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2008/05/30 (Fri) 役立たず娼婦

昨日の今日で、実家に戻れなかった。
体調が悪いと言ったら、母親が「なんで?なんで?」と繰り返していた。
なんで?
そんな質問、今更意味があるのか。
病気について、何ひとつ知りはしない。
今日帰ろうと思っていた。でも、体調が悪くて今日は動けない。
明日は、動けるかもしれないが、無理かもしれないから朝一番に電話する。
用件はそれだけだ。
なんでもくそもない。

飲みすぎた薬のせいで、午後まで使い物にならなかった。
夜に、あるふとした些細なことがきっかけで、身が二つに裂けるかと思った。
背後に黙ってあやが立っていて、腹が立って腹が立って仕方ない。
なぜいつも私が弱ったときに、背後に立つんだろう。
いるのなら、私ととってかわれ。
窒息死しそうな私ととってかわれ。
そんなときでも黙って後ろに立っている少女。
お前が実家に戻ればいい。
無邪気に遊んで来ればいい。

友人に不安定なメールを送ったから、次に謝罪のメールを送った。
不安定だから電話は結構ですと断ったけれど、
入れ違いにメールを読まないままの友人から電話がかかってきた。

平静を装った。
その後、結局電話を切れば、私は壊れた。
でも、上手くメールを書いた。
上手く書けたくらい思わないと壊れる。
冷静さは得意。
冷静さは、私の芯にある。
これだけは揺らがない。
上手く書いた。
冷静に且つ、嘘偽らず自身を選択して書いた。

私は、いつまで保つことができるだろう。
アンバランスなシーソーの真ん中に立っている私は、
どっちに傾いても死ぬのだ。
でもどちらも大切にしなきゃならない。
どちらも私のためだから。

感情に責任はない。
何を感じても構わない。
でも、表に出してはならない感情がある。
ルールは厳しい。
厳しいからルールだ。
固形物が入らなくなって、牛乳ばっかり飲んでいて、
電話を切って、言葉を書いたけれど、涙が溢れて止まらず、
涙が溢れるから悲しくなるような気がして、全部のみこんでいたら、
体は正直で、トイレで全部吐いた。
過食か、拒食か、嘔吐か、どれかにしろよ。
汚れた唇が、精液を飲み込み損ねた娼婦みたいで、
鏡に映った自分の間抜けぶりに、しばらく放心した。

書くのが遅れた。
こんな気持ちを、ここに書けばよかった。
書くのが遅れて、先に吐いた。
迷わなければ良かった。
ずっと呼吸が出来ない。
頭痛が最悪だ。
呼吸と関係あるんだろうか。
今度は、パニック障害の発作か、過呼吸だ。
延々繰り返す。


ブログを刷新することにした。
6月1日から。
大まかな準備が出来た。
あとでお知らせを書きます。



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境界性人格障害 | comment(8) |


2008/05/30 (Fri) 鏡のない世界で

さぞや気味の悪い女だったことだろう。
まっすぐ歩けない状態で、
あっちこっちの壁や柱や棚にぶつかって歩いた記憶がある。
それでも食料を買い込んでやろうとした自分の気概は買うが、
あのカウンセリングルームがある街では、
私は散々な発狂振りを発揮している。
携帯で母親と喧嘩になって、泣き喚いてそこら蹴りまわったこともあった。
私の中に、何か怒りがあるらしい。
何なのかよく分からない。
教科書には書いてある。
潜在意識がどうだとか、抑圧されたどうだとか、欠落した幼児期の愛情だとか。
そんなもの、どうでもいいと思う。
思うときがある。
テキストが何になるんだ。
私は、ただ苦しいだけだ。
どうしようもないだけだ。


さっきまで殆ど意識が朦朧としていた。
朦朧としたまま、幾つか用事をこなした。
携帯電話会社に電話して必要な手続きをしたし、
コメントを頂いたままで返信できず、ずっと気になっていた方にメールを書いた。
私のろれつがまわってなかったのか、電話会社のスタッフに
一向に用件が伝わらなくて疲れた。
ゴミを見てみれば、食事もしたらしい。
その後、眠っていたのか。
さっき目が覚めて、意識もやっとまともになってきた。

酔ってない人間ほど「私は酔ってない」とか言うものだが、まさにそれだ。
全くまともだと思っていたけれど、記憶がないということは、おかしかったんだろう。
飲んだ薬の数を、ようやく数えてみた。
昨日の朝に不調で1錠、カウンセリングの行きの電車内で1錠、
カウンセリングで倒れてその場で多分6錠、持っていたもの全部飲んだから
1シートはいかないだろうが、空になっていた。
そこに昨夜のパキシルとデゾラム3錠、眠剤に3錠。
いつも最低限しか薬を飲まない。
飲まないことにしている。
私の病気は、薬では治らない。
治ろうが治るまいが、どうでもいいときがある。
酩酊は、私にひとときの万能感を与えた。
何でも出来そうな、こんな私でも生きていけそうな、
何もかも、苦しいことなど何もないような、満たされた感覚。
最低なのか、賢明なのか分からない。
とにかく私は、誰の手も借りず、自分の手と足で帰りたかった。
この1人の部屋へ、自分の足で辿り着きたかった。
そのためなら、何でもした。


頭が痛い。
今日も頭が痛い。
息苦しい。
咳が出るのは多分、最近、呼吸困難で息の根止まりかけてばっかりだからだと思う。
あれは何だろう。
カウンセラーの先生も「ビニール袋を持って来ようか?」と言っていた。
この間のN氏と同じだ。

怖い。
何かビニール袋は怖い。
何だろう。
閉じ込められて、もう永遠に出てこれないような気がする。
一度、人工呼吸されたことがある。
あれは最低だった。
何をしたら、あの死の淵から少しでも早くこちら側に戻ってこれるのか。

ビニール袋でどうとかなんて、考えたこともない。
パニック障害の発作なのか、何なのか、とにかく色んな呼吸困難が来る。
呼吸が出来ないと、気が遠くなる。
気が遠くなる前に、死にそうになる。
死ぬのが怖いから、早く死にたくなる。
死なないで生き残ったら、今度は自分で自分を殺したくなる。
また襲ってくるだろうから、どうせなら私が始末をつけてやる、と憎しみを滴らせる。
手首がうずく。
切って何を達成するというのでもない。
切らなきゃ駄目だ。
手首じゃなきゃ駄目だ。
その後のことはその後考えればいい。
いっそ考えられない場所まで、手首ひとつで流れて藻屑と消えればいい。


私に足りないのは、自分を哀れんで泣くことなのかもしれないと思った。
あやに対する考え方を変えよう、変えようと考えれば考えるほど、
私とあやの違いが明確に浮かび上がってくる。
違いが、怒りと憎しみに変わる。
雲泥の差を見ろ。
男に飼い殺されるのと、死にそうだろうが自分の足で立つのと、
どっちが幸せだ。どっちが心の安寧だ。
どっちが私らしいんだ。

泣かないから怒りになるのかもしれない。
涙のかわりに、怒るのかもしれない。
悲しいことが見つからないのに涙が出るから、腹が立つ。
でも私の中に、悲しいことがあるのかもしれない。

私に優しくするな、と先週のカウンセリングで無意識に私は言った。
親切にされると、ある一線から感謝が怒りに変わる。
理由のない怒りだ。
どんな怒り?とカウンセラーに訊かれて、迷わず答えている私がいた。
「私に、中途半端に優しくするな」
これは、悲しい言葉なのかもしれない。

今から実家に行く。



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境界性人格障害 | comment(0) |


2008/05/29 (Thu) あやとやらは何やってんだよ

※ 今日、カウンセリングの帰りに携帯で書いた独り言。


人間は漫然と生まれてくる。
当たり前のように生まれてくる。
生に漫然と生きる。
すぐ隣の死など目もくれず、
とりあえず明日も自分が生きていることを疑いもしない。

私は何度、死ぬかもしれないと窒息死の淵に立たされるんだろう。
何もかも馬鹿馬鹿しくなる。
床をはいずって生きている。
文字通り場所構わず倒れては這いつくばって
毎度死にかけの野良犬みたい。
弱々しい自分を前にすると時に私は 死ねばいいのにと思う。

倒れて頭と体とどっか打った。
頭痛で割れそうだったから気味が良かった。
廊下で倒れたら壁に頭を打ち続けた。
カウンセラーに止められた。
なんで?と怒鳴った。
目の前のポトスだかの鉢植えを薙ぎ倒してやった。
足りなくて足で蹴り倒した。

診療所を呼ぶとか言われて
少ししてようやく意味が分かって嫌だ!と怒鳴った。
泣きわめいた。
あそこは嫌だ!と叫んだ。
先生が分かった呼ばないと怒鳴り返したから聞こえて
私はガリガリ入ってるだけ頓服をかじった。
幾つのんだかわからなかった。
どうなっても とにかく私は一人で立つ。
頓服はまずくもうまくもない。
一人でがんばるのよねとか 頭が危ないとか
怪我するとか意識があるかとかきかれてた。
そんなことどうまでもいいから口を開く気力もなかった。

生きてるのが嫌だと絶叫した。
床ころげまわって泣いてパニック起こして、死にたかった。
いつまで生きてたらいい?
リスカしたかった。違う。それじゃ足りなかった。
頓服のみすぎたのかまっすぐ歩けず気味悪がられた。
買い物知らない間に山ほどしていた。
頭がわれそうで解離した。あやがいる。出てこない。
出すもんか。
意地だ。
あやが出て来る気が、そもそもないのかもしれない。
ただ私の中に居座りつもりか。
死ね。死ね。あや。



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解離性同一性障害 | comment(2) |


2008/05/29 (Thu) 這いずる獣

カウンセリングに行った。
最悪だった。
会話ができたのは、はじめの10分だか、15分だか。
あとは、頭痛と解離と吐き気と眩暈で、とにかく自分が自分の体からずれて、
頭痛がガンガン酷くて、声も出なくなった。
体の統制がきかなくなった。鉛のように体が重くなっていく。

あまりに酷くて先生の声が遠く聞こえた。
長文で何か質問されると、
何を言われているのか、まるで理解できない。
どうにかして、と先生に言ったけれど、どうにもならない。
気がついたらカウンセリングルームの床に倒れていて、
どこにいるのかよく分からなかったけれど、
また、あの息ができない過呼吸に襲われていた。
死ぬかと思った。
先生が何か言っていたけど、よく分からなかった。
テーブルに頭を打ってしまうとか、テーブルがどうとか、
床が汚いからどうとかと言ってたような気がする。

どうでもよかった。
死ぬ。死ぬ。息を吸っているのか吐いているのか分からない。


気がつくと、私はテーブルの下に倒れていて、気を失っていたのか、
先生に呼ばれて気がついた。
体がすぐに動かなかった。
服も髪も、めちゃくちゃだった。

記憶が前後していて、よく思い出せない。
待合室のソファに横になるように言われた。
そうだ。
その前に、私があんまりひどいから、診療所を呼ぼうかと先生が言った。
診療所。
とっさに意味が分からなかった。
意識が、一瞬一瞬で遠のく。
ようやく意味が分かった。
カウンセリングルームの下の階にある精神科のことだ。
私が所属していた宗教団体の幹部が院長をつとめている。
私は、院長に「あなたの来世はシダ植物」と言われて以来、行ってない。
いやだ!いやだ!と叫んだ。
行きたくなかった。二度とあの先生とは会いたくない。
ここで死んだほうがましだ。
信用できない。

体に力が入らなくて、先生が、
腕が下敷きになってると言って私の腕をとろうとしたけど、
全く力が入らなくて、自分で動かせなかった。

もういやだ!いやだ!と泣き叫んだ。
生きていたくない!もう生きていたくない!
ちくしょう!と怒鳴った。
涙と鼻水で、顔中めちゃくちゃで髪の毛がからんで、最高に醜かっただろう。

自分でいけますと言ったけれど、立ち上がれなかった。
立ち上がったけれど、気がついたらまた倒れていた。
支えてくれたけど、膝の力が抜けたら人間、ただのボロキレだ。
どっかで二度頭を打ったのを感じた。
気がついたら、また床の上だ。
嫌だ。もう嫌だ。

廊下に出たけれど、まっすぐ歩けなかった。
頭が痛くて痛くて吐きそうだ。
廊下でまた何度か倒れて、多分めちゃくちゃ先生に迷惑をかけた。
廊下の壁に頭を打ち付けた。何度も何度も。
先生に止められた。
なんで駄目なんだ!と怒鳴った。

目の前にポトスだか植木鉢があって、薙ぎ倒した。
それでも足りなくて足で思い切り蹴飛ばした。
土と水の匂いがした。

そこでまた気絶した。
気絶しなかったかもしれない。
ソファまで歩いていったけど、何かカバンから零れ落ちたのか、
バラバラ音がしていたけど、ソファに倒れこんだ。
もう何もかもどうでもいい。
いつまであと何回、私は呼吸困難で倒れればいいんだ。
先生が、何かカバンを拾うよ、とか言ってた気がする。
目の前に先生が現れて、診察券と来週の予定を渡された。
何かそのままずっと寝ていた。
そういえば、ひとりで生きるんだ、ひとりで出来るんだ、歩ける、と
財布にいつも入れている頓服を、ありったけ出して齧った記憶がある。
いくつ飲んだ?と先生にきかれたけど、どうでもよかった。
あの最低な診療所に連れていかれるのもごめんだし、
みっともなく痙攣した自分も嫌だ。
薙ぎ倒した私も、正体のない怒りをそこらじゅうにぶつけた私も。

もう生きていたくない!
は、最近よく言ってる気がする。
泣き言を言えるようになっただけ、ましなのかもしれない。
それとも、私とあやが混じっているのか。

今日も、あやが後ろにいた。
そういえば、帰りに電車の中でメールを書いた。
どこにも送らなかった。
自分のために書いた。
先生は、床で転げまわる私を見て、N氏と同じことを言った。
「1人で生きてやる、て頑張ってるのね」

死なない限りは、何があっても私は自分で立つと決めた。
でも、たまに死にたくなる。
手首を掻き毟りたくなる。

頓服を幾つ齧ったのか、持っていたシート全部なくなっていた。
ふらふらする。
帰りに、記憶にない買い物袋を山ほど下げていた。
どうでもいい。
美味しいフルーツパイが入っていたから、帰ってきて食べた。
当分、カウンセリングには行きたくない。




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境界性人格障害 | comment(2) |


2008/05/28 (Wed) プラスティック

また過食の衝動が起きてきた。
自分をコントロールできない。
あやのことを考えなければならなくなった。
途端、また駄目だ。
前回の過食数日で、明らかに太った。
もう食べたくない。
味わいもできずに、ぬいぐるみに綿を詰めるように、
力任せに食べ物を押し込んで押し込んで、
ふわふわと無意味に存在したくない。

「孤独」「不安」「寂しさ」が過食衝動の正体だとカウンセラーは言う。
そのとおりかもしれない。
一つ乗り越えたら、また一つ。
どうしても向き合わなければならないものが出てきて、
私はできるだけ先へ延ばそう延ばそうと、無意識に延期している。

来週にはやりますと答えていたけれど、今日、催促のメールが来て、
そうだ私はやるべきなんだと作業を始めようとしたら、
一瞬で過食の衝動が襲ってきた。

ひとりでは無理だ。
ひとりでは出来ない。
また解離したら、私はどうなるんだろう。
リストカットせずに済むのか。
吐かずに済むのか。
フラッシュバックせずに済むのか。

私は一人で、やり遂げられるのか。

自分への不信や不安は、いつもぼんやりしている。
平静な疑問でしかない。
この疑問は、恐怖かもしれない。
体に知らしめるべく、私は体に隙間なく、
1ミリの隙間もなく食べ物を詰め込まねばならないのかもしれない。

抑えきって、作業に向き合い、やり遂げられるだろうか。
呼吸が出来なくなるのも、失神するのも、痙攣するのも、
泣き喚いて、手首をかきむしるのも、もう嫌だ。
嫌なことなんて、もうないと思っていても、やはりもう嫌だ。

でも、やり遂げたい。
方法を、じっと考えている。
ひとりでやり遂げる方法。
過食も自傷もパニックも解離も眩暈も頭痛も、
全て抑えて、やり遂げる方法。
無傷の手首を、明日も明後日も守る意地を貫く方法。

誰かにそばにいて欲しいと願う。
ただ隣にいてくれるだけでいい。
でも、捻じ伏せる。
捻じ伏せるから、私の体内はこんなに空虚なんだろうか。
空虚ながらんどうの自分に、蓋をして生きている。
この隙間に食べ物を詰め込めるのと、誰かを道具にして詰め込むのと、
どちらがましだろう。
それなら食べ物を詰め込んだほうが、ましだと思う。
尊重することは苦しい。
この空虚は、何でも埋めることが出来ない。
分かっている。
虚ろながらんどうの体に蓋をして、
あっけなく砕けて割れてしまわないように、横たえていたい。
でも、割れそうで決して割れない気もする。
そんなに私は、弱くない。
ガラスじゃない。
せいぜいひび割れるだけ。
プラスティックでできた、からっぽの人形だ。
そうそう割れない。




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解離性同一性障害 | comment(8) |


2008/05/27 (Tue) 抱き締めて欲しかったけど




恋も情熱も、肉体と同じ。
血と同じ。
鼓動と同じ。


自分の足で走り出した時にはじめて、
呼吸の爆音と、血の濁流と、鼓動の地響きを
この耳で聞く。

抱き締めて欲しかったけど。

生きる限り、走れ。

もう戻れない。



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境界性人格障害 | comment(4) |


2008/05/26 (Mon) まだ刃こぼれはない

何があっても私は、一日一度は笑ってやる。
心の底から、生きている喜びを声にする。


何があっても私は、決意を手離さない。
諦めない。
決意は、最後まで貫いてはじめて決意になる。


ありのままの私を、ここに。
醜いものも、美しいものも、理性も狂気も、理想も現実も。
ありのままに、ここに。


ずっと誰にも話さなかったことを、ここに。
話すまいと戒めていたものを、ここに。

私が、私のために。
ここに綴る私を見てくれている、顔も知らぬ誰かのために。
それぞれで生きる、私の大切な友人たちのために。


生きる限り、やり通すと決めた。
最後まで貫いて、はじめて決意は決意になる。

もう一歩、前へ踏み出すことにした。




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日々日記 | comment(8) |


2008/05/25 (Sun) あやとやさしい魔女

「あやは、二番目だよ」
愛するひとに言われて、あやは、しっかり頷いた。
奥さんと子供が一番目。
あやは、二番目。
構わないよ。関係ないよ。
あやは、ひとりぼっちで世界で一番いらない子供だったから、
二番目なんて、夢みたい。
あやが、二番目になれた。
愛するひとの、二番目になれた。
誇らしくて、でも少し哀しかったけれど、そんな哀しさを味わったことがないから、
ツキツキ胸が痛くなるのは、何でだろう、と不思議に思っただけだった。
愛されると、みんなこんなふうに胸が痛いのかもしれないと思った。


あやは、何にも望みはなかった。
色々愛するひとが、あやにルールを教えたけれど、
あやは、ひとつひとつ、ちゃんと頭と胸の中におさめた。
いい子だね、と言ってもらえたら、嬉しくて嬉しくて、
にこにこ笑って、笑い声を立てて、
愛するひとのまわりを踊って、ぴょんぴょん跳ねた。


あやは、愛するひとが大好きで大好きで、ひとつになりたいと思うようになった。
でも、あやは2番目だから、お願い事はできない。
でも、どうしてもどうしても言ってみたくなった。

もし、あやが死んだら、あやの体を食べて欲しいのと、愛するひとに打ち明けた。
愛するひとは、同じことを考えてたんだよ、と驚いて、あやを抱き締めた。
愛するひとが死んだときも、あやが食べていい?と、あやは訊いた。
そうならいいな、と愛するひとが言った。
どうやって遺灰を渡せるかなぁ。
バースデープレゼントを渡す計画を立てるみたいに、
あやと愛するひとは、わくわくしながら、ちょっとしんみりしながら話し合った。
愛するひとと一つになれる瞬間の話をしていると、とてもとても幸せ。

あやは、胸のツキツキが塊になって、ぶわーっと膨れてあふれだして、
涙があとからあとから溢れてきて、熱くて苦しくて何にも言わずに泣いた。

愛するひとは、涙の理由を勘違いした。
勘違いしているのが分かったけれど、あやは黙っていた。
あやは、2番目だから、苦しいとか言っちゃいけない。

あやは、2番目だし、2番目なのにきっと、愛するひとが死んでも、
あやに知らされることはなくて、知らせてくれる人もいないことを、
あやは、愛するひとと話しているうちに、分かってしまった。

愛するひとの遺灰を食べることができても、意味なんて半分もなかった。
あやは、2番目のうちに、愛するひとのために死にたかった。
愛するひとに、食べてもらいたかった。
愛するひとの爪や皮膚や体液や髪の毛やヒゲになりたかった。

あやは、愛するひとに嫉妬した。
愛するひとは、あやを食べることができるのに、
あやは、愛するひとを食べることができない。
いいな。
愛するひとが、羨ましいな。

あやは、愛するひとの2番目になれたことで、
全部のお願いごとが叶ってしまった。
童話に出てくる魔女は、いつも突然あらわれて、かわいそうな女の子のために
素敵な魔法をかけてくれるのに、いつも魔法は解けてしまって、
魔法の代償を払わなきゃいけない。

愛するひとが与えてくれるルールは、魔法の代償。
痛くて苦しいことも、黙って胸に秘めて笑っていられたら、
その間は、魔法はほんのちょっと長く続いてくれる。

愛するひとを食べられない予感で、
あやは目の前が真っ暗になったけれど、
魔法のルールって、とてもとても厳しいんだな、と思った。
愛するひととあやは、死んでもひとつになれない。


関連記事(時系列順)

<セックスと。甘いいちごと。どろんこハリー。>
<あやを殺した男>
<赤ちゃんパズル>
<彼女の棺>
<彼女の死亡届け>
<眠っていたい>
<あやの誕生日>
<しましまのバビちゃん>
<記憶の単位>
<靴は はかない>
<名前を返して>
<心臓の血は苦い>



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解離性同一性障害 | comment(2) |


2008/05/24 (Sat) 手首に真白な小鳥

昨夜、くたくたの体で随分の時間起きていて、
ブログ以外の場所に、ずっと言葉を書き続けた。
書けば書くほど、自分に感情がなくなっているのを実感した。

飲めるだけの眠剤を飲んで、体を無理やり寝かしつけた。
朝、いつもどおりの時間に起きて、
その後もしばらく、ぼーっとしてベッドに横になっていた。

数年前のリストカットの痕が消えて、二度と切りたくなかった。
傷跡は、私の心を醜く汚し、卑屈にし、人を遠ざけた。
傷跡は私にとって、自慰行為のための性器の露出。
手首に性器を刻み付けることと同じ。
醜悪な自意識、暗愚の露呈、同情の強制、憎悪の攻撃。


一度切ったら、死にそうに苦しいとき、自動的に思い出す。
あの痛みと陶酔と安堵と絶望と希望の疼痛を思い出す。
数年前は、私はよく自分の腹に包丁を突き立てた。
服の上から、包丁を突き立てて、何十分でも押し付けた。
太腿にも、そうして切らずに突き立てた。
錯乱した私は、何年も何年も前の自分をきっちり再生するものなのか。

止めてくれた彼に、私は昨夜、怒鳴って泣き喚いた。
ひとりで生きているのに、頑張っているのに、
なぜせめて切っちゃいけないの?

美鳥さんは、そういうことをする人じゃないよ。

今やっと思い出した。
昨夜のことを、きっと半分は忘れている。
それとも、いまだに混乱して断片でしか思い出せないだけかもしれない。

彼が止めてくれなければ、私は一度のリストカットで、
今まで歯を食いしばって生きてきた日々全て破算した。
自分も誰も大切にできない、道具や玩具に元通りで、
私は私に失望して絶望した。
彼が言うように、本当の私はリストカットを嫌悪している。
彼が止めてくれなければ、私は私を裏切った。


投げ出した私の腕に、白文鳥のむくが飛んできて座った。
むくは、ふわふわと温かくて、袖からのぞく私の腕の上で
小さな柔らかい毛布のようだった。
むくがすっかり私に心を許して安心して甘えているのを見て、
その足の下にある、自分の左手首を見た。

傷がない手首を眺めているうちに、涙がこみあげてきて、
嗚咽を上げて泣いた。
止めてくれた彼に、初めて心から感謝した。
涙は、熱くて熱くて、昨夜から腫れたままのまぶたと頬に沁みて、
ひりひり痛んだ。

羽は柔らかくも、がっしりとした文鳥の爪と足が、
無傷の私の手首、柔らかい皮膚の上、しっかりと立っていた。





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2008/05/24 (Sat) 死臭の獣

私が憎むもの。

虚勢。
虚飾。
不誠実。
傍観。
綺麗ごと。
エゴで人を欺く、人を侮って平気な人間。


あや。

境界性人格障害。
人間不信で人間への恐怖の塊、見捨てられないためなら何でもする子供。
苦しさも悲しみも痛みも嫉妬もエゴも全て、甘く甘く、
甘ったるい悦楽に変えて生きている、自分も愛するひとも道具にしてしまう、
道具にしなきゃ、生きていけない堕落の子供。


私が命を使って成し遂げたいこと。

戦うこと。
自分と自分のまわりの人、まだ会ったことのない誰か、
苦しんでいる人、悲しんでいる人、病気でも病気でなくてもいい
必死で生きる誰かに、私にしか出来ないエールを送ること。
もたれあうのではなく、支えあえる自分になること。
1人で生きること。
泣き言は、1人で呟くこと。
誰かに弱音を吐くときは、自分も相手も傷つけないようにすること。
自分の痛みは自分で引き受けること。
せめて、誰ひとり巻き込まないこと。
私自身を尊重し、私が好きな人を尊重することを、
いかなるときにも諦めないこと。


昨日、したこと。

数時間の号泣。
合間に何度も解離、気絶、過呼吸、眩暈、頭痛、
疲れたあ疲れたあ、と号泣。
怒鳴った。喚いた。泣き叫んだ。
物を投げた。地団駄を踏んだ。
手首を掻き毟った。
1人で生きられると叫んだ。
頑張っていたのに、と叫んだ。
リストカットしなきゃ駄目だった。
阻まれてカミソリを手に出来なかった。
なぜだめなんだと怒鳴った。
包丁を掴んだ。
自分の太ももにザクザク突き立てようとした。
阻まれた。
何度も腕を掴まれて引き戻された。
力に敵わず号泣した。
絶望した。
包丁を自分の腹に突き立てようとした。
止められて、奪われた。
気が遠くなった。
息ができなかった。
助けてと叫んだ。
助けるなと叫んだ。
私は1人で生きられる。
帰ってと叫んだ。
号泣しながら喚いた。
世界中の人を、私を、友達を殺そうとしたこと。
両親と祖母に復讐するために15歳から生きてきたこと。
殺してやるとノートに書いた15歳の日のこと。
その計画のためだけに大学へも入ったこと。
生きてきた半分を復讐のためだけに生きてきたこと。
でも病気に阻まれ、それすら叶わなかったこと。

優しい言葉を口にしそうな雰囲気を相手から感じると、
嘘だ嘘だ嘘だ信じない信じないと、
彼の言葉をさえぎって泣いて怒鳴った。
怖い怖い怖い、殴るなら早く殴って殴ってと
地に額を擦り付けて絶叫した。
怖くて震えた。
倒れた。
震えた。
痙攣して、呼吸が出来ず、キチガイみたいに痙攣した。
あやがいた。
ずっとあやがいた。
憎んだ。
死ね、あや。死ね、怠惰な子供。私の子供。あの男の子供、あや。
暴れた。喚いた。
包丁を投げ捨てた。
マシンガンがほしかったと喚いた。
世界中の人間を殺してやりたかったんだと泣き喚いた。
過去なのか現在なのか分からない。
完璧に作ったメイクは、涙と鼻水で全部流れた。
髪はめちゃくちゃになった。
汗と涙と汗なのか失禁なのか、どろどろになった。
体から生臭い獣の臭いがした。


昨日、この私がしたこと。

自分を見捨てようとした。
絶望した。
大事な人を汚した。
担うべき責任を取らなかった。
過去に呑まれた。



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境界性人格障害 | comment(2) |


2008/05/24 (Sat) ありのまま書く

ありのまま書く。
そう決めて、ありのまま書いてきた。

ありのまま書きたくないことが、今日たくさんあった。
1人暮らしのこの部屋で、どれだけ私が醜態を晒そうとも、
1人ならよかった。
一番見られたくない人に、一番最悪な姿を晒したのかもしれない。
全ての症状が全部出た。いちどきに出た。
最悪な状況なのかもしれない。
感情がなくて、今はよく分からない。
状況も把握できていない。
今日、ついさっきのことなのに記憶が断片的にしかないからだろう。


それでも、ありのまま書くと決めて書いてきた私は、
虐待や心の病気への理解に少しでも繋がることならば、
やっぱり、今日のことも、ありのまま書くのだろうか。
明日の私なら、思えるかもしれない。
この目的のためには、
私個人の恥だとかプライバシーだとか、
私はどうでもいいから。

思考が停止している。
くたくたに疲れた。
本当に疲れた。

疲れたのだろうと思う。
さっき、友達に今日あったことを少しずつ話してみたら、
きっと疲れてるから寝たほうがいい、と言われた。

私は、1人になるのが怖くて、チャットを落ちるのが怖かった。
でも、ちゃんとけじめをつけるのが私の気概だろう、と自分に言い聞かせた。
友達は、私の怖さも、私の目標も、どちらも知っているから、
どちらも理解してくれた。
それが分かったから、私は頑張れた。
泣きながらログアウトした。


今日何がどの順番で起こって、何がどうなって私がどうなったのか、
混乱していて、全くよく分からない。
記憶も断片的にしか思い出せない。

ありのまま書く。
明日は、書ける私になっているんだろうか。
どんなことでも、どんなにみっともなくても、どんなに馬鹿げていても、
どんなに哀れで醜くて悲しくて悲しくてたまらないことも。
ありのまま書くのだろうか。

体は、くたくたらしい。
疲れているのに、寝るのが怖い。
でも、せめて寝る努力をしよう。



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境界性人格障害 | comment(5) |


2008/05/22 (Thu) ある日の過食の記録

過食が最悪だったときに食べたもの。
残っているレシートとゴミと記憶から、数日前に書いたリストだ。

サンドイッチ一袋 
エビカツドッグ1つ
大学芋1パック
牛乳1リットル 
食パン2枚 
芋けんぴ1袋
アイスクリーム4個
コーンフレーク1箱(記憶にないが、消えている)
クリームコロネ1つ
焼プリン1つ
焼き魚1匹
そうめん2,3束 
甘栗1袋 
ポカリ1.5リットル
お弁当二つ
枝豆1カップ 
カシューナッツ(記憶が曖昧。多分2?3袋)
おにぎり二個
オレンジ一個
シフォンケーキ一袋
ポテトチップス一袋
パイの実一箱
フルーツゼリー二つ


過食は、多分13日から15日の昼までにかけて。
上に書いたリストの食べ物は、主に14日に食べた。
寝る五分前までの4時間で一気に食べた記憶がある。
実際は、もう少し時間をかけたかもしれない。
曖昧だ。

普段、私は殆ど食べないし、食べても一日二食、
月の半分は、空腹でも何が特別食べたいというでもないことが多い。
それに比べると、個人的には私にとって凄い量だ。
よくぞこれだけ、入るものだな。

私と「あや」の境界線だとか、システムだとかコントロールだとか、
説明できたから、てっきり把握できたと思ったが、
コントロール方など、そんなに簡単には分からないものらしい。
もう過食は制御出来ると自信を持ったのも束の間、
17日にも、また過食。

この数日で、あっという間に太った。
昨日、久しぶりに出かけたときに、そう感じた。
最悪だ。
1人の部屋で、次から次へと胃に詰め込んで詰め込んで、
それでも隙間が空いていて、隙間が許せなくて、また詰め込んで。
吐きそうにはなっても、吐きたいとは思わなかった。
ただただ、隙間が空いている違和感が強すぎて、衝動だけだった。
延々天を目指して積み上げる積み木のようで、
せっかく積み上げたものを崩すことなんて出来ない。
吐くなんて、考えられない。
これだけ食べても、まだまだ足りなかった。

1人暮らしは、こんなときに良いのか悪いのか。
客観視することがないからなのか、それとも解離でぼんやりしていたのか、
悲劇的な感情は、殆どなかった。


昨日から私は元気で、安定してきた。
普段動けない分、動けるときには、やりたいことをすぐにやることにしている。
お陰で、急遽呼び出された友達2人とその子供2人。
友達の家へ手伝いに行ったり、子供達と遊んだり、
友達とご飯を食べたり、写真を撮ったり、楽しかった。
昼間に瞬間には気絶したり、手が震えたり、呼吸困難になったり、
そんなことは相変わらず、合間合間にやって来る。

また、過食が止まらなくなる時が来るかもしれないけれど、
主治医のN先生が私によく言ってくださる言葉、
「何をしてもいいんです。ただ、この体だけは残してください。
ただ生きていればいいんです」
を心に留めておこうと思う。



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境界性人格障害 | comment(0) |


2008/05/20 (Tue) 脳内印税生活

うさぎは寂しいと死ぬというけれど、関西人は笑いがないと死ぬ。
吉本新喜劇は、だいたい毎週欠かさず見る私。
体調不安定でも、心不安定でも、とにかくアホの精神を忘れてはならんな、
と、よく自分に言い聞かす。


ブロガー友達「道草日和」のhimaちゃんと、しょっちゅうアホな話をする。
とにかく、くだらない。
くだらないから、最高なのだ。
面白くて面白くて、
笑ってるうちにあっという間に時間が過ぎる。

ある日、「○○力」「○○の品格」なんかの
タイトルで売る本が目立つね、と話していた。
「鈍感力」のヒットから始まって、とにかく「○○力」が増えた。
「国家の品格」が出ると、次々と「○○の品格」が。
そこそこ売りが見込まれるから、出版されるのだろう。
いわば、タイトルで買わせる本が増えているのでは、あるまいか。
あざとい売り方だ。
しかし、逆手を取れば、売るチャンスだ。

タイトルひとつで、夢の印税生活。

そこから、「金の匂いがするタイトル」を、
私とhimaちゃん、2人で考える遊びが流行りだした。
誰もが一度は夢見る印税生活。
安易なやらしい妄想こそ、
具体的に想像すればするほど、おもろいのだった。
世のニーズをリサーチし、ああだこうだとアイディアを真剣に、
しかしあくまでアルコールなど片手に、わーわー言い合う。
そして出来上がった本。
なんと素晴らしいものか!
これを買わない人は、いるであろうか。いや、いない。
考えるのも2人なら、評価するのも2人。
誰も異論は唱えぬ、脳内大ヒットだ。

これ、絶対売れるよ!
50万部はかたいな!
うちら凄すぎ!


何ともいえぬ満足感。
夢は、どこまでも膨らむ。
あくまで、脳内で。

その夢を、ひまを(himaちゃん)が、形にしてくれた。
コレ↓↓




商品の説明 
たとえばあなたの周りの
チョット好みじゃないなっていう人の顔を良く見てみよう…
あ?らふしぎ、みんな美男美女に見えてくるではないか。
それが妄想力。人生を幸せに生きるコツなのです。(ひまを)


著者からの内容紹介
核家族、高齢社会を迎えた現代人の心の砂漠化に警鐘を鳴らす、
灰色の味気ない日常を、胸躍る毎日へと転換する、画期的妄想力への手引書。
※一部未成年に不適切な表現が含まれますので、
未成年者の場合、保護者同伴の元、ご購読ください。(みとり)






商品の説明
国民総ブロガーのこの時代、
いかにブログで自分をみっともなくさらすか?という
「自意識のコントロール」がテーマ。
やや学術的な内容を具体例もふんだんに盛り込みながら
わかりやすく記す。(ひまを)


著者からの内容紹介 
とある作家は、言った。
「書くとは、自意識をこらえきれずにおもらししてしまう、
恥ずかしい失禁状態なのである」と。
表現者の真髄に迫る、かの名言を解説。
終章:「ブロガーよ、失禁を恥じるな - ブログ新時代を読み解く-」
ブログ最盛期の今、ブロガーの在り方を問う、渾身の著作。(みとり)



どちらのタイトルも内容も、2人で考えた完全オリジナル。
本のジャンルは、何となくそのときの話題とのりで決まった。
リンク先が、こってる。
まるで、アマゾン!!
一銭も入って来なくても懐があったまる気がするのは、なぜだろう。
皮算用で、にやにやできる自分たちサイコー。
こういう遊びが、大好き。


妄想本のアイディアが、意外にも面白すぎて、早速3冊目に取り掛かり、
現在、タイトルは決まって、装丁デザインの段階だ。
ひまをと、めぢからみとりの共著、第3作目、
当人たち以外、さして興味ないかもしれないけれど、出来たら発表する予定。

ひまをが見つけてきた、画期的サイト。
皆さんも、ぜひ遊んでみてや!

エア新書 http://airbook.jp/

私よりあからさまに欲望むき出しなタイトル記事
ひまを◇夢の印税生活


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大阪駄文 | comment(8) |


2008/05/18 (Sun) 人格の海

12日は、まるで記憶がない。
これだけは、変わらない。
13日、14日の記憶が、ひとつだけある。

私は、海になっていた。
例え話じゃない。
本当の話だ。
今、こうしてキーボードを打つ私が現実、寝ていて見る私の夢、
それと別に、例えば現実で誰かと話しているときに同時に私の内側に見える誰かの姿、
同時に私だけに聞こえる声、幻覚や幻聴に似た、
現実と夢の狭間に存在する私の内側の世界に、海があった。

どこまでもどこまでも続く、白い海が続いていた。
深くて広い。
正確な深さは分からない、海水が白色だから。

そこに、私が溶けていた。
あやも、溶けていた。
私とあやは一つの液体になって、広い広い白色の海に漂っていた。
私とあやとの仕切りが、なかった。
私は溶けて薄まっていて、意識はぼんやりして、思考は働かなかった。
あやも溶けて薄まっていて、だけど漠然として「寂しい」「孤独」という感情が
混ざり合う私の全体を支配していた。

どうした拍子にか、14日の夜9時くらいから、
私とあやの境界線が再構築されはじめた。
境界線は、ぶよぶよとしたゼラチン質で出来ていて、
普段はある一定の浸透圧を持っていて、
この境界線である壁がどれだけ形を維持するかで、
私の意識や感情や物理的時間に影響を及ぼすのだと思った。

14日の私には、感情がなくて、飛べない老文鳥の移動を手伝ってやらなかった。
数時間後も同じ場所で立って、移動できずに待っているももを見ても、
まだそこにいたのか、と思っただけだった。
14日の、現実世界での記憶だ。
感情がないことは、恐ろしいことだと今になって思う。
最低な私だった。


私とあやとの境界線は曖昧で、あやの感情が流れ込んできて、苛々した。
あやが混じったままの私で、N氏にメールを書いた。
そうしたら、恋愛感情がどうのと思ってもいないことを書いて、誤解を呼んだ。
後日、私がすっかり戻ってきたときに訂正のメールを書いた。
自分が書いたメールを訂正するのに、私が怒っているという、
わけの分からないメールになった。
N氏は、自分が怒られていると感じないでいてくれたらいいのだけれど、と
これもまた、更に自分が戻ってきたときにメールを読み返して思った。

混じり合っている私は、あやに対して自動的に共感するらしく、
15日のカウンセリングに行く直前まで、孤独感が拭えず過食を続けていて、
思うことは、11日にあやが言った「パパとママだ」という言葉の意味だった。

あやは、永遠の「理想のママとパパ」を探してるのかもしれないな、と思い、
涙が止まらなくて泣いた。
あやが不憫でたまらなかった。
いつもは、腹が立って仕方ないのに、15日の午後までは、あやのために泣いた。
カウンセリングに行く道すがら、思った。
あやを切り離さないと厄介だ。
切り離せ。
切り離せ。

カウンセラーから「切り離しておいていい」と言われたことで、
私は、自分とあやの間を隔てる仕切りを再構築できた。
帰りには、過食がすっかりおさまっていた。
「過食は私の症状じゃない。寂しいのは、私じゃなくあやだ」
と言った言葉に、カウンセラーは頷いた。
あやとの仕切りをパキッと作ったことで、過食がぴたりとおさまった。
だから、私は安心した。
私が把握しているシステムは、正しいらしい。
あの海に溶けて漂っていた時間も、無駄ではなかったらしい。

翌16日に病院へ行って、同じ話をした。
医者が「解離性同一性障害に限りなく同じ」という言い方をした。
このスッパリと言い切らない言い方はもっともで、こういうものだ。
診断まで時間をかける。
曖昧な形で私の診断書に現在まで書かれているのは「自我同一性障害」。
けれど、そんな正式名称の病名は存在しない。
医者も、わけていていいのだと言った。
また、海での様子だとか、私とあやの間にある有機的な仕切りだとか、
過食だとか、過食を止める、あやとの境界線を再構築する話だとか、
どれも自身できちんと把握できている、システムを統括しているのは、
今あなただから大丈夫だ、と言われた。

病院へ行く前に一緒に食事した友人N氏と話していて、
11日に私が「人格がずれそうだ」と言った瞬間、その前から、
私の異変に気付いていたことが分かった。
放置していたら、交代したのだろうかとN氏は言ったけど続けて
「そのまま美鳥さんが戻って来れなくなったら、最悪の事態だ」と言ったから、
鳥肌が立ちそうな恐怖に襲われた。
戻ってこなくなるとは、あの海からだろうか。
それとも、どこか別の場所だろうか。
私は行ってしまうのか。
どこへ行って、どこから戻って来れなくなるんだろう。
死への恐怖は、こういうものかもしれない。
私は、一体どこへ消えてしまうんだろうという恐怖。


12日と13日の記憶の空白を、私は埋めることができない。
だからといって、今のところ困っていることは何もない。
ただ、私とあやの境界線が曖昧になると、物凄く苦しいのだと分かった。
孤独や寂しさに漠然と支配されて、ただピンク色の海に漂っているのは嫌だ。
私は、私でいたい。
ただ、あの海に溶けていると、そんな自我まで消えてしまう。
海のような果てしない意識の世界に、私は漂っていた。
寂しさと孤独のぬるま湯がどこまでも広がる世界だった。
ぬるい孤独に、ゆるゆると全てが溶けて、人格も記憶も感情も溶けていた。

あのときが、現実の何日を指すのか分からないけれど、
物理的に私の体はどうなっていたんだろう。
私でもなく、あやでもなく、二人とも溶けていたから、
体には人格は宿らなかったのだろうか。


その後、16日、N氏と病院から私のマンションまで、普通なら15分だろうか。
そこを1時間かけて帰った。
最悪な体調だった。
あやと交代された瞬間が3度。
当の私は、眩暈と頭痛と眩しさで意識が朦朧としていて、
最悪な体調だったのに、暢気なセリフを何だったか言ったのが聞こえた。
「今、美鳥さん?今、誰?」と彼が訊いてるのは、聞こえた。
どうだっていい、そんなこと、とにかく倒れたい、倒れてしまいたい、そう思っていた。
2,3度の瞬間をN氏に確認しようと思う。
自暴自棄な気持ちに似ている。
何か始めるとき、わたしはいつも自暴自棄だ。
そうでもなければ、現実と対峙する勇気は湧いて来ない。



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解離性同一性障害 | comment(9) |


2008/05/18 (Sun) ここに居たい。明日も居たい。

解離性同一性障害か何なのか、
カウンセラーと医者と私の見解が全て微妙に異なって、今日まで来た。

私は、出来るだけ考えまいとして、病名などどうでもいいと思ってきた。
苦しくなければ、それでいい。
自分の中に他人が見えたとしても、声が聞こえたとしても、
それがどうしたというのか。
自分が誰だか分からない苦しさは今に始まったことではないし、
失語症やパニック障害や、延々続く微熱や眩暈のほうが苦しい。
希死念慮の方が苦しい。
いっぺんに、あれもこれも症状を抱えることのほうが、苦しい。
今は、まし。
前よりも100倍ましで、100倍幸せ。
だから、今新たに何か症状が加わったとしても、加わらないとしても、
したいことが出来るのならば、私は何でも構わないと思ってきた。


今年に入ってから、私の中に他人が住んでいるような違和感が強くなった。
たまに、解離が酷いときに、見えるようになった。
何が起こっているのか分からないまま、はっきりしていることが一つあった。
「あや」という私の中の人格(と呼ぶべきなのか)に対する感情が、
理由も分からず、愛情から憎しみ、怒りへと変化してきたことだ。
医者とカウンセラーに確認したが、今年の頭までは私は「あや」という名前を
口にするだけで悲しくて悲しくて、自動的に号泣する有様だった。
今の私は、「あや」という言葉を口にすると、同時に怒りがこみ上げる。
憎しみと呼んでもいい。

医者は、それでいいと言った。
「あや」に自分の辛い体験、切り捨てたいものを押し付けて、
人格ごと切り捨てようとしているから、それでいいのだと言って、
解離性同一性障害と変わりない症状だといった。
それが、数ヶ月前だったか。

カウンセラーは、「あや」を知っている。
正確に言えば、私が「あや」と名乗り生活していた5年ばかりを知っている。
その間もカウンセリングに通っていたし、あやは恋人のYを連れて
一緒にカウンセリングを受けたこともある。
カウンセラーは、解離性同一性障害ではないのかと恐れる必要はないといった。
医者と同時期に、相談するとそう言った。
むしろ、あまり考えないように、意識しないようにと言った。
「あや」と「自分」を意識すればするほど、人格とは分裂するものだと言った。
分裂が怖くなり、空白の時間や記憶にない行動が怖くて、
自分の内側に見える人物も気味が悪くて仕方なかった私は、悩んだ。

その末に私は、
カウンセラーと医者と自分自身の感覚、
3者の見解のちょうど間を取るようにしてきた。
今の私が取り得る最善の姿勢だと思った。
実際、どうでもいいとも思った。
全ては今始まったことでもなく、いつでも目の前の症状一つ一つに当たっていくだけだ。
苦しくないなら耐えられる。
後回しにすればいい。
特別な病気とも思わなかった。
幻覚や幻聴、記憶が飛ぶことも、私にとって特別なことじゃない。
ただ、解離性同一性障害という名前がつくかつかないか、それは医者が決めればいい。
「自我同一性障害」が、「解離性同一性障害」に変わったところで、
どんな病気が追加されたところで、私は変わりない。


けれど、
私「美鳥」と「あや」の人格の境界線が、明確に見えた。
11日に、ブログ友達とN氏の前で調子を崩し、12日は一切記憶がなく、
14日と15日で、過食と共に、私とあやの境界線が見えた。
私に感情がなかった日でもあった。
15日にカウンセリングで確認して、16日に病院へ行って、確認した。
けれど、昨日17日に、また私は記憶がない。
1日中、何をしていたのか、私がこの世に存在した痕跡が私の中にない。

カウンセラーに相談して、カウンセラーが前回、言った。
放置するしかないという問題ではない、と。
私とカウンセラーと医者の見解を、
これから合わせて、私自身を正確に把握していくことになった。

放置していても、私は私、あやとの境界線も、確かに存在して、
この壁の変容で、「私」が消えたり溶けてしまったりする。
過食と無感情と意識の消失と、眩暈と頭痛と吐き気がする。

過食は苦しい。
無感情は、恐ろしい。
瞬間的に入れかわると自分の耳で、声を聞かねばならない。

苦しい。
苦しさから、逃げ場がなくなった。

何から書いていいのか分からない。
書き散らしているのに、纏まらない。
私が戻ってきたと思ったら、すぐに失った。
昨日、私は存在しなかった。
怖いのか悲しいのか腹が立つのか、何を感じていいのか分からない。
ただ書くことを止めたくないと思った。

私の状態を、友人から届いたメールへの返信に書いた。
過食のリストと、16日に友人と三言話したあやのこと、
15日前後、私とあやがいた海のこと、11日の瞬間のこと、
16日の体調が最悪だったときのこと、17日のこと今日のこと。
混乱する。

友人は多分、無意識に口にした。
「美鳥さんが戻ってこなくなったら困る」
その言葉が、すごく怖いし、すごく嬉しい。
Yにとっては、私は「あや」だ。
きっと、今でも愛するひとにとって、私は「あや」だ。
でも、今は違う。
今の私は、違う。
私は、ここにいる。
私の大切な時間と、私の大切な友達と一緒に、ここにいる。
逃げないのが、私らしさなら、私が漂っていた海、私の中の心、
あやとは違う、私が見ている私の心の中とシステムを、
きちんと把握して、きちんと書く。
私の言葉で、書く。

新しい友人、大切な関係、今あるこの時間、これが私だ。
私はここにいる。
ここにいたい。

◇胃の腑にスポンジを詰めても詰めても足りない(カウンセリングの記録 2008.5.15)
◇フラッシュ(病院の記録 2008.5.16)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

皆さん、いつも読んでくださって、ありがとうございます。
限られた時間しか活動できません。
お返事が遅れています。申し訳ありません。
必ずお返事書かせて頂きます。
読んでくださる方がいてくださって、私が存在できています。
お一人お一人に、心から感謝します。



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解離性同一性障害 | comment(2) |


2008/05/16 (Fri) フラッシュ

カウンセリングでの一番重要な後半を書こうと思っていたけれど、
途中で書くのをやめて、今日に至る。
そちらの続きを、明日書こう。
昨日は、まだ「私」が安定していなくて、うまく表現できなかった。
今日は、今日あったことを書く。

12日は、どう考えても記憶が一切ない。
いつから過食していたのか、
とにかく異常な量食べて胃腸が荒れたらしくて、口内炎ができかけて、
更に肌が荒れた。
数日で食費がやたらかかった。
過食には、こんな二次被害もあるのだと実感した。

昼に駅前で友達と待ち合わせて、お昼を食べた。
バナナトーストという得体の知れんものを頼んでみたら、案外美味しかった。
今日には、完全に過食が止まった。
原因が分かったから、自発的に止めることができた。
食欲が普通になったことで、安心した。
味わえることも安心したし、
あの永久に満たされないだろう空虚な感覚を思い出すと、
食べ終わったときに、ご馳走様でした、と
手を合わせることができる自分が、心から有難かった。

過食と、過食を止める仕組みを発見したことと、12日のこと、
13日?今日までのことを、
友達に話してみたけど、全然伝わらなかった。
話を聞き終えて、いつも友達は、こういう意味か?と
私に確認してくれるのだけれど、それはいつも違っているのだった。
共通言語がねーよ、とお互いに笑い合う。
でも半分真剣に話し合った。
理解しようとしてくれる友達に対して、どう説明したものか。
書くより話す方が苦手だから、書いてみてメールででも送ろうと思う。

病院の予約時間まで、天気が良かったから、一眼レフ片手に
近くの小さな小川に散歩に行った。
マグロみたいな巨大な鯉が泳いでいて、赤ん坊くらいは背中に乗れそうな大きさで、
「でかっ! ・・・・でっか!」
と、二人でツッコミを入れた。
亀もいた。
楽しかった。
すっかり夏のような気温で、歩いているとうっすらと汗をかいた。
風が気持ちよかった。
駅前で、また写真を気儘に撮った。大好きな一枚が撮れた。
友達と色んなことを話した。


病院では、数日のことを話していると抑えられずに泣いた。
何に泣くのか、なぜ泣くのか、不思議な部分もあった。
過食を止められた自分なりの理由を、N先生に話した。
「過食は私の症状じゃない」
と話してみたら、先生が肯定してくれたから、
ここ数日で出した結論で間違っていないんだと思った。

過食は、あやの症状であって、私の症状じゃない。
そのことを自覚できていること、きちんと自分を客観視できていること、
結果的にシステムをコントロールできていること、
N先生から一つ一つ確認してもらい、自分の成果として認めることにした。

12日に、私が<誰かと交代>した可能性はあるのかと訊くと、
その可能性は高いという。
昨日、カウンセリングに行って良かったと思った。
いよいよ、自分とちゃんと向き合う時が来たような気がした。

帰りは、解離がひどくて一瞬で意識が飛ぶから、
自転車を押して歩くのが精一杯だった。
気分が悪いのと、頭痛がひどいのと、三半規管がやられたのとで、
前カゴにカメラが入ってなければ、とにかく放り出して
道路に倒れこみたかった。

友達が手を貸してくれようとしたけれど、とにかく喋り続けて、と頼んだ。
自分が誰だか分からなくなってきていて、ぼんやりした焦燥感に包まれた。
照りつける日差しが眩しくて眩しくて、
世界中の全部がフラッシュで白飛びするような感覚で、
「世界に刺激がない」とか、わけの分からないことを言ったのは覚えている。
友達が隣で「風が吹いてる」とか言ってくれるのが聞こえた。
でも、音もどんどん遠くなって、視界が暗転して、
私が目を閉じていたのだろうか、
どんどん自分が遠くなって、昏倒の一歩手前にいる、と思った。

二言、三言、多分三言だ。
友達と、あやが喋った。
私は、ふらふらになって自転車を押し続けて歩き続けて、
とにかく帰りたい、帰りたい、と友達に訴えた。
自分が誰だか分からないことも伝えた。誰だか分からなかった。
他人がいると、余計に自分がどれだけ自分から離れているかが分かって、
いいことなのか悪いことなのか、まるで分からない。

ふらふらになりながら、たこ焼計24個、
お昼奢ってもらったかわりに買って帰って、家で友達と食べた。
関西人なのに、友達はたこ焼きにマヨネーズをかけないことを知った。
だから、半分はソースのみ。あとの半分は、しょうゆマヨ。
美味しかった。


いつもどおり、自分が戻ってくると何事もなかった気がした。
本当に私の表情が、全く何事もなかった顔をするらしくて、友達は不思議だと言う。
私は私を外から見ることが出来ないから、分からない。

でも、すごくすごく今疲れていて、結局ベッドに潜り込んだから
いつものパターンと思ったのか、友達が笑った。
私も、何だかおかしくて笑った。

今日は、楽しかった。
泣いたこともあったけれど、頑張った。
友達もいてくれて、治療も受けていて、私が私でいられる。
私が戻ってきたから、大丈夫。
今週は、学んだことがたくさんある。
昨日のカウンセリングでのことも、今日の病院でのことも、
私にとって、大事なターニングポイントだから、あらためて書こうと思う。




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治療日記 | comment(2) |


2008/05/15 (Thu) 胃の腑にスポンジを詰めても詰めても足りない

<カウンセリング 2008.5.15>

今日の昼まで、カウンセリングに出かける直前まで
「私」は不在だった。
空っぽで、人格の椅子に誰も座っていないどころか、
椅子すら見当たらない状態だった。
友達と話していて、感情が幾分戻ってきた。
私一人では、無理だった。
戻ってきたから、少しの自分を奮い立たせてカウンセリングへ行った。
カウンセリングへ行って、自分をやっと整理できた。

10日の夜中のパニックの発作から始まり、
11日の夜から記憶が飛んで、
多分、それは「パパとママだ」◇記憶も感情もないの声以来、
そして12日は丸ごと一日、13日はブログを書いたとき以外、
「私」の記憶がないことが分かった。

昨日14日は、まだ「私」がいなかった。
自分自身が薄くて、とらえどころがなかった。
それでもブログの記事を読んでみると、
それなりに客観視できていたことが分かる。
12日?14日までの状態を、出来る限り把握することができた。

今日の昼まで、何か食べていた以外の記憶がなかった。
とにかく食べた。
手当たり次第に食べ続けて、食べても食べても胃に隙間を感じて、
その隙間が落ち着かなくて、また食べた。
そのうち、液体を流し込むことを思いついて飲んだりしたけど、
満腹感も満足感も永久に得られない気がして、
とにかく自分の体内の隙間が妙にくっきり意識されて、
埋めても埋めても埋まらないのだった。
食べ物の袋を開けた瞬間から、次に何を食べようかと目線が定まらない。
目の前の食べ物を機械的に口に運び続け、なくなれば次へ、また次へ。
もうやめておこうとか、満腹だとか一切感じない。
ただ、足りない足りない隙間があいている、胃に隙間が、と
強迫観念にかられて、食べ物を詰め込み続けた。
過食というものを初めて体験した。
独特な空虚感だ。


体験した、と過去形で書けている今は、少しおさまった。
カウンセリングに行ったからだと思う。

カウンセリング直前も、私は近くのコンビニへ駆け込んだ。
カウンセリングまで5分あることを時計で知って、
5分あれば何かが食べられる、と思ったのだ。
コンビニへ行っても、ぐるぐると店内をまわるだけだった。
満腹だから、何を見ても食指が動かない。
本当は何も食べたくなかったのだと思う。
でも、結局パンとコーヒーを買い込んだ。
カウンセリングルームの待合室で、
時間ぎりぎりまで体内に食べ物を詰め込んだ。
一切、味わおうとか考えなかった。
体内の、スカスカな隙間を埋めるべく、
どこまでも縮んでしまうふわふわのスポンジを詰めて詰めて、
まだ詰め足りない、
そんな感覚に襲われて、ただ食べることしか頭になかった。

ぎりぎりに食べ終わり、カウンセリングが始まった。
相変わらず、カウンセラーと向かい合って座っても、
最初の一言は何も浮かばなくて、苦しいことも不安なことも悲しいことも、
特に話すことなどない、といつものように思った。

しばらく無言でカウンセラーと見詰め合って、ああそうだ、とぼんやり思いつき、
過食のことを話した。
カウンセリングを受け始めた7年前からずっと、
それ以前から、私の症状の中に「過食」が表れたことはない。
なぜ今このタイミングで過食が出たのか、
そんな話から、今日のカウンセリングが始まった。
結果的に1時間のカウンセリングの間、私は号泣した。
殆ど泣いていたように思う。


過食は、寂しさや孤独感から来るとカウンセラーは言う。
確かに、この数日、寂しさ、孤独のために、私は過食に走っているようだ。
食べ物は、愛情なのだとK先生は言った。
詰めても詰めても足りない私は、絶望的な孤独感や不安に苛まれていたのだろうと。
私に自覚は一切ない。
いつものことだけど、不安や孤独や辛さ苦しさを自覚できない。
そのかわりに、食べ物を詰め込んで詰め込んで、
吐きそうになっても、満腹でも、まだまだ足りない、と感じるんだろうか。
脳の満腹感を報せる機能が壊れてしまったようだ。
わずか数日で、満腹感というバロメーターが狂ってしまった。
胃の底が抜けるまで、放っておいたらどれだけでも食べ続けるだろう。

過食は、あやと関係があるようだ。
曖昧にしてきた、私の中の他人「あや」が、ここ数日で私と深く関与した。
だから私は過食に走り、今の私は過食を最小限に抑えることができている。

逃げられないところまで来た。
現実と向き合うときがきた。
私の心の構造について、考えなければならない。
「あや」から、ついに逃げられなくなった。


明日の病院までに、今から自分を整理する。



◇カウンセリング2008.5.15 後編に続きます。


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治療日記 | comment(8) |


2008/05/14 (Wed) 孔雀の羽 ? 自我同一性障害 -

必要があって、N氏にメールした。
独り言じゃなくて、誰かに伝える言葉は、いつもよりましな力を持つ。

数日前から自覚のない孤独感に支配されていることに、たった今気付いた。
友達とN氏の話を聞いていたとき、私は思わず自分はおかしいと感じた。
あまりに自分に確かな記憶がないから、具体的に話せることは、ほんの僅かだ。
SMのことだけかもしれない。
N氏も、そう言って笑っていた。
美鳥さんは、SMのことだけは具体的に話すから良く分かるんだよなーと。

私は、自分のことが分からない。
今に始まったことじゃないけれど。
それでも、好みだとか考え方、感じ方、
随分「私」と思えることが増えてきたように思う。
それでも、まだ足りないと思った。
肝心な何かが私から、すっぽり抜け落ちている。

失語症の劣等感も思い出した。
私は、話すのが下手。
感情表現が下手。
自分のことをうまく他人に伝えられずに、人をいらだたせてしまう。
まるで煙に巻いているように、思われてしまう。

実際はそうでなくても、怖くて言葉を口に出せない。
言葉を信じてない。
言葉は私の道具になってはくれない。
違う。違う。違う。
いつも言葉にしたはなから、否定したくなる。


医者とカウンセラーと私自身、
それぞれに見解が異なる「あや」という人格。
医者はDIDといい、カウンセラーは初期症状ではあるが違うといい、
私自身は専門化でもないから、ただ感覚的に捉えているだけ。

その「あや」と私の間のしきりみたいなものが、ここ数日緩んでいる。
あやが見ている夢を、私も横で見ている。
一番の異変は、11日のあの瞬間だ。
友達とN氏と、心から寛いで話していたときに浮かんだ声、
「パパとママが揃った」は、あやが大昔、カウンセリングで言った言葉。
笑って、はにかんで、嬉しそうに言った言葉。

あやの感情が流れ込んでくる。嫌だ。
私は、彼女の存在を憎み、彼女と私は違うとの自負が私を支えているのに、
ここ数日の私は、考えるともなく、あやに共感している。
「寂しい」とか「孤独」とか、私が考えるはずもないことを考えている。
私の体の中に、「私とあや」という二人きりのような気がして、
誰にも分かってもらえない孤独感を抱えているから、
まるであやが自分の味方になりはしないかとすら考えている。
彼女を、私が庇護せねばならぬのではないかとすら考えている。
孤独感が、ひどい。


世界中から自分を隔てて、どこかに閉じ込めてしまいたい。
ペンと紙だけ持たせて、ただひたすら全部吐き出させてしまいたい。
全部言葉にして、吐き出せばいい。

役に立たない言葉も、吐き出す道具としてなら使える。

ローマ時代、ご馳走を朝から晩まで食べ続けるために、贅を尽くした貴族達は、
孔雀の羽を常用していた。
羽を喉に突っ込んで、全部吐いたら、またご馳走が食べられる。
吐け、吐け、と喉に言葉を突っ込んで、何もかも吐き出さなきゃ、
次の美味しいものが食べれない。



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解離性同一性障害 | comment(6) |


2008/05/14 (Wed) 記憶も感情もない

ひどい解離と過食だ。
時間が飛ぶ。記憶がない。
時間に、実感が伴わない。

起きている間は、何か食べている。
昼に買い物に行って買い物袋1つ半分、数時間で食べてしまった。
いつもなら4日分くらいの量。
食べ始めたはなから、次に何を食べようかと考えている。
吐き気がする。
もう食べたくないのに、また食べる。
味わうというより、どんどん詰め込んでいく感覚。
詰めても詰めても隙間が空いている気がして、また詰め込む。

味わうことがないから、おかしいと思った。
過食なんだと思った。
私は、一体どうしたんだろう。

数日前を遡ると、記憶がすっぽり抜けた12日が、やっぱり気になる。
それ以上に、その前の11日が気になる。
カウンセリングは明日だが、カウンセラーも今の私を知れば、
11日に何があったのか訊くだろう。

11日は、ブログの友達と会った。とても楽しかった。
そこへ、N氏が合流した。それも、楽しかった。

気を許せる友人(女性)とN氏(男性)と、自分の部屋で話していると、
自動的に頭の中に
「パパとママだ」
と、声が浮かんだ。
嫌な感覚だった。
そんなことを考えるのは「あや」だ。
私じゃない。
自分が自分の体から離れていくのを感じた。
体の自由がきかなくなって、ガタガタ震えて吐き気がした。
変な震えだ。
震える度に、力が抜けていくような、体が統制を失うような。
怖かった。
無意識に二人に隠した。
平然を装えば装うほど、自分が遠のいていくようだった。
友達が「大丈夫?」と言ったのを、覚えている。

友達とN氏が声をかけ続けてくれることが、
何とか私を繋ぎとめていてくれたように思う。

一昨日は記憶がなくて、昨日は感情がなかった。
今日は、感情は少し戻ってきたけれど、過食と相変わらず解離がひどい。
一日の記憶が、ほとんどない。13日も何をしていたのか分からない。
過食は、初めての経験だから、わけが分からない。
どこからどう派生して、私の心が変容したのか。

昨日は、感情がなくて、文鳥にひどいことをしてしまった。
老鳥だから飛べないのを分かっていて、面倒で移動を手伝わなかった。
どれだけ経ったのか、まだ同じ場所にいた文鳥を見て、
あーあ自分って最低だな、と考えただけで、やっぱり感情がなかった。


明日のカウンセリングでは勿論だけれど、
私自身が、ここ数日を振り返って、感情を整理すべきだと思った。
久しぶりに、ノートに書き留めてみようと思う。
記憶がないのも、感情がないのも、食べても食べても満足感がないのも、
ないもの尽くしは、苦しくて苦しくて吐き出してしまいたい。




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解離性同一性障害 | comment(2) |


2008/05/13 (Tue) 欠落の時間

一日分、すっぽり記憶がない。
12日、私は何をしていたんだろう。
友達に、12日に私がコメント欄に書きこんでいることを教えてくれた。
それ以外、何も思い出せない。

一昨日 11日のことは、覚えている。
ブログの友人と会って、N氏も合流して、とても楽しい時間だった。
ずっと行きたかったカフェに友達と行けて、お昼を食べて、
何だか初めて会った気がしなくて、普通に買い物なんてした。
とてもとても楽しかった。
家で色んなことも話したけれど、何がよくなかったのか、
全身が震えていて、二人に隠していた。
頓服を飲んで少しだけましになったけれど、やっぱり震えていた。
自分がずれそうになった。
二人とも、私の病気を知っているから、
どうしても我慢できなくなったときに「今、後ろに自分がずれそうだ」
と、伝えることができた。
N氏はパパで、ブロ友はママ。
妙な感覚が急に襲ってきたかと思うと、
座っている足元がぐにゃぐにゃと歪んで、眩暈がした。
あやの存在を感じた。


その前日、一昨昨日10日は、夜中が酷かった。
パニック障害の発作で夜中に目が覚めて、その後眠剤で無理やり
自分を寝かしつけるまで、ベッドの上で七転八倒していた。

友達と会う直前も、私は意識がどこかへ行ってしまって、
どこへ行っていいのか、電車は何に乗ればいいのか分からなくなって、
右往左往していた。
ついには、乗り換え駅で思考停止して、ぼーっと突っ立っていた。
だから、メールで自分の異常をとにかく彼女にメールして伝えた。
会う前から、こんなふうに伝えられることが有難かった。
ふわふわしている私に、会うなり友達は水をすすめてくれて、
倒れないように背中を支えてくれたのを覚えている。


昨日という一日の存在が、私の中からすっぽり抜け落ちている。
ブログ友達とN氏と会ったのが、一昨日。
昨日の私は、どうしていたんだろう。
狐につままれたような気分だ。
ブログも更新していないし、手帳は白紙、
ブログ以外に書いている場所も白紙、
メールもコメントも返信していない。

それら状況証拠だけで、私しか知らないはずの記憶がない。
原因、理由が分かるまで、きっと数日かかる。
解離が酷いと、自分がまるで分からない。
数日経てば、失われた一日が蘇るのだろうかと考えるけれど、
失ったものが戻ってきたためしは、殆どない。


昨日のことは、諦めよう。
一昨日は、本当にとても楽しい、素晴らしい時間だった。
ブログから始まる友情は、難しい面もたくさんあるのだろう。
でも、心から気が合う、自分を高めてくれる出会いもたくさん見つかる。
今の私は、混乱している。
今日一日、感情がない。
もしくは、とても希薄だ。

でも、一昨日ブログ友達と会って、まるで昔から知っている友達のように、
二人で寛いで笑いあって、いつまでもいつまでも色んな話をしたこと、
優しさと支え合いの気持ちで接することができたこと、
どれも、しっかり覚えている。



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解離性同一性障害 | comment(8) |


2008/05/10 (Sat) 駅に住む猫

改札機の上から退こうとしないぬこ

YouTubeから拾ってきた動画。

人にとっても猫にとっても、いたって普通の光景らしい。



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大阪駄文 | comment(19) |


2008/05/08 (Thu) 3番目の私



ビルが立ち並ぶ一角のミニバラ。花びらを支える星みたいながく。


気が向かないからキャンセルしようと思っていたのに、
し忘れて、今日カウンセリングへ行くはめになった。
なぜか気が向かないし、第一風邪が治りきらず、
熱が下がったと思えば上がり、昨日から咳が出てきて、
それなりに買い溜めていた冷えピタが、ついに切れた。

仕方ないので、カウンセリングへ行った。
先週休んだ理由を聞かれたから、インコの話をした。
風邪を引いたことを話し、現在の対人関係の話をした。

私は変わりましたか?と先生に聞くと、変わったと言う。
私は今まで二度死んで、今は三度目の人生だと思います、と答えたら、
詳しく聞かれたから、答えた。

一度目と言えばいいのか、一人目の私は、
ノイローゼやらパニック障害、失語症、対人恐怖で死んだ。
二人目の私は、「あや」という人生を送って、愛とエゴの中で死んだ。
三人目の私は、裁判を終え、あらゆる人間関係を整理し、
明確な目的を持って生きている。
これまでの二度の人生を、私は他人事のように感じている。
正確に言えば、他人だという実感がある。
私は二人とは違う、私は違う、という自負だ。

K先生が、それでは私は3人の美鳥さんを知ってることになるね、
と言ったから、そうですね、と答えた。
「3人の美鳥」という表現が、心に引っかかる。
違う、私は一人だ、二人とは違う人間だ、違う人生だという自負が、
K先生の言葉に、軽い違和感と不満を持つ。
「一人目」の実感はない。
けれど、「二人目あや」に激しい抵抗を感じる。
この感情が、いまだ一定して変化がない。
価値観も生き方も性格も感情も、まるで違う。
違うから、私の延長線上とは思えない。
私は、点だ。
始まったばかりの、点だ。

N氏や、他の友人との関係の取り方を話していると、
先生が、「私に対しては?」と何度も訊く。
「Nさんに対する不思議な友情、気持ちと、私に対する気持ちは?」
と、訊く。
K先生とは7年もの付き合いなのに、今だ私は何と答えていいのか分からない。
カウンセリングが進むにつれ、クライアントが必ず通るという
転移感情をK先生に対して、いまだ持ったことがない。
(転移感情:陽性と陰性の二種に分かれる依存心。
前者は、クライアントがカウンセラーに、信頼・尊敬・親愛・独占欲等を持つ。
後者は、敵意・不信・攻撃性等を持つ)

私は、K先生について何も思わない。
極端に言えば、私が話した内容について、
K先生がどう思っているのだろうか、すら考えない。
K先生は、相変わらず私にとって、毎週会う人間というよりは、
毎週自分のことを話す場であって、人ではない。

実際、ボーダーの症状を、私は一切K先生に示さない。
だから、今日、「baby bitch I am」について話したけれど、
どれもK先生とは無関係な話にも思えた。

K先生が、私が苦手な女性という性別だから。
それが、第一の理由。
けれど、それ以外に、何か理由があるのかもしれないと今日思った。
今は具体的に見当もつかないが、そう思った。


帰りに、食べ物と冷えピタと、マニキュアを三本買った。
パキッと発色する、絵の具みたいなネールカラー。
五色揃えて、爪に乗せてみようと何週間も色を厳選中。
あと一色、綺麗な発色の紫色を見つければ、
ベッキーみたいな可愛いネイルが完成する予定。

自転車置き場で、野良猫がゴミをあさって食事中だった。
野良猫は、私の姿を認めて、すぐにするりと柵の向こう側へ逃げたけれど、
しゃがみこんだ私から、それ以上逃げようとしなかった。
熱でぼーっとしていて、座り込んだ猫をずっと眺めていた。
ペロペロと舌で口をきれいにしてから、猫は眠そうに箱座りしたから、
私も何だか眠くなって、一匹と一人、夜の街頭の下でぼんやりしていた。
楽しい時間だった。


明日は、友人と駅前で待ち合わせ。
いよいよ、うちの電灯が直る日が来たのか。
うちまで来てくれるか分からないけど、
来てくれたら必ず修理にかりだすつもり。
話したいことがたくさんあるから、今から明日まで予習する。
その前に、とにかく熱を下げなければ。
咳も止めたい。
明日は、元気で喋りたいだけ喋りたい。

久しぶりに大学時代の友達とメールを交わした。
キャラが変わったね、と返ってきた。
何のことか分からない。
でも、なるほど、と納得した。
mちゃんが知っている私は、もういない。
私は、3人目であって、2人目でも1人目でもないのだ。



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治療日記 | comment(4) |


2008/05/07 (Wed) 枯れよ群青

微熱で、とろとろと炙られる。
血と肉が、蕩けて、うだる。

ふと目をあげると、そこにいる。


小さな古びたアパートの、
カンカンと高い音を響かせる鉄の階段の下、
スカートを広げてコンクリートに座り込み、
冷たい鉄板に頬杖をついて、
段と段の間から、向こう側を、ぼんやり眺めていた。
手が届くか届かないかの距離に、レンガ色の植木鉢が一鉢置いてある。

土は、見えない。
鉢から、柔らかな黄緑色のすすきのような葉が、さやさやと流れている。
中心部から、すっきりと伸びた茎の先に目をやると、
群青色の小さな花と実が、いくつも生っていた。

アパートの影の下、ひんやりとした空気の中に、群青色が深く光る。
さほど太陽を欲しがる植物ではないのだろうと、
氷のように冷たくなっていく肘を感じながら、ぼんやり眺めた。
綺麗。
このまま眺めていようか。
綺麗。
綺麗なものを、眺めていようか。


ふと鉢に腕を伸ばしてみる。
無邪気で無為な思いつき。
階段の隙間から、白い腕が届きそうで届かない。
手を伸ばして、指を精一杯伸ばして、
白い手の甲が、アパートの影の下、ゆらゆら海月のように揺れる。
爪先まで伸ばしたら、薄い貝殻のような爪が鉢に届いた。
遊び心で、ついと押した。
爪先に、植物と土と鉢の重みを感じた。
鉢は、呆気なく向こう側に倒れた。


あと少し、腕を伸ばして鉢を裏返した。
初めて、鉢が、ゴトンと音を立てた。
艶やかな群青色の花びらも、瑞々しい群青色の小粒の実も、
柔らかな葉のしげみも、土と鉢の下敷きになった。

眺めてみた。
愉しみが、できた。

スカートの中に隠した裸の足を伸ばして、
冷たい鉄板に片頬を乗せた。
柔らかい頬が、白く冷たく凍り付いていくようで心地いい。
まぶたを上げて、引っくり返った鉢を眺めた。

枯れるまで、眺めていよう。
このまま手を触れず。


鉢は引っくり返ったまま、植物はひしゃげている。
折れた茎の先に、群青色の実が見える。
綺麗。
音がない。
この世界には、音がない。
綺麗な鉢がひとつきり。


枯れるまで見ていよう。
枯れないのだろうか。

とろとろと、考える。
音がないと、時もない。
鉢は、ひんやりとした空気の底に横たわるだけ。

音も時間もここにはないから、
水に溶け込むように、思いが淡くよぎるだけ。


枯れたらいいな。
思いも、枯れればいいな。
一旦終えるのも、美しいことだもの。

枯れればいいな。



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夢記録 | comment(2) |


2008/05/06 (Tue) 自殺直前日記 

※自殺についての記事です。自己責任で閲覧ください。


1992年 5月24日
24歳で自殺した漫画家 山田花子の手記 「自殺直前日記」
彼女が、椅子に乗って11階の高層ビルから投身自殺したのは、
統合失調症で入院していた病院から、退院した翌日だった。

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私は、偶然、一冊だけ、山田花子の作品を持っている。
「花咲ける孤独」というタイトルだ。

彼女の漫画は、彼女本人が手記に書いているが、
「ドキュメンタリー漫画」「レポート」「観察日記」「実況中継」だ。
彼女の身の上に実際起こったことを、物語にして、ただ描いてある。

私の漫画には「言いたい事」なんかない。
(ただ「こんな奴がいる。こんなことがあった」ってことだけ)。

商業路線とは全く無縁のところで、本当に自分に見えている、
感じている「本物の世界」を描きたい。

                 ? 山田花子「自殺直前日記」 ?



力強い黒々とした描線。
登場人物は、顔のどこかが歪んでいて、全員どこか醜い。
オドオドとしていつも虐められる主人公は、
何をやってもグズでノロマでブサイクだ。
大勢に囲まれて突きまわされる主人公は、
いつでもビクビクしているか、ヘラヘラしている。
時には、幼児向け漫画のような単純化された線で、
性器を醜くグロテスクに描き出す。
テーマもクソもないストーリー。
ただ、生まれついて強者たる要領の良いいじめっ子と、
生まれついてブスでノロマで白痴のいじめられっ子との、やりとりだけだ。
いじめられっ子の主人公は、あれやこれやと反論してみたり、
媚びてみたり、へつらってみたり、一生懸命努力したりするのだが、
全ては嘲笑と冷笑を誘うばかりで、生きているだけで、ただただ惨めなのだ。


山田花子が自殺する24歳まで、
約20冊のノートにびっしりと書きつづっていた日記を
遺族である彼女の父親が纏めた本、
それが、この「自殺直前日記」だ。


表紙に踊る幾つもの言葉は、実際に彼女が日記に綴ったものだ。

「夢を売る奴は みんな詐欺師」
「私の霊波が自分の霊並より弱いことを嗅付けて(付込める)寄ってくる」
「誰が何の為に私をこんなに苦しめるのか?」
「私は厄介者。」
「最底辺に生きる私には望める幸福なんかない」
「私は運が悪い。」
「男の顔が化物にしか見えない」
「宝物はゴミ、王子様はコジキ、友達はバケモノ。」
「「あれっ!」何で、私は今こんな所にいるんだろう。」
「私は出発点で負わされた「定」に従って、何時、どんな場でも
失敗して周りにバカにされる運命になっている。」
「人間のままで幸せになりたい。」
「豚小屋発 犬小屋行の理論」
「この世は「自殺は罪悪」という「常識」を作っている。」
「苦しいよォ、助けて(ムダ)」
「絶望するなら死んじまえ。人生なんかどうせくだらない。」



どれも、数年前まで私が実際心の中にしまいこんでいた思い、
実際、同じ言葉を口にしたこと、何度あったかしれない。
最初の1ページ目から最後のページまで、
「自殺直前日記」は、私自身が書いたもののような気すらした。
あまりに私そのものだからか、フラッシュバックすら起こらなかった。
今日死のう、明日死のうと思っていた山田花子の心の叫び、
それは、そっくりそのまま数年前の私の心の声だった。


本書には纏めると、以下のような心情が綴られている。

ただひたすら、世の中は嘘っぱちで弱肉強食で、
自分は落ちこぼれで前世のカルマを背負って延々生の苦しみが続くが、
自殺したらカルマがまた深くなるから自殺もできず、
せめて処世術を学ぼうと必死になるが、なればなるほど周囲から嘲笑され、
たまにうまくいってもプライドが極度に高い自分が客観的に自身を嘲笑したりして、
とにかく雁字搦めのループ、ループ、ループ、苦しみのループなのだった。

うまく生きてる奴は皆嘘っぱちで汚くて、でも自分はもっともみっともなくて、
男は皆、女を道具としか思ってないくせに口先だけ上手い
決して心許してはならない生物。
だけど一人でいると寂しくて、人の中に入るといたたまれなくて苦しくて、
ああ、死にたいと思うけれど、死ねないから仕方なく生きていく。
とにかく業が怖い。カルマが怖い。
あらゆる人の中に、自分のカルマが宿って自分をいじめにかかって、
どこまで逃げてもカルマが追いかけてきて、
発狂するか自殺するか耐えるか、どれかしかないループ、ループ、ループ。


常に、自分の感情に客観性を求める。
徹底的に、自身を俯瞰し、高く高く冷徹な感情のない神の視座から
自身を眺め、嘲笑し、罰を下し、強者か弱者か厳然に裁こうとする。
彼女は、誤魔化しを許さない。

日記に、独り言を書きとめるが、すぐ直後に自身で反駁する。

私って不幸!(甘い、ワガママ、屈折)。
幸福なんてどこにあるの(空しい)。
身近な楽しみさがしてごらん(クサイ、自己陶酔)。
生きていれば幸せになれるかもしれない(甘い!)。



彼女の父親が、あとがきで書いている。

山田花子は自分を苦しめるいじめっ子を軽蔑していた。
しかし、彼らを軽蔑することで、実際には、
彼らにどーしてもかなわない自分自身のふがいなさを
ごまかしている事に気づいて一層惨めになり苦悶した。
山田花子はまた、いじめっ子同様、自分自身の内面にも、
冷酷さ、残酷さ、差別意識等がある事に気付いて苦しんでいた。
山田花子が「自分自身の内面にある冷酷さ、残酷さ、差別意識」と言う場合、
それは第三者からみれば、
ほんのちょっとしたエゴ、保身、意地悪程度のものであった。
しかし、繊細でナイーブな山田花子にとっては、
それが耐え難い苦痛になり、激しい内面の葛藤の源になった。



必死で自分を位置づけを理解しようと、ノートにひたすら、
弱肉強食図を書き、自分を位置づけ、こだわり、願望を持てば失望し、
結局自分も自分を嘲笑してしまう、地獄のループ。
冷酷な神の視座からの、終わりなき自分裁き。



こういった自分裁き、自分の感情への反論は、私の場合、
所属していた宗教団体の教義が後押しした。
「因果応報」「自業自得」は、当然の教義で、
現世での苦しみが深ければ深いほど「過去世からの業が深い」とされ、
対人恐怖症を相談に行った先々で、
「あなたは、一生孤独だという業を背負っている」
と幹部、信者仲間から言われ、死ぬしかないという決意への後押しになった。
孤独であることも、あなたのせいだ、目に見えぬ業のせいだと言われれば、
知らない誰かとすれ違っただけでパニックを起こし、
号泣と震えと絶叫が止まらなかった私には、死刑宣告に等しかった。
「あなたが出会う嫌な人達は、あなたの業を映しているだけ」と言われた。
「あなたが変われば、全ては変わる」とアドバイス紛いに言われたが、
私は、無力な自分ひとりでは、変わることは出来なかった。
あてもなかった。
つまり、
「私が変われなければ、全ては死ぬまで変わらない」のだ。
そして、変われるくらいなら私は苦しんでなどいなかっただろう。
生きていくことは、根性論で語れるほど、甘くはないのだ。
いつまで経っても私は、無力でブスでゴミでバカでクズだった。
私が、私から逃げられるわけもなく、私は死ぬしかなくなった。

ループに浸かりきった私は、世界が恐ろしかった。
魑魅魍魎の人間達、しかし表面は綺麗で明るい人間達を
憎んで憎んで、心の底から憎んだ。
「死ね」が私の口癖だった。
世界中に向けて罵り、それ以上に私自身を罵った。
明るくも綺麗でもない私という透明な存在。
それどころか、
人から嘲笑される私、からかわれ馬鹿にされ、セクハラを受け、
罵られても、無言で耐えるか、へらへらと笑うか、媚びるかしかない私。
魑魅魍魎よりも無力で生きる価値のない私。
死にたいのではなく、死んだほうがましだった。
このままじゃ来年あたり私は死ぬだろうと予感していた自分の勘も、
あながち大袈裟ではなかったと、山田花子の手記を読んで実感した。


思考のループに追い込まれ続ける悪循環は、
人間を、じりじりと確実に死へ導いていく。

どこかで「いい人」を脱して、自分は傲慢なる罪人なのだと開き直って、
自然憎しみの湧く相手には怒りを表明し、笑われても胸を張る愚かさが、
自我確立には、やむをえない必需品だ。
山田花子は、ついに、そこには至らなかった。

統合失調症発症前に手を打つことができれば、
単なる対人恐怖症で済んだのかもしれない。
山田花子の手記からは、成育歴に問題を負っていたことをうかがわせる。
生育歴、家庭環境と対人技術の関連性についての研究が進んでいれば、
周囲からの理解を得られたかもしれない。
統合失調症という言葉はまだなく、「分裂病」と呼ばれていた時代の話。
今、山田花子が生きていれば、自殺せずには済んだかもしれない。
しかしやはり、死しか選ばなかったかもしれない。


希死念慮に雁字搦めになっていた私のパラレルワールドが、
この一冊、一行、一行に重なって見えた。

山田花子の言葉の向こう側に、私自身が見えた。
懐かしかった。




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自殺 | comment(18) |


2008/05/05 (Mon) 仙豆ハイチュウ

昼間に36度台に熱が下がったので、
すっぴんに帽子を目深にかぶり、今のうち、と買い物に出かけた。
外に出たら、寒かった。
嫌な予感がするから、買ってすぐに帰ることにする。
数日ほとんどベッドの上で過ごしていたから、外の空気が新鮮だった。

スーパーに入ると、久しぶりの買い物だからなのか、
鬱憤がたまっていたのか、家の食料が尽きていたからなのか、
心赴くままにカゴに商品を入れていく。

喉が渇く。
とにかく喉が渇くし、冷たいものを食道に通したい感じ。
ツルツルと、ひんやりと、ジューシーに。

ちまきが売っていたから、何だ何だと思ったら、今日は子供の日だった。
大好物な米粉のちまき。
いつもなら迷わず買うのに、今日は一旦カゴに入れたものの、
胃が受け付けない気がして、棚に戻した。
ちまきは、ツルツルでも、ひんやりでも、ジューシーでもない。

そういえば、バターが切れそうだった。
売り場に行ったら、「バター」は、なくなっていた。
ニュースでバターがないとは聞いていたけれど、侮っていた。
全国どこになくても、うまい、やすい、何でもある大阪で、
バターが切れることはないと信じていた。
成城石井でいつもポンドバターを買うのが楽しみだったけれど、
成城石井からは、そういえば消えていたっけ。
バター大好きな私は、パン1に対しバター1つけて食べる。
どちらかというと、バターを食べるためにパンを食べている。
だから、バターが市場から消えてしまうと、私のささやかな食の愉しみが
奪われたも同然なのだった。
泣く泣く、「バター風味マーガリン」にした。

バターという楽しみを奪われた私は、魂を奪われた屍同然だ。
微熱で落ちていた思考力に、大打撃を受け、判断力停止。
「ツルツル」「ひんやり」「ジューシー」だけが、頭に残った。
スーパーを彷徨い、本能が赴くままにカゴに商品を放り込んだ。

結果、レジのお姉さんに、若干ぎょっとされた。
ゼリー、ゼリー、レジを幾ら通しても続く、ゼリータワー。
私も、ぎょっとした。
どんだけゼリー食べたいねん、自分!
120080505.jpg

↑こんだけ。写真に撮ると、こんなものか。


他には、ポカリや、なぜか巻き寿司、なぜかちくわ、必需品食パン、
牛乳、文鳥も食べられるオレンジ、文鳥用野菜を買った。
アイスクリームも買えた。
熱があると、冷たいものが格別美味しい。


昨夜は、熱が一番高くて38度を越えたから、さすがに朦朧としていた。
昨夜までは、寝てばっかりで殆ど食べられないのもあったけれど、
とにかく甘いものが食べたくてたまらなかった。
今こそ!
これを食べるべきとき!

220080505.jpg

かの有名な夕張限定<夕張メロンハイチュウ>

まだ記事に出来ていないのだが、3月30日に、
ブログで長らくお付き合いさせて頂いてるブログ友達
「玄米茶(ほっと」のりさん
大阪で会ったときに、「夕張限定」「メロン」の文字が目に映った瞬間、
大人気なく「くれ!」と無理やり奪った頂いた夕張限定ハイチュウ!

感動しすぎて、いまだに記事に出来ていないのだけれど、
3月30日の思い出と共に、このハイチュウは
仙豆(出典:ドラゴンボール)の如き位置づけになっていたのだった。

夜中に、ついに食べてみた。
しんどさMAX。だるさMAX。甘いもの食べたさMAX。
のりさんから奪った頂いたハイチュウの食べ時が来たのだ。

美味い!
ハイチュウ、美味い!
しかも、私の好物メロン味というのが、たまらん。
一気に半分くらい、夜に夢中でハイチュウばっかり食べ続けた。
疲れた体の隅々まで、糖分が広がっていくのが分かって、
満足感と共に就寝。


私信ですが、のりさんへ
今朝、熱が下がっていたのは、
のりさん、あなたがくれたハイチュウ(仙豆)のお陰です!
記事でお礼を言うのは、初めて。
感動体験に遅筆な私で、ごめんなさい。
のりさんは、背が高くてスレンダーな瞳美しい駿馬のような少年でした。
美人スレンダーキューティーお母様にも、どうぞ宜しくお伝え下さい。
のりさんとも、お母様とも、また喋りまくりたいものです。
楽しすぎて、あっという間の時間だったなー。
また遊ぼうね!



熱は、37.0度をうろうろしていて、なかなか下がりきらない。
そうこうしている間に気になるのは、インコだ。
先日出会ったインコ。
しかし、私自身がこんな状態では様子を見にも行けないし、
迎えに行っても、万が一私の風邪がうつってもいけないし。

こんなことを考えられるようになったのも、回復の兆しかもしれない。
あと数日、養生しよう。
皆さんも、季節の変わり目、どうぞ風邪にご注意を。

寝込んでいる間、本を3冊読んだので、レビューをアップしようと思う。
中でも、24歳で自殺した漫画家 山田花子の手記を紹介したい。



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ペイフォワード | comment(12) |


2008/05/04 (Sun) 段々消耗

熱が出て、3日目か、4日目か。
少しずつ良くなると思いきや、少しずつ熱が上がってきた。
ひたすらベッドに横になって眠り続けているのに、なぜ悪化する。

こんなとき、当然ながら、一人暮らしは不便だ。
文鳥に、体調不良を訴えて、愚痴を聞いてもらう。
食事は、弁当屋に電話して済ませる。
麦茶を大量に作って、今年初めての氷を作り、
暇さえあれば、飲みまくる。
冷えピタは一枚で10時間もつと書いてあるが、5時間で干からびるので、
どんどん消費、消費すればするほど熱が下がるような気がしてきた。
しかし現在、順調に悪化中。
中途半端な熱だから良くないのかとも思い、いっそ今晩峠を越したら、
明日には、すっきり治るかもしれない。
などと思って、もう数日経つのだが。


動けないし、パソコンの画面を見るのが辛いのと、
活字中毒の時期に突入したせいで、さくさくと本が読めることだけは、
何やら達成感がある。
回復したら、レビューを書いてみよう。

今の熱は、数年前まで毎日続いていた体温と変わりない。
そんな熱が、心身症で6?7年も続きっぱなしだったから、
そりゃ死にたくもなるなと、客観的に思った。
他に色々ありながら、熱抱えて、よく生きていたな。


悩みどころは、薬。
いつもの精神科の薬を飲むべきか、風邪薬を優先すべきか、
いっそちゃんぽんで飲むか。
結果、どちらの薬も飲んだり飲まなかったり、交互に飲んだりで、
方針が定まらず、活字と水分だけガツガツ摂取している。
明日は、治る。
気迫だけは、あるのだけれど。



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日々日記 | comment(10) |


2008/05/03 (Sat) One Line Of One's

友人からメールが、来た。
彼の友人の、突然の訃報を告げるメールだった。
葬儀に出るので、
美鳥さんと約束していた日程が後にずれます、
申し訳ありませんと書いてあった。
まず、友人の気持ちを思い、胸が痛んだ。

仕事中の、突然の事故死らしい。
同じ仕事をしている友人は、今何を考え、どんな思いでいるのだろうかと
胸が痛んだ。

それから、一度も会ったことのない、名も知らぬ亡くなった方を思った。
その方が送った生を考えた。
考えても知りようのないことだが、考えた。
死に触れる度、生に思いを巡らせることが、私の癖になっている。


私は、友人へメールを返したい。
返信欄を開いて、キーボードに指を乗せた。
けれど、言葉は出てこない。
お決まりのお悔やみや社交辞令が大嫌いだから、
「ご愁傷様」なんて使い慣れない言葉も、中味のない言葉も嫌いだから、
白紙のメールを前に、ただ黙って考えた。
言葉じゃなくて、私のありのままの心を探した。


もし、話してもらえる機会があれば、そのご友人の生を聞かせてください。


白紙のメールに、一行だけ、心のままの文字が並んだ。

死は、最後の最後のピリオドの一点であって、
それまで描かれてきた長い長い線、生きた人間の素描された線を知りたい。

死に接する度に、自身の生き方を考え、襟を正す。
歪でもいいから、掠れていてもいいから、ゆっくりでも乱暴でもいいから、
引っ張りたい。
先へ、先へ。
インクが途切れて、ペンを握る手が止まるまで。


友人が、話してもいいよと言うのなら、聞いてみたいと思った。
知らない誰かの死を悔やむのに、言葉なんて持たない。
彼が話してくれるなら、それをただ、静かに聞いてみたい。

この一行に、あと少しだけ、遺された友人への思いを添えたなら、
葬儀を終えて、一息ついた頃の彼に、メールをしたため、送ろうと思う。



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日々日記 | comment(2) |


2008/05/02 (Fri) 照りつける電灯 と わたし

照りつける電灯と、今、私は戦っています。
今、現在も戦っています。
昨夜は、照りつける電灯の下、無理やり眠剤で眠りました。

健康の条件のひとつ、快眠を、私は大切にしています。
役に立たぬシリーズですが、一つお役立ち情報としまして、
鬱や心の病気に、良質な睡眠は効果絶大。
落ち込んでも、落ち込んでも、地の底まで落ち込んでも、
とにかく眠剤かっこんで眠れば、翌日は、
頭の先くらいは地上にのぞいているもの。


昨夜も、さて寝るかと部屋の明かりを落として、
いつもの枕元のガラスのペンダントライトをキラキラつけて、
眠ろうとしたときでした。

天井の電灯の紐を引っ張って、消灯。
引っ張った瞬間に、スポンとスイッチの紐が抜けてしまいました。

消灯、ならず。

普段から物を壊すのが得意な方なので、さほど慌てず、
(奥歯を破壊した私に怖いものはない死闘◇芋けんぴ と わたし
 参照)
おやまあ、眠る前に修理ですか、と天井を見上げました。


しかし。

あれ?
紐って、どっから下がってたっけ?

眺めてみたけれど、記憶なし。
思えば、買ったときから紐はついていて、自分で取り付けた記憶もない。

ペンダントライトタイプではなく、天井に張り付いた形の電灯で、
横からスティックが出ています。
このスティックの先の穴に紐が通っていて、スイッチ部分は隠れていたような、
いなかったような。
台を持ってきて、電灯カバーを外してみて、じっくり眺めてみたけれど、
構造が分からない。

考えるのが嫌になって、ちょっとカバーを拭いてみたりして、現実逃避
綺麗に磨き終わってから、いやいやおかしいよ、これから寝るんだもの、
と、また我に返りました。
この時点で、ちょっとイラッとしました。

これから寝ようというときに、
快眠に臨もうというときに、あってはならぬストレスを感じます。
それがまた、ストレスになってきました。
上質な睡眠を得るために、時間通り床に着こうとして、
眠剤も飲んで、さあ寝るかというときになって、何だこのアクシデント。

プラプラの紐を持ったまま、紐の細さまで腹立たしくなってきました。
もっと太くしとけよ、電灯会社、毎日毎日、引っ張るんだぜ?
とか、言いたくなってきました。

いかんいかんいかん。
これから快眠するんだもの。
思っていること、考えていること、悉く夢になるので、眠る前の精神状態は重要。
落ち着け、私。


手元スイッチもないし、リモコン式でもないし、紐は切れたしで、
冷静に考えて、今日はもう、消灯は不可能と判断。
全ては、明日、考えれば良い。
明日は、幸せ。

もう知らね!と、潔く諦めて、煌々と照りつける電灯の下、
布団を頭から被って、無理やり眠りました。
眠剤が、こんなときに役に立ってくれるとは予想外。

今朝起きたときも、当然のごとく煌々と電灯は点っていました。
そして、私の喉が腫れていました。
猛烈に痛いです。
文鳥たちに、朝の挨拶をするのも無言でした。
一言も、発したくない。

電灯のせいだ。
滅多に風邪なんて、引かないのに。
電灯が照りつけることで、あれがああなってこうなって、
そうなったから、結果喉が腫れたのです。

今日は、全てを放り出し、一日中眠り続けて、回復に努めました。
しかし、この喉を治すにも、とにかく快眠は大切です。
夕方になればなるほど、煌々とした電灯と、ひりひりと痛い喉が苛々する。

たまらず、修理に臨みました。
構造を調べてみれば、これはどうやらカバーを外したくらいでは修理できず、
たった一本、細い紐一本なのに、天井から電灯本体を取り外さねば
取り付け不可能なことが判明しました。
電灯本体は、すごく大きい。
大きくて、重い。
一人暮らし歴が長いから、切れた電球くらい取り替えられるけど、
「ひとりでできるもん」なんて切ない一人暮らし漫画で、そんなシーンを見て、
もの悲しくも誇らしく、
そうだ、私もひとりでできる、生きていけると胸を張ったものだけど。

これは、一人でできねぇ!


唯一の頼みは、今月頭に来る予定の男友達N氏。
依存心かしら、と思ったけれど、これは純粋に、依頼心。

依頼したい。
うちの電灯を、消してもらいたい。

N氏よ、いつ来てくれるんだ。
あと何日照りつける電灯の下、眠らねばならないのだ。

頼むから、紐をつけてくれ。
うちの電灯、消してくれ。


電灯が消えないため、前回予告しておりました
「絶対腐ってるスープ と わたし」は、次回へ延期となりました。
あいすみません。
全ては、24時間、消えない電灯のせいです。
部屋が明るいということは、良いことだと思っていたけれど、
煌々と照りつけられては、一切のやる気を失うことを知りました。

頼むから、うちの電灯消してくれ



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次回、何かしらv.sわたし シリーズ 第5弾は、
予告しておりました「絶対腐ってるスープ と わたし」で、お送りします。


暇でたまらん方だけ、どうぞ↓

シリーズ第1弾◇腐ってたっぽい牛乳 と わたし
シリーズ第2弾◇腐ってたっぽいサラダ と わたし
シリーズ第3弾◇芋けんぴ と わたし


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大阪駄文 | comment(8) |


2008/05/01 (Thu) すべらかな絹の愛撫

ブログに載せないと決めた言葉、後で誰かに読んでもらおうと思うでもない言葉、
私だけの胸に響けば良い言葉、私が私のためだけに書く言葉、
独り言のように、書き綴る。

言葉は、後から後から溢れて、一度も書いたことがない滑らかな言葉が、
光沢のある絹糸のように、するする溢れ、溢れては重なり、
澱むことなく滑らかに、口ずさみなれた歌のように、するするするする溢れ出た。
それを掌に滑らせて、目を伏せ、ひんやりと澄んだ手触りを愛でながら、
たゆたい、重なり波うつのを、溢れ出るまま、ただ書き取るだけで、全て足る。

隅々まで潤うことなく端が干からび、ひび割れたままの堅くかさついた心では、
到底生み出すものもないと、ため息をついたときこそ夢を見ていて、
生み出すなんて大層な瞬間など訪れることもなく、
ただすべらかに流れる思いを、遮ることなく乗せていい。
考えるなど、しなくていい。
愛する者の滑らかな肌に、
躊躇うことなく無心に触れて、撫でてはたどって飽きることない
掌のように、なればいい。

言葉は肌にはかなわないのを、知っているなら、それでいい。
美しいなら、すべて足る。





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日々日記 | comment(2) |


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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