--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2008/02/29 (Fri) 見えない火傷

動悸は、決まった時間に起こるということが分かった。
けれど、動悸だと私が勝手に思っているだけで、
実際の脈拍数も血圧も全く変化はない。

しかし、動悸がする。
どういうことなのか、よく分からない。

ありもしない心臓が、
まるで私の体内から逃げ出したがっているかのように、
胸の内側から外へ向かって打ち付ける。


今日は、動悸と同時に、頭が真っ二つに割れそうな頭痛。
頓服を飲んでもおさまらない。
それでも、鬱やパニックより、ずっといい。
自分が分からない状態よりも、ずっとずっといい。
しかし、体調不良のせいで大阪に移動できず、まだ実家にいる。
動悸も頭痛も、大阪へ戻ることや、
ここ実家にいることと関連していたら嫌だなと思う。

そして、相変わらず私が頭痛で床に倒れていても、
さほど気に留めない家族たち。
気に留めて欲しいわけじゃないけれど、やっぱりおかしいよな、と
床に倒れて頭を抱えながら、ぼんやり思った。
体調不良を気に留められず育つと、自分をケアすることを思いつかない。
長い間、病院へ行く発想も私にはなかった。
弟は、もっと酷い。


引きこもっている15年の間に、
キレやすく低俗で自身の痛みに無関心な魔物になった。
そんな強迫性障害の弟からは、日常的に「嘲笑」を受ける。
日常茶飯事なので、さほど気に留めていなかった。
しかし、今日になって気がついたが、「嘲笑」とは、
普段なかなかドラマ以外では見る機会のないものではないかと思った。
声を出して笑うことなど、彼には一年に数度あれば珍しい位だが、
「嘲笑」は普段から連発する。

彼の嘲笑は、本当に模範演技のように完璧な嘲笑だ。


両目で私を下から舐めあげるように見上げ、体を斜めに傾け、
ポケットに両手を突っ込み、全身で人を小馬鹿にしたポーズを取る。
それから片方の唇の端だけを歪め、
鼻からとも口からともいえぬ声と息の中間のような音を出す。
それから、ニヤニヤと何とも言えず下卑た笑いを顔面に貼り付けて、
私の屈辱の表情を見逃すまいと嘗め回すように私を眺める。

演技でもなんでもなく、彼に自然に身に付いたスタイル。

家族の誰も、それは失礼だよとは指摘しない。
皆、慣れている。
私も、慣れはしないが、見飽きた。
怒ることも、抗議することも反論することも、やめた。
殴られるのも蹴られるのも殺されるのも神戸港に沈められるのも御免だ。


同じ家庭に育ち、似た環境の中で生きてきたから、
多分私と弟は、共感できる部分を多く持っている。
しかし、弟は何も分かっていない。
分かろうともしない。
共感も求めない。
救いも求めない。
ただ、手を洗い続け、人種差別を手を打って笑い、
ボロボロに破れたズボンをはき、その間からのぞく皮膚は、
いつも当たっているストーブのせいで火傷で爛れている。
手当てしなよ、と私は言ったが、弟の耳は私のセリフを聞くが、
心へは決して届かない。

父母も彼の体に触れるどころか
正面から話すことも「唾が跳ぶ」と言って彼に禁じられているため、
もしかしたら、彼の足の火傷には気づいていないかもしれない。
気づいていても「あんた、それなんなの」と言って、終わりだろう。
ここの家では、何もかも不都合なことが、なかったことにされる。
不思議だ。
目の前に、これだけの痛みと悲しみと無言の叫びがあるのに。
相変わらず見ない人たち。
父も、母も、弟も。
焼け爛れた右足を、誰も見ない。

彼の嘲笑を見て、私が屈辱ではなく、哀れみや沈痛を感じても、
彼には決して届かない。


宗教団体の人が二人、数日前から頻繁に弟を訪ねてくるようになった。
勿論、弟は誰とも会わないが、何度断られても足しげく通って来る。
以前裏切られて以来、弟は宗教団体の人間を軽蔑している。

そんな様子を見ていて、
何だか最近やたらと男子部が来るなぁと思って母に聞くと、
宗教団体の3月の記念日に向けて、皆活動を頑張っているのだとか。

納得した。
じゃあ、3月の記念日以降は、確実に来なくなる。
確実に。
私も、散々経験してきたことだ。

あなたのことを思って、だとか、心配で、とか、一緒に信心しないか、とやって来て、
何度でも来るから、と言っておいて、行事が終わるとパッタリ来なくなる。
大阪に越してきてからでも私は優に二桁の人から、
そんなふうにして接触してこられたが、残ったのはある姉妹の二人だけ。
それが現実らしい。

信仰があろうとなかろうと、
相手が人間だということを忘れているんじゃないのか。
私も含めて弟も、宗教団体の祭のネタにされては、たまらない。
弟のことが好きなら来てほしい。
でも、好きでもなんでもなく、
自身でもよく分からない高揚だとか目標だとか、結局は功徳だったりだとか、
そんな目的で急に通ってこないで欲しい。
私の100倍、弟は対人恐怖、人間を憎悪している。
善意という皮を被って、一体自分たちがどんな人間を相手に
どれだけいい加減な振る舞いをしているか、たまには考えたっていいだろう。
人間を憎悪していても、小馬鹿にしていても、
本当はその表情の下の下には、人から認めてもらいたくて愛されたくて
餓死した子供が眠っているのに。


火傷が見えているのに見なかったことにする両親と、
見えているのに手当てしようとしない弟、
手当てしてやりたいと思いながら、殴られるので決して近づけない私。

誰が一番気の毒なのか。
それは、弟だ。

しかし、誰が一番危険なのか。
それも、弟。
自殺、他殺の可能性高し。
家族殺しの下地は万全。
医者とカウンセラーの保証付き。

分かっていても、何もできない。
しようとするのは、愚の骨頂。
殺されるために向かっていくようなものだ。


弟の手当て一つできない。
色々なことが、実家では不思議と不可能だ。





心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
 a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


スポンサーサイト

機能不全家族 | comment(5) |


2008/02/29 (Fri) 回転ベッド・居酒屋・ミニスカポリス情報募集

以前、4ブログを跨ぎ、たくさんの方にご参加頂きました「ガンダム祭」。
当日、私は記事内で急遽、「ガンタンク派」「キャタピラ好き」を募集しました。
◇ガンダム祭り参加者募集中(主にガンタンク・キャタピラ派)


大々的に募集したにも関わらず、名乗り出てくださる方、一名もいらっしゃらず。
世の無情さと、この現代社会において
ガンタンク・キャタピラが如何に軽視されているかを
まざまざと目の当たりにした事件でした。


しかし。
数日前に、当ブログへある検索ワードで飛んできてくださった方がいらっしゃいました。
検索ワード

「キャタピラ 好き」




・・・・・遅いよ!来るの!
待ってたのに・・・・・。

キャタピラなだけに、スピードが出ないのか。

多分、来てくださった方は早々に引き返されたかと思いますが、
もし以後も読んでくださっていらっしゃるのであれば、ぜひお声をかけてください。
私は、恐らく、
そのような検索をかけられるあなたの足元にも及ばぬキャタピラ初心者ですが、
私なりに、車輪と違うキャタピラの切なさに愛しさを覚え始めています。
こんな私に、キャタピラの魅力をご教授ください。


ところで今回は、
◇次の一秒を作るため
というシリアスな記事のコメント欄で一部話題になっている、
「回転ベッドと面白い居酒屋とミニスカポリス情報」を募集致します。
ロケーションは何県でも構いません。
面白い居酒屋、特に監獄居酒屋などの情報、お待ちしています。
変わったお店、大好きです。
回転ベッド体験者、全面鏡張りが禁止された理由、
ミニスカポリスについての解釈・諸説、大歓迎です。

お気軽にコメントお待ちしてます。




皆さん、エロスがお好きですね。
エロス好きに幸あれ ↓
         
 a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

大阪駄文 | comment(22) |


2008/02/27 (Wed) スプーンに甘酸っぱい冬の陽

やっと鬱状態やパニック状態が少し去った。
でも、やはりカウンセリングには行きたくなくて、キャンセルした。
ずっと行けないような気がしてきた。


午後から体調が悪化した。
やたらと鼓動が早くて立っていられないから、
血圧を測ってみたら、全く異常なし。
しかし、息苦しいのと、光に過敏になっていて、日光も電灯も苦痛。
光が目に差し込んでくると、意識が持っていかれそうになる。
体が麻痺して動かなくなる。
カウンセリング中では、たまにある現象。
実家でこれは、困る。


ふらふらしているらしく、寝たら、と親に言われたが、なぜか体は止まらなかった。
何か食べたり飲んだり喋ったり、倒れてみたり、起き上がってまた倒れたり。
鼓動は不愉快なだけで済むけれど、息苦しいのが鬱陶しい。

頓服を飲んだけど、まだ効かない。
だいたい、息苦しさやパニック障害に効くことは分かっているが、
この光に過敏だったり麻痺したりには効かないどころか、
逆効果な気がするのは、気のせいだろうか。


週末に、大阪に戻ることにした。
友達が、大阪に戻ることから考えたら、と言ってくれたからだ。
自立支援の継続手続き、精神障害者手帳の申請、生活保護の申請の如何、
カウンセリング、今後のこと、今の自分、
どれもこれも無意識に1セットにして考えていた。
一度、ばらしてみることにした。
全部を一つずつ書き出して、チェック項目にしよう。
大阪にいたら手離さない、
自分の状態確認や感情の整理のためのスケッチブックが、
ここにはない。
ないから、思いつきもしなかった。
目の前の日常をこなすだけで精一杯で。


明日は、庭に成っている蜜柑の中で、
そのままでは酸っぱ過ぎるものだけ集めて、コンポートを作ることにした。
何本かあるオレンジの木の中で、日当たりが悪い場所の実は、
酸っぱくてまるでレモンのようだから。
それでも、太陽のように変わらずオレンジ色の果実をたくさんつけている。
家族の誰も、そのままでは食べようとしないから、
そのまま腐り落ちていくのを見るのは忍びない気がした。
砂糖でコトコト煮込むだけ。
雨と土と太陽に恵みを受けて実った果実を、美味しく食べたい。


実行できたなら、本当にものすごく久しぶりな手作り作業になる。
コンポート作って、しばらく恋しくならない程度にピアノを好きなだけ弾いて、
頭の中を整理する。
それから、保留して待っていただいているメールを書く。
それだけ明日出来たら、上出来。
体調は、多分何か考えたくない過去か何かが意識に出て来ようとしてるからだ。
カウンセリングで、さすがにそれは学んだ。


しかし、今考えても始まらない。
肝心なものほど、一人で考えるのは危険。
カウンセラーと一緒に考えられる時期が来るまでは、
少なくとも大阪に戻り、カウンセリングに行こうと思えるまでは、
違う楽しい何かで気を紛らわせていようと思う。


激鬱よりも、体調が悪い方が、まだ少しまし。
こんな考え方が私を仮面鬱病にしたのかもしれないけれど、
表裏一体ならば、今は体調に出ていてもいい。
体が苦しいのも嫌だけど、心が苦しいのは、もっと辛い。
この世の彩りや美しさや立体感は、全て心が描いている。
自分が分からない私にも、心は確実にあって、
その心が、世界の形と色と音と広がり、時間を決めている。
苦しい心には、苦しいものばかり映る。
美しいものを前にしても、苦しいと苦しいものしか映らない。

自分では、どうしようもない心の動き。
けれど、こうしてブログに書くことで、友達と言葉を交わすことで、
私の力ではない、誰かの思いやりや優しさで私の心が軽くなる。
理屈じゃなく、軽くなる。
世界も、形や色や音や広がりを変える。
気がつくと、変わっている。
昨日まで私の目に映っていた世界より、今の世界の方が好きだ。
心が全てを決めるから、心が苦しいのは辛い。


明日、もぎたてのオレンジをカットして、鍋に放り込んで砂糖でコトコト煮込む。
些細なことだけれど、昨日の私には決してできないこと。
そして、今の私にも決してできないこと。

でも明日は、オレンジを煮込めるかもしれない。
酸っぱいオレンジを、甘酸っぱい、ふるふるの果実に変える。
冬の日を精一杯集めた果実。
スプーンいっぱいにすくって味わえたら、最高の贅沢。
それが、明日一番の目標。






心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
 a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


日々日記 | comment(7) |


2008/02/26 (Tue) 次の一秒を作るため

cafe20080226.jpg

昨日よりは、ましになった。
少しまともに眠れたせいかもしれない。
ピアノも、スコアの記憶が少しずつ戻ってきた。
何度でも弾ける。

何と表現していいのか分からないが、意識が保たれている感じ。
あまり自分が薄くない感じ。


携帯に着信が入っていたから、電話した。
英会話クラスのNさんと、急遽お茶しに行くことになった。
ずっとずっと引きこもっていたために、不安が襲ってくる。

頓服を飲んでから、楽しむんだ、と自分に言い聞かせた。

大好きな色のワンピースに大好きな色のカーディガン、
頂き物のパンプス、大好きな色のマフラー。
ちょっとまともにメイクした。
すごく久しぶりな気がする。
ちょっと手抜きに髪を巻いた。
好きなパンプスを履いた。
こうでもしないと出かけられない。


いつもの近所のカフェまで、歩いて3分。
傘をさして歩いた。
傘をさすこと自体、すごく久しぶりだと思った。
雨を感じるのも、何か不思議に思えた。
空から水滴が落ちてくることが、不思議。


Nさんは既に来ていて、お昼を食べていた。
朝、私と電話が繋がっていたら、
一緒にランチしようと誘うつもりだったらしい。
私はケーキセットを頼んだ。
お店の人とは顔なじみだけれど、
あらためて「髪が長いわね?」と言われた。
Nさんにも言われた。
そういえば、去年からNさんにも店主にも会ってない。


テーブルの上には、真っ青なガラスの花瓶に、
大きな白い百合の花がさしてあって、清廉な香りを漂わせていた。
その花越しに窓の外を眺めると、窓を伝う雨の雫も美しく見えた。

Nさんが毒舌を発揮し、面白かった。
Kさんという英会話のクラスメートが、救急車で運ばれた話を聞いた。
度々接していて感じるのは、
Kさんは統合失調症か、脳の機能障害ではないかということ。
Kさん本人は「自分が悪い」といって、病院にもまともにかからないという。
だから、病識がなくて不必要に自身を責めているように思えた。
病気のせいではなく、
自分自身の性格のせいだとか運命のせいだとか感じる苦しさは、
自分と重なって感じられた。

Kさんは、母親と一緒に中国から引き揚げてきたそうだ。
当時、Kさんは2,3歳だったはずだが、
その時に見た日本兵の残酷な行為をいまだ覚えていて、
30年間、会えば必ずひたすら、日本兵の話をNさんにし続けているそうだ。
先日のサッカーの話を、Nさんともしたが、
トラウマを抱えるKさんには、
日本選手はあれ位の暴力は受けて当然だと言い切ったという。

少し前に、ある本の中で、
引き揚げてきた人たちが大陸でどれほどの辛酸を舐めたか、
どれほど壮絶な数年を送ったか、また日本でもどれほど苦労したかを読んだ。
Kさんとは、ほとんどまともな会話が成立しないため、
私は彼女とコミュニケーションをとるのが難しい。
けれど、Kさんの中に、どうしても忘れられない光景が生々しく息づいていて、
いまだ彼女の衝撃や苦しみは続いているのだと感じた。


Nさんと、私の病気の話になったから、人格障害について、
その感覚をまた説明してみる。
Nさんは、まるで分からないといったが、
「人格に底がないから、覚えたもの体験したものが悉く底から抜けてしまう」
と説明したら、その部分は分かってもらえたようだった。

けれど、私と両親の現在の付き合い方や、
私がカウンセリングなどに通って、過去と向き合うこと、
こうしてブログに過去と現在の苦しみを綴ること、
それに対しては否定的なようだった。


傷の舐めあいだとかは嫌いだとNさんが言った。
私も、舐めあいは嫌だな、と思った。
傷の舐めあいと、共感は、似ているようで違うと思った。
どんなふうに違うのか、雨が伝う窓の外を眺めて思った。


過去は過去として切り捨てて、これからのことを考えたらどうだろう、
過去に執着しているように見える、とNさんは私を評した。


うまく説明できなかった。
過去に執着することと、過去から丁寧に使えるものを拾い出す作業は、
違うような気がした。

私は、ほんの数年前まで、子供時代の記憶は殆どなく、
それは今も同じだが、両親を憎んでもいなければ、怒ることもなく、
ただ自分が悪いのだと思い、ただただ現在と未来だけを見て生きていた。
まさか、前へ進もうとする私の背後から、
過去が雁字搦めに私を縛りつけているなんて思いもしなかった。

苦しみを感じなければ、過去を見ることはなかっただろう。
覚えていなくない過去を、私は覚えていることができない。
でも、思い出さない分体調が悪くなる。
悪くなっても原因が分からないから対処しようがない。
そうなったら、結局原因を探らなくてはならない。
過去を振り返らなければ、ならない。

考えずに済むのなら、このまま前に進めるのなら、
過去なんて、いつ捨ててもいい。
持っていたくもない過去だから。


苦しいことは誰もしたくない。
過去を振り返ることにメリットがないのなら、
誰もが忘れて、なかったことにしたいだろう。
ずっと解離して生きてきた私のように。
それでも、解離していても苦しかったり悲しかったりするから、
やっぱり私は過去に「執着している」とは思えない。
こうしてブログを書くことも、自分の症状と向き合うことも、
医者が全て解説してくれるわけでもなく、
診断すら何年もかかるような人の心だから、
やっぱり私自身が自分のことを知って伝えなければ、
正しい治療法も見つからないし、支えあえる仲間も見つからない。


うまく説明できなかった。
多分、何をもってして前向きな姿勢を捉えるかの違いだと思った。
人格障害は、人格に障害を負っているからこそ、
人格が引き起こしてきた全ての過去が「症状」であり、
そのもっと奥にある幼少期の体験が「病気の原因」だ。
過去を振り返らずして、自分らしく生きることは出来ない。
でも、うまく説明できなかった。
健常な自我同一性を持っている人には、
解離がどんなものかも感覚がまるで違って言葉を失くす。

Nさんから、手作りの花形のアクセサリー入れをもらった。
手作りなのもすごいし、かわいい。
前に言ってたからね、と言っていた。
嬉しかった。大事にしよう。
それから、リウマチの会の新しい会報も頂いた。
五号目の手刷りの会報。
お互いの病気も症状も人生への向き合い方も、まるで違う。
けれど、遠慮がなく毒舌という点ではお互い似ているのかもしれない。


英会話、来月からおいでよ、とNさんが誘ってくれた。
来月どころか、明日の予定、明日の体調すら分からない私。
大阪に戻ったら、どうなるか分からない自分。
全部、保留状態。


二時間ほど話して家に帰ったら、ダウンした。
頭痛で布団に入っていても、痛い痛いと思わず言ってしまう。
頓服を飲んで出かけたから、更に頓服を追加するのも嫌なので、
ひたすら横になって耐えた。
Nさんは、見かけは普通なんだからそのまま生活したら、と言っていた。
でも、それは人前でだけ。
頓服飲んで、辛うじて出かけられる。
家に帰ると、ノイローゼで転げまわる、泣き喚く、壁に頭を打ち付ける、
ドラッグを買い求める、自殺スポットを探す、など
完全に光と闇のように生活が分断されて、そのうち闇一色になる。

見かけだけは、普通でいようとする。
多分、これは鬱病の人も同じ。
何か障害を持っている人も同じ。
普通のふりをする。
誰かへの思いやりとして、自分のプライドとして、前向きに生きる姿勢として。
でも、どこかで同じ病や苦しみを持った人と繋がって、
一言でもいいから、互いの存在を確かめ合うだけでもいいから、
言葉を交わしたくなる。
私は、私の道を行く。

傷の舐めあいではなく、共感。
もたれあいではなく、支えあい。
ファッションみたいに語る心の病気じゃなく、本当の苦しみと痛みを。

Nさんが毒舌で裏がないせいか、私も裏がなくなる。
ブログをまた読むとNさんが言っていた。


Nさん、私、このままで行きます。
あなたの毒舌は、
私のような若輩者と対等でいようとしてくれるから苦痛じゃない。
対人恐怖で数日前、私は一瞬死にたいと思った。
でも、今日あなたと話したいと思った。
Nさんと話していると、
病気への理解が難しいから、どうしよう、と私は考え込む。
考え込むことで、また新しい記事を書く。

過去と現在を書くことの連続が、
記憶と輪郭が曖昧な私の、次の一秒を作り続けているようです。




心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
 a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


日々日記 | comment(28) |


2008/02/26 (Tue) きよらかな紺碧





裏側に悪意を隠し持つ人もいれば


裏側に温かい心を抱く人がいる





裏側に秘められた優しさには

適わない



ありがとうも言わせない

ごめんなさいも言わせない




ならばせめてあなたと同じ

ただ未来を胸の中で祈る






心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
 a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


詩と写真 | comment(3) |


2008/02/25 (Mon) 自己分析 自己指令

家族が、私の異変に気づき始めて危険。
私が、少しおかしいという。
同じ質問を、一日で4、5回したり、話が噛み合わなかったり、
夕方まで寝ていたり、うなされて何か言ってたり、
青ざめていたり、元気になったり、外に出られなかったり、
とにかく、様子がおかしいらしい。


そのせいで、心配性の母親が、あれこれと私のことを考え始めた。
「私」を保っていられる間は良いが、崩れてくると母親がまず察知する。
父親に、私のことを色々提案していた。
散歩した方がいいんじゃないかとか、炊事した方がいいんじゃないかとか。

大阪にいると、私が出来なければ買ってきたもので全て済ませられるが、
こちらでは、そうはいかない。
何か私に対して昨日から危機を感じているらしい、母親。
この流れてで行くと、
母親が父親に提案、相談する

父親は、無関心なので適当に相槌を打つ

何かもう一つ異変を母親が感じる

再度、父親に母親が私のことを相談する

父親、私に「信心しろ」と迫る しないことを責める

母親も賛同する

信じるやれ、やらないで争いになる

父母ともに殴るよ? 蹴るよ? と血を上らせる

の、パターンになる。
その前に、大阪に移動しなければならない。


でも大阪に戻るのも怖い。
別の怖い何かが私を待ち受けているような気がする。
実家にいれば、私は「私」でいられるが、
大阪に一人戻れば、一人で何をしているのか私には把握できなくなる。
確か大阪では食料は尽きているので、買いに行かねばならない。
病院にも英会話にもカウンセリングにも行けないから、
買い物に行けるかどうかも不明。
何となくだが、実家にいるときより大阪で一人になっているときの方が、
「私」がすっぽり完全に抜け落ちるような気がする。
それを思うと、できるだけここにいる方がいいような気がしてくる。


自分のことを一人で考えたくない。
考えまいとしても、どうしても考える。
夢に最近「あや」が、出て来るようになった。
日毎に、数日前の「バビちゃん」は、あやだったと確信が強くなってきた。
でも、考えたくない。
考えたくない状態で大阪に戻って、私は一人でやって行けるだろうか。


先週立てた計画は、何一つ実行できなかった。
入金すらできなかったので、明日、大阪のインターネットが止められる。
お金がないわけじゃないのに、どうしていつもこうなのか。

ピアノを少しだけ、弾けた。
やろうと思っていたことで出来たのは、それくらい。
広告で見た、新しくできた鉄道カフェに行きたいと思って切り抜いたものの、
いつ行けるか分からない。

さっきから、「?できない」ばかり書いている。
かなり後ろ向きな気持ちになっているんだろうか。

久しぶりに弾いたショパンの大好きな作品は、
やはり腕が、がた落ちに落ちて、指が譜面を完全に思い出せなかった。
何千回、何万回弾いても飽きない曲なはずなのに、
2,3度、間違えっぱなし間違えて弾いたら、もう嫌になった。


アドバイスを貰ったとおり、とにかく考えないようにする。
輪郭をなぞらないように、曖昧な「私」でいいんだと思うことにする。
なのに、夢に出て来る。
夢は、いつも私の思惑とは逆の世界ばかり映し出す。
そして、必死に現実に抗う私を嘲笑うかのように、
希望や期待やポジティブさではなく、
辛さ、苦しさ、寂しさ、悲しさ、怒り、諦め、
そんなものばかり映し出す。
「期待」が残っているとしたら、私の中ではなく「あや」の中だろう。

そんなふうに、苛立ちと共に考える。
考えてから、これもよくない考え方だと改める。
私が誰であろうと、どうでもいい。
パニック発作と、この無意味な対人恐怖と、オートマチックな悲観を止めて、
大阪へ戻る気力と体力と決意と覚悟が欲しい。


パキシルなんかの、きれてはまずい薬が、あと数日でなくなる。
眠剤はあるものの、これも時間の問題。
病院には行くことにした。
カウンセリングと英会話は、来月は行かないことにした。
本当に死にそうになったら、カウンセリングは行くかもしれない。
でも、とりあえず行かない。
話したいことが何もないから。
考えたいことも、向き合いたいことも、今は怖くて何もない。
この間まで迷っていたが、区役所で自立支援の手続きをするとき
前回訊かれたことを思い出した。
精神障害者手帳の認定を受けるかどうか。

自覚していたよりも私は悪いような気がして、
認定を受けようかと思い始めた。
もうすぐ治る、もうすぐ治るはず、と思って、もう何年経つのか。
治療を始めて、十年は経っている。
自分を少し安心させる上でも、病気の認識を持つ上でも、
精神障害者手帳が必要なのかもしれない。


多少おかしさが増してでも、大阪に戻った方がいいのだと考えよう。
カウンセラーは、そう言っていたから。
文鳥たちは、実家に預けたままにする。
カウンセラーが、そう言っていた。
自分を保護できない状態で、保護しなければならない何かを持つと、
私の不安や強迫観念が増して、解離がひどくなるだろうとか言っていた。
勧められている生活保護は、考える。
手続きに両親の同意が必要だから、これはばれると殺されかねない。


こうして書いていると、自分への指令書みたいだ。
指示しなければ危ない気がする。
自分が信用できない。
このままだと、実家での私の立場がいつ急変するか分からなくなってきた。





心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
 a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


解離性同一性障害 | comment(4) |


2008/02/25 (Mon) 賛美の家

私のそばに、あやがいた。
二人で眠剤を前にして、ああでもない、こうでもないと揉めていた。
私は、朝から眠剤を飲むべきじゃない、と言った。
けれど、あやは朝と夜の区別をつけようとせず、
のんびりと、いいじゃないの、と言った。
私は、苛々した。
三錠、あやが取り出して、取り出したのは私なのに、
飲みたくないのに飲んだのか、もうわけが分からなくなった。
夢なのか、現実なのか、気がつくと、夢の中にいた。
どこからが夢だったのか、分からなかった。


あやが出てきた。
ケンジという男と付き合っていた。
冬の山小屋の民宿で、一緒に仕事をしていた。
セックスしようとして、できなかった。
絶対に拒否されるから、したくないと思っていたら、
ケンジが鞭を取り出して、鞭であやの指の間を撫でたから、
あやは我慢できなくなって、ケンジの胸に顔をうずめた。
そうしたら、お前は汚いから、と言って、拒否された。
予想していたけれど、あやは、泣いた。
でも、ケンジはとても優しくて好きだった。
泣いていたら、ケンジが林檎をくれた。
あやは、林檎を無邪気に齧って笑って、機嫌が治った。
ケンジが説明してくれたのだ。
林檎は、もともとは青いんだ、その赤い色や線は、
林檎職人が一つ一つ描いてるんだ。

あやは、感動した。
そんな林檎を齧れることが幸せだと思った。

この村の人が描いてるの?

あやが訊くと、ケンジは笑って頷いた。
ケンジの友達も、そうだよ、と頷いていた。
あやは、林檎の話より、
ケンジとケンジの友達が自分に笑いかけてくれることが嬉しかった。
嬉しいから林檎が美味しかった。
おいしいね。
あやが言うと、ケンジもケンジの友達も笑った。
だから、またあやも笑った。

でも、どこか悲しかった。
山小屋は、いろんな人が訪れる。
まるでアルプスかどこかのように、草原と山がどこまでも続いて美しかった。
ここで生きていこうかな、とあやは思った。
でも、そのうち皆、楽しいお祭に出かけてしまって、誰もいなくなった。
あやも追って出かけたけれど、人ごみのどこを探しても、
ケンジも友達も誰も見つからなかったし、追いつけなかった。
手にしていた食べかけの林檎を、あやはお祭会場のゴミ箱に捨てた。
知らない大人があやを見ていて、あやは自分が何か悪いことをした気がした。


居場所って、ないんだよな、と思った。
思ったのは、夢を見ている私。

夢の中、弟が何か私に話しかけてきた。
私は、怒った。
こいつだけは、絶対に許せない。
私は、弟の両足を摑み、振り回した。
弟は抵抗しようとしたが、私は構わず振り回した。
それから、床へ何度も何度も打ち付けた。
壁にも打ちつけた。
面白くて、たまらなかった。
私の目が、狂乱で血走り、私は自分が笑っているのを感じた。
肉切れのように、弟はボロボロになり、
擦り傷と切り傷、そしてどこが顔でどこからが体なのか分からないくらい、
ぐちゃぐちゃになったから、床に打ちつける度、
びたんびたんと、濡れたタオルのような音がした。
弟の体は、周囲にいる父や、他の誰かの体や壁にも当たった。
皆、楽しそうだった。
だから、私はますます楽しかった。
許すものか、と思った。
めちゃくちゃにしてやる。


あやは、教会に出かけた。
友達数人と。
あやは、どきどきした。
歌と音楽が大好きだから。
賛美歌が始まり、信者の誰もが歌い始めた。
自分も歌いたい、あんなふうに歌いたいな、と思っていたら、
茶色一色の毛皮のキリンが黒いスーツを着ていて、
あやの席までやって来て、12番の箱に行ってください、と言った。
あやは、意味がよく分からなかった。
戸惑っていると、隣の友人が待っていたように席を立った。
彼女は信者じゃないけれど、何か待ち望んでいたような感じだった。
ただ歌が好きなあやと、信仰を望む彼女とは、
違うんだな、とあやは悲しく思った。


怯えながら指示された12番の懺悔BOXの中に入った。
黒い布がかかった窓を開くと、奥に誰かいた。
「あなたは、孤独ゆえに人の中心にいたがっている」
と、占い師のように、男が言った。
よく見ると、何か白い粉を小さなスプーンですくって占っている。
私が何か言う前に、男はさらに言った。
「最近、あなたに大きな変化が訪れた。
しかし、それはもうあなたの元を去ってしまった」

其の通りだ、と私は思った。
希望なんて、どこにもない。
どうすればいいんだろう、と立ち尽くしている間に、
次の信者が二人後ろに並んでいた。
男は出てきて、二人を相手しながら私に微笑を浮かべて何か言った。
どうしようもないんだ、というような内容だった。
私は、ただただ無力感を感じて、その場を後にした。


教会に戻ったら、私の前に懺悔BOXに入って行った友人が、
泣いていて、友人が皆彼女を取り囲んで気遣っていた。
私は、泣ける彼女を見て、彼女にとって良かったのだ、と思った。
それから、取り囲まれている彼女を見て、
でも本当にあれでいいのだろうか、とも思った。
泣いている理由を、懺悔BOXの中にいた男と、彼女自身しか知らず、
友人は知らない。
でも、泣いている彼女の背をさすり、慰め、気遣っている。
それで、本当に、それでいいのか。

私は、その輪の中に入ることが出来なかった。
何か自分だけ異質なものを見ていた。
違う、違う、それは違う。
胸の中に怒りがこみ上げてきた。

泣いている彼女の姿が見えなくなった。
取り巻いていた一人を見つけたので、彼女はどこへ行ったのかと聞いた。
別室で休ませているのだという。
私は、怒りが押さえられなくなった。
私に答えた友人に、何か怒鳴りつけた。
なぜそんなことをするんだ!
それだけは、やっちゃ駄目なのに!どうして!
そんな意味だったと思う。
泣いていた彼女の行方を探した。
教会内は広くて、幾つも部屋があって、見つからない。
私は、怒りに追い立てられながら、ひたすら彼女の姿を探して走った。
見つからない気がした。
でも、怒りで自分を抑えることができなかった。

私には、もう無理なのだ、と思った。
男が言ったように、何かが訪れていたのに、既に去ってしまった。
つかめなかった私が、ただ無力だったからだ。
時間は、戻せない。
いつもこうだ、と思った。
自分に苛々しながら、同時に、これが自然な流れなのだとも思った。
教会の中でも私は異質で、泣くことも慰めることも見つけることもできない。
私は誰かを探すが、誰も私を探さない。
探す必要のない人間、探さなくても存在し続ける人、
必ず戻ってくると信じていられる人たちがいる。
でも、私は誰を見つけることもできないし、誰かに見つけてもらうこともない。
ならばもう無理なのだと考えると、
じゃあ私が存在する意味はあるのだろうかと、首を傾げた。
考えようとするのに賑やかな教会の庭では、バザーが開かれていて、
色とりどりの商品を横目に眺めていると、怒りの理由も分からなくなってきた。
どんどん私が薄まっていく。






心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
 a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

解離性同一性障害 | comment(6) |


2008/02/24 (Sun) 満月か太陽か

調子が悪い。
数日前から、ずっと。

二日ほど前が、一番最悪だった。
死にたくなった。
もしくは、生きているけれど、
もう自分は死んでしまった気がした。


昨日、リアルタイムでチャットした。
ある友人と初めて。
人間不信と対人恐怖が再び襲ってきた。

怖い。怖い。怖い。

そればかり。

相手の言葉を遮りたくなる。
相手が何か自分に致命傷を与える前に、自分で自分を殺して、
少しでも傷を浅くしようという知恵ばかり働く。
相手を見ようと思っても、見えない。
言葉の裏に更に裏がある気がする。

でも、大丈夫だよ、嘘をつかないよ、去らないよ、と言ってもらえると、
信じたいものだから、
ああ、そうなんだ、そうだよね、と思う。
思った瞬間、そこらじゅうの物を薙ぎ倒し、投げつけて壊して、
そんなの嘘だ、嘘だと言ってみろ、と叫びたくなる。

恐怖が私を錯乱させる。
そして、疲弊する。

思ってることを全部言え、と半ば強引に言われて、
その気持ちと言葉に感動して、
でも、それでも言えない私がいる。
怖いから言ってしまいたい。
私が思っていることが正しいのか正しくないのか、判決を下して欲しい。
同時に、言ってしまったら、おしまいだと思う。
私の弱点を、全て曝け出すことになってしまう。
弱点を知られたら、私はどうやってその後、元の私を取り戻せばいいのか。


怖かった。

ときどき、怖くなくなる。
次の瞬間、怖くなる。
ずっと、その繰り返し。

相手の言葉も、見えたり見えなくなったりする。

そのうち、相手が書く文章が、うまく読めなくなってきた。
読みとった文章が私の眼球を通し、私とは違う回路へと流れていく感覚。
いつまで話していたのか、気がついたら夢を見ていた。
テレビがついていて、何人かいる部屋でPCに向かって何か書いている「私」。
その記事を横に立って覗き込み、読み上げている女の子。
あまりよく覚えていない。
ちっとも眠れた気分がしなかった。


初めてチャットで話した相手と、寝落ちか、と起きるなり不安になった。
でも、すぐにそんな不安を忘れてしまった。
昨夜は、何もなかった、そんな変な感覚。
また解離している、と思った。
寝たようで全然寝ていない感じがして、朝食が入らない。
チョコレートを食べた。

それから部屋で寝転んでみたら、窓から空が見えて、
「ああ!満月が出てる」と叫んだ。
叫んだまま、不思議な月だなぁと思って見ていたら、
それは月じゃなくて太陽だった。
だって、青空と雲がある。


私は、おかしい、と思った。
ここにいるようで、いない。
昼の部屋にいるのに、起きて数時間しか経っていないのに、
太陽を見て満月だと勘違いする。
何かが、おかしい。
家族と話していても、会話が切れる。
集中できないというのか、気がつくと、ふと自分の内側へ向いている。
相槌を打つ私は続行しているから、家族には分からない。
会話の内容が頭に入らないから、
笑っていても何に笑っているのか自分で分からない。


会話が成り立たないから、頓服を飲んで眠ることにした。
睡眠不足だと、自分がよく分からなくなる。
何時間布団に入っていても、一睡もできなかった。

しばらくなかったけれど、たまに活性化し過ぎる状態なのか、
3日間ほど、一切眠れなくなる。
今、そんな感じ。
薬が効かない。


でも、話せたお陰で随分楽になった。
会話の半分程は、恐怖心のせいか覚えていない。
詳細は覚えてないけれど、思っていることを思ったままに幾つか話せて
楽になったような、元気になったような不思議な感覚。
寝落ちじゃなくて、ちゃんと私はおやすみを言ったらしい。
そうか、あれは夢じゃなかったんだ、と一つ確認できて安心した。


それから何か危ない感覚。
眠れないのは苦痛だし、眠っても熟睡できず、
夢の中で何かしていたりする。
ここ数日、殆ど寝てない気がするけど、あくびすら出ない。
全然眠くならないことで、起きている間も何かしんどい。


カウンセリングを、数ヶ月休もう、と夕方に考えた。
考えている自分に気がついた。
何か、今の私は無理をしているのかもしれない。
カウンセリングに行きたくないとか、
カウンセリングになぜか遅れてしまう、
なぜか電車を乗り過ごす、なぜか体が動かない、行こうとしない、
そんなときは、私が何も話したくない、それどころか、
何も考えたくない、と思っているときだ。

カウンセラーがそう言っていたし、何度も振り返ってきて、
それが外れたことはない。
でも、数日前よりは数倍ましな自分になってきた。
今は、治療がどうだとかいう前に、
今の状態との付き合い方を考えようと思った。
今の鬱状態、解離状態に理由があるのかもしれないけれど、
カウンセリングを数ヶ月休みたくなるくらいに、
考えたくない私がいるらしい。

そんなときは、考えない。
今より、もう少しましな状態に回復するまでは、
自分を休めることだけ考えよう。
と言っても眠れない。
なぜか体中筋肉痛で痛いわ、睡眠不足で頭痛するわで、
とにかく眠りたいんだけどなぁ。
ただチャットしたり、誰かと言葉を交わしたり、
メールしたり、メールを読んだり。
それが出来るときと出来ないときの斑があるらしい。
「私」が曖昧だ。
読んだものがどこかへ流れていく感じ。

これはさっきも書いた気がするし、文章がよく分からなくなってきたので、
ここで、おしまい。
眠剤流し込んで、眠れる可能性に賭けて、とにかく寝てみようと思う。
明日は、新しい一日が来ますように。



心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
 a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

解離性同一性障害 | comment(5) |


2008/02/24 (Sun) カイキドロップ

「漫画家」というと、
パクリ作家、商売っ気丸出し作家以外、
私は、大概誰だって愛して、尊敬している。
特に好きな漫画家が、ブログを始めていることを知った。
私が知る漫画家の中で、一番いじらしい漫画家。
巻末漫画や、ホームページ、ブログ、どこで拝見しても、
彼には「いじらしい」という言葉が、ぴったり。


ホームページもブログもあるが、
ブログの方へはコメントを書き込めば、返事が返ってくるようだ。
なんと、漫画家ご本人から直々に。
あまりブログの存在を知られていないのか、
私が平伏しているほどには世間は疎いのか、
意外にブログのコメント数は少ない。
ファンの書き込みに、確実に返事が返ってきている。

なんていうことだろう。
なんて世の中は、進んだのだろう。
恐れ多くも、あの敬愛する漫画家に、直接ご挨拶できるなんて。
以来、そわそわして、仕方ない。


何と書こうかと考えるが、ありきたりな絶賛しか浮かばない。

巻末日記の、やたら首のガックリしたとこが好きです、とか
キャラは皆好きだけど、「カントク」が一番好きです、とか、
あなたの作風は新しくて素晴らしい、とか、
ホームページの日記も楽しく拝見してます、とか、
「探検」私も大好きです、とか、
頑張ってください、とか、
多分、ファンの九割が書くであろう言葉しか出て来ない。
小学生の感想文の方が、まだましかもしれない。

いっそ、ストレートに思うがまま、
「いじらしいところが好きです」
と言ってみようか。

「いじらしいところが好き」って、なんだ。
意味不明。
そんな言葉、かけられたら困るだろ。
褒められてるのかどうかすら、分からないだろ。
どうしよう。


漫画家が、ブログを開設しているということは、
コメントを書いてもよろしいよ、ということだ。
敬愛する漫画家に、せめてご挨拶くらいしたい。
そして、一言でも。
一言でも返ってきたら、私は一生思い出にする。


さっきのぞいてみたら、約3ヶ月ぶりに更新されていた。
何ということはない、最新記事。
しかし、ファンには、たまらない数行の記事。
ホームページに行ってみれば、好きな作品の制作裏話。
たまらん。
また、そわそわしてきた。
でも「ファンです」とすら書けない。
なぜ、肝心なときに、こんなにシャイになってしまうのか。


敬愛で身をよじる私は、明らかに挙動不審だ。
誰も見てないからいいようなものの、
誰も見てない部屋で、そわそわしてる女も、どうかと思う。






心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
 a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

日々日記 | comment(7) |


2008/02/23 (Sat) Sweet Poison Juicy Syrup

この世で一番難しいもの。
言葉。

この世で一番簡単なもの。
セックス。


言葉は、気持ちのどこまでも一つ一つ拾い上げても、
真実の欠片も語りつくせない。
いつも、口にした瞬間に、そうじゃない、とどこかで思う。


セックスは、何もかも、ごちゃ混ぜにする。
お互いの隙間もすれ違いも誤解も何でも、
快楽だけはシンプルで分かりやすい。
快楽を感じないセックスも、シンプルで分かりやすい。

言葉は、いらない。

言葉を失って赤ちゃんからやり直した。
セックスに溺れて、セックスでいつも体を壊し、気絶を繰り返した。
リストカットは、いらなくなった。
切り刻むかわりに、全身をサンドバックにすることにした。
セックスは、いつも痛くて気持ちよくて乾いていて生々しい。
言葉よりナイフ、ナイフよりペニス。
自傷の道具は、シンプルさを極めていった。

道具がシンプルになればなるほど、混乱して壊れていった。
殴り続けて踏み躙りすぎた脳と体と心は、ぐちゃぐちゃになった。
脳も臓器も痛みも悲しみも怒りも喜びも快楽も、
ペニスでぐちゃぐちゃにミックスされて、どろどろのジュースになった。

純度100%ミックスジュース。
いつでも躊躇わず飲み干した。
胸につかえているイガイガした言葉が、
どろどろのジュースと一緒に、するりと融けて胃に落ちる。
だから、今日も生きられる。
味わいたいものも、味わいたくないものも、全部混ぜてしまえばいい。
甘いような苦いような味がする。
まるで子供の頃にのんだ、風邪薬のシロップ。




心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ



境界性人格障害 | comment(5) |


2008/02/22 (Fri) 私を殺せる唯一のもの

悪意、嫉妬、ペラペラでスカスカな言葉、行為には耐性があります。
これらは、私が子供時代から自分の肌のように
馴染んできたものたちだからです。
子供の頃から私は三食ごはんのように親しんできました。
美味しく食べる方法もお陰で知りましたし、
悪意・嫉妬を一番美味しく食べる茶碗や箸の選び方まで、自然鍛えられてきました。


一方、私が唯一弱いのは、愛情です。
私を殺すことが出来るものがあるとしたら、愛情ただひとつだと思います。
「死ね」と言われれば、私は崖っぷちに爪を立て牙を立てても
何が何でも生きようとしますが、
「愛している」と言われれば、すぐさま崖っぷちに身を投げたくなる。
人間不信=人格障害だと、ここ数日でつくづくと感じています。


ところで、私がここで記事を書くとき、
それは全てその時の私の日常に関わっています。
日記に関わらず、全ての記事がそうです。
私はとにかく私のために記事を書いています。
だから、私は誰にも媚びないし、媚びると私が損をします。
これは、最初から一貫していることです。
以前から読んでくださる方は、
私の性格なり信条なりを知ってくださっているようで、
多少過激でも、眉をひそめるような記事でも、揶揄するコメントにも、
いつも温かい目で見守ってくださって、本当に感謝に堪えません。


衝動的に、ここ数日続けて書いてきた<原本アンドロイド>は、
人間不信が深まった私のためだけに、書き始めたようなものでした。
書かずには、いられませんでした。
最初に、少し経緯を書いたと思います。
それ以降は、ただひたすら私が今思い出せるものを順に書いてきました。
しかし、あまりに個人的な感覚に走りすぎると、
読んでくださる方に伝わりづらくなるとも感じ始め、
今回の記事で、少し補足させていただくことにしました。



<原本アンドロイド>のテーマは、
幼少期からの、私の人間不信が更に強化されていった過程を書いています。
あくまで私の目線です。
なぜなら私は、あくまでも私であり、
私は、私が体感したことしか文章にできません。
机上の空論、綺麗ごとは何の役にも立たないと信じている人間ですから、
体験と、体験から学んだことしか書きません。


ああいった状態から、カウンセリングなどを通して立ち直り、
私を最終的に鍛えてくれたのは、二年間の裁判でした。
あれほど、私と、私の周囲の人の「自尊心」が問われた二年間は、
ありませんでした。
関わった人が持つ、あらゆる人間性が目の前で繰り広げられました。
また、自尊と他尊のバランス、
怒りとは静かに燃やした者が勝つ、
嘘、偽りのない人間だけが正当性を保つことができる、
そんなことを、法廷に立つ中で、肌身で教わりました。

余談ですが、先ほど、そんな裁判経験と弁護士から学んだ
「怒りの燃やし方」を、記事に書きました。
9割書いたところで、保存ボタンを押してみたら、消えました。
数日は同じ内容を再度書く気になれません。



<原本アンドロイド>の主人公は、数年前の「私」です。
誰を信じようともせず、嫌われないためならば何でもやる私。
見捨てられたくないのに、他人のためならば、いつでも自分を捨てられる私。
「馬鹿女」と言われれば、素直に心から「私は馬鹿女です」と認め、
「死ね! 消えろ!」と言われれば、「はい、死にます」と言って死ぬ、
それが数年前の私でした。

健常な方には、異常に思える、または卑屈過ぎる、
更にはプライドはあるのか、何かの冗談ではないかと感じられると思いますが、
心の底から、私は記事の通りに考え、行動していました。
自分に価値はないと心から信じると、自分を全く大切に思いません。
心から、自分よりも他人全てが正しく大切で尊重されるべきなのです。

人格障害者、またはアダルトチルドレンの思考回路です。
矛盾しているのに、自分を大切にしてもらうためならば、
自分をどこまでも傷つけ貶め辱め、死に物狂いで努力します。


今の私は、違います。
違うから、<原本アンドロイド>を、書いています。
今後も、折を見て、<原本アンドロイド>で、
トラブルに陥った他人との人間関係を書いていきます。
追い詰められた私が、殺すか殺されるかという瀬戸際に立ったところまで、
もしくは、それ以降も書いていきます。
全ては、そこから立ち直った、今の私自身のためです。

カウンセリングを受けながら、何年も何年もかけて思考回路を見直し、
その間も失敗し続け、悩み続け、傷つけ、傷つけられ、
これまで見たことも聞いたこともない「自尊心」というものを恐れながらも
近づき、また遠ざかり、繰り返し繰り返し自身を立て直してきました。
今の私は、まだその途上にあります。
でも、少なくとも人の中で「死にたい」と思うことは少なくなりました。

そして、ようやく、今までいやというほど眺めてきた、
悪意や偽善、嘘、スカスカでペラペラな物に対し、
抵抗力をつけることを学びました。



あの記事の中の私、ほんの数年前の私は、異常でした。
「自尊心」というものを、カケラも知りませんでした。
意識の端にもかからなかった言葉、考えです。
今、あの記事を書けるのは、あの中に登場する人物全てに対し、
「あなた達は、おかしかった。そして、私もおかしかった」
と、言い切ることが、できるからです。

私に依存し、私に不必要なまでに転移し、共振し、
もたれ、頼り、コピーし、嫉妬し、意地悪をし、
そうしなければ生きていけない理由を、彼女達ひとりひとり持っていました。
最新記事で書いた◇原本アンドロイド 4 のOさんもまた、同じです。
Oさんは、必死でした。
取り戻せなかった自身の過去を私に重ね、ワーカホリックと鬱の中、
異常に自分と周囲を鼓舞し、誘導し、指示し、夫と親友の仲を認めることで、
自身の誇りの最後の砦を守ることで、精一杯でした。
私がOさんの言うことを聞かないのは、Oさんにとって、
絶望的な出来事だったと思います。
Oさんは私に向かって「消えろ!」と叫びましたが、
それは知り合って日が浅い私にではなく、彼女自身に向かって叫んでいました。
彼女も、自身を保ち生きることに必死で、他人など見えていませんでした。
朗読ボランティアをしていても、キリスト教を信仰していても、
英語が堪能でも、どれだけ仕事をこなしても、彼女は満たされていませんでした。
満たされない人間は、理性を失ったとき、
自分を攻撃するか、他者を攻撃するのだと感じています。


人格障害の私と、人格障害のOさんが出会うと、ああなるのです。
対人関係に常に問題を孕む背景を色濃く持った人々を、
人格障害を持った私が呼び寄せ、惹きつけ、共依存に陥るのです。

とにかく私は、誰からも愛されたい、どんな人が相手でも、
見捨てられれば世界中から見捨てられると考えていました。
私もまた、誰のことも見えていませんでした。
心理学の本を読み漁り、彼女達の悩みを聞き続け、データを取り続けたのは、
一重に自分自身が彼女たちから見捨てられないためでした。
必死でした。
生きるか死ぬか、でした。

見捨てられないためならば、そばにいてくれるのならば、
彼女たちの欲求や願望、怒り、憎しみ、悲しみ、全てを自身の中に抱え込みました。
そして、破綻しました。
死しか考えなくなり、私は他人から見捨てられずに済むどころか、
自分から他人を恐怖し、避けるようになりました。
<原本アンドロイド>が最終的に行き着く先は、真っ白な孤独です。

アンドロイドは、誰からも見捨てられ、自分で自分を見捨てます。
自身を殺し、できるだけ多くの人を殺そうと考えるようになります。



<原本アンドロイド>の主人公は、私です。
私と関わった人たちの異常な言動がメインに思われるかもしれませんが、
あの記事をもし読んでくださるのならば、
何が何でも、自分がゴミになっても死んでも「見捨てられたくない」と、
死に物狂いに狂っている、私の姿を見てください。

登場する誰が悪く、誰が悪くないというのではないのです。
人間とは、相互作用の生物です。
彼女たちが、あれほどまでに狂う姿を見て、私は身を引くべきでした。
彼女達以外にも、世界中には、ありとあらゆる人達がいるのですから。
でも、そんなことすら、私には思いつきもしませんでした。
目に映る全ての人に、私は100点満点を貰いたかった、
そして全ての人から、あなたは役に立つ、必ず必要だ、
と言ってもらいたかった、ただただ、それだけでした。

死ぬ覚悟をするのであれば、見捨てられる覚悟をするべきです。
でも、アダルトチルドレンや、自己愛に障害を持つ人間にとって、
見捨てられることは、死よりも恐ろしいことなのです。


<原本アンドロイド>は、
そんな人格障害者の泥沼で終わりないストーリーです。
また現在の私に繋がり、現在の私を支えている柱となる体験です。

愛されるためならば、ゴミにでも何にでもなった、過去の「私」。
そんな私との関係の中で、好意が憎しみへと変わっていく人々。
憎まれても尚も、
死に物狂いでしがみつく私という人格が持つ「障害」。

そんな視点で、シリーズ<原本アンドロイド>を読んでくだされば幸いです。



最後に。
私の過去の体験を語ることが少しでも、
境界性人格障害、解離性人格障害などへの理解、
治療への一助となりますことを、心からお祈りします。




関連記事
◇原本アンドロイド 1
◇原本アンドロイド 2 
◇原本アンドロイド 3 
◇原本アンドロイド 4 前編 
◇原本アンドロイド 4 後編



心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


境界性人格障害 | comment(13) |


2008/02/21 (Thu) 原本アンドロイド 4 後編

※フラッシュバックにご注意ください

◇原本アンドロイド ◇1 ◇2 ◇3 ◇4 前編 の続きです。
二十歳前後、人間不信が深まっていった過程の一部を回顧して書いています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


イェール大学の学生と話し、彼ら聖歌隊の合唱を聴きに行って、
そこで私のエネルギーは切れてしまった。
微熱は、高熱に変わり、Sさんにお礼をしなければ、
Oさんにもお礼を言わなければ、
そして、少しでも今回のことを生かして前に進まなければ。
そんな思いと同時に、もう一分でも早く死んでしまいたい気持ち、
生きていても意味がないという強烈な確信、
ボロボロの肉切れになるまで自分自身を痛めつけたい気持ち、
頭痛、眩暈、パニック、意味不明の叫び、
それらが一斉に襲ってきて、私の中の日にちの感覚は全くなくなった。
この頃、私はドラッグを買うために残している貯金以外、
ろくなお金を持っていなくて、日々餓死しそうだった。
100円のパン一袋買うのも、脂汗の出るような大事件だった。


どれくらい経ったのか、Oさんから突然、電話がかかってきた。
泣き喚いていた私は、すぐに何事もない声と様子を装い、
完璧に明るく元気に電話に出た。
あれからどうしているのかと思って、とOさんが言った。
さっき、あなたの弟のMTにも電話したのよ、と。
そうなんですか、と私は普通に応答した。

あなた、あれから一体何やってるの?

Oさんが、言った。
私は、突然のことで、返答できなかった。
再度聞かれたので、病院に行ってます、とだけ答えた。

Oさんは、まだ病気なの?と言った。
私は、そうみたいです、と答えた。
自分でも自分の様子は、まるで分からなかった。
当時、精神科に通院していたが、対人恐怖で通院も難しくなっていた。
ただ、処方してもらえる薬が、アルコールと同時に飲むと記憶が飛んで
苦しいことや悲しいことから、24時間ほどはトリップできた。
その薬が欲しくて、通院していた。


「病気にいつまで逃げる気なの?」

Oさんの声は、険しかった。
私は、何も言い返せなかった。
正直、私は自分が病気だとは思っていなかった。
ただ、この世で生きていくには自分のような者は難しいのだ、と確信していた。
薬を幾ら飲んでも、私の自傷や自殺願望は一向に治らず、
両親と祖母からは毎日電話がかかってきて、
そんな私に「業が深い」だの「死ね」「自殺するしかないな」
と言っていたので、本当に其の通りだとしか思っていなかった。

私はOさんに、よく分かりませんが、とにかく死ぬことしか考えられなくて、
と話した。
Oさんを信頼しているだけに、誰にも心から伝えることのできなかった
「死にたい」
という気持ちを口にすると、涙が止まらなくなった。

Oさんは、
「ああ・・・泣くわけ?あんたがそこで泣くわけ?」
と冷たい調子で言った。
私は、恐怖で受話器を取り落としそうになった。
「病気って何よ?一体何の病気? 」

私は、恐ろしくて声が出なくなった。
何か、私が思っているOさんと違う。
Oさんは、苛々してきたようだった。

「ちょっと。早く言いなさいよ。
こっちは仕事で忙しいのに電話してやってるのよ?」

私は、必死で言葉を探した。
医者が言っていることを、伝えた。
鬱状態だということ、対人恐怖が増していること、
パニック障害を患っていること、微熱と眩暈が止まらないこと、
色々な検査を受けたが、精神的なものだといわれたこと。

Oさんは、それを聞くと怒った。
「精神的って何なのよ? 私、そういうのが一番嫌いなの。
病気っていうからには、原因があるんでしょう。それは何なの?」

それは、私が一番知りたいことだった。
当時、私は親から虐待を受けて育ったとも思っていなかった。
しかし、医者が言っていたとおりのことを言うしかなかった。
「両親から私は虐待を受けたんだと医者から言われました」

Oさんの怒りは、段々と増してきた。
「はぁ? それであなた、私が紹介してあげた人達とか、
コネとか、全部無駄にしたの? 何で何もできないの?」

「何もできない」は、当時私の胸の中にずっとある絶望感だった。
何を頑張っても、世界は広すぎて、私はちっぽけ過ぎて、
運命は強大すぎて、私の業は深すぎた。
何をやっても、駄目だった。
「もうだめだ。もうだめだ。もうだめだ」
が、当時の私が無意識にぶつぶつ毎日呟くセリフだった。

しかし、私は恋しかけていた。
インターネットで知り合った男性。
文字でしか話したことはない彼に、恋し始めていた。
彼には、恐らく妻も子供もいる。
しかし、私が辛うじて生きていられる理由は、彼の存在だった。
最初に彼と話してから、初めてのような気がしない人だった。
気がつくと、自分の人間不信について話すようになっていた。
彼と、会おうと決めていた。
彼は、私と会うつもりはないようだった。
でも、会いたいと思う気持ちは日毎に増していった。
社会倫理に反するだろう。
でも、今の私にとって唯一の「できること」それは、恋だった。

Oさんに話した。
Oさんは、自分の親友と自分の元夫との同居まで快く理解を示す人だ。
随分と自由恋愛主義だと聞いていた。

彼には、奥さんと子供がいるみたいなんですが、私には必要なんです。

唯一、当時私が私らしい感情を込めて話せる気持ちだった。

Oさんの態度が、そこでがらりと変わった。
まるで悪魔のような絶叫を上げた。
「あんたね!あたしはね!それだけは許せない!!」
「女から男を取り上げる女を、あたしは絶対許せない!
女の敵だよ!あんたろくな死に方しないよ!
このろくでなし!」

私は、恐怖でブルブルと震えた。
何か違う。この人は、私が思っていた何か別の人だ。
私は、思わず言った。
「でも・・・でもOさんの親友は、あなたのダンナさんと暮らしてて、
それでもいいって、言ってたじゃないですか」
Oさんは、またギャーというか、キーッというような声をあげた。
「うるさい!あたしのことは関係ないでしょう!?
この馬鹿女! あたしの時間を返せ!返せー!」
私は、それまで不倫などしたことがなかった。
いまだ彼とあってもいない。
しかし、Oさんの怒りようは尋常ではなかった。
確かに、私の中で罪悪感は日に日に増していた。
彼は、妻の存在も子供の存在も私に一切匂わせないが、
きっと妻も子供もいる人だ、と私は確信し、
よりによってそんな人に恋をし、この恋があってようやく生かされている
自分という人間の業の深さに、嫌気が差していた。
死んでしまえ、私なんか。
世界中に詫びて、死ぬべきだ。
そう思っていた。

Oさんは、時間を返せと叫び続ける。
そのうち、食事代を返せと言った。
「あたしはね、あんたみたいな病気で馬鹿な女と違って、
一分一秒削って仕事して生きてんの。
こうやって、あんたみたいな馬鹿女と話してる時間、
どれだけ仕事できると思ってるのよ!
あんたに払ってやったあの食事代を返せ!」

本当に、彼女の言うとおりだ。
私のような人間のために時間を割き、金を払い、
人を紹介してくれたのに、
私といったら何もできずに死にたい死にたいばかりで、
少し希望を見出したと思ったら、相手は妻子持ちだ。
泣いて泣いて謝った。
土下座しろと言うから、電話を持ったまま土下座して謝った。
その頃、メールボックスに弟MTからメールが来ているのに気づいた。
「めちゃくちゃO先生、怒ってるから気をつけて」
だった。

私は、O先生に、
とにかく全て私が悪いから食事代は全て払います。
お時間をとらせて申し訳ないので、電話はもう切ります、
とにかく謝罪させていただきます、本当に申し訳ありません、
すみません、すみません、と謝り続けた。

Oさんは、更に逆上し続けた。
「あんたね!何でもお金払えば済むってもんじゃないのよ!
とにかく、今約束しなさい! その男を諦めるって約束しなさい!
あたしはね、女から男を奪う女がとにかく許せないのよ!
謝って約束しろ!
そしたら金は許してやるよ!」

それだけは、出来なかった。
彼の存在だけは、私の命だった。
彼への思いを捨てたら、私には死しか残らない。
死ぬことは、いざとなると怖い。
答えられず黙った私に、Oさんは、また絶叫した。

「この・・・!この馬鹿女!
返せ!私の時間を返せ!私が紹介した人間全員に謝ってまわれ!」

私は、もちろん謝罪します、全員に謝りますから許してください、とお願いしたが、
「許されると思ってるのかー!」
とOさんは、叫んだ。
もうわけが分からなくなってきた。
恐ろしくて、
「食事代は返します! 謝罪にまわります! 
お仕事のお邪魔してすみませんでした!」
それだけ言って、電話を切った。

すぐにかかってきた。
電話を取った。
Oさんだった。
「あんたね・・・電話切るなんて、いい度胸してるじゃないの」
私は、泣きじゃくっていて、本当にみっともなかった。
私ほどの馬鹿女、私ほど価値のない人間はいない。
Oさんに、すみません、すみません、と、また謝った。
「謝るのはもう聞き飽きたからさ。
それで? どうやって私の時間を返してくれるの?」
私は、話がまだ終わっていないことを知った。
悪いのは全て私なので、
Oさんが望むことを精一杯の謝罪とさせてもらいます、と言った。
「あんたってほんっっとの馬鹿ね! 
どうやって謝罪するかくらい自分で考えられないの?」
すみません。馬鹿です。本当に馬鹿です。
分からないんです。すみません。
食事代は返します。皆さんに謝ります。
お仕事で支障があった分は、できる範囲精一杯謝罪いたします。
繰り返すと、Oさんは、笑った。
「じゃあ、あんたは自分が馬鹿女だってことを認めるのね?
謝罪の方法が分からない馬鹿女ですから、教えてください、てわけね?」
Oさんの声には、人を嬲り殺すときのような
残忍さを愉しむ響きを含んでいた。
恐怖で、私は思わず電話を切った。

怖くて怖くて、ガタガタ震えた。
ここまで人を怒らせてしまう自分が嫌で嫌で、
今すぐ死にたいと死ねる方法を探した。
そこに、弟からメールが来た。
Oさんが、弟に電話して、姉である私のことを罵っているらしい。
そのうち、弟から携帯に電話がかかってきた。
弟が、同時にメールを送ってくる。
(こっちが何はなしても、O先生怒鳴ってて聞かない。
止められない。聞いてみて)
弟の電話口から響くOさんの罵声が、受話器越しに聞こえてきた。
(やばい状態)
弟ガメールを送ってきているうちに、あちらの電話が切れた。
うちの電話が鳴った。
怖くて、すぐに切った。
また、かかってきた。
携帯にも、Oさんからどんどんかかってきた。
たまに取った瞬間、受話器から「馬鹿女!消えろー!」
と聞こえてくる。

電話線を抜いたが、携帯の着信は止まらず、
恐ろしくてまた電話線を繋いだ。
二時間、続いた。
振るえと吐き気と涙と眩暈と、色んなものでグチャグチャになった。
ドラッグ、ドラッグがいる。
狂って狂って、二度とこの世に戻らずに済む、強烈なドラッグが。
でも、今はない。
鳴り響く電話が、私を発狂させてくれそうで、させてくれない。
永遠に続く電話の音を、とにかく止めたくて電話に出た。
私は、言った。
私は、馬鹿女です。取り返しのつかないことをしてしまいました。
食事代も払います。皆さんにも謝罪します。
もちろんOさんに、できれば直接お会いして、土下座して謝罪します。
それ以上の謝罪を私は馬鹿ですから分かりません。
どうか教えてください。

Oさんは、「やっと馬鹿ってことを認めたわね」と言った。
私は、歯がガチガチ鳴っていた。
「あたしの言うことを聞くのね?」
Oさんが言った。
私は、はい、と言ってから、
「でも、彼のことは私の大切な人ですから諦められないんです。
それだけは許してください」と泣きながらお願いした。

「この馬鹿!馬鹿! 
男と別れろって言ってんのがわかんないのか馬鹿!
さっき私の言うこと聞くって言ったばっかりで、あれは嘘だったわけ!?」
もう私は何も言えずに、泣き続けるしかなかった。
「あんたって本当に馬鹿なのね。
本当に、うっとうしい。こうやって電話してやって、この電話代から時間、
一体どうしてくれるわけ!?
あんたがあんまり馬鹿すぎて、もうどうでもいいわ。私の方が泣きたいわ。
あんたみたいに病気を理由に仕事一つできない馬鹿の一秒と、
このあたしの一秒と、同じだと思ってんじゃないでしょうね?
本当、あんたってもうどうでもいいわ」

あなたと私の一秒は、もちろん違います、
私は何もできません、だから私の一秒と同じわけがありません。

私は、私も自分のことなどもうどうでもいいと思った。
彼女に払うお金もなければ、体力もなく、気力もなく、私には何もない。
私は馬鹿だ。馬鹿だ。馬鹿だ。

「馬鹿女! あんた馬鹿だからさ、もういらないからさ、
お願いだから、あたしの前から消えてくれる?」
Oさんが、そういった。
わかりました。電話を切ります。二度とOさんの前にあらわれません。
私が言うと、Oさんは、甲高い声で笑った。
「そういう意味じゃないでしょ? 消えろって言ってんの!
分かる? あんた馬鹿だから分からないでしょ?
この世から消えてっていってるのよ!」

私は、急に落ち着きを取り戻した。
そうだ。
私は死ぬべきだと思っていた。
ずっとそう思ってきたが、やはりそうなのだ。

「それは、死ねということですか?」

私は、静かに尋ねた。
Oさんは、急に黙った。
「Oさんは、私に死ねと言ってるんですよね。
私、Oさんがおっしゃるように、生きている価値はないと分かっています。
いずれ死ぬつもりです」

Oさんの態度が、突然変わった。
私をなだめる口調に変わった。
「あんたね、私は消えろって言ってるだけで、死ねなんて言うわけないでしょ。
本当にここまであんたが馬鹿だと思ってなかったから。
教えてあげるから、お願いしなさいよ。
馬鹿な私はどうしたらいいですか?て聞けば?」

「馬鹿な私はどうしたらいいですか?」
Oさんが言ったとおりに、心をこめて繰り返した。
「あんたさ、あたしのところに誓約書書いて持ってきなさい」
意味が分からず、ぶるぶる震えたまま受話器を握っているだけで精一杯だった。
「二年。あんたに二年あげるから。
その間に、男と別れて、私の前に出ても恥ずかしくない人間になります、て
誓約書書いて持ってきな。
あんたみたいな馬鹿女、私が一からしごきなおしてやるから。
あんたそのままじゃ恥ずかしくて社会出れないよ?
謝罪も満足にできなくて、何でもかんでも病気、病気、
そんなんで通らないよ? 分かってんの?」

病気だといわれているが、私は病気だと思っているわけではない。
ただ、生きる価値がないのに間違って生まれてきてしまって、
死ぬべきなのに死ねないから駄目なのだ。
早く死ぬべきだった。
Oさんに会う前に。
誰かに迷惑をかける前に。
恋する前に。

「お約束できません。二年後、どうなっているのか自分のことなのに、
私は馬鹿で分かりません。だから、お約束できません」

その頃には涙は枯れ果てていて、妙に頭の中が冴えてきた。
Oさんは、「約束しろ!この馬鹿ッ!約束も出来ないのか!」
と怒鳴り、また「もう消えて!頼むからさ!消えてくれる!?
この世にあんたみたいなのいたら迷惑なの! 
真面目に働いてる人たちにさ、申し訳ないと思わないの!?
もう消えろ!」

まだ怒鳴っているOさんの電話を、私は無言で切った。
電話線を抜いた。
携帯の電源を切った。


死ぬべきときが来た。
頭の中は、からっぽだった。
何にも、感じなかった。
あとは、死ぬだけ。
死のう。







気がついたら、抜いたはずの電話線が繋げられていた。
誰かが受話器を片手に、ずっとずっと同じ電話番号にかけ続けている。
私の意識は遠く遠くにあって、誰かが体を勝手に操っている。
相手は、ずっと話し中。
黙々と、淡々と、ただ電話をかけ続ける私の体。
切ってはかけ、切ってはかけ、延々二時間何百回と繰り返していた。
二時間後、やっと電話が繋がった。
受話器の向こうから、見知らぬ男性の声がした。
「どうされました?」

私でない誰かが、受話器を握って穏やかな声で話し始めた。
まるで、友達と話すかのように床に寝転んで。
繋がった先は、『いのちの電話』。
「私」は、真っ白などこかへ追いやられて、何も考えられなかった。
感じることもできなかった。

死に損ねたことに気づいたのは、数日後だった。




◇原本アンドロイド 5(1)へ続きます


関連記事
◇原本アンドロイド 1
◇原本アンドロイド 2 
◇原本アンドロイド 3 
◇原本アンドロイド 4 前編 


心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


共依存 原本アンドロイド | comment(9) |


2008/02/21 (Thu) 原本アンドロイド 4 前編

◇原本アンドロイド ◇1 ◇2 ◇3 の続きです。
二十歳前後、人間不信が深まっていった過程の一部を回顧して書いています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

O先生という女性に会ったのは、弟MTの紹介を受けてだった。
MTが通っていた英語塾の先生だ。
私とは、当時Oさんが20ほど年上だったと思う。

会いたいと言ったのは、私からだった。
電話でMTからO先生の話を聞いた。
MTが言うには、私とO先生は似ているのだそうだ。

O先生は、英語が堪能で頭脳明晰、恋愛重視、若い心とパワーを持っていて、
とにかく何でも行動派なのだという。
当時の私は、異常な同居人と暮らしていて極度の対人恐怖で外にも出れず、
何も行動できず、自傷と自殺願望で明け暮れる毎日だった。
そんな私が、O先生と似ているとは理解できないと私は言ったが、
どこかとにかく似ているのだ、とMTは繰り返し言った。

当時、私は日本という国の体質、
日本人という礼儀正しくも他人行儀で冷たい人種がつくづく嫌になっていた。
社交辞令も信用できないし、含みを持たせる日本語が嫌いだった。
出来るならば、一日中何も喋りたくないと思っていた。
そんな私が強烈に憧れるのは、英語圏の国、特にニューヨークだった。
Yes Noがはっきりせず、前置きばかり長く真意の掴めない
日和見主義な日本の言葉よりも、
多少乱暴でも強引でも、主張する権利を重視された国へ逃げたかった。

精神的失語の始まりを迎えていた。

O先生は、生徒一人一人の力になろうとする人だという。
また、私が信仰している宗教の話も聞きたいと言っているらしい。
彼女は、キリスト教信者だった。
私は、とにかく自分のためになる人であれば、出会いたいと思った。
MTに、会えるように頼んだ。
約束の日は、すぐに来た。
MTと、実家近くの居酒屋で、三人で会った。
初めて見るO先生は、MTから聞いていたものの、驚く外見だった。
40を越しているようには見えないし、ピンクがかった紫色のストッキングを履き、
顔は童顔で、とにかくマシンガンのように喋るし、元気だ。
聞けば、個人で仕事をしていて、塾経営以外にも幾つか仕事しているという。
目が真っ赤に充血していた。
仕事で、2日寝ていないという。
私は驚いて、そんなお忙しいときなら言ってくだされば、と遠慮した。
しかし、彼女は、「いいのいいの、いつもこんなんだから。私元気だから」
と明るく笑い飛ばした。

居酒屋で、色々なことを話した。
まず最初に彼女が話し始めたのは、一種異様な話だった。
弟MTも、過去何度も聞かされた話らしく私も弟から聞いてはいた。
しかし、細かく聞けば聞くほど、驚いた。
彼女の話は、以下のようなものだった。

「私は、つい最近離婚した。
理由は、ダンナがアメリカで仕事をしていて、自分は日本でしたいことがあるから。
ずっと飛行機で行き来してたけど、なんか大変だし、
お互い仕事に集中したいから、結婚なんて書類上だけの話だから、
面倒だし離婚したの」

そこまでは、どこかで聞いたことのある話のような気もしていた。

「それでね、ダンナと離婚したときに私の親友の女性が、私に聞いたの。
ねえ、O?私、あなたのダンナのことが前から好きで、
彼と一緒に暮らしたいんだけど、アメリカに行って彼と暮らしてもいいかしら?」

私は、驚いた。
ええ!ひどい友達ですね、と思わず言った。
すると、彼女はグラスを片手に、おかしそうに私を見て笑った。

「別に私は彼と離婚するわけだから関係ないし。
うん、いいよ、て言ったよ。
だから、今はダンナは彼女と暮らしてる。
それに、私とダンナの間の娘が、彼女たちと暮らしたいって言うから、
今はニューヨークで、ダンナと私の親友と娘と三人で暮らしてるのよ」

私は、衝撃を受けた。
ええ? 本当にそれで納得してるんですか?
と、訊いた。
弟MTは、横で笑っていた。

「うん。だって、別にいいじゃない。
だって私、知ってるのよ。
私とダンナは、世界で一番の親友なの。
だから、私に何かあったときは、全部置いて絶対日本に駆けつけてくれる。
彼に何かあったときは、勿論私が駆けつける。
これを絶対に信じてるから、別に結婚とか離婚とか、どうでもいいの」

私は、今までに会ったことのない人種を前にして、言葉を失った。
同時に、感動した。
なぜなら、私自身が、「結婚」という形を一切信じていなかったからだ。
なるほど、私とOさんは確かに似ている。
心の繋がりがあれば、その繋がりに名前をつけようとしない、
ただ、信頼や互いの了解があれば生きていける理想的な生き方だと思った。


Oさんは、私に話を振った。
あなたは今何をしているのか、と。
私は、自身の病気のことと両親のこと、
そして続けるか否か迷っている信仰のことを話した。


Oさんは、ひとしきり聞いてから、言った。
「分かった。ニューヨークに行きたいなら、私が手を貸してあげる。
ダンナに言えば、向こうで住まいは手に入るし、
とにかく英語を身に着けないとね。
あ、そうだ。
MTの友達で、向こうに留学してる子がいて、今こっちに帰ってるのよ。
その子と話してみたらどう?
それから、今度アメリカの超エリート大学の子たちが
近所にホームステイに来るのよ。
その人たちと会えるように、セッティングしてあげる。
それから・・・・」

膨大な情報量と、行動力。
私は、圧倒された。
なるほど、こうして行動して生きていかねばならないのだ。
しかし、私は重度の対人恐怖で、すぐに誰や彼やと会える状態ではない。
伝えると、Oさんは
「私もね、色々苦労したよ。今も、寝る暇全くないし。
でもね、とにかく行動しなくちゃ。
行動せずに悩んでても、一歩も解決しないから」
と言った。
私は、誰と会うのも即答できず、
ニューヨークにはいつか行きたいと思っていますが、
考えてみます、と返事した。
すると、Oさんは、考えている時間はないよ、と言った。
詳細は忘れたが、彼女の元夫の状況だとか留学先の都合だとか、
確か私の航空チケットまで立て替えてくれるとまで言って、
できるだけ早く決めるように言われたのだった。


彼女と会った日は、とにかく圧倒されて、ぼーっとした。
普通ではないオーラを感じた。
そのOさんが私に何度も言った言葉、
「あなたは私と似てる。絶対負けちゃ駄目よ。応援するから」
が、耳について離れなかった。
私は、彼女と似ているのか?
あれほどの素晴らしい人と?


当時の私は、精神的にはボロボロだった。
自分の助けになりそうな人を探したかと思えば、
違法ドラッグを手に入れる、
もしくは栽培するためのノウハウを必死で探し続けていた。
ドラッグの効果を調べつくし、
買うならどれにしようかと毎日情報収集に忙しかった。
また、重度のニコチン中毒だった。
リストカットしてみたり、頭を打ち付けてみたり、車道に飛び出してみたり、
吹っ飛んだりケガしたりの毎日だった。

しかし、Oさんとの出会いは、私にとって奇跡のように思えた。
憧れのニューヨークへ行くことが出来れば、両親、祖母からも逃れ、
宗教からも逃れ、日本語からも逃げられる。
そして、新しい言葉を獲得して、
悪意も善意も分かりやすく表現してくれる人たちの街に住むのだ。

生きようか死のうかと迷っていた時期だっただけに、
私はこの話に、自分の人生を賭けようと思った。
Oさんは、キリスト教の朗読ボランティアもやっていて、
宗旨は違えど、私が信仰している宗教よりも遥かに行動的で素晴らしく思えた。
彼女は、信頼できる。
やっと、信頼できる人に出会った。
私は、目の前が開けていくのを感じた。
弟MTも、喜んだ。
会ってよかったね、とお互い話したのを覚えている。


思い切って、二度目に今度はOさんと私だけで会った。
ホテル内のステーキハウスに連れて行かれた。
払えません、と言うと、Oさんは、いいのいいの、私お金持ちだから、
と冗談めかして笑って、入った。
私は、ニューヨークへ行きたいことを話した。
ただし、対人恐怖がひどく、微熱が続いて体力もないし英語力も全くないから、
航空チケットは自分でお金を貯めて買うし、
ただOさんと知り合えたことで人生が変わるような刺激を受けたので、
それだけで感謝しています、と伝えた。
Oさんは、ちょっと待って、と言って、携帯電話を取りだした。
どこかへ電話を始めた。
「はい」と私に、受話器を渡した。
え?と戸惑うと、Oさんは
「前に話したMTの友達。今、繋がったから色々聞いてみたら?」
と言った。
私は、あまりの急な展開に面食らった。
恐る恐る話すと、受話器の向こうの少年も、同じように面食らっていた。
ほとんど、会話にならなかった。
また今度、と言って、電話を切った。
Oさんは、「そうそう!あなたの実家の隣ね、私の友達なのよ」
と言った。
「Sさんね、あそこにイェール大学の聖歌隊の子たちがホームステイするの。
イェール大学の聖歌隊って言ったら、名門中の名門、
おぼっちゃまばっかりよ。
まだ来るのは来月だけど、今からお隣に遊びに行こうか」
私は、またもや面食らった。

「いえ・・・突然なので心の準備もできてませんし、
英語が話せないので、こられても私はコミュニケーションが取れませんから、
いいです」
そう言ったが、Oさんは、もう携帯で電話をかけていた。
「今から行くって言っておいたから」
Oさんが悪戯っぽく笑うので、私は彼女に合わせて笑ってみせた。
でも、顔が引きつるのが分かった。
Oさんと食事をしているだけでも、ぼーっとして現実感がなかったが、
いよいよ手が震えてきて、全身の血が逆流するような、
次の瞬間には足先にザーッと落ちていくような、
不安とも恐怖ともつかないパニックが襲ってきた。

そのままOさんの車に乗って、Sさん宅まで行った。
何を話したのかは、ほとんど覚えていないが、
私の実家の隣なので、
子供の頃から両親と祖母に言われてきた言葉がよみがえった。

「近所でも、あんたがキチガイなのは有名だよ」

私は、Sさんが怖かった。
Sさんも女性だった。
Oさんと違う、さばけた雰囲気と
どこか警戒を解かずに私を眺めているような視線を感じた。


いつの間にかOさんとSさんが話して、
イェール大学の学生が来た日には、私がSさん宅に遊びに来ることになった。
Sさんと携帯の番号を交わすようにOさんに言われて、交換した。
そして、Oさんと別れて実家に帰った。


イェール大学の学生が来た日、Sさん宅に私は行ったが、
案の定、何ひとつ話せず、自分でも何をしに来たのか分からなかった。
人が怖くて怖くてたまらないが、Oさんの期待に背くことがまず怖かった。
今考えれば、かなり無理をしていた。
当時は、分からなかった。
それ以外は、自傷と自殺願望でフラフラしたり、呻いて床を転げまわっていて、
でも、誰にもそんな姿を見せまいとしていたから、
英語も喋れないのに隣に遊びに行く私を見て、両親は
「あんたは、いっつも物怖じしないというか、自信たっぷりね」
と言っていた位だった。


恐怖のあまり、私は完全に乖離していて、ただ無理をした分、
あとで自傷が激しくなり、とにかく死にたい願望で頭が一杯になった。
当時の私は、自分を休めることを一切知らず、
死にたくなる理由を考える知恵も知識も持っていなかった。
ただ、死にたくなる自分が悪いのだと思っていた。
宗教団体の人たちが言うように、教義に書いてあるように、
「頭破七分(ずはしちぶん)」 
何か過去世でとんでもない悪事を働いた因果で、
私の頭は狂っていて、生まれつきキチガイで、
生まれつき孤独な宿業を持っていて、
これを何としても今の生で乗り越えることが、
私に課せられた使命だと考えていた。
自分らしく生きたいという気持ちと、
それ以上に、決してOさんの好意を無駄にしてはならない、
何が何でもOさんの期待に応え、彼女の恩に報いたい、
そんな思いで頭はいっぱいだった。

ここまでは、私とOさんの関係は何とか理想的に保たれていた。
ある日突然、私とOさんは決裂した。
Oさんからの罵りと謝罪要求の電話が止まらなくなり、
幾ら謝罪しても許されなかった私は、
Oさんの言葉通り、死ぬ以外の選択肢がなくなった。




◇原本アンドロイド 4 後編に続きます。


関連記事
◇原本アンドロイド 1
◇原本アンドロイド 2
◇原本アンドロイド 3
◇原本アンドロイド 4 後編




心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


共依存 原本アンドロイド | comment(0) |


2008/02/21 (Thu) ゼンマイ式蝙蝠

寂しいって何なのかなぁと思う。
私は、一対一なら苦痛はない。
3人以上の人は苦手。
いつも私は置いて行かれる。
怖くなって、足がすくんで、動けなくなる。

最初は待ってくれても、そのうち忘れられる。
2,3日、風邪なんかで欠席したら、次に登校したら話に入れない。
あっという間に私の欠落は埋まって、
なんだ別に私がいなくても、楽しくみんな過ごしてるじゃないかと思う。

寂しかったよ、て言う友達の「寂しい」て言葉の意味が分からない。
だって私がいなくても、いなくなっても、変わらず時計は進んでいって、
私と一緒に時計が止まってくれるわけでもない。

その間に、あの子とあの子は相性がいいだろうな、とか、
あの子とあの子が話したらきっと上手くいくだろうな、とか、
思っている通りに時は動いて、私は弾き出される。
でも、それは納得する結果。
何も意外でもないし、ああ落ち着くところへ落ち着いた、そんな安堵。

それから、やっぱり自分は要らないのだという動かしようのない事実。
本当の人格を発揮して輝いている人の前では、
常に自分を探し続けて、あっちを演じてみたり、こっちを演じてみたりする私は、
到底適わないという当然の事実。


私が怖いのは、他人ではなくて、
いつでも一瞬で価値を失ってしまう、私の存在の軽さなのだろう。


人から愛される要素の第一条件は、分かりやすいことだ。
分かりやすいキャラ。
世の中、分かりやすいものが一番売れるし、
分かりやすいものが一番親しみを覚えるし、
分かりやすいものほど力があるから、
スローガンや目標や、合言葉は分かりやすい。

私は、昔から分かりにくい子供だったように思う。
場面によって見せる顔が全く違うから、教師に気味悪がられることが多かった。
友達グループも、安定しなかった。
結局、どのグループにも属するし、でもどのグループにも属することができない。
イソップ童話のコウモリそっくりだ。
鳥にもなれず、動物にもなれず、鳥にとっても動物にとっても、
いてもいなくてもいいコウモリ。


どの教師も、常に私を扱いかねていた。
大人しく従順かと思うと、いきなり職員室まで単身乗り込んで抗議したり、
何も喋らないかと思うと、文化祭や音楽祭のときだけ一番前に出たり、
自信がなく俯いていたかと思うと、自身の能力を滔々と主張したり、
優等生かと思うと、問題児と遊んで学校あげての問題を起こしたり。

自分がどういう性格で一体誰なのか、私はついに分からずじまいだけれど、
ただ一つ分かっていることは、あまり便利な人間ではないということ。
不便だということは、分かりにくいということ。
使い道がよく分からないものは、人でも物でも常に脇の脇に置かれる。

私は、それでいいと思っていた。
自分を一番に愛してもらえる環境を求めるならば、私は恋愛するだろう。
でも、その恋愛すら上手くいかないから、私は一人だ。
0か100、白か黒の思考回路では、恋愛はドラマチックで甘く切ないけれど、
私も相手もクタクタに疲れて、いつか必ず共倒れになってしまう。

私をメインに愛してくれる人を探しても、私は誰かの幸せを願うのであれば、
常にサブでいる覚悟が必要だと思う。
出来るだけ、
健全な人間関係を築ける可能性のある人と人を結びつけることができれば、
私の役目は、そこで終わるべきなのだと思う。


人間不信は、人間の中でしか治すことができない。
けれど、信じられないものの中で、どうやって信じることを学べばいいのか。
私は分からないから、分からない人間は、
せめて自分の使命を全うすることが仕事だと思う。
点と点が線になり、線がいつの間にか網になり、網は面になろうとしている。
私がいてもいなくても、点はそのうち面になっただろう。
その自然な人の流れの隙間に、私は無理やり体をねじこみ、
さも歯車のひとつ、
潤滑剤の一つにでもなったような心地を味わいたいだけなのだ。


「寂しい」は、分からない。
それは、あやが全部持って死んだ。
もしくは、今から殺す。
中途半端にあやが生きていると、私が苦しい。
「寂しい」は分からないが、「便利」は分かる。
「好き」は分からないが、「必要」は分かる。
今の私は、不便で不必要だ。
あやの息の根を止めれば、
便利で必要で分かりやすい私が戻って来る。


恋愛すること、結婚すること、家族を持つこと。
それら全てを諦めて「美鳥」という名の人生は、始まった。
諦めることで、自分を前より愛せるようになった。
諦めることで、目的が出来、力を得て、行動するようになった。
愛が分からない人間が、人と関わることは滑稽だろうか。
でも、私の役割は「怒り」「援護」「保護」「戦闘」。
誰かのためなら自分のことなど、どうでもいいのだ。
だから、実家にいられるのだろう。
私以外の人すべて、苦しんでいる人すべて、皆救われて欲しい。
その手助けになるのなら、私はどうなっても構わない。
私の役割は戦うことであって、誰かと楽しく会話をしたり交流したり、
友達になったり、まして誰かから助けてもらったり、
そんな能力は皆無だから、人間に対するような好意を示されると、
何も反応できずに困惑する。

私をよく見てみなよ、と自分自身に、そして誰彼となく言いたくなる。
コウモリどころか、血の通わないプラスチックの玩具だ。
鳥と獣の間を行ったり来たりして、あるともしれない平和を目指すふりをする。
そんなふうにしか生きられない。
ネジでパーツを繋いだ、ゼンマイ式コウモリ。

ゼンマイが動くうちは、動き続ける。
寂しいかどうかは、分からない。
ゼンマイに、感情はいらない。
ねじ切れる寸前まで、キリキリとゼンマイを巻いてくれたら、それでいい。
それさえ、この手で出来れば、それでいい。
ゼンマイを巻けるから、私は自分を愛せているのだろう。

動かなくなったら、捨ててくれればいい。
その頃には、誰も玩具のことなど忘れている。
そのことを私はよく知っている。
分かったから、「美鳥」が始まった。
そして美鳥は、自分の都合のために、あやを殺して棺に入れた。
美鈴は、何も手を下していない。
あやを無理やり棺に押し込めたのは、この私だ。
「怒り」「援護」「保護」「戦闘」を役割とする私。
考えてみれば簡単なことだった。
誰があやを殺したかって、犯人探しをしていた私が殺したよ。


自分をバラバラのパーツに分けて、不要部分を捨てたのだ。
なぜなら、あの子が持っているのは、私にとって不都合なパーツ。
血が通った心臓。
生きていられちゃ困る。

私が私を解体して、使える部分だけを繋げて道具にしている。
滑稽で笑えるが、今のこの私も、チープなパーツで出来たコウモリ。





心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


境界性人格障害 | comment(14) |


2008/02/20 (Wed) お祈りの時間だよ

さっそく殺されはしないものの、両親からリンチの可能性。
うちの家庭で殺されないための3法則。

1 金銭の話をしない
2 私の病気の話をしない
3 彼らが信じている宗教の話をしない

これに少しでも抵触すると、殴られる、または殺されます。

逆に言えば、これに触れなければ安泰なのだが、
さっき、ちょっと偶然、宗教の話題を父が持ち出し、
両親の顔つきが豹変。
父の顔が怒りで強張り、急に「お前は破門。追放」と言い出し、
小柄で大人しい母は、その横でせんべいを両手で握り締め、
ガリガリバリバリと小リスのように前歯でかじり続けた。
「苛々するから、何かかじりたい」と言って出してきた煎餅だ。

私を殺しそうな顔で睨みつける父との距離、僅か数十センチ。
母まで僅か1メートル。
二人とも私を睨んでいた。
父も怖いが、母も怖い。
ガリガリバリバリと齧られた煎餅のクズが、
綺麗好きな母のセーターの胸にバラバラと散らばって汚していた。

内心、卒倒するかと思ったが平静を装い、
冗談交じりとテレビの話題を4,5個繰り出し、何とか逃れた。

あらためて、うちの人たちって怖い。
明日は、とにかく一日中寝る。
土曜日は、英会話に行って、久しぶりにNさんたちとお茶したい。
日曜日は、できたらムンク展に行く。
月曜日は、ドッグカフェに行く。
火曜日に、大阪に帰る。


私を再び強烈に襲ってきた人間不信と闘う。
これは、平日も休日もない。
息をしているだけで、苦痛。
ネットの世界で、ちょっと親しくなったら途端に人間不信が再発。
これもまた、境界性人格障害と同じく、
もうある程度クリアしていたと思っていた病気。
人間不信を抱えて人間の中で生きようとしたら、
私は再び血の通わないアンドロイドに逆戻り。
誰にも共通に使用してもらえる、
ユニバーサルデザインされた道具になろうとしているようだ。


暴力の匂いを嗅いだばかりの私は、再び力が湧いてきた。
鬱も人格障害も何もかもが、吹っ飛ぶ。
キーボードを叩く気力がみなぎった。

私を殺せるものなら、殺してみろ。
私は、殺されることなんて怖くない。
死ぬ最後の瞬間まで、書き続けてやる。
実家に来るのも、たまにはいいものだ。
ここは、戦場だ。
いつ殺されるか分からない恐怖が、私をハイにする。

隣の隣の部屋で、まだ父母が宗教の話をしている。
宗教から離れた私を、父が怒鳴るように罵っている。
父母がいうには私は、
「宗教団体の人ばかりを見て教義を見てない」
「そんなあんたが宗教を誤解したままだと、
あんたの話を聞いた人が誤解する」
らしい。

誤解って、どういう意味だろう。
私は、私が体験したことしか人に話さない。
教義が正しいかどうかは、体験すれば分かる。
私は自分の体で分かったことしか信じない。
両親が信仰している宗教、
私がかつて全財産を投げ出すまで信じていた宗教、
私の来世を「シダ植物だ」と幹部が言った宗教、
私が人を殺してしまうかもしれないと思い、相談したときに、
知りもしない私の過去世を語って私を追い詰めた宗教、
あなたの業は、生まれてから死ぬまで
どこへ行っても孤独なことだと言った宗教、

そんな宗教を、私は認めない。
信じない。
糞だ。
人を見ずに、教義を見ろ、か。
だから、あそこはいつまでも狂った団体なのだ。
人が人である限り、教義は教義。
いくら書物を読もうと拝もうと何をしようと、
キリスト、ブッダを越えることは出来はしない。
彼らの思想、人の苦悩への共感、共振、励まし、知恵、
どれにも到底届かない。
人間は、あくまで人間。
二足歩行の動物なのだ。
教義が素晴らしいからといって、威張るから間違える。

やっぱり私を生かすのは怒り。
孤独かもしれない。
でも私がここで闘わずに、誰が彼らを断罪するのか。
殺されても構わない。
「常に全身全霊、力が抜けない」は、当たっている。
殺されても構わないと思っているからだ。
命をかけても構わないやと思っているから、
多分、自分の個人的な痛みや、さほどの損は気にならない。
一生孤独なら、それでもいい。
闘うことが、できるなら。


まだまだ続いている私への罵り。
「なんであそこまで堕ちてしまったんだ」と言っている。
あの信仰をやめてから、私は少なくとも彼ら両親より、ましな人間になれた。
堕ちているのは彼らだ。
駄目な人間は、何を信じても駄目なのだ。
むしろ、私を殴ってもいい、殺してもいい理由にしかならない。
弟のズボンは、一体いつからはいているのか、バラバラに千切れて、
何箇所も切り裂かれたように破れていて、
膝からなぜか下着が見えている。
なんだ、あれは。
信仰がなければ、うちはもっと、ましだった。
15年引きこもっている弟を助ける努力を、両親はしただろう。
信仰さえ、なければ。
確信している。


私が戻ってきたから、私は記事を書くことにした。
母が、鼻歌を歌っている。
私を二人で散々罵って、宗教への思いを夫婦で確認できたから、
満足して機嫌が戻ってきたのだろう。
私も、私が戻ってきたよ。


私にとってのフェアは、私が正しいと思うことを、ただ行動すること。
行動せずに、ただ祈ったり願ったり悲しんだり怒ったりしても、
それは現実の何も変えられない。
あの両親の子供だからこそ、私は祈るだけの人生は御免だと思う。
これが分かっただけ、この家に生まれてきた甲斐があった。
ああ、父が仏壇の部屋に入って行った。
今からまた、お祈りの時間だよ。




心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

機能不全家族 | comment(2) |


2008/02/20 (Wed) しましまのバビちゃん

夢の中に「バビちゃん」と呼ばれる女の子が出てきた。
バビちゃんは、何か大きな太鼓と電子楽器を組み合わせて、
音楽を演奏していた。彼女が作った曲らしい。
でも、予定どおりには上手く演奏できなかった。

彼女と出会ったばかりの男性が、バビちゃんを気に入ってくれた。
バビちゃんは、ボーダー(境界性人格障害)だ。
心模様は、いつも0か100か、白か黒かの縞々模様。
真夏の坂道を泣きながら駆け上がり続けて、脱水症状を起こして、
道端に倒れた。
バビちゃんは、号泣しながら、そのまま干からびて死にたいと思った。
でも、男性が助けてくれた。
バビちゃんは、男性のことが好きかどうか分からなかったけれど、
男性の愛し方が気に入ったから、男性を好きになることにした。

バビちゃんは、体が弱くて、いつも泣いていて死にたがっていて、
体を自分で起こすことすら出来ない。
部屋で倒れていたら、男性が来て、バビちゃんを抱き締めて、
いっぱい優しい言葉をかけてくれた。
バビちゃんは、泣いたり呻いたりした。
それから、男性の腕枕で眠ったり、男性の背中にくっついて眠ったりした。
男性は、バビちゃんとなら誰に見られてもいい、と言った。
だから、他の人がいる家の中でも、
バビちゃんは構わず男性の肩に鼻先を擦り付けて甘えて、
男性の温かいからだに小さく寄り添って眠った。


バビちゃんの心は、いつも切ない甘さで満ちていて、
どこか空っぽだったし、男性の名前が分からなかった。
でも、セックスはとても気持ちがよかった。
嫌いなキスも、彼となら気持ちがいいと思った。
男性は、心が男らしくて、バビちゃんが着ない色の服を着ていた。
そんなところが、バビちゃんは好きだった。
男性と何かの講演会に出かけたら、男性は薀蓄を大声で話すので、
周囲の顰蹙を買った。
バビちゃんは、知らないふりをしていたけれど悲しかった。
でも、この世に完璧な人などいないから、予想していた失望でもあった。
バビちゃんは、何も見てないふりをして、適当に男性に相槌を打った。

バビちゃんは、いつも好きな服を着ていた。
楽器を演奏するときは、ラフな紅色と黄色のオーガンジーのヒラヒラした服、
色あせたジーンズを膝で切って、
大玉のネックレスを首から、いっぱいさげていた。
色んなガラス玉がついたコルク材のサンダルを素足に履いていた。
講演会に出かけたときは、サテンのベージュグレーのワンピースを着ていた。
スカートの形が、お姫様みたいだった。
それから、実家の前で記念撮影をするというから、着物を着た。
絹の感触が肌に気持ちいい、薄いピンクの着物だった。
帯を結ぼうとするのに、帯締めの長さが足りずにちょっと困った。


バビちゃんは、可愛い女の子だった。
知っている誰かによく似ていた。
なぜか悲しくてたまらない夢だった。


起きて、ぼんやり考えていたら、
バビちゃんは、あやとそっくりだと思った。
なぜ「バビちゃん」なんて呼ばれていたんだろうか。
男性が「バビちゃん。バビちゃん」と、可愛くてたまらないような笑顔で、
バビちゃんに声をかけて抱き締めてくれていた。
あれは本当は、バビちゃんじゃなくて、あやなのに。
私が、あやのことを考えたくないから、
あやは「バビちゃん」になったんだろうか。
あやとバビちゃんは、髪型が違う。
でも、バビちゃんの心も体も喋り方も、あやそっくりだった。


あやについて、考えたくないのか、考えるべきなのかで迷っている。
Nさんが、メールで三つの質問をくれた。
あやと美鈴についてが、本当は一番簡単な答えだった。
なのに、一通目のメールを6時間かけて書いた私は
一番難しいお題を「これが一番簡単なので」
なんてメールに書いていた。


難しいとか簡単とか、多分それは私の心が基準なんだと思った。
Yes Noで答えれば済むあやと美鈴の話を、一番後に回そうとしたのだろう。
Nさんの質問は、簡単なものだった。
だから、簡単に答えられるはずだった。
なのに、一番難しく感じたのは、本当は単に考えたくないからだ。
特に、あやについて。

考えられないけれど考えて欲しいから、あやはバビちゃんになったのか。


夢の中で、
「どうしてバビちゃんなの?」と、バビちゃんが思っていたら、
男性が、こういった。
「だって、バビちゃんは、ベビーだよ。ベビーだからバビちゃんじゃないか」


そんな言葉を思い出して、
やっぱりバビちゃんは、あやなのかもしれないと思う。

あやが、まだ生きているのか。
彼女が生きるのなら、私は愛に満ちた理想的な人生を送れるかもしれない。
あやが完全に死んでくれれば、私は不死身のアンドロイドになれる。
心の病気、虐待、いじめの残酷さを知ってもらうため、
ただそれだけを人生の目的として生きていける。

バビちゃんなんて名乗って、
もし彼女が今だ中途半端に生きているとしたら、一番困る。

生かすか殺すか決めなければならない。





心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

解離性同一性障害 | comment(0) |


2008/02/20 (Wed) 昨日から不在。

多分、かなりの鬱状態と解離状態。
家族から見ると、いたって変わらず元気なようだ。
私自身も、さほど辛い感じでもない。
ただ、一人になると泣いている。理由は、いつものように不明。

実家にいると、私が薄まってしまい、
誰かに向かって文章を書いたり考えを纏めたりが難しい。
「スカスカ十か条」の続きも、いじめの話の続きも、
アップし損ねたチョコレート作品の画像も、全部覚えている。
コメントが返信できないことも、気になって仕方ない。
でも、今の私は、違う私で、だからどれも書けない。
自分が誰なのか、何を考えているのかが実家にいると分からなくなる。
今、まるで思考が纏まらない。
纏まりかけそうなところまでは考えられるのだけれど、
あと一歩のところで、何を考えていたのかを忘れる。
記事を書いても纏まらないし、
コメント返信も気になっているのに、一つ一つに異常に時間がかかる。
扱いなれているはずの管理画面も、
眺めるばかりでコメント返信に辿り着けない。

自分の異常を自覚できたのは、昨日の夕方あたりだった。


そんな中で、トラブルが起きた。
トラブルというより、人と人の複雑な絡まりあい。
思いやりが絡まって、一体誰が傷ついていて、それぞれ何に傷ついているのか、
ばらばらなことは分かるけれど、悔しいことに今の私の頭はうまく動いてくれない。
ただ、私は誰にとっても今は不要な気がする。
私一人の中で起こっているトラブルが、
一見関わりがあるようで無関係な人たちに、波及してしまった。
自分の過去のトラウマを、自分で処理できない。
理由はただ、そんな私の不甲斐なさ。
そのことが、何人もを傷つけている。


辛うじて、何時間かかければ記事もコメントも書ける。
ここ実家にいると、駄目らしい。
でも、あと数日は、ここにいる。
幾つか用事が入っているから。
そして今度は、大阪に移動したり、一人の部屋で自分を立て直したり、
大阪に戻ることで解離が解けて色々なことが明確になるのが怖くなってきた。
現実やトラウマと向き合いたくないのか、
明日の大阪でのカウンセリングはキャンセルした。
病院も、薬が切れるぎりぎりまで行きたくない。
あと何日もつのか。
実家から離れたいと思う気持ち、
大阪に戻っても、何か怖い自分が待っているという予感、
どちらも真実で、矛盾している。

とりあえず、殺される雰囲気は今のところない。
MTが言っていた、「この家で殺されないためのコツ」が分かってきた。
でも、用心だけは怠らないでいよう。
とにかく眠り続けていれば、多分、問題はない。
逃走ルートを確保して、どこへ駆け込むかも決めている。
万全。


一昨日の昼にNさんからメールを頂いていたので、返信を書いた。
一通のメールに6時間もかかった。
異常だ。 
普通、ありえない。
その間、何を書いて何をどう推敲していたのか、あまり記憶になかった。
気がついたら、朝になっていたのだ。
それから送信して眠ったら、眠剤を飲んでいなかったせいか、
3時間で目が覚めた。
残り2通、Nさんにメールを書かなければ。
ずっと頭にあったので、また起きてから書いた。


どうしても纏まらないので、一通目と同じく、
纏まらなくてすみません、と前置きしてNさんに送ろうかと考えた。
書き終わる頃に、Nさんからメールが来た。

私のメールを読んで
「大変生真面目で、常に全身全霊、力を抜くことができないお人柄」
と書いてあった。
そこでまた自分に違和感を感じ、しかし自分の人柄が分からないので、
どう捉えていいのか分からなかった。
でも、これはどうやらマイナスだと感じた。
私が頑張りすぎると、周囲も何となくしんどさを感じるものだ。
一通目の支離滅裂な長文メールを思い出し、後悔した。
あれは、多分実家での私の最後の足掻きだったのだろうと思った。
「私」が、あの日の朝5時までは存在していたのだ。
もうすぐ実家の空気の中で私が薄まって消えてしまう予感がして、
焦っていたのだろう。
金曜日に、Nさんに電話して良かったと思った。
あのとき私の頭にあったのは、実家に戻る土曜日以降は、
私ではなくなってしまうだろうから、「私」がいる間に、
Nさんと話したかったのだ。



完成していたメールは、とりあえずNさんのお言葉に甘え、
送信は見送った。
一通目よりも更に、読めたものじゃないから。

実家にいる間は、私は私じゃない。
庭に出て、雑草を抜いて、木や花を眺めた。
蜜柑が、たわわに実っていて、去年の夏の蝉の抜け殻がまだ枝に残っていた。
土や緑や生物に触れていると、ほっとする。


昼食を食べて布団に入って、そのまま延々夕食まで寝ていた。
かなりうなされた。
うなされている私の声を聞いて、
父と弟が「うなされてる」と話しているのが、ぼんやりと聞こえた。
しかし、やはり起こしてくれない。
それから、弟と母が声を潜めて、
「オヤジがきりを殺した」みたいなことを話しているのも聞いた。
起きたら、弟から同じことを言われた。
理屈は分かるが私は、黙っていた。
父は、精一杯やってくれたから私は一言も父を責めたくない。
けれど、母と弟は、父の看病の仕方を陰で悪く言っているようだ。

「姉貴は金を渡さないつもりだ。俺が監視する」
と、去年弟が母に言っていたのも、同じ状況。
壁一枚向こうで、私が寝ていると聞こえないと安心するのか、
うちの家族は、皆誰かの悪口を言う。
子供の頃から変わらない。
吹き抜けの階段から、二階の私の部屋にまで、
よく大人三人の私を罵る言葉が聞こえてきていた。
あの頃と、何も変わらない。


何も考えられない。

サッカーを楽しみにしている。




心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


解離性同一性障害 | comment(4) |


2008/02/19 (Tue) 原本アンドロイド 3 

※原本アンドロイド1、2の続きです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あるところに、40人の女の子と、
一体のアンドロイドが暮らしていました。

アンドロイドの部屋は、いつも8人の女の子達の笑い声で溢れていました。
感情を持たないアンドロイドは、とても幸せでした。
アンドロイドの体には、血管のかわりにコードが走り、
あたたかい血のかわりに、触れると痛い電流が流れていました。
8人の女の子達が笑っていると、
アンドロイドは、自分も人間になれた気がしました。
血は繋がらなくても、違う体でも、皆と家族になれた気がしました。
死ぬまで大切にしたいな、と願いました。

アンドロイドは、皆の部屋にも通いました。
皆色んな悩みを抱えていて、皆誰かに聞いてもらいたがっていました。
8人の女の子達を笑顔にするのは、アンドロイドの仕事でした。
女の子達がケンカすると呼ばれて仲裁に入ったり、
誰かに呼ばれて、生まれてから今までの色んなトラウマを全部聞いたりしました。
女の子達と出会って3ヶ月で、アンドロイドは皆のデータを採り終りました。
皆、悩んでいました。
虐待に遭ったり、解決できない問題を抱えていたり、自分に自信がなかったり、
両親に恵まれなかったりしました。

アンドロイドは、心を持たないのに、胸の辺りが痛くなりました。

女の子達同士は、お互いのことを余り知りませんでした。
アンドロイドだけが、皆のことを知っていました。
女の子達の悩みと怒りと悲しみのデータは、アンドロイドのデータベースに
どんどん、どんどん溜まっていきました。


8人の女の子とアンドロイドは、いつでも仲良しでした。
アンドロイドは、
皆がそれぞれ好きな本やマンガを毎月7,80冊買って揃えました。
それから、毎日たくさんの食材やお菓子を買って、
皆に料理を振舞いました。

そのうち、新しい家族が出来ました。
猫のぶぶちゃんでした。
野良猫でしたが、女の子たちが餌をやり始め、
そのうちアンドロイドの部屋で飼うことに決まりました。
アンドロイドは、幸せでした。
ずっと欲しかった家族が、これで全部手に入りました。
アンドロイドは、猫を愛しました。
この世に出てきたときから、アンドロイドは死んでいく生物ばかり見ていました。
生きていて、温かくてふわふわしていて、
ゆっくり呼吸している猫が傍にいるだけで、アンドロイドは満ち足りました。


あるとき、40人の女の子達の間で騒動が起きました。
悪魔に心を売った女の子が、同じ屋根の下に住む子達に、
次々と暴力や悪意を浴びせて、攻撃し始めました。
悪魔の子は、40人全員を標的にしました。
標的にされた子は、レイプされたり、
生きた蛇が詰ったダンボール箱を送られたり、
イグアナを送りつけられたり、大量のピザを送り付けられたり、
知らない人に後をつけられたり、学校で色んな噂を流されたりしました。
悪魔の子は、Kという県のお姫様でした。
お金をいっぱい持っていて、願えば何でも叶いました。


8人の女の子のうち一人が、悪魔の子に加担しました。
アンドロイドは、悲しく思いました。
何とか引きとめようとしたけれど、無理でした。
悪魔の子と、悪魔の子に魅入られた女の子は、二人で共謀して、
残り7人の女の子を標的にし始めました。

Sちゃんという子が、標的にされました。
Sちゃんは、恐怖で青ざめてアンドロイドのところへ相談に来ました。
女の子達の問題は、皆の問題です。
だって、皆家族じゃないですか。
皆、真剣に考えました。
Sちゃんと一緒に怒って、Sちゃんのために戦おう、と皆口々に言いました。
アンドロイドは、指示を求められました。
何かあるとアンドロイドが、いつも的確な指示を出します。
それに従うと問題は、いつの間にかちゃんと解決しているのです。
アンドロイドへの信頼は、篤いものでした。
実績があります。


アンドロイドは、真剣に毎日考えました。
持っていたデータだけでは足りなかったので、悪魔の子のデータも取りました。
悪魔の子に魅入られた子のデータも取りました。
そうして、皆を守る方法を考えました。
Sちゃんは、ひとまずアンドロイドの指示に従い、標的から外されました。
皆が集まっているアンドロイドの部屋に、Sちゃんが来ました。
心優しいSちゃんは、アンドロイドに感謝しました。
それから、ごめんね、ごめんね、と謝りました。
皆も怒っている、
アンドロイドも怒っていると悪魔の子に言ってしまったと謝りました。
Sちゃんは、責任を感じている、どうやって謝ったらいいのか、と言いました。


アンドロイドは、驚きましたが、覚悟は出来ていたので平気でした。
家族を守るためならば、誰とでも戦うのがアンドロイドの仕事です。
Sちゃんを守るためならば、いつでも身を挺するつもりでした。
アンドロイドは、Sちゃんの身の安全を一番に考えてね、と伝えました。


アンドロイドは、ついに悪魔の子の標的になりました。
悪魔の子は、悪魔の知恵をこらしてアンドロイドを徹底的に
壊してしまう方法を考えました。
悪魔の子は、アンドロイドが大切にしている猫を殺すことにしました。
悪魔の子に魅入られた子が、猫の情報を流し、脚色し、
猫は悪魔の子の手によって、保健所に送られることになりそうでした。


猫を愛する7人の女の子達とアンドロイドは相談することにしました。
けれど、Sちゃんをはじめ3人が抜けました。
争いごとには、誰も極力関わりたくないものです。
けれど、アンドロイドは、3人欠けたことにも、しばらく気づきませんでした。
アンドロイドは、誰を頼りにも出来なかったからです。
アンドロイドを頼る女の子たちはいっぱいいましたが、
アンドロイドが頼れる女の子は、いないのでした。
また、頼ることをアンドロイドは知りませんでした。


残り三人の女の子とアンドロイドで話し合いました。
何日も話しました。
状況がどんどん変わり、とにかく猫は殺されます。
女の子二人は、猫を抱き締めて泣きました。
かわいそうに、と泣きました。
アンドロイドは、泣きませんでした。
まだ殺されていない命、救えるかもしれない命を前にして、
泣く暇があるのならば、悪魔の子が次にどんな手を出して来るのか、
考えなければなりません。


アンドロイドは、ついに女の子たちを頼ることにしました。
アンドロイドは、言いました。
「猫を守りたい。悪魔の子は、次にどんな手を使ってくるのか考えよう」
猫を抱き締めて泣いていた二人の女の子は、
涙でぬれた目を、きっ、とアンドロイドに向けました。

「この子が殺されるかもしれない時に、よくそんなことが言えるわね!」
と、一人の女の子が怒鳴りました。
アンドロイドは、心臓を打ち抜かれたような衝撃で、
全てのシステムが停止しました。

もう一人が、アンドロイドに向かって言いました。
「それでも人間なの!? この子がかわいそうじゃないの!?」

二人は、口を合わせて言いました。
「ちょっとはこの子の気持ちを考えられないの!?
人間じゃないよ!」

そう言って、アンドロイドの部屋を出て行きました。
アンドロイドと、一人の女の子が残りました。
アンドロイドは、一人で悪魔の子と戦うことにしました。

アンドロイドは、何が何でも猫の命を守るつもりでした。
猫の餌を飼い与え、一緒に眠り、オヤツを与えてブラッシングし、
お風呂に入れてやり、寒くないように暑くないようにと
24時間猫と暮らしてきたのはアンドロイドでした。

一人残った女の子は、アンドロイドの味方でした。
けれど、アンドロイドにかける言葉が見つからず、
ただ同じ気持ちだとアンドロイドに伝えたくて、
アンドロイドの隣に黙って座っていました。
アンドロイドは、一人だと思いました。
戦うことにしました。
悪魔の子は、日が経つにつれ、本物の悪魔へと成長していきました。


アンドロイドは、怯まず戦いました。
泣いたり怯えたり、知らない間に抜けていった女の子達は、
それでいいのだと思いました。
アンドロイドは、人間ではありません。
「それでも人間なの!?」と怒鳴られたことは、ほんの一年前にありました。
初対面の人にすら言われたセリフでした。


人間なのか、アンドロイドなのか、どちらでも良くなってきました。
アンドロイドは、猫を守るため、体を酷使し過ぎて、熱を出しました。
平衡感覚を失い、壁を伝って歩く毎日になりました。
いよいよ、人間ではなく、アンドロイドらしくなってきました。


アンドロイドは、一人で猫を守り抜きました。

女の子達は、泣いて喜びました。
アンドロイドは、壊れかけていました。
でも、満足でした。
守りたいものを守れれば、それで役目は終わりです。
また、アンドロイドの部屋に、8人の女の子達の笑い声が戻ってきました。



女の子たちは、以来、一度も悪魔の子事件について触れませんでした。

アンドロイドの体は、元には戻らなくなりました。
外へ出ることも出来なくなって、コンピューターの誤作動で、
壁に頭を打ちつけ続けたりするようになりました。
一秒毎に気を失うので、夜も休めなくなりました。

でも、それ以外、何もかも元通りになりました。
何事もなかったかのように、平和な日々が戻ってきました。
また8人の女の子達の笑い声に包まれて、猫は元気で、
アンドロイドは、それ以上望むものは何もありませんでした。


数千冊の本と、山盛りのご飯とお菓子、楽しいビデオと楽しいお喋り。
いつも通りに用意して女の子達を待ちました。
でも、少しずつ、女の子達は来なくなりました。
アンドロイドの様子が、おかしいから、
アンドロイドの部屋は何となく楽しくなくなったのです。
アンドロイドは、急に頼りなくなりました。
まるで人間のように、泣いたり悩んだりして見せるようになりました。

女の子達は、アンドロイドが不気味になってきました。
強いのか弱いのか、分かりません。
壊れているのか、壊れていないのかも判断がつきません。
どこが故障しているのかも、
人間である女の子達には分かるはずがありません。


用済みになったアンドロイドは放置され、
廃棄される日を待つばかりになりました。

でも、アンドロイドは、まだ自分は使えると信じていました。
動かない体で動き続け、女の子達のことしか考えませんでした。


人間らしくないアンドロイドは、せめて人間に仲良くして欲しくて必死でした。



◇原本アンドロイド 4へ続きます


関連記事
◇原本アンドロイド 1
◇原本アンドロイド 2

心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


共依存 原本アンドロイド | comment(5) |


2008/02/17 (Sun) 白雪に撫子

20080217.jpg



昨夜は、
きりの死と対面しなければならない事を恐れていたのか、
木曜日にカウンセリングに行けなかった時と同じ症状。

体が全く動かず、思考も、すぐに別の方向へ彷徨ってしまう。
全然関係のない話を、友人のブログでしてみたり、
自分のブログでも、ふざけていたり。


次の瞬間、実家に戻らなければ、きりを埋葬しなければ、
ももとむくにも、きりと会わせてやらなければ、
と、激しい衝動にかられ、
きりを思って泣き、また次の瞬間には意識が飛ぶ。
荷物の準備も一向に進まず、気がついたら寝ていたり、
気がついたら掃除していたりの繰り返し。


何とか、夜分遅くに実家に着いた。
枕元に、小さな祭壇を作り、小瓶に飾られた花を置き、
きりと一晩、一緒に眠った。
きりは、私が見てきた小鳥の死体とは違った。
普通は硬直して、足がのびるものだが、まるで自然な姿だった。
頭や背中を撫でてやったら、本当にいつものきりの感触と、
何一つ違わなくて、死んでいることが不思議に思えた。


今日の昼、きりの夫ももと、娘のむくに、対面させた。
ももは、きりが死んだことを知っているようで、
けれど、きりの遺体に向かって、いつもの愛しげな挨拶をした。
応えないきりを、不思議そうに見た。
それから、きりのクチバシをつつき、反応がないことを知って、
戸惑っていた。

きりのために、ももが集めに集めた巣材で飾り付けた巣箱に、
入って、ときりに言ったけれど、
きりの反応がないから、やはり戸惑っていた。


むくも、きりのクチバシをつつき、それから、
これまで一度もしたことはないのに、
きりの頬や頭の毛を、くちばしで整えてやっていた。


夕方、きりを庭に埋葬しようとしていたとき、
空からぼたん雪が、ふわふわと降ってきた。
真っ白なそれは、きりの羽毛のように純白で柔らかく、軽かった。
母が掘ってくれた穴に、色とりどりの菊の花と、
それから一番きりに似合う薄いピンクの花でベッドを作り、きりを寝かせ、
また上から、馨しい香りを放つ菊の花弁をちぎって、きりにかけ、
上から丁寧に土をかぶせた。

墓標代わりに、
庭に咲いていた撫子と、南天の実を小瓶に生けて、飾った。
そういえば、きりを見ているといつも、
「大和撫子」という言葉が浮かんだものだった。


多くの方に温かく見送って頂き、
生前と変わらぬ姿できりは、撫子の花の下に眠った。
「きり」と声に出して呼ぶことが、
これからなくなるのだろうと思うと、変な気分だ。
私がきりにしてやれる最後の仕事を、無事、終えられた。


文鳥ズ 一番右がきり
20080217allbun.jpg



最近撮った きり
kiri2007.jpg







きりと私へ、たくさんのコメント、本当にありがとうございました。
お友達ひさぎさん、梨子さんはじめ、
きりへの冥福を祈ってくださる絵、詩、記事を掲載してくださいました。
そちらへも多くのコメントを頂き、皆さんの温かさに、
私と、それから幸せ者の文鳥きり共々、心から感謝しています。
この世に生を受け、生を終える尊さと喜び、悲しみを感じています。
今後、私の気持ちの整理がついたら、
きりも交えた文鳥写真をアップすることもあるかもしれません。
その時は、この子もいたな、とさりげなく見てやってください。
私にとって、きりは、ずっと私の子供です。
皆さん、本当に、ありがとうございました。



                           美鳥&きり







心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


文鳥 | comment(22) |


2008/02/16 (Sat) 原本アンドロイド 2

◇原本アンドロイド 1 の続きです。


もう一人は、Aちゃん。
彼女は、私の恋愛観にどっぷり漬かり、
私が好きな作家の本を次々読み始めた。
私がTLCにはまればTLCを聴き込み、日本で言うところの
黒人文化にはまれば、彼女もはまった。
私が100本200本のマニキュアを買えば、私にネイルしてもらいたがって、
部屋に通いつめてきた。
部屋に戻らないというので、一緒のベットに寝ることも頻繁だった。
当時の私には、プライベートというものが一切なかった。
彼女のみならず、常に24時間、3,4人が私の部屋に常に溢れていた。

Aちゃんとは、本当に色々あった。
友情というより、ただセックスしない恋人同士のようになっていた。
色々な事件があり、
同じ学生寮に住んでいたのに、避けられ続けたある日、
突然、ファミレスに呼び出された。
わけの分からないことを延々言われた。

「美鳥といたら、私が私じゃなくなる」と言った。
「美鳥の言うことは影響力が強すぎて、私が染まってしまう」
という。
「だから、美鳥は何も言うな」
と言った。

私は、誰かを染めようだとか、全く考えたことがなかった。
でも、私は、謝り続けた。
なぜか分からないが、私の癖だったのだ。
全世界に謝り続けていた。
私が存在することで、誰かを傷つける。
恐ろしくて申し訳なくて、死んでお詫びするしかないが、
死に切れない自分が嫌でたまらなかった。

滅多に泣かなかったが、泣き出した私に、Aちゃんは冷然と、
「泣くのは許さない」と言った。
何か言おうとすると
「言わないで。何も聞きたくない」と言った。

食卓恐怖症の私は、ファミレスで向かい合って、
食事をしながらこんな話を切り出す彼女が不気味でならなかった。
手が震えて、吐き気がした。
全身が凍り付いて、氷像にでもなった気分だった。
仲直りの話かと思い注文した料理が、
私の目の前で湯気を立てている。
料理の熱で溶けていくのか、
私は大量の冷や汗が背を伝っていくのを感じていた。
頭は、ぼーっとした。
Aちゃんの理屈のほとんどが、私には意味不明だった。
ただ、私に何か強烈な怒り、拒絶、
同時に愛情を向けていることだけは分かった。
当時の私は、この「愛情」というものとセットにされると、
どんな悪意や怒りも受け入れようと努力する習性を持っていた。


何時間も、一方的に私の至らなさを責め続けて彼女は、
「じゃあ、また元通り友達で」と言った。

話の飛躍に付いていけず、私は、わけが分からず黙っていた。
真っ暗になった道を寮まで一緒に帰りながら、私は、彼女に聞いた。
「ねえ、Aちゃんは私にどうして欲しいの?」

すると、彼女は、民家の柵越しに犬の頭を撫でながら、
「んー?甘えたいねん」
とだけ、答えた。

その後、また関係は戻った。
彼女は、また私の部屋に通いつめるようになった。
私は混乱し続けた。

彼女を甘やかさなければならないが、泣いてもいけないし、
何か言っても私の影響を受けてしまうと彼女が怒るので、何も言えない。
元々、誰かのために何かは出来ても、感情表出などできなかった。
彼女は、母親の役割を私に求めていて、
ただ赤ん坊のように何も言わず
彼女の全てを受け入れて貰いたがっていたのだ。
そんなことが分かったのは、何年も何年も後になってからだった。


元来の食卓恐怖と、この時のやり取りが、
その後の失語症と、極度の対人恐怖の原因の一つになった。
人とは、自分に都合が良い人しか必要としないのだ、と分かった。


Aちゃんとは、Aちゃんが私を無視するようになり、
そのまま大学を卒業した。
当時、私はメニエール病のめまいでまともに歩けず、解離も酷く、
激しい頭痛と数年間下がらない微熱、自傷、パニック、鬱、
希死念慮、様々な症状にやられていた。
彼女とは疎遠になったまま、一方的に罵られたことも謝罪されることもなく、
完全にわだかまりが残ったまま別れた。


大阪に越してきて数年後、私が完全に失語状態になり、
ノイローゼで転げまわり、明日死のうか、今死のうかと考えていた頃、
突然、数年ぶりにAちゃんから手紙が来た。



私の中に、ずっと彼女のことは残っていた。
何とか、一つでもいいから人間関係を修復したかった。
彼女も、そう考えて手紙を書いてくれたのかもしれない。
あのときの、「泣くな。話すな。でも甘えたい」という言葉を、
数年越しに訂正してくれるのかもしれない。


藁にもすがる思いで手紙を開いた。
そこには、こう書いてあった。

「美鳥は、私の一番の大切な大切な友達だから、
一番に報告したくて手紙を書きました」

報告?何だろう?と思った。
手紙は、文字がびっしりと三、四枚あった。

「実は、私結婚することになったの。
相手は警察官で、こんな経緯で知り合って、こんなプロポーズされて、
結婚式の準備をしていて、彼ってこんな人で、私はこんなに幸せです」

そんなことがただただ書き綴られていて、数年前のあのことなど、
一切触れられていなかった。
本当に私のことを「一番の大切な大切な親友」だというのなら、
まずは修復しようと試みるのが当然だろう。
ただでさえ頭の中が洪水状態だった私は、
もう死にたいと何百回目かに思った。


Aちゃんと私の共通の友人で、現在も私の親友であるNに相談した。
当時、文字や文章、言葉が一切頭に入ってこず、
文字を前にするとパニックを起こして、ろくに内容が分からなかった。
だから、親友Nに、もらった手紙の全文を電話で読んで聞かせた。
彼女が、簡潔に2,3言に要約して内容を説明してくれたので、
私は、やっと手紙の意味が理解できたのだった。

私は、Nに訊いた。
一体、Aちゃんは何を考えているのだろうか、と。
Nは、言った。
「Aちゃんは、美鳥に勝利宣言したかったんでしょう。
やたら美鳥にライバル心持ってて、
結婚することでどうしても勝ちたかったんだよ。
普段から言動とか、めちゃくちゃ美鳥を意識してたもん。
結婚したことを美鳥に言わないと、気が済まなかったんだね」


以後、Nが言ったとおり、
Aちゃんから手紙が来ることは二度となかった。


私は、人というものが恐ろしくなった。
冒頭に「一番大切な大切な親友」と書いておいて、
のうのうと私に悪意たっぷりの手紙を、わざわざ手書きで書きつづり、
同封されている写真には、
警察官の制服を着た彼と一緒に撮った写真が同封されていた。
そこまでして私に敵意をむき出しにする人間とは何だろうと思った。
また、ただ友達でいたいと思っている私に対して、
他人は私と競い、私を負かそうとし、私を打ちのめしてやりたいと考える。
私の何が、彼女たちの怒りを掻き立てるのか、私は分からなかった。


誰の言葉も信用できない。
そして、女にとって結婚とは、そこまで勝利宣言できる代物らしい。
一生に一度の晴れ舞台だとか、ゴールだとか、スタートだとか。
色々言われはするが、
本人にとって誰かへの復讐の舞台であったりするのだと分かった。
私は、その後、更に復讐めいた結婚式に参加を迫られた。
ウェディングドレスが純白であっても、
着る者の心は必ずしもそうではない。
私はもう騙されたくないし、もう巻き込まれたくない。
友達の言葉を一切信じないことにした。
行動だけを、信じることにした。
他人の言葉を信じられない私は、
自分も一言でも発するのが恐ろしくなった。



◇原本アンドロイド 3 に続きます。


関連記事
◇原本アンドロイド 1
◇原本アンドロイド 3

(いじめについて続編を待ってくださっている方には、
こんな記事で申しわけありません。
いじめ問題記事は、頂いたコメントを元に練り直して準備中です。
こちらを記憶が蘇っているうちに、アップしたいと思いました。)


心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ



共依存 原本アンドロイド | comment(13) |


2008/02/15 (Fri) 悲しめない魔法

思い出したときに書かなければ、また忘れる。
きりが死んだこと、今の私はもう何も感じなくなっている。
悲しくないわけじゃない。
死ぬほど悲しくて泣くけれど、誰が泣いているのか、
自分が泣いているのか分からないのだ。
何が悲しいんだろうか、と頭で考えている自分がいる。
完全解離状態なのだろう、と思うような、これが私のような。
そういえば、何があっても表情が変わらない、泣かないからといって、
よく周囲に変人扱いされたり、怒られたり、
冷酷な人間と言われていたような。
この状態から覚めたときが、怖い。
昨日は、パニックが酷く、泣き喚いて止まらないので、
いつもの倍睡眠薬を飲んで、無理やり眠った。


今朝起きると酷い顔だったが、顔とか、もうどうでもよかった。
いじめについて書かなければ、虐待について書かなければ、
まだ書いていない、大学時代や、その後の同居生活の地獄、
お金がないことの惨めさ、そのことで学んだこと、
とにかく、私には書くことしか出来ないから。
誰かが死ぬ、誰かと別れる、そんなことがあると、
私はとにかく前へ進まなければ、進まなければと思う。
今自分が出来ることをやらなければ、死が追いかけてくる。


私は、一体何に追いたてられているのだろう。
いつからだろう。

あやが死んだときからだ。
きっと、そうだ。
私は、止まることがない。止まらない。
とにかく、走り続けるのだ。
目的に向かって、着実に。


これは多分、解離だ。
もしくは、誰の死を前にしても、何があろうとも、
私は、いつも悲しみそびれる。
全て消えていくから、今この瞬間の意志だけが私。
その意志の連続も、片っ端から消えていく。
私は、いつも私が分からない。
人格の椅子は、いまだに空っぽ。


今週ここで終わらせるべき用事を一つでも済ませようと思った。
絶対嫌がられる、と思いながら、Nさんに電話した。
もし、明日か明後日か来週かに連絡が来ても、
実家にいる私は、全然別の私だと思うから、何も答えられないから。
私は、いつでも瞬間に変わっていく。記憶が消えていく。
今しか伝えられないことだと思った。


山ほど不安を抱えていて、一つでも解消したかったのだと思う。
今何をすべきなのか、優先順位が付けられないのが嫌だった。
何十分だったのか、何時間だったのか。
Nさんに、これからのことを聞いた。
結果は、私が恐れている可能性と、半々。
「私はどんな使われ方しても構いません」と言ったら、
「まあ、そうやけっぱちにならずに」と笑われた。
そうか、やけっぱちに見えるのか、と思った。
私は、ただ必死なだけなのだが、余裕のなさは、
確かにやけっぱちかもしれない。
人格障害についての知識を広げられるのなら、何でもいいのだ。
自分のプライベートだって、何だって。
私は、既に何度も死んだも同然だから。


なんだか、Nさんには悪い気がした。
Nさんが聞きたいことというより、
ほとんど私が聞きたいことで終始した。
聞きたいことを120パーセント聞けたから、安心した。
不安な部分もあるが、それは解消不可能な、必要な不安だ。
そして、それはそのままでいい。


それから、自分が対人恐怖症を持っていることも
忘れてはならないと思った。
実際、会ったら分からない。
対面は、苦手だ。油断していたら、パニックが出る。
全然平気な気がしていて、手が震えたり、倒れたり、吐いたり、
パニック発作に襲われたり。


人格障害を、どう表現するんですかと聞くと、
難しいとNさんが言ったから、私はちょっと感動した。
すごく安心した。
私が知っている、ダンサーの子や、弟や、刺繍作家の人と同じだと思った。
作品を通して感じた通りの人柄らしく、
しかし先週の印象とは、だいぶ違った。
昆虫採集じゃなくて、
サバンナで食料を調達しようとしているハンターみたいだった。
やや獰猛。


私の印象も、かなり違ったらしい。
先週と違い沈んでいるというから、そうなんだろうか、と思った。
日によって、違うのだろうか。

目指すは最終的に希望を持たせるもの、とNさんが言った。
希望。


弁証法的行動療法(DBT)を聞いたので、調べてみた。
丸々、今受けているカウンセリング療法と同じで驚いた。
仮面鬱病の友人が受けているカウンセリングは、
指示やアドバイスを含むカウンセリング療法だが、
私が受けているものは、このDBTに酷似している。

私のカウンセラーが、私の人格障害を踏まえたうえで、
敢えてこの方針を取っているのか、
それとも私と対峙する上で、自然と今の形になったのか。


パーソナリティ障害全般に有効とされている療法らしいが、
とても長い時間を要することに、変わりはないと感じた。
グループセラピーになれば、人間関係が複雑に絡まって混乱するし、
リストカットやODも境界例では伝染しやすいだろう。
病院での治療は、私も興味を持った。
医者に聞いてみようかと思ったが、私の医者はやや誤診中。
思うに、「境界性人格障害」と診断を下すには、
「スキゾイド」だとか「解離性人格障害」だとかの診断を下すよりも、
遥かに難しい気がする。
診断を下した後も、実際は医者は内心常に書き換えている気がする。

完治まで、あと何年かかるのだろう。
それとも、一生付き合っていくしかないのか。


会話に、えらく時間をとっていただいて、申し訳なかった。
でも、いくつもの不安が解消されて、有難かった。
だから余計に申し訳なく思った。
アトスのことを、山ほど聞きたかったけれど我慢した。
私が所属していた(書類上だけまだ在籍中)の宗教の話もした。
キリスト教の話もした。
なるほど、と思った。
一時期、十字軍マニアになってイスラム寄りの本ばかり調べたせいか、
キリスト教に対して、やや批判的になっていた。
それに加え、以前私に「死ね」と罵り嫌がらせの電話をかけ続けてきた
キリスト教の信者がいた。
その人との関係がトラウマになっているのかもしれない。
宗教に縛られることと、うまく救われること。
難しい。
でも、Nさんが言ったキリスト教の優れた点は、納得した。


「境界例」のこと、カウンセリング、解離、金銭問題、自傷、
きりの死、明日から実家に戻ること、
そこで下手を踏めば暴力を受けるだろうこと、
区役所と病院に行かねばならないこと、入金しないといけないこと、
山ほど問題や用事があって、一つでも解消したかった。
実家に帰ったら、多分私は一切、泣けない。
泣くと、弟に殺されかねない。
電話口で、既に、かなり不穏な空気だった。
MT、私が殺されたら、あとは頼むよ。


とにかくすみやかにきりを葬って、感情的にどうこうなる前に、
切り上げて大阪に戻って来る。
それを、目標にする。
しかし、カウンセリングにさえ体が動かなかったのに、
きりの遺体と、
殺されるかもしれない可能性が待つ実家に私は戻れるのだろうか。
でも、とにかく行って帰ってこなければ。
薬も切れるし、インターネットも今のままだと止められるし、
区役所に行かなければならないし、美容院にも行かなければならない。
そして、食べなきゃ。
生きなきゃ。


カテゴリーを全部、整理しなおすことにした。
私は、殆ど自分のトラウマをここに書いていない。
何割だろう。
多分、8割残っている。
曖昧だけど。
とにかく、思い出して書くことが私が今できることの全て。


医者に外出禁止令が解けるかどうか聞いて、
以前のように外出を増やしてみようかとも思った。
ケガしなさそうなところで、解離しなさそうな場所。
鉄塔がないところ。
人が多くないところ。
動物がいっぱいいるところ。

考えていたら、天保山に行きたくなった。
あの公園には、
オッドアイのハスキー犬と、
犬と仲良しないっぱいの猫を養っている、おっちゃんがいる。
前に風邪ひいて咳ばかりしていたチビというトラ猫は、元気だろうか。


Nさんは、フラッシュバックに注意しながら、と言ったが
またも私は「フラッシュバックとか、どうでもいいんです」
と答えてしまった。
私は、やはりやけっぱちなのだろうか。
鬱、パニック、フラッシュバック、錯乱、自傷、破壊衝動、
もうずっと、ずっと、10年以上付き合っていたら
いい加減どうでもよくなる。
何やってもいいから、自分の中から洗いざらい引き出したくなる。
だって、こんな苦しくて怖いもの、後生大事に持っていて何になる。


でも、何を引きずり出していいのか、しっぽも掴めない。
あったかと思ったら、消えている。
解離性人格障害の成せる技、お得意の消失マジックだ。





心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


解離性同一性障害 | comment(3) |


2008/02/15 (Fri) 原本アンドロイド 1

そういえば私は、ここで一度も
最悪だった大学時代のことを書いていないと気づいた。
卒業後の、友達との最悪な2年間の同居生活、
超がつく貧乏生活のこと、私を壊していった宗教団体での人間関係。
人格障害が招きよせた人間関係だったのか、
人の中で揉まれ続け、私は疲弊し死を考えるようになった。
対人恐怖が高じ、自殺、殺人、集団殺戮、あらゆることを考えるようになり、
重度のニコチン中毒になり、違法ドラッグに手を出しかけた。
最終的に枯れ果て、死を待つばかりになった。


私の心が受け入れられる範囲の出来事から少しずつ、
<原本アンドロイド>というタイトルで、シリーズとして書いていくことにした。
私の二十歳前後の友人関係は、いつも同じパターンだった。
私は、人からコピーされ利用される人型原本だった。
それ以外の友情を望んでも、なぜか手に入らなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、女友達に恵まれなかった。
友達とは、そんなものなのか、ものすごく仲良くなっては、
悉く破綻していった。
皆、私をカリスマのように愛し、まるで異性を愛すかのように私を愛し、
私に転移し、私に依存し、私を母のように思い、
同性が故に満たされきれない思いで感情が破綻し、
私への愛情は憎しみや激しいライバル心へ変わり、異常な行動となった。
いつも、そのパターンだ。
そうでない友達だけが、今残っている。
前述のような友達とは、私が全部縁を切った。
苦しかったし、正直寂しかった。
でも、私にとってマイナスになる友人は、
何年もかけて全て縁を切った。
理由は、カテゴリー<Is it happy?>に属するので、
そちらの記事で書こうと思う。


一人は、Sちゃんという。
関東出身のSちゃんは、出会うなり私を気に入り、私の関西弁を真似し、
私と誰かが仲良くすると嫉妬し、私が好む服を着て、
私が好むインテリアを好むようになり、私を丸々コピーしていった。
最初は、気が合って楽しいと思っていた私は、
そのうち不気味なものを感じ始めた。
私の手を24時間、握ったまま離さないのだ。
振り払っても怒っても、とにかく無理やり手を繋いでくる。
テレビを見ていても、学校でも、食事中でも、移動中でも、どこでも。
薄気味悪くなってきた。
常ににぎられている手は、いつも彼女の体温で汗ばんでいて、
決して離すまいという断固とした力がこめられていた。
私は恐怖を抱いた。

Sちゃんから見ると、私は出身地の響きの良さから
都会のお嬢様に見えるらしく、
やたら何の話でも「美鳥はお嬢様だから」などとはやした。

私をコピーする、私を異常に讃える、それは、
私へのやっかみ、妬みと紙一重だった。

毎度、同じパターンだった。
24時間手は繋ぎっぱなし、怒っても振り払っても聞かない。
私の何もかもをコピーし続ける。
私を誉めそやしたかと思うと、からかい気味に絡んでくる。
真綿で首を絞められるような、友情とも敵意とも知れない、
何か得体の知れない威圧感で、私はジリジリと追い詰められて行った。

彼女と縁を切ったのは、一緒にカレーを作ったときだった。

関西育ちの私は、カレーは当然牛肉だと思い、牛肉を買ってきた。
静岡育ちの彼女は、豚肉が一般的らしかった。
「美鳥は都会育ちだから、牛肉なんや?さすがお嬢様や?」
と、下手な関東なまり、私の関西弁をコピーした言葉でやはされた。
延々、同じことを繰り返す。
もう、何万回聞いたか分からない言葉。

それまで、耐えに耐えてきた私は、ついに爆発した。

「うるさい!いい加減にしろ!」
叫んで、部屋を飛び出した。
それきり、彼女とは付き合いがなくなった。
私は、せいせいした。

そうしたら、友人のMちゃんが今度はSちゃんの標的になった。
今度は、Mちゃんのコピーを始め、やはり24時間手を繋ぎっぱなしだという。
何度も喧嘩していると言っていた。
私は、解放されたことに、ほっとした。
けれど、Sちゃんが企画した卒業旅行に、
当然のように私は加えてもらえなかった。
何も知らない私が知ったのは旅行前日のことで、
それはそれで、私は死にたくなった。

私は、Sちゃんとうまくやれないが、他の皆は楽しく付き合っている。
なぜ、私は極端な愛情か拒否しかないのだろうか。
なぜ、そんな場にばかり立たなければならなくなるのか。
わけが分からず、ただ孤独だけが、くっきりと浮き上がって見えた。


◇原本アンドロイド 2 へ続きます



関連記事
◇原本アンドロイド 2
◇原本アンドロイド 3


心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


共依存 原本アンドロイド | comment(9) |


2008/02/15 (Fri) 名も無い花と

私と文鳥きりへ、皆さん、たくさんの言葉を寄せてくださり、
本当に、ありがとうございます。

こちらですべきことがあり、
私はまだ、きりと対面していません。
明日、実家に戻る予定です。
今日は、解離のためか何も感じないときもあれば、
急に衝動的に泣き出したり、収拾がつかない感じです。


皆さんにコメントいただく度に、泣いています。
それ以外では、泣きません。
泣けないのか。
泣かないのか。

相変わらず私は、泣くのが下手くそです。
皆さんに、助けて頂いてようやく、きりのために泣くことができます。
ありがとうございます。


皆さんが書いてくださったご自身のペットのお話や、
言葉にならないけれど、と書いてくださるお気持ち、
私を通して、すべてきりに届けばと願います。
これほど死を悼んでもらえる文鳥って、いただろうかと思います。
きりは、幸せだと思います。
皆さんも、大切な誰かを失っているんですよね。
本当に、みんな向こうで出会って仲良くしててくれたらいいな。


昨夜から、また記事を書いています。
泣きながら、いじめについて書いたり、過去について書いたり、
また泣き、きりを思い出し、また書いては、泣いています。

書き続けることが、今生きている私がするべきことだと、やっぱり思いました。
私の努力や希望や感謝、私が皆さんから頂く喜び、共感。
すべて、きりに届いているのだと思います。
うまくいえないけれど、命とは繋がっているものだと思うから。


今回、きりの死に際し、お寄せくださったコメントに、
私は、お返事が書けません。
申し訳ありません。
大切に大切に、おひとつずつ読ませて頂いています。
明日、こんなに悼んでくれる人がいるよ、と、
私を待ってくれているきりの元へ届けようと思っています。
きりに似合う、可愛い花束を持って行こうと思っています。


きりの代わりに、皆さんへ。
深々と。
ありがとうございます。
皆さんの大切な誰か、愛するペット、
先立って行った全てのものが、
どうぞ安らかに楽しく過ごされていますように。





Dragon Ash with Sugar Soul - Garden




心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


文鳥 | comment(5) |


2008/02/14 (Thu) きり 白文鳥 メス 八歳。

本日、22時5分、白文鳥のきりが亡くなりました。

3週間の闘病生活中、実家で家族に手厚く看病され、
一番可愛がっていた父の手の中で、眠るように息を引き取りました。

ちょうど誕生日を迎えたところで、享年八歳でした。

私は、明日実家へ戻る予定でしたが間に合いませんでした。
自分の体調を押してでも、戻るべきでした。
容態が急変した30分ほど前から、電話で様子を聞き続けました。
以前、インコをみとったことがありますが、
そのときに比べて随分と安らかな死だったように感じます。


私は死に目にあえませんでした。
でも、電話越しに私の声も、きりに届いていればと思います。

きりは、8年前、私が闘病で苦しんでいる最中、
桜文鳥のももの嫁として、我が家に来てくれました。
最初は、ももに毎日宙吊りにされて、いじめられていました。
しかし、いじめられても、いじめられても、ももについて行き、
一年後には、むくを生み育て、その後、
桜文鳥2羽も夫婦で生んで育ててくれました。

ここ数年は、立場が真逆になり、すっかり夫を尻に敷く妻になっていました。

ごはん粒をあげても、他の二羽と違い、
端から丁寧に残さずきれいに食べていく様子は、
ナイフとフォークを手にした貴婦人ようで、
「きりはマナーがいい」と実家でも評判でした。

人にも文鳥たちにも、いつも控えめな態度で、でも芯が通っていました。
ももが、理由なくむくをいじめたりすると、
むくを巣箱に避難させ、自分が入り口に立って、夫を追い返したりするなど、
正義感が強くて、公正な子でした。

寒がりで、よく私にも抱っこをせがみ、特に、
本を読んでいるときなど、本と手の間に必ず入りたがりました。

娘のむくと、よく二人で連れ立って、
暗がりへびくびくしながらも探検に出かけたり、
また夕飯の時間を完璧に覚えていて、実家の食卓には、
きりとむくの席が決められていて、人間より早く定時には、
むくと並んで着席し、ごはんを待っていた、賢い子です。


きりが本棚の裏に落ちていたときがありました。
そのとき、ももは知っていたのですが、
ちらりと見たまま去ってしまいました。
私たち人間が、きりを助けたのですが、その日以来、
きりは夫に先にごはんを食べさせようとしなくなりました。
夫に譲っていたわら巣にも、入らせようとしなくなりました。
半年ほど、夫にきちんと制裁を加えていました。
人間には、苦しいとき、辛いとき、寂しいとき、
必ずSOSを出すようになりました。
妻として、夫を立てるときもあり、厳しく一喝するときもあり、
きりの公正さには、夫も太刀打ちできなかったのか、
きりに怒られる度に、ももはすまなさそうに逃げ回っていました。


水に浸した米粒が大好きで、豆苗も大好きでした。
梨や柿、みかんも、好きでした。

小さくてキラキラしていて、チャラチャラと音を立てるものが好きで、
だから小銭が大好きでした。
なぜか、小銭を見ると怯えながらも遠巻きに、
ずっとずっと眺めている子でした。


きりは、賢く、凛々しく、控えめな中にも一本筋が通った文鳥でした。


今朝は、夫のももと会ったとき、ももが何か異変を感じていたらしく、
珍しく、妻きりの首もとや背中をクチバシで整えてやっていたそうです。
それが、8年間連れ添った夫婦の最後の姿になりました。


2日前には、むくが急に鬱っぽくなって落ち込み、
むくも何か感じていたのかもしれません。


先月私が実家を後にしたとき、きりは一番元気だったので、
まさかそれが最後になるとは思ってもいませんでした。
毎日数度容態を聞きながら、
実家に戻る時期と自分の体調を見ながら迷い続けていましたが、
間に合いませんでした。
ただ、きりにとっては、本当に手厚い看護のもと、
悪くない最後だったと思います。
実家の家族に、心から感謝します。


そして、長生きしてね、とずっと私が言ってたとおり、
きりは、本当に長生きしてくれました。
文鳥の平均寿命は6,7歳と言われていますが、
ちょうど8歳になるまで生きていてくれたきりに、心から感謝します。
きりは、私の子というより、夫ももの妻でした。
ずっと、そうだったと思います。
夫婦の写真を集めてアップしようと思っていました。


ももにきりの亡骸を見せても、
ももは意味が分からないかもしれません。
繊細なむくは、ショックを受けるかもしれない。
けれど、私と文鳥三羽で生きてきた家族ですので、
最後は、きりの亡骸を二羽にも見せて、ちゃんとお別れしたいと思います。

人間不信な私は、誰かと結婚したり、出産したり、
自分で家族を築くことは、生涯不可能かもしれないと思っています。
そんな私にとって、文鳥たちは、どの子も私の子供たちです。
何度も自殺を思いとどまらせてくれ、笑えない私を笑わせてくれ、
命の誕生に立ちあわせてくれ、寂しさを紛らせてくれました。
どんな私であっても、どんなときでも、
文鳥たちは変わらず私を慕ってくれます。


きりの回復を祈ってくださった方、本当にありがとうございました。
お陰さまで、あまり苦しまず旅立てました。



一羽の小さな命、文鳥といえど、最後まで立派な人生でした。
きり。
八年間、私の家族でいてくれて、ありがとう。





心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


文鳥 | comment(16) |


2008/02/14 (Thu) この下にある

※一部、自傷に関する表現が出てきます。
フラッシュバックにご注意ください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たとえば私が一生持てないだろうと思っているものを、
当然として持っている人を前にしたとき、
私は何をどう思えばいいのだろう。

たとえば私が一生捨てられないだろうと思っているものを、
捨ててしまえたかのように見えたからといって、
私は何をどう弁明すればいいのだろう。

私は私のことすら分からなくて、
迷い続けていても、とにかく、ただ目指し続ける。

目指し続けなければならない。
強いわけじゃない。
一歩も外に出られない。
家の中から食べ物がなくなった。
徒歩一分のスーパーにすら行けない。
何も飲みたくないし食べたくない。
区役所にも病院にも行けない。
カウンセリングにも行けなかった。
カウンセリング代約8千円無駄になった。
時間になっても、体が全然動かなかった。
何にもできない。

電話だけ、かけた。
先生が出たから、30分話した。
話していてはじめて、自分がパニックを起こしたことや、
そこから全然まだ立ち直れていないこと、
女性が怖いこと、新しいものに怯えていること、
人が怖いこと、自分が分からないこと、
記憶が消えていること、あらゆるものに混乱していること、
不安で怖いのだと分かった。

共感も優しさも怖い。
欠けた自分の心の貧しさが怖い。
欠けていることを自覚すると、満ちている人が怖くなる。
休めない。
休んだら、私がそこで終わってしまう。
そう思っていることが分かった。


分かっただけで、どうすればいいんだろう。


夢をずっと見ていた。
小学校低学年くらいの子供。
少年のような少女のような、ときどき出て来る子供。
あやの友達だ。
いつも、あやを見守っていて、あやのことが好きで、
自分が受ける愛情も全部、あやに譲ってあげる子。
ときどき、あやの隣にいる。
性別は、いつも分からない。


子供は、怯えていた。
母親に殺されるかもしれない。
一人でいるところを見つかったら、
父親から裸を見せろと迫られる。
写真を撮られる。
そんなことが母親にばれたら、子供は殺される。
小さいときから撮られてきて、もうだいぶ大きくなったけれど、
機会があれば、また撮られる。
見せろといわれる。
家で一人になったら、怖い。


家は二つあって、継母になる予定の女性がいる。
その女性も、子供を殺そうとしている。
もうひとつの家は、ものすごく古くて暗くて、何かがいる。
幽霊のような、恐ろしい気配だけが、じっと暗闇の中座っている。

子供は、何も見えないふりをしているが、本当は恐ろしい。
古い家は建て変わったけれど、まだ荷物を移動している最中で、
誰も住んでいない。
こんなところ自分の家じゃないと思うけれど、
それを継母に知られたら、殺されてしまう。
家に入ったものの、鍵を持っていなくて、鍵をかけられないから、
自分の本当の家に帰れなくなった。
そうしたら継母が来たから、鍵を貸してと言ったら、
やんわり断られた。
子供は、彼女に嫌われないように出来るだけ好意を見せた。
近くに止めた車に乗り込もうとする継母に、
じゃあ私も乗せてってもらおうかな、家まで、と言った。
継母の顔色が静かに変わって、
「家?家に帰りたいの?」
と子供を無表情で眺めた。
子供は、内心恐怖で震えた。
自分のうちはここだと思っていることをアピールすればよかった。


継母は、子供を車に乗せてくれた。
なぜか、泥のような川の傍で車をとめた。
子供は、何も分からない無邪気さを装って、
継母に、ついて行った。
でも、怖かった。
怖くて、たまらなかった。
こんなことが、前にもあった気がした。
恐ろしい何か、恐ろしい事件が。


川の向こう岸までは、大人の足で一跨ぎ。
継母が行ったから、ついていこうとしたら、
継母は急に振り返り、川に飛び込んだ。
飛び込んだのか、足を滑らせたのか、わざとそうしたのか、分からない。
子供は、必死で向こう岸へ行こうとして、川に浮かんだゴミの上を走った。
川は、沼のように緑で底が見えなくて、
沈んだ継母の着ている白いスーツと、長い髪がゆらゆらと見えた。
継母が子供の両足を掴んだ。
引きずり込もうとした。
子供は、必死でもがいた。
殺される。殺される。殺される。
子供は、必死でもがいた。


子供は、死んだ。
私は、子供がズタ袋みたいな、
化繊でできた小さなTシャツになっているのを見つけた。
助けたい、助けなきゃと心から思っていたのに、
助けてあげられなかった。


川から子供のクタクタの亡骸をすくいとって、
私は、誰からも奪われないように胸に抱いて、橋へあがった。
近所の農家の人が、子供が死んだことがばれないように、
橋の上から沼に向けて、ゴミをありったけ投げ捨てていた。
事件を知って、警察や近所の人たちが大騒ぎで川へ下りていく。
人の流れに逆らって、私は子供の亡骸を抱いて歩いた。
誰にも渡さない、と思って丁寧に抱き締めた。
悲しみよりも、虚しさで心の中はカラカラだった。
私は誰も守れずに、みんな殺されてしまう。



気がついたら起きていて、指先を自傷しすぎた。
カッターと、テーブルに散らばった皮と肉片。
何度も繰り返していたら、血が出なくなる。
赤い肉は、もっと下に、まだ、あるよ、と私に向かって言っている。
切っても切っても、足りない。
まだ下に、この肉のもっと下に、私がいるような気がする。
人の中で、私は自分を保てない。
誰かのイメージが怖い。
本当の私じゃないと思う。
私は常に何かを演じて誰かになっていて、
その中に私はいるのかもしれないけれど、見つからない。
この下に、もう少し。
カッターを握って指を削り続けていたら、
この間まではまっていた消しゴムハンコみたいだと思った。
山ほど作って、ほとんど使ったことがない。
ハンコを作りたかったんじゃないのかもしれない。
今、他に切り刻めるものがあるなら、
自分の肉体でなくてもいいのかもしれない。
足を切ったときみたいに、指にも意味があるのか、ないのか。
物心がついたときからの自傷癖は、当然すぎて意味が分からない。
昔の、SMプレイを思い出した。
なぜ、あんな行為に私は恍惚とした憧れを持っていたのか。
排泄物で汚されることで、
やっと自分が自分でいられるような気がしていた。
汚れている自分の心、けれど汚れていない自分の体。
そのギャップを埋めようと必死だったのか。
それとも、愛する人の全てに染まりたいだけだったのか。

あの頃と、私は何も変わっていない。
持っていない私と、持っている人では、余りにも人生が違う。
それでも、私は、いつか持てるようにと目指し続ける。
いつか、いつか、と目指し続けて、
弱い自分に目を伏せて毎日過ごす。
気がつくとカッターを手に、自分を削ることしか出来ていない。
あやの友達まで死んでしまった。
助けてあげられなかった。
あの女が誰なのか、分からない。
私が出来ることは、あの女を見つけて、子供の仇を討つことだろうか。
けれど仇も討たずに、私はただ子供の死体を抱いて、
虚しいな、私は空っぽだな、弱いな、と
ただそれだけで、呆然と歩いていただけだった。
文鳥のきりが死に掛けているらしい。
実家に戻らなければ。




心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


境界性人格障害 | comment(7) |


2008/02/13 (Wed) なぜいじめはなくならないのか - イギリス -

BS世界のドキュメンタリー 欧米の教育現場から
『イギリス なぜいじめはなくならないのか』 
『カナダ いじめ撲滅プロジェクトの1年』
NHK教育 イギリスBBC制作

数日前に、偶然見た。
見たところ、欧米のいじめは、
日本のいじめとさほど差がないように感じた。
人間、いじめる心理というものは、結局万国共通なのかもしれない。
しかし、日本と欧米とでは、いじめに対する危機感の度合いが、
まるで違う。


欧米では、
数々の具体的対策を大人たちが考え、実際に実施している。
積極的だ。
比べて日本では、いまだに、
「ひどいですね」「つらいですね」「何とかなりませんかね」
「でも、大人の社会にもいじめはありますから、まず大人から・・・」
「いじめをなくそう!」
など、いつまでも何の役にも立たない論議ばかりを続けているように思う。


今、いじめで苦しんでいる子供がいるのに、
専門家二桁三桁集めても、いまだ具体的な対策を見つけられずにいる。
何らかの案が出されたとしても、日本特有のお役所気質で、
何も実施できないのかもしれない。
最新の新薬が、何年経っても認可されないように。

いじめられている子供が、
首相へ「いじめられています。助けてください」と送りつけた手紙。
あの手紙の存在も、
いつしか世論の移ろいやすい流れにのまれ、消えてしまった。
あのとき手紙を送った子供たちは、今どうしているのだろう。


番組は、二本連続で放送され、
イギリスのいじめの現場、イギリス政府の取り組みを伝えるものと、
カナダで、具体的にいじめ撲滅に乗り出し、あらゆる対策を施し、
実績をあげている学校の現場を伝えるものだった。


今回の記事では、イギリスのいじめの現場について、
番組で放送されたものを簡単にご紹介したいと思う。


・イギリスでは、20人に1人がイジメを経験している

・共犯・傍観などをあわせると、すべての子供が経験している

・現在、いじめを理由に不登校になった子供が9万人いる

・いじめにあう子供は、体中痣だらけになるまで殴られ蹴られ、
 階段から突き落とされて鼻を骨折するなど、いつ殺されるか分からない

・いじめを苦にした自殺する子供が後を絶たない

・臭い・デブ・死ね・毛深い・同性愛者、などと集団で罵る

・両親に話し、協力を得て学校に訴えても何の措置もしてくれない

・いじめの存在自体を認めてもらえない

・いじめを受けている子供が教師に相談しても
 「やりたい人にはやらせておけば、そのうち解決する」
 「いじめられても、あなたが反応しなければ解決する」
 「何をされても無視しなさい」
 などと言って、真剣に取り合わない。

・いじめられる子供は、あらゆる理由から
 「自分は生きている価値がない」と思うようになる。

・いじめられる自分のどこが悪いのだろうか、と考えてしまう

・あと数ヶ月耐えれば卒業できたのに、いじめに耐えられず自殺した子供がいる

・14歳の少女は、裸にされ校庭で跪かされ写真を撮られた挙句、
 写真をばらまかれ、自殺した


日本と、変わらない現場だと思った。
この救いようのない現実に、イギリスの教育関係者は、真剣に取り組んだ。
社会問題になり、政府も具体的に取り組むようになった。
いじめ被害者救済のための民間団体がいくつも出来、番組内で、
その具体的な対策と成果、問題点が描き出されていた。


続けて放送された『カナダ いじめ撲滅プロジェクトの1年』では、
一番成果をあげているという、ある学校のシステムが紹介された。
授業放棄する子供が増えている日本でも、かなり有効な手段だと思った。
こんな方法であれば、大人がいじめに積極的に関わり、
成果を挙げられると感じた。


この二つの番組を見るまで、
正直大人がいじめに対して出来ることは
限られているのではないかと考えていた。
残念なことに、今の日本では、学校という檻の中、
どうしてもたった一人で子供がいじめと戦わなくてはならない。
しかし、大人に出来ることは、まだかなり残されているようだ。


次回エントリで、カナダのいじめ対策と成果について、ご紹介したい。
心の病気を抱えたもの、その周囲の者にとっても重要な、
「怒り・感情のコントロール」としても、とても有効だと感じた。
是非、こちらでご紹介したい。



◇いじめ撲滅プロジェクトの一年 - カナダ - へ続きます。



番組紹介 NHK「BS世界のドキュメンタリー」
(リンクは、別窓で開きます。放送内容が紹介されています)

【シリーズ 欧米の教育現場から】 イギリス なぜいじめはなくならないのか

【シリーズ 欧米の教育現場から】カナダ いじめ撲滅プロジェクトの1年



心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


檻の中で生き延びる | comment(18) |


2008/02/12 (Tue) ガンダム祭り参加者募集中(主にガンタンク・キャタピラ派)

今日は、絶好の祭り日和ですね。
昼間から、当ブログでは、一部のいい年したワルガキが紛れ込みまして、
コメント欄で2ちゃんねるばりの「ガンダム祭り」が行われました。


そもそもの始まりは、ガンダムマニア妊婦
梨子さん(通称はむたろー)が

梨子→ガンダム
ひさぎ→ガンキャノン
美鳥→ガンタンク
と、私への励ましコメントを書いたことから始まりました。


善良且つ、ガンダム見たことないし、
全くガンダムの知識もなかった私は、
ああまた梨子ちゃんらしく、何か変なこと言ってるなぁ、と
程々に相手をした後、敢えて捨て置きました。


しかし、今日のガンダム祭りは、予想外に膨らみ、
途中、男性まで参加されて、大変な賑わいとなりました。
少数にも関わらず。

「外で遊びなさい!」
相手はワルガキですから、バシーンと追い払ってやりました。


やつらは、まったく懲りた様子もありませんでしたが、
とりあえず帰ってくれました。

そうしたら、急にコメント欄がシーンとなりまして、
これは不穏な空気を感じる・・・と思っていた矢先。

やつら。


場所を変えてガンダム祭りを続行している模様。


招待状が来ました。
しかも、その後、主催者二名が、
こちらへ来て、若干怯えながらも、
私の出方を、ちらちらうかがっている模様。


私は以前、梨子さんを散々にネタにして、いじり倒し、
ひさぎさんのブログで「はむたろー祭り」に大いに参加させて頂きました。
が、まさか今度は自分がネタにされようとは思いもせず、
完全に予想外の唐突な「美鳥ネタ祭り」開催に、多少びびってます。
なので、まだ祭りには一度も足を運んでいません。
あちらで、全く盛り上がってないのも若干怖いですが、
ものすごく盛り上がっていても、怖い。


しかし。



攻撃は、最大の防御。



はむたろーは、やられっぱなしでしたが、私は違います。
単機、突撃します。
祭りへ。
敢えて。
漢らしく。



勝つには、まず正確な情報収集です。
ガンダムを一度も見たことのない私ですから、
まずはネットで「ガンタンク」なるものについて、調べまくりました。
ガンダムすら知らないのに、
ガンタンク知識のみが増えていく。



以下が、情報収集結果です。↓

<ガンタンクとは>

機動戦士ガンダムに登場するMS。RX-75。

一説には一年戦争以前からあったといわれている、
戦車の面影を色濃く残す下半身がキャタピラの機体。
武装は肩のキャノン砲2門と両腕のポップミサイルランチャーのみ
意外なことであるが宇宙空間での活動も可能。

当初はガンナーとパイロットがそれぞれ別の操作を担当していたが、
後に腹部コクピットは廃された。量産化もされている。


コレ↓↓
21CRN7HTSNL.jpg



うん。
分かった。

要するに、ガンタンクを一言で言えば、

無駄にキャタピラついた
イロモノしょぼ系ガンダム



てことだね?


おいィィィ! ふざけんなぁぁぁ!!
キャタピラ付けられる位なら、大人しく網タイツにしとけば良かったよ・・・!



現在、着々と、祭り破壊計画準備、進行中。



ひさぎさん宅で開催中(らしい)ガンダム祭りに参加ご希望の方は、
当ブログの今日更新されましたコメント欄 コチラ をご覧ください。
複数の敵を相手に、たった一人で、
けなげに戦う私の姿は、万人の涙を誘います。


しかし、涙を拭い。

美鳥、行っきま?す!

「ガンタンク派」
または、「キャタピラ好き」 募集中です!




追記。
本日のガンダム祭りについて、梨子さんも記事を書いてます。
彼女のブログへは、当ブログリンク「幸せの魔法」からどうぞ。
祭り会場ひさぎさん宅へは、当ブログリンク「架空の箱庭」からどうぞ。
yorkeさん宅へは、当ブログリンク
「鬱とギャンブル依存症 時々 正常」からどうぞ。

皆さんの楽しい ご参加、お待ちしてます。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

13日、0時をまわりましたので、ガンダム祭りは終了致しました。
ひさぎさんが言うには、開始から12時間。
4ブログ(ひさぎさん・梨子さん・yorkeさん・美鳥)連携、
自然発生企画でした。
一日中、笑い過ぎて疲れました・・・。
明日から、また通常エントリに戻ります。
ご参加くださった皆さま、読んでくださった皆様、
楽しい時間を、ありがとうございました。


ガンダム祭りに乗り込むべく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。

a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


大阪駄文 | comment(48) |


2008/02/11 (Mon) のびー

YouTubeから拾ってきた文鳥動画。


うちのきりに似てるけど、ちょっと違う顔。
文鳥って、寝る前、起きたとき、休憩したとき、
どっか行く前、何かと準備運動の「のび」をする。
ちゃんと、右、左、上、のように全部の羽をのばす。
文鳥、やはり好きだ。
このフォルム。
このピンクのクチバシ。
この寛ぎ。
この余裕。

むちゃくちゃ個人的な趣味で選んだ動画で、すみません・・・。
文鳥飼いとして、ちょっとこの動画の文鳥語を翻訳すると、

「行くぜ。行くぜ。行くぜ」

と言ってます。
この後、飛んでいくのです。
うちの子たちも、皆これを言う。



文鳥のくつろぎ





心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


文鳥 | comment(12) |


2008/02/11 (Mon) Happy Valentine1  手作りチョコレートケーキ

手作りしたチョコレートケーキをご紹介します。


20080211dia1.jpg


性格上、本当に適当に作ってしまいました。
イチゴを間に挟みすぎて、一番上を飾るときには、イチゴ半分足らず。
誤魔化しようのないイチゴの隙間が空いています・・・。
そこらへんを修正しようともしない、このおおざっぱぶり。
数年前に、作ったものです。
こうして見てみると、イチゴの微妙な足りなさ加減が、
計画性のない私の人生そのもののようですねーうん。



昨夜は、たくさんのコメント、ありがとうございました。
お陰さまで、解離で多少現実感がなかったものの、
用心して頓服を飲んで、また起きて継ぎ足して飲んで、
たっぷりと眠ることができました。


あらためまして、お騒がせしました。
今日からコメント欄にようやく復帰、お返事を書いていきたいと思います。
鍵コメでくださった方へは、都合、
直接ブログへご訪問してお返事させていただくかもしれません。
今のところは、こちらでイニシャル表示でお答えする予定です。
個人的なご心情、深いコメント、長いもの短い一言、
どれもお一人お一人の裏側に隠された思いやりや葛藤を感じ、
皆さんと言葉を交わせる幸せと感謝でいっぱいです。


皆さんへ、何かすぐにお礼できる方法がないかと考え、
稚拙ながら、本当にイチゴの当たりが稚拙きわまってるのですが、
バレンタイン気分をお届けできればと思います。
以前の画像で、すみません。

明日あたり、もうひとつ過去作品のチョコレートのお菓子画像もアップします。


今日の大阪は、一昨日の大雪、昨日の雨で、
雲がすべて連れ去ってくれ、雲ひとつない青空です。
頓服がまだ効いていて、今すぐにでも淀川へ昼寝しに行きたい気分です。
いい年して、あやしまれるかなぁ。
犬に、ビーフジャーキーを買って行ってあげようかな、と思っています。



皆さん、本当にいつもありがとう。
祝日3連休最後の日。
お一人お一人の今日が、どうぞ少しでも楽しい一日となりますように。



○お知らせ○

<Live for The end.(自死と癌)>

上記のカテゴリーを追加しました。
自死・癌についての記事をエントリしていく予定です。
現在の私なりのスタンスを記しました。
興味をお持ちの方は、詳しくは下記をご覧ください。
◇カテゴリー紹介



心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

ハンドメイド | comment(9) |


2008/02/10 (Sun) 境界例と解離のサンプルとして

※フラッシュバックにご注意ください。

以下は、本日の夜9時に書いたものです。
二時間経った今は、殆ど記憶にありません。
少し前に書いた下書きの続きに、
パニックを起こした私が泣き喚きながら文章を書き足して
衝動的にアップしたようです。
頂いたコメントで、急にパニック状態から鎮静していき、
解離状態へ。

この感情の落差。
たった1時間かそこらで鎮静です。
布団をかぶって毛布にしがみつき、
数時間ガタガタ震えていた気がしましたが、数十分位だったんでしょうか。
世界中で一人ぼっちだと感じ、恐怖で気が狂いそうでした。
あらゆる人から、ネットで繋がっている方たちからも、
断絶され拒絶されているという一方的な激しい思い込み。
孤独感。疎外感。
根源の分からない激しい怒り、世界中に向けられる憎しみ、
自身の存在を呪う幾千、幾万の言葉、声。
死ぬんじゃないかと思いました。
まるで、ノイローゼだった10年前の私そのままです。
言葉が出るだけ、あの頃よりましですが。


激しいあれだけの感情が、今すっぽりどこかへ行って、
いつもどおりの私になっています。
気がついたら、キッチンの排水口を磨いていて、ピカピカになりました。
黙々とアップルティーをつくり、美味しく飲みました。
もう、激しい孤独も怒りも憎しみも悲しみも、絶叫も、
数日前のことだったような感覚。
こちらは、解離状態のせいみたいです。
友達から、指摘してもらいました。


境界例の発作(といっていいのか)中は、
憑依されたようなトランス状態でした。
境界性人格障害というものを最近考えていた私は、
最近、症状と無縁だったため、自身の症状を甘くみていたようです。
パニックを起こした理由や原因が、いくつも重なったことを、
今では自覚しています。
多分、2,3個理由が重なりました。
また、現実の生活で微妙な変化もあり、
私は、やってるつもりで、実際はうまく対応できていないようです。

記事を読んだ方には、大変なご迷惑、ご心配おかけしました。
また、あれだけのパニック状態の私に、恐れずコメントくださった方、
ありがとうございました。
あんな私を、ただ受け入れてくれるだけのコメントでは、
境界例は余計に攻撃的感情がエスカレートします。
一緒にご飯食べてあげるよ、
毒なんて入ってないって言ってあげるよ、
て言ってくれたひさちゃん、yorkeさん。
きらいになってあげない!と強引に言ってくれた梨子ちゃん。
ありがとう。
yorkeさん、私の過去を、そんな人もいるのだと心に刻んでおきます、
と言ってくださって、ありがとうございました。
どれだけ救われた言葉か分かりません。
根底に愛情不信を持つ私の、境界例の発作の引き金となりましたが、
それだけ私の心に真っ直ぐ温かく届く言葉でした。
泣いて吐いたことは、感動してもこんな感じが常なので、
どうか軽く受け止めて下されば嬉しいです。
心から、感謝します。

お陰で、今私は苦しんでいません。
不思議なくらい。
本当に、ありがとうございました。


境界性人格障害者のサンプルとして、先ほどの記事を以下につけます。
今の私には、誰がこんなこと書いたんだろう、という不思議な思いです。
パニックになった私は、「虐待を止めろ」と書いています。
これだけが、私が一生かけてでもお伝えしたいことです。
歪んだ自己愛ですべて破壊したいと望んだこのときの私も、
それだけは伝えたかったのだと思います。
人格障害の苦しみ、病気への理解、
そして虐待の残酷さをお伝えできればと願います。
少しでも参考になればと、当初の衝動的に書いた記事は、
そのまま以下に掲載致します。


多分、明日からコメントにお返事できるかと思います。
返信できないにも関わらず、
この数日間、様々な方から
個性溢れる温かい励ましのコメントを頂きました。
私の支えになっていました。
お返事できず、大変心苦しかったです。
本当にありがとうございました。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
2月10日 21時



やっぱり肝心なことは書けない。

思い出したから、書きたいのに恐怖で書けないこと。
思い出しても、忘れたいから一生書かないこと。

何もかもが急に嫌になってきた。
明日の朝、足が切り落とされていればいいのに。
私は、止まらない。
いつでも止められない。
この怒りの前では。
この悲しみの前では。


セックスしたい。
何もかも忘れる位の暴力じみたセックス。
私を突き上げて壊して、快楽の崖から突き落として。
二度と這い上がれないくらい深く深く突き落として。
私の意識を永遠に全部消し去って。


温かい数々のコメントを目にして、過呼吸を起こして倒れた。
泣き喚いている自分の声で我に返った。
起き上がって、掃除機をかけた。
掃除機をしまったら、また唸り声をあげて泣き喚いた。
どうなってるんだ私。

暴力よりも温かい言葉が怖い。
生きている価値がない、と なぜか強烈に思う。
そんな言葉、嘘だ、と思う。
ならば信じずに削除すればいいのに、できない。
体が震えて、泣き喚いて床に伏せて唸って、転げて、
正気とは思えない。
書くことはできる。
泣き喚きながら、呻きながらでも、キーボードは叩く。
それが私が出来ること。
これが病気だよ Nさん。
泣き喚いている。
呼吸が出来ない。
私は、異常だ。
あんなふうに話してた私は、別の私だ。
本当の私が、今ここにいる。
優しさに恐怖して、優しさを向ける人たちに、
ナイフを突きつけ振り回し、私に近づくな!
私を愛そうとするな!と怒鳴っている。
誰も彼も、私自身も殺してやりたい。
これが私だ。
愛がない人生は、これだ。
これが病気だよNさん。
境界例だ。
トラウマだ。
PTSDだ。
フラッシュバックだ。
今なら私の本当の姿が撮れる。
可能な限り私のみっともない姿を撮って。
私みたいな人間を、これ以上生み出すな。
虐待を止めてくれ。
もうやめてくれ。
誰か。
誰か私の人生を返せ!



::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

感情の爆発は、約1時間後に鎮静。
あらためて。
境界性人格障害は、最悪に苦しい症状です。
人格がバラバラになっています。
21時のパニック状態が絶叫した言葉もすべて本心。
そして、二時間後の今の私の冷静さ、笑える平常心、これも本心。
人格が、バラバラです。
多分、これは地獄です。





心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

境界性人格障害 | comment(18) |


| TOP | next >>

プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

月別アーカイブ

QRコード

QR

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

メールフォーム 

お気軽にメールください。返信までお時間頂く場合があります。

名前:
メール:
件名:
本文:


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。