ください。

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日々日記 |


2008/06/27 (Fri) 孤独の小箱

<カウンセリング 2008.6.19>


前回の私が、カウンセラーに頼んだらしい。殆ど覚えがないが「いつも前回の話題が次回に持ち越されない。自分で持ち越すことが出来ない。だから、次回は先生から話題を継続して欲しい」と。

これが功を奏したのか裏目に出たのか。
久しぶりに、最も話したくない話題が先生の口から早速出た。

「今、美鳥さんが一番困っていることは?」だ。

これが、よく分からない。
私は、カウンセリングルームをただの箱だと思っている。毎週、自動的にやって来ては私が自分に起こった1週間の出来事をベラベラと喋る。しかし、喋り始めるまでが少し苦痛。頭の中が空白だ。
いつも何もこの1週間、取り立てて何もなかったし、何も苦しいことも困ったこともなかった気がするのだ。そのせいか、話し始めて4,50分経って、要はカウンセリングのタイムリミットが来たあたりで、ようやく本題に到達するのだ。そのパターンの繰り返しを、この数年続けているような気がしている。

しかし、自分が先生に頼んだのだ。私は、しょっぱなから考えなければならなくなった。
今一番困っていることは何だろうか?

よく分からない。ただ、記憶が飛ぶこと、気絶すること、体調が悪化すること。でも実家での体の痛みよりまし。起き上がれなくなる。そのことを今回の帰省ではじめて実感したこと。
洗濯機の前で倒れていたこと。その後で起きてみたら、知らない間にアイスクリームを3つ食べられていたこと。
自己管理ができない、体調がわからない、自分があてにならない、入院したい、せめてヘルパーを雇いたい。気絶していても死んでいても誰にも見つからない。
そんなことを話しているうちに、うっかり「私が死んでも困る人がいない」という一言が出そうになって、それだけはのみこんだ。

昨日、この続きをカウンセリングで話してきたのだが、多分この「私が死んでも困る人がいない」などといった、卑屈な感情ほど口に出すべきなのだ。先週の私は、のみこんだ。なぜなら、甘ったれたことが嫌いだからだ。かわいそうな悲劇のヒロイン気取りになりたくないからだ。けれど心の底からそう感じ、一人のときに泣いているときは考えている。うっかり死んでても、当分発見されないだろうなぁと。


今の交友関係の話なんかもした。
これは、順調だと思う。ボーダーの自覚は大切だ。自分が自分を律することを、私は覚え始めている。練習している。新しい信頼できる人たちと出会えたことで、人間観が大きく変わってきた。同時に私自身も変わってきた。
先生は、信頼できる誠実な友人ができているみたいですね、でも少し会わないだけで、少し言葉を交わさないだけで恐怖心や猜疑心が頭をもたげることもあるみたいですね、と言っていた。
そうかもしれない。以前は恐怖と猜疑で脳の99%支配されていたわけだから、今のこの程度は、それでもましと言える。でも、まだ課題は残っている。


話は、一番触れてほしくない前々回の話になった。いつもは私に話題を完全任せる先生が突っ込んできた。これは、少し恐怖だ。

「倒れたときのことだけど、どんな気持ちだったのかな」と聞かれた。
私は、やけっぱちになった。

正直、ショックだった。かれこれ7年、このカウンセリングルームに通い、同じカウンセラーにカウンセリングを毎週受けてきたが、私は一度も自分のみっともない姿を見せまいと頑張ってきた。頑張ってきていたのだと、倒れたときに気づいた。
あれだけは見せまいとしてきた。というよりも、耐えてみせる抑えてみせるという意地への妙な自信があった。何しろ七年抑えてきた実績に裏打ちされていたのだ。
実家でも同じことだ。全身が痛いだとか起き上がれないだとか息が出来ないことはあっても、派手な発作は実家では不思議と出ない。弱みを見せないことが保身であるから、私の自衛本能が体調をぎりぎりコントロールできているのだと考えている。
ただし、パニック障害の発作だけは、抑えられないようだ。そんなときは今まで、実家のトイレにこもって薬の飲んで耐えてきた。
誰にも私が倒れたところは見せない。見せない自信があった。

なのに、5月末のカウンセリングでは、解離した挙句、過呼吸を抑えきれず、更には暴れて叫んで怒鳴って倒れて、気絶して痙攣して。最悪だ。今までの全てが台無しだ。

「まあ日ごろは、うちではしょっちゅうあんな感じですよ」と、背もたれに身を投げ出して吐き捨てた。思わずそんな動作になった。これじゃまるで、安い刑事ドラマの取調室での犯人みたいだな、と思った。


「不安に思っていることは?助けてほしいことは?ここではどう?私に何をしてほしい?」
と、先生が訊いてくる。

いつも訊かれる。しかし、これがさっぱり分からない。
私が倒れても放置してくれていればいい。ここは箱だ。私が勝手に訪れて、喋り倒して帰っていく箱だ。先生は、それをいつも持っているレポート用紙にひたすら書き付けていく。何を書いているんだろう、なぜこの話は書かないんだろう、なんて疑問はとうの昔にどうでもよくなった。
私は喋る。私が喋る内容のみで、カウンセリングの質は高くなったり低くなったり。
先生は書きとめる。たまに質問する。私は喋る。答える。その繰り返し。
何をして欲しいだとか、箱に要求しろといわれても何も出てこない。
多分、7年通っていても私は、カウンセラーを人だと認識できてない。理由が、分かりそうで分からない。
中途半端に私もカウンセラー養成所に1年通ってたり、その後も本を読んでたりして知識があるから絶望する。私はカウンセラーに転移していない。転移しない限り、進まない。カウンセリングは、気だるい時間になっている。

けれど、話しているうちに涙が溢れて止まらなくなった。涙の理由も自分で分からない。ただ、会話の都合上、話さねばならなくなった。
葉っぱを数えていた人格の話だ。
絶望的な気分が蘇った。私にしか見えない人格を、誰が信じるだろうか。
先生は、結構長く観葉植物を眺めていたけど、あれは葉っぱを数えていたのね、と言ったから、私の絶望感は更に増大して、嗚咽を抑えきれなくなった。
気味が悪いを通り越して、寂莫とした孤独で体中が干からびて痺れが走った。


今回話したことを私はまた忘れるから、私はあてにならないから、この話の続きを次回言ってください、と先生に頼んだ。



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治療日記 |


2008/06/26 (Thu) 9枚の葉っぱ

<カウンセリング 2008.6.12>


毎週行っているカウンセリングだが、行きたくない日の方が遥かに多い。
12日は、まさにそんな日だった。
5月末にカウンセリングルームで倒れて過呼吸起こし痙攣起こし、解離したかと思えば、ボーダーの症状にやられっぱなしで泣き喚いたり、廊下で暴れたりした。しっぺ返しも喰らい、倒れたときにテーブルと床で二度、頭にたんこぶを作った。顔も髪も服も、ぐしゃぐしゃになった。

そんな前回のあとで行けるわけがない。当分行く気もなかった。その次の回は休んだ。そのまま行きたくなかったから、予約は入れなかった。
記憶では、そうだ。
しかし、こんなときほど行かねばならないのだと思いなおし電話した。
予約は、既に入っていた。先生に、話したでしょう?と訊かれたが、まるで記憶がない。
予約が入っている以上、いくしかなかった。電話で謝罪できるだけは先生に謝った。植木鉢を蹴り倒した覚えがあるから「何か破壊しませんでしたか?」と婉曲に訊ねたけれど「なにも」という答えだった。
とにかく行かなくてはならない。ここはきっと、逃げてはならないところだ。そして、逃げれば何かしら次へのステップへの手がかりを掴み損ねてしまう。

6月12日、当ルームで倒れて以来の初回のカウンセリング。
あれは何ですか?と呼吸困難について訊ねると、過呼吸だといわれた。一人でもがいていると、一体これは何だ?私はどうなっているんだ?と思うばかりで、客観視できないから不明だったのだ。
先生が「ビニール袋を持ってこようか?」N氏も「ビニール袋を持ってこようか?」と言っていたのは、そんな理由だったのだ。
けれど、私はビニール袋が怖いと先生に伝えた。
何か閉じ込められて窒息して、二度と出てこれない気がするのだ。どんなに小さなビニール袋でも同じだ。パニック障害にしても、呼吸系に来る。そのせいか、呼吸に作用する何も私は施したくないんだと思う。


私は、そしらぬ顔で普段の話などしたかったのが、先生が前回のことを触れてきた。どういう気持ちだったのか?と訊かれたと思う。
途端、激しく気分が悪くなった。そういえば、待合室で自分の番が来るまで待っているだけでも私は吐きそうになっていた。

意識が遠のく。遠のく。
先生が何か言ってるけど、聞こえなくなった。
聞こえてるけど意味が分からないというより、どうでもよくなった。
先生がいる部屋が遠い。それより近くに、暗がりがあった。薄暗い暗がりだ。向こう側は見えない。
しんどい。眩しくて眩暈がする。意識が飛ぶ。体が崩れそう。重い。鉛みたいに思い。何とか張っている糸がぷつんぷつんと音を立てて切れそうになる。
ああ、まずいなぁと、こんなとき意識も感情もはっきりしない。


気がつくと、私は自分の身体から離れていた。後ろ側に2,30センチずれていた。
1,2,3,4・・・ と声が聞こえる。
椅子の隣に置かれた観葉植物の葉を数えている。
後ろから、私はそれを見ていた。目で見ていたんじゃない。何といえばいいのか、私の視覚は半分は恐らく現実の観葉植物を眺め、同時に半分が私の内側、薄暗い何もない自分がいる場所を見ている。
数えている者は、葉を9枚まで数える。

一枝に9枚。
あれ?あっちのは8枚だ。
おもしろい。こっちのはいくつだろう。

1,2,3,4,5・・・9

数え続けている。
楽しそうだ。誰が楽しいんだ。何が楽しいんだ。何でここにいる?
無邪気な楽しさだけが、暗がりに立たされた私に伝わってくる。
私は、どちらを向いているのか分からない。
数えている者と背中合わせに立っているように感じる。それがいつもだ。
私と彼女の背中はくっついていて、赤の他人なのに癒着しているのだ。

けれど、この日は違った。
私の中に、楽しげな感情が流れ込んでくる。けれど、背中合わせじゃない。
数十センチ私はずれている。癒着していない。
私は、思った。
葉を数えている場合じゃない。ここはカウンセリングルームだ。
先生がいる。これはまずい。これだけはまずい。
そんな思いも、薄暗い場では、ぼんやりとしか知覚できない。

そのうち、数えているだけでは飽きてきた者が観葉植物の葉を折り取ろうとした。
そこで私は、我に帰った。
それは駄目だと強烈に思った。前回のここでの失敗を思い出した。ここで迷惑をかけるわけにはいかない。


気がついたら、全然元に戻っていて、先生を相手に旅行計画の話なんてしてた。
私は、元気だった。
何もなかったのだと思うことにした。
先生も触れないから、ちょっと私が休憩したくらいに思っていればいいと思った。
何分なのか何十分なのか、時間の感覚が分からなかったが、時計を見てみれば、長針が極端に動いているわけではない。

今後の計画を話したり、もう前回のことには触れずにカウンセリングルームを後にした。
何も考えたくなかった。
私に意識が戻ってきて、確かな足取りで街を歩けるなら、それでよかった。
灰色の空から、ぽつぽつと雨が降り出して、蒸し暑い空気で肌に服が張り付いた。
全部振り払って地下道を歩いた。
何を見ても、ふわふわと上の空だった。
上の空の自分も振り切って、頓服を二つ齧って地下鉄で帰路に着いた。


(カウンセリングの記録 2008.6.19に続きます)


関連記事(前々回のカウンセリングの記録)
◇這いずる獣
◇あやとやらは何やってんだよ


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治療日記 | comment(2) |


2008/06/25 (Wed) たこ焼き羊羹はアホの勲章

ブログ友達道草日和のhimaちゃんとの大阪観光記の続きです。

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大阪といえば、ふぐ!

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と?ぉれとっれ♪ ぴ?っちぴっち♪ かにりょうり?♪ by キダタロー(ナニワのモーツァルト)

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もうすぐ撤去されてしまう、食い倒れ人形。
「わてもインディになった気分や」言うてるけど、多分首からぶら下げたカバンのこと言うてんねやと思う。カバンひとつでインディ気分か。
子供が怯えてて面白かった。この人形、でかい。
台座入れて2メートル以上はある。そのわりに顔の血色がやたらいいし、黒々とした眉毛の湾曲が怖いし、太鼓叩いてるし。子供が怯えるわけもちょっと分かる。
どこかの博物館に寄贈されるか否かと話題になっていた。生き残って欲しいなー食い倒れ人形。


難波でショッピングの予定は当初なく、何しろ行き当たりばったりな二人なので、それは何となく始まった。いかにもつけづめを売っていそうなギャル雑貨店を見つけたのだ。
大阪のど真ん中、ギャルたちで鮨詰めの店。置いてあるアクセサリーを片っ端から見ていると、私もひまをも一体何が派手で、何がどれくらい行き過ぎているのか短時間で基準を見失った。
しかも安い。さすが大阪だ。
つけづめも発見したので、ああだこうだとひまをの指にあてがい見繕う。
楽しい。店中、私の大好きな色彩に溢れていて、それをあれこれ付けてみたりお互いアドバイスしてみたり至福の時間だ。
そして見事、ひまをに似合うと直感していたベビーピンクのつけづめを発見。自分がつけるでもないのに、この楽しさったら何だろう。
私は、ゴールドのビッカビカしたシュシュが気に入った。ひまをからも似合うぜ!と絶賛を受け、これは買うしかない。しかし、490円と思っていたら590円だったので、カゴに入れていたにも関わらず棚に戻した。予想外の着物買いの痛手が、100円のギャップを越えられなかったのだ。
清算しているひまをの横で、偶然携帯ストラップを見つけた。ひまをにも見てもらって、あっという間に決定。お値段、390円だった。安っ!
nanbastrap.jpg

↑これに出会うまでは、「Diorのチャームがいい」などと分不相応な戯言を半ば本気で抜かしていた私だが、安さには叶わない。今の身で家賃に相当するDiorのチャームなんて夢のまた夢だし。
そういえば、これが私の新携帯初公開になる。
ちなみに、今回ひまをに私の骨董携帯を見せたら「ひでぇ!これはひでぇよ!ないよ!」とツッコまれた。美鳥、嘘つきません。大仰には申しません。ひどいと言ったら、ほんまにひどいのです。
「良かったねぇ・・・・携帯変えて、良かったねぇ・・・」と、しみじみとひまをが言ったのが印象的だった。

今の携帯は、前の携帯の厚みの5分の1くらい。どっかで落としそうだと思っていたから、でっかいストラップつけられてよかった。持ってるとジャラジャラ楽しいし。新携帯の曖昧な色が嫌だったのだ。好きな紫、ゴールド、ショッキングピンクが混じったストラップは楽しい。


新幹線で帰るひまをを見送るべく、新大阪へ。マクドで休憩しつつ、買ってきたつけづめをひまをは試してみてた。めちゃくちゃ似合った。可愛い!可愛いよ!と、店でも散々叫んだが飽き足らず、テンションは上がりっぱなしだ。
しかし、私が一人で家まで戻れるのかと、ひまをは心配してくれた。確かに、こんなに二日間で遊んだことってない。用心のために頓服を二つ飲んだ。
しかし、心配げなひまを。「今わたし、美鳥ちゃんを腫れ物扱いしてるからね」とひまをが笑った。そうして笑ってくれるだけで、気を遣わずに済んで私は有難くてしょうがなかった。

新幹線までの時間に、みやげ物屋をまわった。
目当ては、ひとつ。
大阪名物 たこ焼き羊羹 である。
たこ焼きに模してあるのではない。材料そのものが、たこ焼き。羊羹に紅しょうがとかカツオとかソースとか入っている。大阪に住んで長い私も、気にはなっているものの確実に不味いので買ったことはない。果敢にも、ひまをはそれが欲しいと言った。何が何でも買うと言った。
そういうネタ好きなアホのために、たこ焼き羊羹は売られているのだ。
探すこと数店舗。
たこ焼き羊羹を発見!
昔よりミニサイズになっていた。やはり味がアレだからか。
小躍りするひまを。原材料を見て、これは間違いなく罰ゲームアイテムだと確信した。
ひまをは、ハイレベルなアホスピリットを持った女だ。


改札前で、ひまをを見送った。
寂しさとか感じなかった。
本当に気心が知れると、そんなものだ。じゃあねーと、ひまをらしいサバサバした足取りで改札へ消えていった。

一人になって、自分の状態を確認した。
離人感はない。体もさほど疲れてない(←実際は凄く疲れていた)。帰り道も何とか分かる。見逃した篤姫も気になるし、サッカーバーレーン戦も気になる。
しっかりと家まで帰れた。
待てずに途中、携帯でサッカー見つつ帰った。

そして今日に至るが、体が凄く疲れているらしく、頻繁に休憩を心がけつつ、心がけている間に昼寝している。パソコンに向かいすぎると、パニック発作が襲ってきそうな来ないような曖昧な感じ。
数日は寝込む予定だから問題ないよとひまをには話していたけど、寝込んでいないことが素晴らしい。こうして起きて、休み休みでもブログを書けているのは凄いことだ。


今回の大阪旅行、himaちゃんは4時起きで来てくれた。
東京土産を持ってきてくれた。美味しかった。銀座のいちごクッキー!
このお土産、私にろくすっぽ見せることなく、うちに着いて取り出すなり、せっかちひまをはバリバリ自分で包装紙を破ってしまった。
ひまをが「土産とかいって自分でバリバリ開けちゃってるよー」と笑っていた。
私も笑った。
気の置けない仲だ。

        (ひまをと大阪旅行記 了)


関連記事
◇なにわバカンス
◇毒舌女×2 in 大阪
◇大阪骨董市は喋り倒して値切り勝ち
◇毒舌女コンビ 大阪のメッカ難波で遊ぶ


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大阪駄文 | comment(4) |


2008/06/24 (Tue) 毒舌女コンビ大阪のメッカ難波で遊ぶ

ブログ友達道草日和のhimaちゃんとの大阪観光記の続きです。

関連記事
◇なにわバカンス
◇毒舌女×2 in 大阪
◇大阪骨董市は喋り倒して値切り勝ち

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここまでひまをとの2日間を書いていて、最初に「毒舌女×2」と言った割に私たちの毒舌ぶりは全く文章にあがってこない。なぜかしら、ひどく毒舌なのにそこが一番おもろいのにと考えるに、要は毒舌過ぎて公開できないのであった。
うまくは言えないが、決して悪口ではなく、権力への反骨精神だったり、気取ったやつをバカにしたり、逆に突き抜けたアホには敬意を表したりといった具合に、社会での自分たちのステータスを上げたり下げたりする会話遊びなのだが、うまく表現できない。
とにかく、頭の回転が速くて博識でおもろい女ひまを。


四天王寺大師会を後にして、私とひまをは難波に向かった。
大阪は、大阪・梅田駅周辺を「キタ」と呼び、難波あたりを「ミナミ」と呼ぶ。
ミナミが、断然こてこてだ。吉本の本拠地だし、グリコの看板は有名だし、道頓堀にかかる「ひっかけ橋」で名が通るナンパのメッカもある。ミナミに行かねば、大阪に行ったとは言えない。

着物を買ったことで一時は浮かれていた私だが、難波に向かう駅のホームで「私・・・こんなもの買ってしまって・・・これからどうなるのかしら・・・」と出費恐怖にかられて呟いた。瞬間的鬱が訪れた。何かひまを静かだなぁと思っていたら、私の一言にひまをも「私も・・・これからどうなるのかしら・・・」と考えていたらしい。お互いに不安を共有し、まあせいぜい今日は遊ぼうぜ、ちょっと出費控えようぜ、ということで切り替えた。危ういメンヘラ二人旅なのだ。

ずっと行きたかった道頓堀極楽商店街に行った。
写真が撮れなくなってしまい、ここの画像はなし。安定しない記憶のためか、またもや私はカメラの扱い方を忘れてしまった。
ひまをがまたも「大丈夫?」と疑わしげな目で私を見る。さっき、ひまをのブログを読んでみたら「美鳥ちゃんが倒れたら、いざとなったら私がおんぶしよう」とまで考えてくれていたことが分かった。涙がにじむ。ありがとう。ひまを・・・!
友人によれば「5分おきに様子が変わる」らしい私。私自身は、さほど苦痛もなく自然体なのだが、周囲にやはり気を遣わせてしまう。
体調を悪化させないためには、ただひたすら自分が気を遣わないこと、自然体でいること、構わず楽しむことである。これは理解されていなければ、気遣ってくれる人を顧みもせず横柄な態度に見えることがあるかもしれない。皮肉にも、この病は自分が無理をしたらおしまいなのだ。ジレンマだ。しかし、大いに楽しんだ。楽しめたのは、ひまちゃんのお陰だ。

道頓堀極楽商店街では、商売繁盛の神えべっさんがメインキャラらしい。懐かしい駄菓子を買ってぶらぶらしていたら、まさにそのえべっさんの着ぐるみがいた。でかい。
奇遇にも私たちが行った22日は、当館の4周年記念だったらしく、このえべっさんと写真を撮ってクイズに正解したら景品が貰えるのだった。私たちの前では、小さい子供とママが参加していて、私たちは遠巻きに眺めていた。大人だもの。
しかし、彼女たちが去ったあと、えべっさんの案内役のおばちゃんが「今日しかないからお姉さんたちも撮っていってください」と言う。遠巻きに眺めていたくせに、誘われると二つ返事のひまを。笑った。おばちゃんが言うには「えべっさんの仕事、釣りだから、もうこの後すぐ鯛釣りに行っちゃうからね(←作りこんである裏設定w)」
えべっさんと手をつないで写真を撮ってもらった。それから、めちゃくちゃ簡単なクイズに答えた。
ノリが良いひまを。そして私。答えるときは、ためらわず大声であった。
景品は「うまい棒 キャラメル味チョコレート入り」というレアもの!
銀魂ファンの私にとって「うまい棒」は格別なのである。感激した。
そして何より、楽しむことに旺盛なひまをにちょっぴり敬意を抱いた。私も大概人目憚らず楽しみたい人間だが、ここに仲間がいたのだ。


入場するときは、外はどしゃぶりの雨で「この雨頭おかしいぜ!」と毒づいていた私たちだが、外に出ると雨はあがっていた。
「うちら、晴れ女だよね」と、ずぶ濡れになったことなど、すぐに忘れるご都合主義の私たち。

次は、長年行ってみたかったここ↓↓ 法善寺横丁。
hozenjiyokocho20080622.jpg


あいにくの雨、と思ったけれど、雨に濡れた石畳が法善寺横丁の落ち着いた風情を一層味わい深くしてくれた。
ここでようやく、不安定な私の記憶が突如蘇り、一眼レフを再び意のままに操れるようになった。
ひまをも喜んでくれた。しかも被写体にまでなってくれた。しかも相変わらずの私の無自覚放置プレイに根気強く付き合ってくれた。
おかげさまで撮れた、ようやくまともな一枚↓↓
hozenjiajisai20080622.jpg



nantokayokocho20080622.jpg

↑こんなふうに、路地ひとつ向こうは、難波の混沌とした街道だ。けれど、法善寺横丁は、別世界のようにひっそりと静かな時間が流れている。
想像していたよりも古さを感じさせない店が多かった。けれどどこも長い歴史を持つ。
何年後か分からないが、ここらのバーにふらりと入ってみたいと思う。憧れの場所のひとつだ。


しかしながら、そんな法善寺横丁にも、大阪らしいというか謎の人形が↓↓
koteoyaji20080622.jpg


「こいつ、顔がやらしいな。何する気だ(←コテを持ってるので恐らくお好み焼きを焼く気)」
「ベロ出してる時点で駄目だな。こいつに食べ物は振舞われたくねぇな(←この店の看板キャラと思われる)」
「これは撮っとこう。このいやらしさを撮っとこう(←散々けなしても撮る)」
ひまをと好き放題評した後で、きっちりカメラにおさめた。


夕方になってきた。
横丁を抜け出して、難波の商店街に出た。
胡散臭い大阪人が、うようよいる。綺麗な大阪姉ちゃん、スカした大阪兄ちゃん、危ない職業っぽいおっちゃん、ヒョウ柄がスタンダード睫毛バシバシの大阪のおばちゃん。
ああ私、大阪に住んでたんだなぁと思った。
普段、人ごみが苦手なのと方向音痴なのと5分後の体調が読めないのとで、数ヶ月に一度キタに出ることはあっても、カオスミナミには出ることがない。
ギャルを見るのが大好きな私には、たまらない街だった。何もかもがギャル仕様の店が立ち並ぶ。
そして大阪ならではの安さ!
可愛くて安い。1日そこそこ出費した私たちの心をも癒してくれる。

毒を吐くくせに、そこそこ可愛い女でいたい私とひまをのウィンドウショッピングin難波が始まった。

(もうええかもしれませんけど、あと1回続きます。お付き合いおおきに。)



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大阪駄文 | comment(4) |


2008/06/23 (Mon) 大阪骨董市は喋り倒して値切り勝ち

今回は、なんだか私個人の大阪骨董市への熱い情熱メインに語ってしまいましたが、ブログ仲間ひまをとの大阪観光記の続きです。

関連記事
◇なにわバカンス
◇毒舌女×2 in 大阪

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
雨の四天王寺は、それはそれで悪くなかった。

四天王寺大師会と呼ばれる骨董市へ行く前に、老舗の漬物屋を見つけた。
少し前にN氏とミニ酒盛りしたときに酒の肴に買った「山芋わさび」という漬物が最高なのだ。
店内で、ありとあらゆるものを試食した。
ひまをの決定は早かった。「山芋わさび買う。一番美味い。酒に合う」と即買った。
あの店で一番美味いのは、私も山芋わさびだと思う。
○四天王寺西むら


四天王寺の骨董市は、何しろみんな明るい。出店しているおばちゃん、おっちゃんが皆明るくて気さくでおもろいのだ。
ここへ来ると私は、敬語は一切使わない。それから、幾つか持っている関西弁(関西弁にもさまざま種類がある)の中でも、コッテコテの大阪弁で話す。
何のためかといえば、第一に楽しむため。第二に、顔馴染みになるため(単におもろいから)。味のある大人たちがいっぱいいる。最後は、値切るためだ。
人情と商売。これがミックスされたところが、大阪骨董市の醍醐味だ。

境内に立ち並ぶ店の中で、小さな古着の着物屋を見つけた。おっちゃんが一人で店番している。

積み上げてある着物の中で、一番上にあった銘仙に目を留めた。
絹ものだ。状態は、最高。八掛も新品かと疑うほど。着丈は、ぴったり。
そして何より、これぞ昭和初期の銘仙ですといわんばかりのレトロモダン柄。一目で気に入った。
私が銘仙好きと知るや、おっちゃんは、
「これどや。これほんまは、おっちゃん売りたないんやでぇ。せやけど他のもん買うてくれたら、また来てくれたら、思うて赤字覚悟で500円やで。姉ちゃん、銘仙500円なんてないでー買うとき」
と、それとは別の白っぽい銘仙を薦めてきた。
安過ぎて驚いた。500円で銘仙!
そしたら買うとこか、と一瞬思う。
銘仙は、縦織りだから破れやすく、私は本当に好きなのだけど着られる状態で売っている銘仙は滅多にない。しかも希少価値があるから、高い。大昔は普段着だった銘仙だが、今はアンティークで最低でも1万円はする。

しかし、一目で気に入った銘仙の方が断然欲しい。
そちらの値段を聞くと「5000円」と、おっちゃんは言った。予想していた半額だ。内心、安さに驚いた。しかし、顔には出さなかった。
どうやらおっちゃんは、雨降りで客足が少なく、一着でも売って、さっさと帰りたい心境らしいとあたりをつけた。

「5000円かぁ。高いなぁ」と、ぼやいてみる。本気のぼやきだ。なぜなら、私は来月の旅行のための格安航空チケットを予約しただけで、その出費の恐ろしさに倒れた女だ。どんだけお買い得品でも、札が出ていくのは精神的にきつすぎる。吐血する。極貧なのだ。

しかしながら、これほど状態が良くて自分好みな銘仙に出会えることは二度とないかもしれないとも思った。
アンティーク着物の魅力は、二つとして同じ柄、サイズがない点だ。それが何十年経っても美しい状態なのは、持ち主が大事にしていたからだ。八掛(裏地)が真新しいのは、着物への愛着故に作り直したからだ。昔はオーダーメイドだから、着ていた人の年齢、背丈、あるときは仕事や社会的地位まで一着の着物から垣間見ることが出来る。
アンティーク着物は、常に持ち主の人生を物語ってくれるのだ。
そんな物語好きが高じて、私が一番宝物にしている着物は、私はサイズが違いすぎて着ることが出来ない。大正か明治後半の袷の着物。裾にぐるりと重しがわりの布地が入っている。それなりの名家の家事などしないで良いくらいの身分の身長150センチ以下の細身の奥方が、裾をひきずって着ていた、滅多に見ない紺紫の着物だ。眺めているだけで、幸せになれる。


私は、何でも一番欲しいものしか買わない主義なので、一番好きな銘仙を前にして500円の銘仙は買わないことにした。一瞬迷ったが、500円の着物は、どこかしら500円たる所以があるものだ。
「ええっ!?」と、おっちゃんが驚いた。
それから、5000円の着物など予定になかったどころか今の私には吐血レベルの出費なので、それも縁がないものと諦めた。
「ええっ!?」と、更におっちゃんが驚いた。

「私、今月めっさ金欠やねん。五千円とか買えへんもん。買うんやったらこの銘仙しかいらん。こっちの銘仙が欲しい・・・けど、残念やけど買えへん・・」
と、立ち去ろうとしたら、おっちゃんが
「これは人気商品やから、今日買わへんかったら明日には売れてまうで。絶対売れるでぇ」とプレッシャーをかけてきた。おっちゃんも、色々と買わせるテクニックを持ち合わせている。

「せやなぁ。こんだけええもんやから、5000円でも安いのよう分かるし、すぐ売れるやろなぁ。大事にしてくれはる人が買うてくれたらええなぁ思うわぁ」と、しょんぼり言ってみた。実際、これだけのものは、着物をさほど大事にしない人間に買われるのは忍びない。着物好きの性が疼いた。

おっちゃんは、「そしたら姉ちゃんが買うてぇなぁ」と哀願口調になってきた。私に笑いながらも手を合わせて拝むふりまでする。
突如思いついたらしく、手当たり次第に5000円の銘仙に頼んでもないオプションを付け出した。
「これとこれとこれもつけるわ。もうこれ大出血サービスや。あと欲しいもんあったらつけるで。これでどや!?」と商品を胸に抱きしめ、私を見つめる。懸命な犬のようである。

おっちゃんが抱きかかえた商品を、ちらりと見てみた。
絹ものではあるが帯に仕立てる前の帯地と、何かよう分からん紺色の何かと、何かだった。良いものは、ちらっと見ても良いものだ。おっちゃんの胸元の商品は、どんよりしている。いらねー・・・・全然いらねぇ・・・。
おっちゃん、一瞬でオプションつけるにも、いらないものをつけているのである。咄嗟に見せかけて、損しないオプション商品、むしろ捨てたい感じのものをつけて、気分だけお買い得を演出し、予定通り5000円で銘仙を捌きたいのだ。
相手も何十年も古着屋やってるだけはある。

「いやぁ。いらんわぁ。結局5000円やったら、よう買わんもん。その銘仙だけあったらええけどなぁ・・」と言ったら、すかさず「分かった。4000円や!どや!?」とおっちゃんが叫んだ。
1000円下がろうが、私の設定金額は変わらない。

「ええー・・・・4000円かぁ。いらんわぁ。3000円やったら買うけどなぁ」と言った。おっちゃんは、絶望して天を仰いだ。
「3000円て!姉ちゃん、これ銘仙やで?3000円で売ったら、おっちゃん今日塩舐めなあかん」と泣き落としにかかった。
「塩かぁ。ごめんなぁ。でも私は3000円やったら買うわぁ。こんなええもん安う売ってもろたら幸せもんやわぁ。おっちゃんには悪いけどなぁ」と言ったら、おっちゃんが笑った。
しかし、おっちゃん、若干汗をかいている。私に押されている。雨も、丁度いい具合に降ったりやんだりだ。客足は、どんどん減っている。
おもろい。こんなにえげつない値切りする私と会話をやめようとしないおっちゃんが、既に十分それだけでおもろい。
私は、いまだ買う気はなかったけれど居座って立っていた。そもそも着物を買う予定なんて一切ない。うちの押入れの半分は、着物なのだ。大量なのだ。集めすぎている。

横でhimaちゃんが何か言いたげに私を見ていた。
あとで訊いたら「美鳥ちゃんが買う気なのか買わない気なのか全然分からなかった」と言っていた。
私も分からなかった。無理だろうなぁと思っていた。商品が良すぎる。3000円にしてくれなんて、私が言われたら怒っているところだ。

おっちゃんは悲しげに私たちを見ていた。「お願いやぁ・・・買うてぇやぁ・・・買うてくれへんかったら、おっちゃん今日眠られへん・・・塩なめなあかん・・・眠られへんでぇ・・・」と悲しげだ。なぜかこれが、うっとうしくない。気持ちが分かるだけに面白かった。
合間におもろいことを、おっちゃんが言ってくる。それも、おもろい。himaちゃんとも話していた。
そのうちに、おっちゃんは決意した。
「よっしゃ!3500円や!」と言うなり、私の返事を待たずに包みに入った。
おっちゃんは、分かっているのだ。
大阪人は、最後は人情。
ここまで粘った私が、3000円を500円越えても、それはもう買うのだということ。
ここまで会話を楽しみ、時間をかけて値段交渉し、着物話をして顔を合わせている間に、おっちゃんと私の間で、不文律の商売ルールが成立していたのだ。

私は、喜び勇んで着物を受け取った。
このやり取りが何より面白かった。
おっちゃんは、私を褒めてくれた。
「姉ちゃん、うまいなぁ・・・うまいすぎるわ」と、ぼやき半分交渉術を褒めてくれた。これだから、どんなゲームよりも骨董市は面白い。
「ごめんなぁ。おっちゃん塩なめて眠れへんかもしれへんけど、ごめんなぁ。嬉しいわぁ。ありがとう」と心からお礼を言った。
「よっしゃ!名刺やるわ」と頼んでもないのに、おっちゃんは私とhimaちゃんにそれぞれ名刺をくれた。
嬉しい。こうして四天王寺の店主との仲を深めていく。顔見知りになると、中には意外な経歴を持っている人や、こっそりお宝を見せてくれる人、しまいには、そこらの店から貰ってきた食べ物を普通に「ねえちゃんも食べるかぁ」とすすめてくれたりする。それで以前、メロンやらおにぎりやら色々、店主の椅子に座って食べさせてもらったこともあった。

himaちゃんとおっちゃんが、東京の話をしていた。
大阪と東京は違う、と話していた。確かに大阪では、道に迷っていると訊く前に通りすがりの人に「あんたどこ行かはんの?」と訊かれることが多い。基本、世話焼きでとにかくフレンドリーなのだ。
東京は、道を聞きづらいのだとおっちゃんは言っていた。根っからの関西人なおっちゃんに、東京は合わないのだろうなぁと思った。


今回、雨降り四天王寺大師会で、値切りゲームの末、3500円で勝ち取った、銘仙の小紋↓↓
sitennojimeisen.jpg

さりげなくチェックが入っているのが可愛い。歩く度にちらりと見せるためだけに張ってある裏地はピンク。帯は、結構どんなものでも合いそうだし、使いまわせそうな色柄だ。柄目が大きいのもいい。トーンは低いけれどデザインで人目を引く。遊び心がある着物だ。色々帯を変えて、普段楽しく着れそうな着物。
帰ってきて、よくよく見てみたら本当に状態が良くて、安くても1万5千円は値がつくものだと分かった。多分、おっちゃんは、仕入れ値で売ってくれた。
おっちゃん、ほんまに眠れへんかったかもしれへんなぁ。塩なめて酒飲んだくれてるかもしれへんなぁ。ほんまにおおきに。また寄らせてもらいます。また値切らせてもらうけど。

店を後にしてからhimaちゃんが「うまいなぁ・・・美鳥ちゃんうまいわ!」と何度も言っていた。
フリマや骨董市は値切ってなんぼだと思って生きてきたがために、自覚しているより値切り技が上達しているのかもしれない。
しかし、たまに失敗もする。
「これ、滅多にない手ひねりのガラスのグラスやでぇ」といわれて、値段の安さに気安く買って家に帰ってみれば、型に流し込んで張り合わせた大量生産品と分かったりした。
「フランス製やで。ものがちゃうやろ」と言われたユニークな色彩とデザインのカットソーは、「ほんまやパリの香りするわぁ」と気を良くして買って帰ってみれば、メイドインシンガポールのタグがついてたりした。
だからといって店を恨むのは骨董市のルールに反する。見る目のない初心者は、ぼられて当然なのだ。店主が認めてくれるだけ目が肥えてきたら、逆に良いものを安く売ってくれる。うんちくを教えてくれたり、物の見方を教えてくれたりする。踏んで蹴られてぼられて、骨董市の洗礼を受け、それでも通って来る物好きに、骨董市の店主たちは実に優しい。


大師会で、100円のお好み焼きを食べた。
そこのおっちゃんは「ねえちゃん、マヨネーズかけるか?」と訊いてきた。
何でもとりあえずかけるひまをは、迷わず「いるいる」と言った。私も「うん」と言った。
そうしたらおっちゃんは「かけるんか・・・!物価高騰して、おっちゃんようマヨネーズかけへんわぁ」とぼやきながらも、たっぷりマヨネーズをつけてくれた。
「あっこの椅子で食べてええ?」と訊いたら、「ええでぇせやけど、おっちゃん雨はようよけへんで。そや。テント張るか?」と笑ってビニールのテント材を冗談で差し出してくれた。
このお好み焼きがまた100円と思えぬ美味しさで、小雨がポツポツ落ちる中、himaちゃんと「うまい、うまい」と食べた。
大阪の、人情の味である。

寺を出るとき、入り口あたりにいつも見せを構えているおばちゃんに再会した。
その日、最初に髪飾りをhimaちゃんとお揃いで買った店だ。
以前置いてあった、おばちゃん手作りのバッグが、あまりにセンスが良くて質が良くて可愛かったから、あれはないの?と訊いたら、「覚えててくれて嬉しい!うわぁ・・・!おばちゃんまた作る意欲湧いてきたわぁ!」と全身で喜んでくれた。何でも利益度外視で何日もかけて作るらしくて、隣にいたダンナ様が「ほんまに熱心に作るんですわ。あれは大変でねぇ。ほんまやったらあんな値段で買えゃしまへん」と言っていた。
バッグを覚えていてくれて嬉しいから、とそれぞれ値引きしてくれた。
本物のクリスタルを使っているとかで、最初についていた値段1500円でも耳を疑った。値引きしてくれて、ひとつ1000円。普通だと、4,5000円してもおかしくないよね、とあとでhimaちゃんと話したものだ。
境内を出る直前に、おばちゃんの背中に声をかけた。
「おばちゃん、これ早速つけさしてもろてるでぇ。ありがとう!」と、ひまをとお揃いで買ったクリスタルの髪飾りをつけた頭を見せた。おばちゃんは、手を叩いて喜んだ。
「うわぁ!嬉しい!ありがとう!そんなんつけてるの見せて貰えるなんて、ほんま嬉しいわぁ。また来てなぁ!気ぃつけて帰るんやでぇ」と満面の笑顔で見送ってくれた。

osoroichristal20080622.jpg

左が、私が買ったもの。大好きな紫。
右が、ひまをが買ったもの。炎みたいな孔雀みたいな珍しいデザイン。
クリスタルといわれてもよく知らないけれど、これがやたらと美しく光を反射して輝く。
台座まで上質だ。
マフラーをとめたり色々使える。私は、バッグにもつけようかなと思った。
himaちゃんも、四天王寺の骨董市を堪能してくれた模様。

大阪名物、骨董市を堪能して、私とひまをは一路、大阪ミナミと呼ばれる難波へ向かった。

(珍しく明るい話題が続きます。次回はコッテコテの大阪写真集になる予定です)


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大阪駄文 | comment(2) |


2008/06/23 (Mon) 毒舌女×2 in 大阪

道草日和のhimaちゃんが、21,22日大阪に遊びに来てくれた。◇なにわバカンス
1ヶ月前、もののはずみで決まった旅程だったのだけど、気が早いhimaちゃんは決まった翌日には新幹線と宿泊先を予約していた。とにかく、フットワークが軽い女である。

あっという間に1ヶ月は経ち、私の体調をやたら気遣ってくれて、うちの最寄り駅まで来てくれた。駅前で初対面。「紺のワンピースだよ」と言われたけど、紺地に小花散りすぎて紺に全く見えなかった。「私は紫だよ」と言ってあったから一発でばれた。

雨だと聞いていたのに幸い大阪は晴れていて「あちー・・・暑すぎるぜ・・」と文句たらたら、とりあえずうちまで歩きがてら、最近駅前にオープンした人気のたこ焼き屋でたこ焼き購入。お互い空腹でうちまで我慢できず、どっかのお店の軒先にあったベンチを勝手にお借りして、もぐもぐ食べた。うまかった。
東京には「銀だこ」しかないとか話したけど、確かその前に私は偶然激安のトイレの芳香剤見つけて買ったりとか、出会いがしらからお互いゲラゲラ毒舌だったりで、電話で話したりしてたときと何ら違和感がない。
ブログでも余程付き合いが長く、お互いの人柄が確信できるまでは会う気になれないのだけれど、今まで会った人とは、誰とも不思議と違和感がない。相手はどうか知らないが、私は殆ど緊張しない。緊張しても解離して分からないんだろうか。とにかく私自身は、とても自然でいられる。

とにかく会話は途切れるどころか、お互いマシンガントーク。私の話すスピードは中間かちょっと速いくらいだと思うが、ひまをは私の3?5倍は速いのだった。頭の回転が速い。でもたまにお互い、適当に話していて、適当に相槌を打ち合い適当に自分が思いついたことをベラベラ喋りあっていて、実のところ何話してるのかよく分からないことがある。気づくと、笑ってしまう。


うちに到着。何してたっけ。
とにかく喋っていた。喋り倒していた。
それから、私のつけづめできゃあきゃあ遊んだ。女子は1日10回は「かわいい」を連発して生きている。丁度二つ持っているから、私は「美術館へ行くとき用(←実際は面倒で一度も着用せず)」をつけ、ひまをには「普段使いでちょっとエレガント(←たまの美術館にもつけないのに、普段などつけるはずはない)用」をつけてみた。楽しい。とにかく楽しい。お互いにお互いの爪を褒めそやした。

セクシーに撮ってみた、ひまをのつけづめの手↓
himawo20080621.jpg


それから、うちのマンションの裏にあるカフェにお昼を食べに行った。N氏と初めて行って以来、ものすごく気に入った店で、メニュー全制覇を目論んでいるものの、美味し過ぎていつも同じものを頼んでしまう。色々食べたい私にしては、珍しいくらいはまっている「スクランブルエッグトーストサンド」。
これに「マロウブルーカルピス」を頼んだ。ひまをは「カルシウムサンド」とかいう、海苔とチーズとジャコのサンドに、「ハイビスカスマンゴー」を頼んだ。どれも美味かった。美味すぎる!あの店!
何度目かになるから、さすがに顔を覚えてもらった。
ここでも、とにかくマシンガントークで二人とも思うさまに毒舌、毒舌、毒舌の嵐。毒を吐ける女と話すのは面白い。
けれど、たまにお互いの病気のことやカウンセリングの話をしたり、himaちゃんは私が本当に元気なのか、果たして空元気なのか、解離なのかと見守ってくれているようでもあった。何度も「大丈夫?」と訊かれた。何か変な気がした。
私は、病気のことを大概の人にカミングアウトするようにしている。私個人がどうというよりも、病気について正しく知ってもらいたいからだ。けれど何も言わない限りは、私は普通の人に見える。しんどくても倒れるまでは、大概元気に見えているらしい。
こうしてブログで綴ってきたことを全て読んで知っている友達ひまをが私を気遣ってくれることを考えると、本当に不思議な気がした。今まで一度も会ったことはないのに、お互いのことを知っている不思議。お互い、正直にありのままに書いてきたから、話してきたから、きっと会っても全然違和感がないんだろう。


またうちに帰って、文鳥たちと戯れたりしながら、また喋りまくる。彼女も私も漫画・本マニアなので、うちの本棚をネタに喋りまくる。
お腹がすいたのでピザを焼いて食べた。カッピカピに焦げたから、切れなくなった。それを、盆(金属製)とアルミホイルを下敷きに、ひまをがガリガリピザを切ってくれた。そしたらピザがアルミの破片で塗れた。しかも、盆まで切れていたよ、ひまをw
頼もしい女なのだった。

喋り続けているうちに夜の11時近くになってホテルのチェックインに間に合わないことに気づいた。当初から「泊まれば?」と言っていた私と、フットワークの軽いひまを。
うちに泊まることが決まるなり、振り返ると彼女は、早速寛ぐべく服を着替えていて笑ってしまった。行動が早すぎる・・・!

夜になって、そうだブログお互い更新する?という話になって、「美鳥のうちに来たという証明になる画像をアップしよう」と二人で部屋をうろうろした。
そして思いついたのがコレ↓↓
kibasenmigy.jpg


超レア海洋堂様様のミギー2匹(猫にまたがって騎馬戦の構えバージョン)。

夜中の2時か3時まで喋ってからベッド半分ずつで寝た。殊勝に縮んで寝てるなぁと思っていたら、寝入りばなにひまをがうなり始め、3カウント目で大の字になった。私は、軽くどつかれた。
翌日、「昨日窮屈に耐えられずに唸って私をどついたよね」と訊いたら、ひまをは都合よくも覚えていなかった。
「抑圧はいかんね。爆発するね」と、カウンセリングに通っている者ならではの会話で爆笑した。ロハスデスクで気取り気味のロハス朝食を食べた。
文鳥たちが、とにかくひまをに懐く、懐く。本来、人見知りをするのだが、すっかり文鳥たちはひまをを気に入ってしまってママである私は放置され気味だった。
朝食を文鳥と食べているひまをの姿は、ちょっと感動だった。
普通、文鳥がついばんだものを飼ったことがない人間が食べるには抵抗がある。しかし気にしない女ひまを。そこらへんの大雑把さが似ている。

次の日、22日は1ヶ月前からメインと定めていた某イベントへ出かける予定だった。
行きたい場所が正確にわからず、夜中にずっと調べたが情報が見つからず、夜更かしして眠いわ、朝起きてみたら雨が降ってるわで、お互いにイベントはどうでもよくなった。
メインだったはずなのに、実際は行き当たりばったりで、これぞレジャーの醍醐味といえる。
とりあえずノープランで部屋でだらだらする。だらだら喋る。漫画読んでたり、ちょっと寝てみたりしてみる。

昼近くになって、雨が上がってきた。
突然だが、そうだ今日は22日だから、四天王寺大師会やってるよ!と思い出し、電話で問い合わせた。大阪で一番大きな寺で、毎月二日間だけ境内で大々的な骨董市をやる。本日は、雨模様だから店は少ないとのこと。
しかし、あそこほどコテコテの大阪はないだろう。そして、私は是が非でも食べたいものがあった。

それが、これ↓↓
tamakon20080622jpg.jpg


玉こんにゃく!
全然興味がなかったのだが、カメラを趣味にされているブログ友達が以前写真をアップしていて「玉こんにゃくは美味しい」と言っていたのを、食い意地が張った私は、決して忘れることはなかった。
雨が降ろうと、玉こんにゃくを食べに行きたい。
フットワーク軽いひまをも行こう行こうというので、出かけてきた。
四天王寺大師会。
私は、昭和初期の雑誌が欲しくて、見つかるまで通い詰めるつもりなのだけど、いまだ一度であったきり、それも買い逃して今だ手に入っていない。

寺に入るなり、うちらが口にするのはとにかく「こんにゃく。こんにゃく食いてぇ!」だった。
そして、程なく見つかった、玉こんにゃく屋!↓
2tamakon20080622.jpg


df504さん、私、ついに玉こんにゃく食べましたよ!
美味い! 美味かった!
食べたいあまりに、ろくすっぽ味噌の説明を聞いちゃいなくて何味噌か知らないけれど、甘い赤味噌とからしが美味かった。小雨の中、行列が出来てる理由を実感しました。次は一人でも二本食べます!玉こんにゃくを教えてくださって、ありがとう!

玉こんにゃくを撮っていると、知らんおっさんが「こんにゃく撮ってんのかー」と遠くから話しかけてくる。「生まれて初めて食べるからねぇ」と話すと、何かおっさん嬉しそうだ。腰掛けてひまをとベラベラ喋っていたら、絶妙なタイミングで会話に自然に入ってくる。しかも、おもろい。あっちこっちで知らない人同士、老若男女喋っている。これが大阪なんだよなぁと、私も久々に四天王寺に来て大阪の人情を味わった。ひまをも喋る、喋る。楽しかった。

ひまをとの大阪旅行記 つづきます↓↓
◇大阪骨董市は喋り倒して値切り勝ち


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大阪駄文 | comment(4) |


2008/06/22 (Sun) なにわバカンス

1ヶ月前から決まっていた予定があった。
昨日と今日、ブログ友達himaちゃんが大阪に遊びに来る。
とても楽しみにしていたのに、私は意識がなかったとはいえ自傷をやらかし、「ありのまま書きます」と言ったとおり、何でも実際ありのまま書いてきたために、直前にhimaちゃんが電話してきてくれて、とても心配をかけた。

実際は、初対面で大した違和感もなく、私が発作を起こしたり倒れたりすることもなく、頓服すらいらなかった。
自分の病気のことを理解してもらえていることが、こんなに安心できるものなのかと思った。

私と彼女の病気の共通点は「境界性パーソナリティ障害」なので、共依存に陥る可能性が高かったり、どちらかがどちらかへの独占欲や見捨てられ不安を抱え込んだり、あるいはお互いがお互いの存在に寄りかかり、良くも悪くも影響を与え合い自己を投影し、相手と同化したような錯覚に陥って相手を大事にしなくなったり、振り回したり、いわば混沌とした関係になって、最終的に破綻する可能性もあった。
だから、今まで互いに話してきた。
「お互い、ボーダーの症状が出てたら言い合おうね」と。
これは、多分私も彼女も、カウンセリング療法を受けていて、更には自身でも病気のシステムや問題点や、自分がクリアできている問題、まだクリアできていない問題を把握出来ている成果だと思う。

さっき彼女を見送りに駅まで行ったときに「美鳥ちゃんが家まで帰れるか心配。送っていったほうがいい気がする」とまで心配してくれたから、頓服2つを飲んで、そのことを彼女に話した。
実際、ちゃんと帰って来れた。サッカー後半戦を見た。巻が出て、巻らしくゴールに飛び込んだ姿を見て満足だった。


今日は、途中大雨にあったりしながらも、私がずっとずっと行きたくて、でも体調不良で一人で出かけるのが不安で行けなかったところ、それ以上に方向音痴過ぎて一人ではとても不可能な場所へ行けた。楽しかった。
本当に、あちこち行った。10年近く大阪に住んでいて、初めて大阪観光をした気がした。コッテコテの大阪。コッテコテの大阪人。コッテコテの大阪フード。パーフェクトだ。
私が大好きなコッテリ大阪テイストな場所へも行った。何度か一人で行ったけど、友達と行ったのは初めてだ。
大阪人は、知らない人の誰も彼もが気安く話しかけてくる。みんな、おもろい。みんな、人情がある。そんな私が大好きな町を友達に知ってもらえて、嬉しかった。


それから、あらためて認識した。
私は、軽度ADHDだ。
カメラで写真を撮るだとか、興味を強く惹かれるものがあるだとか、そんな状況になると、目的以外のものが全て頭から抜けてしまう。
ひとしきりカメラを構え続け、満足するまでシャッターを切ってから、はっと友達の存在を思い出す。
ごめんごめんと謝って歩き始め、また何かしら見つけると頭の中が対象物だけに占領されて、ひたすらその場でシャッターを切り続ける。
何度反省しても、興味を惹かれるものがあると飛んでしまうのだ。
その都度、himaちゃんは多分じっと待ってくれているのだろう。私が我に帰ると初めて目が合う。申し訳なくて申し訳なくて、しかしまた以下省略。

私が我に帰る度に、はっとして振り返るとhimaちゃんが待っていて、その表情が誰かに似ているなと思ったら、友人N氏だった。N氏も、よく私が何かに熱中して全てを忘れているときは、気が済むまで放置していてくれる。
私といると、友人は常に頻繁に放置プレイされる現実。
私に悪気がない不可抗力だということを、理解してくれている友人。
とてもとても有難い。
しかしやはり、何とかならないものだろうか。


まさにADHDは、脳の機能障害。意志の力では、どうしようもないのだと改めて思い知った。
一人で行動することが多い最近では、自覚が薄れていた。
そんな状況を、彼女が理解してくれているのが、有難かった。普通なら、怒るところだと思う。途中で声をかけてくれたら私も我に帰るのだが、私が我に帰るまで、というよりも満足して、はっと目が覚めるまで一度も私の行動を遮ることがなかった。
とてもとても感謝した。
ありがとう。himaちゃん。


himaちゃんのお陰で、めちゃくちゃ楽しい2日間を過ごせた。
問題は、この後でしょ倒れない?とhimaちゃんは、そこまで理解してくれて心配してくれた。
確かに私は、自分が無理をしているかどうか分からないので、あてにならない。そして、多分これほど動いて笑って楽しくて体力を使ったことがここ最近全くないから、明日から数日は寝込む気がしている。でも、何か無理した覚えはないから、体力的に疲れただけだと思う。
数日前は、精神的にも身体的にも最悪だった。himaちゃんと会うのも、無理かもしれないとも思った。
でも、会えて色んなことを話して、遊んで、一緒にごはんを食べて眠り、おはようと起きて、遊んで笑った。何の気兼ねもいらなかった。寝相に文句つけたりして笑えた。10年、20年来の友達のようにしか思えなくて不思議だった。

明日は明日にならないと分からないけれど、楽しくて楽しくて、楽しかった2日間。
明日のことは、明日考えよう。
二日間のこと、写真と一緒に記事でアップしようと思う。
himaちゃんもアップすると言っていた。
本当に楽しかった。



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大阪駄文 | comment(2) |


2008/06/20 (Fri) 遺書の宛先

今朝、病院へ行ってきた。
行こうというより、行かなければと思って行った。
予約時間通りに行ったけれど案の定待ち時間は1時間ほどかかった。
その間に、私はとことんぐったりした。
頭痛が酷くて、椅子に座っているのも苦痛だ。呼吸が出来ない。かといって席を離れるわけにもいかず、名前が呼ばれるまで屍のように、ただひたすら目を閉じて椅子に座り壁にもたれていた。

名前を呼ばれたときには意識が飛んでいて、何度か呼ばれて席を立った。
自分の足で歩いている感覚がなく、ぼんやりした。
例の解離が酷い状態で、何もかも眩しくて目が開けていられない。意識を保っていることが苦痛だ。吐き気と頭痛が酷かった。医者に「ベッドで寝たほうがいい」と言われたが断った。
とにかく今日来た目的を果たさなければ、1時間待った甲斐もない。
何を話したのかは、もうおぼろげだ。
先週のカウンセリング中に、私と交代して観葉植物の葉っぱの数を楽しげに数えていた人格のことを話した。医者が何か言ったが、よく聞こえない。朦朧とした。荷物を取り落としたらしく看護婦が駆け寄ってきたのが見えた。体の神経がプツリプツリと途切れる。自由がきかない腕をとって無理やり血圧を測られた。
足の自傷の手当てをすると、やはり言われた。見ようとするから固く断った。そのために私は、絆創膏を足に貼り付けて隠せる傷は全部隠して出かけたのだ。
自分で切ったものを、人様の手を煩わせて手当てしてもらうことが、私はどうしても我慢できない。甘えている気がして許せない。
手当てなど、どうでもいい。そんなことより、こうして私が成し遂げたいことがあったとき、それを阻む人間、それは私の体に違いないのだろうが、私の足を切ったり意識を奪ったり時間を奪ったり、体の自由を奪う者が許せない。犯人を捜して欲しい。止めて欲しい。それだけが、私が医者に望むことだ。

医者が言った言葉で唯一覚えているのは「余程、最近無理されたか、とても辛いことがあったんですね」だった。
分からない。無理しなきゃ何もできないが、無理をしている気もない。頑張っているだけだ。
辛いことがあったのか分からない。ただ、足が切られていて、それを腹立たしく思いながら、昨日は自分で鋏でその傷を更に切ろうとした。
文房具用の鋏なんて何の役にも立たず、太腿の切り傷の周囲に、無意味なあざが残っただけだった。

気がついたら診察室で倒れていて、看護婦に抱えられてベッドに運ばれた。
意識が朦朧として頭痛が酷く、呼吸も出来なくて体の統制もきかず、糸が切れた人形みたいだった。僅かに残った神経の糸のせいなのか、痙攣が止まらなかった。生きているのが嫌で泣いた。なぜ生きていなくちゃいけないんだろうと思った。いつまでこんなことが続くんだろうと思った。
私の中に棲む他人の存在を思うと吐き気がした。闘っても闘っても勝てない。

痙攣が治まってから、財布に入れてある頓服をガリガリ齧った。薄い水色の無機質なカーテン一枚で隔離された向こうで、色んな患者と看護婦と医者の声が聞こえる。
私は心の中で遺書を書いた。
こんなときに真っ先に思いつくのは、一番大切な人宛に自動的に書くものだと知った。
私は生きていけませんが、あなたは何が何でも長生きしてください、と心に書いた。
それから、遺書なんて下らない、死にゆくものが生きているものに手前勝手な言葉を遺すなんて悪業だと考えていたことを、ぼんやり思い出した。

頭までシーツをかぶって泣き続けた。全部悲しいことは流した、と思って眠りにつこうとしたら、子供時代の虐待がフラッシュバックして、恐怖で泣いた。
家に帰りたくなかった。
見知らぬ患者たちと、看護婦と医者と受付嬢の声。何人もが忙しく行きかう足音。全てが安心できた。部屋に戻れば私は一人だ。ここにいれば、誰かがいる。気配だけでも感じられる。
一人であの部屋で眠るより、せめて1時間でもいいから、ここで安心して眠りたいと思った。
そのまま何時間過ぎたのか、ふいに看護婦に起こされた。
診療時間が終わりましたよ、と帰宅を促された。私の様子を見て、タクシーを呼びましょうかと言われたけれど、齧った頓服が効いていて、自分で帰れますと答えた。

帰りは買い物をして帰った。せめて何か食べなければと思って、何も食べたくないけれど買った。欲しかったシュシュも買った。100円也。探せばあると思った。
自殺願望というものとも違う。漠然とした、生きていてもしょうがないという気持ちが、少しだけ薄れていた。

午後に帰宅した私を、文鳥たちが、何やってたんだよという顔で出迎えてくれた。
水浴びするというから水をくんでやった。

足はかなりよくなった。明日には、殆ど問題なく歩ける。前回は1週間はまともに歩けなかったから、今回は軽症だった。
明日は、東京から友達が遊びに来てくれる。明日までに、私は元気になってるだろう。
私の病気は、5分単位、あるいは数十分単位で変化していく。
先が読めない。
だから意志の力だけを私は信じる。
信じなければ、途端に生きていく理由を失ってしまう。



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治療日記 | comment(6) |


2008/06/19 (Thu) まだ生きてる

まだ生きてたのか。
と、今朝起きて思った。

頭が割れそうに痛い。
足は幾分ましになった。オロナインは凄い。私は、密かに人工皮膚生成軟膏と呼んでいる。絆創膏をありったけ貼り付けて、午後からはカウンセリングに行かねばならない。傷跡を見せろといわれるだろうか。明後日の病院では言われるだろう。「治療しましょう」というのだ。私は前回も必死で拒んだ。私のなけなしのプライドだ。自傷の傷跡だけは、誰にも見せたくない。性器の露出に思えて仕方ない。

頭が割れそうだ。

午後から出かけねばならない。
ここのところ・・・・先週もそうだった、強迫性障害が悪化していて、入浴恐怖でシャワーすら浴びることが出来ない。浴室が怖くて仕方ないのだ。
だから私は、キッチンのシンクで体を洗う。思い切って浴室のシャワーをひねり、バスタオルを手にしても私は浴室に入ることが出来なかった。苦肉の策だ。浴室は吐き気がする。幾ら磨いてみ磨いても吐き気がする。
その作業を、これからしなければならない。


ここにこうして書かねば私は生きている実感がしない。
頂いたメールに返信しようと試みる。けれど、そこに私がいないから私は諦める。
ごめんなさい。
お待たせして、ごめんなさい。
数人の方に、返信したくて出来ずにいる。

どうでも良い関係といってよいものか、今朝気づいたメールの中に、アングラ友人サディスト男性のメールを見つけた。あけすけで、しかしユーモアな文面に思わず吹き出し、声をあげて笑った。私という人間は、つくづくこうして表面には見えない世界に、身の端でも置いておかねば安心できない人間なのかもしれない。そう考えると、自身へ落胆すると同時に安堵もする。相変わらず、自分が分からない。


サイドブログBaby Bitch I am.を書いている。
大量に書く中から極僅かしかアップできないのは、端から自明だった。
今夜、プロフィールをアップしよう。
本当は今の5倍のスピードが欲しい。けれど焦っては、私は私自身を損ねてしまう。
二度と中身のない上っ面など、あのブログにはアップしない。


先週のカウンセリングのことを、別記事で書こうと思ったのだった。
人格交代という忌まわしい言葉を、私はいつまで封印し続けようか。
今日は、酷い気分だ。


サイドブログ【Baby Bitch I am.】を、更新しました。

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解離性同一性障害 | comment(4) |


2008/06/19 (Thu) 他人格は赤の他人

時々、私は一体何と闘っているんだろうと、おかしくなる。

子供の頃、私は家族と兄弟と教師と友達と、学校といじめと闘っていた。
闘っていたという表現は、おかしいかもしれない。
自分のまわりに膜をはって、その中で何とか息をしていた。
泣かないでいるだけで精一杯だった。
孤独と折り合いをつけようという意志すら持てなかった。

高校の3年間だけ、私は孤独を味方にした。
女友達との関係には、いい加減反吐が出た。程ほどに付き合った。
トイレに一緒に行かないだとか、決まった人と弁当を食べないなど、私は浮いていた。
それでよかった。
おざなりに勉強して、そこそこの成績を維持しながら、よく悪友と授業中抜け出して遊びに行った。
たまに教師に食ってかかった。
よく分からない不気味な生徒だったと思う。

大学時代は、自分の”宿業”と闘うので必死だった。
3歳から入信していた信仰にどっぷりはまった。
「あなたには、人間らしさがない」と宗教団体の先輩に言われ、足を怪我して靭帯を切れば「信仰が足りてないからだ」と初対面の先輩に言われた。
私は、人間らしさを取り戻すべく必死で会う人会う人を救ってまわった。救おうと必死だった。人の前に明かりをかざせば自分の前も明るくなる、と教義にあったし、今思えば私自身が一番に救われたかったのに代替行為として、他人の人生ばかり面倒をみていた。

二十歳から、いよいよ私は壊れてしまった。
生きているのが不思議だった。
でもまだ私は”宿業”という目に見えない不気味な敵と闘うことばかり考えていた。勝てないのは自分が悪いのだと自分を責めた。幾ら足掻いても悪化していく全てに絶望し始めた。

卒業後、私は同居した友達と、実家の家族との闘いを始めた。
そこでもまだ私は宗教団体の教義を固く信じ、とにかく私が変わるしかないが変わりようがないという絶望に蝕まれていった。誰も助けてくれる者はなく、家族を筆頭に会う人は私に「もうどうしようもない。死ぬしかない」などと言った。実際、そんな人ばかりが私の周囲を埋め尽くしていて、私はそのみんなを尊重したくて否定できず誰の言うことも全て鵜呑みにした。必死だった。心無い言葉も、私へのアドバイスだと信じたくて縋り付いた。
この頃よく、宗教団体の仲間に裏切られた。嘘をつかれた。何度騙されたかしれない。
秋葉原の事件について、私はそのうち言及したいと思っている。
あの犯人と私は決定的に違う点がある。
けれど、あの犯行自体は過去私が、どうしても頭から離れなかった無差別殺人だ。
不可能と知った私は自分を殺すことにして、殺せないからその前にいたぶって弱らせることにした。
違法ドラッグに手を出す前に、ニコチン中毒になった。
文字通りのチェーンスモーカーで、1本燃え尽きれば5秒も我慢できなかった。
切腹の真似事と太腿を切る真似事がお得意だった。壁に一日中頭を打ち続けていたりもした。
貯金は底を尽き、借金が嵩み、破れた服を繕っては着続け、1日の食料は水とパンを割ったものだった。それでも手元に残しておいた金は、ドラッグを買うためだ。
その金を、私は結局全て残らず宗教団体に寄付した。助かりたかったのだろう。

その後も裏切られ続け、教義自体が私を追い詰め、信仰している両親が私を更に追い詰めた。
お前が今それほどに苦しんでいるのには、よほど前世で酷い行いをしたに違いないというのだ。3歳から、そんな哲学の中で生きてきた。マインドコントロールが解けていなかった私は、否定したくても否定できなかった。
今まで信じてきた信仰の教義、私と一体化している信仰との闘いが始まった。
脱却まで7年かかった。死ぬかと思った。その間も、常に数々の病気との闘い、自傷や希死念慮との闘いだった。
これもまた、闘いという言葉は、おこがましいかもしれない。
毎日息をしているだけで苦しくて苦しくて、死にたかった。
そのうち、生きているのも死んでいるのも、どうでもよくなった。
苦しみだけが延々続き、真っ白な孤独で私は枯れ果て、言葉を失い、発狂した獣になった。

突然であった男と、不倫関係が5年も続いた。もっとかもしれない。
男と二度目に会った日に、<あや>が生まれた。
全てが偶然なのか必然なのか分からない、神様がはかったようなタイミングでであった男だった。
不倫は、社会的にも、私が信仰してきた教義にも反し、通院していた宗教団体の幹部が院長を務める病院で院長から「あなたの来世はシダ植物」と言われた。「その男は、来世毒蜘蛛になる」とも言われた。数年後に再度確かめに行ったが、同じことを言われた。追い詰められた私は、自動的にリストカットを思いついた。

あやが語るのならば、全く違う話になるのかもしれない。
私は、その男を憎んだ。死ねばいいと思った。私の身体を殺そうとした。最後には、20も年上の男は結論を迫られ、布団を頭から被って、「えーんえーん」と泣き出した。更には、200万近くの金を積んで受け取れと迫った。唾棄すべき男だった。
その男から、私が幼児退行して分裂したと思われる<あや>が生まれたことを、私はどう捉えていいのか分からない。
言ってみれば、腹違いの他人、双子の顔をした他人だ。


裁判で闘うことになり、2年、被告相手に弁護士とやりあったが、闘うには被告はあまりにお粗末な社会常識しか持ち合わせておらず、それでも無為に続く裁判は、私の精神を病んだ。1日たりとも裁判を忘れたことはなかった。法律について学び、弁護士と話し合い、裁判制度について学んだ。書類を書いた。幾つも書いた。弁護士会から弁護料は前借した。仕事は出来なかった。
体調が最悪だったのもあるが、実家で祖母が末期がんと闘っていた。実家に戻り、在宅ホスピスの手伝いをした。その横で裁判書類を書いた。あらゆる決定に悩んだ。誰に相談しても、決めるのは自分ひとりだ。最後に責任を取るのも、当然私一人だ。
社会というものを意識した。法律に抜け穴があり、原告にとって理不尽な常識がやむなくまかり通る法曹界の矛盾も知った。
弁護士に「あなたのような裁判を起こす人は年間300人しかいない」と言われた。だからこそ、起こすことに意味がある、一人でも声をあげることが社会を変えていくことだと教わった。

裁判が終わった後、私は一人になった。
本当の意味での一人の人生が始まった。不倫相手とはとうに別れ、別の男と婚約し破棄した。自分が誰なのか分からない幼少期から続く「私」という輪郭は決定的に薄れ、自分が一体誰で何を考えていて何をしているのか、分からなくなった。
いくつかの病気を克服した代わりに、新たな病気が追加された。

全ては、私の心が生む病気だ。


今朝知った足の傷は思ったより浅くて、けれど刻々と痛みを増してきた。傷は全部で5箇所だった。歩けなくなった。
弟のMTはメールで一言「警察に通報したら?」と彼なりのユーモアで励ましてくれた。
日が変わる今まで眠り続けていた。なぜそんなに眠れるのか不思議だった。
ふと目が覚めたときに、ベッドに横になったまま、読みかけの本のページを繰った。最後まで読み終えた。

本を閉じて、感想を言葉にしようとしてみたけれど、言葉にならなかった。
脈絡もなく思い出したのは、あやのことだった。
あやは私の一部だと、医者もカウンセラーも言う。
しかし、もはや私はあやが何を考えているのか分からず、記憶と意識を奪われると考え、敵視している。他人が、私の中に居座るあやを、私の一部だと見做すのは分からないでもない。
体が繋がった双生児のように見えるから、同じ人間だと思うのだろう。
私にとっては赤の他人、彼女に何が起こったのか話で聞き及んでいる程度のことだ。

なのに私は、あやを憎んでいる。
たまに憎めなくなる日もあるが、往々にして憎み、遠ざけ、彼女がいる限り私も所詮”期間限定の人格”でしかないのだろうかと考える。
自殺願望のような能動的な死とは違い、消されるかもしれないという死の恐怖は、全く異質なのだと最近知った。徐々に私は、あやに領域を侵犯されていっている。口に出したくなかったが、先週のカウンセリングで私は絶望的な気分を味わった。
発作を起こしたとき、体の統制がきかなくなるとき、妙な眩暈や吐き気がするとき、ふとしたはずみ、あやがいる。彼女は何もしてこない。ただ、背後に立っている。気がつくと、私なのか、あやなのか分からなくなっていて、私が考えてもいないことを話す声や、場違いな行動をしている自分を後ろ側から見ていて、「乗っ取られた」と感じる。先週、カウンセリングルームの観葉植物の葉っぱの数を数えていたのは、私じゃない。

システマチックに物事をさばく<美鈴>という中年女性がいる。声を聞いたことも、姿を見たこともあるが、彼女が立っている背の高い葦が群生する草原すら、婚約破棄以来見ていない。

これらのことを、私はカウンセラーに話せずにいる。
馬鹿馬鹿しいからだ。自分自身で世迷言に思える。
なのに、足の傷だけは確実に痛む。体の芯から疲れ切っている。
生きているのが、嫌になっている。
自傷で足を切るのは、もう一人の私が「休みたい。一人の足で歩きたくない」と思っているからだと以前カウンセラーは言った。だとしたら、その「もう一人」とは誰なのか。
私の味方なのか、敵なのか。
何故このタイミングで、よりによって、死んだってやり遂げたいことがあるこのタイミングで、何故こんなに私を阻もうとするんだ。
私の一部であろうが、他人であることに変わりない。私には、どうしようもない。何も食べていないのに吐き気がする。言い訳にしたくない。体調不良は、いつものことだ。私の時間があるなら、寝てる場合じゃない。


私は、何と闘えばいいんだろう。




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解離性同一性障害 | comment(4) |


2008/06/18 (Wed) 人魚姫式自傷 2

ずっと不眠が続いていたが、昨夜はよく眠れた気がした。
起きてみたら、床に転々と血のあとがあった。
クッションにも血。
ベッドにも血。

カミソリが転がっていた。

両足裏を突き刺してあった。
踵は、ザクザクえぐられて、足の形が変わっている。
そのあと、左の太腿にも突き刺したあとを見つけた。

床から謎の黒くて薄い破片が見つかって、どうやら何かの拍子に折れたカミソリの刃の破片らしかった。

前にもあった記憶が残らない自傷だ。◇2008/01/12 人魚姫式自傷

あれが今年の1月のことだ。
少しは成長した気がしていたけれど、記憶と意識が飛ぶと私自身では止めようがない。こうなる前に防ごうと思ったら、直前まで意識があった私が私自身を把握してなきゃいけない。
昨日、自分を追い詰めたというより、必要にかられて自分を追い込んだ。
今日になって思えば、朝から晩まで泣きっぱなしだった。情緒不安定だった。

言葉にならないものが足先から喉元までギッシリ詰まって苦しくて苦しくて、どうにかこのつかえを有益に吐き出せないかと、一日中部屋をうろうろしていた。
泣いていたし、ずっと何か呟いていた。
指先の自傷は常態化しているけれど、更に酷くなってはいた。
外出したときには、瞬間瞬間に気を失いそうになった。マリオネットの糸が切れるような感覚だ。全身の統制の糸が、ぷつりぷつりと切られる感覚がした。
あれ?と、思ったんだった。
調子が良いはずなのに、おかしいと思ったんだった。
でもすぐ忘れてしまった。そのまま、今の今まで忘れていた。
難しい。
いつまで経っても難しい。
自分のことを、自分ひとりで把握するのは不可能に近い。
嫌になる。


血のあとを拭い続けながら、体を傷つけたのは誰なのかと犯人探しの気分になる。この部屋には私しかいない。私の中にいる少女。先週、カウンセリングで私を散々揺さぶって交代して、カウンセリングルームの葉っぱを数えていた少女。何を考えているか、分からない少女。姿だけしか見えない少女。
あやしか私は知らないから、何の確証もなく、これはあやがやったのかもしれないなどと考える。

それとも私の無意識なのか。
航空チケットに恐れをなして、1月にカウンセラーが言ったように「もう自分の足で歩きたくない」とでも思っているのか。
そうかもしれない。怖いと思った。でも、これは怖いものだ。
人を信じることが出来ず生きてきた私が、自然信じている人に会いたいと思うこと、行動すること、これは怖くて当たり前だ。怖がっていたら、私は前に進めない。
それとも、書きたくないんだろうか。
振り返りたくないんだろうか。
自分の中身をひきずり出して陳列したくないんだろうか。
陳列してもいいけれど、せめて私自身は目を逸らしていたいんだろうか。

洗濯しながら冷蔵庫を開けてみたら、食べ物がなくなっていた。
ゴミで確認した。食べたらしい。チーズケーキ2個。昨夜食べたのか、今朝起きて食べたのか。
足の痛みは、どうでもいい。
ただ、確かに何か疲れている。ちゃんと寝ているはずなのに、眠くて眠くて仕方ない。
でも何だかどうでもいいのだ。
自暴自棄でもなくて、開き直りでもなくて、慣れてきた。
記憶が飛ぶこと、知らない間に物がなくなること、意識がないうちに体が傷つくこと。
明日、カウンセリングだが、先週またおかしくなったことについて、あやについて話す気力がない。彼女が何を考えているのか分からないというより、私が知りたいと思わないのだ。
葉っぱを数えていた少女。ただ1から9まで数えているだけで楽しくてたまらないらしかった。
私は背中合わせでいたから、たまらなかった。あんな場にいたくない。
何十分なのか何分なのか、よく分からなくなる。
そうだ。
先週のカウンセリングでのことを、きちんと書かなければ。


関連記事
◇2008/01/12 人魚姫式自傷
◇2008/01/12 姫がレンジでチンしてポイ
◇2008/01/20 人魚姫志願


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解離性同一性障害 | comment(0) |


2008/06/17 (Tue) ヒグマ飛行機に乗る

サイドブログ【Baby Bitch I am.】を、更新しました。


我ながら現在、何て死?ん・・・(漫☆画太郎より出典)としたブログだろうか。
水面下では白鳥のように必死でジャブジャブ水を掻いている。
白鳥ではないな。
もっと何というか、みっともないであろう。


今日から、何も食べなくて良い期間「かすみ食って生きる週間」に突入した。
麦茶のみ大量消費している。殆ど何も食べず、ヒグマのように部屋をうろうろして考え事をしていた。何もかもが中途半端に思えて一昨日まで自己嫌悪で無気力だったが、昨日、一つ去年からの意志を貫き通したことで僅かな自信をつけた。
計画だらけで頭が混乱する。
私は幸せだと思ったが、発狂しそうだとも思った。

騒音で迷惑になるといけないので部屋を締め切って音楽を聴き続けた。ニュースの時間になったからテレビを見た。秋葉原の事件と地震と医療事故のニュースばかりやっている。
雑音に思えてきた瞬間にテレビを消した。
読みかけの本を読んでいたら、気がついたら眠っていた。
主人公が雪山で自慰して射精した瞬間に雪崩れにのまれたところまで読んで、そこで眠ってしまった。あれから、どうなるのだろう。

起き上がるなり気がついたら電話を手にしていた。
友人N氏に電話した。
話している途中で、ああ今N氏と話しているなぁと自覚した。
私は、最初寝ぼけていたのかもしれない。
今日電話しなければと思っていたが、無意識とは凄い。

面白かった。
仕事中で忙しい彼には悪いが、話題の99%自分の糧になる話しか私は振らず、気前が良いのか何なのか応じてくれたために、電話を切ったときには、うろうろしていたヒグマが人間らしく机に向かう気になった。

しかし、昼間にたまらず外に飛び出した。強迫性障害(入浴恐怖)が悪化しているので、うかつに外には出られない。せめて帽子をかぶる。ずんずん歩いた。歩くのは良い。すぐにはぁはぁ言うが、歩くのは良い。
近所のコンビニへ行って、航空チケットの支払いを済ませた。
完全無収入状態での大きな支出への恐怖で、ネット予約するなりぶっ倒れたのだが、今日は支払いだ。しかし、N氏の予定を聞いて色々話していると、なるほどこの予定で良いのだと思えて楽しみになった。旅行なんて大丈夫なのかとN氏は心配してくれたが、私自身大いに心配だが、先週の大阪の美術館すらN氏に「よく行けたなぁ」と感心された位、普段体調が酷いのだが、私は旅行が好きなのだ。そして数え切れない目的があるのだ。目的のためなら、私は何も厭いたくない。体調だとかに構っていたら何も出来ない。
普通の人間でも無謀な旅の計画にN氏は笑っていた。
友達は、美鳥らしいと言っていた。
多分、私はやるべき順番がよく分からず、当てずっぽうにやってるだけなんだろう。


帰りにスーパーでフルーツなんかを買って帰った。
帰ってきて、またヒグマになったが、自分を押さえつけて机についた。
そこから何時間も何時間も考え続けていた。
いろんなことをメモしながら考えた。

途中でニューヨークにいる友達のブログを覗いてみた。
話題が、私の好みと重なりすぎていた。
「SEX AND THE CITY」の映画と、TLCとR&Bとジェニファー・ハドソン。
彼女と私は一見まるでタイプが違うのだが、好みが似ている。
なぜだろう。


目的が定まって、規則正しい生活も出来ている。
頓服の量は増え気味だが、許容範囲だと思う。
両ブログ、主に【Baby Bitch I am.】の更新頻度と質について考えてきた。

昼間に話したN氏の言葉が印象的だった。
その一言で、私の中の最後の迷いが吹っ切れた。
後は、私が今までの私を少しだけでいい、少しでいいから越えればいい。
越える努力が出来る。
貧乏でも何でもいい。
この時間は、多分どんな宝物にも勝る。



○記事順不同に過去記事と現在記事へ同時にコメントのお返事を書いています。お待ちくださっているコメント下さった方々、申し訳ありませんがご了承下さい。
お返事できましたら、これまで通りのコメント欄に戻したいと思います。しばらくの間、ご迷惑おかけします。


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日々日記 | comment(0) |


2008/06/16 (Mon) 鍵を持ってる

解離性障害の私の心は、いつも気分を裏切るのだが、いつでも体調だけは裏切らない。

ネットに繋がった途端、発作を起こした。友達と楽しく話していたのに、どんどん気分が悪くなって我慢できなくなった。幾つかの変化と前進を自分にもたらしたのに、自分の行為自体が受け入れられなくて吐いた。

一人になって、言葉を100行ほど書いている途中で倒れた。
息が出来ない。
手が震えて仕方ない。
涙が溢れて仕方ない。
さっきまで何にもなかったことなのに、今こんなにわけもなく不安だ。恐怖だ。何だろう。何が不安で何が恐怖なんだろう。分からない。自分がいつも分からない。

数日前に病院へ行って「入院したい。ヘルパーを雇いたい。一人で生活は無理」と話したばかりなのに、その前日には私は美術館へ出かけて、一人って何て楽なんだろうと思ったばかりだった。病院へ行った翌日には無気力になって殆ど何も感じなかった気がする。また曖昧だ。曖昧。

最近、服用する頓服の一日量が増えた。
今まで最小限の最小にとどめてきたから、多少は良い。ただ何となく危機感も感じる。このままどんどん増えていくのではないかという危機感。増やしてでも成し遂げたいと思っていることがあった場合、私は自分を止めないだろう、止めちゃいけないという緊迫感。

こういうときは、ある曲を延々かける。ずっと繰り返しかけ続ける。飽きないのは何故だろう。
少し速くなった鼓動にそっくりな拍数のドラムが、自分の心臓みたいで安心する。
泣いていいのだと分かる。
苦しいと言っていいのだと分かる。
言い聞かせないと私は忘れてしまう。
何が苦しくて何が痛くて何故呼吸でなくて、どうして指が震えるのか忘れてしまう。


ネットに繋がらない数日、ノートに書きつけたものは全て整理するための言葉だった。
私の感情は、そこにはなかった。
美術館に出かけた日に、いくつかの素晴らしい作品に心引きずり出された。生きている心を感じられた。美術館を出た後で撮った10枚程度の写真は、珍しく自分でも気に入った。
でも、また心はあっけなく削ぎ落とされて、足元かそこらにぱらぱらと散らばってしまった。

こうしてモニターとキーボードに向かい合わない限り、私は私自身と対峙できないのだと分かった。
私は、ここを訪れてくださる誰かを映し出す磨かれた鏡でいたいなといつも思う。
それ以前に、私がここに映りこんでいる。
私が右手を上げれば鏡の向こう側で私も右手を上げる。
触れれば私も触れてくる。
数ミリのガラスを隔てて、私が私に触れる。
この鏡を粉々に砕いて何もかもミックスしたいと暴力的な気分に襲われる。
でも、大事に触れなければならない。
私が傷を負えば、向こう側で私が血を流す。
そんな私を、私はもう見たくない。
私自身をまっすぐ見たい。
両目でまっすぐ、映りこむまま向こう側の瞳の奥の奥までのぞきこむ。
鏡を壊さなくても、見通すことはできる。



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解離性同一性障害 |


2008/06/16 (Mon) ドSシステム と わたし

皆さん!お久しぶりです!

最終更新日から、もう4日も経ったのですね。
驚いています。

前回の記事で、

>今日はカウンセリングなので、記事を置いて私は心の小旅行へ出かけて参ります。
>小麦が高騰してるということで、お米と納豆と卵を買って参ります。

と書いたまま、ふつりと消息を絶ったわたし。
皆さんは「どこまで買いに行ってんね?ん!」とベタなツッコミをくださったでしょうか。
それとも、死?ん・・・(←漫☆画太郎より出典)と微動だにしない当ブログを生ぬるく静観してくださってましたでしょうか。
まあどうでもよいことだったでしょうか。


わたし、この4日間、ネットがない世界、情報社会の僻地へ追いやられておりました。
大変、苦痛を強いられた4日間でした。
私が全て悪うございました。
プロバイダー様への入金を怠り、怠った上に怠り、なぜ怠るのか自身でも分からぬまま怠っているうちに、あるとき突然モデムが 
カチッ
と言ったが最後、一切ネットに繋がらなくなってしまいました。

罰でした。
入金を怠った罰でした。
ネット通信、強制停止です。


最初は、何かの冗談かと思いました。
しかしながら、数日前に届いていたプロバイダー様からのメールを再度読んで、ああなるほど夢じゃないのね、と実感しました。

プロバイダー様からのメールは、以下のような内容でした。

「てめぇは俺様が何度も催促してやがるのに一向に払う気がねぇようだな。お前みたいなアバズレには、きっちりお灸据えてやるよ。お前の大好物のネットは当分お預けだ。こいつが欲しいなら、5日後あたりにコンビニ支払い用紙(315円)送ってやるから、そいつでさっさと払え。払わねぇ限り罰だ。ちゃんと払えたら数時間後にご褒美(停止解除)やるよ。

ご了承ください」

とのこと。


かなりうろたえた、わたし。
今ネットが停められたら、いや今じゃなくても24時間困る。
困るのに、既に停められている。
ブログ更新ができない。
誰のブログにも行けない。
メールができない。
旅行の手配ができない。
重要な連絡ができない。
調べものができない。
何もできない。
明日も見えない。


いやいやいや落ち着け自分。ネットがなくても生きていけると、とりあえず余裕ぶってみました。
それから、やれやれちょっと銀行に行くのが面倒だっただけじゃないの、案外厳しいのね、とプロバイダー様の狭量にため息をついてみました。それから、ああ私って駄目人間だな・・・あっちの銀行からそっちの銀行にお金移すだけが出来ないなんて、もうほんっまあかんな・・・・だめだな・・おお・・神よお赦し下さい・・・と懺悔してみました。ついには、シビアだな、プロバイダーのやつ、ドSだな!と、逆ギレしてみました。


どっちにしろ自分がまだお(まるでだめなおんな)であることは、申し開きようのない事実です。
私は、まだおだ。まるでだめなおんなだ。
運悪く土日を挟んだがためか郵便物が届かず、支払い用紙が来ない以上、財布を握り締めていつでもコンビニに駆け込む準備をしていても無駄な意気込み。
これに懲りて今日からは心改め、前向きに時間を過ごそう、涙を拭い青空を見上げて生きていこう、あの青い空を見上げていれば数日なんてすぐ過ぎる、耐える、耐えられる、そして私は生まれ変わろう、と決意しました。


ずっとずっと毎日部屋の大掃除をしていました。
過去の写真や書類整理をしました。
衣替えをほぼ完了しました。
押入れをガサ入れしました。
一切合切、要不要の再点検を続けました。
加湿器、毛布、服を捨てました。
ゴミ袋3つ分は、捨てました。
埃にまみれました。
蒸し暑い室内で汗を流しました。孤独でした。
ロハスデスクで納豆ごはん食べました。
ネバネバ食べました。


辛い日々でした。
しかし、プロバイダー様は、払うもの払えばちゃんと対応してくださる正統派ドSでした。
飴と鞭の使いようを心得てらっしゃる。
先程、待ちに待った支払い用紙が届きました。
このときを待っていました。
私は、すっぴんで帽子かぶって徒歩3分のコンビニに、全力疾走の自転車で数十秒で到着。即座に支払ってきました。
そうしたら数時間といわず、数十分でカチッとモデム通信再開!
プロバイダー様は、見てらっしゃる。
私の行いを、罪も善も改心も、全てを見てくださっているのです。


この瞬間まで、長い長い日々でした。
気付けば今日まで私は殆ど青空を見上げてないのでした。
心の青空的なものは見上げてましたが。
お陰で部屋は片付きましたが。


晴れて本日、ネットワールドに無事生還致しました。
色々あったけど、まだおだけど結果がすべて。
おめでとう!自分!!



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大阪駄文 | comment(8) |


2008/06/12 (Thu) 愛と緊縛の狭間

という記事を、サイドブログ【Baby Bitch I am.】でアップ致しました。

タイトルからは想像もつかぬ、軽い軽い吹けば飛ぶよなぷげらな記事です。
素で書きました。
いつも素ですけどw

境界性パーソナリティ障害とかSMとか暗いのとかビッチだとか嫌だわ、何かが汚れそう・・・汚らわしいっと思ってらっしゃる方も、今でしたら安心して御覧いただけます。
期間限定記事でございます。


こちらに頂いているコメントですが、過去現在頂いているコメント織り交ぜて、順不同でお返事を書かせて頂くことにしました。過去記事へのお返事を書いている間に、現在が過去となる悪循環に気づきました故にございます。何卒、ご了承ください。


今日はカウンセリングなので、記事を置いて私は心の小旅行へ出かけて参ります。
小麦が高騰してるということで、お米と納豆と卵を買って参ります。
米食への切り替えに、うちの文鳥ズは喜びそうです。

20080612dia.jpg



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お知らせ | comment(4) |


2008/06/11 (Wed) 漫画キャラクターW杯JAPAN ポジション:FW

20080611dia.jpg


↑このキャラが分かった方は、皆兄弟です!

これは、美鳥家 家宝たるフィギュア、
私が熱烈に愛していた雑誌「アフタヌーン」の数年前の付録だ。
雑誌の予告で知ったときには、フィギュアなど一切興味がない私なので、どうせちゃちなんだろ、いらねーよ、と思っていた。
しかし、侮っていた。私は、アフタヌーンを侮っていた!

実物を手に取るなり、オタクがよくやる「一体は実用。二体目は観賞用。三体目は保存用」などという意味不明な行動が、よくよく分かった。
かの世界的に有名な日本が誇るフィギュア製作会社(株)海洋堂様様が手がけただけあって、文句ない出来だった。
今現在は、雑誌の厚みと共に内容も以前に比べて薄っぺらくなってる感がある「アフタヌーン」だけれど、雑誌の付録に海洋堂様様をご指定とは、マニアのツボとこだわりを当時はガッチリ掴んでいたと思われる。

欲しい。できるなら10体は欲しい。
ずらりと並べてシュールに楽しむが粋であろう。

当時私は、漫画と本に囲まれて仕事をしていた。
売りを見込んでアフタヌーンの入荷数を倍にした。
それでも、いざとなると足りなかった。
私のみならず、スタッフ(漏れなく全員脳内漫画中毒)は全員欲しがり、競争率が高すぎて、2体入手できただけでも幸運だった。


このミギーフィギュア。
うっすら血管がすけて見えるところ、唇の中に並ぶリアルな歯。背中にもちゃんと、二つ小さな目がついていて、これまた細かく作りこんである。
さすがだ。

生きてる!
こいつら生きてる!
これぞリアルミギー!!!
「シンイチ・・・・」
とか言うよ!
きっとそのうち言うよ。
いや!既に小声で言ってるかもしれない。
私がたまたま聞いてないだけだ。ハァハァ。

なんて可愛いのだろうか。
この目! この口! この戦闘モード! この透けて見える血管!
右側のミギーが左のよりちょっと色白なのもまた、それぞれに愛着が湧いてしまう。


友人N氏よ!(以下数行、個人的伝言)
現在、ハードワークでノイローゼ寸前なN氏よ!
これが、私が波止場で説明した我が家宝「海洋堂作ミギーフィギュア」だ!
日本人に生まれたからには、人間に、地球上の動物として生まれたからには読むべき漫画、後世へ受け継ぐべき漫画、感動の涙とは、この漫画を読んで流す号泣を指すのである!


なんだこれきもす、と思っただけの方。あなたは損をしている。
日本人に生まれながら、日本が誇る漫画文化の粋たる名作といまだ出会っていない。


この写真は、私のミギーへの愛着が過ぎるために、わざわざ一眼レフで撮影した。
土台になってるのは、件の新品のデスク(ドリームランド☆IKEA出身)だ。

そのデスクの方を写してアップしろよ!とツッコミの声が聞こえてきそうだけど、小洒落たロハスよりマンガやん。絶対マンガやん。ロハスよりミギーやん。

まあ実のところ、急遽ロハスを取り入れたがために、私の部屋には激しくミスマッチであった。
こちらにアップするのであれば、写真の撮り方を考えている。ロハス的撮り方を考えている。ロハス的撮り方って何だっけ?と根本的な問いに立ち返り考えている。時間がかかりそうだ。

大方今の部屋にはミスマッチであろうという私の予想を遥かに越えて、想定外にロハスデスク浮いてるからな!


浮いてるからな!(←2回言ってみた)



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大阪駄文 | comment(8) |


2008/06/10 (Tue) 人生半分引きこもりの生

朝起きるなり号泣で、意味も分からず怒っていた。
感情は不安定なものの、昨夜よく眠れたから体調はまずまず。
早速、部屋の掃除をした。実家に残してきた本や服が届いたので、さっさと片付ける。我ながら素晴らしい手際だ。しかし、本が50冊ばかり本棚から溢れたので、マイルール「この本棚から溢れた分は処分する」を実行することになった。
デスクを窓際に置いたら、部屋全体の調和が激しく狂ったので、隣の本棚を増設してみた。何かに使えないかと捨てられなかったとある木枠なのだが、ぴったりと増設できて、本棚増設完了。
未読の本コーナーに決定した。

友達からメールが来て、色々やりとり。
そのうちN氏から電話がかかってきた。
何やら忙しい上に大変そうだったけど、彼には悪いけど、おもろくて爆笑してしまった。うろたえるN氏。そして、芯が通って、どんと構えた友達。第三者なのか間に立っているのか微妙な私は、見ていて、それぞれらしいなぁと感心した。

夕方には、弟MTと話した。
来月に半月ばかりの旅行を企画しているので、打ち合わせも兼ねて。
そうして、何となく思いついたから、久しぶりに戻った実家の話などをしていたら、猛烈な吐き気が襲ってきて脂汗が吹き出てきて、何やら体調が激しく悪化した。



夜には、母から電話があった。
不登校になったまま以後約15年間引きこもりの弟MKの話になった。
彼とのメールのやりとりについて「姉なんだから、コミュニケーションを教えてやってよ」といわれたが、彼はコミュニケーションを教わるというコミュニケーションが既に不可能な状態になっているでしょう?と懇切丁寧に説明してみた。

例えば、彼は株の話を延々するのだが、それは凄くしたがるのだが、相手が興味を持ってるかとか関係なく喋り続ける。ちょっと相槌を打ったり、真剣に話を聞こうとして感想とか意見とか言ってみる。その間は、彼は黙っている。
問題は、その後だ。
何を言われようと、何を訊き返されようと、
「それでな、」
と、相手の言葉など一切聞こえなかったような様子で、ためらいもなく、さっきまで話していた話の続きを、また延々続けるのだ。常態化していたので、私もしばらく気づかなかった。それくらい、彼とのコミュニケーションとは、我が家では一方通行が当たり前、自然なことになっていた。

キャッチボールしようぜと言ったこともある。何度もある。
でも、人生の半分を家族以外と接することなく過ごしてきた彼と、私は共有できる会話がない。彼は、自分が興味があることしか話さないし、人の話を聞くことはない。
コミュニケーションを教える以前に、コミュニケーションが全く成立しないので、コミュニケーションを教えることなど不可能なのだ。


感情でものを言うのみで、理屈で考えない母も、この具体的例を挙げた説明には納得したらしく「そうなのよね」と言った。
それから、「何とかならないかしら。何とかどうにかならないものかしら」と言った。
私は、「箱庭療法なんかいいんじゃない?」と言った。
「どうしたらいいのか分からない」という母の言葉には、とりあえず具体的に答えるようにしている。これが実ったためしはないが、自分なりに誠実な答えかな、と思うあたりを口にすることにしている。
これを聞いた母は案の定、
「でも本人が治したがらないんだから、どうしようもないじゃないの」と言った。

そう。
どうしようもないのだ。
どうしようもないときには、どうにかするしかないのだ。
どうしようもない、の先に答えがあるのに、探しに行こうとしない両親。
そして恐らく、生きることなんてどうでもいいと思っているMK。

MKの弟であるMTに、実家で見たMKの様子を話したら、既にネタでしかなかった。
MTも努力したし、私も努力した。でも、これは両親の問題なのだと分かっただけだった。

弟MKは、15年引きこもっていることと重度の、重症化していっている強迫性障害以外に、さして不健康でもない。
しょっちゅう倒れたり吐いたり過食したり呼吸困難でもう駄目か?と思ったり、記憶がとんだり眩暈がしたり難聴になったり、何かしたら寝込んだり、の姉の私と比べて、どちらがどうなのだろうと考える。
姉弟だからこそ、考える。
両親と同居し衣食住、金銭に困らない生活をしているMKと、一人暮らしで金銭ギリギリ、孤独が身に沁みる私。けれど、私には大切な友人たちがいる。

人の幸福とは何だろうと、弟MKを見るにつけ考えずにはいられない。
「幸福」なんて曖昧な言葉、本来私は嫌いだ。
でも、弟MKの無味乾燥な生活を見ていると、「幸福とは何?」と口にせずにいられなくなる。
それほど、幸福でもなく不幸でもない、すれすれの生殺しの生活を彼は送っている。
曖昧な言葉が、ぴったりなのだ。


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治療日記 | comment(0) |


2008/06/09 (Mon) 無意識にフリーザ(ドラ●ンボール)

やはり眠れぬ。
昨夜は、友達と話していて、あれ?と思った瞬間にストーンと目の前が真っ黒になった。そのまま気絶。いつ気がついたのか覚えていない。友達に、今感情がないことは伝えてあったけれど、心配かけてしまった。パソコンに残されたダイイングメッセージかのような「llllllllll」が怖かった。
誰やねん!縦線こんなに書いたの!


眠れないのもあって、最近早起きだ。ずっと起きているから早起きも当然だ。
今日は、一大ビッグイベントの日。

ドリームランドIKEAで買った机と椅子が届く!!

こうしてIKEAのことを「ドリームランド」と呼ぶと、関東人は笑うかもしれないが、最近神戸にオープンしたIKEAは、まさにドリームランド。
砂糖に群がる蟻のように、近県から客が黒山の人だかりであった。
私も蟻の一匹となって、実家に帰ったときに母と出かけた。
まず、送迎バスの時点で長打の列!
どんだけIKEA行きたいねん!と皆にツッコみたいが、自分も行きたいのでツッコめない。
ピストン輸送で一度に80人近く乗せて行くのだが、2度目でようやく乗れた。

到着してみると、今度は入場制限だ。
これまた砂糖に群がる蟻のように行列はIKEAへ吸い込まれていく。

楽しかった。
机と椅子しか見ないつもりが、全然予定にないものまで気がつくと検討してたりして埒が明かなかった。でも、理想の机と椅子は去年から思い描いてイメージが固まっていたので、北欧デスクと北欧椅子を買う。どちらも全部オーク材で出来ていて、椅子は、何となくハイジを思い出す。キュートなフォルムだ。チーズとろ?りと食べなきゃいけない感じ。

その机と椅子が届くというので、今朝は部屋を出来るだけ広くあけて待っていた。あまりに待ちくたびれて掃除を始めたら、はしゃぎすぎていたのか、足元の木箱に足の小指をぶつけた。

ぐっはあぁ・・と声にならぬ声をあげて、床でしびれていた。
ようやく声が出るようになったときの、私の第一声は、

「今のは痛かったぞーーー!!」だった。

どっかで聞いたセリフだなぁと思ったら、ドラ●ンボールのフリーザの名言だった。

「クリリンのことかーーー!!」
ぐらい、名言である。
自分の漫画マニアっぷりが、ちょっと誇らしくなる。
無意識にフリーザのセリフが出てくるようになったら、ようやく一人前といえよう。


漫画といえば、小学館を相手取って「金色のガッシュ!!」の作者が訴えたらしい。「金色のガッシュ!!」、巻末の作者の飾らぬ後書き、作者の人柄の大ファンだった私は、彼のブログに早速とんで詳細を読んでみた。
漫画雑誌の出版社や編集との諍いは今に始まったことではなく、富樫よしひろがコミケで配ったジャンプの体制を批判するビラだとか、北条司らが集英社の人気投票システムに異を唱えて新しく立ち上げた出版社など、数えきれない。


私は、政治家などを「先生」と呼ぶのは虫唾が走る性質なのだが、漫画家は大いに「先生」と呼びたい。その中でも「大先生」と呼びたい漫画家がいて「大家」がいて「天才」がいる。いずれにしても、身体も創造力も技術も忍耐も発想力も魂の底から搾り出し、あってもなくても困らない漫画というものに心血注いで生きている漫画家たちは全て、「先生」に値する。


前述の訴訟に、小学館がどう対応するのか見ものだと思う。作者は、うまく裁判を進められそうだと提訴の資料を読んで思った。理論と具体的証拠と情が訴えられている訴状だった。
ぶりを食べているガッシュが好きで、普通なら嫌いなキャラだろうなと思うキャラでも、彼が描くと私はどれも好きになれた。
漫画家はもっと、評価されていいと思う。
ガッシュのカラー原稿を巡る今回の訴訟、陰ながら応援したい。


IKEAから届いた机と椅子は、2時間ほどで組み立てた。ねじをいくつまわせばよいのか。
ドリームランドから届いた品物は、私に早速のハードワークを強いている現実に必死で目をつぶり、黙々とネジを絞める。剣道してたので、握力だけはちょっとある。なのにドリームランドのネジは、かたいことかたいこと。

さすがドリームランドだな!

ハァハァ言って一人で仕上げた。
そしたら、スライドして拡張できるテーブルのあたりが、ガッ・・ガガッ・・ゴッ・・と若干ゆがんでいるのか、見本とは微妙に違う出来上がりになった。
10日後に、関東から友達が遊びに来てくれるので、早速補整を手伝わせることにした。(←仲良しなものの一応初対面のブロ友w)

新ブログ、一から全然違うものにすることにした。
記事二つしかアップしてないので、変わってないやんと思われること必定だが、自分基準ですごくすごく変えることにした。<準備中>って、またパスかけるべきかと思ったけれど、私の恥部ということでさらしておくことにした。
皆さん、私の恥部を見るがいい。できるなら見ないでください。
机が来たし、書く楽しみが増えた。



○コメント頂いた皆様へ○
少しずつコメントのお返事、書かせて頂いています。
めっさ遅筆ですみません。


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大阪駄文 | comment(8) |


2008/06/08 (Sun) 彩度0

体調が最悪なのだけど、明るくいってみようと思う。

昨夜、途中からオマーン戦(サッカー)を見ながら、避けてきた作業に取りかかった。何の作業かというと、あやと、あやの男の写真などを整理するという作業だ。見れば見るほど自分に思えない。男に関して思い出すことといえば「超が付く変態であったな」ということくらいだ。
どれくらい変態って、あやが死んで、という表現が一番私の感覚に沿うのだけれど、死んだ後に引き継いだのが「スーちゃん」と婚約者に呼ばれていた美鈴だ。この「スーちゃん」という響きにも私は全くなじみがない。年表として情報が刻まれているだけで感情も思い出も伴わない。
この美鈴が、あやの男に予告した通りに新しい恋人を探してきて、彼とさっさと婚約して彼の家で暮らすことにした。あやの男は、ある意味自分からあやを手放したも同然だったから異論を唱える権利がなかった。美鈴が、あやの男に再会したときには「あや、随分別人みたいになったね」と言ったものだった。その男が「あや、いつ婚約者と結ばれたの?」と訊いてきた。美鈴が返答すると、男は嬉しそうに頷き微笑んで「そうか。その日、俺分かったんだよ。身体の感覚で、ああ、今あやが婚約者と結ばれたんだなぁって分かったんだよ」と答えた。
美鈴は、男が気持ち悪すぎたのか黙っていた。
変態過ぎてスルーしたのかもしれない。
別れ際に男が最後の別れと握手を求めたけれど、美鈴は気味悪げに指先をちょっとつまんだだけだったか、つままなかったか。私の中に、写真のような記憶が2,3枚残っているだけだ。

ということなんかを思い出した。
オマーン戦を見ながらだ。

出てくる画像は、最悪だった。予想はしていたけれど、男の撮影センスは最悪だ。SMプレイの画像だ。もっと美しく撮れよ。あまりに危ないので削除削除。私が持っている画像の10倍は男が持っていて、確か別れると決まっていたときにも「写真撮っていい?」などと言って撮ったっけ。あやはとっくにいなくて美鈴がどうでもよくて、どうとでもしろよと黙っていただけだ。別れた後々のネタにようとしていたのは明らかだ。馬鹿馬鹿しい。

前回、この作業に取りかかったときには私は錯乱して大変だったのだけど、今回は大丈夫だった。大丈夫だと思った。私とあやの仕切りがはっきりと明確で、感情が湧いて来ない。
男があやと心中しようとした奈良と和歌山の県境あたりの写真が出てきた。その黒々とした山と、妙な翡翠色をしたあそこらへん特有の川やダムを見たときには、恐怖で吐き気がした。怒りじゃなかった。吐き気だった。
それ以外は、あやとあやの男との幸福そうな写真もどれも、私は、おやまあと呆れて眺めただけだった。

たとえば私が双子だったら、双子の写真を見ているような感覚だろうか。
私そっくりの顔をしているけれど私ではない。だから、写真を見て情報を知ってはいても、感情も思い出も一切ない。限りなく顔が似ているのだろうが、私はしょっちゅう自分の顔や姿かたちを忘れているから、写真はいつもぴんとこない。


オマーン戦は、よく頑張ったなーと思った。とにかく暑そうで、選手の体力が限界っぽかった。でも頑張ったなーと思ったし、ああいう場面での遠藤の落ち着き払ったゴールが、私はたまらなく好きなのだった。それにしても、岡田監督とは個人的に選手の好みが全く違う。私が好きな選手が全く出してもらえない。オシム監督の復帰も近いというけれど、是非日本代表に返り咲いてほしいと個人的には思う。


異変に気づいたのは、昨夜ベッドに入ったときからで、全くちっとも眠れなかった。
頭の中で、とにかく声がする。声、声、声だ。女性の声、男性の声、一斉に喋るから誰が何を言ってるのか判別がつかない。日本語で喋っているのは分かる。とんでもない不協和音だ。一つも言葉を拾えないどころか、耳を傾ける気もなくなる騒音、雑音だった。
その人々の声の中に自分の輪郭までもが溶けてしまいそうで、長い長い夜だった。気が付いたらカーテンの隙間から光が射し込んできて、結局一睡もできなかったのだと分かった。


仕方ないのでベッドを出て、部屋の掃除に取りかかった。吐き気と頭痛が酷かった。息もできないから、ああ嫌だなぁと思った。洗濯しようとして発作を起こして倒れた。死ぬかと思った。気が付いたら洗濯機の前に倒れていて、午後4時だった。

眠るとすっきりするけれど、気絶している間は睡眠に含まれないのか、とにかくやたらと疲労感がある。その直前の発作で疲労するのか、意識を失うということ自体が消耗することなのか。
洗濯機をあらためて回して、二度目の洗濯あたりから、ふっと記憶がとんだ。何をしていたのか不明な時間が数時間、ぽっかりと空いた。
頭痛が酷くて吐き気がした。
見たらアイスクリームを3つ食べたらしい残骸を見つけた。
気を取り直して、また洗濯の続きをした。
篤姫を見ることができた。

上様と篤姫のやりとりを先週から私はいつも号泣しながら見てしまうのだが、上様の「誰も信じない」という言葉と表情と心境に自分を重ねているのだな、と思った。
信じないという人間に関わろうとする人間は、滅多にいない。
食事に毒を盛られてきたという言葉も、自分と重なった。家族との食事が苦痛で、毒を盛られていると信じていた中学生時代。数日目に夕飯を食べない私を見て理由を尋ねた家族は、私の小声の返答に大笑いしていたっけ。
人の痛みや苦しみを大笑いするのは、過去うちの家庭では普通の出来事だった。

テレビで、秋葉原のニュースを見た。人事には思えなかった。被害者も加害者も。
私は、いつでも誰かに殺されまいかと恐れていて、過去は世界中を殺してやりたいと考えていた。
悲惨な事件だと思った。世界を既に見捨てたあの加害者が、被害者の痛みをどこまで認識することができるのか不明な点が、より悲惨な事件だと思った。


メールしたい人がいるのだけれど、できていない。
感情があるのかないのか、よく分からないから、本心でない事務的メールを書きそうなのだ。社交辞令は一切しない、感情のこもらない言葉は送らないほうがよっぽどましだから、自分の回復を待つ。

何だか今の私は、まるであてにならない。また本気で入院を考え始める。せめてヘルパーを雇えないかと考える。一人で暮らすことに自信がなくなる。
アイスクリームを食べたのは私なのだろうが、記憶がない分、悔しい。それから、去年から見つかっていない服一塊が、どこを探しても相変わらず出てこない。相当な枚数なのだけど。

今日も、眠れそうにない。
あやとあの男の毒気にあたったのだろう。
私の私らしい感情は、どこに行ってしまったのか。
ありかが分からないものだから、探しようもない。
そういえばカウンセリングをキャンセルしたまま予約を取っていない。
人を信じることについて考えるべきだと思って、考えていたのだけれど、結局感情がないから考えようがなかった。どこに治療へ行けばいいんだろう。

書いてみたら、全然明るくいけてない。
何だか淡々としていて、つまらない。


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解離性同一性障害 |


2008/06/08 (Sun) 爪先立つ嘘吐き

私は、嘘をついていると直感したのは、午後5時のことだった。


食事用に買い込んだ食べ物を、過食用臓腑の重石と化して、あらかた胃に詰め込んだ後だった。
涙が止まらず、何が悲しいのか悲しくないのかも分からず、吐き気を堪えながら読みかけの本を読み、室内を意味なくうろついて、少し片付けてみたりした。

新ブログのことで頭が一杯で、何もかも手につかない。
表現したいことは、この部屋、ベランダから見渡せる限りの地上、高層ビルまでだって積み上げられる程、吐き気がするほどあったはずなのに、昨日スタートするなり、自分が空っぽになった。
すっからかん。
何もない。

それでも、ずっとずっとやりたかったんだ、とPCに向かった。
違和感の理由をは、私でない何か他のものに責任転嫁することにした。

キーボードを打つのは慣れている。
指が勝手に打つ。
失語で言葉を失った分、それ以上に、取り戻そうとでもいうように、ブログを始めた私はお喋りだ。
書いて書いて、思いつくまま書いたのに、脳みそがぐちゃぐちゃになった。
パニック発作で吐き気がして、ああさっきあんなに食べるんじゃなかったと後悔した。

数分置きに感情と体調が移り変わっていく。
私にとって、大切な大切な古い友人から、突然のメールを貰った。
美鳥さんのことを忘れないよ、と彼女が最後に言葉を残してくれたから、私は疑うことがなかった。なぜだろう。未練たらしいことが私は大嫌いなのに、彼女のブログだけは閉鎖された後も、ブラウザのお気に入りに入れたまま削除しなかった。そんなことをするのは、私はじまって以来かもしれない。

メールに返信したかったのに、しなかった。
また、頭の中が新しいブログのことで一杯になった。
脳みそをぐちゃぐちゃに掻き回される。
ベッドで泣き喚いて、呻いた。
さっきまでの違和感が、輪郭をとりはじめて、恐怖が襲ってきた。
違和感は、不安と疑問へ変わり、更に明確な輪郭を取り始め、疑いようのない直感へ変わった。


私は、嘘をついている。


新しいブログ「Baby Bitch I am.」は、あれは私が思い描いていたものだっただろうか。
本当に、そうだっただろうか。

違う。
私は、嘘をつこうとしている。
大嫌いな格好をつけようとしている。
自分を欺き、他人を欺こうとしている。
そして、さもこれが本物ですと陳列しようとしている。

無意識に私は、他人の美学と信念をなぞろうとしていた。
他人の正義は、無難に見えた。
既に他人の手垢がついたものは、無闇な安心感があった。

しかし、それは私ではない。
私と誰かは違う。
あの人と私は違う。
私は他人の評価なんてどうでもいい。
それが本当の私だ。
私が思う正しさは、全く違う場所にある。

ありのままの私が、あのブログには足りない。
既に欠如している。
一番大切なものを、欠いている。


つま先立って背伸びして、ほんの少しだけ違って見える光景を束の間楽しんでいただけだ。馬鹿げていた。大きな間違いを犯すところだった。

誰にどう思われてもいい。
どう評価されてもいい。
裸足の爪を尖らせ大地を掴みしめて、土臭い裸足で歩きたい。
爪先立ちの獣なんて、美しくも何ともない。
僅か数センチ画角を上げた見慣れた景色に、何の価値があるだろう。
楽しみの絶頂である美しさは、もっともっと地底よりももっと深い、私の身体の奥底に眠っている。
つま先立っていては、見えない。


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日々日記 |


2008/06/07 (Sat) * uta+cotori *をご訪問下さった皆様へ

暫定固定トップ記事です。
新しくブログをスタートしました。
【Baby Bitch I am.】
私自身をありのままに表現できるのであれば、表現方法を厭いません。ツールは、私から生まれる言葉と写真のみ。性的・暴力的描写・自傷・恋愛・セックス・SM・トラウマ・人格障害、私の胎にあるものは全て素手で引きずり出してみます。主に、境界性人格障害・解離性障害を罹患している私の空虚な自我と愛情不信、見捨てられ不安の恐怖、そこから立ち上がろうとしている今現在の私を描きます。

闇と光が混在します。私自身に、表現のタブーを設けておりません。あくまで、ありのままです。自己責任で閲覧下さい。ご感想など、メールフォームから頂けましたら更新の励みになります。
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【Baby Bitch I am.】

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境界性人格障害 | comment(4) |


2008/06/07 (Sat) But if you say NO I will, I will, I will 



ビルも道路も世界もひと思いに壊れてもいい
だってその方があなたを見つけやすいでしょう?
神様はいない
だって祈ったもん 想いが届きますようにって
祈ったもん・・・

My Sweet Darlin' - 矢井田瞳


My Sweet Darlin' 矢井田瞳 歌詞情報 - goo 音楽



気づくと口ずさんでる歌。
気づくと泣いてる私。
神様は策士だ。


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日々日記 |


2008/06/07 (Sat) サイドブログ【Baby Bitch I am. 】スタートのお知らせ

準備を進めてきました、新ブログ【Baby Bitch I am.】をスタートさせました。

当ブログ* uta+cotori *の更新頻度は、変わりません。
新ブログの概要は、【Baby Bitch I am.】のトップ記事に、見切り発車状態ですが、書いてみました。
本当に見切り発車と言ったら、見切り発車です。
美鳥、嘘は申しませんので、行ってみて呆れられること必定かと思います。
記事が極少です。
我ながらちょっとびっくりしたくらいの暗さですが着地点は希望と決めています。
コンテンツは、私オリジナル写真と言葉のみでの表現です。
今しばらく、様子を見てくだされば幸いです。

当ブログでは、心こもったコメントを頂いたまま、これまでお返事が出来ず申し訳ありません。
コメント欄での皆さんとの交流が何よりの楽しみな私にとって、歯がゆい時間でもありました。
私事の事情から、今後1ヶ月ほどコメント欄は閉じさせていただきますが、頂いたコメントには少しずつですが、お返事させて頂きます。長い長い間、お返事をお待ちくださって、ありがとうございました。

いつも読んでくださって、ありがとうございます。
希望も絶望も全部抱えて、ありのまま今日まで綴ってこれたのは、一重に、あるがままを受け入れ読み続けて下さってきた皆さんのお陰です。
ありがとうございます。
私が、これからも、ありのままに綴ることで、痛み苦しんでいても声をあげることもできない誰かの心の灯火となれますように。
微力ながら、今後とも精進いたします。



                          美鳥



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お知らせ |


2008/06/06 (Fri) 酷い酷い

何とか大阪に戻ってきた。
昨日、記事を書いた記憶がない。
解離が酷くなって、頭痛が酷くて、あやがすぐ後ろにいて、後は覚えていない。

今日になって自分のブログ記事を読んでみた。
そんなことがあったのか、と思う。
こうして客観的に読んでみれば、私は私のお金で生活をしているのに、なぜ父に「電話の権利を取り上げろ」だとか言われなければならないのか。
「働けるのに働いてない」とか、言われなければならないのか。

働きたいよ。欲しいものがいっぱいある。
引越ししたい。好きなもの食べたい。旅行したい。
人間関係、広げたい。
ひとりだけで生活している今の暮らしは嫌だ。
接客業が大好きだ。
香水を売ってみたい。
調理師免許を取りたいから、飲食業もやってみたい。


こんなことを書いてみても、空虚で馬鹿馬鹿しくも思う。
数日前から酷い鬱だと思っていたけど、本格的に鬱状態だ。
何とか自分を保ってきたけど、駄目になりそうだ。
過食がまた酷い。
全部、理屈は分かっている。

仮面鬱病と診断を受けているから、私は鬱病とは少し違う。
でも、今、体調に出る仮面鬱病でなく、心がはっきり鬱だ。
理由は、わかっている。
どうしようもない理由がある。
そんなふうに、自分のことは把握しているつもりでいた。
だから制御できていた。
何とか必死で動けるだけ動いて、鼓舞できるだけ自分を鼓舞してきた。

でも、これ以上は、無理かもしれない。
死にたくなる。
一つがすべてじゃないのに、たった一つが叶わないだけで、どうしてここまで絶望するんだろう。この感情だけは扱いかねる。どうしても扱い方が分からない。だから持ちたくなかった感情。
早く早く時間が経って、全部何もかもこれでいいんだと思える場所に落ち着いてくれればいいのに。

動かなきゃいけない。
今は止まれない。
正しい方向へ動いて、正しくない方向へは動かない。
何が何でも踏みとどまる。
何ヶ月もがんばって来れたのなら、あと少しだけ頑張れてもいいじゃないか。
早く早く時間よ経って。


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解離性同一性障害 |


2008/06/06 (Fri) ししおどし式悲痛

今日も実家から動けず、この動けなくなる理由が私には釈然としない。
体調は悪いが、これは刻々と悪くなっていくのがパターンだというのに。

今日で、実家に滞在何日目なのか。
早くも物騒な空気になってきた。
父親は怒鳴り散らし、母親は嘆き責める。

最初は、15年近く引きこもっている弟に向かって。
弟は最近、納豆に似た強烈な匂いがする。
毎年のことだが、温かくなってくるにつれ酷くなり、部屋中だとか通った後だとかに残るくらい、とにかく匂う。強迫性障害のせいで、滅多に自分の服など洗わないし、破れていようが垢で真っ黒になっていようが、同じものを着続けている。
髪は真っ黒に伸び放題で、外に出ていないために青白い顔とのコントラストが異様さを増している。久しぶりに会っただけで、一つ屋根の下にいるだけで、異常な空気が家の天井まで、みっしりと充ちている。圧力で押し潰されそうだ。

一日中、パソコンに向かっている弟の背中に、父親が怒鳴りつけた。
自分のしたいことしかせず、料理も掃除も洗濯も、家族の何も一切しようとしないことが許せないと怒った。
母親は、最初は宥める口調で弟に言い聞かせる。
あんたも、もうすぐ30なんだから自分のことだけしてちゃ駄目よ。

私は、隣室で聞いていた。
身体の芯から力が抜けていく。

もうすぐ何歳だとか、そんな問題じゃないことは、誰が見ても明らかだ。
私は、聞こえないふりをしていた。

弟は、無反応だ。
背中ですら聞いていない。
流してしまう技を、彼はとうの昔に身に着けたのだ。
彼が誰の言葉も聞かないことくらい、私も家族も誰でもわかっているはずだ。

なのに無反応な弟の様子に、母親の声が悲痛になってくる。
始まった、と私は思う。
悲痛な声は、音色がただ悲痛なだけであって、本物の胸に迫る悲しみなど抱えていやしない。彼女は、彼女の人生を悲しんでいるだけで、目の前の息子を見ると自分の胸が焦燥でちりちりとさいなまれるのだろう。それしきの些細な痛みにも、彼女は耐えられない。

あんたがそんなんだと、どんな育て方してきたんだって、お母さんたちが言われるわ。
子が褒められれば、親も褒められ、子が謗られれば親も謗られ、というでしょう。

そんなことを言っていた。
私は、ああ、まずいな、と思った。

次はきっと、私の番だ。
父も母も、普段はとても善良だ。
けれど、日常に追われるだけが人生だと思っているのか、生きることと川流れを混同でもしているのか、目の前に映るそのときどきに、わあだとか、きゃあだとか声を上げているに過ぎない。

弟に向けられた苛立ちは、弟では解消されない。なぜなら彼は、何を聞いても無言だからだ。

パソコンに向かって私は知らないふりをしていたら、案の定、いつの間にか話題は私の話になっていた。父母が何か言っている。私も、聞き流す術を持っているはずなので、気を取り直してPCに向かう。

今度の話題は、私のNTTの支払いの件だ。
私が悪い。
お金がないわけではないのに、マンションのポストが滅多に開けられない、という理由だけで、何度も回線停止され続け、今度は本契約解除の知らせまで来てしまった。
その書類を見て父親が、電話なんか捨ててしまえ!と言い出した。
携帯は、もっと高くつくのよ、とか母が言っていた。
父親は、電話代のシステムなどよく分からないから、それならとにかく電話をさせるな!と私でなく、母に怒っていた。
それから、あいつはあんなことで許せん。働けるのに働いてないやないか!
と怒鳴り続けていた。

働けるなら、やりたいことがたくさんある。
でも、出来ない。
家事をしたり、少し外に出るだけで精一杯だ。
体調も精神状態も何もかもが、自分の思い通りにいかない。


かなり不穏な空気になっていた。
なのに、数秒後に母親の笑い声が聞こえてきて、父も一緒に笑っていた。

これも、いつものパターンだ。
重大な、とても重大な話をしていた筈なのに、言いたいことを言うと相手からの返事がどうだとか、返ってきた言葉を聞くだとかいうことがない。
だから、あっという間に鎮火することが多い。
結局、誰も悩んでいやしない。
場当たり的に、襲ってくる不安や現実に条件反射しているだけで、どうしようもないものだから、フラストレーションだけを排出したら、あとは沈静が早い。

彼らの感情表出は、水が溜まれば岩を打つ、ししおどしのようなものだ。
悲痛な声や怒声が、定期的に決壊する。
再び静かに水をためていく。

もう聞き飽きたのだけど、誰も水を止めようとしないどころか、聞き飽きてすらいないらしい。

実家へ戻ってきた日から、解離していることはないと思っていた。
新ブログの作業だが、まったく記憶にない作業をしてあった。
てっきり弟がやってくれたのだと思い、ありがとうとお礼を書いたのに、
リアクションがなくて、おかしいなぁと思っていた。
今日話したら、一つも手を触れていないらしい。
でも作業途中のものが幾つも管理画面に散らばっていたのは確実だから、一体誰がやったんだと問われれば、私以外にいないことになる。
記憶が一切ない。だから、弟が作ってくれたんだと思い、続きをいじっていたのだが。

友達とチャットで話しているときに、背後で家族の喧嘩が始まり、私への罵りに変わり、不安になった私に友達への依存心が強烈に起こってきたから、チャットを落ちようとした。
頭痛が激しくて、自分のすぐ後ろ3,4センチのあたりにあやがいたから、もう駄目かと思った。


本当に限界が来ていると思う。
今朝、ひどいうつ状態だったから仕方なかったのかもしれない。
仮面鬱病と診断されている私は、身体に表れはしても、心には出ないことが多い。
今回は、違う。
ずーん・・・と、重い。心が重い。一日中、俯いていたい。
何にもしたくない。

そんなときに東京の弟MTと電話で話した。
新ブログのデザインについて。
楽しかった。
かなりやりたかったことに近づいて、その後も一人で続けていって、
今8割の出来にまでこぎつけた。
まだ記事一つ書いてないのに、この疲労感。
でも、楽しみだ。
カメラをちゃんと、使おうと思えたことが嬉しい。
なぜか撮りたいと思う、つまらないものを撮ってきてよかったと思った。
自分の好きなものだけを集めていけば、調和するんだな、と実感した。
少し、心が前向きになった。
でも、また鬱になった。
この重い重い頭がのめりこんでいきそうな重い心。
久しぶりだ。

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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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