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2008/03/30 (Sun) 腐ってたっぽい牛乳 と わたし

大阪、雨です。
皆さんのところは、いかがでしょうか。
昨夜は、脳が腐るほど、たっぷり寝ました。
首を今朝までに治すつもりだったのですよ。
そして、朝から美容院に行くつもりでした。
なのに、今朝起きてみたら、首は良くも悪くもなってなかった・・・。
明日、どうしても会いたい人がいるので、
今日は大事をとって、美容院も諦め、
初対面なのに頭ボッサ?で行ったるわい、と脳が腐るまで再び寝ました。
その間、飲まず食わずで、一度だけ起きたときに、
牛乳を飲みました。チンして。

牛乳パックを見てみたら、賞味期限が1週間も過ぎています。
しかし、賞味期限とは昨今、全くあてにならないじゃあ、ありませんか。
何事も、自分基準で生きていかねばならぬ世の中に変わってきております。

とりあえず、匂ってみました。
牛乳は無事っぽけれど、紙パックの方が腐ってるような匂い。
いや、腐ってないかもしれない。
第一、紙パックが腐った匂いがどんな匂いか、知らないもの。
そう考えて、次に気がついたのは、私は、生まれてこの方幸いにも、
腐った牛乳を飲んだことがない、という事実。
つまり、牛乳が腐っていても、腐った牛乳を飲んだことがない私は、
牛乳が腐っているかどうかが正しく判断できなくて当然な腐った牛乳。

何事も経験からしか学べぬものなので、首も治らないことだし、
どうせ寝込んでることに変わりはないので、
せめて牛乳の腐れ具合について身を張って学ぶことにしました。

病は、気から。
腐った牛乳も、気から。

味が変な気がする。
前に飲んだときより、まったりしているような気がする。
若干、ほどよい酸味が加わった気がする。
しかし、気のせいかもしれない。
思いは乱れに乱れつつ、真夜中にマグカップ一杯分、
丸々、飲み干してやりました。
湯上りのオッサンのごとき、見事な飲みっぷりでした。
誰も見てないけど。
よくやった。


あれから数時間経ちますが、至って無事です。


正直、がっかりです。

安堵と同時に、何か虚しい気分に襲われました。
無事に済んでみると、あの勇気は何だったんだ、
と自身の勇気が空回りしたような、おぼつかない心地。

そして、時間が経つごとに、新たな求道心が生まれてきました。
私の体は何事もなく無事だったけれど、
果たしてそれは牛乳が腐っていなかったという事実を指しているであろうか。
いや、私の胃腸が鉄壁であるという事実を指しているだけであって、
牛乳は、実際は腐っていたのではないだろうか、
こんなことなら、腹の弱い誰かにも同じ牛乳を飲ませるのであった、
いやしかし、私は独り身なのでそれは叶わず、
しまった、これは実験として成立していない、更なるデータが必要だ、
とか、考えながら、
首が痛いので、退屈した文鳥に噛まれながら、大人しく寝ていました。

今しがた、起きたばかりです。

要するに、暇です。
心が不安定でも何もできやしませんが、
首が痛くても、何もできやしません。
精々、腐った牛乳についての考察に思いを巡らせるくらいです。

ブログは、少し方向転換をします。
リアルが大きく変化しますので、ブログも自然と変化すると思います。
どう変わるって、私の泣き言がこれまでの3割増くらいになります。
そうです。
今より、鬱陶しくなります。
それから、ちょっぴり毒々しくなります。
それから、強がりが4割増くらいになります。
でも、すぐに泣き言が入ります。
この時点で、更に鬱陶しさ倍率ドンですね。
詩と散文が増えます。
写真も増えます。
エロスとSMも増えます。
テンプレートが変わります。
更新頻度よりも、言霊パワーを目指します。
言霊にパワーをつけると、胡散臭いですね。


しかしこれ、全部、予想です。

どうやら私は、常に目的まっしぐら。
手段を考えるのが、苦手です。
でも、いつも目的だけは明確です。
全て、常にどこか、見切り発車です。
だから、頻繁に転びます。
泥だらけ。
傷だらけ。
と、言ったらなんか格好いい感じやけど、
変な体液、いっぱい出てます。
塗れてます。

歩みは遅いです。
ありんこだと思ってください。
ありんこの一歩ずつなので、
いきまいていても、大したことはありません。
でも、ありんこ、意外とパワフルやからね。
でっかいパンのかけらとか、普通に一人で運べるからね。
ノミも凄いよ。
一っ跳びで、東京ドーム越えるとか聞いたけど、あれ実話ですか。
嘘くさいよね。


わたし、関西生まれ、関西育ち、関西弁を生涯放棄しないと誓っている
重度の関西人です。
いい加減が、良い加減、をこの土地で学んでいるのだと思います。
特に、大阪に住み続けていることで、私はこの土地と人柄に、
本当に救われていると感じます。
出身は、同じ関西なのだけど、大阪という土地は、
さすがアホたちの聖地。
別格です。
病気を自覚したことで、常に力を抜くことを学び続けてきました。
悲惨なネタも、笑い飛ばすユーモアが土壌です。
そこでパワー(胡散臭い)が溜まったのか、
これからは、逆に力を入れてみたいとこが出てきました。

力を抜くところは抜いて、
私自身を信じて(←胃腸の話ではないですょ?)、
コメントくださったり、密かに読んでくださったり、
ランキングポチしてくださったり、
陰ながら応援してくださるネット・リアルな方達のお一人お一人の存在に
精一杯の感謝をこめて、新しいステージに踏み出したいと思います。

イメージ先行のブログ世界。
文字しか頼りのない、ブログ世界。
誰かのイデオロギーを刺激し、反感を買ったと思ったら、
幸運にも、私のような者でも誰かを勇気付けられたりするブログ世界。

何のこっちゃ分からんと思いますが、
リアル世界の私が、モニターのこちら側で、今感じている全てです。
首にカラー巻いて、肩に乗った文鳥にカラー齧られながら、
思うままに書きました。
カラー高かったので、保険きいても3?5000円したので、
齧られる度にうっすら涙目になりますが、阻むこともできず、
されるがままです。穴、開いてます。
手を出すと、噛まれますので、齧られるままです。
こんな、首もまわらぬ私ですが、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
皆様へ。
ふかぶかと。




一度も推敲なしの、一発乱文で、申し訳ありません。
今更ですが、冒頭の牛乳の話、いらんかった。
すいまっせん。



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大阪駄文 | comment(16) |


2008/03/29 (Sat) 空白の手帳 飛び立つ音符

20080329dia.jpg

買ったばかりの楽譜  音符は時々鳥のよう



ブログを書くという作業について、この数日間、考え続けていた。
一日何度も更新する日もあれば、
ひとつも更新しない日もある。
更新しない日、私は不安に襲われる。
何か重大なミスを犯しているような不安を抱え、
読んでくれる姿の見えぬ誰かの中で、
私という存在が掻き消えてしまいそうな予感が不吉に瞬く。

ありのままに書きたい私は、
この不安までも、言葉にして綴っていいのかと胸の内で彷徨う。
馬鹿げた不安だと思う。
誰が見ているのでもなく、まず、私自身が私を見ている。
嘘をつけば、私が見抜き、
繕えば、私が冷笑し、
飾れば、私が欲望を失う。


ランキングに参加している理由。
記事を更新する度に、まず私自身が確認する。
誰がクリックしてくださっているのか、私は分からない。
気にしていたランキングを、私は見ようとしなくなった。
時々、偶然見かけては、1クリックという手間をかけて、
私を応援してくださっている誰か、顔も見えない誰か、
声を聞いたこともない誰か、言葉を交わしたことのない誰かの存在に、
はっとなる。
心からの感謝の直後、恐れのような感情が湧出してくる。
私は、きちんと私を書けているのだろうか、
伝わっているのだろうか、
少しでも、ひとつの記事でもいい、誰かの助けになれているだろうか、
読んでくれるあなたに、私の言葉は届いているだろうか、
飾ってはいないだろうか、私の心が後ずさってはいないだろうか、
誓った決意を恐れてはいないだろうか、
ありのままの私が、顔も見えない読んでくれるあなたに、
ありのまま伝わっているだろうか。
誰かの心にきちんと、触れられているだろうか。


低空飛行の数日間。
もしかしたら、一ヶ月。
誰が気づかなくとも、私自身が知っている。
みっともなく、無難に、地べたを這いずるように飛んでいた私を、
私自身が見ている。
もっと高く飛んでみたい。
風に乗ればいいだけ。
言い聞かせても、低空飛行。

翼が言うことをきかない気がしていた。
上昇すれば、次は墜落。
次は、生きてはいられまい。
死んだことなど一度もないのに、
次こそは死んでしまうような予感を抱きたがって、
あわよくば、低空飛行のこの間に、いっそ撃ち落されてはくれまいか、と
風に怯えながら、風に任せて飛んでいる。


実生活に、大きな変化が訪れた。
私が、望み続けてきたものの幾つもが一度に訪れた。
予定が、手帳の空白を埋めていく。
私の手帳の見開き、1ページに1年間が見渡せる。
望むままに書き込みたくなる。
ショートしやすい脳が、さっそく弾けて跳んだ。
解離した。
昨日の記憶は、全て朧げでしかない。

このブログにこれまで書いてきた「ありのまま」は、
殆ど肝心な部分を欠いて、ありのまま書いている。
触れられずにきたもの、確かな記憶として掴みきれないもの、
書けば私がショートするもの、肝心なものほど書いていない。
一つだけ。
その中から一つだけ、向き合うことにした。
必要が出てきた。
もしかしたら、私の病の一部でしかないと思っているこの一つが、
全ての根源であるような気もしている。
最終的には、全てと真っ向から向き合うことになるかもしれない。
それでも、構わない。

何のために向き合うのだろうかと、そればかりを考えてきた。
思い切り風に任せて、飛び上がり、広い広い空を
恐怖で震えながらでもいい、不安で目を閉じていてもいい、
とにかく青い空を見たい。
もっと近くで見たい。
地上よりも空が近くなるくらい、もっともっと近く、この目で見たい。


撃ち落されるべきは、低空飛行する私ではなく、
今にも地上に降りよう、もう二度と飛べないように、
翼はないのだと思いたいと願う、臆病な自分だ。


恐れも風になれ、と祈る。
震えている私でも、目をつぶっている私でも、
広がる翼を広げれば、いつの間にか飛んでいられたらいい。

解離が、悪化するかもしれない。
しないかもしれない。
どうなるか、分からない。
裁判のときと、似ている。
ただ、自分の力で飛び立とうとしている。
誰一人信じようとせず、失語で言葉を失い、
自殺と他殺の欲望に呑まれ、世界の底辺の塵だった。
治療が進み、言葉を取り戻し、ブログを始めて、半年。
ようやく、助走を始めようとしている。
全ては、ニューヨークでダンサーとして活躍する、
友人Tに、去年、話した通りの段取り。
弟MTにも、話した通り。

遥か空の向こう、ニューヨークからメールが届いた。
「美鳥よりも、美鳥の力を信じている」
と、書かれてあった。
嘘でも、綺麗ごとでも、お世辞でもない。
彼女が彼女自身を信じていることを、私は知っているから、
彼女の言葉を、私も自然、信じている。

私は、私を信じる。
ありのまま、ここに書いたことを偽るな。

私が、私を見ている。
心に決めた。





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日々日記 | comment(15) |


2008/03/27 (Thu) いっそ網棚に置いていいっすか?

首をゴルリッと、ストレッチで負傷して以来、
相変わらず、首、痛い。
朝の段階では、昨日より回復したかに思えた。
しかし、油断は禁物なので、相変わらず大仰な装備。
カラーをつけて、温熱パックをつけて、
歩くときは、背筋ピーンと伸びている。
かつてない、姿勢のよさだ。


朝に予約していた病院は、パスした。
ちょうど一週間前、医者に「私、もう少し真面目に通院します」
と言ったくせに、まさか今週、さっそく行けないとは。
予想外。
先生、すみません。
精神が不安定になることは予想しても、
まさか首やっちゃうとは予想外だったもので。
精神科行く体力あったら、整形外科に行けよ、という状態。


しかし、夕方のカウンセリングには、何が何でも行かなければならない。
当日のキャンセルは、きかない。
一回で7000円以上の出費。
キャンセルすれば、次回、倍の約15000円(税込み)払わねばならないのだ。

とにかく、夕方のカウンセリングに出陣すべく、体調を整える。
じっとじっと、ひたすら安静に・・・・・。
でも、気がついたら結局安静になどしていなかった。
掃除機かけてたときと、同じパターンに。

出かける時間が来て、支度するが、大変だった。
一切、下が見えない。
何がどこにあるやら。
首、動かないから。
ストッキングとか、もうどうでもいい。
見えないし、手が足先に届かない。
ドライヤー、かけられない。
頭頂部は、乾かすのを諦めた。
服、着れない。
スカート、はけない。
首の痛みが、いよいよ肩、背中、腰、腕にきて、
着替えは、まるで地獄巡りのようだ。

服選びも、どうでもよくなった。
メイクも、ここが目です、ここが頬です、と、印程度に10秒で済ませた。
コートと靴が全く合っていない。
これも、もはやどうでもいい。


電車は揺れてきついだろうなぁと思っていたら、
駅までの自転車の揺れが既に苦行。
頭って重い。
腕って重い。
何とか乗り込んだ電車に揺られていたら、
網棚をじーっと見つめている自分に気づいた。
ああ、せめて駅に着くまで、あの網棚にこの頭を置いておけないだろうか、
と真剣に考える。
網棚に何か置こうなんて考えたことがなかったが、
生まれて初めて置きたいと思ったものが、自分の頭とは。


カウンセラーは私を見るなり、何も言ってないうちから、
「どうしたの!?」
と、言った。
私の背筋が、ロッテンマイヤ先生(ハイジより出典)のように、
ピシッと伸びていたからだ。
頭の揺れを最小限に留めるべく、数十分で編み出した最善の歩き方が、
ロッテンマイヤ式だった。


今日のカウンセリングは、首が痛かったものの、行って良かった。
本当に、行って良かった。
自覚はあったものの、ここ数日、
ボダボダした(境界性人格障害特有の思考回路にどっぷり浸かった状態の意)
感情、思考回路に捕らわれていたからだ。
危ないですねぇ、いかんですねぇ、と先生と頷きあう。
スッキリと思考が整理されて、相変わらずボダってるものの、
とりあえずは何を考え、どう行動すべきかは具体的に分かった。
実行できるかは、別問題だが、
明日、病院へ行って、そこらへんを強化してこようと思う。


よせばいいのに、首は最悪に痛んでいる中、
こういうときほど、買い物に行きたくなる。
何といっても、成城石井は外せない。
しかし、自然手が伸びるのは、パン、それから、パン、そしてパン。
軽いものばっかり。
牛乳やヨーグルト、今はまっているヌューダを買いたかったのに、
重い、と思うと、手が伸びない。
首にとって、自殺行為だ。
人間の無意識とは、強いものだ。
自然、軽いものばかり買った。


一旦、石井を離れて、デパ地下へ出かける。
それから、書店へ行って、あかん、もう首限界、と帰ろうとしたら、
タララランタラランと、ジャズピアノの音色が流れてきた。
ふらふらと誘蛾灯に吸い寄せられる蛾のように、
しかし、あくまでも背筋はロッテンマイヤ風で楽器屋に足を踏み入れた。
ピアノの楽譜を選び始め、買ってしまった。
全く予定のない買い物。
大好きな曲だから、構わないといえば構わないのだが、
首やら腕やらこんな状態でピアノとは我ながら何を考えているのか。


再びデパ地下に戻り、何かふっと時間が飛んだ。
と、思ったら、手に小さなビニール袋を提げていた。
ええっ!?何だこれは!
と、驚いた。
何かデパ地下で買ったらしい。
あったかい。
記憶にない。
仕方ないので、持ったままぶらつく。
大好きな日本酒を幾つか試飲した。
好きだけど弱いので、試飲で十分楽しかった。

成城石井に戻り、果敢にもヌューダは買った。
500ミリリットルが重い。
炭酸分、重かったり軽かったりするのだろうか、と
数グラムにもこだわる思考が我ながら、おかしかった。
夕飯も買った。
半額セールの時間と重なって、お得な買い物ができた。


再び、網棚を熱っぽく見つめながら電車に揺られ、帰ってきた。
行きよりも、更に首の痛みはズーンと重く重くなり、
網棚に頭どころか、もう全身乗せたい気分だった。


再び、自転車での苦行。
家に帰り着いたら、グロッキーになっていた。
サッカーをやっている。
いつもなら、大いにリアクション付きで選手に激しく感情移入し、
それは鬱陶しく応援するのだが、
こんだけ痛かったら、もうどうでもいい。
ただただ、頑張ってね、と静かに祈るのみ。
そんなこと書いてたら、一本シュート入れられて、
あっさり追いつかれた。
あああっ!!と叫んでしまった。
首に響く。
頼むから、勝ってくれ。


小さな袋の中身は、コロッケ二つだった。
何コロッケだ?
食べてみるまで、分からない。
自分が買ったはずなのに、何なのか分からないこの不思議。
いい加減、腹を括ることにした。
カウンセリングに行く度、というより、外出する度、
スコーンと記憶が抜ける解離が起きているようだ。
パックの中味。
私の好きなコロッケならいいのだけれど。




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日々日記 | comment(13) |


2008/03/27 (Thu) 壁の向こう

<カウンセリング 2008.3.18>


勇気を出して、行って良かった。
話した内容は、思いがけず、思いつく限り全部。
でも、やっぱり記憶が曖昧だ。
手帳を付けなくなってから、自分に起こった出来事が把握できない。
1ヶ月ちょっと、カウンセリングを休んでいた模様。
そして、その間、
K先生が心配して私のブログを読んでくださったことが分かった。
カウンセリングルームでの会話を重視したいから、
ブログは、読まないことが多いみたいなことを言っていたから、
てっきり読んでないのかと思っていた。

相変わらず、K先生に対して、ぼんやりしている私の心。
心配してくれるK先生に対し、私は、実にぼんやりしている。
理由は、K先生の性別。
女性だからだと思う。
最初から、K先生が女性であることが私にとっては、結構絶望的な事実だった。
カウンセリングでの治療過程で必ず通るという、
「転移」も「逆転移」も決して起こり得なさそうな雰囲気。
女性=母親像と重なるためか、最初の頃は本当に苦痛だった。
カウンセラーが男性ではないから、私の治療は進まないのでは?と思ったことが、
今まで何度もあった。
でも、男性だったら、とっくに続いていないだろう。
問題が複雑になりすぎて。
恋愛対象になるのは、まずいのだ。

そんなわけで、意外と色んなことが話せた。
先生がブログを読んでくれていたお陰で、
いつも肝心な事実を話し逃したりするけれど、
今日は、分かってもらえているのなら、と気持ちに重点を置いて話せた気がする。

記憶が曖昧だから、家を出る前、
ちらっと自分のブログを見たりしたけれど、
あまり思い出したくないことも多くて、
結局、「あや」のことだけ話せればいい、
対策を聞いてくるんだ、と目的を絞って出かけた。


「あや」の姿が見えたときのことを話し出すと、涙が止まらなくなった。
「大丈夫ですか?」と、わけもなく泣きながら何度も聞く私。
先生からの答えは「大丈夫」だった。
「人格がバラけそう」と「人格がバラけている」の違いなんかを
一生懸命、話してくれた。
私の創造力みたいな話をしていた。
小説を書いたり文章を書いたり、空想したりする力のことだ。
その能力と、私が思い出せない幼少期の記憶などと関係があるとか。


私が思う、「あやが出そうな状況」を話した。
あやが生まれたのは、Yという男性から。
母性を持つ男性だ。
彼と実際あったこともある先生は、なるほど、と。
でも、私は涙が止まらなくて、どういう意味なのか確認できなかった。
気持ち悪い、気味が悪い、
これ以上自分が分からなくなるかもしれない恐怖、
そんなもので頭の中がいっぱいで、涙が止まらなかった。

先生は、私が色々と新しい人間関係の中で
不安を感じているのではないか、と訊いてきた。
「私」でいてもいいのだろうかなど感じていないか、
相手によっては、自分のままでいるのが怖くはないか、と。


怖いかどうかは、分からない。
相変わらず、自分が不安を感じているかどうかも分からない。
苦痛が、分からない。

ただ、「私」でいてよいのだろうか、は頻繁に思う。
「私」より「あや」の方が、人から愛される気がして、
私は人から愛されるべき人間ではないと思っている。
そんな思いが、どんどん強くなる。
同時に、あやという存在への気味の悪さや憎しみ、嫌悪感が募る。
「私」を、渡すものかと思う。
本能的な危機感を持つ。


先生は、今までの対人関係が、築いては壊れる、築いては傷つけられる、
の連続だったから、築くことで恐怖が襲ってきているのでは、と言った。

分からない。
考えようとすると、頭の中のピントがぼやける。


私は、話の概要はつかめたものの、感覚としてよく分からなかった。
「大丈夫ですか?」と、とにかく何度も何度も確認した。
「大丈夫」と、先生が言うので、徐々に安心してきた。
とにかく、今の私が、取って変わられることに危機感を持っているから、
今の私で、十分に症状を食い止められていると言われた。
しかし、ならば私が見た彼女の姿、それから、あの感覚は、何なのだろう。


それは、また今度になった。
今回だけでも複雑過ぎて、よく分からなかった。



帰りの夜道を歩きながら、今日話したことを何気なく思い出していると、
出会うことは、別れることだと頭にインプットされている。
ずっと続く関係など、あるのだろうかと疑っている。
何か築かれる前に、別れてしまっても大丈夫な準備をしようとしている。

なるほど、築くことは恐ろしい、と感じた。
他人事のように、感じた。
いつも、いつも、そうだ。
辛いこと苦しいこと悲しいことは、他人事に感じる。

変化することも怖いでしょう、と先生が言っていた。
確かに、変化が怖い。
自分から人を求めていくけれど、距離が変わったり、
相手と出会うことで自分の心が変化したり、揺れ動いたりすることが怖い。
今、全然怖くないふりをしているのは、
本当は以前より、もっともっと怖がっているからからもしれないと思った。

いつ傷つけられても、平気なように。
いつ去られても、動揺しないように。
いつ別れが来ても、泣かないように。
そればかり考えて、不安も恐怖も、全部、壁の向こう側へ。

そうして、邪魔な小道具は、全部纏めて壁の向こうへ投げ捨てる。
べたべたに塗られたチープな背景板の向こう側に、乱雑に積み上げる。
そうして一見真新しくなった舞台で、新しい出会いに胸躍らせる。


滑稽だな、と思った。

今日も、「私」の時間が続く。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※以上は、先週のカウンセリングの記録です。
翌日病院へ行くと、カウンセラーとは違う診立てをされました。
後日、病院での記録もアップします。
両者の治療を同時に進めることが、今ベストだと感じています。
心は、誰にとっても難しく、また果てがない領域のようです。


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治療日記 | comment(4) |


2008/03/26 (Wed) あと少し あと少し

寝込んでいる。
正しくは、寝込んでいなければならなくなった。
精神的なものではない。
情けないことに、自業自得。

昨日、いつものストレッチをしていた。
やっぱストレッチはええわぁ。
引きこもっていても、多少気分が悪くても、
ストレッチは大事よね、とヨガ気分を味わっていたら、

ゴルリッ(←ほんまにこんな音)

と、音がして、首に激痛。
以来、首が左に曲がらず、軽いむちうちのようになってしまった。


元々、首は弱点。
私の首は長くて、しかも骨の形が人と違うらしい。
S字を描いていなければならない首の骨が、
私の場合はひらがなの「つ」のようになっている。
その先に頭があるので、普通の人は、首の上に頭が乗っているが、
私の場合は、首の上に「頭を吊り下げている」状態。
外から見た分は、何も異常がない。
数年前にレントゲンを撮ったときに、初めて知った。


湿布を貼ったり、温めてみたりしながら、
それとなく過ごしていたが、負傷していない右肩に響き始め、
これはまずい、と眠剤を飲んで寝た。
以前、悪化させて救急車を呼ばねばならぬ程の事態になったことがあるから。


今朝、目を覚ましてみたら、前日よりましになっていた。
しかし、起き上がるのも勇気が要る。
考えてみれば、首の骨に対して、頭とは何と重いものか。
こういうときは、いつも気にならない髪の重さまで、
ようこんな重いもん頭に生やしとったもんやな
と、思えてくる。

とにかく、安静が一番大事だ。
ひたすら、ベッドに横になる。
何かしようと思っても、殆ど不可能。
読書の続きを、と本を取っても、この本がまた、
昨日に比べて漬物石のように重く感じる。


ひたすら横になって、昼の2時まで寝ていた。
朝に起きている文鳥は、唯一の遊び相手の私が寝ていることを許さない。
何寝てんねん、退屈やんか、うちと遊ばんかい、と
顔に乗っかってくる。
それでも起きない私の腕を、カジカジと噛む。
微妙に、クチバシの先だけで噛む。
その方が効果的なことを、彼女は知っているのだった。

痛い。
痛いけれど、とっさに避けられない。
急に動くと、首が危ない。
齧られるままに、
痛いよーごめんよーママは手負いなのよー遊べないのよ
と訴えるが、人間語が通じるわけもない。

そのうち、最近むくがはまっている
「シーツ破ってやるぜ」遊びを始めた。
退屈の果てに文鳥は、色々な遊びを編み出すが、
この「シーツ破ってやるぜ」遊びは、たまらない。
全身を使って、ぐいぐい、がぶがぶ、
器用にシーツの一部分だけ引っ張る。
引っ張る。
僅か1ミリにも満たない穴を開けたとみるや、
そこにすかさず尖ったクチバシをグイグイ錐のように突っ込む。
破る気だ。
破って、巣箱に運ぶ気なのだ。
それも、私がそばにいるところで、安心して破りたいので、
シーツが選ばれるのであった。

むくちゃん、これはママのだからやめてーと優しく言ってみる。
聞くわけがない。
黙々と、足を踏ん張って、グイグイグイグイくちばしで引っ張る。
仕方ないので、彼女が熱中している部分を手で塞ぐと、
ギャルルルル!!
と、激しくお怒りになった。
俺の(女の子だけど)仕事場に入るんじゃねェェ!!
と、手をガブガブ噛まれた。


シーツを破られてもたまらなので、渋々起きた。
奥の手で、数年前にムチウチになったとき、
整形外科で貰ったネックカラーを装着した。
そこに更に、回復を促すべく、レンジでチンして温めた肩こり用パックを巻いた。
大袈裟な格好だ。
でも、ネックカラーとやら。
首が弱いので、こんなこともあろうかと置いていて良かった。
優れている。
頭を、がっちり支えてくれる。
そのかわり、鎖骨にカラーが食い込んで痛いけど・・・。


私が起きたので、むくは大喜び。
一緒にキッチンへ行って遊び続けた。
風呂に入る、というので、水をためてやり、
水浴びが終わるとブランコに連れていけ、というので、
連れて行ってやった。


それから、Nさんから電話を頂いて、話をした。
何やら心沈む内容で、ええっと、我ながら驚いた。
自分が望んでいるままの展開。
なのに、この心の混乱は何だろう。
Nさんも、ええっ と、私同様戸惑い気味。
互いにわけの分からぬ展開。
わけが分からないのは、ただ私なのだが。
うっすら涙が出たが、いやいや、何かおかしいよ、と自分で自分を宥めた。
私には、守るものがないから平気だと思っているが、
何かまだ守りたいものがあるらしい。
それとも、ただ意気地がないだけか。

電話を切って、
ちくしょう
とベットに倒れこんだ
のではなく、首痛いから、
ちくしょう!
と一応叫んでおいて、そーっと横になった。


安静、安静、と昼まで思っていたのに、
色々と考えることが重なって、ぼーっとなっていたらしい。
気がついたら、掃除機をかけていた。
ネックカラーが苦しいわ、うまく腕も動かないわ、掃除機は重いわで、
ハァハァ言いながら、掃除機をかけていた。

なんでやねん。

かけおわって、掃除機を片付けるときになって、
ハァハァ息切れしながら、自分にツッコんだ。
こんなときに敢えて掃除しなくていいだろう。


駄目だ。
もやもやしているのだ。
このままじゃ駄目だ。
こんなときは、やはりヤツだ。
弟、MTだ。

さっそく電話をかけてみた。
出た。
思いつくままに、話した。
2時間、話した。
とにかく、もやもやもやもやしている不満を伝えてみる。
オノ・ヨーコの話をする。
それから、自分に足りないものは何だろうかと相談する。
生命工学の話と、パトリシア・ピッチニーニと、
彼からまた色々と先端アートの話を聞き、アドレスを送ってもらい、
アニメ「甲殻機動隊」の「INNOCENCE」についての対談が、
かなりクオリティーが高く、姉貴の糧になるのでは、と
またアドレスを教えてもらう。


恋愛についても、MTの彼女のことやら話していて、
結局、逆にアドバイス頂いた。
過去のとんでもない私の失敗談で二人で笑った。
弟から、こんなことアドバイスされる姉ってどうよ?
と、MTが笑うから、
ええんちゃうの
と笑った。
年もなんも、人生関係あるかい。
未熟な私は、未熟に変わりなく、成長させてくれるものならば、
何でも吸収したいのだ。


探していたピースが、殆ど揃った。
Nさんから言われた「迷っているんですね?」と、
MTから言われた「覚悟が足りない」という言葉。
それから、「何のために」という動機が揺らいでいるという言葉。
私自身が感じていた「低空飛行」の毎日。
無難に過ごすことの、楽さと虚しさ。
ここから、飛び立ちたい。
もっと高く。
もっと速く。


ピースは、意外と人が持っていた。
求めていたら、自然、与えてくれた。
後もうひとつか、ふたつ。
もやもやもやもや、うだうだうだうだ、
首にネックカラーつけて、
わけも分からず掃除機かけている間にやって来た。


望み続けよう。
あと、少し。
飛び立つまでの助走を始めるまで。
あとは、私が覚悟を決めること。
私自身を信じること。
信じるために、動くこと。
信じることを、恐れないこと。
次へ、進もう。






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日々日記 | comment(19) |


2008/03/25 (Tue) 女の功名は十両から

一昨日、日曜日のこと。
記事◇走りたいスイッチを書きながらテレビをつけたら、
偶然NHKの「新日曜美術館」が始まって、
まさに「日展」の歴史を放送していた。

○NHK 新日曜美術館 http://www.nhk.or.jp/nichibi/

壇ふみが出ている。
彼女の存在が、大好きだ。
司馬遼太郎の「功名が辻」がドラマ化される度に見てきたが、
壇ふみを越える「千代」を見たことがない。

以来、壇ふみを見ると、「千代」にしか見えない。
彼女が千代を演じたのは、随分前だと思う。
なのに、今だに忘れられない。
「新日曜美術館」で見たときも、「あ、千代だ」と思った。

大らかで朗らかで知恵と知性に溢れ、
落ち着きと気品と無邪気さ、懐の深さ、落ち着き、女性らしさを
全身から百合の花のように静かに放っている。
あの「千代」がもう一度みたいなぁ、と久しぶりに壇ふみを見て思った。


理想の女性像として「千代」が、常に頭にあるのだけれど、
千代には遠く及ばず、あれもこれもそれも足りない。
言ってみれば、全て足りないのだが、
壇ふみの、変わらぬ朗らかさに触れて、
「功名が辻」を、久しぶりに読んでみることにした。
何回目か分からぬ再読だ。


功名が辻〈1〉 (文春文庫)功名が辻〈1〉 (文春文庫)
(2005/02)
司馬 遼太郎

商品詳細を見る



一番好きなシーンがある。
千代が、夫、一豊のために「竜のような馬」を買うシーンだ。

侍の綺羅は人である。
よき家来、数多くの人数をもつことだ。
美服ではない。
というのが、千代の考えであった。


多くの家来を持っているために、
一豊は具足を作ろうにも困る貧しい身なりをしている。
しかし、竜のような馬を、千代は躊躇いなく「買うべきだわ」と確信し、
夫にすら内緒にして、嫁入りの頃から隠し持っていた黄金十枚全てはたいて
夫にこの馬を買うのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


伊右衛門が黄金十枚で馬を買ったといううわさは、
長浜城下だけでなく、安土城下にもひろまった。
「ほほう、山内伊右衛門とはそれほどの男なのか」
伊右衛門を知る者も知らぬ者も眼をみはった。
もともと平凡な男、という印象しか、家中のものは、もっていない。
このうわさで、人々の心のなかにある伊右衛門像が一ぺんに修正されてしまった。
人が、他人を見ている眼は、するどい一面もあるが、
他愛もないうわさなどで映像をつくってしまうようである。
千代は、そういうことを見ぬいていたようであった。

(省略)

「伊右衛門は、二千石の身上で三千石の身代相応の兵を養い、
なおかつそれほどの財貨をもっていたのか」
非凡、という印象をあたえた。
それがやがて、
内儀が持っていたらしい。といいつたわったとき、
うわさは一そうに感動的なものになった。
「伊右衛門殿は、よい妻女をもたれている」
そういううわさほど、山内家というものの奥行きの深さを印象させるものはない。
織田家の戦闘員は、五万である。
三人ずつの家族をもっているとして、十五万人が伊右衛門のうわさをした。
娯楽のすくないころだから、他人のうわさが、劇、小説などの役目をはたしている。

(省略)

千代は、馬などよりも、その「うわさ」を黄金十枚で買ったといっていい。
馬は死ぬ。うわさは死なないのである。
伊右衛門は、家中で名士になった。


               『功名が辻 (一)』 司馬遼太郎
                 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「馬は死ぬ。うわさは死なないのである。」
の部分が、大好きだ。

人が死ぬとき、どれだけ貯め込んでいても、
お金を持って、あの世に行けるわけではない。
自分の身ひとつ、この心一つしか持って行けない。
死ぬ瞬間のことを考えると、
ペンやノートや服や靴、アクセサリー、パソコン、携帯電話、
通帳、貨幣、本棚、CD、今この瞬間の時間さえ、
全てただの物にしか見えない。

身の豊かさを買うことで、心の豊かさを買えるのならば、
なんて素晴らしいお金の使い方だろうと思う。
そんなふうに、お金も時間も使いたい。

難しい。
果敢な英断と、勇気と、何より、動じない芯の強さ、
揺らがない価値観、多少の犠牲も厭わない大らかさが要る。
そして、この世には男と女しかいない。
女と生まれたからには、男の愚かさ、女の愚かさを笑う前に、
男の長所を磨きあげるような、女の特性を輝かせたいと思う。

千里の道も一歩から。
千代への道も、一歩から。
まずは、司馬遼太郎先生に「才女」の心得を、
再度、ご教授賜ろうと、1ページ目を開いたところ。


追記

千代は、いらない着物の端切れを縫いあわせて
小袖(着物)を縫ったことでも有名だ。
その柄合わせが素晴らしかったことから、
秀吉の妻寧々が大層気に入り、千代の美的・創作センスが知れ渡り、
後に皇居にまで献上することになったとか。
パッチワークの先駆けともいえるかもしれない。
千代紙、とは千代の名を由来とするとも言われている。
彼女らしい自由な発想と創作意欲、無邪気な遊び心が大好きだ。


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元片付けられない女 | comment(12) |


2008/03/23 (Sun) 走りたいスイッチ

第39回日展の大阪での会期が終わった。
毎年楽しみにしていて、欠かすことなく行っていたのだが、
今年、ついに逃してしまった。


「日展」は、公募展なので、一般からも作品を募る。
そこが大好きだ。
日本画・洋画・彫刻・工芸・書など、1度で5度美味しい美術展だ。
私は、書は全く分からないので、素通りする。
他は、全部見る。
ものすごい出展数だが、全部見る。
作品を見てから、作者を見る。

受賞作には、受賞の証が貼られているが、
私が、賞を取ったものが良い、素晴らしいと思ったことは、殆どない。
何か、どっか美の観点がずれているのだろうか。
名もない地元の素人だったりの作品が、一番心に響いたりする。
殆どの人が素通りするような作品に、釘付けになることもある。
訪れる人たちが、皆そんな感じで作品を愉しんでいる。
その姿を見るのも、楽しい。
小さな子供が、一緒に来ている親に作品について投げかける質問も面白い。
私には見出せなかったものを、子供は見つけていたりする。


ありとあらゆる人が、感性を駆使し、美への情熱をぶつけ、昇華し、
昇華しきれなかった作品も、全ての作品が一堂に会す。
作品たちに囲まれていると、眩暈がする。
この一点一点に、どれだけの情熱と時間をかけてきたのだろうかと、
渾身の作品に囲まれていると、胸が熱くなる。

生きている。
生きていく。
ここに、いる。

そんな、声にもならない声が、絵から、彫刻から、一斉に聞こえてくる。
心地よさと、狂乱の間の高揚感に包まれる。
張り詰めたような、それでいて熟して今にも落ちそうな果実に似た
濃厚な空気が漂う。
そんな空気を、一日かけて味わう。
すると、美術館を出た頃には、言葉が出ない。
幸福な沈黙で、胸がいっぱいになる。



昨夜まで、本当に元気だったので、今日こそは行く気だった。
しかし、眠剤を飲んでから何があったのか、
今朝起きてみれば、またもや右足から出血していて、
洗ったばかりのシーツに染みを作っていた。

相変わらず、何も覚えていない。
傷は、何かで刺したような一箇所。
前回一番深手を負った右足の、まさに完治したその場所。
全くの軽症なので、多少歩くときに痛いだけだが、
起きるなり、脱力した。
日展は、朝から行って一日中眺めていたいくらい好きなので、
足を怪我していると、長時間は辛い。

切り刻まれていなくて良かった。
でも、相変わらず気味の悪い自分の行動に、多少気分が滅入った。
足も痛いので、意欲が全て失せた。
ちくしょう、とベッドに倒れこんだ。
理由なく襲ってくる呼吸困難に耐えていた。
さほど気分は落ち込まなかった。
心は、安定していると思う。


以前、足がめちゃくちゃに切り刻まれていたときにカウンセラーが言ったのは、
「これ以上頑張りたくない。一人で歩きたくない。休みたい」
という、私の潜在意識の表れではないか、だった。


何となくだが、分からないでもない。
今の状態に満足できていない自分がいる。
最近、元気なのかそうでないのか、
曖昧なところがたくさんある。
目的が定まっているのに、手段が曖昧だ。
曖昧さが、フラストレーションを呼んでいる。


やりたいことがあって、
それをどうやってやり遂げようかと、ずっと考えている。
目的は、はっきりしているのに「どうやって」が、分からない。

考えようとするけれど、自動的に思考がぼんやりする。
これをクリアにする何かを探している。
自分の中に幾つもあるスイッチの、殆どはONにした。
でも、残りあと幾つかが、回路を断たれたまま、OFFになっている。
何だろう?

そんなとき、いつもなら絵を見に行きたくなる。
音楽ではなく、写真でもなく、なぜか絵でないと駄目だ。
大好きな絵を見つけ、そこに1時間でも2時間で立ち、眺め続ける。
そうしていると、理屈でない衝動が湧き起こってくる。
変わりたいという衝動。
関わりたいという欲求。
生み出したいという情熱。


大好きな日展だが、今年は行けなかった。
というより、行かなかったのだろうと、今になって思う。
「行きたい」じゃなく「行かなくちゃ」だった。

足りないスイッチを、ONにしたい。
今回だけは、絵や彫刻ではないのかもしれない。
何か他のものかもしれない。
きっと、そうだ。
それは何だろう?

心から何かを求めている。
先月から、ずっと探している。
いくつかのピースを、色んな人から頂いた。
あと少しだけ、足りない。
足りない。足りない。
1ヶ月くらい、ずっとそんな気分。
探している。
見つけたい。
どこかに転がっているかもしれない。
誰かが、ふと持っているかもしれない。
分からないけれど、どこかに必ずある。


残りのスイッチを見つけて、
ONにできたら、その瞬間から走ろう。
こんな曖昧で怠惰な時間を抜け出して、
一度、思い切り、息が切れるまで。
走って、走って、走りきって笑いたい。
夢を、自分の足で叶えたい。
心の底から笑いたい。



◇日展(日本美術展覧会)第39回
出展作の一部がご覧頂けます。



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日々日記 | comment(20) |


2008/03/23 (Sun) 着倒れ遊び

昨日22日は、外出する予定だった。
しかし、頓挫した。
なぜか。
春だから、なんだか最近調子が上向きだから、と
張り切って、自分の状態に見合わぬ予定を盛り込みすぎた。
なんとなく無理だと思っていたのだろう。
どれも楽しみにしている予定なのに、計画の立て方で
全て億劫になってしまったようだった。
前日から、うっすらと敗北感を感じていた。

当日、一向に外出する気配なく、昼になり、昼になると手遅れな気がした。
予定がこなせない。
自分の駄目っぷりに、嫌気が差した。


何通もの書きかけのメールの続きに手をつけたが、
メールの題材に熱中し過ぎて、自分の世界に入り込み、
メールとして成り立たなくなってしまった。
送るわけにいかないので、下書きに放り込んだ。

特に、キリスト教とイスラム教と日本とアメリカと社会の中での、
「性的マイノリティ(いわゆる変態)」についての考察を書く機会を得た。
しかし、これはメールじゃ無理だ、と思った。
興味がありすぎて、書きたいことがありすぎて、
何百、何千行書いても、一向に終わらぬ気配。
大学時代、なぜあんな興味もない卒論を書いたのだろうか。
文学など殆ど禄に読んでもいないし、読むのは好きだが
作品を論ずるなど大嫌いだった。
もともと、感想文が大の苦手だ。
一晩か二晩徹夜で卒論を仕上げたことを覚えている。
興味がないものは、とことん出来ない性質で、
そこが私の一番の欠点だ。

性的マイノリティ、宗教と身体と性文化について書けばよかったと、
いまさらながらに後悔した。
学部が違うから、書きたくても書けなかっただろうが。


それからは、ネットゲームで手術などやっていた。
以前は、依存症だったらしく、24時間寝ずにネットゲームにはまっていて、
はまり過ぎて、自分でも気持ち悪くなるくらいだった。
一切やらなくなってから、久々のネットゲーム。
なかなかよく出来たゲームだ。
運び込まれてくる患者に、外科手術を施す。
症例は、様々だ。
道具は、10種類近くある。
切ったり、抜いたり、縫ったり、消毒したりと忙しい。
私の外科医としての技術も着実にレベルアップし、
いよいよ重症患者の手術になってきた。
前日の夜から続けているので、腕が上がるのも当然だ。
時間を浪費した分、ネット外科医は経験を積んで成長するのだ。
しかし、どうしても治せぬ病気が出てきた。
気分は既に、ブラックジャックだ。
何としても治してみせる、と意気揚々と何十回と同じ症例と向き合った。
しかし、ブラックジャック気分は、文字通り、単なる気分
最終的には、私の力及ばず、匙を投げた。


今度は、気がつくと、アバター作りに熱中していた。
ご存知の方が多いと思うけれど、アバターとは、
ネット上の着せ替え人形のようなもの。
友達とのチャット用にIDを取って、アバターは作らなかったが、
今日、ふと思いついて、サイトに行ってみた。
昔よりも遥かにアイテムが増えていて、
顔のパターンから何から、もう把握できないくらいにある。
可愛い、着てみたい、と思う服は、大概有料だ。
そこまで力を入れる気はないから、
とりあえず全身無料で作ってみることにした。

最初に自分のクローゼットというものを貰う。
そこには、上限100着まで入る。
顔、髪型、ピアス、服、靴、バッグ、ペット、背景、あらゆるものが入る。

100着か。
そんなにいらんわ。
そんなに服選んで、どんだけ暇やねん。
と、最初は思った。
しかし、片っ端から見ていって、
とにかくこれは普段の私が着ていそうだと思うアイテムを集めて、
クローゼットに放り込んでいったら、100着になった。
クローゼットが、満杯だ。

そのかわり、何時間もかかった。
無料ながら、途中からは、すっかり買い物気分。
普段、実際には着ないものまで、チャレンジしたくなってくる。
自分に似せた顔、髪型に、あらゆるものを着せてみる。
普段着ないものは、やっぱりアバターでも違和感がある。
でも、意外にこれもいけるんじゃないのか、という新たな発見もあった。
面白い。


両手にそれぞれ何か持てるので、何か持たせたくなった。
左手に香水瓶、右手に指示棒を持たせた。
何やら、私は実際とは逆の「S」というイメージがあるらしく、
本当は乗馬鞭など持って、脱力感を出したかったのだけれど、
さすがのYahooも乗馬鞭は用意がなくて、教師の棒にした。
見てくれた友達に
「棒がしっくり来ているが、網タイツを履いてないのが惜しい」
みたいなことを言われた。
にしおかすみこなイメージなのか。


100着クローゼットに放り込み、その中から、
当座の洋服を選ぶ。
ああでもない、こうでもない、
服は良いが、似合う靴がない、ペットも飼いたいなど、きりがない。
ひと揃え着せ終わる頃には、昼が夜になっていた。
熱中しすぎた・・・・。
とてもとても疲れた。
馬鹿みたいな話だが、アバターにこだわり過ぎて
調子を崩して、頓服を飲んだ。
アホやなぁ。


架空のクローゼットである。
実際の私がそれだけ洒落たわけでもない。
なのに、この満足感。
クローゼットには、あのスカートも、あのマニキュアも、
あんな可愛いバッグだって入っている、という満足感。
あれは普段着ないが、今度アバターで着てみよう、
どうなるかしら、楽しみだわ、という、わくわく感。



アバターだけに一日を奪われては、と、
少しでも挽回するべく、避けてきた文鳥たちの爪切りをした。
文鳥は、ちっこい。
体重は僅か20?25グラム。
すっぽり片手で握れる大きさ。
その足についている細い爪の中に通っている、
更に細い血管を切らないようにして、
爪を切らねばならない。

年長9歳のももは、観念し、体力もないので、
抵抗もほとんどなく無事済んだ。
しかし、いつもそうなのだが、爪切りをガン見。
見る度に、恐怖なのか何なのか、ふーっと意識が遠のくようだ。
気の毒だが、見なければいいのに、と思う。
自分の体と同じくらいの大きさの金属の鋏で足先を切られるわけだから、
それは怖いだろうなぁ、と気の毒にもなる。

7歳のむくは、暴れる、暴れる。
こちらはケガさせないように必死なのだけれど、
気が強い彼女には全く関係ない。
文鳥キックを、連続、繰り出す。
噛む。
暴れる。
流線型の体で、するり、と掌から抜け出そうとする。
逃げられないと分かると、
恐竜みたいな声で「ギャー!」と叫んだ。
先に爪切りを終えたももが、驚いて、巣箱から顔だけ覗かせ、
恐る恐る私達を見ていた。

余計に時間がかかって、
暴れたために彼女自慢の純白の羽がボッサボサに乱れた。
いやなことをされて、むくは少しの間、俯いて落ち込んでいた。
彼女は、子供の頃から、たまに鬱になるのだ。
他の子にはないところだ。
でも、すぐに忘れて、ぴったりくっついてきてくれた。
頭を撫でてやったら、満足げな顔になった。
文鳥の脳は、ちっこい。


爪切りは、嫌われる。
だから、できるだけ文鳥も私もやりたくない行事。
でも、ママたる者の責任。
ひとつ仕事ともいえぬ仕事をこなした。


今日という日には、点数は付けまい。
こんな日もある。


変態について、宗教的見地から考察した。
架空のクローゼットを満杯にした。
文鳥の爪を切った。

強いて言えば、アホな一日やった。

それでは、また明日。




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日々日記 | comment(11) |


2008/03/20 (Thu) 熱唱オレンジ

夫ある女性と、妻ある男性、ひとりの私。
三人は、親友であり、恋人であり、
世界中で一番大切な存在。


三人、それぞれに生きていくことにした。
互いに、決めた。
悲劇的な別れ方じゃなかった。
お互い、愛し合う心に何の偽りもなく、
ただ、みんな、臆病で賢明で自由だった。


けれど、最後に偶然、男性の後姿を見たとき、私は迷った。
一度決めた心を、捨てていいのか迷った。
彼を、見失ってしまう。
私は、感情の何もかもを振り切って走った。
彼を、追いかけた。
地面を蹴って、息を切らせて走った。
彼の姿を探した。
走り続けた。
夢の中で、私がちゃんと走ったのは、初めてだった。
春の柔らかい陽の下、坂を駆け下りた。

自宅に入ろうとする男性を、必死に呼び止めた。
私の姿を見て、優しい彼は、嬉しそうに笑った。

彼の家は、彼が設計した最新の美しく住みやすい家だった。
そこで、彼が別れたがっている妻と会った。
小さな男の子とと女の子もいた。
妻は、彼から聞いていたように、料理が上手だった。
そして、清潔で美しくて私は、彼女が嫌いになれなかった。
幸福な家庭に思えた。
なのに、私とアルコールが必要なひと。
ただ、ただ、彼が不憫だった。


妻が作ってくれた料理を、全て食べた。
メニュー一つ残らず覚えている。
きれいに盛り付けられ、工夫された美味しい料理の数々。
妻と、彼と、二人の小さな可愛い子供達。
楽しかった。
けれど、私は倒れた。
食卓での団欒は、私には不可能だ。


彼が私の車椅子を押してくれた。
私のマンションまで送ると、携帯で妻に話しているのを聞いた。
私は、体の自由がきかなかったが、思考は動いていた。
優しい人。
だけど、曖昧な人。
でも、どれも大切。
大切。
優しい人。


彼と二人きりになったとき、私は彼の額に額をくっつけて、
私の最後の願いを届けようとした。
彼は、私がふざけているのかと思ったのか、笑っていた。
くっつけた額が温かかった。
彼を愛している、とまた確信した。
言葉が見つからなかった。
探るように、ぽつぽつと話しはじめた。
胸の中に眠らせていた情熱が一斉に芽吹いた。
柔らかい芽が土を押し上げ、みるみるうちに伸び、
瑞々しい葉を天に向かって伸ばし、つぼみをつけ、
つぼみは綻び、無数の花弁が深呼吸するように大きくほどけ、
この世の美しさとは思えぬ大輪の花を咲かせた。
体に流れる情熱と血の色を、太陽の炎の色で溶いたような赤とオレンジ。

彼が愛しくて愛しくて、独占欲はひとつもなかった。
ただ、彼が生きていること、彼を愛していること、それだけが大切だった。
彼がいるから胸の中に咲く花が、愛しくて愛しくて、
彼が生きているだけで、今や明日や未来がどんな形を取ろうとも、
取るに足らないこと。


温かい彼の額に頬を寄せて、泣いた。
溢れだす想いは、ひとつだけだった。
涙で何も見えないから、瞼を閉じて囁いた。
声が震えた。

私があなたを幸せにしたい。
私にあなたを幸せにさせて。
私にあなたを幸せにさせて。


彼は、泣いた。
男らしい顔を歪めて、震えながら泣いた。
ときどき、私の目をのぞきこんで笑った。
泣きながら笑う彼の目は、涙と優しさで潤んで、
世界中で一番美しい目をしていた。
愛しくて愛しくて、泣きながら笑って、彼を抱き締めた。


愛されたいと思っていたのは、勘違い。
私が彼を幸せにできるのなら、
それ以上何も欲しいものなどない。
答えはいらない。
彼が幸せになるのなら。
彼が彼自身を愛せるようになるのなら。


彼にしか聞こえないように、
大切に囁くのは、ありったけの祈り。
届かなくても、祈り続ける。
生まれたから、祈るだけ。
芽生えたから、花が咲くだけ。
生きているから、唄うだけ。
愛しいことに、理由はない。

胸に咲く大輪の花の花弁は、
炎の色をしているのに、艶やかに瑞々しく、柔らかい。
こんなにも美しく誇らしく柔らかい燃えるような花が、私の胸に咲くなんて。
彼は言葉を忘れた花のように震えて、静かに涙を流し続けた。
私は、愛しくて愛しくて、柔らかくて温かい彼にもたれた。
二人で声を上げずに、静かに泣いた。
もう何もかも満たされた。
これ以上なんにもいらない。




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夢記録 | comment(20) |


2008/03/20 (Thu) 心臓の血は苦い

※フラッシュバック注意


まずい曲を聴いた。
強烈に境界例くさい曲ばかり、気づいたら聴いていた。
過去が蘇りかける気配を感じた。
防御しようとした。
呼び水になるから聴かないようにしてたんだ。
もう遅かった。
形のない感情が、流れ込んできた。


心が、一瞬で真っ黒に染まった。
堰き止めていた堤防が決壊した。
溢れかえった毒の洪水に指先まで爛れた。
痛い。
涙が、溢れる。
毒は痛く、
甘ったるい。


また感じる。
後ろにいる。
数日、気配すらなかった。
なのに今は、3,40センチ後ろ、
あやが立っている。
ざまあみろ。
私は1センチもずれていない。



これが。
嫌なんだ。
私は。


畜生。

切り捨てたい。

「あや」を。

私の心臓「あや」を。

鋭い切っ先で。

何度も何度も切り裂いて切り裂いて、
切り刻んで形も分からなくなるくらい。

カウンセラーが言ったことも、医者が言ったことも、
何もかも、ぶっ飛ぶ。

頭が痛い。

苛々する。

予測がつかない。

防げない。




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機能不全家族 | comment(0) |


2008/03/20 (Thu) 名前を返して

2日前、3月17日の日記。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


不安だった。
◇靴は はかない の日のことを、あまり考えないようにしてきた。


でも、やっぱり考えずにはいられない。
あの日のこと。

それまでスムーズに会話できていたのに、
相手が「あやという名前だけど」と、口にした瞬間だ。
一瞬で、ドーンと解離した。
自分では、急に具合が悪くなったと後で思ったけれど、
よくよく思い返せば、私は、
目を開けているのに、半分は自分の内側を見ていて、
相手と会話が不可能になった。
自分の声も聞こえてはいるが、自分が話している感覚がなく、
店内の様子が急に分からなくなり、明らかな異常を感じた。
解離だった。
あんな突発的な解離は、そうはない。

自分が数十センチ後ろにずれて、
あやが今、数メートル後ろにいたのだ、と
相手に話したのは覚えている。
1メートルから数十センチの距離になったときも、説明しただろうか。
水をすすめられたのを覚えている。
なぜ水なんかすすめるんだろう?と思ったのを、覚えているから。


その彼に、思い切ってメールした。
その瞬間の私の様子を知っている、唯一の目撃者だ。

私が、自分の中に「あや」の姿を見ているとき、
極度に解離していたとき、私の様子はどうでしたか、と訊いてみた。
解離性同一性障害の人と会ったことがあると聞いていたから、
私が、そうであるのか、そうでないのか、確かめたかった。

でも、医者やカウンセラーとは話したくなかった。
決定的な何かを突きつけられる気がして、避けた。
怖かった。
でも、誰かに判断してもらいたい、
できるならば否定してもらいたいと思った。


昨日、返事を頂いた。

彼が言うには、急に私の具合が悪くなったと感じたらしい。
かなり苦しそうだった、
私の脳内に別人格がいて、
その人格の表出を必死に抑えこんでいるように見えた、と書いてあった。
また会えば、詳しく聞いてみたいと思った。


「人格」「必死に」「抑えこむ」
どれも、違和感のある言葉だと思った。
私は、人格を必死で抑えこんだ経験など、これまで一度もない。
誰が、自分の中に別人格がいて、
取って代わられるなんてことを恐れた経験があるだろう。


「自我」とは、不思議だな、と思った。
「自我同一性障害」と診断を受けている私。
つまり、「自分が自分であるという感覚がない」病気のことだ。
なのに、
あやが近づいて来る、と思った瞬間、無意識に私が思ったことは、
「渡さない」「彼女は敵だ」
「他人にはなりたくない、自分は自分でいたい」
だった。

本能的に、そう思った。
自分を渡すものかと思った。
その危機感が、私を苦しそうに見せたのか。
一瞬で解離するあの感覚は、自覚すると苦痛でたまらない。
だからだろうか。
あの感覚は、何なのだろう。


このブログでも、少し前までは、あやについて書くとき、
私は毎回ぽろぽろと泣いて泣いて、涙が止まらなかったはずだ。
彼女が可哀想だと泣いたはずだ。
なのに、今抱いている、あやへのこの怒りは何だ。
同時に、「私」という感覚が、平常時は前よりも強くなった。
今、自分の中を探してみても、昨日も探してみたが、
あやは見当たらなかった。


答えのない迷路にはまりこむ。
このまま、私はどこへ行ってしまうんだろう。
出口が分からず、なぜこんなところに迷い込んだのかすら分からない。
今までだって、自分が分からないことが
鬱よりも強迫性障害よりも、どんな症状よりも辛かった。
苦しかった。
悲しかった。
自分自身に失望し続けてきた。


私には、名前がない。
一度も、自分のものだと感じられる名前がない。
でも、皮肉なことに、あやには名前がある。
私にはないものを、彼女は持っている。
私は持っていないから、
まるで持っている彼女に奪われたようだ。

返せ。返せ。
私の名前を返せ。

でも、一度も名前を持たない私は、
返してもらうべき名前が、やっぱり分からない。


今以上に自分が分からなくなるかもしれないなんて、想像もしなかった。
それだけは避けなければならない。
当日、私の話した方も、メールで病院へ行くよう勧めてくれた。
自分と向き合わなければならない。
恐怖も不安も捻じ伏せて、
とにかく病院とカンセリングに行こうと思う。
泣いている場合じゃない。
私は、泣かない。
私は、ちゃんと生きる。




関連記事(自分のための備忘録/時系列順)

<セックスと。甘いいちごと。どろんこハリー。>
<あやを殺した男>
<赤ちゃんパズル>
<彼女の棺>
<彼女の死亡届け>
<眠っていたい>
<あやの誕生日>
<しましまのバビちゃん>
<記憶の単位>
<靴は はかない>


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解離性同一性障害 | comment(1) |


2008/03/19 (Wed) カピバラタクシー

病院へ、行ってきた。
家を出るなり、大雨だった。
突風も凄かった。
傘が壊れる人、続出。


雨のお陰で患者が少なく、予約なしで1時間待ちで診察を受けられた。
医者が言うには、前回、私の様子は大層酷かったという。
そうであろう、と納得。
でも、医者も看護婦も受付嬢も、何も見なかったかのように自然な態度。
有難い。
今の病院は、色々な意味で気に入っていて、今まででベストな病院なので、
決して転院したくない。


医者が、私がその都度必要と感じるような、
ズバリの名言をたくさん持っているので素晴らしい。
特に、薬に関しての考え方が、私が目指すものと同じなので、有難い。

薬の量は、毎週勝手にオーダーする。
基本的に、薬は最小限が良い、薬では私の病気は治らない、
という点で医者と一致している。
余分な薬を溜めたくもないので、毎回行く前にチェックして、
足りないものを貰うが、余っているものは貰わない事を徹底している。

まず投薬の方針について、医者と私の意見が合致したことで、
基本的な信頼関係が築けてきたように思う。
互いの人間性は当初は分からないので、
治療方針を共有できると、まずは通院し続ける意欲が出てくる。


今日は、私の精神状態がとても落ち着いていて、色々話した。
人格がバラけた状態や、
医者からどう見ても私の父が異常者だということ、
私の幼少期の記憶がないことや、母の話、私に名前がない状態の話、
名前がない理由、今の「あや」への憎しみ、怒りの感情、
訊かれるままに答えた。
私が3?4割話して、医者が6?7割話す感じ。

私の人格がバラけている感覚、見えたあやの姿、解離状態、
どう考えるかと医者の意見を聞いたら、カウンセラーとは違う答えが出た。

医者とカウンセラーは明らかに治療への対処法など違うのだが、
今日ほど、その違いを感じたことはなかった。
医者とカウンセラーの見解も、常に微妙に違う。
違う理由だとか、どこが同じでどこが違うのかなど、
言葉にならないかと考えていたが、少し分かった気がした。


真面目に治療に取り組もう月間と心に決めたので、
いつもは二週間に一度の通院を、
カウンセリングと同じく毎週に変えることにした。

帰りに区役所に行こうと思って用意してきた書類が、
一枚足りないことに気づいた。
外は雨。
役所は、病院から家を挟んで真反対、長距離。
今日は、病院へ行けただけ良い、と前向きに考え直し、
近所の店で印鑑を買って、買い物して帰った。


明後日は晴れるらしいから、日展に行くことにした。
昨日、出かけなければ、今年は見逃してしまうところだった。
ついでに骨董市にも行けたらいいな。
いつものように、体調未定のため、予定は未定。


ところで、相互リンクさせて頂いているhimaちゃんのブログで、
すっかりカピバラの虜になってしまった私。
可愛いだけの動物に、あまり興味がない。
ちらっとグロさが見えるか見えないかの動物が大好き。
カピバラは、そんな私のドツボを突く生物だった。
かの天才、古谷実の大好きな作品『僕と一緒』の中、
彼の作中でしか見たことがなかったカピバラと、奇跡的な再会。

更に、himaちゃんがお友達と動物園に出かけ、
生カピバラ写真まで公開してくれた。
カピバラは、前指四本、後ろ指三本、蹄に水かきまでついているらしい。
と、いうことは、カピバラは、水陸両用なのかしら。
一向に区役所へ行けないので、いっそカピバラに乗ってなら、
楽しく行けるかもしれない、などと冗談で盛り上がった。
餌は、淀川の草でいいのかしら。
でも、草食ってばっかりで、
役所の時間に間に合わないんじゃないかしら。
と、himaちゃんのブログで、カピバラネタで笑わせてもらって、
体調が悪いときも、随分元気づけられた。



今日、病院から帰ってきて、雨の中、大荷物で
よれよれになって帰ってきた。
昨日の記事のコメント欄に、
himaちゃんからの思わぬプレゼント「カピバラタクシー」を発見した!
サプライズ!
見事なカピバラAA!

そして、何より素敵な友。
himaちゃん。

ありがとう!


見ていると、何もかもどうでもよくなる、ゆる?い顔、ゆる?い体。
だけど、実はあちこちちょっとグロい魅惑的な生物、カピバラ。

明日も雨かもしれないけれど、
プレゼントして頂いたカピバラタクシーに励まされ、
いっちょ役所まで行ってきます!



○カピバラ写真つき↓ 別窓で開きます
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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治療日記 | comment(8) |


2008/03/18 (Tue) 覚悟必須の二冊

個人的に覚悟を要する本。

今日、買った本2冊。

グレープフルーツ・ジュース (講談社文庫)グレープフルーツ・ジュース (講談社文庫)
(1998/04)
南風 椎、オノ ヨーコ 他

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つ。つ。ついに!
ついに買ってしまった。
この恐ろしい本を。
今だかつて出会ったことのなかった、
言葉のエネルギーが満ち満ちて、
禍々しいくらいに一言一言が、
ページの中で呼吸している詩集。
オノ・ヨーコという天才の存在に、鳥肌が立った詩集。
(しかし、他人がつけた写真が邪魔)


怖いから、しばらくは本棚に置いて拝んでおこうと思う。
銀魂を100回読んだ後で、1回、この詩集を読む。
そうしなければ、精神のバランスを取れそうにない。
まず、どこで読んでいいのか分からない。
部屋で読むべきか。
淀川端で読むべきか。
どっかカフェで読むべきか。
それとも、いつでもどこでも読むべきか。
分からない。
分からないよ、オノ・ヨーコ!
凄い詩集だ。



書店の棚の中、この詩集の隣に、
オノ・ヨーコのエッセイ、対談集「ただの私」も、あった。
ついでにページを繰ってみたら、
「男性器崇拝・女性器崇拝」の話が書いてあって、
オノ・ヨーコの名言に、ぶったまげた。

心理学じゃ、ペニス崇拝だなんてよく言われるけれど、
あんな股の間にぶらさがっていて、
都合よく硬くなったり柔らかくなったるする男性器なんて、
どうでもいいじゃないですか、

みたいなことが、書いてあった。

一文、よく覚えてないや。
とにかく「都合よく硬くなったり柔らかくなったりするもの、どうでもいい」
とのオノ・ヨーコの発言に、ただただ驚いて、うまく暗記できなかった。
どうでもいいでもないだろう、と私は思うのだが。
女性と違って、男性は良くも悪くも分かりやすくていい。

私への想いで悩みすぎて、EDになったと言ってきた男を思い出した。
絶対嘘だと思った。
どこか悲劇性を装った虚言を吐く傾向にある人だった。
実際、EDになんてなってなかった。
分かったときは私は心配しただけに、本気で腹が立った。
そのときばかりは、ちょんぎってやろうかと思った。
怒りたかったが、黙って彼を見つめてやった。
彼は、気まずそうに、しょんぼりしていた。

女は、ばれたときの嘘も準備して嘘をつくが、
男は、すぐばれる嘘をつく。

そういうことを思い出してみれば、
なるほど、どうでもいいっちゃどうでもいいなと思った。
いや、しかしやはり私は、崇拝タイプだな、と考えた。
まあ、どっちでもいい。


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ダーリンは外国人 with BABYダーリンは外国人 with BABY
(2008/03/12)
小栗左多里&トニー・ラズロ

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昔から大好きだった「ダーリンは外国人」シリーズ。
後から流行り出して、よくあるパターンの寂しさを感じている。
私は前から好きだったのに・・・というやつだ。

しかし。
なんと!
私が、うじうじと家に籠もっている間に、
サオリは出産していて、子供まで生んでいた。
生んだ挙句に、一冊分の漫画まで書きあげていた。
時の流れを感じ、書店で思わず遠い目になった私。
出産、子育て記は、なんとなく私の心を不吉にザワつかせるので、
買うには迷った。
聖母のような顔をした「母親」という存在が、私にはどうしても苦手だ。
家に着いて開いてみれば、やっぱり読むのは困難そうだ。
でも、ダンナのトニーがおもろい。
トニーがいれば、楽しく読めるかもしれない。
まして愛する漫画なら、どんな漫画でも私に読めないものはないはず。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

カウンセリング、やっと行けた。
すごく疲れた。
でも、行って良かった。


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日々日記 | comment(12) |


2008/03/18 (Tue) 再出発

昨日、病院とカウンセリングの予約をした。
今日こそは行く、と心に決めた。

朝から忙しくなる、と昨夜から気合十分で早く寝た。
たっぷり寝た。
遠足前のような張り切りようで、早起きした。
なのに、なぜか一向に体が動かず、病院への予約すっぽかしてしまった。
病院は、痛い人ぶりを披露して以来の受診のはずだった。
都合が良いことに、あまり詳細は覚えていないが、
モザイクかけられるものなら、かけたかった。自分に。
とても良い病院だから、転院するつもりはなく、
とにかく一度行ってしまえば、あとは羞恥心も誤魔化せる、と思っていた。
そういうことも、関係しているのか、体動かず。
何してたっけ・・・?と思い返してみても、
午前中、何だかダラダラしてたなぁとしか覚えていない。
ああ、そういえばガスを停めに来たおばちゃんと話した。
宅配のお届けかと思って財布を持って玄関に出たら、
ガスの集金のおばちゃんと、
宅配業者のおじさんとが並んで立っていた。
我ながら、すごい駄目っぷり。


そして、依然として過眠。
気がつくと、そこらへんで寝ている。
私が寝ていると退屈らしく、むくが顔に飛び乗ってきて叫ぶから、
なんとかまた起きて動いて、で、またバタリ。
過眠の時期は、食べる暇がないから痩せる。
それはちょっと嬉しいが、リバウンドが怖いなぁ。



今日の私の午前中は、完敗だった。
自分に負けた。
理由は、分かっている。
話したくないのだ。
去年からずっと、「あや」について話すことを避けている。
今度こそ話そうと思うのに、話せない。


午後は、さすがの私も、逃げられまい。
ずっと休んでいたカウンセリングを、再開する。
カウンセリングは、時間制限のない病院より性質が悪い。
病院は、自分が切り上げたいときに切り上げられる。
しかし、カウンセリングでは、
何が何でも6,70分、きっちり話し続けなければならない。
話したくないことは話したくないといえばいいが、
もう話題に上るだけで耐えられないことも多々ある。
今、耐えられない話題は「あや」だ。
これだけは、避けたい。
でも、無理なのも分かっている。
ぐるぐるする。


「あや」を一番よく知っているのは、カウンセラー。
特に最近、あやについて話すべきという雰囲気を、
出すまいとしながらも、やたら醸し出していたカウンセラー。
正直、今、一番会いたくない人だ。
しかし、一番の助けをくれる人だ。


カウンセリングルームでは、私は頻繁に解離する。
自分の意識が自分の体からずれることが、頻繁だ。
しかし、唯一救いなのは、カウンセラーは女性。
たとえ私が解離したとしても、「あや」が◇靴は はかない のときのように、
私の意識に現れることはないように思う。
何もかもが予測不可能なので、そう思いたいだけなのだが。
実際は、分からない。
不安だ。
不安で、たまらない。


やっぱり、あやの話は避けてもらおう。
「全ての人格があなた」とカウンセラーは電話で言っていたけれど、
その一言すら、今の私には受け入れがたい。
この、理由のない嫌悪感。
あやと私は、あくまでも別個だ、という自尊心。
できるなら、誰にも「あや」を見られたくないという意地。
私は私なのだから、あやではないのだ。
認めたくない。
「あやは私の一部」と考えると、気持ちが激しく抵抗する。
一部だったかもしれないが、今は別個なのだ。
呼ばれて飛び出てみたいなのは、御免だ。
そういうものかどうかも今の私には、分からないけれど、
前例を考えれば、名前を出さないということは私を守る上で大事かもしれない。
まずは、人前であやにとって変わられそうな感覚がしたこと、
彼女の容姿、裸足であったこと、それだけ話して、
今回は後は全部スルーしてください、対処法だけ教えてください、
と言ってみようと思う。


また、あの感覚が訪れたら、またあやが現れたら、
防御法を何ひとつ知らない私は、抵抗しようがない。
唯一つ、友達が教えてくれたこと、
「自分にしがみついていれば、大丈夫」
だけが頼みの綱だ。
でも、それでも絶対とはいえないと彼女は言っていた。


ああ、あやだけはやめてくれ。
また思う。
気味が悪い。
人から声をかけられることで、
彼女が出てくるんだったら、たまらない。
そもそも、あやの話をするだけでも嫌でたまらないのに。

いやいや考えるより、とにかく行動。
行って帰ってきさえすれば、
あとの数日寝込もうが何だろうが構わない。
悪化をここで食い止めるのが先決。

すっかり春だし、青空だし、温かいし、心の状態も安定しているし、
今日こそカウンセリングを再開すべき絶好の日に違いない。

行ってきます!


関連記事
◇靴は はかない

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治療日記 | comment(2) |


2008/03/17 (Mon) ma chérie

来月、知人が長期、世界一周旅行に出るので見送りに行く。
私には縁のなかった世界に、また一つ触れる。

旅立つのは、「寂しい」が口癖の、
前向きなのか後ろ向きなのか分からない裕福な老女。
世界一、二の贅沢な旅行が趣味の、恋愛現役の老女と会う。
恋愛といっても、ポンと何千万円もお小遣いをくれるパトロンか、
お金で繋がる御用達男性ばかりと聞く。
本人が、公言して憚らない。


美しい老女と聞く。
毎年、船での世界一周旅行を趣味にしている。
一回、数千万円の豪華客船での世界一周。
彼女は、船上で常に恋をする。
それが、生き甲斐なのだという。
プール、テニスコート、ジム、カジノ、マッサージルーム、サウナ、
いつでも習える、あらゆる習い事のスクール、パソコンルーム、
他、何もかもがついた豪華客船で、いつも誰かと恋をする。


彼女は、震災以来、統合失調症。
鏡を相手によく話していた。
最近、克服したと聞く。

生い立ちは、裕福だったが震災で全て失い、
それ以前から、資金を元手に自身の意志で一人で生き抜き、
衣服から食べ物一つに至るまで、自分の哲学を持って生きてきた。

どこか亡くなった祖母と重なる。
生涯、女であることを忘れない女性。
正しいも間違っているも全て含んで毅然と生を謳歌する女性。
そして、折れやすい弱さも併せ持つ女性。

満たされることのない、不安定で壊れやすく、
どこかしなやかで、狂気を孕み、
しかし揺るぎない女の美の哲学と溢れる教養で凛と立つ女性。

危うい人だと思う。
色々と話を聞くにつけ、
強烈な見捨てられ不安に苛まれ生きてきたようだ。
遺産を巡り、実母と弟を相手に裁判を起こし、血縁はいない。
お金と愛をトレードし続けている。
しかし、美しさと哲学は揺らがないという。


不思議な人がいるものだ。
生き方とは、千差万別。
想像もしなかった生き方を、
私の人生の倍以上も生きてきた女性がいる。
女とは、柔らかい肢体と心を持つ。
あらゆる矛盾や苦しみや美しさ醜さにも適応し続け、
自在に肢体をくぼませ、肌を潤し、皺を刻み、凛と輝く。
どこか神秘的で厭らしく、美しく、グロテスクだ。
そんな女性が、私は嫌いではない。
年を経て、じっくりと磨かれた美意識は、
グロテスクでも美しさに変わりはない。

美しいものは、愛しい。
心躍る。


私のことを人づてに聞き、
気に入ってくださり、素敵な靴を何足も頂いた。
彼女の出発に相応しい着物で、見送りに行く予定だ。
人づてに聞き続けてきた彼女と、初めて対面する。

自分には誰も見送りの者がいないのだと、
彼女がそれとなく言っていた。
見送りに来た者は、船内で一流の食事ができるだとか、
一生に一度足を踏み入れる者は殆どない船だから、
見送りに来る者は、またとない経験ができるのだとか、
彼女なりの精一杯の誘いを受けた。

見送ってほしいと言えないのだと、私は聞いた。
見栄っ張りな彼女には、見送る者がいなければ、
楽しい出発ではないだろう。


サプライズで見送りに行くことにした。
彼女の新しい恋との出会いを祈って、
世界旅行の門出に相応しいエキセントリックで上質な着物に、
少し上等な春らしい帯を締める。
形のないプレゼントを、
汲み取って受け取ってもらえるなら嬉しい。




どんな着物ならば、喜んでもらえるだろうか。
手持ちの着物を思い浮かべる。
そうしたら、窓の外から聞こえてくる工事の音が一斉に高鳴って、
掻き乱され遠く遠くへ連れ去られる。
まるで真夏の蝉の声に囲まれるよう。

今週の予定を立て終わり、また過眠に攫われた。
不安か焦りか高揚か。
真夏のじっとりと汗ばむ息苦しい空気に包まれる。

このまま眠ってしまえたなら、
息苦しく気だるくも、安らいで午睡を貪れるのか。
それとも、鳴り止まぬ蝉の声に、悪夢の浅瀬を彷徨うのか。





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日々日記 | comment(10) |


2008/03/16 (Sun) 清流金魚

20080316dia.jpg



数日前に、新しく記事をアップしてみて、自分で気がついた。
調子が悪かったとき、数日更新しなかったことを。

三日に渡って、殆ど目が覚めず寝続けていたらしい。
医者から「過眠」と言われている。
その傾向が出た。
引き金は、いつも後になって分かるから、朧。
何も考えたくない心に、体が従うのか。
毎晩、鳥かごに入れて眠らせる文鳥たちも、
夜になっても起きない私を諦め、各々、好きな場所で寝ていた。
起きたら、二日が過ぎていた。


その後、また過眠。
目が覚めない。
夢も見ない。
普段は、眠剤なしでは眠れないのに、
こんなときは薬なしで、いつまでも眠っている。


自傷行為、四日連続。
一日目は、完全に自傷、破壊欲求。
二日目は、理由は不明。
前日よりは、まし。
理性がきいていた。
三日目も、よく分からない。
四日目に至っては、自傷なのか単なる欲求なのか。
時間もお金も勿体無いことをした、と後で思う。
けれど、そのときは、どうしても必要。
医者の処方箋よりも、
まだるっこしいカウンセラーの投げかけよりも、
どうしてもすぐに。
すぐに必要。



数日前、掃除ができた。
食器が洗えた。

でも、その後ダウンした。
パニック発作の予兆で、慌てて頓服を飲んだ。
あっちの症状が治まれば、こっちの症状が出る、
体調が上向きになると、過眠が出る、
張り切って外出すると、解離が深まる。


久しぶりに、まともな料理ができた。
その後も、ダウン。
キッチンが良くないのか。

ずっとシーソーゲームをやってる気が、しないでもない。
よく考えてみると、安定する日が一日もない。
無理にでも、外出したりしてみようかと思う。
美しいものが見たい。
子供と遊びたい。
土と草と花の匂いを思いきり吸い込みたい。
たくさんの色彩と光と影を目に映したい。


次、いつどうなるか分からない。
分からないからこそ、体調が安定しているとき、
今後のことを考えよう、と二日前に考えた。
春だ。
記事には詳しは書けないけれど、
叶えたい夢が一つ近づいた。
学びたいし、磨きたい。


思った矢先、
何となく自分がおかしいなぁと思っていたら、
実際に、おかしかった。
感情が見当たらない。
でも、あやの気配は感じない。
ここ数日、全く感じない。
このままどうぞ、さようなら。
それだけでも、救われる。


明日、晴れたら、久しぶりにスケッチブックを持って、
川まで歩こうと思った。
歩きながら考えるともなく考えると、いい案が浮かぶ。
小さなことは、どうでもよくなる。


今日一日休んだら、明日から一週間、いろんな用事で方々に出る。
逃げ出したくなっていた病院とカウンセリングにも、また通う。
いらないものを更に捨てて、売ったり寄付したりで処分する。


やりたいことと、やれないこと、
制御できる自分と、駆け出して戻れない自分、
常に揺れる。
川面を流れていく木の葉のようだ。
浮いたり沈んだり、表を見せたり裏返ったり。

川が運んでくれる先は、必ずしも奈落とは限らない。
冷たく甘い清流に、浸ってみたいと憧れる。
温かい春の日和が、私をひらひら泳がせる。



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日々日記 | comment(11) |


2008/03/15 (Sat) BUMP OF CHICKEN 『 K 』

BUMP OF CHICKEN  『 K 』

YouTubeからの拾いもの。






何年も前。
初めて耳にした。
鳥肌が立った。
心を掻き乱された。
何度聴いても。
響く。



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お知らせ | comment(11) |


2008/03/14 (Fri) 靴は はかない

20080314dia.jpg


数日前の話を少し。
ある方と色々話していて、何度か意識が跳びかけた。
最初に、相手が「あや」と口にした瞬間。
奇妙な眩暈がした。
それから、暗闇の中、
自分の背後4?5メートル向こうに、「あや」の存在を感じた。
どれだけ経ったのか、それから「あや」に深く関する話題を続けていると、
また、背後に存在を感じた。
今度は、1メートルか、数十センチ背後。
彼女、裸足だ。
初めて知った。
この感覚が何を意味するのか、
私はちゃんと病院とカウンセリングに行って、
確認しなければならない。


怖いとか、気味が悪いと言っている場合じゃないと思った。
解離が激しいと、
自分が体より5センチ?10センチほど後ろにずれるときがある。
自分の声や体が、自分とは離れているのを感じる。
体が鉛のように重くなって自由が利かず、
光が光彩に突き刺さるような感覚。
先日も、まさにそうだった。
喋り続けている自分の声が前方に聞こえて、これは誰だ、と思ったとき、
背後に立ってこちらを見ている彼女の気配を感じた。
ずれた私と体の隙間に、彼女が入ってくることが可能なのだろうか。
その隙間を、私は他の何かで詰めることはできないのか。
隙間を、私の意志で自身に引き寄せ、
しっかりと私は自分を掴み続けていられるのか。
友達が教えてくれた。
「自分をしっかり掴んでいれば、大丈夫」

大丈夫なのか?私は。
あやを愛せるように努力したほうが、私は私でいられるのか。
それとも今のまま、あやを憎むことで、
私は私の輪郭を保っていられるのか。
でも、そもそもバラバラになったのは、
私自身が、私とあやを隔てたからではないのか。
私が生きるために、
不都合な感情を全部彼女に押し付けたからじゃないのか。
でも、隔てたのは私だろうか。
それすら、分からなくなってきている。
風邪のひきかけのように、あれ?と思っている間に治って欲しい。
この間病院で、
この病気にだけはなりたくなかったと泣き喚いたが、
今になって思えば、まだ嘆くのは早い。
ここで食い止めて、あやを表に出さないようにすればいい。
私と私の間に隙間を作らないように、
ぴったり閉じていればいい。

閉じる方法を探したい。





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解離性同一性障害 | comment(7) |


2008/03/13 (Thu) 落ち葉とワルツを

初音ミク「落ち葉とワルツを」


※画像のリンク先で聴けます。
ニコニコ動画用のメールとパスワード設定が必要です。
  YouTubeより音が良くて、こちら一聴の価値あり。
 


YouTube版 転載「落ち葉とワルツを」


  歌を歌う 声を上げて
  魂の声を 形にする
  あなたの為に 歌を歌う
  あなたの為に このワルツを


歌詞も曲も、作者がつくってるけど、意外なことに男性。
私が、この曲を聴いてまず驚いたのは
初音ミクというボーカロイド(人工歌姫?)の存在。
ボーカロイドソフトを使って、一人の作者が打ち込みで全て作曲、演奏している。

物を創る人が、私は大好きだ。
とてつもない努力と、密かな夢を持っているから。

人間と変わらぬ歌が歌えるボーカロイド。
でも、血も肉も体温も持たないボーカロイド。

存在そのものが、切ない。

 

以下は、少し余談。

弟MTの友人が作った曲だ。
弟から薦められて聴いてみた。
今や、ネット上で5万回以上プレイされている名曲だという。

最初、MTが、サーバーを作って友人に貸し、
友人がそこで自作の曲を発表したのが事の始まりだった。
彼の友人が作った、この「落ち葉とワルツを」が、ネット上で予想外の反響を呼び、
一時MTのサーバーがパンク寸前に。
アクセスが殺到して、弟は、サーバー処理に追われていた。
インターネットの影響力の大きさを感じた。
挙句田代砲(HTTP経由によるDoSアタックプログラム)まで撃たれ、
一時、そのせいで彼が構築したサーバーが落ちてしまった。

さぞや腹が立つだろうなぁと思ったら、
人が殺到すると、必ず悪い奴は紛れ込むものだ、とMTは意外にも冷静で、
どちらかというと、良いチャンスだと考えたようだった。

後日、自身のブログ(Linuxについてのブログで私には理解不能)で、
ちゃっかり経緯を含め、
DoS対策プログラムの導入と設定方法のを公開しているのを見た。
まさに災い転じて福となす。
創ることへの貪欲さは、大切だと思った。




ニコニコ動画の方の
「ちゃっちゃ♪ちゃっちゃ♪」が、個人的に好き。
感動しながら、どこか笑ってしまう。
ニコニコ動画ならではの空気も好きだ。
曲については、何も書かない。
何度も聴いてみて、曲に解説はいらないよなーと思ったから、
余談だけ、つけてみた。



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大阪駄文 | comment(16) |


2008/03/12 (Wed) へこんだ林檎

境界例の発作に襲われると自分が止められなくなる。
抑えられなくなる。
抑えられないから、「障害」になっている。
子供の頃から、「キチガイ」と言われて育った。
その頃をまるで再現するかのような体験を、何度も繰り返す。
私がキチガイかどうかじゃなく、私を一人でもいいから、
「狂ってなんかないよ。そのままでいいんだよ。悲しいだけなんだよ」
と分かってくれる人がいたら。
あのとき、子供のとき、誰か一人でも味方がいてくれたら。
恐れて、責められ、からかわれ、怖がられ、
そうしたら、私はますます悲しくて不安で怒りでいっぱいになって、
あっという間に本当のバケモノみたいになっていく。


怖がらないで。
そんな目で見ないで。
本当は違う。
本当の人格は違う。
これは本当の私じゃない。
バケモノみたいな私の言葉や態度の下で、
出られずにもがいている人間の私を見て。

そんなふうに本当は泣き叫びたいのに、でも口を開けば獣の咆哮、
卑屈になったかと思うと、恐怖で威嚇して、牙と爪ですべて破壊しようとする。
その繰り返し。

人格に障害を持っていたら、健常な人格を持っている人には、
どこまでが障害で、どこまでが本来の性格なのか分からず、
不気味に見えるらしい。
でも、健常者だって、人格障害者だって、誰だって嫌われたくない。
バケモノって、思われたくない。
わけの分からないこと言ってるから、相手するな、は
子供の頃から両親たちに、よく言われた。
いじめられて泣いて抗議していても、また始まった、と相手にされなかった。
まともに会話してもらえないことは、悲しい。


ある夜に電話してくれた、まだ会ったことのない方は、
色んなことを乗り越えてきた方だった。
私と同じ症状、境界性人格障害を患い乗り越えた人だった。
私に、言った。

「バケモノかどうかは、あなたが決めるんじゃない。
まわりが決めるの」


頭を打ち抜かれたようなショックを受けた。
そうか、そうなんだ、私がどんなに我を失っても、
そんな私を怖がる人と、怖がらない人がいる。
疎ましく思う人、理解できない、関わりたくない、と思う人がいっぱいいても、
一人でも二人でも、あなたは人間だよ、病気が今はそうさせてるだけだよ、
と、見てくれる人がいる。
私が決めるんじゃない。
他の誰かが決めるのだ。
頭の中が、急に鮮明になった。
色んなものが、ちゃんと見えてきた。
何が本当に優しくて、何がきれいごとで、
何が私の問題で、どこからどう今に至ったのか。
単純なことから、複雑なものまで、見えてきた。

かかったままの呪いが、急に解けた。
自分では、解きたくても解けない苦しみも。


会ったことのない友人と、
リアルの友人のお陰で、うちの冷蔵庫が、いっぱいになった。
大家族用なのに、いっぱいになった。
冷蔵庫に食べ物を並べるのは、すごく嬉しい。
色んなデザインのパッケージ、色んな形、色んな味を、
きちんと綺麗に並べる。
飲みたかった、そうけんび茶がいっぱいになった。
送ってくれた方と持ってきてくれた友達のと。
日本一美味しいそうけんび茶だった。
そうけんび茶が、ずらりと並んだ。
食べたかったサラダもヨーグルトも、
昨日まで何もなかったことが不思議なくらい、
ずらりと並んだ。

ある人から貰った材料を見て、カレーを作ろうということだな、
と思っていたら、ご飯がなかった。
そうしたら、友達から偶然、白ごはんを貰った。
足して、カレーが食べられる。

全部、助けてくれた人のお陰。

いただきます。
口に出して言うと、食べ物のエネルギーや命を貰っている気がした。
美味しいのか美味しくないのかもよく分からない位、
胸が感動で一杯で、文鳥と一緒に食べながら、「美味しいね」と言い合った。
文鳥は、無言でむしゃむしゃと、久しぶりの青菜を夢中で食べていた。


私、何度助けられてきただろう。
食べられないとき、何度助けられてきたか。
私、何度も受け取っている。
どうしようもない状態のとき、いつも助けてくれるのは人だ。
夕飯に、友達が作ってくれた炊き込みご飯を食べた。
どちらの人からも、手紙がついていた。
泣きながら読んだ。
全然知らない人同士、同じことが書いてあった。
その日の朝一番に電話をくれた人も、同じことを言っていた。
夜に電話してくれて、4時間も話して励ましてくれた人も同じことを。

「そのままでいいんだよ。今からが成長のときだよ」

病気の症状の向こう側にいる、本当の私を見てくれていた。
私の心がバケモノみたいになっても、
バケモノじゃないと言ってくれた人達がいた。
それでも好きだよ、応援してるよ、そのままでいいんだよ、
言ってくれる人達がいた。


バケモノだった私が、バケモノじゃなくなった。
人の温かさに触れて、私は急に呪いが解けたみたいに人間に戻った。

食べ物が、こんなに有難いと何年ぶりに思っただろう。
朝一で届いたダンボール二つ。
送ってくれた方が、急いで箱に突っ込んだらしい林檎が、ボコボコになっていた。
私のことを心配して、慌てて入れてくれたのが分かった。
本当の優しさって、格好良くないんだな。
粗雑なほど、心に沁みるな、と思った。
林檎のそのへこみが愛しくて愛しくて、林檎を抱いて泣いた。


バケモノだと思った私に、あなたはちゃんと人間だよ、と語りかけてくれる林檎。
見知らぬ人の、私への親身な心が確かに詰った林檎。
そのへこんだ林檎が愛しくて、食べられない。
その歪なへこみが愛しくて、へこみを指でなぞる度に、
涙が後から後から溢れてきて、
ああ、生きててよかった、
と林檎を抱き締めて世界中に感謝する。


世界で唯一のこんなへこんだ林檎を、
私もいつか誰かに届けられる人に必ずなろう。

歪な林檎を抱き締めた胸に誓う。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ある方から教えて頂いた詩。
大声で泣きながら読んだ。
心の病気は、人に頼ること、うまく人の力を借りれないことが多い。
私と同じことで苦しんでいたり、不器用だったりする大切な友人たちへも、
贈りたい詩。
素晴らしいものは、大切な誰かへと受け継がれていきますように。
前へ。前へ。ペイフォワード。


「生きてゆくということ」

生きていることは 誰かに借を作ること
生きてゆくということは その借を返してゆくこと
誰かにそうしてもらったように
誰かにそうしてあげよう
生きてゆくということは 誰かと手をつなぐこと
つないだ手のぬくもりを忘れないでいること
めぐりあい 愛しあい
やがて別れの日 その時に悔やまないように
今日そして明日を生きよう
人は一人では生きてゆけない
人は一人では歩いてゆけない

                永六輔




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ペイフォワード | comment(30) |


2008/03/09 (Sun) 朝から玉砕 昼から挽回

今朝、今までになく早起きした。
美容院に行きたい、は去年から言ってる気がするし。
朝一番にコメントくださったブロガーさんやリアル友に背中を押され、
開店時間5分過ぎに美容院に到着。

そしたら、既に全席埋まってた・・・・・。
どうしても昼までに済ませたかったのに、待っていたら完全に間に合わない。
いつもの担当の色盲エロおしゃれボーリングマニア元ホストな店長が来て、
私の顔見るなり開口一番、

「来るのおっそいねん」

と、言った。
いきなりツッコミかい。
私は一応客なのに、いつも何そのため口。

食い下がったけれど、
「来るのおっそいねん。今入学式シーズンで人多いねん」
と言われて、ちっ、と諦めた。
帰り際に、受付の前に見慣れぬ陶器のカエルが
二匹どーんと立っているのを見た。
あからさまに緑色で、あからさまなカエルだ。
一匹は寝そべって、もう一匹は、大きなフキの葉を持っている。
見てみたら、客のオーダーシートをとめているクリップも、すべてカエル。
受付は、緑のカエルだらけ。
店内は、真っ白だから、やけに浮いている。
正直、そこだけ、ひどいセンスだ。
「ちょっ・・・これ、何?何でカエル?何でこんなにいっぱい??」
と聞いたら、
「ん?・・・?なんかみんながカエルがいいって言ってたから」
と、すごく適当な理由が、のんびり返ってきた。

置かない方がいいと思うのだけど、アバウトな店長らしくて笑った。
カエルのことだけ話して、帰ってきた。
せっかく来れたけど、次いつ来れるか分からないけれど、
おもろい店長と話せて良かった。
満員なら、仕方ない。


この店長は常に私にツッコむ。
前に雨の日に、行列に負けるものかと朝一で行ったら、
人っ子一人いなかった。
客はもちろん、受付も、スタッフも。
恐る恐る入って行ったら、店長が出てきて、
開口一番、
「なんで来るねん。雨やし今から一服しようと思てたのにぃ。
雨の中、朝一で来るやつおらんで」
と、言われた。

だけど、店長だけあって、仕事はきっちりこなす。
見た目、ちゃらけた男にしか見えないのに。
シャンプーとか、一切手を抜かない。
女の扱いに長けてそうだなーと思わせる気の利きよう。
ホスト経験が、充分美容師に活かされている。
だけど、なぜか私相手は、常に毒舌でため口。
散々ためぐちで喋り倒して、
私のことを勝手に「夜の女」と思っている店長は、
エロな話とかバンバン振ってくる。
自分が毎日通っているボーリングの話になると、普通に手を止めるし。
いや、ボーリングとか私全然興味ないんだけど?と思う。
親指のタコを触らせられたから、おお、美容師の証、鋏でできたのね、と
少し感動していたら、
「これ、ボーリングだこやねん」
と言われて、脱力した。
でも、きっち手を抜かず完璧にしてくれる。
いろんな意味で、この美容院しか行かない。
店長が、どこかに移転したら、私はそっちの店に行く。
それくらい、気が合って面白い。

ただ一つ嫌なのは、美容院を出るとき。
店長と受付の女の子とで背中を見送られる。
すごく、気まずい。
さっきまでため口で、私にツッコんだりどついたりしてたのに、
見送られる、居心地の悪さ。
あれだけは、もうやめてくれと次こそ言おう。



そんなわけで、今日、美容院は行けましたが、追い返されました。
家に帰ってきて、1時間仮眠して、自分でアイロンあてて、何とか完了。
久しぶりに、ちょっとまともにメイクした。
マスカラとか、本当に久しぶりに使った。
でも、マスカラ、腐ってる・・・・・?
買い換えようと思った。
でも、おすすめのマスカラって、どれもこれもデカ目を謳ってて、
どれがベストなのか、逆によく分からない。
どれもかなり素晴らしく見える。
一本だけで済む、理想的なマスカラが欲しいな。


昼から、いざJちゃんと待ち合わせの場所へ出発した。
Jちゃんと会うのが、楽しみだった。
子供のAくん7歳とHくん2歳と遊べるのも、かなり楽しみだった。
でも、本来の目的は、初対面のNさんに会うこと。
色々と心配してくれて、Jちゃんが付き添うよ、と言ってくれたお陰で、
いつもより全然緊張しないで出かけられた。
でも、電車に乗った途端に、なぜか急に具合が悪くなってきた。
何を考えたつもりもなかったのに、対人恐怖なのだと思った。
何度か電話で話したNさんだが、やっぱり怖いのか。
不安なのか。
何なのか。
パニック発作が起こる前に、
いつも携帯している頓服を齧って飲み込んだ。
したくないことをするときに具合が悪くなるなら、まだ分かるけど、
自分がしたいことをするにも、具合が悪くなるとは。
難儀。

でも、電車に揺られながら、こうして今日、
自分がしたいと思ったことを行動に移せているのは、
ここ数日、本当にお世話になった人たちのお陰だと思った。
食料と人の心の温かさで、今、私は自分に出来ることを続けていられる。

Nさんとは、6時間喋り続けた。
色々専門書を読んでいるNさんでも、
やっぱり人格障害の感覚は実感として得にくいようだった。
他にも色々面白かった。
Jちゃんと二人の子供は、母親と子供たちの理想的な関係を見た。
そのときの話は、次回。
今日は、楽しかったし、ちょっと解離したし、
境界例についてたくさん話したし、他にも興味深い話ばかりで、
楽しすぎた。
楽しすぎて、疲れたー。



○お知らせ○

最新のコメントまで、大切に拝見しています。
お返事必ず書きます。
少しお時間ください。
いつも、応援くださって、本当にありがとうございます。



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日々日記 | comment(19) |


2008/03/09 (Sun) ずらっとそうけんびちゃ

プライベートで忙しく、更新できませんでした。
3件の嬉しい電話と、友達が来たり、
そうけんび茶を大量に並べたり、
冷蔵庫に食べ物を並べたりしてました。
今年一番の感動の一日でしたが、少しだけ後日書いてみます。
お陰さまで、めっさ元気です。
ご心配おかけしては、とまずは、今日の報告です。
数日間書いた境界例の発作については、半分境界例ではありませんでした。
私は信じやすい性質です。
多少とち狂っているときは見えていても記憶に残らないものがあります。
だからといって、その間に見たことは覚えていますから、
後で充分処理し、正しく判断できます。
弱っているときでも、人は両目をよく開いて見ているものです。
前回、ここに載せた謝罪文は、撤回しました。
私は、気分では撤回しません。
撤回する確固たる理由、事実があったと、ご理解ください。


さて。
明日は、美容院に行ってから、友達同伴で初対面Nさんと会います。
美容院が、楽しみです。
なぜなら、担当の店長とは長い付き合いで、
彼は、元ホスト、そして美容師のなのに色盲です。
面白い来歴です。
色盲のため、カラーリングもできないし、メイクもできません。
練習するものの、濃さが分からないのだとか。
店内の装飾も、色が分からないからたまに変な色の組み合わせの物を置いて、
従業員から文句言われています。
色盲の感覚など、何の抵抗もなく話してくれるので、興味深いです。
色が見えるとは、一体何だろう、と考えさせてくれます。
世界観が少し変わります。
まあ、ほとんど下ネタとか、遊びネタとかそんな話です。
ボーリングにはまりすぎて、はさみダコはないのに、ボーリングダコがあります。
そして、仕事あがりに毎日ボーリングに行くべく、今まで着なかったくせに、
オシャレポロシャツを着るようになりました。
そんな元ホスト敏腕美容師。
3時間ばかり、喋りっぱなし、笑いっぱなしで多少疲れます。
楽しみに、行ってきます。

Nさんとは、多少緊張しています。
人格障害者にとって、周囲にとっての希望についてお話してきます。
頓服があれば、大丈夫さ、私。
友達もついて来てくれます。
ただし、多動の子供と一緒です。
かなりの多動児らしく、子供が好きなので私は遊べるのが楽しみです。
同時に、母親の苦労を目の当たりにしそうだー。
方向音痴だから、待ち合わせ場所まで友達に頼ってみたら、
友達もそういえば、極度の方向音痴でした。
Nさん、待ち合わせ場所に私たちが辿り着けたら、褒めてやってください。

今から寝ます。
明日は、朝一番で美容院に乗り込みです。
寝坊したら、どうしよう。




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ペイフォワード | comment(8) |


2008/03/07 (Fri) 治療が必要です。

感情が去りました。
自傷もしないし自殺もしません。
頭痛も眩暈も動悸も消えました。
体中が痛かったのですが、これは先日の痙攣と荷物の重さと、
ぶつかったり転んだりしたためでしょう。
離人感がありますが、この程度でしたら支障ありません。
寧ろ、好都合といったところでしょう。
しなければならないことと、今後の課題が分かりました。
文鳥がどんどん弱ってきています。
不甲斐ないことです。
まず病院に連れて行くことです。
また、この心は大変、病んでいます。
重症なので社会復帰は無理です。
恋愛等対人関係も無理です。
心の病が一番悪影響を及ぼすのは、対人関係です。
諦めるべくは諦めて、使命に生きます。
そのために、治療に戻ります。
自身の症状が変わったことを
認めざるを得なくなったことで、カウンセリングに行かなくなりました。
これは、最も良くなかったことです。
泣くことが怖いために、泣かないでいいときにしか行きません。
泣かなければいけないのです。
怒りと悲しみのバランスを上手く取らねばなりません。
自分と戦っても構いませんが、他人に牙を剥いてはなりません。
他人は関係ないのですから。
リストカットなどをしなくなったことと、外への攻撃性は比例しているようです。
自傷しない分、外へ向かうようです。
男性と女性の違いとして、データに出ています。
外に向かう分、男性はリストカット等の自傷行為をする例は大変少なく、
自傷をする位ならば、自殺するそうです。
少しずつ自傷する方が何かしら発散されているということでしょうか。


リストカットなど、私はしません。
命ある限り、使命に生きます。
私にプライバシーはいりません。
自分への怒り、両親への怒りを、
社会へ向けての貢献へ転換したいと思ってきました。
使命に生きる限り、負の財産は建設的に使われます。
何ごともリサイクルが大切なのです。
忘れてはならないことです。
私の人生に未来はいりません。
虐待と病気への理解が広がれば、私は何もいりません。
共感の輪が広がり、社会へ向けて虐待の真実について、
虐待を受けた者が成人してからどんな人生を送ることになるのか、
お伝えできるならば、それが一番の幸福です。
私の存在意義です。
多くを望んで何になりましょう。
容易にできることではありませんから、時間が足りません。
一生かかるでしょう。
はなからその覚悟です。
生きて発信することで誰かが勇気付けられ希望を持ってくださるのならば、
それが私の望みです。
望む資格を持ってから、望むものは望みましょう。
怒りと悲しみのバランスを上手く取りましょう。
大いに悲しむことです。
「あや」を認めることです。
あやを、守らねばなりません。
ちょうど今は裂けるチーズのようなものです。
下半身がそれぞれ接合していて、裂けかけています。
互いを見ていません。
互いを顔を知らぬままに憎しみあっています。
このような体験はしたことがありません。
だから、分かりません。
誰の存在も分かりません。
あるようで、ない。
どんな具合かというと、裂けかけたチーズのようなのです。
このまま裂けるべきかといいますと、
裂ける必要がなくなったために、中途半端な状態です。
急に感情がなくなった為に、憎しみあう必要すらなくなり、
あやでも美鳥でもどうでもよくなったのです。
ただ一つ不思議なことは、本名です。
先ほど、善意ある方に住所と名前をお伝えしましたが、
これは一体誰のことかと思った次第です。
本名ほど空っぽに見える名前はありません。
思いを込めてつけたのに、と両親は嘆いておりました。
なんでしょうね、あの方達。


感情がなくなったので、会話が可能です。
共感の輪を広げたいのです。
私は、誰かと誰かを繋げたいのです。
そのために生きていますから、そのためなら何もいりません。
孤独は人を狂わせます。
孤独の正体は自分自身です。
何もいりません。
孤独もいりません。
前へ進みましょう。
また今から。


ご心配くださった方々、ありがとうございました。
ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした。
どうか、病人の戯言とご寛恕ください。
または、境界性人格障害は忌むべき病だというサンプルとしてご覧ください。
ご不快でなければ、今後とも温かい目で見守ってやってください。
お見苦しい記事にも関わらず、コメントくださった皆様、ありがとうございました。
お返事は、今後の記事で精一杯お応えして参ります。




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機能不全家族 | comment(19) |


2008/03/07 (Fri) 怪物

またまた幻聴。
こういうときに、いつも聴く声。
記憶にある声。
叱られた。
いつも低い声で私の耳元で一言、叱る女。
いつも、一言。
美鈴。

怒られた、と分かったけど、いつものように、
その言葉が何だったのか忘れてしまった。
今の私が最低なのは、怒られなくても分かってる。

私は四方八方に刃を向けている。
皆、怖い。
特に、私に近い人から順に怖い。
傷つけるのをやめよう、この刃をまず全部捨てて、
まともに会話できる人になろう、とすると、
なぜかその刃は全部私に突き刺さる。
誰かを傷つけるか、私を傷つけるか、選択肢が二つだけになっている。

リストカットやODで気が済めばいいけれど、
なぜかそんな気に全くならない。
私は、こうなると、ちっさい切傷だとか、クラクラガンガンするとか、
そんな苦しさは全然足りなくて、私を正気にしてくれない。

車にはねられなきゃ気がすまなくなるのだ。
なぜか、電車じゃないのだ。
自分でも分からない。
子供のときからいまだに「車が危ない。車が危ない」と、
心配性の母が言うからだろうか。
思い切りはねられて、この心臓も体も内臓も手足もバラバラに千切れて、
死んだ私を更に幾つもの車で轢き殺して欲しくなる。
そうしてグチャグチャになって、ボロ雑巾みたいになったらやっと、
私は人間らしく大事な人と会話したり、人間らしく笑ったり悲しんだり、
誰かを心から思いやったり見守ったりできる気がして仕方ない。

幻聴がうるさい。
頭痛も最悪。
でも、一番苦しいのは、この身を今纏っている刃なのだと気づいた。
誰にも彼にも刃を向ける私は、大方の人にとって理解不能。
何と戦っているのか、私も全然分からない。
ただ、戦わずに黙って眠っているだけで、人とは愛されるものかな。
せめて戦わなければ、せめて何かしなければ、存在できないものじゃないのか。
何もしない愛を散々見てきた。
あやはだから殺された。
なーんにもしないこと。
いつかね、そのうちね、と宥めて、なーんにもしないで、
何もせずに、あやの質問にも答えず、そしてあやに一切何も聞かずに、
話し合おうともしなかった男。
なんにもしないで、あやを殺した男。


怒りを纏った怪物は愛されない。
私は怪物だ。
だから戦う。
人間になるために。
だけど、そうなったら怪物である私を殺さなければ、
私は人間になれないし、人間である友達と会話もできない。
私が戦っているのは私自身。
私を殺すための戦い。
殺し終わったら、また笑える私になる。
かける言葉が見つからないのは、私が怪物で、
近づくのも害があるからだ。


私が私を殺すまで、もう少しだけ待ってて。
見守ってても苦痛にならない人間になるまで。
せめて私が私を殺す作業を手伝って。
お前、生きてる価値ないよ、会話成り立たないよ、
キチガイだよ、狂ってるよ、近づきたくないよ、
そう言ってくれたらいい。
そうしたら私はあと一息で自分を殺せる。
また、楽しくブログしよう。
苦しみのショーは、もう終わりにしよう。
仮面をかぶろう。
みんなかぶって頑張ってる。
私だけかぶらないのはずるい。


幻聴が最悪。
コメントを読んでるようで読めてない。
どうしたらいいのか、自分がよく分かりません。
私に食料を送りたいと言ってくださったあなた。
ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
けれど、そのお言葉に甘えていいのか、
私は後でどんな形でご恩をお返しすればいいのか分からず、
何も考えられず、決定できず、お返事できません。
あなたのことを信用しています。
私の住所など、いつでもお送りできます。
なのに、考えすぎているのか、今の私は何も決定できません。
ありがとうございます。
すみません。
皆さん、ごめんなさい。
私はきっと、皆さんのことが大好きです。
でも、今は私が私に死ね、と思っていて、
自分がぼろきれみたいにグチャグチャにゴミにならないと、
私は皆さんと対等になれないと思っています。
けれど、ゴミになる方法がなかなか見つかりません。
私なんかに声をかけてもらうことが申し訳なくてたまりません。
明るくて戦ってる私じゃないからです。
これが境界例の発作なのか、何なのか、ひどすぎてもう分かりません。
宅配を頼もうと思うけれど、
メニューを眺めても全然何をどうしていいのか分かりません。
頭痛のせいなのか、死にたいのか拒食傾向なのか、吐きそうになります。
多分私は、誰からも好かれたいし、
誰からも好かれたくないのだと思います。
好かれれば捨てられるし、嫌われれば私の存在価値はない。
どちらに転んでも、私は捨てられる、嫌われる運命にあるんです。
それは、今の私が笑わないからです。
楽しい空気を出せないからです。
人を和ませることができず、人に助けを求めなければ生きていけない状態になっても、
助けを求めれば、またいずれ捨てられると思うからです。

これは、辛いです。
足が折れているわけでもないのに、まともに歩けません。
胃がどうにかなってるわけでもないのに、何も食べれません。
肺がつぶれているわけでもないのに、息ができません。
頭はどうなっているのか、ずーっと痛いです。
それから一番、心が痛いです。
見捨てられ不安と、見捨てる権利を持っている私以外の全ての人が怖いです。
怪物の私は、捨てられる可能性100パーセント。

幻聴も全ての身体的症状も、頭痛も、悲しみも怒りも不安も恐怖も、
全て目に見えません。
実際の私はベッドに横になり、ただ横になっているだけに見えます。
全てを忘れて前だけ見ることはできません。
折れた足でどこへも行けないように、
つぶれた肺では息が吸えないように、
心の病気は見えないだけで、他の病気と何にも変わりありません。
気の持ちようだというけれど、その気の持ちようができません。

他の病気で死ぬ人と、鬱なんかの心の病気で自殺する人と、
どちらが多いんでしょうか。
私は、本当に生きているのが嫌です。
死にたいとか出来るだけ書かないことがマナーだと思いましたが、
これは私の遺書になるかもしれないブログです。
死にたいときは死にたいと書きます。
わけが分からないと思われても、
ここに書くままが私だから、私もわけがわかっていません。
わけを知りたいです。
私が一番、知りたいです。
なぜ?
なぜかは分かりません。
愛情欲求のかたまりです。
見守られたりしたくありません。
そのうちに私はどんどん怪物になっていってしまう。
抱き締められたい。
でも、全身刃の怪物を抱き締めたがる人間はいません。
それが、正しい人間。
私はなぜか怪物で、なぜか全身の刃を捨てることができない。
あなたを殺すか、私が死ぬか。
ならば、私は死ぬことを選ぶ。
怪物ができる優しさは、生きていて邪魔な自分を殺すこと。
そのための戦いです。
殺し終わったら、いつもどおりです。






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機能不全家族 | comment(4) |


2008/03/07 (Fri) 今すぐ

今すぐしたいこと。しなければならないこと。

頭痛を止めたい。

呼吸困難を止めたい。

何でもいいから食べたい。

裏のスーパーに行きたい。

文鳥たちを病院に連れて行きたい。

サラダが食べたい。

お風呂に入らなければならない。

部屋を掃除したい。

眠りたい。

ぼろぼろになるまでセックスしたい。

私の中の誰かじゃなく私が眠って夢を見たい。

外に出会い。

そうけんびちゃ飲みたい。

ヨーグルト食べたい。

死にたい。

明日美容院に行きたい。

高速道路に飛び込みたい。

自立支援の書類を書かねばならない。

鬱でも何でもいいから、まず健康が欲しい。

文鳥用の野菜を買いに行かなければ。

とにかく休みたい。

ヘルパー雇いたい。

入院したい。

一人になりたいが一人は無理。

その輪の中に入れてほしい。

罵倒でも何でもいいから輪にいれて。

そばにいて手を握っててほしい。

握ってくれるなら殺して欲しい。

生きたまま私の両足にブロックをくくりつけて、二度と浮かんでこないように、
あの死体が行き着いたあの川に私を沈めて欲しい。

白か黒かはっきりさせて、私を嫌いと罵って拒絶して欲しい。

美術館に行きたい。

散歩したい。

たわいもない話をして笑いたい。

抱き締めてほしい。

手をつないで欲しい。

殺して欲しい。

死ねと罵ってほしい。

生きる価値がないと踏み躙って欲しい。

私のために泣いて欲しい。

理由はいらないから、殺して欲しい。



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機能不全家族 | comment(6) |


2008/03/07 (Fri) 境界例攻撃のみ

また頭痛が酷い。
今日は右側からゴリゴリとノコギリで切られている。
わけが分からないことだらけ。
私には、知らないことだらけ。
食べ物も飲み物もなくて最悪な気分だ。
お金があっても幸せじゃない。
買い物に行くことすら出来なかったら、お金が幾らあっても何の意味もない。


戦わずして、自分ひとりでどうやって生きていけばいいのか。
生きていきながら、「みんな」を受け入れるとは、どういう行為をさすのか。
それは、私にとって自分を殺すことを意味する。
この、暗くて、戦うしか能のない私を殺して、受け入れられる人になる。
見守ったり、様子を見たりしている暇が人生にあるのかと思う。
そうやっている間に私の弟は殺人鬼一歩手前だし、
私もこうして悪化しているし、人はどんどん離れていくし、
誰も心配なんてしやしない。
せめて戦っていることが私の存在理由だ。

受け入れるとか、見守るとか、それができたら私はカウンセラー。
それが出来ないから、「病気」。
もう、攻撃性が抑えられなくて、何でもかんでもぶっ壊したいし、
自分が引き返せないところまで自分を壊してやりたい。
全部諦めて、全部手離した後で、受け入れたり見守ったりできるのでは、
そんな方法でしかもう私には無理なのでは、と思う。

あやを生んだ男は、完全受け入れ、見守りが大得意な男だった。
でも、あやが自殺しようとしたとき男はあやを置いて仕事に出かけて行って、
その後で職場のテレビであやが自殺したかどうか「心配」して、
「見守っていた」そうだ。
ニュースで名前が流れはしないかと。


そんな男と、再び連絡を取ろうとしている。


自分の人生のために、一番最悪なものを切ったのに、
あやが会いたい会いたいって言っている。
また、あの頃に戻りたい、と。

それで?
あの男に見守ってもらって、それで何がどうなったのか。
ただただ、傍観していただけだ。
何か都合が悪くなると逃げ出して、テレビ画面で愛人自殺の報を待っていて
「たまらない時間」だったそうだ。
そうかい。
それだけ「心配」なら、カッターを手にして泣いてるあやを、
抱き締めてやったらどうだったんだい?
なのに、あの男は、「飛行機の時間があるから」とか、
「自殺なんて認めない」とか言って、すたこら逃げて行った。

戦いが私の仕事なら、戦いたくないし休息した多くの人から
好かれたいなどと考えたことが間違いなのだ。
戦う人間は、一人だ。
生きている人間も一人だが、休息しないから戦う人間はとにかく
自分の命やエネルギーが尽きるまでは戦いをやめない。
その合間に、誰かを受け入れることが出来るだろうか。
人生、そんなに時間があるとは思えない。
いつだって、ああ、これでもう休める、と思っていたら、
何だかんだと私を運命が急き立てる。
思いもしないものに巻き込まれて、振り回されて、
ああ、油断するんじゃなかった、休むんじゃなかった、と気づく。

受け入れてほしい、と私は暴れているのだろう。
だから、どんどん止められない位に凶暴性を増している。
一番にどうでもいいのは、自分だ。
大嫌いだ。
何もかも嫌い。
一番嫌いなのは、この性格。
そしてこの頭痛。
友達まで攻撃しているらしい。
攻撃する人間は、危ない。
去っていく。
全ての人が去っていく。
それでも戦わなきゃ時間は止まらない。
去らないで欲しいなら、戦うしかない。
それとも、穏やかで楽しく、そんなブログに方向転換するか。
明日死ぬかもしれないのに、誰かを見守ることなんて出来る?
命の期限は誰にも分からない。
もし、明日私が癌の宣告を受けたら、このブログは
癌との闘病記と遺書へ変わるだろう。
その前でなければ、病気のことや虐待のことは語れない。
一分、一秒でも無駄にできない。

なのに、頭痛はひどいわ、呼吸困難はまたぶり返し、
友達には攻撃し、攻撃しない方法が分からない。
都合の良い自分が出せない。
良い塩梅、も分からない。
少し前までは、こうではなかった。
でも、今自分をここまで凶暴化させているものが何なのか分からない。


とにかく文鳥を病院に連れて行かなければならない。
けれど、頭痛で頭が割れそうだ。
もう何にもできない。
何していいのか分からない。
死にたい死にたい。
そればかり。
何もかも馬鹿な私の身には重過ぎる。
何一つできやしない。
友達を「攻撃しない」「受け入れる」ということすら。
殺してくれ、と思っているのだ。
なのに、やんわりと生かしも殺しもしない「受け入れる」?
殺さないってことは、愛さないってことと同じじゃないのか。
生かすということは、殺してもいいくらい愛してるってことじゃないのか。

丸々境界性人格障害の思考回路だ。
でも、ここからどうやったら逃げだせる?
私は、あいにく誰に助けを求めようだとか発想のない人間だ。
攻撃されればみんな去っていくことを知っている。
死にたいのー悲しいのーと言ってりゃ慰めてくれると思っている、
あやのような子供とは違う。


ブログを一から作り直したい。
もっと、オブラートに包んで、自分のことも誰のことも受け入れられるような。
ブログじゃなくて、本当は自分を一から作り直したい。
明るくて柔らかくて優しくて1戦ったら9皆と休めるような人間。
0か100じゃなく、白か黒じゃなく、敵、味方じゃなく、
みんなとお友達、みんな大好き、な私に。


これだけは希望がない。
私が私を扱いかねてしまったら、そこでゲームオーバーだ。
私が扱えないものを、他人はもっと扱えない。
受け入れる?
こんな私を受け入れる人は誰もいない。
そうしたら今度は「見守る」。
医者か。カウンセラーか。
でも、見守ってる間にどうにかなったらどうするのか。
末期がんの祖母の余命はカウントダウンだった。
確実に、あと1週間ですと言われて、だから色んなことが出来た。
私の寿命にもそんなふうに、確実にカウントダウン機能がついている。
私だけでなく、誰にでも。
なのに、ゆっくりのんびりやるしかないのか。

人格障害は、一人だ。
みんな一人?
それは違う。
下の自販機でお茶を買ってきたい。
でも、それが出来ないし、誰もいない。
文鳥は病気だ。
私しか、見られる人間はいない。
それから頭痛と吐き気と呼吸困難。
電話攻撃メール攻撃。
自分が嫌い攻撃。
このままだと自傷する。
でも自分を止められない自分。
全部破壊して、何もなくなって、私がからっぽになれば、
そこに色んなものを入れられる。
誰かの愛情も友情も好意も悪意も、戦わず、眠ることも。



※コメントへのお返事が遅れています。
今何を書いても攻撃的な文章しか書けません。
申し訳ありません。


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機能不全家族 | comment(6) |


2008/03/07 (Fri) 人格障害ってね

友達、できません。
できても、自分で壊します。

恋人、できやすいです。
でも、捨てられやすいです。
そして、捨てやすいです。

家族、病んでます。
でも、私の方がある意味もっと病んでます。


病気が治らない限り、孤独です。
でも、人の中でしか治らない病気です。
関わる人全て、私が切り刻みます。
私の体は、糸ノコです。
ザクザク切れる、糸ノコです。
今日も、いっぱい切りました。
切らずに止まったらいいそうですが、
私は電動糸ノコ、止まりません。

そしたらこの命が止まるまで、
私は人を切り刻みます。
遠くの人は無事です。
近くの人ほど切られます。


病気のせいにしたくないです。
病気かどうかも分からないです。
病気が私の人格です。
人格の表出が性格です。

私の性格。
怖いあまりに決め付けて、
さっさと私を殺すか生かすか教えて欲しいし、
0か100か、
白か黒かしか分かりません。
分からない場合は、相手をザクザク切りながら、
これ以上切られる前に、さっさと答えろよ、
グレーにして私を馬鹿にするな、本当は私はいらないんだろ?
と脅迫します。


生きてる限り、続きます。
今のところ、続いてます。
頭痛と眩暈も続きます。
こんな病気って、何なんですか。
私、いろいろ細かいことが分からなくなって、
分かろうとしたら気が狂いそうになるから、やめました。
それも良くない結果になりました。
私の行いに因があるのではなく、
私が私であるということが、諸悪の根源です。
誰もが私の陰口を言っているように感じます。
誰もが私のブログに消えろ、と思っているように感じます。
この性格のままでは、ブログの存続は無理です。
記事を書くまえに、その記事の関係者にまわって言質を取って、
としたところで多分私は本当のことを言ってもらえる気がしてません。



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機能不全家族 | comment(5) |


2008/03/06 (Thu) 境界例の思考実況中継

すごい破壊衝動です。
どれくらいって?
体は動かないけれど、こうしてキーボードを打つ度ふわっふわ意識飛ぶけど、
今、何でもできますね。
露出調教とか私大嫌いですけど、私が露出で捕まったらどうすんだ、
て腹が立つから大嫌いですけど、今ならやってあげますわぁ。
サディスティックな気分じゃないんですね。
こういうときは、ずば抜けてマゾヒスティックになれます。
スカトロとか無理だけど。
針刺したい方、どうぞ。
メスで切りたい方、どうぞ。
薔薇鞭なんて、甘い甘い。
乗馬鞭でどうぞ。
SM用ローソクでなくて、いいですよ。
あれは煙がやたらと出ますからね。
普通のローソクで、どうぞ。
3P、4P、5P、どうぞ。
そういえば以前、私の全身にガソリンかけて燃やしたい、と言って、
射精した人がおりました。
いや、ガソリンかけて燃やしたら死ぬでしょ?て普通思いますけど、
その方にとっての至上の愛情表現なんです。
彼のそんな心の中に、どんな闇があったのか、私はついに分かりませんでした。

虐待や境界例と自傷、SM的行為は、とてもとても似ていると思う。







機能不全家族 | comment(0) |


2008/03/06 (Thu) 死に損ない日記

※自傷・自殺に関する内容が一部含まれます。
不愉快になられる方は、閲覧なさらないでください。
だらだら思いつくまま書いています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


これ以上生きているのは嫌だー!
と、死のうとしても、死ねないことが分かっている。
私の場合は、だけど。
過去から、それを学んだ。
生きてるのが嫌=生きていたい
だから。

孤独だー!
は、まだ、死ねる可能性が高い。
私は、人を殺せるものは病気でも何でもなく孤独だけだと信じているから。

じゃあ、私なんていない方がいいんだー!
は、何だろう?
それはきっと、私なんかでもいていいって言ってくれ!
なんだろうな。


要は、破壊欲求、自殺欲求、自傷欲求の裏側には、
常に求める心が付随している。
そのうち書くかもしれないが最近書店で見かけた本、
「求めない」
中味を見てないけど、
「いやいや、無理やし」
と思ったのは、私だけか。


昨日は、外でバタンバタンと倒れ続け、眩暈でたってられず、
全身震えていて、変な汗かきまくり、何度か倒れて、
キャリーケースに入った文鳥たちも投げ出され、
もう私には自分すらどうしようもないのに、この命二つ、
私に乗っからないでくれ!と思い、
こんな動物愛護意識も愛情のカケラもない自分なんかは、
やっぱり死んだほうがいいな、うん、と思うこともできなかった。

病院では、めちゃくちゃ時間外に予約なしに駆け込んでおいて、
次回は予約を?だとか、自立支援の継続申請は早めに?とか説明する
病院の窓口の事務のお姉さんに、もうめちゃくちゃ態度悪かった。
怒鳴りたかった。

おい!
こっちは見りゃ分かるように、立ってんのも無理で、
メイクも髪も入浴も何もかも不可能で這いずって、そこら転げまわって、
やっと来たんだよ!
死にそうなんだよ!
動悸と眩暈でなんにも聞こえないし、あんたの声で空気が震えて、
私の眩暈が悪化して、ほら!倒れたじゃないか!

と、怒鳴ろうとしたけれど、立ってるだけが精一杯で、ちくしょう何もいえなかった。


それから、ああ、虐待する親ってこんな心境なのかな、と思うことも、
待合室で文鳥にやらかした。
思い切り、籠殴りつけた。
うるさかったから。

どれだけ経ったか診察室に入るときに、また倒れかけた。
数メートルが数キロに感じる。
眩暈がひどくて目が開けられず、医者の顔も見ることができず。
椅子にも座れているのか座れていないのか、ガクガク震えて無理。
医者に怒鳴り散らした。
怒鳴っていたら涙がぶわーっと溢れてきて、医者と看護婦に困られた。
多分。
とにかく帰るように言われた。
それから、一人で暮らすのも文鳥も無理だから実家に戻れ、と。
「戻ったら殺されますよ!死ねって言うんですか!」
と、うざい患者よろしく、泣いて喚いて怒鳴り散らした。

と、思う。
実際は、弱弱しくシクシク泣いてたのかもしれないし、よく分からない。
支払いも無理だった。
手が震えて震えて、何より、もうどうでもよくて。
よく周りが見えないけれど、電車でも道路でも病院でも、明らかに
「狂人を見る目」を感じた。
はいはい。
私、狂ってます。
とも、思えなかった。
思考停止。


タクシーの揺れで数度気絶。
部屋に入って、文鳥の寝床や餌だと用意した。
やってる間にも倒れまくり。
もう、笑う余裕もなかった。
カウンセラーが言っていた、文鳥は実家に預けろ、とはこういう意味なんだろう。
私は、何をおいても結局自分より何か、誰かを優先するから。
吐きそうだったし、号泣していたし、わけわからない状態でも世話をした。

準備完了してから、記事か何か書いた。
それから、死のうと思って、死ぬ方法を探した。
でも、いざ探してみると、確実にスパッと死ねる方法が以外とないのだ。
カミソリを見たけど、カミソリはう?ん違うな、と思ってやめた。
手首切ったくらいじゃ人間死なない。
助かる可能性のあるものは、やろうとも思わなかった。
ODも考えたけれど、これも死ねるとは思えなかった。
知人で、首の頚動脈を切った人がいたが、たしか包丁だった。
うちの包丁は、リストカットしないために砥いでいないので無理だ。
飛び降りてみようかと思ったが無理だった。
うちのベランダからは、真っ直ぐ落ちることができない。


そのうち、自分が号泣していることに気づいて、
それ以前に、もう体中の痙攣と眩暈がひどく、何を手にとることも、
どこへ行くことも出来なくなっていた。
号泣したなぁ。
オーイオイオイと泣いてたり、ギャー!と泣いていたり、
呻いていたり、色々していた。
この調子だったから、次回病院に行ったら確実白い目で見られるね。
人間の泣き声のパターンは、無数にある。
映画やドラマの泣き方は、綺麗だなぁおい。

リストカットやODで「死んでやる!」て言っても、死ねない。
ノイローゼだった頃、
過去の新聞記事の自殺報道を全部リストアップしたものを手元に、
自殺者の名前、年齢、背景、当日の様子、発見時の様子、家族のコメント、
それから死んだ場所をグーグルで調べて、ひたすらチェックし続けて
何日も何日も寝なかった。
そのときに意外にも知ったのは、9割(と私が感じたのだが)の方法で
人は自殺に成功しているということ。
しかし、その方法も、私の知人は失敗したのだ。
この世に確実といえるものは、生も死もどこにもない。
そして、もっともっと乾かなければ、人間死ねない。
愛されたいとか、そんなことをカケラでも思っていたら、
とりあえず確実な死ぬ方法が見つからないものらしい。
今日になって、そうだよ、乾かなきゃ死ねないんだよ、と過去、
いつだって自殺準備できていた自分を思い出し、今と比較することができたけれど、
昨日は無理だった。
なーんにも考えてなかった。
ただ、リストカットもODも飛び降りも、どうせ死ねやしない、と思った。
そのうち、いのちの電話にまた電話しようとしている<私>がいて。
かけたんだか、かけてないんだか知らないが、往生際が悪い。


そんなわけで、私は今日も生きている。
病気の文鳥二羽の存在が、正直言って、ここまで重く感じるとは。
今も、むくが私の右肩にとまって、何か言っている。
今日動物病院に行く予定が、いけなかった。
なぜって、母親たる私の体調がおもわしくなかったから。
そして、実家からまたも、<心配するメールと電話攻撃>。
一度も出ていない。
出る必要があるかな。
その電話は、私のためじゃない。
純粋に両親のための電話。

おい。
そんなに心配するくらいならさ、なぜ荷造りするときに、
服一枚丸めて放り込んでくれなかったんだい?
娘が目の前で眩暈と気絶で這いずってるときに、
「何ぐずぐずやってんだ!」とか「お前はいっつも計画通りに動かんな!」とか
罵ってる間にさ、私、その声でまた眩暈起こして気失ってたんだけど、
見えなかったのかな?
別に何も求めちゃいないが、なぜ、一駅先でもいいから送ってくれ、て頼んでも、
いや、夕飯作らなきゃ、と言って、断ったんだい?
あなたたちの娘と私は思っちゃいないが、他人でももう少し親切だろうよ。
わけが分かりません。
うちの親、わけ分からん。
分かろうとも思わない。
あんな人たちにはなるまいと思うだけだ。


生活保護申請に親が絶対必要なのか、もう少し調べてみることにした。
カウンセラーでも医者でも、友達でもいいなら、署名を頼もう。
両親は、どうせ私が生きていれば、そして生活保護だとかいう不名誉な事実が、
世間に出回らないところにいれば、陰でどうなってようが構わない人達だし。


朝一番で、友達から電話がかかってきた。
私のブログを殆ど毎日読んでくれているという。
知らなかった。
私は、彼女は彼女で本当に大変だから、何も知らせなかったし、
知ってもらおうとも思っていなかったし、
だから何をしてくれるとも思っていなかった。
けれど、私が過去に書いた、今しなければならないことチェックリストを
全部覚えていてくれて、自立支援の継続手続きが他人でも可能なら私が行くよ、
と言ってくれた。
それから何だったか・・・・私のブログをためになる、て言ってくれた。
小学校からの付き合いで、同じ信仰していたし、そこもやめたし、
心の病気だし、私と同じく男見る目ないし。
共通項いっぱいで、でも違うところがあって、色々気づくらしい。
そうか。
嫌われるばかりじゃないのか。
なーんにも書くことがなくなって、死にたいなーと思っていて、
苛々してもいた。
友達とか、私だっていないし、それどころか、
すぐそこの物すら取ってもらえないってどうよ?と思っていた。
グズグズすんなとか言われて、いや、ちょっと黙ってもらえない?
すごいさ、こんなひどい状態じゃない?と言っても、
キチガイを見る目で、汚いものを見る目で見下ろされた。
うんこ見てる顔だったなー。
私からキチガイの臭気が放たれていて、
その空気すらおぞましくて息を止めてたみたいだ。



でも、彼女は友達だと私のことを思ってくれていたのだ。
私は、彼女のことを友達だと思っていて、
何か力になりたいといつも思っているのに。
その感情が、まさか自分にも向いてるなんて思ってもなかったんだな。
私は、盲目なのだ。
そのことを覚えていなければ。

友達って何だよ?
友達が「いる」て何?
友達「いないもん」て何?


これもまた、今日になって思い出したこと。
私、誰も友達だと思っていないし、誰でも友達だと思っている。
私が一方的に思った時点で、友達だと思っている。
でも、相手はそう思っていなかったりして、
「そこまで私のためにしてくれなくていいから」なんて言われた。
ああ。
寂しいし、虚しい。
それって、友達だと思っている私の気持ちを退ける言葉だ。
あなたは私のこと友達と思ってるみたいだけど、私、そうは思わないし、
そうなろうと努力しなくてもいいんだよ?
ていう、優しさじゃない、拒絶だ。

そして、私もそういうことを繰り返している。
このブログ、ネット、現実の世界で。
優しさと優しさがかちあって、最悪なパターンができてしまって、
私も半端に優しくて傷つきやすいものだから、ここで何とか食い止めたい。
戦闘要員、は封印したんだっけ。
だから、何だろう。
ストッパーか。
どうやってストップするって、私がひとまず全部諦めるのだ。
死ぬより辛いことか。
でも、昨日死のうとしたんなら、今日更に死のうとしてもいいんじゃないの?
後に何か残せる死に方。
命を殺しても何のもならないし、死者を出したらまけだとTちゃんが言っていた。
確かに、そのとおり。
ならば、心を殺してみよう。


昨日、指一本動かすのも苦痛で何もかも出来なくなって、廃人寸前になったとき、
お金出して誰でもいいから雇いたいと思った。
すぐそこの自販機から飲み物を買ってきてくれたら10万円あげたい気分。
タクシー読んでくれたら100万円。
もし、私のかわりに鳥かごの用意をしてくれたら、1000万円。
多分、私のそばに一人でもいいからいてくれたら、済むこと。
でも、いない。


そんな話を既婚者の友達としていたら、
JちゃんはDVな夫なものだから、結局実家の私と同じ、
「いない方がまし」な家族なのだった。
なんだ、友達がいる、いない、夫がいる、いない、関係ないやんと笑った。
孤独って、孤独でしかない。


Jちゃんと、デリバリーヘルスとか頼む男性の気持ちが分かるよ、と私は言った。
セックスはできやしないが、とにかくうちに来るついでに、飲み物買ってきて欲しい。
爽健美茶が無性にのみたいけど、この部屋には何もない。
セックスしなくてもいいから、区役所に行ってきて欲しい。
で、ついでにセックスしよう。
金銭交わしたほうが、ドライで楽しくて手軽、それは確かにそうかもしれない、
と初めて、そういう男性の気持ちが分かった。
要は、自分が不自由で仕方ないから、ロボットでもいいから欲しいんだな。
Rの話をJちゃんが覚えていたから、Rの話もした。
かわいい子だよ、と話した。
こういう状態になると、Rが懐かしくなる。
でも、Rは違うんだな。
私のためにどうこう、ていうより、自慰行為を手伝って欲しいんだもの。
私が介護を必要としてるのに、Rの介助はできない。
まして、感情はもうたくさんだ。



私を勝手に傷つけた人と、
私に触れて勝手に傷ついてしまった人と、
相手も傷ついていて、私もまた傷ついた人がいた。
ここ数日で。
何か、絡み合っていて、皆困っている。
私も困っていた。
皆、優しくて後ろめたいものだから、私も含めて、
勝手に傷つきあうという不毛な悪循環に陥っていた。
それを止めようとしてここに来なくなった人もいっぱいいるんだろう。
でも、ここらで終止符を打とう。
戦うのだ。
なーんの戦略もない。
なんにも考えないのは珍しい。
でもさ、もうやめようよ、と自分に言ったのだ。

友達がいるとかいないとか、死んだ後に分かることだと私は思う。
私が死んだとき、遠くからでも海外からでもどこからでも、
実際足を運んで駆けつけてくれて、心から泣いてくれる人が友達でしょ?
今のところ私にそんな友達がいるのか、私は神様じゃないから分からないね。
自分の心の中も分からないね。
私は友達だと思ってても、拒絶されたら、そこでおしまいだ。
私も、拒絶したらおしまい。
死んで葬式開くまで、 誰にも分からないことだ。
それまでに、あの人は友達でこの人は友達で、
自分に何人友達がいて、何人いないなんて、言いたくなるけど言わないよ。
そういや、そうやって生きてきたんだった。
自分が死ぬ瞬間のことばかり考えて生きている。

私が死んでも悲しくない、困らない、葬式に出る気がしない人は、それでいい。
もし私が友達だと思ってる人が私を拒絶したまま死んだって、
先に死んだ者の負けだ。
死人に口なし。
私が友達だと思ってるところへは、本人が拒否したって出かけて行ってやる。
死んでから知ればいいことだ。
友達かどうかなんて。


死のうとした昨日から一転、今日は、そう思う。
人生、大半そう思ってきた。
明日は、どうだろう。
生きてるか死んでるかも、明日のことは分からない。
これが今の、ありのまま。





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機能不全家族 | comment(7) |


2008/03/05 (Wed) 狂乱

そこら中から好奇の目。
眩暈というより気絶だよね。
病院では、完全に文字通りの「狂人」。
電車で「狂人」。
タクシー待ってる往来で「狂人」。
あっちこっちぶつかって、倒れて、傷だらけ。
文鳥の籠まで道路にぶちまけてさ。
病気の文鳥が中で死ななかったのが幸いだった。
私は一人で暮らすのは無理だから実家に戻れと言われたよ。
で、文鳥の世話は、めちゃくちゃ大変。
結婚したい、同棲したい、誰でもいいからそばにいて、
せめて私がつかめない、つかんだらめまいで倒れる、
ほら、そこの服をここに丸めて突っ込んでよ、といいたかったな。
家族はいるけど、誰も手伝ってくれないし、逆に罵られた。
部屋中、這って移動して、それでも途中で気絶して、眩暈で吐きそうになって、
本当に手を伸ばしただけで気絶するんだもんな。
あそこのあの財布を、このかばんに誰か入れて、て思った。
そういうこと、してくれる家政婦でもヘルパーでもとにかく必要。


私の様子ったらさ、病院に足一歩踏み入れた途端、
皆さんギョッとした模様。
立ってられないし、バタンバタン倒れるしさ。
立ったばかりの小鹿みたい。
ガタガタ震えてるし、なぜか泣いてるし、すっぴんだし、髪ぼっさぼさで。
お風呂は入れないしね。
いつから入ってないって、そりゃあ誰にも負ける気しないわ。
常識はずれ。
病気ってこんなものだ。
汚くて醜くてどす黒くて憎しみと怒りと悲しみでいっぱいで。
ファッションみたいな病気、この世には存在しないのよ。
そこらへん、なりたがりの人とか、多重人格かっこいいとか、
もう本当に、なりたがりのやつ、今ここに出てこいよ。


今日は電車の席、譲らなかった。
譲られた老婆の姿見たら、綺麗にメイクして胸のブローチつけて、
こぎれいにしてて。
私はガタガタ震えて、ずっと片目つぶってて、
眩暈ひどくて電車最悪で。
メイクなんてできやしない。服もどうでもいいし。
髪とか無理。だって、
ブラシを手にとっただけで眩暈で気が遠くなって吐き気するから。
荷物も文鳥も正直、全部捨てたかった。
もう無理。
無理。
もう無理。
そう思ったけど、誰にも助け求めようとは思わなかった。
皆、ドン引きなんだもん。
駅員さんなら、助けてくれたのか。
そうか。
でも、私、今日医者にまで怒鳴った。
怒鳴ったというか、まあ目があかなくて、一人で叫んでたわけだけど。
この病気にだけはなりたくなかった!
てね。
ガタガタ震えて、吐きそうで、馬鹿みたいに涙流して、
診察室とか看護婦とか待合室の人とか関係なかった。

死にたいね。
死にたいよ。
それで、誰かまで傷つけてさ。
傷つけてばっかりで、戦ってばかりで、愛されない私。
死ねと思うよ。
心の底から。
今日こそは。


私は、好きとか言われたことない。
私を受け入れられないと拒否した人が、
別の誰かのこと好きだとして、好き、て言ってるのを聞いて、
拒絶された私と、拒絶されずに好かれる人を比べるのは卑屈極まりない。
でも、比べるんだな、私は。
だから、いつまで経っても一人なんだよ。
拒絶された理由と、拒絶されない人の理由を考える。
私は戦いすぎてるんだ。
戦いすぎて、人の心を考えてない。
和ませたり笑わせたり楽しませたりできないもん。
常に必死で、何一つ諦めようとしない。
疲れた。
誰かに拒否されても、誰かから認めてもらえればいいでしょ。
でも、疲れた。
私は、皆と楽しくしたいし、でも戦いたいんだ。
戦わなきゃ、私、死ぬでしょ。
そう思ってたけど、楽しくなくても死ぬんだな。

ないものねだり。
ないなら死ね。
眩暈も何でもかんでも止めたいからね。
死んだら何でも止まる。
人格ごと、この体ごと殺してやる。
実家に帰れ?
確かに一人でも生きていけないよ。
大阪戻って何がやれたかって、そりゃあもう人の生活じゃないよ。
でも、あの家でだって一人暮らしと同じ。
こっちじゃ自分で死ねるけど、あっちじゃ誰かに殺される。
人格いっぱい。
愛されない。
気味悪い。
あやも美鈴も私も美鳥とかいうやつも、
昨日のわけ分からん達観した記事書いたあんた。
あんた誰だよ。
皆殺してやる。



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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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