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2007/12/30 (Sun) コトコトと新年がやってくる

また吐きました。
激しく体調不良です。

実家から、餅つきしたいから帰ってきてくれ、と要請がありましたが、
餅なんて今見たら吐くし、と断りました。
お茶飲んでも吐く。
なんだろう。
母も、仕事で足を怪我したらしく、父も怪我の療養中、
弟は強迫性障害のため、一切手伝いは不可能。
気の毒ですが、私も手負いの現在、動けません。


でも、煮しめと年越し蕎麦、お雑煮は私の担当に自動的になっているので、
明日の午前中には自分のマンションを発って、実家に戻る予定です。
祖母が亡くなるまでは、それらは祖母の担当で、家族全員、
祖母の味でなければ、お正月気分を味わえなくなっていました。
習ったわけではないのですが、私が祖母の味を再現してみたところ、
そのものだったので、以後、私の担当になっています。

実家に帰るのは、弟の暴力の件もあって、安全面に不安がありますが、
東京からMTが帰ってきてくれるので、確実に空気は和らぐと思います。


福井の親友から、遊びに来たら、
来ないなら何か送ってあげるよ、と有難いお誘いを貰いました。
雪が降っているらしく、関西住まいの私には、とても魅力ある誘い。
蟹とか美味しいだろうな。あそこの子供は、やんちゃで一緒に遊ぶと面白いし。
でも、吐いてる上に、パニック障害があやしい私に電車に乗れるわけもなく。
泣く泣く断りました。
悔しいけれど、心の病気は、ゆっくり進むことが大切です。
いつか、元気に日本海沿いのあの街にも、また遊びに行きたいです。


私の体調は昨日、回復傾向にあったのに、
何だろう?と考えてみて、読んでいる本のせいかなと思い当たりました。
今日「秋好事件」を読み終わったせいかとも思います。
作品は、素晴らしいものでした。
ぜひ、来年にでもご紹介したい傑作です。

ただ、常に五感を伴うリアルな夢を見る私にとって、
かなり毒気が強かったらしく、凄惨な夢を見ました。
今日の吐き気はそのせいなのか、何なのか。


うどんとか、調子乗って食べたのが、良くなかったかもしれない。
今更になって「おかゆさん」をたくことを思いつき、
今、鍋が立てる、コトコトという音を聞きながら、これを書いています。
そういえば、お粥を、「おかいさん」または「おかゆさん」と呼ぶのは、
関西独特の言い方でしょうか。
「飴ちゃん」と同様に。


ブログのお友達の記事に触発され、大掃除をしてみました。
吐きながら何をやってるんだろう、とちょっと笑ってしまいました。
掃除機をかけて、拭き掃除して、トイレ掃除、水周りの掃除で、終了。
「片付けられない女」を数年前に脱したため、結構すぐ済みました。
以前は、何もかも出しっぱなし、どれを捨てていいのやら、
何がどこにあるのやら、考えるのも面倒で、
苛々するので片付けが大嫌いでした。
何かの参考にしていただけるかもしれないので、
先ほど、私なりの脱出法を記事にしてみました。


片付いた部屋で思うことは、早く4月が来ないか、ということ。
関西に、IKEAがオープンするんです。
塗装されていない天然木のシンプルな北欧デスクが欲しいんです。
探しに探して、ベストがIKEAです。お値段的にも。
ネットで買えないこともないですが、デスクには思いいれが強いので、
実際に眺めたり撫でたり触ったり、また撫でたりしてから買いたい。
あの机さえあれば、なんか写真の腕が上がったり、
いいイラストが描けたり、さぼりがちな消しゴムハンコにまたはまったり、
気の利いた小説が書けたり、英語がペラペラになったり、
デザインしっぱなしのペット用首輪を縫ったり売ったり、
今よりスリムになって美人度がアップしたりすると思うんです。

こうして書いてみると、ただの危ない女ですね。
もう少し、地に足をつけなければ、と思います。
そういった意味でも、やはりデスクを購入したいと思います。
やっぱりデスクかい、というツッコミは、受け付けません。


私にとっての、今年の一番の大事件は、ブログを始めたことでした。
僅か1ヶ月半前のことですが、
ブログを始めたことは、私にとって今年最大の勇気でした。
私なんかの文章を、誰か読んでくれる人がいるんだろうか、
辛い苦しい悲しい、腹が立つ、と醜い感情でいっぱいの私が、
思いを文字にしていいのだろうか、不快に思われないだろうか、
私自身、傷つかないだろうか、始めなければよかった、と後悔しないだろうか、
色んな不安を抱えて、スタートしました。
リンクを貼ってくださった方、
いつも読んでくださり、コメントくださる方、
まだ言葉を交わしたことはないブックマークしてくださっている方、
拍手をくださる方、
通りすがりに読んでくださる方、
皆さんおひとりおひとりに支えて頂いて、今日まで続けることができました。
本当に、ありがとうございました。

当初、自身を見つめるために始めたブログでしたが、
皆さんに温かく迎えていただき、いつしか私は、
心の病気への理解、暴力の卑劣さ、
虐待の連鎖の恐ろしさを訴えたいとの思いが強くなりました。
ランキングに参加することで、
多くの方に読んで頂く機会になれば、と思いました。
先日、偶然自身の某ランキングを見て、目を疑いました。
クリックしてくださった方々、本当にありがとうございます。
今後とも、応援頂ければ幸甚です。


顔も見えない皆さんおひとりおひとりの姿が、なぜか私には鮮明です。
記憶が曖昧な私なのに、皆さんから頂いたコメント、
温かい言葉、励ましの言葉、同じブロガーの方の記事、
皆さん個性豊かで皆違っていて、皆懸命に生きてらっしゃって、
お顔を記憶するように全て確かに記憶しています。
何度、感謝の気持ちでパソコンに向かい、頭を下げたか分かりません。
頂いた言葉をかみしめて、感謝で泣いたことも一度や二度ではありません。
ありがとうございました。

来年も、よろしくお願いします。
皆さん、良い年をお迎えください。
皆さんにとって、輝ける年となりますよう、お祈りします。


                   美鳥



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日々日記 | comment(12) |


2007/12/30 (Sun) 脱「片づけられない女」

私は、かなり重度の片づけられない女でした。

どれくらい片付けられなかったかというと、
大学時代、猫を飼っていて、部屋にいるときに写真を撮りました。
後日、現像があがってきて、写真を見ましたが、
一向に猫が見つからず、ウォーリーを探せ状態でした。
真冬なのに、扇風機があり、その手前には掃除機が転がり、
天井からは洗濯物が下がり(2週間ほど干しっぱなし)、
7、8千冊ほどあった本、漫画が散らばり、
その隙間に常に遊びに来ている友達が数人埋まっていて、
床には、ゴミだか小物だか分からないものが散在。
白黒ぶちだった飼い猫は、数分後に辛うじて発見されました。

最近になって親友に「部屋、怖かったもん」と言われました。


私自身は、片づけるという観念が全くありませんでした。
どれも必要なもので、いつもなぜか部屋から物が溢れてしまう。
隅へ寄せたり詰め込んだりはするものの、それ以外の方法が思いつかない。
片づけなければ、と思うと苛々する。
しょっちゅう、物を探して時間を浪費する。
だから、極力動かないようにする。
自動的に、怠惰な生活になる。
自分に嫌気が差す。
片づけることを諦める。
でも、いつも苛々する。
雑誌のおしゃれな部屋に憧れて眺めはするものの、やっぱり諦める。
自分の部屋に帰ってみると、これはこれでいいような気がする。
でも、なにか苛々する。
その繰り返しでした。


あらゆる試行錯誤、努力の末、
「片付けられる女」になった今は、昔の自分が信じられないくらい、
普段から、まめに洗濯し、毎日掃除機をかけ、拭き掃除をし、
引き出しからクローゼット、どこに何が幾つ入っているか把握できるようになり、
余分なものは買わず、好きなもの大事なものだけを置けるようになりました。
できて当然のことかもしれませんが、以前がひどかっただけに、
かなり「出来る女」になったような錯覚です。
著しい誤認ではありますが、
鬱体質にも関わらず自信を付けたという点で、良い傾向です。

書類関係は、裁判経験で何とか多少改善されました。
支払い用紙関係が、いまだ欠点です。
電気とか電話とか、しょっちゅうとめられたりとめられそうになったり、
今だ克服すべき問題は山積ですが。



部屋は、心を反映すると実感します。
逆に、片付け方を学ぶと、心が安定したり成長したりします。
元「片付けられない女」代表(独断自認)の私が、断言します。
現「片付けられない女」の皆さん、絶対に治せます。
諦めるには、惜しいです。


綺麗な部屋で、好きなものだけに囲まれて、
余分な物や苛々に煩わされずに済む、
お茶を飲んでいても、本を読んでいても、昼寝していても快適な部屋。
片付けることは、自分を愛することの第一歩になります。
私の場合、対人恐怖と人間不信で七転八倒していましたが、
そんな人間関係も以前と比べて格段に楽になりました。
物を取捨選択するということは、生き方を自身で決めるということです。
前と比べて、
日々の小さな幸せを大切に、豊かにゆったり暮らせるようになりました。
人生が、変わりました。


意識変革には、カウンセリング、
片付けられない私のそばで、辛抱強くかわりに片付けてくれた恋人、
そして数冊の本が、私を助けてくれました。


数冊の中で、私が愛読した本を、参考までに以下に。
片づけられない原因は、心理的要因と、脳の機能的障害に大分されます。
私の場合、両方に跨った形での症状でしたので、
以下では、並列して関連本を紹介しています。
私なりの感想を、少し添えました。
リンクは全て、別窓で開きます。

片付けられない方、脱出したいと戦ってらっしゃる方へ、
蔭ながらエールをお送りしています。


・・・・・・・・・・・・・・・

○「家まるごと2日でスッキリ!!辰巳渚の「捨てる!」生活」
重症の私には、さすがに2日は無理でした。でも、片付けようと思う度に事前にこの本を必ず読みました。最低百回は読んだと思います。写真付きというところが秀逸です。なぜなら、片付けるという苦痛の作業の前に、説教たらしい活字を読むのは、片付けられない女にとって、苦痛過ぎて不可能だからです。

「捨てる!技術」で有名になった方ですが、
最近の著者の活動にも、私は関心を持っています。
生活哲学家・消費行動研究家です。
<辰巳渚オフィシャルサイト>


○「どうして私、片づけられないの?―毎日が気持ちいい!「ADHDハッピーマニュアル」 (単行本) 」
私の場合、ADHDのような行動が多く見られます。
例えば、食器を洗っている途中で、急に靴が気になり、気がつくと水を出しっぱなしで、靴の整理をしているだとか。
目的地に急がなければ、と走っている途中で、動物を見ると、途端に時間を忘れてカメラで満足するまで写真を撮っている、など。
原因には、離人症もあると思いますが、社会生活に支障を来し、
自分のことながら、長年困ってきました。
過去のトラウマも大きいですが、私が腕時計を嫌うのも特徴の一つかと思います。
私よりも重度の弟MTから勧められた本で、とても役に立ちました。
いまだ、腕時計は嫌いですが。


○「片づけられない女たち」
具体例は、多少オーバーです。
えらいこっちゃ、と読んでいて思いましたが、自分の周囲を考えてみれば、
少なからず似たような状態でした。
著者が実際カウンリングした実例ですので、説得力があります。
片づけられないことが、人生全体に及ぼす影響の大きさを実感させられる本です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

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元片付けられない女 | comment(12) |


2007/12/29 (Sat) 雨とあまざけ

ずっともぐりこんでいたベッドからおりて
そうだ おいしいもの食べよう と思った
温かいうどんを食べた
かつおだしの香りのおつゆに
歯ごたえ しこしこのうどん
かみしめていると
久しぶりのごはん て感じがする


甘酒を あたためてのんだ
ちゃんとこうじで作ってあって 
砂糖が入っていないやつ
お気に入りのいちごの湯のみで
湯気がたつ甘酒を ゆっくりのんだ
やさしい甘みで 頬がゆるむ


温かいっていいな
からだの芯から温まって
いたいこと かなしいことが きえてゆく
あたたかい たべもの
あたたかい のみもの
あたたかい 手
あたたかい 夜


あのひとも あなたも だれかも 
みんな みんな
あたたかく 過ごせますように



窓から外をながめたら
雨がしとしと降っていて
湯気のたつ甘酒をのみながら
雨でぼやける街灯を見ていたら
真っ白なやさしい雪の結晶にも見えて
なんだかそれも あたたかい


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詩と写真 | comment(6) |


2007/12/29 (Sat) 弱い

一週間位前から、ずっと体調が悪かった。
何とか上向きになってきたかも、と思っていた昨日、
夜中に3回吐いて、眠れなくて、悪寒がしてガタガタ震えていた。
熱も出なかったから、多分精神的なものなんだろう。

イブイブの日のことを記事にしたりしたからなのか。
感動して、声をあげて泣いてしまうメールを、二人の方から頂いたからなのか。
すごくありがたくて、ありがたくて、わーわー泣いた。
感情が、自分でコントロールできなくなっているのかもしれない。
弱いな。
弱すぎて、自分が嫌になる。
自分のことが、分からない。
何とかしたい。
早く、健康に。
ちゃんとお礼を言えたり、普通に感動したりできる自分に。
早く。早く。


一人で暮らしていると、体調が悪くなったとき、
ああ、一人きりだな、と思う。
わけもなく物悲しくて、ベッドの中で蹲って泣いた。
セックスしたいなあ、と思った。
でも、したい相手なんて誰も思いつかないし、
体調は最悪で、そんな気にはならないし、
私は何を考えてるんだろう、とちょっと自分でおかしくなった。


今の私にとって、男性と手を繋ぐことすら恐怖だけど。
やっぱり、誰かにそばにいて欲しいのかもしれない。
でも、男性に?してほしいとか、?だったらいいのに、
とか考えるのも、やっぱり疲れた。
期待するのが、いや。
期待は重いし、重いから私が持ってるだけで潰されて死んでしまう。
今の私のままで、好きになれる人ってどんな人だろう、と考えた。
心から信じられる人、とすぐに答えが出た。
でも。 
信じるって?
家族も友達も宗教も職場も恋人も。
全部なくなって。
全部、信じられないものに変わってしまった。
一から、自分を築き上げる。
その途上にある。
でも、今、私は誰かにそばにいてほしい。
信じなくても、人を好きになれるんだろうか。
信じることが、またできるんだろうか。
人を好きになることが、エゴとしか思えない。
好きじゃなくてもいいから、手を握っててほしい。

あやが、いない。
いないけど、せめて手を繋いでくれるだけでいいから。
あやもいなくて、誰もいなくて。
ベッドで蹲ってるしか能のない自分が、みじめったらしい。


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解離性同一性障害 | comment(6) |


2007/12/29 (Sat) 労働裁判

最後の職場は、裁判を起こしてやめた。

雇用条件から給料、仕事内容、何から何まで嘘づくし。
月給で入ったのに、いつの間にか日雇い制にされそうになった。
入社する以前から私の悪口を雇用主は、周囲の社員に言いまわっていたから、
入社当日から、私は周囲の社員から無視という嫌がらせを受けた。
私を手足に使い、社員と決裂させて、
最終的には私以外の社員を切り捨てる予定だったらしい。
実際、私が籍を置いている間に、
何人も嫌がらせを受け、不当解雇され、もしくは自主退職した。


職場環境が最悪で、初日から歩けなくなり、それでも私は通い続けた。
入社して1週間ほどして、私は他の社員に思い切って話しかけた。
私の人間性を知ってもらうと、後は本当に仲良しになった。
昔、いじめを受けていたときの経験が生きた。
何度訴えても、職場環境は改善されず、私は起き上がれなくなり、
トイレにすら自力で行けない状態になった。
「殺してやる!」と私は、ベッドの上で叫んだ。
あのとき、私の身体が動けていたなら、私は何をやっていたか分からない。
息をしていても、体中に激痛が走った。
救急車を呼ぼうかと本気で迷った。
母に来てもらった。
その電話一本かけるにも、何度も痛みで気絶するかと思った。
パニック障害、鬱、強迫性障害、人格障害、
どれも同時進行だったが、なぜか記憶がない。


全治1ヶ月、その後も療養が必要、との診断書も出したが、
私の嘘だと雇用主に一喝された。

労働基準監督署、弁護士事務所、労働局、あらゆるところへ相談にまわった。
自分の生活のために、名誉のために、
何もしないでやられっぱなしでいるのは、我慢できなかった。


私は、それまで自分の生活を守ることを第一に、大人しくしていた。
同僚が、嫌がらせを受けている場で、
私はいまひとつ雇用主とやりあえなかった。
雇用主は、気分屋で女王気取りで、
自分にへつらわない人間は平気で切り捨てる。
ごめん、ごめん、と謝る私に、同僚たちは、
あなたは結婚してなくて一人暮らしだし、
クビになったら大変だから、と理解を示してくれた。
でも、悔しかった。
友達のために戦えない自分が、嫌で嫌で、それもストレスになった。
ある日、爆発して、雇用主と一対一でやりあった。
客が来るのも構わず、私は雇用主を言葉で滅多切りにした。
雇用主は、怒りでぶるぶる震えて私を呪い殺しそうな目で睨みつけていた。
私も、睨み返した。
嘘つきなんて、怖くない。
私の生活は奪えても、私の誇りを奪われてやるものか。


ある朝呼び出された。
雇用主の何もかもが嘘八百だった。
病的な嘘つきの雇用主の言葉は、
閉鎖された会社内では、一社員の私がどう反論しても最後には通った。
お金を取ったとか、ありもしない嘘を雇用主に第三者の前で言われ、
最後は数にものを言わせて、これまた、ありもしない嘘八百を浴びせられた。
祖母の死まで持ち出され、こきおろされ、
私は怒りと屈辱で目の前が真赤になった。
何かと相談に乗ってくれていた税理士にも、最後は裏切られた。
雇用主と二人で、私を責め立てた。
二人とも、既に口裏を合わせ、相談した後だったらしく、
決して私に「解雇だ」とは言わない。
「やめなさい」と一言でも言ったら、法律上、
不当解雇になることを承知の上のことだった。
自分たちの立場が危うくなることを知っている彼らは、
「解雇じゃない。あなたが、やる気がもうないんじゃないかと思って」
と、そればかり言った。
労働基準法など知識をつけていた私は
「解雇という意味ですか?」と何度も問いただした。
それでもやはり
「解雇ではない。ただ、あなたが辞めたがってるんじゃないかと思って」
と繰り返された。
「私は、辞めません。やる気もあります。仕事をしに来ました」
と答えると、「でも、やめたいんじゃないの?」
と返ってきた。
「辞めません」
それだけの応酬が数時間、続いた。
汚いやり方だった。
私は、その場での論破を諦めた。
でも後の裁判を見据え、決して「辞めます」とは言わなかった。
言った時点で、私の負けになる。
どんな屈辱的な目にあわされても、罵倒されても、
生活を奪われても、卑怯者に負けたくなかった。
私は、荷物を纏めて、集荷サービスに預け、その足で弁護士事務所へ向かった。


弁護士会から借金という形で、弁護料を工面し、
全ての書面を揃えて、起訴した。

末期癌で祖母が、息を引き取ろうとしているとき、
その横で、陳述書を書いたりした。
相手から提出された陳述書は、
読むだけで吐き気がするような嘘と、
私へのありもしない誹謗中傷にまみれていた。
怒りと不安で、気が狂いそうになったことが、何度もあった。


テレビでしか見たことがなかった裁判所に私は立ち、証人尋問に答えた。
相手の証人尋問は、見ものだった。
私が何をしなくても、自分で次々と嘘を露呈し、
取り繕っては嘘を重ね、誰の目から見ても狼狽し、哀れなものだった。
私の弁護士は、私の屈辱をきっちりと晴らし、
見事な手腕で私の誇りを取り返してくれた。

裁判は、始めたら、止められない。
地方裁判所で私が勝訴しても、
病的な虚言癖がある雇用主は納得しなかった。
判決の全面不服を主張し、控訴された。
また、裁判が続いた。
高裁で、和解金が膨らみ、ついに金銭的に雇用主が折れざるを得なくなった。
裁判官立会いのもと、数度の話し合いを経て、和解で終わった。
私の手に渡された和解金は、以前の会社でそのまま働いていても、
赤字が出る金額だった。


覚悟はしていたが、高裁までいき、二年間かかった。
当初の予想通り、労働基準監督署も労働局も役に立たない相手だった。
簡易裁判でも、意味がなかった。
上記の機関は、仲裁はしてくれるが、裁くことはしてくれない。
本裁判をして、よかった。
いってみれば、二年という年数は、最短年数だった。


思い出して、とりとめもなく書いた。
書き直すときがきたら、この記事は削除しようと思う。
今は書けないが、色んな人に助けてもらい、裁判を終えることができた。

狂った人間が経営する会社は、檻に等しい。
生活と金銭を人質にとられ、奴隷のようにこき使われ、
人としての尊厳、誇りまで汚され、踏み躙られ、
ときに、人生を狂わされる。



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労働裁判 | comment(6) |


2007/12/28 (Fri) 世界は待ってくれない

私と、ある15歳の少年は、従兄弟関係にあたる。
その子が5歳のときに会って以後、私は彼と交流を持たなかった。
この十年間、私にとっては
自身の病気や裁判や恋愛に翻弄され、
自分の脆弱さを嘆き、のたうちまわって生きることに時間を費やしていた。
彼との交流は、祖母が死んで以来、両親が引き継いでいた。
私よりも、両親と祖母の方が、血縁も、また感情的にも近かった。

まだ15歳の彼とは、常に彼の母親を通して両親が連絡を取っていた。

去年、彼の祖母が死んだとき、彼の母親は、息子が泣くことを恐れ、
「受験に響くから」と言って、彼に祖母の死を一年間、伝えなかった。
私の両親は、母親である彼女の決定を差し置いて、
彼に祖母の死を伝えることはできなかった。


一年間、祖母から連絡がなくなって、薄々気付いていた少年は、
母親に「なぜばあちゃんが死んだこと教えてくれなかった?」と、
泣き喚いたという。
話を聞き、少年と同じ祖母の孫として、私は胸が痛んだ。
彼は、まだ子供かもしれない。
でも、大切な人の死は、子供だとか大人だとか関係ない。
彼の母親の判断は、間違っている、明らかに間違っている、と私は思った。
子供だというだけで、真実を知らされなかった彼が可哀想だと思った。
10年会ったことのない、もう顔も分からない少年の、心の内を思った。
でも、彼の母親の意志を尊重するしかない、と思った。
少年と直接面識のない私が、突然口を挟める話題でもない。


数ヶ月前、少年の父親の余命が数ヶ月であることを知った。
彼の父親は、全介護施設に入ったまま、闘病生活を送っている。
少年は、彼の愛人の子供。
手引きしてくれる者がいなければ、自身の父親と自由に会うことができない。
病状も、知ることは叶わない。
彼は、生まれたときから、父親と自由に会うことが出来ずに育った。
現在は、母親と母親の両親と共に、南のある島で暮らしている。


私の母が電話して、少年の母親に伝えた。
少年の父親が、余命、数ヶ月であること。
だから、悔いのないように過ごせるようにと。
しかし、彼の母親は、しばらくは息子に伝えない、と答えた。
息子が動揺するから、本当に悪化してから伝えることにする、と。


またか! 
また同じことをやるつもりか!

間接的に聞いて、私は、もう耐えられなかった。

真実を知らせることを後回しにして、
母親は結局、自分が傷つきたくないだけなのだと確信した。
母親が、現実、真実から逃げている。
息子は15歳だから、まだ子供だから、と護ることで、
息子に人生の大切なことを学ばせる機会を奪っている。
奪うことで、安泰な自身の精神状態を護ろうとしている。
エゴだ、と思った。


一年後に祖母の死を知らされた少年の怒り、悲しみ、後悔。
子供だから、と人生の路傍に置き去りにされる混乱、孤独。
母親は、子供を護ったつもりかもしれないが、結局何にも守ってはいない。
母親が現実から逃げてしまったら、
そこから逃げる術を知らない子供の彼は、一人きりじゃないか。
私は、今まで彼と確固たる面識がなかったことで、第三者だった。
でも、彼に何かしてやりたい。
今の私でも、何か出来ることがある筈だ。


私は、躊躇わなかった。
頭で考えるのを、やめた。
彼は、私を覚えていないだろう。
接点だってない。
今の私は心の病気で、誰かの重大な事件に関わることができる状態じゃない。
でも今、私が彼に出来ることをやろう。
私が、後悔しないために。


瞬間に決めた。
母に、少年の母親へ電話してもらうよう頼んだ。
美鳥という、10年前に会ったきりの従兄弟が、少年と話したがっている、
ただそれだけを伝えてくれればいい、と頼んだ。
母は、
「彼の父親の余命のことを話してはいけない。
彼の母親が、黙っていると言ったのだから、
彼女の決定を無視することはできない」と言った。
私は、少年に彼の父親の話をするかどうかは、
彼と話してみなければ分からない、
私は、従兄弟としての立場で出来ることしかしない、としか答えなかった。


電話口に出てきた少年は、記憶の中の5歳の彼とはまるで違う声、話し方をした。
突然電話してきた年上の女性に戸惑い、ガチガチに緊張していた。
私が知る十五歳の子供たちよりも、ずっとずっと純朴で、
まだ恋愛も世界の成り立ちも、彼が住む島の外の世界も、何も知らないようだった。


戸惑っている彼に構わず、私は話した。

祖母の死を、一年間、あなたに知らせることができなくて、ごめんね。
あなたのママは、一年間あなたに隠していた、あなたが子供だと思って。
でも、あなたはもう十五歳だし、
大人が黙っていたって、あなたはもう色んなことを分かってる。
ママにあなたが
「どうして死んだことを教えてくれなかったのか?」と泣き喚いたことも聞いた。
気持ちが、痛いほど分かる。
私がもし、あなたの立場だったなら、祖母の死を1年後に伝えられたなら、
私はママを恨むし、怒るし、悲しいし、祖母と最後に話したいと思った筈だから、
だから、あなたもママが許せなかったと思う、辛かったと思う、
私はあなたの従兄弟だったけれど、今までずっと繋がりがなくて、
唯一、祖母の死を、そんな悲しみを共有したり出来る存在だったのに、
あなたに何もいえなかった。
でも、そんなのはこれ以上もう嫌だと思って、あなたの気持ちを思うと辛くて。
ごめんね。ごめんね。
おばあちゃんの死を、教えてあげられなくて、ごめんね。
一人で、きっと色んなこと考えて、それでも誰にも言えなくて、
一年間、辛かったよね。
ずっと気になってた。
ずっと、教えてあげたくて、ごめんね、て思ってたよ。


黙って聞いていた少年が、突然、何か喚いた。
と、同時に大声で泣き出した。
15歳の少年の泣き声は、咆哮のようだった。
背後で、母親が驚いて「どうした!?どうしたの!?」
と彼に訊いているのが、聞こえた。
彼は、たった今祖母が目の前で死んだかのように、
「ばあちゃんが!ばあちゃんが!」と、泣きながら何度も叫んだ。

私は、驚かなかった。
受話器を握ったまま、彼と一緒に泣いた。


子供だから、と何も知らされなかった彼。
戸惑って、誰にも不安を打ち明けられず、ずっと一人で抱えてきた筈の孤独。
彼の誰にも言えなかっただろう気持ち。
一年も前に、大切な人を失っていた真実に、驚愕しただろう。
私が彼なら、一年間隠していた母親に腹が立っただろう。
憎しみすら覚えただろう。
いまだ子供だという自分の現実に絶望しただろう。


彼が大人になるまで、決して世界は待ってくれない。
彼は、生まれたときから愛人の子供で、片親で、
父親が病床に倒れたと同時に家を失い、10歳で父親に会えなくなり、
14歳で祖母を亡くしても、一年間教えてもらえず、
そして、今また彼は知らないままに、
数ヵ月後には、彼の父親が死を迎えようとしている。


祖母の死を一年後に知らせた挙句、
今度は実の父親の死期も知らせないなんて、あんまりだ。
息子を気遣う母の愛、とは全く思わない。
少年は、まだ15歳。
けれど、もう15歳。
なのに、世界の何も知らない。
自分を取り巻いている世界が、どんな姿をしているのかすら、教えられていない。

知って生きることと、知らずに生きること。
どちらが過酷か、どちらが正しいかは分からない。
でも、世界は待ってくれない。
世界は、運命は、彼が大人になるまで待ってはくれないのだ。
子供でも、大人でも、世界は平等に存在し、平等に時間が流れていく。
あらゆる人の上で、刻々と時を刻み、のみこみ、押し流そうとしている。


私は、彼の父親の話は、しなかった。
彼は、祖母の話だけで激しく混乱していて、
突然現れた私という存在にも戸惑っていた。
彼が、祖母の死を一人で消化できていたのなら、話すつもりだった。
でも、悔しいことに彼はまだ15歳で、
彼の母親が、彼を世界から遮断してきたために、
15歳にしては、悔しい位にまだ幼くて、純粋過ぎて脆かった。
1時間位、関係のない色んなことを話した。
亡くなった祖母が、私が塾講師をしていたことを話していたらしく、
私に、英単語の覚え方なんて、訊いてきた。
USJに行ってみたいとか、関西人って本当に漫才みたいに話すの?とか、
唐突に、本は好きですか?僕は恩田陸が好きです、とか、
職業は何に就いたらいいんだろう、とか、島を出てみたい、とか、
色んな話をした。
何て呼んだらいいんですか・・・?
と、ためらいがちに訊かれたから、何でもいいよ、と答えたら、
色んな案をどんどん出してきて、
私が「それはあかん」「それはどやろ」と駄目出しを続け、
彼も思いつく限り考えて、最終的に合意した「ねえちゃん」になった。
兄弟を持たない一人っ子の彼が、
電話口で「ねえちゃん。ねえちゃん。ねえちゃん」
と、自分に馴染ませるように、繰り返したのが印象的だった。
「お正月に、また電話します。いろいろ相談します」と彼が、言った。
祖母が死ぬまでは、毎年、
年が明けた瞬間に電話してくるのが彼の習慣だったのだ。
祖母の死を教えられていなかった去年、
彼から電話がかかってこなかったことを思い出し、また胸が痛んだ。


まだ話したがっていた彼に、区切りをつけて、受話器を置いた。
手が震えて、唇が震えて、吐いて、倒れてしまいそうだったからだ。
隣で、電話を聞いていた母が、目を真赤にして泣いていた。
「あんたが今日やったこと、すごいよ。
あの子に、本当にいいことした。素晴らしいことをしたよ」
と言って、泣いていた。
「ばあちゃんが」て叫んで、泣いてたよ、と言ったら、母は声をあげて泣いた。


彼の父親のことを話せなかったが、私という存在を知ってもらえた。
いざとなったら、彼は私を思い出して、連絡をとって来れる。
何か、力になれるときが来るかもしれない。
そのときのために、繋がりだけでも作っておきたかった。

子供だということは、地獄だと思う。
少なくとも、私はそう思ってきた。
15歳でも、既に大人になっている子供もたくさんいる。
彼が、本を読んでいることを知って、私は少し安心した。
彼は、まだ知らされていないが、彼の父はこうしている今も、
死の床についている。
教えてやりたい。
向き合う強さを、手に入れて欲しい。
早く大人になれ。
早く、世界を知って、世界と戦う術を知れ。
がんばれ。
がんばれ。



眠剤を水で胃に流し込んで、
ベッドに倒れこんで、眠ろうとしたけれど無理だった。
身体が震えて、とまらない。
理屈抜きの、対人恐怖。
相手が子供だから、大人になろうと無理をした。
少年が思うほど、大人の私は強くない。
子供も、大人も、人間は脆くて強くて、不安なのだ。


眠ろうとすると、脳が三つに割れた。
寝返りを打って呻いている布団の中の自分。
少年のこと、自身のこれからのことを、考え続ける自分。
過去の色々なシーンがフラッシュバックして、声、映像に飲み込まれる自分。
気が狂いそうな、一夜だった。


その日、美しく恐ろしく、グロテスクな夢を見た。
ほとんど眠れず、朝を迎えた。
電話をきっかけに、クリスマスは、ほぼ寝たきりで過ごした。
でも、私は自分自身に誇れることをした。
自分が信じることを貫いた。
これでいい。



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檻の中で生き延びる | comment(4) |


2007/12/28 (Fri) にぼしが帰った海

<カウンセリング 2007.12.27>


ここ数日の体調不良がたたって、ベッドから起き上がれなかった。
何とか、20分遅れでカウンセリングルームに到着。

体調不良の原因を、カウンセラーと話して考えた。
要は、私は人との距離を常にはかることに心を砕いているが、
同時に相手の要求、期待に応えなければ、と気負っているようだ。

数日前、決死の覚悟と信念、勢いで電話した、そのことは良かった。
でも、その後で体調を悪化させた。
英会話のクラスメートと、たくさん話せた。
でも、その後で体調を悪化させた。
どちらも、考えてみれば同じパターンだ。
相手のことが好きだから近づくが、距離が近くなると自分が崩れ始める。
何が苦痛なのか、何が楽しいのか、区別がつかなくなってきて、
ただ「しんどい」だけになる。
それが体調と悪夢、不眠に直結するから、考える暇もなくダウンする。
その繰り返しをしているようだ。


恋愛の話になって、先生が少し、あやの話をした。
私は、また泣きそうになって、その話は続けなかった。
恋愛の話と、あやの話は切り離せないものだけれど、
やっぱり私は彼女の話題をしたくない。
私が、あやを切り離して死んだつもりにしているだけかもしれない、
と電車の中でも考えたけれど、考えただけで涙が出て思考が纏まらなかった。
あやが書いていた「Love My Life」というホームページの存在を思い出し、
その中に、あやの全てがあるんだろうな、と思った。
このパソコンの中に、ファイルが入っている。
でも、あやは殺された、死んだ、と思っていたい私は、
ファイルを開くことができない。
「Love My Life」 なんて残酷なタイトルだろう。
あやは死んだ。死んだ。殺された。
そうでなきゃ。 あやが可哀想過ぎる。


サディストLから、いまだメールが来る。
案の定というか、やはり彼は私の様子をうかがっていたけで、
前回の「ありがとう」は、終わりではなかったのだ。
「縁がなかった」とか「ありがとう」とか「でも見切りをつけたわけではない」とか
「身近で男性を探したらどうか」とか「きみは理想だ、ついに見つけた」とか
その後もメールが来ていた。
挙句、こんなメールが来た。
「ぼくは心が弱く、あなたは傷ついていると思うんだ」

なんだか、はっとする言葉だったが、
単なる衝撃なのか、深い意味があるのかを冷静に考えた。

結果、冗談じゃねーと思った。
これから恋愛しようというときに、相手に「ぼくは心が弱い」なんていう男、変だ。
逆に問いたい。
あなたは、心が弱い女性と付き合いたいと思う?と。
私は、せめて好きな相手には、弱い心であっても、大丈夫だよ、と言いたい。
口が裂けても、私の心は弱いです、なんて言わない。
心配をかけたくないし、相手に甘えることとも、また違うことだから。


Lの話を先生にすると、先生は笑った。
「気持ち悪い人ね」と言った。
私も、そう思っていたから、ほんとだ!と思った。
でも、私は、彼と続けるべきなんだろうか、と考えていたのだ。
一方的に私に想いを寄せる彼の姿に、
私には分からない恋愛というものは、
一見そんな奇妙なものなのだろうか、と考えあぐねていた。

そう考えるには理由があった。
私自身の、過去の経験からだ。
私は、ある男性と婚約していた。
それまで、互いのことを知ってはいたし、結婚観など話もした。
初めてのデート開始2時間ほどで、私は彼からプロポーズされた。
私のどこを取っても理想だ、ついに見つけた、と彼は言った。
実際、彼の目はとても優しくて熱っぽく、
美鳥の全部、俺が引き受ける、と神様にでも誓うように重々しく言った。
今すぐ、区役所に結婚届を出しに行っても構わない、と言われ、
彼に恋していた私だが、それは留まってほしいと言った。


でも、私に迷いはなかった。
実際、彼は私の当時の理想全てを満たしていた。
経験はあまりないが彼はSで、Mの女性と結婚したがっていた。
地に足が着いた考え方、上昇志向を持っていて、
女心が分からないまでも不器用に私に優しく接してくれた。
結婚願望があり、将来一戸建てで犬を飼いたがっていて、
私の病気を理解しようとカウンセラーにも会ってくれた。
一級建築士の肩書きを持ち、大手企業で設計を担当していた。
デートのとき、彼が設計した家を何軒も見せてもらった。
私自身、偶然にも建築関係の資格を取ったばかりだった。
その資格をきっかけに、設計関係の仕事に就けないかと考えていた。


彼の結婚相手の条件は、
建築士として独立する自分を支えてくれる人かどうか、が第一だった。
安定した職ではなく、夢を追う自分を支えてくれる女性がいい、と。
私は、自分自身安定した生活など送ったことがないから、一向に構わなかったし、
むしろ、仕事に励む男性が好きで、野心を持った男性が好きだ。
できれば独立して仕事をしている男性と結婚したい、と思っていた。
私の資格は、彼が取りたがっていたもので、私たちは、人生の目的も同じだった。


ところが、関東にある彼の家で、短期間の同居生活をしている間に、
だんだん暗雲がたちこめてきた。
些細なズレが色々生じ、どんどん亀裂が大きくなっていった。
彼と暮らしている間、私は彼の暴力を恐れて大人しくしていたが、
一度関西に帰った後は、私の引越しを催促する彼とは裏腹に、
連絡を取るのも億劫になってきた。
その間には、例えば
「雨の夜、携帯を取り上げられタクシーも禁じられ、
裸足で家まで40分歩かされる事件」
「毛髪が沈殿する謎の濁り湯事件」
「おんぶを強制される事件」
「ラブ定額をケチられる事件」
「甘えろ甘えろと脅迫される事件」
「初旅行で男親友と行きたがる事件」
「20年前のプラスチックネックレスを象牙と称してプレゼントされる事件」
など、数知れず前代未聞の珍事件、腹立たしい経験が重なった。
彼のみならず、
過去の話は「だめんずうぉ?か?」に立派に投稿できる自信がある。


私は、彼と住むことをやめ、1ヶ月ほど様子を見て、あっさり別れた。
私、と言っても、今日カウンセリングで話していても、
誰の話だかよくは分からない。
つい最近のことらしいが、相手の名前がどうしても出て来ない。

あのときのあれは、本当に恋愛だったのだろうか、という疑問が、
現在の男性への態度に迷いを生じさせる。
会って2時間でプロポーズされて、婚約して、同棲を始めて、
最終的には、ラブ定額の300円がきっかけでケンカになり、
彼のDV気質を直感し、別れた。
彼を契機に覚えた、
安藤忠雄やフランク・ロイド・ライトなんかの
建築家の名前や作品、知識は覚えているのに、
肝心の彼の名前を思い出せない今の私。
一体あれは何だったのか、恋愛だったのか、
それとも寂しさを埋めるために自分を誤魔化していたのだろうか、
それとも、全ては錯覚だったのだろうか。

自分自身への不信が、恋愛に対する今の私の姿勢を迷わせる。

先生は、あやとあやの男とも会ったことがあるし、婚約者とも会った。
先生に、訊いてみた。
私のあれは、恋愛だったのですか?と。
先生は、まず第一には、
あなたは前の彼と別れて、その隙間を埋めたがっていた、と答えた。
それは、納得できた。
別れたとき、絶対に自分は幸せな結婚をしてみせる、
絶対に見つけてみせる、と意地になっていたから。
そして、先生は、婚約者は、前の彼とは全く正反対の人間だった、と言った。
なるほど、と思った。
前の彼とは全く違って、婚約者は至極地に足のついたことを言う人だったし、
前の彼とは反対に、婚約者は理数系で現実主義者、
前の彼は、助手席のドアを私に開けさせたことすらないフェミニストだったが、
婚約者は、デートでも絶対に割り勘という男性だった。


婚約者には、私は恋愛感情ではない感情を持っていたように思う。
人生を一緒に歩んでいく相手として、地に足がついたところがいいと思った。
恋愛と結婚は違うかも、と思っていた。
破局まで、僅か数ヶ月だった。
彼と会った私の親は、拍子抜けしていた。
定期購読を申し込んでいた結婚マガジンは、届くなりゴミ箱へ直行。
引っ越すに当たって身近な友人に別れを告げていたが、
また戻ってきたし、と連絡してまわった。


事務的に判断して別れたために、
付き合っている間は悩みに悩んだが、
その後、引きずって悩むことはなかった。

そう思っていたが、今日カウンセリングで話していると、
やっぱり私にとってトラウマになっていることが分かった。
短期間で恋愛し、婚約し、
破棄することになった自分という人間が、信用できなくなっている。
だから、Lのように、急激に私を好きだという人間が現れて、
私はその距離感の不自然さに嫌悪を感じていても、
もしかしたらここから発展する恋愛もあるのかもしれない、
私は、恋愛が何たるか分かっていない人間だから、と考えている。

でも、先生と話してみれば、結局私はLを気持ち悪いと思い、
40にもなって何を幼稚なこと言ってるんだ、と思い、
独りよがりで押し付けがましい男性だ、と思っている。
何が「ありがとう」だよ!と、このブログでだって怒っていた。
先生が言うには、最初に「気持ち悪い」だとか「変」と思っていたら、
少なくともそこから恋愛になることは滅多にないと言う。
思い返してみれば、私は婚約者と付き合ってみて、色んな面を見るまでは、
少なくとも好きだった。
あれは、確かに恋愛だったのだ。
だから、Lとの関係が恋愛に発展するわけはないのだ。

好きかどうかも分からない私。
馬鹿だな。
自分の心が、全然分からない。
分かっていたようで、分かってなかった。
私は、婚約者のことが好きだったのだ。
急に、彼との思い出が蘇った。


キッチン恐怖症の私が、キッチンでパニックを起こし、
ごめんなさい、ごめんなさい、と泣いて蹲るのを、
彼は大丈夫、大丈夫、と、ずっと抱きしめてくれていた。
泣いていいよ、安心していいよ、無理しないでいいよ、
キッチンに立たなくていいんだよ、繰り返し、言ってくれた。


海が好きだと言った私を連れて行ってくれて、
ドラマ「木更津キャッツアイ」大ファンの私に、
海を指差し、あそこが木更津だよ、と教えてくれた。
海岸に、なぜか乾涸びたにぼしが落ちていて、
「海へお帰り」と、海に投げ入れた私を、
彼は笑って、面白そうな目で見つめていてくれた。
海に日が沈み、オレンジ色の空と海が、
銀色、そして黒へと移り変わっていく様を、
二人で黙ってずっと眺めていた。
ずっと一緒に生きていける人が、そばにいる。
雲の上にいるような、それでいて力強い、幸福感に包まれていた。
あれは、嘘じゃなかった。
短かったけれど、彼の人間性を見極めた日まで、私は確かに彼を好きだった。
あやが死んだ後も、私はもしかしたら少しだけ、恋ができていたのかもしれない。
別れた日から、一度も泣いたことはなかったけれど、
今になって、何の涙か分からないけれど、涙が溢れてくる。


ろくでもない男だったけど、別れたけれど、今になって思える。
ありがとう。あなたと会えて良かった。
あんな私を、好きになってくれて、ありがとう。
支えてくれて、ありがとう。
分かろうとしてくれて、ありがとう。
抱きしめてくれて、ありがとう。
直接伝えることはない「ありがとう」は、私の中にこだまのように返ってくる。
そのうちに、また色んな事件を思い出して、かき消えてしまうかもしれない。
でも、大切な人だった。
私は、彼が好きだった。
認めるために、自分の内で「ありがとう」と繰り返す。



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治療日記 | comment(7) |


2007/12/27 (Thu) 放置プレイ解除 design adDict 2

da2

創刊号から大ファンになったデザイン雑誌「design adDict」の第2号が、
やっと手に入った。
10軒近くの書店を探したものの、どこも売り切れで、
取り寄せれば来年になる、と言われた。
仕方ないのでネットで注文したら、24時間以内に家に届いた。
最初から、こうすれば良かったのだ。


10月に発刊、と予告されながら、2ヶ月も放置プレイ状態。
散々待たされた末なので、期待は高まっていた。
ページを開いた途端、待たされた甲斐があった、と納得させてくれた。
今回も、とてもクオリティの高い記事ばかりだ。
前回は、世界中の雑貨デザインを徹底的に追及していたが、
今回は、現在の建築デザインの世界を徹底的に追及している。

デザイナーの上質な作品を、ページにただ羅列して、
体裁を取り繕っているようなデザイン雑誌が多い中で、
読み物としても十分に耐えうる秀逸なデザイン雑誌だと思う。
前号は、1ページ残らず楽しく読めた。


余談だが、最近、
何かと重なって体調を崩し気味で、あまり起き上がっていられない。
ベッドでの時間を利用して、久しぶりに本を読むことにした。
今は、「秋好事件」という小説を読んでいる。
千ページ以上もあって、重い本だ。
中身も、重い。
この作家は、たまに変なものも書くが、良い作家だと思う。
トリックや殺人に焦点を当てるのではなく、
人間を掘り下げる作品を書く。
推理小説家の中では、かなり好きな作家だ。

この間、松本清張の「点と線」を読んだ。
当時、センセーショナルな作品だったらしいが、その後、
このトリックを模倣した推理小説が多く出回ったせいか、
私が読んだときには、物足りなく思った。


買い溜まってしまった本が何冊もあるので、
読みながら、合間合間に「design adDict」で癒されようと思う。

ところで、今回のこの表紙、
どこかオッサンくさく感じるのは、私だけだろうか。
テーマが建築というだけでも、ちょっとオッサンくさいのに、
二人が並んで写ってたら、
なんかそこらへんの感じをダメ押ししているような感がある。
いや。二人のことは好きだけど。
前号の表紙が可愛かったのは、デザイナーが作った小鹿のお蔭だったのか。

それ以上に気になるのは、次号予告だ。
前回、次号予告が出ていたページには、
「See You Next Issue」なんて書いてあるが、
いつ発売されるのか、全く告知されていない。
次号は、ちゃんと出るのか?
出す気はあるのか?
放置プレイの後遺症のせいか、とても不安だ。


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日々日記 | comment(4) |


2007/12/26 (Wed) 記憶の産声

私には、昔の記憶がほとんどない。
覚えているのは、ずっと前からそうだったということだ。
親しい友達は出来るのに、クラス替えすると、
なぜか誰といつから友達だったのか、いつも忘れていて、
友達に驚かれていた。


母親から、私の子供時代の話を聞いた。
私は、小学生の頃から本が大好きで、
学校から自宅まで、徒歩3分のところを、
本を読みながら1時間でも2時間でもかけて帰ってきた。
帰って来ると、そのまま二階の自室に上がり、
母が見に行くと、ランドセルを背負ったまま、
立ったまま、夢中で本を読んでいたらしい。
夜、寝る時間になっても本を離さず、
懐中電灯を布団の中に持ち込んで、こっそり読んでいたという。


私は、言われてみれば、そんなことがあったかもしれない、と思う。
佐藤さとるをはじめ、江戸川乱歩、松谷みよこ、椋鳩十、
外国文学、日本文学、世界中の文学全集、図鑑、寓話、絵本、歴史、
How to本、手芸、料理、父の本、母の本、片っ端から本を読んだ。
不思議と読んだ本の記憶だけは、残っている。
その頃の私は、本の世界に住んでいたのだろう。


記憶喪失の人間は、性格まで変わるというが、分かる気がする。
記憶が蘇ったり消えたりする私は、全く自分の人格が定まらない。


最近知り合ったある方に、
私の抱える解離性人格障害の症状について話した。
自分の名前や体が、自分のものだと思ったことはないし、
だから名前は、私にとって意味がないんです、
自分の性格も良く分からないし、人格が一定しません、
というようなことを話した。

すると、少し考えてから、知人は私に、
「じゃあ、他の人になりすますの?」
と、訊いた。
多分、それが健常な自己像を持つ人の捉え方だ。
でも、「なりすます」という言葉は、私に奇妙に響いた。

なりすますなんて、できないからだ。
なりすますことが出来るのは、
自分があって初めて出来る芸当だからだ。
その時は、感覚がまるで違うことにカルチャーショックを受け、
なんだかうまく伝えられなかった。
知人も戸惑っていたし、私も戸惑った。


偶然、人格障害と闘っている方のブログを読んだ。
「つらい」「とにかく症状がつらいんです」「治りたい」
そう書いてあった。
私は、はっとなった。

そうか、私もあのとき、症状を話した後でちゃんと、
「とにかくつらいんです」と言えばよかったのだ。
実際、辛くて辛くて、
人格が定まらないまま生きていて意味あるのかな、と思うことがある。

「つらい」とか「苦しい」という語彙の存在が、私の中ではとても希薄だ。
「つらい」「苦しい」「痛い」「悲しい」などの言葉を、あまり思いつかない。
思いついても、人に伝えようとしない。
体を壊しても、病院嫌い、薬嫌いな両親の方針で、
手当てされることが少なかったからだろうか。
そういえば、ふと思い出したが、
子供の頃熱を出すと母が子供の看病に時間を取られるので、
母さえいれば良い父から、風邪を引いたり怪我をすると、よく怒鳴られた。


つらい、苦しい、痛い、記憶が消える、光が眩しい、気を失いそう、
発作を起こしそう、不安、怖い、自分がずれる、手が震える、息ができない。
もっと、その場で言うようにカウンセラーにも言われた。
習慣づけなければ、今の私では人に病気の理解を求めることはできない。
まず、自分を理解して、人に伝える努力をしよう。
昔の自分は分からなくても、今、この瞬間の記憶なら、ある。


私は、辛い。
人格障害もパニック障害も強迫性障害も、鬱も、
対人恐怖も、睡眠障害も辛い。

辛いです。



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解離性同一性障害 | comment(10) |


2007/12/26 (Wed) モニターの向こう側

クリスマスだから、と自分の精神状態を奮い立たせていた。
でも、実際の私は、数日、殆どベッドで寝たきりの生活だった。
色々な、避けられないことが重なった。
気力の全てを奮い立たせて、一本の電話をかけた。
今の自分自身ができる、精一杯のことをしたい、と思ってかけた電話だった。
誇るべき行為だった。
でも、電話を切ってから、震えが止まらなくなった。
深く関わっていくであろう人が、一人増えた。
自分で決めて、自分で距離を縮めた。
望んだことなのに、対人恐怖は関係ないらしく、
全て済ませた後になって、気が抜けた瞬間、恐怖に襲われた。


ネットの中でだけ、なんとか動くことが出来た。

とある宗教をされている方から、勧誘のコメントが来た。
私のブログを読んで、自身が救われたという、
ある宗教団体の有名な著書を「お気軽に読んでみてください」と紹介していた。
そのコメントに、私は理由を書いて辞退した。
我ながら、過剰反応かもしれない、と思ったが、せずにはいられなかった。
電話の後で、手の震えが止まらないまま、かなり無理をしてのことだった。

勧められたのは、
よりによって、私が一番よく知っていて、一番拒絶したい宗教団体だった。
勧めた方は、私が同じ信者だったとは思えなかったのだろう。
両親の意向で3歳の頃から供にあった信仰だ。
紹介された著書を、私はリアルタイムで読んできた。
教義だって、システムだって、紹介されずとも何だって私は知っている。
なぜ、私にその人がその宗教を勧めるのかも、自身が信者だったから分かる。
教義、心理状態、私がこう書けばこう反論するだろう、
まで全て手に取るように分かった。
もう二度と、私は戻る気はない。


ブログだから、顔が見えないからといって、
無神経に宗教の話を扱うべきじゃない。
初めて出会った相手には、
何を信じているか、という前に、自分はどんな人間か、を語るべきだ。
これを信じてみたら?と言う前に、互いのことを知るべきだ。
それが、当たり前のコミュニケーションだ。
それが、ネットの世界であれ、互いを尊重する基本だと思う。


自身が深く信じている宗教に人を勧誘したいと思ったとき、
間口を広くしようとするあまり、
「どうぞお気軽に」と、妄信している人間ほど言う。
まるで無人契約機の宣伝文句のようだと思う。
そう勧める自身は、「お気軽に」なんて、決して考えてない。
重要だからこそ、人に教えたいと考えている。
ならば、お気軽ではなく、誰にだって慎重に大切に、
語らなければ勿体無い。
宗教、信仰とは、決して気軽なものじゃない。
人間が生きていく上で、とても重大な問題だ。
命を語るように、宗教は語られるべきだ。
コメントは、私のものだけ公開させて頂く旨、伝えた。
近く、宗教論の記事を更新する予定だ。


手が震えて止まらず、吐き気と頭痛と倦怠感、不眠と悪夢でうなされた。
同じシーンを夢の中で6回繰り返しさせられて、
背中をマシンガンで6回撃たれた。
背中の肉がボロボロになった。
でも、リノリウムの床を染めた自分の真っ赤な血が、美しかった。
怖くて凶悪で美しい夢だった。
薄いペールグリーンの病室、広い夜のショッピングモール、
300キロ程の速さで飛んだ東京の上空、
螺旋を描いたコンクリートの巨大な建物、
小さな薔薇色の部屋に住む少女が書いた、美しい恋愛小説、
悲しい少年と、黄緑色の草が両側に生える小道、
銀色に光るナイフ、世界の終焉、世界の始まり、
風の音、少女が小声で歌った綺麗な歌、絶叫、
マシンガンの音、真っ赤な血、黒髪の女性の怒り、
私へ向けられた刃、何度も殺される私、何度も生きる私。
イブの夢は、鳥肌が立つ程に恐ろしく、凶暴で、
それでいて、穏やかで美しかった。


夕方になって、パニック発作を起こし、ようやく頓服を飲むことを思いついた。
きっちり1時間で薬が効いて、やっと1時間だけ熟睡できた。
自分のことだが、いつまで経っても他人事のような感覚。
あまり進歩がない。


こうしてクリスマス前後の自分の様子が分かるのは、
今日になって、客観的に自分を見ることができたからだ。
自分のことが分からない私もいるが、分からない私を見ている自分もいる。

来てくださる方、訪問先、どこのブログでもクリスマスの話題で、
殆どベッドにいた私は、クリスマス気分を味わえて、とても救われた。
自分でも何かできないか、と画像をアップしてみたりした。
クリスマスというイベントを前に、逆に鬱を悪化されている方もいた。
そんな正直な姿にも、私は勇気付けられた。

モニターの向こう側の誰か、顔も見えない誰か、
それでも、大切なたくさんの誰か。
私の深くに、確かにリンクしている。
元信者と知らず、私へ勧誘のコメントを書いた方にも、今は感謝している。
コメントを返し、そのコメントに、謝罪の言葉を添えて返信してくださった。

モニターの向こう側で生きている人たちが、色んな形で、
私の脆弱で曖昧な人格、ばらばらのパーツを、補強してくれている。
不思議な事実だ。



興味をお持ちの方は、よろしければこの下のコメント欄をご覧ください。
信者の方宛のものなので、元・現信者しか分からない専門用語だらけですが。
今回、都合上、ある宗教団体について書きましたが、
特定の宗教団体を攻撃、批難、中傷することは、私の意ではありません。
ご了承ください。

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日々日記 | comment(8) |


2007/12/24 (Mon) ほんの近くのクリスマス

昨日、夕方から、ふらっと散歩に出たら、
近所で思わぬイルミネーションに遭遇しました。

某野球選手の家です。
車で毎年見物に来る人たちもいて、あたりは見物人で騒然としていました。
毎年、エスカレートしていると噂には聞いていましたが ↓↓

ilumination1.jpg

「ラスベガスやん!」と、ツッコんでしまいました。
ビカビカしてます。 すごい明りの量です。

ilumination4.jpg

持っていたのが、コンパクトデジカメだったので三脚なくて、ちょっとぶれてます。
キティちゃん、ドラえもん、キティちゃん、またドラえもん、と、
著作権など全く無視の、なりふり構わぬエンターテイメントぶり。

私が一番気に入ったのは、これ ↓↓
ilumination2.jpg

大きさは、大人でも一抱えするくらいの大きさ。
ゆっくり開いたり閉じたりする、プレゼントBOXです。
トナカイも動いてたし、最近は、動くイルミネーションも増えてるんですね。

子供が、歓声をあげて走り回っていて、可愛かったです。
中途半端なイルミネーションは、たまに寂しくなることもありますが、
ここまで徹底的にやられると、
皆に見て楽しんで欲しい、という気持ちが伝わってきて、爽快です。

皆が見てる中、件の野球選手が車で帰ってきました。
挨拶したら、挨拶を返してくれて、ちょっと嬉しかったです。


家まで帰る道すがら、
静かな雰囲気のイルミネーションで飾られた家がありました。
対称的で、こちらは、見ていて穏やかな気持ちになれました。
小さなこれ↓↓ が、
絵本の1ページを見せてもらったような気持ちになりました。
ilumination3.jpg


最近、体調が悪くて、出かけたりは出来ない私でも、
徒歩でクリスマス気分を味わうことが出来、
イルミネーションしてくださっている家の方達に、
ありがとう、と言いたい気持ちでした。

皆さん、大切な方達と、温かいクリスマスを過ごされますように。
Merry Christmas.


* ura + cotori *
こちらも、よろしければどうぞ。
クリスマスの写真を掲載しています↓↓
<手作りお菓子のサンタの家 >


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大阪駄文 | comment(10) |


2007/12/23 (Sun) ほんまにすごかった!サンドウィッチマン!!!

すごい! ほんますごい!! サンドウィッチマン!!
思いっきり笑って、最後は思いっきり泣かせてもらった。
文句なし!!
感動したー!

最後、キングコングかサンドウィッチマンだと思ったけれど、
キングコングは、最初のネタがいまいちだった。
途中で見るのを、やめてしまったくらい。
勢いは感じるけど、がっつき過ぎてて、
見ていて、ちょっと不安だった。
二度目のネタは、よかった。
キングコングらしくて。とてもよかった。
サンドウィッチマンが、
さっきと同じレベルのネタをやらない限りは、優勝するだろう、と思った。

でも、サンドウィッチマン!
ようやった!!
1つ目も2つ目も、安定した面白さ!
ネタも作りこまれてて、完璧!
既に何十年もやってきたかのような、落ち着いて見てられる漫才。
緩急自在なボケとツッコミ!
素晴らしかった。

キングコングにも優勝して欲しかったけど。
彼らも、お笑いの世界で長年苦戦しているし。
同様な理由で、エントリー制限ぎりぎりの笑い飯も応援していたが。
去年と同じことやったら、あかんやろ・・・ちょっと変えてただけやん。


とにかく、サンドウィッチマン!!
素晴らしかった!!
笑いと感動を、ありがとう!!


今、コメントいただいていることに気付きました。
ありがとうございます。
ちょっと落ち着いてから、返信させていただきます。

サンドウィッチマン!!
ようやったーー!! おめでとう!!


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大阪駄文 | comment(9) |


2007/12/23 (Sun) 手作りお菓子のサンタの家

sant_house1.jpg


サンタの家を、お菓子で作ってみました。
毎年、クリスマスにクリスマスケーキを作ってきましたが、
凝り性なため、年々エスカレートし、
ある年、ついにサンタの家を建設する決意をしました。


ブッシュ・ド・ノエルなんかは、作った経験があるものの、
立体の家は経験がなく、私の文系頭では設計するのも、面倒。
まずは、ネットで調べてみました。
ほとんど、記事も画像もありませんでした。
幾つか見たのは、
市販のウェハースやパンなどを組み立てて作られた、サンタの家。

それは、少なくとも私の理想の家では、ありませんでした。
私こそ、本物のサンタハウスを作ってやる、と妙なプライドを刺激され、
設計から建材製作、建築まで、オールハンドメイドに挑戦しました。
よりリアルな家を目指して、素材はクッキーを選択したのでした。


高さは、屋根まで入れると30センチ近くでしょうか。
上から見たところ↓↓
sant_house3.jpg

家の庭(?)には、チョコレートの砂利を敷き詰め、
雪がわりにパウダーシュガーをふりました。
屋根、煙突、窓、ドア、壁、全てクッキーで作ったので、
小麦粉を、1キロは軽く使った覚えがあります。
接着がわりに、生クリーム、白のチョコペンを使いました。
赤いのは、アンジェリカ。
ドアの雪の上には、5色のゼリーの破片。
雪だるまとサンタ、トナカイは、マジパンです。
これは、さすがに既製品です。
sant_house2.jpg


sant_house4.jpg




後で、「クッキー」を選択したことに、何度後悔したことか。
実際作ってみて、なぜ皆が市販の軽い素材で作っているのか、よく分かりました。
クッキーは、焼いているうちに膨張したりします。
焼きあがっても、重過ぎてバランスが悪く、
立体を形作るには、神業のバランス感覚が必要。
トランプで塔を立てる、あれ、まさに、あの感覚でした。
屋根に亀裂が入って、一枚丸ごと焼き直すはめになり、
ドアは立てても立ててもバタンバタンと倒れ続け、
苛々するけど、苛々すると手元が狂うし、
叫びたいけど叫べば手元が狂うし、
うまくいった、と思って息を吐いた瞬間、倒れるし。
隣でチキンの丸焼きを焼いてくれている当時の恋人はそっちのけで、
一人泣いたりキレたりしながら、家との孤独な戦いを続けました。
私のこだわり癖を知る当時の恋人は、私を温かく見守ってくれて、
とても有難かったです。

数時間後、この家が出来上がったときには、うれし泣きしました。
男泣きしました。
本気で。


しかし。
設計士たる私の性格が、災いしました。
基本、いい加減でアバウトな性格のため、この家、
耐震強度1 です。
そよ風には耐えられますが、やや強度の風で倒壊の恐れあり。
隠そうとしても隠せぬ建築士の人となりが、作品に顕著に表出。


実際、こんな危ない家、住めやしませんが、
裏側にさえまわらなければ、なかなか良い出来ではないかと思います。

無謀にも、某レシピ投稿メガサイトに、公開してみようかと思いましたが、
設計図もレシピも残っておらず、いい加減にも、この画像のみ。
諦めました。


真っ暗な部屋の中、恋人と二人で飾りつけたツリーの淡い光に、
静かに静かに照らされていた、このサンタの家。
そのときの美しい光景と幸福感は、今でも、よく覚えています。


お菓子作品として、アップしてみました。
クリスマス気分を味わって頂けたら、嬉しいです。



さあ!
イブイブといえば、M?1グランプリ!
ついさっき、始まりました。
去年は、文句なしのチュートリアルの優勝。
笑い飯は、さすがにそろそろ優勝をあげたくて、毎年応援するものの、
テンポがいまいちで、シビアにも落とされ続けてる。
ああ・・・笑い飯 今やってるけど・・あかんのちゃうかなぁ・・・・。
頑張ってるのになぁ・・・去年と同じ雰囲気がする。やばい・・・!
今年は、どこが優勝するんやろ?!
ドキドキしています。
実力のみの漫才勝負。
皆、頑張りや?!と、エールを送っています。


今日、イルミネーションの写真が撮れたので、今日か明日アップします。



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ハンドメイド | comment(7) |


2007/12/23 (Sun) 羊は数えない

2007.12.22_diary.jpg

<小さなカフェのクリスマス・ハワイアンライブ>

今日は、何人の人と話したか分からない。
英会話クラスでは、8人の人を前に全く拙い英語で自分の近況を話した。
クラスが終わってから、クラスメートのIさんの娘さんと二度目の対面。
Iさんが、何か特別な思いで私を娘さんに紹介してくださったのを感じた。
Iさんの娘さんは、少し元気がない印象で、同じ心の病を持った者として、
何かできないだろうか、と少し考えてしまう。
少し話したら、返してくれたから嬉しかった。
友人になれそうな気がする。


HさんとNさんで、新年会の会場予約も兼ねて、いつものカフェへ。
1時間半後に始まるというハワイアン&フラのライブを待った。
HさんとNさんと、色んな話をした。
Hさんは、60歳を過ぎた男性だが、とても面白い。
好奇心旺盛で、のらくらとした浪花弁でクラスを和ませてくれ、
またそつのない世話好きで、苦労を引き受けても、ひけらかさない。
人間味溢れる、好人物だ。

初めて会ったときから、私はこのおっちゃんがかなり好きだ。
いつか、個人的に話せないかと機会をうかがっていたから、
今日はかなり嬉しかった。
彼は、私のことを今日、こんなふうに評してくれた。
「あなたは、好奇心旺盛で、色んなことに興味を持っていて面白い。
あなたの話題は、面白いですよ。物怖じしない、いいものを持ってますなぁ」
とても嬉しかった。
職業を聞かれたから、
「蓄えがなくなるまでは、無職です」と笑って答えた。
そりゃいいな?と、おっちゃんも笑っていた。
私が、精神科に通院しているなんて知ったら、驚くだろう。
そして、こんなふうに人と笑って話せる日が、
対人恐怖症だった私に訪れるなんて。
人と挨拶どころか、知らない人とすれ違うだけで、
恐怖で叫びそうになって涙が止まらない時期が、あったのに。
自分自身で、驚く。
嫌な人も嫌な過去も何でも背負わなければ、と生きていたときには、
なぜか自分が好きだと思える人は、そばにいなかった。
嫌なものを抱えている自分が好きになれなかったから、
私を好きじゃない人が集まってきていたのだと思う。

ゴルフの話や、絵画の話、それぞれの家族の話、趣味の話、
海外旅行の話、クラスメートの話、とにかくどれも面白くて、笑い続けた。
本当に、人って面白い。


ハワイアンライブのメンバーが準備を始めた。
経験のない私は、スチールギターや最新のギターを知らなくて、
準備しているメンバーに話しかけて、色んなことを教えてもらった。
一眼レフで、テーブルのポインセチアを撮るのに苦心していたら、
メンバーの一人の男性が、「それ、マクロレンズやな」と声をかけてくれた。
銀塩写真からカメラの世界に魅入られた彼は、
かなりのカメラマニアで、色んな貴重な話をしてくれた。
これを機会に、色々アドバイスを貰った。
ああ、また知らない人と話せてる、と思った。
ライブの後も、自分からどんどん声をかけて、ダンサーの人とも話した。
とても楽しかった。
知らない人と話すことが、やっぱり私は好きだ。
こんな私は、本当に病気なのかな、
実は健康なんじゃないのかな、とふと思った。


ハワイアン音楽とフラダンスを、はじめてちゃんと見た。
ふんわり優しくて、体全体を使った手話のようなダンスだ。
ハワイに行ったことはないが、多分、絶えず波が優しい音を奏でる、
大らかでゆっくりとした時間が流れる島なのだろう、と思いを馳せた。


頓服で紛らわせていたが、カフェに来た時間帯には薬効が切れ、
少しずつ異変を感じていた。
ライブの途中から、自分が誰だか、また分からなくなっていた。
帰りには、ぐったり疲れていた。
何だか分からないけれど、心が重い。
すごく楽しかったけれど、一遍に色んな人と話したせいか、
頭の芯が鈍くて重くて、一人の部屋で寝てしまいたくなった。

急に、不安になった。
こんなんじゃ、私は社会復帰できないんじゃないか。
これは、重大な病気なんじゃないか。
治らないんじゃないか。

さっきは、自分は病気なんだろうか、とさえ思ったのに、
今度は、一気に急降下。
思考がうろうろと彷徨う。
自分が、定まらない。
一日、とても楽しく過ごした。
けれど、自分が定まらないのは、なぜだろう。
どこかで、少し無理をしたんだろうか。
どこだろう。


Nさんに、彼女が続けているボランティア活動の詳細を幾つか訊いた。
とても勉強になった。
私は私の信じたやり方で、ひとつずつやり遂げていこう。
Nさんが、同じ活動をしている友人と会ってみる?と言ったので、
私は、会ってみたいですね、と答えた。
本当に、会ってみたいと思ったからだ。

でも、帰ってきて、心が重くなった。
会ってみたいけれど、怖い。
多分、日にちを決めて会いに行くということが、怖いのだと思う。
明日の体調も分からない今の自分で、誰かと会う約束をするのは怖い。
家から数十メートルの距離の店へ出かけることですら、
明日こそ、明日こそ、と1週間かかったりするのに。

着物は、着れなかった。
着ていたら、多分ライブには行けなかっただろう。
残念だけど、今の私が持っているエネルギーでは、
今日のペースで精一杯だった。
色んな人と出会って、話して、たくさん笑って。
それが出来ただけで、今日はいい。


したいと思うことと、実際できることは違う。
心の病気は、難しい。
今日一日、出来たことだけを数えて、眠ろうと思う。



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日々日記 | comment(4) |


2007/12/21 (Fri) キャラメル

2007.12.21_diary.jpg


フラッシュバックで完全に体調を崩し、
病院とカウンセリングで新しい情報を仕入れ、
私の頭と心は、自覚はないけれど、ものすごく疲労したのだと思う。
朝起きてすぐ寝て、また起きて寝て、
を繰り返して、一日ほとんど寝ていた。
とにかく一日中寝ていた。

夢の中で、やたらと美味いキャラメルを食べた。
悪夢も見たけど、あのキャラメル、おいしかったなぁ。

皆さん、夢の中で食べ物食べますか?

私が今まで夢の中で食べた中で一番美味しかったのは、
夢の世界の架空のフルーツ「ドラゴンフルーツ」だった。
丸いサボテンに出来る黄緑色の丸いフルーツなのだが、
こちらのブログの<dream>を
一向に更新できないので今はお伝えできないが、
それはそれは美味しいフルーツなのだ。


どうしても外に出なければならない用事が出来、
一念発起して嫌々夕方に外に出た。
全行程20分ほどの外出の予定だった。


そんな日に限って、帰りに猫3匹と遭遇した。
しかも、2匹は以前、一度挨拶だけは済ませた猫だった。

覚えてる?と話しかけたが、覚えているような忘れているような、
何か言いたげな目で、トラは、じーっと私を見る。
白黒ブチは、高い塀に登って、行儀良く前足と尻尾を揃え、
高みから、私を観察する姿勢。
いつも忘れないカメラも持ってないし、挨拶代わりの手土産も持っていない。
しばらく雑談して、といっても相手は猫だが、
毛並みや顔つきなど褒め、住まいを聞き、健康状態などを聞き、
季節柄からだを大事にね、と話し、自己紹介をし、
覚えておいてね、と伝えて帰ってきた。

変なやつだ、という顔をして三匹は私を見送っていた。


地道に友達猫を探しているが、
いつもなぜか手土産、デジカメを持たないときに出会う。
猫と会い、猫と友達になって写真を撮らせてもらうには、コツがあるらしい。
写真家、岩合光昭氏の「猫を撮る」という本を、やはり購入するべきか。


そんなわけで、写真は、猫じゃない。
ある日に出会った、近所の店の看板犬。
カメラを向けて「こっち向いて」と言ったら、
本当にカメラ目線でポーズを取ってくれたので感動した。
こういう素直さは、猫にはないので、犬も良いものだ、と思う。


明日は、久しぶりに英会話に行く。
教師がセクハラ外人なので、英語の上達は諦めたが、
友人たちと会えるのが楽しみだ。
夕方には、教室の近所のカフェの、ハワイアン・フラのライブに出かける。
クリスマスライブらしいので、
クリスマス&ハワイっぽいコーディネートで、
着物を着て行こうかな、と思っている。
でも、クリスマスでハワイアン、て何?


夕方から、ベッドでコーディネートを色々考えた。
赤と緑の落ち着いた着物に、サイケな色彩の猫柄の手製の帯、
帯締めにパールをつけて、小さいサンタと星の根付をさげよう。
髪を上げて散らして、爪はラメにして。
なんか考えてるだけで楽しいが、考えてるだけで疲れた。
まだ、気分が回復しきっていないせいかもしれない。
心の病気は、本当に明日どうなのか、が分からない。
予定が立たない。


アンティーク着物の流行も、すたれ気味だし。
一時期、流行った自己流な着物アレンジが低調になった気がする。
豆千代とか、最近見ないし。
皆、正統派な紬や、絞りや綸子に気をとられているような。
私は、一番、銘仙が好きだ。
正統派もいいけれど、洋服みたいに着る、自由な着物が好きだ。

クリスマスに着物を着る、て楽しそうだ。
体調が良かったら、久しぶりに頑張ってみようと思う。
駄目だったら、年越しにもう一度頑張る。
せっかく身につけた腕は、やっぱり使わないと落ちる。
頑張ろう。


良く寝ることは、すごく大事だと思う。
寝ることで随分、回復した。
美味しいキャラメルが食べられたのも、良かったのかもしれない。
柔らかくて甘くて、
少しほろ苦いキャラメルが口の中で溶けて、幸せだった。
夢には、色んな優れた機能があるようだ。



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日々日記 | comment(12) |


2007/12/20 (Thu) ひかりとかげ

前回の記事に頂いたコメントのお陰で、カウンセリングに行けた。

決めた通り、ちゃんと話そうと思ったけれど、怖くてたまらなかった。
「あやが」と言ったきり、しばらく言葉が出なくて、涙ばかり溢れた。

頂いたコメントが、私の背を押してくれた。
「あやは死にました。殺されました。もういません」と伝えた。
いつ死んだのか、と訊かれたから、
フラッシュバックで思い出したシーンを話した。

先生は、あやを知っている。
あやと彼と一緒に、何度もカウンセリングを受けたし、
「あやちゃんは・・」と思いだして話してくれる先生は、
ちゃんと私が知っているあやの愛らしさ、純粋さを知ってくれていた。

一人でも、あやを知ってくれている人がいて、良かった。
私は、「あんなにいい子だったのに。あんなに一生懸命生きたのに。
あやがかわいそうすぎる」と泣いた。


あやが、妊娠・堕胎を怖がっていたことも、話した。
レイプは、セックスでも何でもなくて、ただの暴力だと思う。
それでも、快感を感じて二度も射精しやがった男は、単純に死ね、と思う。
あやはなぜ、あいつを殺さなかったんだ。
「男の支配欲」とか言い訳をしようが、
愛しているが故と言おうが、私は許さない。
あやの男は、堕胎手術について行く、と言ったが、
ついて来たから何なんだろう。
彼が蹂躙して射精した私の膣に金具を突っ込んで、
麻酔なしに生きたままの赤子の体を切り刻んで、
ピンセットでお前が取り出してくれるのか?


女は、いつまでも覚えているものだ。
自分の体に宿った命のことを、たとえ一日だったとしても覚えているものだ。
1年経てば、あの子が生まれていれば一歳だったろう、と思うし、
20年経てば、あの子が生きていれば二十歳だったろう、と考える。

DVで、夫に血が出るまでレイプされて何度も望まぬ妊娠を強いられて、
子供ができる度に堕胎手術を受けさせられている友人がいる。
手術で失くした子供の性別を全て覚えている。
酷すぎる。
セックスでも何でもない。
レイプは、ペニスを使った殺人だ。
でも、罪悪感を背負って生きていくのは女性だ。
自身に宿った、自身の一部を生きたまま切り取られ、
廃棄物として捨てられるのは、女性の身体だ。
男の屑の豚野郎。
レイプするなら麻酔なしでお前のペニスを切り取って捨ててやる。


先生は、あやはまだ生きている、と言った。
私は、なんで?と叫びたかった。
あやは、死にました。もういません。
そういったけれど、
「あやちゃんが死んだといって泣いている、あなたの中で生きているのよ。
前のあやちゃんとは違ってしまったかもしれないけど、生きてるのよ」
と先生は言った。
私は、あやが死んだ、と思ったとき以上に絶望した。
私の心を読んだように、先生が訊いた。
「それとも、あやちゃんが死んだと思いたい? 生きてると思いたくない?」


頭を殴られたような衝撃だった。
そうだ。
私は、あやが死んだと思いたい。殺されたと思いたい。
あんなにひどい目にあって、
あんなに純粋で傷つきやすくて優しかった彼女が、
涙の一滴も出なくなるくらい、消耗しきって疲れきって、絶望して。
それでも、まだ生きているんだとしたら、その方が残酷すぎる。
そんなの、あやがかわいそう過ぎる。

先生は、彼のペニスを切り落としたいと思ったとき、同時に一緒に
あやちゃんも切り捨てるしかなかったんじゃないの?と言った。
あやちゃんがかわいそうだから、あやちゃんは殺されたんだ、と
あやちゃんの悲しみ、
Yへの怒りを、あなたは伝えたいんじゃないのか、と。


その通りだと思った。
あやは、殺された。
私にとって、愛しくて愛しくてたまらない、いつも明るい笑い声を立てて、
好きな人を信じて、甘えて、頼って、たまにわがままを言って、
そんなあやの喪失に、私は悲しいと同時に虚しくて腹が立って仕方ない。

でも、分からない。
じゃあ、あやと彼を一緒に切り捨てたのは誰?
私なのか? 
私が、まだ生きているあやを、死んだことにして、
生きているあやを棺に入れて、埋葬を美鈴に任せたふりをして、
私の都合で、あやを死んだことにしているんじゃないんだろうか。



美鈴のことも、5?7歳くらいの子供のことも、彼女たちの姿も、
幻聴で聴いた美鈴の声も、
青い会議室で会議していた黒いスーツを来た男たちの声と姿も話した。
以前も話した気がするけど。
先生は、幻聴や幻覚が起こる場所に意味があるという。
そういえば、ほとんどキッチンで起こる。
キッチンに立って食器を洗っていると、幻聴幻覚が起こることがある。
目を開いているのに、声と映像が見える。
虐待されるのはいつもキッチンだったから、キッチン恐怖症。



SMプレイなんてやるくらいには、私はセックスが好きだ。
生々しい行為ほど、愛しく感じる。
女性としての自分が好きだし、だから男らしい男性が好きだ。
あやが私の一部というのなら、甘えることも頼ることも好きだ。
けれど、今の私には男性と手を繋ぐことすら怖い。
どうして、男性はレイプしてても快感を感じられるんだろう。
暴力を、楽しむことができるんだろう。
射精に、無関心でいられるんだろう。
男性は、恐ろしい。
怖い。
これは、美鈴じゃなくてあやの記憶。
あやが感じたことだ。
私は、一体誰なんだろう。
そのことになると、先生といくら話しても分からない。
あやが生きている、と言われても、やっぱり分からない。


病院で言われたことを話し、私は自分のことが分からないが、
今、十分すぎる位休んでいると思うのに、
これ以上何をすればいいんですか、と訊いた。
何を基準にあとどれくらい休んだらいいのだろう、と。
先生は、あなたは自覚していないけれど、
ちゃんと自分の意志で動いてるのよ、
と具体的に私の行動と発言を教えてくれた。
「カウンセリングに来たくなかった。でも、来た」
「あやのことを話すのが苦しかった。でも、頑張って話したかった」
「医者にあやのことを考えるな、と言われた。でも、考えたい」
確かに。
私は、いないようで、ちゃんと何か意志を持って動いている。
ただ、離人感が強すぎて、身体と意識が分離して見えないだけだ。


帰りの電車の中で、どうでもいいことを思い出した。
何年も前、付き合っている彼氏がプロポーズしてくれない、
と知人の女性は不満を口にした。
結婚願望がないし、今結婚する気はない、と言われたらしい。
彼氏に黙って、全てのコンドームに針で穴を開けた。
笑って、そんな話を聞かされた。
間もなくして、彼女から結婚式の招待状が来た。
できちゃった婚、だった。
私は、結婚式に出席しなかった。
多分、新郎はにこにこと幸福そうに微笑んで、
愛する新婦とリボン付きのナイフを握って、
ケーキ入刀、なんてやったんだろうけど。
豪華なドレスと、大仰なBGMと、
拍手と涙と祝福の嵐、だったんだろうけど。

人間は、本当に複雑で、光と影、愛と暴力で出来ている。


最近、ほとんど食欲がない。
でも、今日は病院とカウンセリングに行った帰り、
たこ焼きも買えた。キイルのサンドイッチも買った。
あやが、まだ死んでいないかもしれないことも聞いた。
私には、まだ分からないことだらけだ。
生きていくということは、なんて苦しい。
苦しすぎる。

でも、生きる。
私は、生きる。
生きて、あやを探さなきゃいけない。


関連記事
<セックスと。甘いいちごと。どろんこハリー。>
<あやを殺した男>
<赤ちゃんパズル>
<彼女の棺>
<彼女の死亡届け>

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治療日記 | comment(6) |


2007/12/20 (Thu) 彼女の死亡届

病院 2007.12.20


朝から予約どおり、ちゃんと病院に行けたのは良かった。
無意識で、気がついたらN先生と向かい合っていた。
ぼーっとするが、前回のカウンセリングで得た教訓をもとに、
自分の症状をできるだけ伝える。

記憶がないこと、パニック発作に襲われること、手が震えること、
眠剤が効かず何度も起きること、5時から毎日寝込むこと、
それから、あやが死んでしまったこと。

私はどうしたらいいんでしょうか、と先生に訊いたら、
「彼女のことは、そっとしておいてあげてください。考えないようにして。」
と言われた。
それは無理だ、彼女のことを考えないなんて、無理だ。
死んだのに。殺されたのに。
あんなに頑張って、必死で生きて必死で愛して、でも死んでしまったのに。
死んだ彼女に、金や嘘やプロポーズや何百種もの短歌や、
今更なんにもならないゴミを投げつけて、彼女の死体を更に踏み躙った男がいるのに。
言葉にならなくて、ただ一言しか言えなかった。
「あまりにも彼女がかわいそうです」
言ったら、涙が止まらなくなった。
あやもいない美鈴も不在の私は、とてもとても脆い。
なんでこんなに弱いんだろう。
あやは、まだ生きてるんじゃないか、と思いたがっている。
でも、死んでしまった彼女は、もう生き返らないのも知っている。

あやが死んでしまって、私は本物の人間不信に陥ってしまったように思う。
彼女がいたから、私はまだ、きれいな心でいられた。
今の私は、誰も近づくな、誰も私を救おうとするな、一人でいいんだ、
と、強がって強がって、強がりすぎて、
あやは死んで乾涸びていくだけで、
美鈴は、とりあえず彼女に出来ることはないから、冷静に私を遠くから見ている。
夢で出会った、あの5,6歳の女の子。
あの子が今の私を見つけたなら、私は間違いなく彼女のあの目で殺される。
本当に私は一人だ。


CPTSDって簡単に名前がつくけれど、「複雑性」ってまさにその通りだ。
何に引っかかって自爆するか分からない。
フラッシュバックを避ける方法が、いまだに分からない。
避けていたら、私は誰とも向き合えないし、外の世界に出て行けなくなってしまう。
信じられる人を探しに、自分の足で歩いて、自分から外に出なければ、
誰にも出会えないのに、こんなところで、苦しい苦しいと言って、
泣いてるだけで死にたくない。


あやが死んだことは、なかったことにしておいた。
あやはいなくなったみたいだけど、あやが学んだ教訓を糧に、
美鈴は冷静に人生を進めようとした。
でも私とあやと美鈴の境はとても曖昧で、
どこからどこまでが自分で自分じゃないのか、
別人格なのかそれとも全て私なのか、離人症状が強すぎて判別できない。



パキシルとソラナックスを増量して、
更に新しい薬を追加しましょう、と先生に言われた。
私は、断った。
薬は増やしたくない。
何かに頼りきりたくない、もたれたくない、信じたら危ない、
という気持ちが、薬に対しても影響を及ぼしている。
戦わなくちゃ。戦わなくちゃ。と思う。
薬もいいが、ぼんやりする。
寝てる場合じゃない。
私は、一人だ。
認めたくなかったけど、あやは死んで、もう土の下だ。
私の人格の椅子は、空っぽで誰も座っていない。
美鈴は、ろくでなしの恋人を切り捨て、新しい恋人と婚約し、
裁判で勝訴と和解を勝ち取り、ろくでなしだった婚約者を切り捨てた。
個人で経験のないデザインの仕事もしようとした。
資格も取った。
面接も受けた。
受かっても、条件を考えて、蹴った。
自分を安売りしない美鈴のやることは、いつも正しい。


それとも、全ては私一人がしてきたことなんだろうか。
あやも美鈴も、私の役柄でしかなくて、
だから全部、苦しいこと悲しいこと痛いこと、人間不信を
私が全て持っているんだろうか。

世界が薄まって、誰もいなくて自分しかいない。
誰に支えてもらうでもなく、
今の私で、誰かと関わったり、誰かに恋したりしなければならない。
そんなこと、到底できそうにない。
もう一度人を信じること、男性を信じること、考えただけで怖い。
私は、死にたくないから。
せめて、生きていたいから。


あと数時間で、今度は、カウンセリングに行かなければならない。
行きたくない。
眠剤を飲んで無理やり眠って、
それから頓服を飲んで、とにかく行かなくちゃ。
あやの話をしなければならないけれど、したくない。
ずっと避けてきた。
先生も、訊かなかった。
多分、忘れたふりをしている私を知っていたんだろう。

あやは死にました、と一言。
一言でいいから、言え。

泣くことを恐れるな。
叫ぶことを恐れるな。
傷つくことを恐れるな。
自分のトラウマを恐れるな。
あやの死を恐れるな。
頑張れ。
頑張れ。
生きろ。


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解離性同一性障害 | comment(4) |


2007/12/19 (Wed) 彼女の棺


気がついたら 指先から血が出るまで 指の皮をむしりとっていた

死ななきゃ 死ななきゃ と頭の中で声がする

生きてても何にもなってないよ

お前が死んだって誰も困らないよ

付き合ってる男性もいないし

恋愛したいと思っても 恋愛がなにか分かってないし

記憶もないし たまにフラッシュバックで

思い出したくないことばかり思い出して

男性すべてを 罵って呪って 自分をけなして

それだけで生きてる 



そのとおりだから 言い返せない

男性を好きになるのは もう無理だ

分かってる

あやが死んでしまって

まだ あやを殺した男を憎んでいる私が

誰かに恋するなんて無理だ


甘えたい 守られたい そばにいてほしい 声がききたい

抱きしめられたい 安心したい 信頼したい

そんな気持ちは全部あやの棺に入れた

あやが生まれて あやが貰ったプレゼントだから

全部あやの棺に入れた

美鈴が入れた



美鈴は あやとは無関係だから

学習だけする

男性を信じるのは危ない

弱みを見せて ついてくる男は危ない

ふたりなのにひとりで泣くくらいなら

ひとりで泣くほうがまし

美鈴が決めた



甘えたら危ない

信じたら危ない

抱きしめられたら次は突き放されるし

安心したら次は突き落とされる


美鈴は 多分恋愛はできない

婚約した男に見切りをつけて

喧嘩して破棄したのは美鈴だ

美鈴のやることは 正しい

考え方が大人だし 

事務的に物事を片付けられて 礼儀正しくて厭味がない



私は あやの死をまだ受け入れることが出来てないから

私は あやのことを考えると死にたくなるから

かわりに世話好きな美鈴が あやを悼む


美鈴はちゃんと一人でやれる

あやが死んでも やれるはず

あやは弱すぎた

人を愛せる分 弱すぎた

純粋すぎた 子供だった



美鈴は対人関係に強いけど 

ときどき無理をし過ぎて体を壊す

とにかく喋って喋って躁病みたいに元気で

大概のことを 何とかやりこなす

ただ 大概体を顧みない



明日 病院とカウンセリングに行けるだろうか

あやが死んだことが悲しいんだと 先生に言えるだろうか

あやの話はしたくない

あやはもう死んだと 先生に言ったことがない

悲しくて悲しくて 今だって悲しくて仕方ないのに

あやはどこに行ったの?と訊いても多分

あやはあなたの一部よ と先生は言うだろう

それともやっぱり 死んだと言うだろうか

Yに会ったとき

随分雰囲気が変わったね と言われた

あやが死んだからだ

あれは美鈴だ

美鈴はズケズケYにものを言って

さばさばてきぱき歩いた

交差点で今生最後の握手を求められて

美鈴は冷めた顔で 嫌々指先だけで握手して

Yと交差点で別れた 振り返りもしなかった




あやが死んで 私は生きてる意味があるのか

意味なんて求めるのは意味がないことをもう知ってるから

私は明日も生きていく


あやの棺の場所を知らない

多分 美鈴も忘れただろう

誰も知らないあやの棺

あやが抱いてるプレゼントの山も

あやの亡骸と一緒に朽ちて 

そのうち ただの塵になるだろう

墓標もない 静かな静かな土の下で



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解離性同一性障害 | comment(0) |


2007/12/19 (Wed) 赤ちゃん解体パズル


性的・暴力的描写を含みます。
フラッシュバックに、ご注意ください。
コメント、受け付けています。
誹謗・中傷等のコメントに関しましては、予告なく削除させて頂きます。
ご了承ください。

関連記事
<セックスと。甘いいちごと。どろんこハリー。>
<あやを殺した男>

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あやは、男性が嫌いだった。
自分勝手でロマンチストで、横暴なくせに傷つきやすい。
すぐ怒鳴るし、すぐ手をあげるし、すぐにあやを置いていってしまう。


あやが、最初で最後、
はじめて心から愛したひとには、妻と子供がいた。


あやは、本当に愛していたから、こんなに愛しい気持ちのまま、
愛するひとのために死にたいと心から願っていた。
愛するひとの命が愛おしくて、
こんなにも誰かを愛おしいと思えるあや自身が愛おしくて、
これでぜんぶ満たされたから、
次の悪い夢が来る前に、
愛するひとのために死んでしまいたいな、と本気で考えていた。
愛するひとが、たとえば交通事故に遭いそうになったら、
愛するひとのかわりに飛び出して死のう、と決めていた。


あやは、愛するひとを愛したときに、同時に、ひとを殺す決心をした。
愛するひとが、あやが妊娠しても堕ろしてもらうことになる、と言ったから、
もし愛するひとの赤ちゃんができたら、
愛するひととあやの赤ちゃんを殺そう、と決心した。
そのあとも、あやが生きていられるかは分からないけれど、
自分が死んでも構わないから、それでよかった。
誰かを殺さなくちゃ愛せないのなら、
あやは殺そうと思った。


ゴムをつけていても、あやはいつも恐ろしかった。
愛するひととのセックスは、とても幸せで気持ちよかったけれど、
あやは、いつも怯えていた。
ひとを殺す覚悟をしながら、愛するひとと何回もセックスした。
SMもした。
愛するひとの体液が、怖かった。
ネットで、避妊の方法と失敗する確率を調べ続けた。
だけど、そんな不安をだれにも話さなかった。


そのうち、あやは愛するひとが本当に本当に愛しくなってしまって、
愛するひとの体液が愛おしくて仕方なくなった。
愛するひとに、お願いした。
ゴムなんて、つけないで。
あやの中に出して。

奥さんがセックスさせてくれないなら、
あやの仕事はセックスだと思った。
愛するひとが家でくつろげないなら、
あやはいつでも愛するひとのそばで笑っていたかった。
お料理もお菓子も洗濯も
誕生日パーティーもクリスマスも桜も紅葉も雪も風も空も、
世界中のぜんぶ愛するひとにあげたかった。

どんどんエスカレートしていって、
あやはSMの知識を覚えてきて、愛するひとに行為をねだった。
愛するひとは乗り気じゃなかった。
そんな行為、必要ないよ、と言った。
でも、お願いすれば、何でもしてくれた。
はじめて排泄器官でセックスしたときは、慣れなくてトイレで吐いた。
痛くて出血した。
内臓が傷ついたようなだるさで、3日間寝込んだ。
それでも、あやは泣かなかったし、
もうしないよ、と言った愛するひとに、して、して、と真剣にお願いした。
愛するひとは
「あやが苦しいのなら嫌だよ」
と言ったけど、男の人がそうじゃないことは、あやはよく知っていた。
愛するひとも、すぐに楽しむようになった。


あやは、ネットで調べてきた避妊薬を愛するひとに教えて
買ってきてもらった。
気泡する得体のしれない錠剤を、自分の体内に入れた。
愛するひとの体液を、一瞬で殺してしまう錠剤だ。
ピルはのみたくなかった。
だって、愛するひととは一月に三日間しか会えない。


はじめて愛する人が中に出してくれたとき
あやは感動して泣いた。
うれしくて うれしくて泣いた。
愛するひとと奥さんの子供は、奥さんが生みたくないと言ったのに、
間違ってできた子なんだと聞いていた。
そんな愛するひとが、あやの体で感じてくれて、
愛するひとの体液を体の奥でうけとめられる幸せで
胸がつまって泣いてしまった。


錠剤と、錠剤に殺された愛するひとの体液は、
愛するひとが、あやを置いて帰ってしまったあと、
きまって2、3日後に、流れ出てきた。
白い幼虫が腐って融けたような臭いがして、
黄緑色のおぞましい液体が、
あやが愛するひとに、かわいいね、と言われたくて集めていた、
かわいい下着を、どろどろ汚した。

あやはいつも吐きそうだった。
避妊の確率だって、あやしいものだった。
けれど、そんなあやを愛するひとは電話でしか知らなかった。
一度も、実際知ることはなかった。
ひどい臭いがした。
腹痛や吐き気がひどくて、あやは泣いた。
怖くなった。
きっと、あやの子宮はもう子供を生めなくなってる、と思った。
なにをやっているのか、あやは自分で自分がわからなくなってきた。



いろんなことがあって、愛するひとに、あやが別れを切り出したとき、
嫉妬にくるった愛するひとは、あやをレイプした。
あやを押さえつけて
「離さない」とか「だれにもあやを渡さない」とか言いながら、
愛するひとは、ハァハァ言って、腰を振り続けた。
あやは、SMごっこみたい、と思った。
こんなので、愛するひとは気持ちいいんだなぁ、と
肉の管のようにぐったりとした自分の体を、
愛するひとのものが出たり入ったりするのを、ぼんやり感じていた。
愛するひとは、あやの中にそのまま出した。
うめきながら、精液をだした。
あやは、怒りで気が遠くなった。
はねのけようとしたけれど、愛するひとは、またあやをおさえつけて、
そのまま、またハァハァやって、猿みたいに腰をふっていた。
あやは、半分しぼんでいる愛するひとの性器が、なさけないな、と思った。
切っちゃえばいいのに、そんなもの、と思った。
愛するひとは、またうめいて、あやの中に精液を出した。

あやは、単なる習慣で、愛するひとと一緒にいった。
愛するひとが、やさしくあやの髪をなでようとしたから、
あやは、愛するひとの手をはねのけた。
愛するひとは驚いて「ごめん ごめん」と言って、
あやを抱き寄せようとしたけれど、
あやは、愛するひとの豚みたいな体をはねのけ、蹴りつけた。


黙ってトイレに走った。
持っていた携帯用のビデの袋を破って一秒でも早く、と
膣に突っ込んだ。
氷みたいに冷たい水が、あやを貫いて、あやは吐きそうになった。
洗っても洗っても怖くて、汚くて、汚くて、
あやは怒りで気が狂いそうになった。

ああああああ
ああああああああ
ああああああああああああ

ずっと叫んでいた。
叫びながら、精製水がなくなったビデのキャップを取って
水道水をジャバジャバ入れて、
また膣に突っ込んで半狂乱になって、洗い続けた。
何度も何度も、繰り返した。
何度くりかえしても、汚れはおちない気がした。
吐き気で気が遠くなって、ビデを何度も便器に落としそうになった。

もう、愛しくもなんともなかった。
汚い!
汚い!
汚い!
排泄物が落ちるトイレの便器に、
愛するひとの精液といっしょに水が溢れてビチャビチャ音をたてた。
汚くて、トイレの水を流し続けた。
バスルームに駆け込んで、性器を洗った。
氷のようなシャワーの水に、あやは震え続けた。


堕胎が、どんな作業か知っていた。
手術の前に、何日もかけて子宮口に綿を詰める。
子宮口に、器具が入るようになるまで、
ひどい腹痛と悪夢みたいな通院を繰り返さなきゃいけない。
それから、生きている赤ちゃんを、麻酔もなしに生きたまま鋏で切り刻む。
手、足、頭、胴体、というように、ピンセットで取り出していく。
あやは、なんでも素直にきく子だったから、
愛するひとにきいてみた。
愛するひとは、「病院には、ついていくよ」と優しく言った。
でも、あやの性器につめたい器具を突っ込んで、
鋏で切り刻んで赤ちゃんを取り出してくれるのは、
愛するひとじゃない。
人殺しの罪をせおって生きていくのは、愛するひとじゃない。
愛するひとは、男性だもの。
お腹の中を切り刻まれるのは、あやだけ。
痛くて痛くて、でも叫べないまま殺されていくのは、
あやの一部、あやの赤ちゃんだけ。


いつの間にか、あやは泣いていたらしくて、
洗面所の鏡に映るあやの頬はビショビショだった。
あやは、刃物があれば、殺してやる、と思った。
射精しか能のない豚野郎の情けないふやけたちんぽを切り取って、
それから、ぐちゃぐちゃに滅多刺しにして、臓腑を引きずり出して殺してやる。

あやは、愛するひとを愛したときに、
人を殺す覚悟ができていたから、
赤ちゃんを殺すかわりに、
愛するひとを殺したっていいだろう、と思った。
赤ちゃんに罪はない。
でも愛するひとは、今こんなにも憎いもの。


ずぶ濡れのままで、ベッドルームに戻った。
人工大理石の上を歩く裸足の足が、ピシャピシャ音を立てた。
愛するひとは温かいシーツにくるまって、
あやがあんなに憎んでも呪っても、
ベッドにぬくぬくとのうのうと横たわり、
相変わらず、死んでなかった。


あやは力がぬけて、ベッドにもぐりこんだ。
体の芯も指先も足先も、髪の先まで冷え切っていて、
なんにも考えたくなかった。
キングサイズのベッドは、愛するひとに触れずに済む。
愛するひとが、だまってあやの背中にふれようとした。

さわるな。

あやは、静かに言った。
今まで一度も発したことがない、声だった。


愛するひとは、それ以上なにもしてこなかった。
なにもできなかった。

あやは、愛するひとを殺してやらなかった。

その後も、相変わらず、
愛するひとの嘘だか本当のことだか分からない話を聞いてやって、
愛するひとの、ふやけた情けないちんぽを舐めたりしゃぶったりしてやった。
自分の体のどこにでも、好きなところに突っ込ませたりした。
あやは、妊娠していなかった。
愛するひとは、「安心したよ」と言った。
あやは、愛するひとの傍らで、
殺されなかった赤ちゃんの死を悼んだ。


SMも全部、乾いてて虚しかった。
あやは、性器だけ濡らして、あんあん言ってて、人形みたいだった。
あやは、もう死んでいた。
愛するひとは、あやの死体に乗っかって、腰を振ってハァハァ言って、
猿みたいに射精し続けた。


あやも、同罪だった。

あやは、愛するひとを、殺せなかった。




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解離性同一性障害 | comment(0) |


2007/12/19 (Wed) ☆ ニワトリサンタ ☆




思えば、もうすぐクリスマスですね。
お菓子でできたサンタの家を作ったので、
写真をアップしたいのですが、何となくさぼり気味です。


ところで私は、一に猫好き、二に鳥好きです。
こういう↑↑ リアルな鳥を使ったデザインには、激しく心惹かれます。

大阪の地下に"Diamor”という、ショッピングモールがあります。
そこを歩いている時、ずらっと掲げられたこのフラッグを目にしました。
気になって仕方なかったので、
ネットで調べたら、このフラッグの製作現場がレポートされていました。

最近、デザインの現場にとても興味があるんですが、
今の撮影技術というものは、凄いんですね。
凄いんだけど、結局、生きたニワトリと向かい合って、
ニワトリの背丈に合わせて身を屈め、
四苦八苦して撮影しているカメラマンの姿が、微笑ましいです。
帽子(というか靴下)を、別撮りしていることにもびっくり!


メイキングは、こちらです。↓
多分、期間限定記事だと思います。
Diamor Osaka


素敵だったので、画像を勝手に拝借してきてしまいました。
勝手にリンクを貼っています。
版権に引っかからないだろうか。
Diamor Osakaの人に怒られないか、びくびくしています。


ということで、皆さん、この記事を読んだ方は今すぐ、
Diamor Osaka に行ってください。
Diamor Osakaは、楽しいですよ。
今が旬のDiamor Osaka。
デートに最適!Diamor Osaka。
只今、クリスマスフェア開催中です。
Diamor Osaka を、何卒宜しくお願い致します。



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日々日記 | comment(0) |


2007/12/18 (Tue) ゴスペル・クリスマスコンサート

2007.11.12_dairy.jpg

12月11日に、
大阪の中ノ島公会堂で行われたゴスペルライブに出掛けた。

他県から来る連れと一緒に、まずは朝から<人体の不思議展>へ。
内容は、前回とほとんど変わらなかったが、
入り口で絵画や建築、ロボット工学などと結びつけ、
ヨーロッパや江戸時代の書物など展示してあったのが面白かった。


これもまた前回と違ったところで、
今回は、解剖学の先生が常駐していて、色んな質問に答えてくれる。
何でも参加したがる私は、列に並んだ。
私の前に、質問しているおじさんがいた。
嚥下困難で最近食事をする度、息が詰まるが、
どんな仕組みなのかと先生に訊いていた。
厚かましさを発揮し、私もいつの間にか加わって、
剥製を前に講義を受けた。
なぜか、人間の喉は、気道と食道が一部交差しているのだ。
息をすることと、食物を飲み込むことは同時には出来ないのだ。
面白い。

で、きみはどんな質問や? と言われたので、
私は、言葉に詰まった。
あんな高尚な質問の後に、私の質問は、やたらしょうもない。

私の首は、長くて、万年肩こりだ。
整形外科で首のレントゲンを撮ってもらったら、
とんでもない形をしていた。そのせいだと言われた。
何となく、話したかった。
白衣を着ている以上、私の首の骨は如何なものか、訊いてみたい。
恐る恐る話してみると、なるほどーなるほどーと、
白衣を着た上品な学者のおっちゃんは、相槌を打ってくれたが、
「まあ、私は解剖学だからねー、そこらへんは分からんわぁ」
と案の定言われた。
私は、そりゃそうだよなーと納得し、しばらく雑談して別れた。
去ろうとすると、今度は連れが質問を始めた。
「肩と腕がたまらんのですよ。痛くてね。眠れなくてね」
草野球に没頭しすぎた連れは、完全に肩を壊して現在治療半年経過。
連れも、質問でも何でもなく健康相談したかったのだった。
誰にでも、とにかく会う度「痛い」と痛さを伝えたがるので、
しかも、何度も同じことを聞かされるので、周囲は正直迷惑している。
やはり笑顔で、そうですかーそりゃ大変だー、と
相槌を打つ人の良い白衣のおっちゃん。
それから、連れを剥製の前に連れて行った。
「まあ、これがあんたの言わはる筋肉ですわ。
でも私は解剖学の人間やからなー、
医者ちゃいますからなー、よう分かりませんわ」
剥製見て、よう勉強してください、と話を切り上げたがったおっちゃんに、
連れはいつものしつこさを発揮した。不毛な健康相談は続く。
私は見ていられず、話に割って入った。
「先生、すいません。ただ言いたいだけやから、聞き流したってください。
先生が白衣着たはるから、うちら素人は思わず健康相談してまうんですよー」
フォローにまわって、さりげなく連れを制したが、連れは止まらなかった。
困っている白衣のおっちゃんと、話し続ける連れと、
横で見ていて、最後は笑ってしまった。
何も回答は得られなかったが、私も連れも、気が済んだ。
誰にでもいいから言いたい、てこと、ときにはある。


すっきりしたところで、少し早めに、のみに出掛けた。
ネットで調べて見つけた店だが、
小さいながら有名人のサインが壁を埋め、
単純庶民の私は、ここは旨い店では、と期待で高鳴る。
焼き鳥をはじめ、馬刺しや鶏の白子を肴に、久しぶりのビールをのんだ。
本当は、日本酒がのみたかったけれど、
アルコールは、パニック発作を起こしやすいので、
せめて度数の低いビールで我慢。
美味しくて美味しくて、なかば無言で食べては、のんだ。


ほろ酔いで、ゴスペルライブへ。
公会堂のまわりは、イルミネーションで輝いていた。
このあたりは、普段も高層ビルの明かりが川面に反射して綺麗なのだが、
イルミネーションが、川岸の道をクリスマスらしい明かりで輝かせていた。

「N.Y.ハーレムシンガーズ ゴスペル・クリスマスコンサート」は、
ものすごく楽しかった。
アーティストの歌唱力が、正直不揃いだが、ゴスペルだし、
やたらうまい女性がいたので、問題なし。
それよりも、隣の席のおっちゃんが、出演者に合わせて調子外れに歌う。
半端に知っている英語で、ほにゃらら歌うので、大変苛々した。
隣の妻が見かねて注意するが、うんうん、と言った直後に、
やはりまた歌う。
妻は、4、5回注意した後、諦めてしまった。
私も、諦めた。
総合的には、楽しかった。


ゴスペルは、神を讃える賛美歌だが、人間そのものを讃える歌だ。
なんて力強く、人間臭く、なりふり構わぬスタイルだろう。
「Stop In The Name of Love」「Joyful Joyful」
そして聴く度に泣いてしまう「Oh Happy Day」。
大好きな曲ばかりで、感動した。
テノールの男性歌手が
ピアノを弾きながら「What A Wonderful World」を歌った。
ピアノが上手すぎて鳥肌が立った。
私も、あれくらい弾けたらいいのだが、
根がいい加減なので、一向に上手くならない。
不精なわが身を反省した。
最後は、出演者とオーディエンス全員で「きよしこの夜」を歌った。
ゴスペルを聴きに行くとき、私は踊って歌う万全の準備をして出掛けるので、
機会があらば、迷わず歌う。
控えめで大人しい日本人ではなく、エンターテイメントを愛する人になりきる。
前の席の女性が、驚いたように振り返ったが、私は病気だとか引きこもりだとかで、
既に人生のレールを外れているので、はめを外すことを厭わない。
それより、楽しまなくちゃ。


連れを見送りに、大阪駅まで歩いた。
人ごみが怖くて仕方ないときもあったが、
最近、たまに外に出ると、
賑やかで忙しく雑多で色んな匂いがすれ違う都会も、好きだと思う。
実家のあたりは閑静だが、静か過ぎて私には苦手。
寂しがりやなんだろう。


私のクリスマスは、終わった。
独り身の私には寂しいから、イブもクリスマスも家に引きこもって、
ツリーも卑屈にクローゼットに仕舞い込んだまま、
クリスマスとは一切関係ない生活をしてやろう。
ホカ弁のからあげ弁当とか、
いや、チキンはクリスマスだから駄目だ、
すき焼き弁当とか、デンマークのパン屋のサンドイッチとか、
ああ、あれもチキンが挟まっている、どうしよう、
とにかく、なんかそういう美味しくて全然普通なものを食べてやる。


イルミネーションの写真を撮ったが、
見事にぶれて全て使い物にならなかった。
でも私は人生のピントが既にずれているから、
写真がぶれた位、取るに足らない問題だ。
そんなことより、楽しまなくちゃ。


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日々日記 | comment(13) |


2007/12/17 (Mon) 強く儚い

2007.12.17_diary.jpg

ある男性が、いる。
年齢は、現在60を越える。

彼は、若い頃から常に誰かと結婚し、常に愛人を何人も持っていた。
彼の女癖を、私は子供のときから見て育った。
ときどき彼の子供と呼ばれる誰かが私の家に遊びに来るが、
毎回顔ぶれは違った。
もちろん母親も、違った。

大人から教えられはしなかったが、子供心に了解した。
男と女の関係というものは、
社会的に許されるものと許されないものがあるらしい。
「愛人」「妾の子」という存在を傍らに置き、私は育った。


彼は、愛人達全てに子供を生ませ、高級マンションや家を買い与え、
誕生日や七五三、成人式まで、分け隔てなく面倒を見ていた。
とても子煩悩な人だった。
彼自身、不遇の子供時代を送り、
しばらく両親を知らず育ったせいもあるかもしれない。
各愛人と別れた後も、愛人に恋人が出来たあとも、
以前と変わらず彼女たちの世話をしていた。
子供たちも皆、片親の苦労を味わった筈だが、彼を慕っていた。


彼は、誰からも人望が厚く、仕事でも有能過ぎるくらい有能だった。
彼が経営する会社は、どんどん大きくなっていった。
私たち家族も、どれだけお世話になったか分からない。
彼には、世間でいわれる「甲斐性」というものがあった。
情が厚く、人のために骨身を惜しまず、正義感が強い人だった。
一時期、暴力団に入ったこともあるが、彼は決断し、抜けた。
けじめとして、彼のかわりに、彼の舎弟が自身の全ての指を切り落とした。
皆、彼を愛していた。
懸命に生きて這い上がってきた人だった。
彼ほどの人を、私は見たことがない。


彼は、数年前、病に倒れた。
妻と別れ、愛人と子供と一緒に暮らす、準備を終えた矢先だった。
命の境を彷徨った後、
半身不随と言語障害が残り、高級完全介護施設に入居した。
夫の浮気を知っていた5番目の妻は、
彼女自身も所謂不倫から始まった「略奪結婚」だったが、
やはり夫の浮気は許せなかった。
リハビリをすれば、仕事に復帰できる可能性もある、と医者から言われたが、
彼女は何やかやと理由をつけ、リハビリを受けさせなかった。
それどこか、倒れた直後、医者が施す生き延びるための処置を断ろうとした。
妻は、動けず言葉も発せなくなった夫の枕元で、夫を罵った。
離婚するつもりだったんだ、こんなお荷物はいらないんだ、
と私たちは聞かされた。
彼自身に会ったとき、彼は私たちの言葉を全て理解していたが、
妻は頑として「彼はもう何もわからないのよ」と繰り返した。
彼が、メロンの屋台売りから始め、作り上げた会社は、
彼女の親類縁者と子供がかわり、経営を始めた。


彼の愛人たちは、すぐに生活に困った。
家財を全て売り払い、皆故郷に帰った。
彼を慕う愛人たちと子供たちは、泣きながら彼に会いたがったが、
妻は一切許さなかった。
まだ、小学生の子供もいた。
彼の最後の子供となった。
自由には父親と会えない境遇であるその子が、
一番父親を慕っていた。
父親である彼も、一番会いたがり、また心配していた。
これからの子供の成長を見守りたかったし、
養育費も学費も色んな相談も、みてやりたかったのだろう。
妻に隠れ、親族が彼の車椅子を押して連れ出し、
子供と会わせてやったことがあった。
彼は、言葉が出ないまま、ただ涙を流し続け、
動かぬ手で幼い息子の手を握った。
幼い息子も、ただただ父親の手を握り、泣き続けた。


彼は、毎日死にたがった。
言語は不自由だが、鬱状態が酷く、食欲もなくした。
自ら死ぬことすら、できない体だ。

ある日、彼の母親が死んだ。
彼の鬱状態が悪化することを恐れ、妻は夫に、
彼の母親が死んだことを告げなかった。
1年後、ようやく母の死を知らされた。
法事に出席した車椅子の彼は、涙を流していたが、
ぼんやりとして、ただ虚ろだった。
親戚たちは、皆人徳ある彼に世話になった者たちだった。
彼らは、彼の麻痺した手を取りさすり、抱きしめ泣いた。
彼は、泣いたが、やはり虚ろだった。


彼は、数ヶ月前、末期癌の宣告を受けた。
実際には、彼の妻が聞き、
手術で摘出できると言った医者に治療を断った。
夫は、いまだ自身の体に起こっていることを知らない。
彼は、何も知らないまま癌に蝕まれ、半身不随の体のまま、
完全介護施設の個室で、鬱と死にたい思いを抱え、ただ日々を送っている。




ある、女性がいる。
年齢は七十を越える。
七十歳になるまで独身を貫き、
相手が亡くなるまで愛人を貫き通した。
彼女は、小さな古い家に住み、
ただひたすら男性の訪れを待つ生活を続けた。
近所では、有名だった。
「おめかけさん」と噂され、
陰のある彼女の背には、常に好奇と嫌悪の目が向けられた。
彼女は一度も結婚することなく、彼の愛人を貫いた。

自由に会えなくても、
不遇の身でも、
社会的保障を受けられないまま年をとっても、
彼が病に倒れ、会えなくなっても、彼を慕い、愛し続けた。

病の果てに彼が亡くなったとき、彼女は毎日泣いた。
涙が枯れるまで泣いた。
通夜にも葬式にも、出ることはできなかった。
それどころか、一度も病床に見舞いに行くこともできず、
看病することも、彼の今わの際に立ち会うことも、
彼の手を握ることも叶わず、
最後に言葉を交わすこともできずに、彼は逝ってしまった。


彼の死後、彼女の元を、彼の家族が訪れた。
遺産目当てなのだろう、と罵り、
お前がいなければ家は平和だったんだ、疫病神、と罵った。
彼女は、何も言い返せなかった。
遺産目当ても何も、彼女には遺産は一切入らなかった。
彼への愛は何よりも強い人だが、
彼女は優しすぎる位に優しく、
自身の分をわきまえて生きてきたようにしか、生きられない。
彼らの前で、ただ俯き黙って座っていることしか出来なかった。


愛した彼の死後、しばらくして、
彼女は新しい恋愛をすることにした。
美しく自分を飾り、颯爽と外へ出ていくようになった。
前より、綺麗になったと周囲は言う。




二つとも、今現在も私の傍らで続いている人生だ。
私自身、不倫を長く経験した。
命がけで愛し、命がけで別れを決意した。
私に不倫の意識はないが、今現在も、
SMという形でやや片足を突っ込んでいる。


子供の頃から、
そして大人になってからも私の傍に存在し続けた不倫という形。
不倫というものについて、色んなことを考えてきた。
良いか悪いか、ではなく、そこに息づく人たちの生き方を考えてきた。
人を愛すること、愛されること、愛と罪が同居すること、
狡さと弱さ、慰めと惰性、幸福と不幸、情熱と虚無、
時間と共に変容せざるを得ない哀しさを、目を逸らさず書いてみたい。


貫くということは、強く儚い。


自身の話を書こうと思ったが、
どうしても頭から離れず、二人の話を書いた。




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詩と写真 | comment(6) |


2007/12/16 (Sun) あやを殺した男

愛するひとは、あやを殺そうとした。
和歌山の山奥の温泉に行った帰り、
月すら見えない漆黒の闇、
あやが安心して眠っている間に、
あやを乗せた車でダムに飛び込もうとした。


仲が悪い奥さんと別れるより、
あやを殺す方がいいんだね、と
あやは深く深く傷ついた。
でも、愛するひとが
あやを愛してるんだ、愛してるんだ、と情けなく泣くから、
あやは何も言えず、涙も一滴も出なくて、
黙って助手席に座っていた。


以後、あやは愛するひとの車で絶対眠らなかった。
愛するひとは、あやの寝顔がかわいくて大好きだと言ったけど。
眠ったら、殺されるかもしれないから。
でも、愛するひとへの愛と、愛するひとへの憎しみを比べれば、
ほんの少し、まだ愛するひとへの愛が勝っていたから、
愛するひととセックスもしたしSMもしたし、
愛するひととどこにでも行ったし、毎日愛するひとの電話を待った。
毎日、笑って愛するひとの相手をしていた。


あやは、もう消えちゃうよ、
このままじゃ、あやが死んじゃうよ、
愛するひとに言ったけれど、無駄だった。
あやが死んじゃう前に、
あやを生かすか殺すか、きめて。
せめて答えをちょうだい。
あやが何度話しても
待ってくれ俺も考えている、
今度話すよ、
そればかり。
それか、黙ってるか。
でも、あやが死んじゃうんだよ?

あやは、いなくならないよ、
そんなときだけ、愛するひとは言った。

お前に、あやの何が分かる。

あやが言っていた通り。
あやは、いなくなった。
死んでしまった。


もしダムに飛び込んだなら、
二人窒息死する前に、
あやは、あの男を殺すべきだ。
殺してから死ぬべきだ。
あんな男。
殺される前に、殺してやる。


あやを愛して、殺した男。
あの男。
殺してやる。



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解離性同一性障害 | comment(2) |


2007/12/16 (Sun) LOVE TRADER

私が振った男、サディストのLからメールが来た。
前日貰ったメールが私の記憶と携帯から消去されていたので、
どうやら消えたみたいなので再送してください、とメールしたのだ。


毎日君のことを考えていた。
時には逢いたくて切なくて自分の気持ちを抑えるのに苦労した。
君と私は、距離の縮め方が違うだけではないのかな。
私はちゃんと君と向かい合ってなかったかな。
確かに臆病かもしれない。
遅いのかもしれない。でも向き合っていたよ。
あれだけのことを書いたのだから、君はもう決めてしまってるんだろうな。
でも私は幸せな時間をもらいました。
ありがとう。


そんなメールだった。
最後には、HNと共に本名が書かれてあった。
何にも始まっていないのに、会ったこともないのに、
電話でしか話したことがないのに、
彼は最初から私のことが好きでたまらないようだった。
「育ちの良い筋金入りのエロ」が彼の理想で、
私はその条件に適ったというのだが、
それだけでいい年をして人を愛せるものか。


私にも、そんな時期はあった。
会ったこともないのに恋をしたり、
少し良い顔を見ただけで恋をしたり、
相手を見ているようで、自分の中の妄想に恋していた。
恋愛していたのではなく、恋している自分自身に恋していた。
私より10も年上の彼が、
なぜ今だそんな幼稚な感情に留まっているのか私には分からない。


今、私は、居丈高で高慢な、嫌な女になっている。
彼のメールを読むと、会ったこともない彼に、
言ってやりたいことが山ほど出てきて、苛々している。
ついこの間まで彼に「傷つけてごめんなさい」なんて
殊勝なことを思っていた私が、
彼のメールの一文一文を蹴りつけたい位、腹を立てている。


私は、こんなときの「ありがとう」が大嫌いだ。
何にも始めようとせずに、「君はもう決めてしまってるんだろうな」
なんて独り言を私に向かってそれとなく呟き、
「距離の縮め方が違うだけではないのかな」
「私はちゃんと君と向かい合ってなかったかな」
と後ずさりながら、まだ独り言のように私にそれとなく呟き、
私が認識を変えて、自分を追いかけては来ないかと窺っている。


「ありがとう」って何だよ。
私は、あなたをいわば拒絶したんだから、
「ありがとう」なんて言われる筋合いなんてない。
「?かな」「?かな」じゃなくて、
距離の縮め方が違うだけだ、
俺はちゃんと向かい合ってたんだ、
だけど君に伝わってないんだ、と言い切ればいいじゃないか。
そんなに私のことが好きなら、否定でも何でもして、
「臆病かもしれない」と今の自身を評するのなら、
今度こそ私に対して真っ向から向き合ってみてもいいじゃないか。


私から終わらせたことなんて、本当は一度もない。
皆、自分で線を引いて、恐れてすたこら裸足で逃げていくのだ。
私も、人のことを言えた義理じゃないが、
関係性の終結を相手の意志に委ねるのは、ずるいと思う。


無理だと思ったら自分で決めればいい、決めたなら、
相手の顔色を窺うことなく真っ直ぐに気持ちを伝えればいい。
まだ続けたいんだと思うのなら、そう決めればいい。
そうしてくれて初めて、
完全に拒否するか継続するかを相手と対等に決められる。

これじゃ、私は最初から最後まで置いてきぼりで、
だけど私が全て決めてしまった、みたいに見えるじゃないか。

でも、これ以上を求める私にも問題があるんだろう。
彼が後ずさるのは、私を恐れたからだと思う。
私の彼に対する柔和さが、欠けていったのかもしれない。


まだ何も始まってはいないのに。
振るも振られるも、まだ何にも始まってないのに。
一般論に逃げ込んで、私の前から去って行ったのはL自身だ。
だから「あなたは自分から去ろうとしているよ」と伝えた。
伝わったのか、伝わってないのか、こんなメールじゃ分からない。


彼のメールの文からは、自己陶酔は見えても、
生きている私に対する言葉は、一つも見つけられなかった。
ドラマみたいな台詞やシーンには、うんざりだ。
相手が涙を流して走り去って、数秒後に自分の気持ちに気付いて、
やっぱり相手を追いかけるだとか、
泣きながら走っていたら、図ったようなタイミングで、
ものの見事にすっ転んでしまい、
好きな相手に偶然気付いてもらうだとか、
なんかそんなのが人の心を打つとか、
なんかかっこいいとか思っていて、
実際にやる人間がいるのだから、私は本当に驚く。


大量生産された愛の言葉、告白、さよなら、ありがとう。
本当にそれが贈りたい言葉?
届ける前に、届かないと諦めて、自身を惜しみ、
安物のそこらの山積み商品から、
適当に見繕って相手に渡しておいて、
それでいて一点もののオーダーメイドの愛を欲しがるのは、
虫が良すぎる話じゃないのか。


ここでまだ終わっていないと思う私が、おかしいのかもしれない。
でも、なぜ人は自分で区切りをつけておきながら、
逆らえない流れがあった、仕方なかった、と諦めたがるのか。
自分が決めていることなのに、いつだって自分が決めることなのに。


捨てることも壊すことも逃げることも終わらせることも、いつでも出来る。
でも、いつも同じ場所で終わらせていたら、
それじゃいつまで経っても前には進めない。
私は、いつでも待っているし、逃げないでいようと思う。
動かず、ここにいる。
ここにいる私で、話している。
でも、どうしてそんな素っ裸で裸足で慌てて逃げていくの。
そんな姿、哀しすぎる。


でも、哀しいのは私の姿だ。
哀れなのは、私じゃないか。
会ったこともない男なんて、本当はどうでもいいはずだ。
私が蹴りつけたいのは、私自身だ。
畜生、畜生、死んでしまえ!と自分を罵っている。
愛して欲しいように愛されない自分を、
死んでしまえ、と呪いの言葉で切り刻んでいる。
生きてる価値あるのか、お前?と自分を蔑んでいる。


一度見てしまったら、私は彼の情けない背中を消去できない。
幾ら彼がどんなに手入れの行き届いた縄で私を巧みに縛っても、
あらゆる道具を駆使して拘束しても、
私の体を自由に弄び、快感と苦痛で何度失神させようと、
私の心は、永遠に彼に寄り添うことは出来ないだろう。

Mほど、Sの心を見通せる。
Mほど、Sの弱さを見ているものだ。
どんな技術を持ったサディストであっても、
自分の弱さを恐れ、私を恐れながら、私を支配することは出来ない。


誰か私を愛してよ。
愛してください。
護ってください。
何千回、何百回、幼い頃から私の中で大量生産されてきた欲求。
決して叶いはしない。
反吐が出る言葉だ。
フェイクだ。
本物を真似た偽物しか私は知らない。
私は、人を愛し愛される資格がない。
今のところ。
こんな日は、もう何だっていいのだ。
愛して。愛して。愛して。
誰でもいいから私を愛して。
誰でもいいから傍にいて。
プライドをかなぐり捨てて、叫んでやる。


でも愛ってなに?
愛されるってどういうこと?
分からない。
分からない。
分からない!


チープなのは私だ。
フェイクの私は、本物に触れたことがないもの。
大量生産でも二流品でも何だっていいから、
一度でいいから窒息するくらい埋もれたがっているのは私だ。
こんな気持ち、しばらく襲って来なかったのに。
薬漬けの毎日が、チープな今の私には丁度いい。


死んでしまえ。
死んでしまえ。
即刻死ね。私。



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SM algolagnia | comment(0) |


2007/12/16 (Sun) @ボケとツッコミの町

manekinekosanta

私は、こういうものを見つけると、
この町に住んでて良かったと心から思う。

病院からの帰り、どんより歩いていた私の前に現れた、これ↑↑
古い商店街の中の、古い定食屋さんのショーケースです。
最初、あれ?こんなフワッフワした白いカーリーヘアーな猫
前から置いてあったかなぁと思い、
近寄って、右の猫をよくよく見てみたら。


招き猫を、無理からサンタに・・・!

ヒゲしかあらへん!
もう猫ちゃうし!


ツッコんでしまいました。
店構えからして、相当高齢の経営者だと思います。
多分、季節感を出そうとしたんだと思います。
クリスマスやし、招き猫もいっちょサンタにしたるか、
みたいな安易な思いつきだと思います。
で、帽子とヒゲをつけてみたら、もう服とか着せる余地がなくなって、
ま、ええか、赤い帽子かぶってヒゲついとったらサンタやで、
よう見たら分かるがな、
みたいなノリで出したんだと思います。

この、関西特有のいい加減さと、アホくささが大好きです。


私は、関西内の住まいを行ったりきたりしていますが、
基本はボケとツッコミを習性とするアホたちの聖地に住んでいます。

いつも陽気で、レベルの高い笑いを放つおっちゃん。
いつもなぜか持ち歩いている飴を「飴ちゃん食べはる?」と
知らない人にも配りまくるおばちゃん。
子供たちの一番の憧れは、吉本芸人。
東大に行くよりNSC(吉本の芸人養成所)に入ったほうが、
なんかステータスが高い。
「アホ」とは、至上の褒め言葉。
「アホやな?」と言われて、へらへらと照れ笑いする老若男女。


この町と人が、大好きです。



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大阪駄文 | comment(10) |


2007/12/15 (Sat) 両目を開いて生きる 2 - 人格障害者の生 -

以下は、私宛てに、ある方から鍵つきでのコメントを頂いたときに、私が返信したものです。
殆どそのまま、転載してありますが、
ブログを読んでくださる方へのメッセージになればと、一部加筆致しました。

何か感じて頂けましたら、お気軽にコメントください。
感想をお聞かせ頂ければ、嬉しいです。
お待ちしています。
(誹謗・中傷の類は勝手ながら、削除させて頂きます)


私が頂いたコメントは、ご本人の快諾を得まして紹介しています。
当初鍵つきで頂いたコメントを、記事として公表しようと思った経緯も、
前回の記事「両目を開いて生きる1 - ある方からのコメント - 」に記載しています。

先に読んで頂けましたら、幸いです。



:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
(私 美鳥の返信)


コメント、ありがとうございました。
整然としたブログでの文章に比べ、思い付くまま書かれたような文章が、印象的でした。

いつか、私自身のブログで書きたいと漠然と思っていたテーマを、あなたのコメントの中に見つけ、記事でお答えするには時間がかかりそうですので、コメントをくださったお礼を取り急ぎ、と思いこちらに来ました。


ブログでの匿名性についてですが、とりあえず私のブログに限っては、匿名性は、私のためというより訪問してくださる方のためにあるものだと思っています。ブログを私自身のために書いていますが、同時に外に向けて書いています。
後で書きますが、私が常に他者や社会を意識しているからです。

あなたも感じていただけたとおり、私は出来るだけありのままを綴っています。ありのままであるということは、たとえネットや文字の世界であっても、読む人の心に突き刺さるものです。そうであって欲しいと思っています。読む人の心に突き刺さって初めて、ありのまま書く意味があると思っています。

けれど、その痛みを快と思わない方が多くいらっしゃいます。そんな方は、私のブログには二度と訪れることはないでしょう。現実で、私の部屋を訪れ無言で去ることは私を傷つけることですが、ブログの世界では、躊躇なくそれが出来ます。
また、私のブログを訪れてくださる方は、心の病気を持った方がほとんどです。私自身も同じ状況ですから、彼ら彼女たちの心が、毎日平常ではいられないことを知っています。彼らが辛いときには、私が望んでいたとしても、私のブログに来なければ済みます。
互いに気を遣わず自由に出入りできること、必要としたときに必要としている方に読んでもらうこと、そんな適度な距離感が逆に、私が私らしくいられる必要条件になっています。


文章を書くことは、確かにあなたが書かれたように、客観的に自分を眺めることだと思います。ただ、それは健常な人格を持つ方の感覚ではないかと思うのです。プロフィールにあるとおり、私は人格障害を患っています。簡単に言えば、自分という感覚の輪郭がとても曖昧です。他者との境界も曖昧です。特異な病気であり、なかなか健常な方には理解されない感覚です。
そんな私にとって、文章を書くことは、客観という言葉は当てはまりません。感覚的ですが<主観>と表現する方が正しく感じます。私以外にも人格障害者のブログや文、詩などを拝見しますが、皆さん似た感覚で書いているのだろうと感じます。
皆、人格という根本的な自己像をつかめず、またはコントロール出来ず、試行錯誤しています。試行錯誤している間にも、暴走した人格が自分が望むのとは別の事件、経験を招き寄せ、苦しみが倍増します。簡単ですが、人格障害とは、そんな病気です。


不可解な病ですが、原因は単純です。
誰も自分の人格を正しく見てくれなかった、そんな幼少期を、人生を送ってきた、それだけのことです。
人は、生まれ落ちたときから、自分自身を他者に鏡のように映し、自己を知っていきます。自分がありのままの姿であっても、不幸にも家庭環境等により、それを受け入れてもらえない間違った像を結ぶ鏡に囲まれて生きていると、自分自身の本当の姿と現実世界での自分に、矛盾が生じ、気付かないまま年を経て、いつか破綻するのです。


あなたが私に伝えたかったことは、両目を開けて生きるのではなく、片目で生きた方が楽ではないのか、その方が私自身の傷を癒すにも良いのではないか、そういう意味だと思いました。
私は、片目どころか両目を閉じた両親、家族の中で育ちました。片目を閉じた方とも多く出会いました。そんな方は、とても精神のバランスが取れています。
でも、私は先述のような理由、家庭環境により自己が曖昧なので、もうこれから先の自分は両目とも真っ直ぐ開いていたいのです。
虐待は、連鎖します。虐待に限らず、人は、自分がされたことを、他人にします。自分がかけられた言葉しか相手にかけられませんし、自分がされたことしか相手にできません。
同様に、自分が片目しか開いてなければ、相手も片目しか開いてくれないのだと、私は思っています。

あなたの過去をお話くださいました。感じたことは、あなたは、他の生き方を知らなかったのだろうということです。教えられていなかったというだけのことだったと思うのです。(省略)

人は決して1人では成り立っていません。
自分が存在することで、誰かに影響を与えるのならば、私は両目で誰かを見たいし、相手からも両目でしっかり私を見てほしいのです。
そのことは、私の心の傷の手当になります。決して、回復を遅らせたりすることはありません。不必要に自分を追い詰めているとも感じません。

あなたが、あなたの過去を周囲に隠しているように、ブログでは、なかなか書く機会がありませんが、私は普段とても快活で悩みがない人間だと思われています。
実際、私には闇ばかりではありません。関西人らしくお笑いが大好きですし、漫画が大好きです。ドライブも散歩も旅行も好きで、おしゃれも好きで、食べることも歌うこも好きです。
解離性人格障害のため、いくら苦しくても悩んでいても、表面には決して出ません。
人の本質は、常に裏側に隠れている、そのことを、私は自分自身を通して実感します。




最初に、ネットの匿名性について書きましたが、訪問してくれる方が何故顔も見えない私の文章を読んで「ありのまま書いている」だとか「赤裸々」だとか感じてくれるのだろう、と不思議でなりません。
匿名だから、嘘を書いてある可能性もありますし、違う私を書いている可能性もあるのです。なのに、私を「ありのまま」だと感じ、勇気ある行為だと感じ、自らも自身と向き合ってみます、と言ってくださる方、またあなたのように、そんなに自分を突き詰めるのは良くないのではないか、と心配してくださる方もいます。
読んでくださる方に信じて頂けるからこそ、私は私自身を補強できているのです。
ありのまま書くことに、苦しみを感じないのです。
努力と根気、勇気を要しますが、私は私を愛することができています。
自分をありのまま見つめ、見えるままに人に伝える苦労など、自分を愛せない苦しみに比べれば何ということはありません。


私が取り急ぎ、こちらにコメントさせていただいたのは、少し不安を抱いたからでした。
私は、記事タイトルにも書きましたが<言葉が媚びれば私が消える>と信じている人間です。あなたのコメントから感じたのは、私のブログに対する快よりも、不快に寄ったものではないかということです。
快と不快は境界が曖昧です。心に真っ直ぐ突き刺さる快と、心の表面をざわざわと撫でるだけの不快は、とてもよく似ていると思います。
リンクを貼って頂けたことは、とても光栄ですが、このコメントをご覧になって今一度ご自身のお心の内を確かめ、もし不快だと判断されれば、そのときはリンクを解除し、どうか私のブログはお忘れください。


片目を閉じた方も、私は好ましく思います。
とてもバランスが取れていて、羨ましい位です。
でも、私が片目を閉じれば、人格に傷を負った私にとって、それは致命傷になるのです。
両目を開くことも悪くないと思います。
ブログを始めた当初は、批難を覚悟していました。
しかし、皆さんとても温かく、マナーを心得た方たちばかりで、嬉しい驚きでした。


裁判の原告を経験し、私は外の世界、社会を意識するようになりました。
極小さなコミュニティが集まって、社会は形成されています。
小さくても、声をあげることの大切さを学びました。
私が知り得る限りの虐待や暴力の残酷さ、
心の病気を抱えても尚、生き抜くことの苦しみと尊さを、
当事者の私は、読んでくれるお一人お一人に向けて伝えたいのです。


今の私が誰かに出来る心配りとは、書くことだけです。
相手をよく映せる鏡でありたいと、自分を出来るだけ磨いて待つことだけです。
私の前に立ち、ご自身がよく見えた、と仰っていただけることが、何より幸せなことなのです。



                              美鳥



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はじめに Profile | trackback(0) | comment(16) |


2007/12/15 (Sat) 両目を開いて生きる 1 - ある方からのコメント -

今回は、ある方との鍵つきコメントのやりとりを、ご紹介したいと思います。


きっかけは、ある日、
私の記事を読んでくださった方から、長文のお便りを頂いたことでした。
ご自身の過去を綴ってくださり、私に対してメッセージをくださいました。

真剣に書いて頂いたことが、文面でよく分かるお便りでした。
私のブログへのリンクを貼りたいとの言葉が添えられていました。
ご本人のブログへ訪問し、全ての記事を拝見し、
また何度もメッセージを読み返し、私は、不安になりました。
どうお返事を差し上げるべきか、数日悩みました。
コメントを頂いたとき、出来るだけすぐにお返事を書いてきた私ですが、
この時は、お返事を書けませんでした。


きちんとお答えしたくて、失礼を承知で、
気持ちが纏まるまでお返事は一切書きませんでした。
数日かけて考えた末、ご本人と何度か長文のやりとりを交わしました。
以下は、私が最初にご本人から頂いた鍵つきコメントを転載しています。
ご本人のプライバシーを考慮し、一部省略していますが、
文章は、そのままです。


都合、2部構成になりました。
この記事「両目を開いて生きる 1」では、
公表までの経緯と私が頂きましたコメントを紹介します。
次回記事「両目を開いて生きる 2 -人格障害者の生-」は、
下記のコメントに対して返信した、私のコメントを転載します。
本日中に記事をアップする予定です。


このような形で、ある方とのコメントを公表したいと思ったのには、
理由があります。

実は最近、色々な方から頂くコメントに対し、
私自身は十分お答えできていない気持ちでした。
「なぜそこまで赤裸々に書くのか」
「なぜこんなことを書くのか」と訊ねられる度、
私にとって重要な意味を持つ質問ですので、とても有難いと感じると同時に、
うまく言葉にできず、またコメントではスペースが限られ、
思うようにお答えすることができませんでした。


私の中で言葉にならず散らばっていた思いが、
この方からのコメントをきっかけに、
言葉へと集束し結晶となりました。


私のブログを訪れてくださる心温かい皆さんへの、
メッセージとして読んで頂ければ嬉しいです。

美鳥はこんなことを考えて書いているのか、
と少しなりともお伝えできればと思います。

よろしければ、お気軽にコメントください。



最後になりましたが、この貴い機会を与えてくださり、
また転載を快く承諾してくださるどころか、
自由に使ってくれても構わないとまで仰ってくださった貴方に、
深い深い感謝を捧げます。





・・・・・・・・・・・・・・・


美鳥さんのブログを読んでいて、思った事を書いても良いでしょうか・・・。不快に思う事がありましたら、あらかじめ謝っておきます。
美鳥さんは自分のことをとても素直に書こうとしています。自分のことを素直に書くことはとても難しいことです。そこに匿名性があったとしてもです。 (省略)
自分のことを素直に書くのは難しいです。自分の心を深く掘り下げるには「苦痛」が伴うからです。裸の自分を見つめて、自分の精神を深く掘り下げる事は、誰にでも出来る事ではありません。 一生懸命自分に向き合おうとしている美鳥さんを、純粋に私は尊敬します。(省略)
美鳥さん、自分と向き合うのはいいことですが辛い事でもあります。周囲に気を配らず、無神経で、全く悩みの無さそうな人を見ると、うらやましくすらなりますが、でも、私はそんな人にはなりたくありません。
周囲にも、自分にも心配りの出来る人間であった方が、たとえ精神的に負荷が大きくても、私はその方が自分を好きになれるように思います。だけど多少は、自分のことにも、周囲の事にも、「見てみないふり」が出来るようなずるさは、持っていた方が良いと思います。自分自身の心を、必要以上に傷つけないためにも、また自分の傷を出来るだけ早く癒すためにも。
とりとめのないことを、だらだらと書いてしまいました。不快な思いがありましたら申し訳なく思います。ただなんとなく、思った事を書いてみたくなったのです。
人は他人の事を、本当に理解するなんて事は出来ません。私には美鳥さんの心の闇を知る事は出来ませんが、今日私は自分の思った事を、出来るだけ素直に書いたつもりです。


・・・・・・・・・・・・・・・


私美鳥が返信しましたコメントを、
次回の記事「両目を開いて生きる - 人格障害者の生 -」で紹介致します。
よろしければ、ぜひ次回もお付き合いください。



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解離性同一性障害 | trackback(0) | comment(2) |


2007/12/15 (Sat) 乾いた殻

いつもと違う様子の私に、どうした?とRが聞くので、
少し落ちてるだけだ、と言った。
Rは、それはだめだよ! そんなの駄目だよ!
心配になるから 
無理して俺と遊んでくれなくていいんだよ?と言った。


どうした?と訊くので、人を振ったのだと答えた。
Rは、そんなことで落ち込んでちゃ駄目だよ、
人を振るくらいの魅力的な人じゃなきゃね、といつもの調子で茶化して言った。
私は、とても虚ろに、そうだねと答えた。
それから、Rに訊いた。
振られることと振ること、どっちが多かった?どっちが辛い?
Rは、半々だし、どっちも辛いなぁ、と かみ締めるように言った。

そこで、話をやめた。
Rが、そんな話は駄目だと言ったのだ。
ミトリとの関係は、非日常、現実はそれぞれ勝手に悩めばいい、
俺も色々悩んでるけど、今はミトリのことしか考えないから、と言った。

その通りだと思った。
それでこそ、Rとの関係に意味がある。
一抹の寂しさは、不要な感傷だと分かっている。
いつの間にか私も、清濁あわせもつような大人になっていたらしい。


Rは、ミトリの気分が乗らないなら俺は嫌だ、と言ったけれど、
大丈夫大丈夫、楽しくぱーっとやろう、と
酔っ払いか馬鹿みたいなセリフを吐いて笑い飛ばし、Rに体を任せた。
私は、とてもじゃないけれど淫らな気持ちにはなれなかった。
でも、Rの調子に合わせて演技していたら、
そのうち何だか全てがどうでもよくなった。
Rに任せていたら、全然私の嗜好とは合わない。
でも、私はRの人柄と、意外に繊細な襞を持つ心が好きなので、
さほど無理なく楽しんだ。


いつものように、Rは色んな話をしてくれた。
Rは、話をするのが上手い。
メガネを一週間で二度買い替えるはめになった話、
徹夜の話、最近Rが病院を転々とした話、
互いの年齢の話、奥さんの話、
色んな話の、どれも面白くておかしくて、私は大笑いした。
Rも笑った。
私は、Rの笑い声が好きだ。
とてもおかしそうに笑うから、私まで幸せになる。


Rは、
そうやってミトリがコロコロ笑ってくれるから、俺楽しいよ、と言った。
かみさんとは、そんなに話が続かないからなぁ、と言った。
私は、自身の心の中をこっそり確かめたけれど、一切嫉妬はなかった。


二人の子供の話を、自分から彼に訊いた。
彼は、話してくれた。
子供のイタズラの話にも、彼らしく
子供にとってはきっと悪気はなくてただ楽しかったんだよ、
と目線が優しい。
彼の家族の話を聞くと私は、まるで自分が満たされるような気がした。
私には手に入らない幸せな家庭、家族、子供、夫。
まるで私が大好きな小説「真珠のカケラ」の主人公そのままじゃないか。
不倫しながら、相手の家族の幸せな様子を相手から聞いては、
自分のことのように幸せになる。
悲しくて、悲しくて、ただ悲しい生き方。


前回は、Rに救われたが、今回は駄目だ。
たくさん笑ったのに、体で遊び何度もいったのに、
私は全く乾いていて解離したまま戻って来ない。
ありがとう、とRがまた優しく優しく本当に感謝をこめて言ったから、
私も虚ろながら努力して、ありがとう、と返した。
Rは、気持ちがこもってない、と言った。
今日のミトリのありがとうは適当に言ってる、とすねた。
彼の鋭さには、ときどき驚かされる。


あの人から電話が、かかってきた。
私は、出なかった。
ショックで言葉も出ない。
そう彼がメールしてきたのは数時間前なのに、
私の気持ちも全く冷静にはなれていないのに、
感情に任せて電話してくる彼の性急さに、
Rと居心地のよい時間を過ごした後の私は嫌悪を感じた。
Rは、今まで女性にもててきただけあって、
さらりとしていて心得ている。
かといって、思いやりがないわけではない。


感情的な男性は、暴力を振るうことが多い。
安い昼ドラの安いシーンをそっくり真似たような、
馬鹿げた茶番に付き合わされることが多い。


今度は、何通もメールが来た。
夜中の2時過ぎなのに、構わず電話とメール。
読んだけど、内容を忘れてしまった。
何だか、私のことを愛して愛して、
どうにかなってしまうんじゃないかと思う位愛してたんだ、とか、
切ないとか、会いたいとか、きみを愛せてよかった、とか、
あと色んなことが、ドラマチックな言葉で書かれてあったと思う。
私の何をそこまで気に入ったのか、私には全く分からない。
自己陶酔型だと思う。
演出過剰な男性は嫌いだ。
粘着質なのも嫌だ。


それとも、恋愛とは常に陶酔しているものなのか。
乾いた私には、全く理解できない。
私は「あや」という人格と共に、とっくに死んでいるのだと思う。
今の私は、空っぽで人格がない。
愛らしく純粋で無邪気だったあやを殺したのは誰だ。



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SM algolagnia | comment(0) |


2007/12/14 (Fri) memory 0

人を傷つけてしまった。
素直に自分の気持ちを伝えることで、傷つけてしまった。

彼と電話で話すことが、苦痛になっていた。
頻繁にかかってくるのも、そういえば苦痛だった。
苛々していた。
以前付き合った人にそっくりだ、と思っていた。
高学歴でインテリで博識で、
セックスや恋愛を語りたがるけど、
感覚で動くことを知らない人。
それで、余計に苛々したのだと思う。
今になったら、よく分かる。


でも、優しい人だ。
傷つきやすい人だ。
でも、そんな傷つきやすさも、
それを隠している彼の姿も、私には重かった。
苦しんでいることがあるなら、出来るだけ背負ってあげたい、
と彼に言われて、
ありがとう、と私は心をこめて女の子らしく感謝して、
でも内心で本当の私は、苛々していた。


だって、背負ってあげたいなんて言っていても、
背負いきれるわけないじゃないか。
人間は、1人で生きていることだけで本当は精一杯なのに、
他人の人生は本当に本当に重いのに、
その重さを軽んじるような言葉にしか私には聞こえない。
背負いたいのは、あなたが寂しいからじゃないか。


みんな私を放り出した。
いや、私が彼らを捨ててきた。
皆嘘ばっかり。
一度だって振られたことがない。
そのことを、彼は幸せなことだといったけど、これが幸せなもんか。
私は誰を背負うのも、誰かに背負われるのも、
そうやって一時の安心感で互いを誤魔化して、
結局共倒れになって、全部おしまいになって何にも残らなくて、
そんなこと、もううんざりなんだ。


でも、ごめんなさい。
傷つけて、ごめんなさい。
あなたとは、恋愛出来ないのは本当。
苛々してたもの。
私は、怒っていたもの。
冷静に寛容に努めて話していたけれど、
不倫で苦しんだって話をしたのに、
あなたはアフリカの一夫多妻制なんて話をした。
側室制度の話だって、ひどかった。
側室には、ちゃんとそれぞれ離れの家を与えてたから、
みんな平和に暮らしてたなんて、そんなの嘘。
私なら、本家に火をつけてやる。
側室も夫も城も、全部燃やしてやる。
離れなんて、いるもんか。
私は、傷ついた。
そういえば、あのとき傷ついていた。
笑って話したけど、私は私じゃなかった。


ごめんなさい、と怒りと、ミックスされてわけが分からない。


辛すぎて言葉が出なくてすみません、とメールが来た。
多分、私より彼のほうが辛い。
なのに、私は自分のことを考えている。
少し位、彼のことを考えてやってもいいだろう。
なのに。

ごめんなさい。
あなたに謝ったら、あなたはもっと傷つくから、
ここで懺悔している。
これも卑怯。


私の言葉は、大抵ザックリ人を傷つける。
嫌になる。


予約済みの記事が、予定の時間にアップされる。
私は、もう何をどうしていいか分からない。
あれを書いたのは、少なくとも私ではない気がする。

しばらく私から連絡を断っていたRを、今夜呼んだ。
本当は何にもせずに、1人でベッドに入って泣いていたい。
でも私より彼の方が泣きたいだろうから、
眠剤を飲んで意識をなくしてしまいたい。
Rの相手なんて、出来ない。
なのに、また私は私が消えてしまって、
誰かがRの相手をするのだろう。
Rは、楽しいもの。
何にも考えなくていい。
メールが来ただけで大笑い。
ただ、笑っていたらいい。


昨日カウンセリングに行って、先生に去年あった出来事、
今年あった出来事、そのとき私が言っていた言葉、
ひとつひとつを聞いた。
全て、他人事だった。
初めて聞くような言葉だ、と思っても私が言った言葉らしい。
記憶が、なぜか全部消えていた。
少し前は、もう少し分かっていたと思う。
全く記憶がなくて、何も思い出せなくて、
祖母が死んだのが去年だったのか今年だったのかも分からず、
裁判が終わったのもいつだったか、
婚約を破棄したのもいつだったか、私は全部先生から聞いた。
今年の二月に、精神病院に入院したいと言っていたことだけは、思い出せた。
でも、なぜそんなことを思ったのか、二月に何があったのかは、
全く思い出せなかった。
頭痛がひどくなって、光がまぶしくなって、
また気が遠くなって自分が後ろにずれそうな感覚が来て、
怖くて思い出せなかった。


私は、どこにもいない気がしている。
孤独だ、と感じられる彼が羨ましくも思う。
私の喪失を悲しんでくれる彼が、悲しいと思う。
私は、どこにもいない。
記憶がないのに、私はどうやってここにいればいいんだろう。
なぜ重要なことを思い出せないんだろう。
私はどこにもいないから、背負ってもらうものも何もない。


寂しくない、と私は何度も彼に言ったけど、
私は何が寂しいのかが分からなくなっているのだろう。
温かい誰かの体温に抱かれたいと思うけれど、
寂しい、とは思えない。麻痺してしまった。
大事な人をなくした。
私から見切りをつけた。
何年経っても必ず迎えに行く、と言ったひとに、
あなたが私のために100回死んでくれたって、
私は絶対あなたと結婚しない、と言った。

不倫、婚約破棄、別れ、別れ、ずっと別れ。
私は、ずっと怒っている。
怒りが私をどんどん真っ黒に塗りつぶす。
せめて、1人で立っていなきゃ、と立っている。
その傍らをどんどん別れが通り過ぎる。
私はもう、異性を愛せないのかもしれない。


彼とどう繋がってるのか分からないけど、
心の中が真っ暗になってきた。
死にたい死にたい、頭がそればかり。
リストカット? OD?  
何か自分を傷つけなければ駄目だ。
手が震える。
私が、いなくなる。
薬をのまなきゃ。
薬をのんで、1人で立って、歩いて、歩いて、
戦わなきゃ私が消える。
私はここにいるのに、ここから消えてしまう。
なんで?



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解離性同一性障害 | comment(0) |


2007/12/14 (Fri) アフリカ恋愛寓話

恋に発展するかと思われた関係が、数度話して壊れそう。


彼は、私に「寂しい?」と訊く。
私は自分の胸に問いかけて、
寂しくないので「寂しくないよ」と言った。


次も彼は、私に「寂しい?」と訊いた。
やっぱり「寂しくないよ」と私は言った。
嘘はつけない。


彼は「いつでも連絡していいからね」という。
私は「うん。ありがとう」と答えるけれど、なぜか普段彼を思い出さない。
それから何度も電話をかけてきて、彼は必ず口癖のように、
美鳥さんが、寂しくなくてよかった、苦しんでなくてよかった、
安心したよ、と言う。

私は、自分の病気のことも、何も彼に話したことはない。
話すことも、ないと思う。
1人で立っていられる私に魅かれてくれるひとに、
愛され、愛したいと思う。
私の弱い部分を曝け出すのは、いつでもできる。
最初から、しなくてもいい。
私は、こんなに弱いから傍にいてね、優しくしてね、
行かないで、行かないで、と
相手を繋ぎとめる卑屈な恋は、もうしたくない。


寂しいのは、彼自身だと思う。
私が寂しくなくてよかった、というけれど、
彼は、私が寂しい方が良いのだと思う。
私が苦しんでいる方が良いのだと思う。
寂しい女性しか愛せないのだと思う。
彼自身は、気付いていないけれど。
とても優しい人だけど。
傷つきやすい感受性の持ち主だけど。

必要とすることと、愛することは違う。
必要とされることと、愛されることは違う。
寂しいときは、どんな人だって素晴らしい人に見える。
人に囲まれ、1人で立っているときにこそ、
愛すべき人は見つかるのだと思う。
1人で立てるからこそ、愛すべき人に欠点を見出しても、
寛容に愛を持続できるのだと思う。


彼は、女性を好きではないようだ。
女性を尊敬していると言うけれど、
尊敬は恐れに近くて、扱いきれずに理屈をこねる。
男性とは、女性とは、と一般論を話したがる。
会話をしている間は、彼と私しかいないのに。
彼と私の話をすればいいのに。
彼は誰を見てるんだろう、と不思議になる。


彼が、戦国時代の側室制度をはじめ、
アフリカの話を持ち出して、
能力のある男は一夫多妻でもいいんだと言った。
それが、男女の究極の平和な関係だと思う、と言った。
表向きは、そんなふうに見えるだけだ。
裏では、掴み合いと血みどろの歴史が存在する。
彼ほど頭脳明晰で博識な人間が、なぜかそれを度外視する。


アフリカなんて遠い国の話、私には、どうでもいい話だけれど、
彼は、相性の合う女性と恋愛して、結婚したがっている。
誰かを愛したがっている。
愛されたがっている。
女性としての私にとても興味を持っている。
生きている私と向き合うSMを望んでいる。
セックスを望んでいる。


なのに、私にアフリカの話をする。
アフリカに行けばいいのに、と私は思う。
いや、俺は一夫多妻なんて無理だよ、と彼は言う。
そんな能力はないから、と言う。
私は、じゃあなぜアフリカの話を彼がするのか分からない。


男は、量を求めるが、女は量と質の両方を求める。
どんなに能力が高い男でも、身はひとつしかない。
なのに、自分を分割して与えても女が満足するだろう、とは
何て分をわきまえない男だろう、としか思えない。
女は能力ある男を独り占めしてはじめて幸福になれる、
贅沢な生物だということを、彼は知らないのだな、と
なんだか気がつくと私まで一般論をこねている。


私は、寂しい男が嫌いだから、彼を愛せない。
寂しい人は、最後はやっぱり自分のことしか愛せないから。


寂しい?辛くない?苦しくない?
好き? 愛してる? ずっと一緒にいたい?

質問は、いつだってその人の心の影だ。
彼に会ったこともないから、影しか見えない。
でも、影の形だけで見える姿もあると思う。


彼から、きみから電話が来ないから、
一言でいいから言葉が欲しいとメールが来た。
私は、なんにも言葉が出てこない。


だって、私は彼が望むような、さびしくて苦しい女にはなれない。
私が見ている影の形を、彼に伝える気にもなれない。
彼が気付きたくないことなら、私も気付かないふりをするしかない。
彼を傷つけたくないし、彼も傷つきたくはないようだ。
傷つきたくないから、アフリカの話をするんだと思う。
だけど、せめて私がかけられる他の言葉を探してみる。
傷つけないための偽善なら、許されるのでは、と考える。


彼の影が私の前にちらついて、私はやっぱり言葉が出ない。



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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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