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2007/11/30 (Fri) 生きてやる 生きてやる

お前らなんかに 殺されてたまるか

殺せるもんなら 殺してみろ

叩くぞ蹴るぞ殴るぞ殺すぞ

お前たちは 
そうして私に恐怖を植えつけ 
自分たちの都合が良い玩具にしてきた

自分たちの手を離れ

意志を持った玩具がそんなに邪魔か

そんなにお前たちを苛立たせるか


ならば 私を殺してみろ
言葉どおり殺すがいい
見事 私を殺すがいい

ほら
私の心臓は ここだ
私の頚動脈は ここだ
私の血肉は ここにある

欲しいなら 取りに来い


思うように殴ればいい
好きなように蹴ればいい
罵り見下し唾を吐き
臓腑をナイフで抉ればいい
好きなだけ 切り刻め


私をそんなに殺したいなら
殺しにおいで


ただし私は玩具じゃないぞ

お前たちの玩具じゃないぞ


私は人だ

熱い血が脈打つ人間だ


真実から無様に逃げ回り 
常に生贄を求める卑劣なお前たちとは
完全別種の人間だ



私の肉を切り刻む 
お前の腕を掴みしめ
血みどろの爪を
力の限り喰いこませ
私の痛みを教えてやろう


頭を斬りおとされたなら
首ひとつでお前の喉元に喰らいついてやる
事切れるまで食い千切り
私の歯型を刻んでやろう


私の息の最期まで
切れる瞬間 その刹那まで
私を殺す お前を睨みつけてやろう

残虐な悦びが踊るその目の奥を睨みつけ
お前の眼球 その奥の脳髄
お前の卑劣な魂に
私の真っ赤な怒りを捻じ込んでやる


命なんて くれてやる

命を奪って何になる

そんなに欲しいか
愉快なものか


私の命を奪えたならば
私が折れると思うのか
私が屈服すると思うのか

思い上がるな
卑劣な馬鹿が


罵倒も脅しも聞き飽きた
殴られる痛みなんて糞喰らえ
痛ければ痛いほど 
私は怒り 力を得るんだよ

私は玩具じゃないんだよ



私の涙はお前たちには
泣きごとに見えるらしいな

お前たちの目は盲目だ

これは怒りの涙だ

お前らを許さない
お前らのような人間を許さない

人の痛みを解さない
人のかたちをした悪魔
私は絶対許さない

これは怒りと決意の涙だ



殺せるものなら殺してみろ

私の遺言は 彼に託した

お前たちを 一番よく知る彼に託した

お前たちが どう取り繕ってあがいても
お前たちが なにくわぬ微笑で隠そうと
死しても必ず明かしてやる
虐待の悪業を 
つまびらかに公表してやる


腐った私の屍を
解体するか
ミンチにするか
海の藻屑か
土に隠すか


私の命を奪っても

私は言葉の中に生きてやる

死して言葉で生きてやる



お前たちが愛情と呼んでいるもの
それは暴力と呼ぶんだよ 
卑しい馬鹿が
知ったような口で愛を語るな
自分の拳一つ制しきれないお前たちが
愛を語るか
笑わせる



殺したいなら殺してみろ
命と肉体に何の価値がある
生きても死しても
私が私であり続けることが
何より尊く誇らしい
これが私の死に様で
これが私の生き様だ


私の命は奪えても
私の怒りは奪えない

私の命は奪えても
私の誇りは潰えない


殺されてたまるか
生きてやる
虐待の残酷さを
暴力の卑劣さを
最期の最期の最期まで
叫び続けて 生きてやる


殺せるものなら
殺してみろ





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詩と写真 | comment(5) |


2007/11/29 (Thu) 殺されてたまるか

今日弟から、暴力を受けた。

詳細を語る気力はないが、
全く力加減もなく突然蹴られた。
自分の体が鈍い音を立てた。
倒れて呻き、床をのたうちまわった。
柿の皮を剥いていた父は、手も止めず、
苦しむ私をちらりと見下ろしただけだった。

次は殺すよ?

弟が、穏やかにそう言った。
もう、私を見てすらいなかった。
新聞広告を眺めながら、そう言った。

私は、痛みをこらえながら、
なぜ私を蹴るのか?と彼に訊いた。
彼は
「ん?がまんできなかったから。」
と、また穏やかに言った。

それから
「殺すって言ったら、わし殺すから」
と、私に静かに念を押した。


蹴りつけられた体が痛む私に、
弟MKは、すぐにたわいない話を、いつもどおりしてきた。
泣いて真っ赤な私の目は、彼には見えない。


痛みは、どんどんひどくなって、
でも泣いたり怒ったりすれば、
何が刺激になって殺されるか分からない。
彼は、狂っている。
行動の予測がつかない。
傍観する父も、同じく狂っている。
止めるものは、この家にはいない。

私は庭に出て、メールを打った。
なぜかNさんに打った。
私は、暴力を受けました、
私が死んだときは弟に殺されたときです。
書いて送った。
殺されたときに、
誰か一人でもいいから真実を知っていて欲しい。
それから東京の弟MTに電話した。
MTは、
「その家は殺人の下地が既に完全に出来上がってるから危ない」
以前も私に言ったように、確信ある声で言った。
兄は、友人も財産も自信も社会性も、
何にも持っていないから、
そんな人間は平気で人を殺せるし自殺もできる、と。


実家を離れるべきだと言った。
MTは、私に「金はある?」と訊いた。
私は、ある、と答えたのでMTは安心したような気配を見せた。
「金、渡さんでよかったな」と言った。
本当に、そうだ。
金を渡せ、明細を見せろと迫られた、あれは8月だった。
あのときも、お前を殴り倒して石をつけ、
神戸港に沈めると言われたっけ。
母も隣で頷いていたっけ。


私は、MTにお願いをした。
私がもしこの家で殺されたなら、
この家で行われてきた全ての罪を出来る限りの人に公表して。
表に出ることのない、
虐待の残酷さを出来る限りの人に知らせて。
私の全てを、この苦しみを、この怒りを、
こんな家庭の真実を、家族のおぞましさを、誰かに伝えて。

MTは、私の言葉を笑わなかった。
苦笑もしなかった。
この家で育った彼は、私のこの恐怖を唯一肌身で知っている。
全部を公表するねんな? と確認するように私に訊き返した。


何か言いかけた言葉をのみこみ、
彼は「わかった」と、約束してくれた。


父が車で最寄の駅まで送ってくれた。
車中で少し話した。
私のことは、どうでもいいが、
あなたの息子はいつか殺人者になるよ?
と私は言った。
父は、いつものように
「しゃあないやないか。あれはあいつの問題なんや。
あいつが信心せんことには、しょうがないやないか」
それから父は、お前の気持ちより、
MKの気持ちが分かると言った。
信じられなくて、耳を疑った。
「俺もすぐ頭に血が上るからな。あいつの気持ちは分かるわ。
あれくらいするわな」
と言った。
突然蹴られた私の気持ちは、分からないのか。

そういえば、父はMKと同じ種類の人間だ。
苛々すれば動物にだって「ひねり殺すぞ」と
顔色を変えて怒鳴りつける。
私にも「死んでしまえ!」と簡単に喚く。
空腹になると、当り散らす。
気に食わないと、すぐ殴る、物を投げる。
MKが、バットで思い切り殴られたこともある。

家は殺人の匂いがする。
よく夜中にMKが、包丁を持ち微笑を浮かべ、
ガラスに映る自分に見惚れながら、
「刃物を持つと気分がいいなぁ」
と言って振り回していたものだ。
両親への暴力が何度かあって、
夜中に両親が殺されないように、
一睡もしないで見張っているのは当時の私の日常だった。
MKに、鉄のゴミ箱で突然頭を殴られ気絶したこともあった。
MKが、ナイフを持って人を殺しに出掛け、
運良く途中で気が変わり、帰ってきたこともあった。
父もMKも、同じ種類の人間。
傍観し、暴力を放置する母も同類。


限界だった。
走行中の車から飛び降りようとした。
何度ロックを解いても、
走行中のドアは、自動的に何度も何度もロックされる。
開かないドアを掴んで、発狂しそうだった。


「降りる!降りる!降りる!」
叫んでロックをガチャガチャやっている私に、
父が「何やってんだ!」と怒鳴った。
徐行したとろで、やっとドアが開いて、
私は車道に飛び出した。
いつの間にか泣いていて、
泣きながら荷物を持って駅まで歩いた。
父が背後から何か言っていた。
もう聞く必要は、なかった。


刻々と痛みは増して、
座っているだけで吐き気がする。
自傷欲求が湧いてくる。
でもこれは、私の本当の欲求じゃない。

生きてやる、と宙を睨んだ。


殺されるものか。
お前たちに殺されてたまるか。
私がいつまでもお前たちの暴力に屈し
めそめそ泣いているだけの人間だと思うな。
私は人間なんだ。
お前たちの玩具じゃない。

お前たちなんかに殺されてたまるか。
私は敗けない。
屈しない。
死を前にしても、屈するものか。




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機能不全家族 | comment(1) |


2007/11/28 (Wed) 万能ごっこ

2007.11.28_diary.jpg


<カウンセリング 2007.11.22> 後編
 ※「言葉が媚びれば私が消える」の続きです


私にとって、SMとは何なのか?
虐待の経験によって埋め込まれた異常性なのか?
それとも、自発的に養ってきた感性なのか?

果たして生育暦なのか、生まれつきなのか、
絶えず疑問を抱いてきた。
答えを求め、私はSMに限らず、
ありとあらゆる性倒錯に関する情報を集めてきた。
性倒錯者と何人も会話し、共通項を探した。
アルゴラグニー(疼痛性愛)に関する心理学、
特に発達心理学の論文などを幾つも読んだ。
カウンセラーの養成所にも通った。
当事者と学者の両方から、分析材料を得て、
自分なりに納得できる答えを欲した。

どれも私のことのようであり、でもどこか違和感があった。


私は、カウンセリングの数度に一度は、
カウンセラーに質問する。

私がSMを必要とするのは、
私の生育暦から来る病でしょうか?
それとも、私が生まれつき持っている感性でしょうか?


今日、また同じ問いをした。
これまでより、もう一歩踏み込んだ質問をした。
「先生は、SMに関する論文を読んだことがありますか?
私は、書かれているどれに該当すると思っていますか?」


先生は、論文は読んでいる、と答えた。
それから、私を見て、
「でも、論文を読んでも意味がない」
と言った。
私は、カウンセラーの言う言葉とは思えず、
一瞬言葉に詰まった。

カウンセラーとして長い訓練を受け、幾多の論文を読み、
勉強し、あらゆる症例のクライアントと出会ってきた先生が、
まさか、いわば心理学の一端を否定するような言葉を発するとは
思ってもみなかった。

先生は、続けた。
「だって、あなたは論文なんかに当てはまらないから」
と言った。
それから、例えばSMに対する思いひとつとっても、
私の思考が0か100かという
極端な論理に陥りやすいことを指摘された。



「人は、そんなに単純じゃない。
生育暦か、感性か、どっちか片方というわけでもない。
まだ、はっきりとは分からない。
でも、確かにいえることは、
カウンセリングの目的は、過去を追及するためではなく、
今や未来のために、何が居心地が良く安心できるのか、
内省することで見つけていくことなのよ」


「あなたが知りたいことは、あなたの中にある。
論文でも統計学でもない、あなたの外に答えはない」
そう、先生は言った。


カウンセラーとしてではなく、
K先生の人間性に心打たれた。
私という人間は、
なんてひよっこで浅はかなんだろうと思った。
私の人間認識の甘さを痛感した。


人間と接するプロが、プロたる由縁は、
どんなに知識を得ても、情報を得ても、時間をかけても、
「人間の全ては分からない」という、
とても謙虚で敬虔な姿勢に尽きるのだと思う。

他者を尊重するということは、
どこまでいってもあなたには私の知らない深みがある、と
温かで自立した眼差しを持つことなのだと思う。


確かに私は、0か100かの観念が強い。
精神科医に言わせると、強迫性人格障害が強いらしい。
以前に比べて、遥かに寛解したが、
少しの忠告を受けても全否定に感じ、パニックを起こす、
少しの好意を示されれば、全て寄りかかる、
繰り返しだった。


人の多面性を見出すことは、大好きなのに、
自分の持つ多面体は、面の全てに接合点がなく
全て脆くてばらばらで、
掴んだ端から、崩れて拡散していく。
不安で不安で、たまらない。
自分がどこにも見つからないから、
何かの拍子に、
そのうちのひとかけらを拾えたならば、
それで世界は全てなんだと思いたがる。
未知の世界は怖いから、
全てはこれで全部なんだと安心したい。


そんな私は、自分に対して、人に対して、
とても傲慢なんじゃないだろうか。
K先生に接していると、そんなふうに思う。
私は、生まれたばかりの幼児のよう。
実際の幼少期に持ち得なかった万能感を、
治療を通して今やっと持ち始めた。
ようやく目が少し開くようになり、
あたりが見えはじめた。
とても未発達な五感で、
目に入るもの、口にするもの、耳にするもの、
それだけが、世界の全てだと錯覚したがる。
発達心理学でいわれる、赤ん坊の万能感に似ている。


立ち上がっては転び、
一歩踏み出しては転びを繰り返して、
赤ん坊は、裸足の足で
地面の温度と確かさと、不安定さを知っていく。
一歩ずつ。一歩ずつ。

世界は、決して万能ではないのだと、
万能でなくても美しいのだと、
知るための一歩ずつ。


私はまだ、世界のほんの片隅しか知らない。
今日やっと一歩、前に進めた。




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治療日記 | comment(6) |


2007/11/27 (Tue) 深海に月

PB250012.jpg


満月の下、思いつくまま歩いた。
昼の温度を一切失い、夜の冷気が支配する。
誰もいない。
音もない。
深海のような、夜。
あてもないまま遊泳する。
白い息を吐く。
冷えた深海魚。


アスファルトに足を投げ出して座り、
向こうの道路を時々走る車と、
交差点の信号機が青、黄、赤と
音もなく繰り返し変わるのを見ていた。


そういえば、
誰もいない真夜中の道を、
恋人と、手を繋いで何度も歩いた。

いつも冷えている私の指先とは反対に、
恋人の手は、どんなときも大きくて温かく、
私の手をすっぽり包んでくれた。
甘ったるい幸福感に、
このまま浸りきって、
どうか死なせて。
他には、何にもいらない。
別れの言葉も。
恋人の声も。
私の命も。
次の瞬間も。
なんにもいらない。
なんにもいらない。

お願いします。
神様。
神様。



夜が冷たければ冷たいほど、
恋人の体温が生々しく、
私の頭の芯は鈍く熱を帯びる。
恋人の優しすぎる手のぬくもりは、
すぐに焦れったさに変わる。


足りない。
足りない。
神様、全然足りません。
殺されても、足りません。
全て失っても、足りません。
いとしすぎて、足りません。


お願い。
壊して。崩して。
切り裂いて。
踏みつけて。
刻みつけて。
突き刺して。


恋人の熱い体。
奥深くまで貫かれる瞬間。
体が自動的に刻まれた記憶を反芻し、
あまりの浅ましさに目が眩む。
溺れまいと恋人の手につかまって、
恋人に悟られないよう、
熟んだ息をひそやかに押し殺し、
静謐な夜を歩いた。
世界に二人だけの足音が、
夜を微かに震わせた。



これは、いつの記憶だろう。

曖昧な記憶と、明瞭な夜の冷気。

記憶の底から見上げる月は、
深海に届く光に似て、
遠くにあって、闇を濁す。





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日々日記 | comment(6) |


2007/11/26 (Mon) 七年目の記念写真

2007.11.26_buncho.jpg


文鳥の きり(左♀8歳) もも(右♂9歳)
夫婦になって7年目。

きりは、礼儀正しく公平正大、
おっとりしているけれど怒ったら怖い大和撫子。

ももは、利口で愛嬌たっぷり、人間には甘えっ子、
音楽好き、巣作りと子育て上手な出来る男。

私のプロフィールの写真は、
彼らの娘、むく(白文鳥7歳)。
彼女は、食いしん坊で自立心が強い暴れん坊、
やることがいちいち男前なので、
美人な割に女の子ということを忘れられがち。
でも意外に繊細で、寂しがりや。


2,3歳までは、全員ママの私にべったりだったが、
今では、すっかり逞しく自立してしまい、
抱っことごはんと体調不良を訴えられるとき以外、
ママの私は、概ね放置プレイ状態。

その我侭っぷりとストレートな愛情表現が、好き。
まるっとしたフォルムも、見ていて全く飽きない。




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文鳥 | comment(3) |


2007/11/26 (Mon) 疑問符

2007.11.25_diary.jpg


朝起きると、日差しが柔らかくて、まるで春のよう。
英会話の帰りにカフェへ行って、
一人でのんびり長居しようと決めた。

大好きなバッグに、詰め込んだ。

熟読しているデザイン雑誌。
一眼レフと撮影テキスト。現像済みの写真BOX。
ERIC CARLEのノート。
ペンと万年筆。手帳。リップクリーム。眼鏡。
大好きなSamantha Thavasaの長財布。
ヘアクリップ。写真集。
まだ何も貼っていないフォトブック。

たくさん入れてもコンパクトに見せてくれる、ヴィトンが大好き。


英会話の授業は、
いつにも増して外国人講師のセクハラが激しい。
寒くても美鳥があっためてくれる、とか、
料理作りに来てくれる?とか、
美鳥が遊びに来てくれたら寂しくないとか、
挙句、淀川をカヌーで遡って会いに行くよとか、
複数の生徒を前に、その他呆れた発言を連発。
帰りに呼び止められて、また誘いの言葉。
阿呆らしいので、全部適当に流した。


不愉快な目にあった、と思いながら一人でドアを出たら、
先に帰ったと思っていたNさんとIさんが待っていてくれた。
何か言われたんじゃないの?と心配してくれた。
嬉しい。
女三人、話しながら坂を上がって、
お茶に誘ってくれたから、3人でカフェに行った。


Iさんが、自分の娘のことを話し始めた。
自律神経失調症を患い、30歳を過ぎて引きこもるようになり、
随分悩んだ、という話だった。
現在無職らしく、それでも外に出るようになったから良い、と言った。
しばらく、そんな話が続いた。

自律神経失調症や鬱やリストカットの話を、
二人がするのを聞いていた。
鬱は死にたくなる病気だから、
家庭内暴力は鬱じゃないだろうとか、
二人は、殆ど神経症のことを知らなかった。


私は、自然な流れのように思えて、
私は、ずっと精神科に通院しています、と言った。
カウンセリングにも通ってるんです、と話した。
二人とも、物凄く驚いた。
多分、私が、病人らしく暗い顔もしていなければ、
俯いてもいないし、神経質にも見えない、
英会話では明るいキャラクターで通っているからだ。

私は、自分の症状を話した。
でも、例えば離人感の話になると、感覚が違って、うまく説明できない。
母と共通の知人である彼女たちは、勿論、母のことも聞いてきた。
どう説明していいのか良く分からなくて、事実だけ伝えてみる。
弟のことも、話してみた。
二人とも、私より25歳ほど年上で、人生経験も豊富だから、
私を物珍しい目で見たり、接し方を変えたりはしなかった。
ありがたい。
Nさんが、唐突に、冗談めかして
「あんた、死んだらあかんで」と言ったので
なんだか可笑しくて、Iさんと笑った。
Iさんは、どこか少しいたわるような表情で私の目を覗き込んで、
「話せるってことは、もう大丈夫ってことよね」
と言ったから、私は笑って頷いた。



店に入って1時間ほどして気付いた。
そういえば、Nさんとは、気が合うし
今まで何度も話しているが、
Iさんとは、向かい合ってお茶をするのは初めてだ。

気付いた頃には、既に私の手は冷え切っていて、
吐き気と不安でカップを持つ手が震えていた。
自覚するのが、遅れた。
私は、震えを悟られないように、
コーヒーに口を付けることをやめた。

私は、女性と親しくするのが苦手で、
ついでに食卓恐怖だった。
人と向かい合って食事やお茶をすると、
相手に余程気を許していなければ、恐怖が襲ってくる。
会話の内容によっては、パニックで卒倒する。


慌てて、会話の記憶を遡った。

無意識に話していたが、
私は、とんでもないことを話してしまった。
話し過ぎた。
距離を縮め過ぎた。
どうしよう。
急に、目の前の二人が怖い。
この人たちは、信用できる?
本当はどう思ってる?
次に会ったとき、私をどんな目で見る?
Nさんって、本当はどんな人?
Iさんのことを、そういえば私はよく知らない。
半年スクールで顔をあわせているからといって
私は、よく知らない。
しまった。
失敗した。

二人に、このことは決して母には言わないでくれ、
誰にも言わないでくれ、とお願いした。



家に帰り着くと、母が美味しそうな夕飯の用意をしていて、
父は上機嫌で庭からとってきた柿を剥き、
庭でとれたさつま芋を焼いていてくれた。
弟は、相変わらずPCに向かっている。
私も、とても上機嫌で、両親に三人でお茶をしたことを話した。
美鳥は本当、どんな年齢の人とでも、
気軽にすぐ仲良くなっちゃうのねぇ、と母が感心したように言った。
私は、決して彼らが嫌いじゃない。
好きだ。


バッグの中のものを片付けて、
夕食の席に付こうとして、急に立っていられなくなった。
吐き気と、不気味な冷や汗、いつもの背中の痛み、
呼吸困難に襲われた。
家族に、笑って接する表面の私とは裏腹に、
心の内は、罪悪感で荒れ狂っていたらしい。
パニックだ、と気付いたときには、もう遅い。
のみこまれていた。



今日、彼女たちに私は、私の話だけをするべきだった。
弟と母の名誉を傷つけた。
弟と母を侮辱した。
この家族を、傷つけた。

両親を見て、心の中で謝った。
弟を見て、心の中で謝った。
母は、あんなに私と弟の病気を、
世間から隠したがっているのに。
弟自身、この家にはいないかのように、
気配を殺して生活をしているのに。



彼女たちに具体的なことは何も話をしなかったし、
<虐待>なんて言葉も使ってはいないけれど、
他人の前で家族に対する批判めいた言葉を口にし、
私は、自分だけ被害者面をした。
自分だけ良い子の顔をした。

許せない。
私は、なんて汚い奴なんだ。
なんて卑怯者。



パニック発作に襲われて、
何を考えられるわけでもないけれど、ただただ、
<私は失敗した><私は家族を侮辱した>
心が、真っ黒に塗り潰されて、
立っているのか倒れているのかも分からなくなった。
突発性難聴に襲われて、音は私の中で鈍くこだまして、
もう何が何だか分からない。


小説を書いているNさんに自分のことを話してみたくて、
こんな私でも現実に受け入れてくれる人がいるのか、
どんな反応をされるのか、知りたかった。
ずっと機会を待っていた。
私を知ろうとしてくれる人が私に訊ねるのなら、
私は、私の家庭の話をしなければ、うまく伝えられない。


でも、それは本当に必要なことだったのか。
私にとっては必要でも、私の望みは家族を傷つける。


人の名誉とは、何だろう。
事実を隠すことで保たれる名誉とは、何だろう。
私は、自分の病気を告白しても、私の名誉は傷つかない。
でも、だからといって、
私が母や弟の名誉を傷つけていい権利なんて、どこにもないのだ。



翌日起きると、
記憶にない言葉が、眠剤で崩れた文字で手帳に記されていた。
四行の空欄に、一行だけ書いてあった。
「話し過ぎた? 家族を侮辱してる? 」
疑問符がついていた。


今の私の胸の中にも、罪悪感と供に疑問符。
罪の意識に疑問を持つなんて、真に見下げた客観性だ。
いつでも隙あらば自己弁護しようと構えている、
卑しい偽善者のようだ。


自分の感情や行為に確信が持てない。
私はどうしても母のように自分を隠せない。
でも、黙っていた方が良かったんだろうか。
<沈黙は金>だろうか。
でも、これは本当にそうだろうか。
見栄を捨てなければ、先へ進めないんじゃないんだろうか。

でも、今日の私を知れば、家族は確実に傷つくだろう。



私は、誰の何を守ればいいのだろう。





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日々日記 | comment(2) |


2007/11/23 (Fri) セックスと。甘いいちごと。どろんこハリー。

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あやは かわいいこ
優しくて 頑張りや
素直で 子供で 甘えんぼ
すぐに泣くけど すぐ笑う
おもちゃやお菓子が大好き
おしゃれが大好き
おんなのこっぽいものが好き
かわいい下着をいっぱい持ってる
クリスマスが一番たのしみ
ねむるときはミッフィーといっしょ
大好きな人の服が好き
ハンカチが好き
かじっていると安心する
おひざ抱っこで絵本をよんでもらうのが好き
「どろんこハリー」が一番だいすき
よごれたハリーがおうちに帰って
かぞくのだれにも分かってもらえないとこで
いつも怖くて泣いてふるえて
抱きしめてもらって 
最後まで読んでもらう

いちごに練乳いっぱいが大好物
ときどきタバコをすって
電気ブランとあわもりが好き
犬も猫も鳥もカメも魚もおもしろい
ピンクと赤とオレンジが好き
公園 原っぱ 川が好き
散歩が大好き 歌をうたう
お絵かきも好き
いたずらが好き
気持ちいいことが好き
セックスが好き
どこでも触って いっぱい撫でて
あやの体をぜんぶあげる
大好きな人の手で
あやの体は何回でもとろける
大好きな人を
からだじゅうのどこでだって受け入れて
ぜんぶ気持ちよくて
しなって弛緩して くりかえす

大好きな人と 
いっしょに入るお風呂が大好き
アヒルのママとこどもを浮かべて
泡いっぱいのお風呂に入って
髪の先からつま先まで 
ぜんぶ洗ってもらって幸せ
すべすべの茶色い髪がじまん
春も夏も秋も冬も みんなきれい
あやのママがそばにいてくれたら
それだけで みんなきれい
ぜんぶ楽しい
ぜんぶ好き


だけど
あやは死んじゃった
あやをうんでくれた恋人は
もう あやのママじゃなくなって
ただの男の人に戻っちゃって
あやは一人になっちゃって
あんまりさみしいから
死んじゃった


どこかに まだいるのかな
あやがいなきゃ つまらない
あやが みつからない
私の中に もういない


夢にあやが出てきて
愛するひとの前で
口いっぱいガラス玉を飲み込んだ
愛するひとは あわてて
必死であやを助けようとしてて
あやの口からガラス玉をいそいで出させて
もうこんなことしちゃだめだよ
て悲しい声でいって
あやをやさしく大きな腕で抱きしめた
でも あやはまた
息がつまりそうになりながら 
ガラス玉をいっぱいのみこんで
愛するひとは あやが心配で心配で
くたくたになって 頭をかかえてた
そんな愛するひとをみて
あやは しあわせでぼーっとしてた
そんな愛するひとが見れるなら
どんないたいことも
くるしいことも
あやは なんだってできる


目が覚めて
自分の中を必死でさがして
あやを探したけど
私の中に
もうあやは見つからなくて
いまさらなのに
あやがいなくなったことが
どんなに悲しいことか
あやがいなくてさみしくて
悲しくて悲しくて
わーわー泣いた


もう あやはいないのかな
本当にいないのかな
もしまだ どこかで生きてるなら
ママをなくしたあやは
それでも自分の名前は”あや”だって
いまでもちゃんと覚えてるかな


からっぽの椅子がつめたくて
あやがいなくなってからは
ずっとつめたいままの椅子
ずっと からっぽの私


悲しい 悲しい 
涙がとまらない
あやに会いたい
あやはどこ?
あやをだれがころしたの?
ママがころしたの?
それとも あのとき
私がころしてしまったの?

まだ どこかにいるのなら
いばしょをこたえて
あやに会いたい







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解離性同一性障害 | comment(4) |


2007/11/23 (Fri) 言葉が媚びれば私が消える

2007.11.22_diary.jpg

カウンセリング 2007.11.22


風邪が治りきらないまま、片道約2時間かけて
カウンセリングへ行った。
カウンセリングに対してポジティブな気持ちのときには、
風邪くらいの体調不良は、関係ない。
先週とは、大きな違いだ。


先週、ブログのアドレスを先生に渡した。
見てくれたのだろうか、どう思ったんだろうかと気になる。
でも、やはり今日も先生は、いつものとおり
「今日は何から話しますか?」と訊いたきり、
ブログのブの字も、言おうとしない。
クライアントが話したいことを常にメインにするためだ。


私は、しばらく実家の話をした。
私の家族の、金銭感覚の話だ。
例えば今朝、弟が、
また私の監視役となって任務を遂行した。
私が購入した本の代金数百円を、
マジックペンで紙にでかでかと書き、
母の席に貼り付けていたのだ。
金額以外、何も書かれていないが、
「姉がこれだけ買ったから、忘れず徴収するように」
という意味で貼られた紙だ。
私は、何も踏み倒した覚えもなければ、
先週、母に貸した金だって、
まだ返してもらってない。
自分から取り立てて請求したこともない。
なぜ、母の借りは書かず、私の借りだけ書くのか。
同じく、私とは違い、母から借金する形で
本を購入した弟自身の代金は、なぜ書かないのか。
登録情報上、母の名義で購入されるわけだが、
私は、払わないと言った覚えもなければ、
踏み倒したこともない。
カウンセリングに行く、と言うと
父が「お前、金を払ってからにしろよ」と言った。
だから、私がいつ払わないと言ったんだろう。
ここの家の人たちに聞いても、答えはない。


両親からは、
私にかかった養育費まで返せと言われた位なので、
そんな両親と金銭についてやり取りをするのが、
とても虚しく感じる。
ただの貸し借りではなく、
権力を奪い合い与えあっているような、
重苦しい空気が、いつもある。

社会に出たばかりの頃は、
家庭内での金銭感覚そのままだったので、
人からコーヒー一本奢られることさえ苦痛だった。
付き合う男性から奢られることも、
奢られないことも苦痛だった。
愛情関係に1円でも金銭が関わると、
混乱してパニックを起こし、
自傷欲求が抑えられず、私にとっては地獄だった。
お金のない世界に行きたい、と
子供のようなことをいつも願っていた。

今、そんな感覚を持たなくなったのは、治療のお蔭。
そして、怯える私に少しずつ少しずつ、
お金と愛両方をもって私を愛し、育ててくれたYのお蔭。



時間を半分過ぎて、私からブログの話をした。
話し始めて、先生の反応が鈍いことに気付く。
カウンセリングという、対面での会話よりも、
ブログを通じての先生への情報伝達に、
会話の軸がずれることを危惧して、
慎重になっているのだと分かった。
私は、思わず笑った。
先生が、私が思っていたとおりのことを言ったので、
先生と一緒に笑った。
一対一で話すより、文章で一方的に情報として伝達した方が
私にとっては楽だろう。
でも、それじゃカウンセリングの意味がなくなってしまう。
現実で向き合って、先生と私の間でその瞬間生まれる会話、
その会話を私がまず優先して大事にしなければ、
カウンセリングは、ただの一方的な独り言になってしまう。
先生が恐れていることが何なのか分かっています、と伝えて、
慎重に、ブログの話をした。


私の7年を知る先生は、このブログ以外の私も知っている。
例えば、私の趣味や日常の暮らし方、友人、恋人、
このブログにいまだ書いていない性格まで。
ブログは私の一部にしか成り得ないが、
カウンセリングの私と、ブログの内容を比べて
何か違和感がありますか、と訊いた。
先生は、ない、と答えたので、安心した。
それは、私が誰にも媚びず、誰からの批難も恐れず、
ただ純粋に自分を書けているという証だからだ。


誰かと取るコミュニケーションには、優しさや気遣いがいる。
でも、純粋に自分を表現するとき、人目を気にすると、
幾らでも言葉は媚びてしまう。


例えば、

私は悪い子です、
どんな両親でも私は愛しています、
私が至らないんです、
虐待なんて私の言い訳なんです、
病気なんて、ただの甘えなんです、
頑張ります、
頑張ります、
そう言い続ければ、
きっと善良な多くの人は、優しい言葉で許してくれる。


逆に、

私は虐待を受けました、
虐待の傷を抱えて、私は苦しんでいます、
病気が私の人生を奪っていきます、
虐げられた怒りが消えません、
こんなことをされました、
あんなことをされました、
私は何も悪くないのに、
私は私らしさが分からないので、
間違っていることも、正しいことも、
自分を知りたいので善悪を問いません、
と言えば、
人は、宥めや反発、批難の気持ちを持つだろう。
一生懸命子育てをしている人は、
私の両親の肩を持ちたい気持ちになるかもしれない、
過去を乗り越えてきた人は、
過去はもういいじゃないかとポジティブ思考を勧める人もいるだろう。


自分をありのまま書くということは、
その分、他者のイデオロギーを刺激することでもある。

同時に、私自身の良心も痛む。
私は、ここに綴っている両親を憎んでいるが、
両親の人柄をとても愛している。
シンプルでない自分の心に、
ある意味背いて書いている。
両親と一つ屋根の下の実家で、
このブログを書くとき、私は
両親と自分を傷つける後ろめたさに襲われている。


でも、私は、あくまでも私でしかない。
ただ、ありのまま書いていきたい。
先生は、誰かの目に触れることで、
ブログを始めた最初の気持ちが揺らがないかと心配していた。
確かに、揺らぐ。
たった一人でも、読んでくれる人がいると思うと、
ありのまま書くことが罪悪のように感じることがある。
でも、私はもう自分に嘘はつけない。


今までずっと自分に嘘をついてきた。
悲しくても不安でも寂しくても辛くても、
屈辱も怒りも孤独も全部、蓋をして生きてきた。
悲しんでも寂しくても、仕方がなかったし、
弱みを見せれば大人たちに笑いものにされるだけだった。
怒っても自己主張しても、良いことなんて一つもなかった。
精神病院に入れられないよう、
怯えて暮らさなきゃいけないだけだった。
生き延びるためには、
私が私でない、ということが、最良の生き方だった。



だからこそ、今私は、自分をありのままに書く。
良い子でいようとする自分を、削って削って、書く。
醜くても間違っていても、ここが私の出発点だ。
これまで私を抑え付け、私の声を奪い、私の息の根を止めようとした、
暗い闇や、怒りや、絶望や不安、
それを全部吐き出さなきゃいけない。
ここに綴る言葉は、
私が今まで一言も発せなかった言葉だ。

人が不快に感じて当然なのだ。
何よりも誰よりも、私自身が不快で不快で、
身の内に留めていたのがおぞましいくらい不快だからだ。
醜く澱んだこの心の、ずっとずっと奥に、
私にとって本当に大切なものがある。
私は、それをただ取り出したいだけだ。

誰かに媚び、誰かの許しを請い、
誰かの倫理観に伺いを立てていたら、
どんな言葉を綴ろうとも、
それはもう既に私ではなく、
他の誰かになってしまう。
言葉が媚びれば、私が消える。



誰かに哀れんで欲しいわけじゃない。
誰かと不幸比べをしたいわけでもない。
今の私が、良いのか悪いのか評価されるのも、御免だ。

自分と向き合って、自分が知りたい。
病気と向き合って、生き直したい。


ただそれだけの私に、
もし共感してくれる人がいるのならば、
そんな人と、優しさで繋がりたいと思う。
それぞれの過去も感性も病気もセクシャリティーも、
互いに尊重し、横にそっと置いて、
願わくば、
いたわりと励ましの言葉で繋がりたい。



<カウンセリング 2007.11.22>後編 「万能ごっこ」に続きます



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治療日記 | comment(2) |


2007/11/22 (Thu) 必然の救い

今年八月に、
実家で殺されるかという目に遭い、
マンションに逃げ帰った。
妄想でないか、現実にあったことなのか、
再三確認された上で、自殺を危惧された医者に、
リスパダールを処方された。
医者の狙い通り、私は動けなくなり、
自殺どころか、ベッドの上で半昏睡状態に陥り、
数日起き上がれなかった。


弟が、私をしたたるような憎しみの目で睨みつけ、
お前など、ボコボコに殴って半殺しにして、
石をつけて神戸港に沈めてやる、と言った。
彼は、母に同意を求め、求められた母は私を睨んで頷いた。
父は、私の目の先で暴れまわり、
そこらの目に見えない何かを蹴りつけ、
怒鳴り、喚き、腕を振り回し、お前などもういらん!と叫んだ。

殺されると思った。
大雨の中、庭に隠れていた。
家族の誰にも必要とされない自分が嫌いで嫌いで、
誰か殺してくれ、殺してくれないのなら
車道に飛び出してグチャグチャに轢き殺されたいと
そればかり考えた。


私の家庭には、
幼い頃から暴力と死と殺人の匂いがしていた。
いまだ消えない。
同じく弟のMTは、
殺人、もしくは自殺で
家族の誰かが死んだという報が
いつ来ても驚かない覚悟をしていると言っている。

他人から見れば、とても仲が良い家族に見えるらしい。
良い家族ね、
素敵な家族ね、
優しいお母さんね、
立派なお父さんね、
素晴らしいお子さんたちね、
聞き飽きるくらい、聞いてきた。
実際、私たちは外では、
礼儀正しく品行方正でにこやかで、善良だ。


でも、蓋を開ければ、単なる機能不全家族。
仲が良いのではなく、
おぞましい業や執着で濃密に絡み合っているだけだ。
ニュースで家族殺しが報道される度、他人事には思えない。
いっそ決裂し、憎みあっていた方が人として健全であって、
私の家庭のような、表層と深層にギャップがある家庭ほど、
死や殺人が密かに忍び寄り、
ひと息に呑み込まれそうな気がするのだ。


MTは、家を遠く離れたが、
15年近く引きこもっているMKは
家族以外の人間関係を一切持たない。
彼がどんなふうに家庭の中で追い詰められ、
子供なりに自衛してきたのか、
彼と似た境遇、病気を持つ私には分かる。
けれど、両親と弟の結びつきは、
15年の間に想像以上に濃密さを増し、
弟は、両親の手先のようになってしまった。


治療する私を両親と同じように馬鹿にし、
両親への服従を、何かと誓わせたがる。
最近は、私の言動を両親に報告し、
私が何か言ったときには
「あいつは、あんなことを言っているけれど、
本当は嘘をついていて、
自分の都合がいいようにしようとしている」
等と、親に小声で耳打ちする。


子離れできない親と、親離れできない子供、
そして、親離れも子離れも出来ないように、
完璧に出来上がった家族のシステムは、
私の体にも組み込まれ、MKの体にも組み込まれた。


長く、そのシステムと戦っている。
自覚するまでに30年近くかかった。

私たち兄弟は、醜く争い育った。
兄弟を蹴落とし、兄弟より少しでも親の目を引こうとし、
親の尻馬に乗って兄弟をけなし、
少しでも親の愛情を得たがった。
そこには、常に不安定な愛情があった。
親は、すぐに自分を見限ってしまう。
少しでも成績順位が下がると、お小遣いの額から
おやつの質、愛情の量、家庭内での特権などに反映された。
私たち兄弟は、いつも親の機嫌に振り回され、
不安定な生存権にびくびくしていた。


30近くにもなって、いまだそんな人間関係しか知らない弟を、
私は哀れに思い、同時に悲しくて悲しくて仕方ない。
彼は、唯一繋がっていた友人に対しても、
両親が彼にしたように振る舞い、友人から見放された。


家を出て、外を見てみれば、
とても温かくて強くて優しい人たちがたくさんいて、
勇気を出して誰かを信じ、
誰かに信じてもらえる誇りを知ったら、
世界中が一瞬で色を変えるのに。
醜くて汚くて真っ暗な自分の中に、
見たこともない綺麗な光が見えるのに。


両親は、もう変わらないと分かっても、
彼だけでも救えないかと、また思う。
彼を見捨てる罪悪感に苛まれる。

私が、生きているのは、とても奇跡だ。

だったら彼にも、奇跡があっていい。

奇跡があったって、いいじゃないか。




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機能不全家族 | comment(2) |


2007/11/22 (Thu) 奇形の臍の緒

私が正常だと思っていた家庭が異常だと気付いた。
私が育った家庭には、愛情が満ちていたのではなく、
執着で満ちていたのだと気付いた。
知りたくない事実だったから、
私は最初の数年、自分で自分の耳をふさいでいた。

あなたの両親に問題がある。
専門家が言っても、私は否定した。
あなたは、家の中で孤独だったんじゃないですか?
訊かれても、私はNOと言い続けた。

お父さんとお母さんが間違っている筈がない。
だって、どんな人たちだって、
私の大事なお父さんとお母さんだから。
お父さんとお母さんが間違っていたとして、
どうしてそれを認めないといけないんですか?
認めても、私には何一つ良いことなんて、ない。

私が、悪いんです。
私が、愛されない子だから駄目なんです。


でも、それだけじゃないことを、私は薄々知っていた。
病気になっても、家族の誰も私を顧みなかった。
他人の友人の方が、私を助け、私を励ましてくれた。
病気になったのは、親が教えた信仰をしないせいだと
親は私を恐ろしい言葉で責めた。
病気になったのは、お前が悪いんだ、
死にたいなら死んでしまえ、
信仰しないなら仕方ないから死ね、
仏罰だ、法膀だ、
親から何度も怒鳴られ、
死ねない自分はゴミくず以下だと思った。

でも、なぜか親以外の他人は、
ずっとずっと私に優しくしてくれた。
私なんかに優しくしてくれる彼らに、
私はとても申し訳なくて、
親切にしてもらう度に、
すみません、すみません、と謝った。
謝りながら、代償として私を提供していた。
提供せずには、いられなかった。
親切は、必ず代償を求められる取引だと信じていた。


家族に対して、
最初は単なる違和感のような感覚だけで、数年が経った。
私の家庭内の何が私をどんなふうに作ったのか、
具体的に分かり始めたのは、治療を何年も続けた末のことだった。


自覚したと同時に、恐ろしくなった。
私がこれまで作ってきた、私らしいと思っていた人間関係は、
実は家庭内での人間関係をリピートしていただけだった。
実際、誰と繋がりを持っても、私は孤独だった。
何人の中にいても、私は常に孤独を恐れた。
人から評価されることは、自己の存在価値に直結した。
挨拶を返されないだけで、自分は死に値するゴミだと感じた。
孤独で孤独で、死にそうだった。
でも、にこにこしていた。
人を求めた。
でも、求めていることがばれないように、
人の役に立てるよう、常に心を砕いていた。


私は、自分を殺しかけていた。
両親の奴隷にはなりたくなくて、
どうにか逃れようと、
大海にあてもなく身を投げた。
カウンセラーも精神科医も、
誰も信用できなかった。

家の外の世界を教えてくれたのは、医者たちだ。
けれど、誰もが私を評価する。
彼らの目が、無言で私に判決を下す。
死刑判決を聞きたくなくて、
彼らの手も振りほどき、
私は、必死でもがいた。
泳ぎ方を知らない。
だって、いつも親に手を引いてもらっていた。
家の外は恐ろしいところだ、
決して出ないようにと子供の頃から言われていた。
だから、約束を破った自分は悪い子だと責めた。
もし私が溺れて死んだならば、
それはきっと悪いことをした罰だろうと思った。
罰がいつまでも下らないので、自分を罰した。
罰しても罰しても許されないので、
この海で死ぬことが、
唯一両親への侘びかもしれないとも思った。

ごめんなさい。
ごめんなさい。
いい子になれなくて、ごめんなさい。
でも、私はもう家では、いらない子だから、
こうするしかない。
あの家にいたら殺されて始末されてしまう。
少しでも長く息をしていたい。
生まれてきたからには、息をしたい。
息ができないのは苦しい。
だから飛び出したけれど、
海は、なんて冷たく恐ろしく無情で、
でも、なんて自由で広いんだろう。
少しずつ少しずつ、
どんなに苦しくても泳いだ分だけ呼吸が出来る。


波を失った海の底で、
15年間呼吸を忘れたMKが、腐乱して漂っている。
彼の体は、長い長い蛇のような管で繋がれている。
両親と、体ごと繋がっている。
思想よりも哲学よりも意志よりも強い、
血と肉で繋がれている。
彼は、優しくて優しくて、生きながら死んだのだ。


彼を引き上げたい。
彼は私だから、私は私を見捨てられない。
でも、彼の手を引いては泳げない。
彼も、私について来ることを望んではいないから、
意味がない。

私は、生きたい。
私に、なりたい。
本当の私に。
一人で生きたい。
ちゃんと、一人の私になりたい。


もう誰にも私は殺させない。
もう私は、死にたくない。
ふと見れば、私の体にも彼と同じ管がある。
長く長く伸びて、血を巡らせている管がある。
おぞましさに、私は絶叫する。
こんな器官を繋いだままで、
私はどうして今まで生きてこられたのか。
私はナイフを振り上げ、滅茶苦茶に斬りつける。


血が通う臍の緒。
この世に生まれたのに、
いまだ両親の血肉の一部でしかない私。
自分の心を知らず、意志を知らず、
本当の寂しさも優しさもあたたかさも知らない私。
からっぽの私。
ただ、生きていたくて血に縋っていた私。
もう、いらない。
欲しくない。
ただの管として生きていくのは、
もう限界。
もう私を放して。


斬りつけて、斬りつけて、
私は泣く、叫ぶ、喚く、痛い、痛い、痛い!
赤い血が、噴出す。
鼓動と一緒に、どんどん海に広がっていく。

死んでしまう。
私が死んでしまう。
切らなきゃ良かった。
ずっと家にいればよかった。
真っ赤な海。
私の血で染まった海。
どっちから来て、どこへ行こうとしていたのか、
海は血で満たされて、流れも温み、
もう何も分からない。
苦しいことしか、分からない。


臍の緒は、私の足、腕、腹、首、目、耳にも絡みつく。
臍の緒ごと、自分を切る。
足、腕、手首、頭、どこも私じゃないから、
切っても切っても、終わらない。

痛ければいい。痛いほどいい。
そのナイフの下に、私がいる証。
皮膚一枚がもどかしい、切る、切る。
血が、叫ぶ。私を責める。
痛いじゃないか!痛い!痛い!
これはお前の一部じゃないか!
お前の血肉じゃないか!
なぜ切る? なぜ?
痛い!痛い!痛い!


私は、皮膚の感覚をなくし、
遠くも近くも見えなくなって、
ただ断続的に訪れる発狂の恐怖や、
溺れ死ぬ猛烈な不安や、
眩暈や発熱や死の予兆に
ただ漂って、漂って、
いつか、痛みや苦しみも一緒に、
私ごと、この海に溶けて消えてしまうことを
漠然と、祈るでもなく願っていた。





今の私は、その少し先にいる。
少しだけ、先。

親と信仰に背いたお前は
必ず地獄に落ちると親は言ったが、
でも、私はまだ生きていて、
この海で溺れ死ぬことはないのだと、もう知っている。

以前は、海しか見えなかった。

泳ぎ続ける私の頭上を、
今は太陽と月が巡るようになり、
朝と夜が、私をあたため、眠らせてくれる。

地獄でもなく天国でもない場所で、

私はまだ、ちゃんと生きている。




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機能不全家族 | comment(0) |


2007/11/19 (Mon) 文鳥の隠居

2007.11.19_diary.jpg

来月で九歳になる、文鳥のもも(オス)

三羽の文鳥を飼っているが、ももが最年長だ。
文鳥で九歳といえば、ちょっとした長老級。
若い頃は、文鳥らしい気の荒い性格で、
でも一人っ子で育ったために人が大好きで、
一番可愛がられてきた。
そんな彼が、老化のために去年から飛べなくなった。
ももは、5歳の頃、
前足指の一本を途中で切断する手術をした。
その足を最近痛めて元気がなく、何をするでも億劫そうだった。
ソファの下に居を構え、飾りつけを終えた最近は、
その付近でうとうと昼寝をしていることが多い。
桜文鳥なので、後頭部など年とともに白髪が目立つようになった。

彼の妻の白文鳥きり8歳は、そんな夫を尻に敷くようになり、
彼らの娘の白文鳥むく7歳は、じゃじゃ馬ぶりに拍車がかかっている。
ミニウサギが幼馴染み、
うちの末っ子むくを含め三羽を卵から孵し育てた子煩悩で、
元亭主関白、現恐妻家、
人間の私の約10倍早く歳をとってきた文鳥の彼は、
最近ご隠居みたいな味のある背中になってきた。


今日は、珍しく自分から「お風呂に入る」と言いに来た。
文鳥たちのお風呂は、我が家のキッチンのシンクの中にあるので、
飛べないももは、水浴びしたいときは徒歩でキッチンまでやって来る。
最近は、人の指につかまっているのも覚束ないので、
常に家族の誰かが<入浴介助>する。


人が気づかないときは、ももが自前の歌を歌って人にものを頼む。
大概は、移動のお願い。
目線で、移動したい先を指定、
思い通りの場所でなければ決して降りない。
電話一本ならぬ、歌一本で駆けつける、
<ももちゃんタクシー>と名づけられている。
きりとむくは、夕飯時になると白ご飯をもらうため、
指定された席に人間より先に毎日着席している。
夜間、彼らが寝ているときに、うるさくすると、
声をあげて抗議する。

文鳥ならではの、猫っぽい我の強さが、たまらなく好きだ。
小さな頭なのに、以外と賢い。
動物を擬人化して考えるのは、あまり好きじゃないが、
明らかに年とともに、どんどん賢くなっていく彼らを見ていると、
脳の大きさに関係なく、
さほど人間と変わりないんじゃないかと思えてくる。
何となく、文鳥には木の名前が似合うと思い、
桃・桐・椋とつけたが、名前どおり長生きしてくれて、嬉しい。


私は、久しぶりに風邪を引き、ダウンした。
喉から耳まで腫れて、微熱が下がらず、寝ても起きてもだるい。
抗鬱薬と眠剤と、風邪薬をミックスするのはどうかと思い、
眠剤は、飲まないようにしている。
すると、睡眠障害でほとんど眠れない。
毎日薬を飲む人間にとって、風邪は結構天敵かもしれない。

ほぼ寝たきりの私に反し、文鳥たちは元気だ。
ももは、私のところへやって来て、そっと唇をつつき、
「口笛を吹け」と言ってくる。
彼は、音楽マニアで、口笛なら1時間でも2時間でも、
生真面目な顔で微動だにせず、
静粛に聴き続けられるのだ。
文鳥らしからぬ顔で、あまりに熱心に聴くので、
ももの桜文鳥の羽模様が、燕尾服に見えてくる。


少しだけ吹いたけど、エネルギーがなさすぎて無理だった。
きりとむくが飛んできて、演奏会の雰囲気は壊されてしまった。
年寄りの彼も、眠い上に、私が下手なので、
途中でどうでも良くなったようだ。
また明日ね、と文鳥たちを寝かせた。
私が風邪でも病気でも、
文鳥たちが元気なら、とても嬉しい。



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文鳥 | comment(2) |


2007/11/18 (Sun) ツッコミ気質

2007.11.17_diary.jpg


英会話スクールに行くため、地元に戻ってきた。
最初に目にした、ショーウィンドウの中のガラスの塔。


最悪の夢見で、絶叫している自分の声で目が覚めた。
医者から、体が耐性をつけさせないために眠剤を減らすよう言われた。
フルニトラゼパムを2日のまずに寝たせいかもしれない。
二時間おきに目が覚めて、早朝になって、
これでは体がもたないと思い、頓服を飲んでなんとか寝なおした。
薬が効く頃に、起床時間。
発作の前兆に襲われ、脂汗流しながら、電車に乗った。
実家に帰ると、こんな状態がずっと続く。
毎度、覚悟の帰省。


英会話スクールに着くと、なぜかやや治まった。
苦手なおばさんがいない、というのが大きいかもしれない。

ところで、英会話スクールの男性教師は、
モラルが欠如している私が言うのも何だが、
著しくモラルが欠如している。

昼日中に私を呼びとめ、
自分はセックスが好きなんだとかいう話をしてきたり、
勝手に私の髪に触ったり、
自分の趣味の都合でクラスをキャンセルしたりと、
何を考えてるのか分からない、と思っていたら、
今日、教室に入ってくるなり「離婚しました」と話し始めた。
彼の痛々しい話は、とどまることを知らず、
他県にアパートを借りたが、電灯もなく、ガスも未開で、
冷蔵庫もテレビも、電子レンジもないという。
真水のシャワーを浴びて風邪ひきそうだよ、
ハッハッハッと彼は笑ったが、
調子を合わせて笑いながらも、内心全く笑えない私たち。

彼は「私たち夫婦は”amicable"ね」と言った。
「友好的な・平和的な」という意味らしい。
離婚するに当たって、何の口論も喧嘩もなかったらしい。
女が黙って別れるときは、
更に家財一切持たさず夫を放り出すときは、
それは友好的でも何でもなくて、
男に呆れ果て、愛も枯れ果てたときだと思うのだが、
男性は、こういう捉え方をしがち。
重ね重ね、彼が痛々しい。


私たちは、その後も語られる彼の夫婦関係や、
現在の涙の出るような生活など、
授業時間のほとんどを使って彼がペラペラ話すのを、
笑うしかないので、笑いながら聞いていた。
それから、例の痛々しい単語"amicable"
の発音が難しいということで、
生徒全員で、教師の後に続き、
大真面目に”amicable"を何度も復唱させられた。


ネタかよ、と思った。

ここは私がツッこむべきなんだろうかと
関西人の性で、激しい使命感にかられたが、
逆にツッコミどころがありすぎて面倒くさい。
皆に倣って、復唱した。
ボケ倒しは、関西人の中級テクか。


帰りに、母とNさんと三人で近所のお気に入りのカフェへ行った。
ウィンナーコーヒーが久しぶりに飲めて、幸せだ。
お店の雰囲気も好きだ。
Nさんが毒舌を発揮し、三人でしゃべり続けた。
楽しかった。
でも、私の現状など訊かれても、母がいて、ストレートに話せない。
話さないようにしている私に、Nさんは気づいているはずだ。
話せる状況じゃないだけなのだが、その理由すら伝えられない。
もどかしくて、困った。


色々あったけど、
総じて今日は楽しい日だった。
悪夢を一度見ると、連日続くのが今までのパターンだ。
眠剤の制限は、今日は抜きにしよう。
今夜、どうか無事に朝まで眠れますように。





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日々日記 | comment(0) |


2007/11/16 (Fri) 春に似てる

2007.11.16_diary.jpg


昨日の私のブログを見たHちゃんが、
心配してメールしてきてくれた。
ごめん、ありがとう、Hちゃん。
パニック障害との付き合いは、もう10年近くになっていて、
私の日常に組み込まれてしまった。
やや、麻痺している。
付き合うしかない、という諦めと覚悟が出来るようになった。
パニック障害は過ぎ去ってしまえば、
何ということはない状態に戻ったりする。


知らないHちゃんは、物凄く心配してくれていた。
Hちゃんは、なんだか本当に、なんで?という位優しい。
私は全然人の優しさが分かってないのかも、と反省した。
ご飯ももりもり食べたし、もうすっかり大丈夫だよ、とメールを返したら、
今度またドライブ行こうよ、話そうよ、
ブログ読むだけなんて友達として辛いよ、とHちゃんから返ってきた。
ありがたくて、ちょっと涙が出た。


普段は、私はとても病気には見えなくて、
というのも、ある程度元気なときにしか外出しないからなのだが、
人懐こいし、動物好きで、根が関西人なので笑い好き、
不健康なのでなかなか出かけられないけれど、遊び大好きな人間だ。
そんな面も、私にはたくさんある。
でも、ブログを書きたいと思った動機は、
自分の病気や気持ちを伝えたいという思いなので、
まず先に私の中の影の部分を言葉にせずには、いられない。


言葉に出来るようになった分、私は大丈夫やで?!
Hちゃん。ありがとう。
今度のドライブスポットは、私が探しておくよ。
ライトアップされた紅葉を、見に行こう。
淀川の、あの息をのむような夜景の橋も、また渡ろう。


写真は、最近買ったペンダントライト。
一日の大半を過ごすベッドの枕元に吊り下げて、朝から晩まで灯している。
キラキラ乱反射する光と、その奥に灯る春の太陽みたいな電球と、
壁に映される木の葉のようなやわらかい光で、
私の心をじわじわ温めてくれている。
時々、死の真っ暗闇に自分がのまれてしまいそうな恐怖が襲ってくる。
でも、もし私が本当に、この世で一人ぼっちならば、
多分こんなに綺麗なライトだって、こんなふうには感じない。




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日々日記 | comment(0) |


2007/11/16 (Fri) ブログを訪れて下さった方へ

* uta + cotori * 
  - うたとことり -


ご覧いただき、ありがとうございます。
私は、幼少時から継続的に、
両親・祖母からの虐待を受けてきました。
虐待からの蘇生をかけ、
現在も精神科・カウンセリング療法を続けています。


今まで、様々なサイトを読者として渡り歩いてきました。
神経症で苦しむ方、過去の虐待の傷と現在も戦っている方、
会ったこともないそんな方たちの生きた日々の声に、
何度救われたか知れません。
姿なきそんな方たちへの感謝をこめて、
私も、声をあげたいと思い、ブログを始めました。


ニュース等では、虐待を受けた子供の死、
または運良く行政等に救われ、
生き残ることが出来た被虐待者が報道されます。
目にする度、生き残った被虐待者のその後の人生を思います。
虐待経験は、逃れた後も見えない形で人間を支配します。


虐待は、理不尽に人間としての尊厳を奪い、
生きながらに殺してしまう、精神の殺人です。
幼少期に死んでしまった自身を抱えて、
その後の人生を生きていかなければなりません。
自分が既に殺されたことにも気づかないまま、
愛されなかった哀しみ、尊厳を奪われた怒り、苦しみを抱え、
自分は誰からも愛される価値のない人間なのではないか、
そんな恐怖を抱えて、生きていきます。


私の弟も、15年近く重度の神経症を患い、
引きこもりを続けています。
普通ならば経験する友人関係も恋愛も遊びも苦労も味わうことなく、
彼もまた、苦しみ続けています。
両親は、放置しています。
世間体ばかり気にして、医者を信用できず、
我が子の病気から、目を背けています。


目を背けても、真実は変わりません。
真実と向き合う勇気が、まず第一歩だと信じます。
引きこもり、神経症等の子供を持つご両親、
精神科やカウンセリング療法などの治療に躊躇っている方、
そんな方たちへのメッセージにもなれば、僥倖です。


虐待で苦しんでいる方、どうか希望を捨てないでください。
あなたが、躊躇うことなくあなたらしく生き、輝くことを祈ります。
私は、被虐待者として、生き残ったサバイバーとして、
私が私らしく蘇生する過程を綴ります。
被虐待者が、声をあげること。
声が希望を繋ぐと信じています。


記憶にない過去も、輪郭のない人格も、愛も性も破壊欲求も。
目を背けたくなる醜い事実も、いまだ消えない怒りも、失望も、期待も。
私の中にある、美しいものも醜いものも、私の全てを綴ります。

私自身が私と向き合うために。
私が私らしく生きるために。


虐待という残酷な殺人が、この世からなくなる日を祈って。
サバイバーの一人でも多くが、自分らしく輝けることを祈って。

                                    美鳥
                                      


  

はじめに Profile | comment(8) |


2007/11/15 (Thu) 不道徳なリアル

カウンセリング 2007.11.15


痛い 痛い 痛い。
真実は、痛い。
無意識に蓋をしていた真実ほど、痛い。


カウンセリングルームに向かう電車内で、体調が急変した。
パニック発作の予兆だ。
カウンセリングは、どちらかといえば苦痛な治療だ。
よくあることといえば、よくあることなので、気にしないように努める。
気にすれば気にする程、発作は確実になるからだ。
今日は、それでも治まってくれなかった。
駅に着く頃には、周囲の音が聞こえなくなってきていた。
息が苦しい。吐き気がする。
心臓が、異常な速さで鼓動を打つ。
歩く度に気を失いそうになった。
エレベーターに乗り込んで、壁にもたれながら、
気絶するんじゃないかと恐怖が襲い、
同時に、いっそ気絶したら楽なのに、と思った。


面談室に入るなり、K先生に水をもらって頓服を飲んだ。
面談室でここまで体調が悪化するのは、
意識が遠のき自分が後ろに5センチずれる例の症状以外、
はじめてかもしれない。
頓服が効くまでは、一言も口をきく気力がなかった。
でも、とにかく手当たり次第に思いつく限り喋った。
こんなときには、黙ってはいけない。
何か私の中に、自覚しない恐怖や不安がある筈なのだ。
蓋をしては、いけない。
とにかく思い付く限り心の中をぶちまけない限り、
発作は治まらない。


精神科医から言われた<スキゾイド>に関しては、
先生も首をかしげていた。
私と似たような見解なのか、
境界例的だという話には、否定はしなかった。


ブログの話をした。
公開した途端、私は自分が書いたものを見て、
「なんてふしだらなものを書いたんだ」
と感じ、
「これは、私であって、でも本当の私ではない」
と感じたことを、話した。
先生とRの話をするうちに、
私は自分の感覚を「ふしだら」とは感じていないことが分かった。
私は、恋愛にも肉体関係にも不倫にもSMにも、
本当はさほど興味はないのだ。
私は、一対一で、性的なものも含めて、
ただオープンに誰かと語りたいのだ。
「Rに対して、あなたは取材しているんじゃないの?」
と先生が言ったので、思わず私は叫んでしまった。
<取材>という言葉は、
あまりにも私のRに対する気持ちを的確に掴んでいたから。


私は、Rを知りたい。
Rがなぜ今生きていて、
なぜ家庭を大事に思いながら浮気をしたいのか、
どんな浮気をしてきたのか、罪悪感はないのか、
Rの尋常でない嗜好はいつ、どんな過程で芽生えたものなのか、
Rを<取材>したいのだった。
でも、Rはそんなこと、思いもしないだろう。
私が、今はまだRに深入りしない、と決めているのは、
Rと私の気持ちに齟齬があるからなのだった。
「不道徳な気持ち」をRが持っているから、
私は取材不可能だと知っている。
だから、プレイを求めるRを受け入れる気になれない。


「じゃあ、私が<取材>したいとどうしても思うのならば、
相手が既婚者であっても、<取材>していいんでしょうか」
私は、訊ねた。
我ながら、何て倫理観の欠如した、馬鹿みたいな質問だろう、とも思う。
何度か、私と<既婚者と関係を持つ>事の如何を交わし、
先生は、最終的に焦れたように言った。
「だって、あなたは既婚者は嫌だって、本当は思ってるじゃないの。
罪悪感を感じないって言っても、感じない筈がないじゃないの。」
頭を、打ちのめされた。
そうだ。私ほど、既婚者はもう嫌だと思っている人間は、いない筈だった。
結婚している友達に、あなたが私の夫と付き合ってるとしたら許せない、
なんて言われて、思わず土下座したくなるようなこと、
もう二度としたくないのだ。

手を繋ぐ度に、硬く冷たい指輪の感触で密かに深く深く傷ついたり、
贈った誕生日プレゼントを「ありがとう」と言って置き去りにされたり、
殴られたり、レイプまがいの馬鹿げたセックスに付き合わされたり、
リストカットしたり、それでも置いていかれたり、
和歌山の山中で寝てる間に殺されかけたり、
実のない「愛してる」というセリフを悲痛に聞いたり、
何もかも全部、
もうなにひとつ、いらない。
もう、うんざりだ。


それでも、人の業の深さに魅かれる。
私の業が深いからだろうか、
それとも、元々の感受性なのだろうか。
人間の、底の知れない深淵を覗いてみたいと熱望している。
カウンセラーという仕事も、業が深い仕事ですよね、とK先生に言った。
先生は、頷いていた。
知るからには、引き受ける覚悟が必要なのだと言っていた。
知る度に自己の世界観が激しくぶれ続けていては、
続けていけないのだと。
「あなたは、まともな結婚、真っ当な生き方は自分には無理で、
自分を理解してくれる人は、マイノリティな人しかいないのではないか、
真っ当な人には、受け入れてもらえないと思っているんじゃないのか」
と言われた。
何度も言われていることだ。
そんな馬鹿な。
いまだに私は、そんな劣等感を抱えているんだろうか。



カウンセリングが終わる頃には、発作は治まっていた。
頓服が効いたんじゃない。
一番隠しておきたかった真実で、見事にざっくり斬られて、
あまりの痛さで目が醒めたのだ。
人生最大の難問を突きつけられた気分だった。
間違えて間違えて、間違い続ける自分がとことん嫌になった。
盲目で嘘つきの自分は、大嫌い。
誰か馬鹿な私を殺してくれ。
消えろ、消えろ、消えてしまえ、と自分を罵りながら、
人波に揉まれて歩いた。
駅へと急ぐ通勤帰りの人の波を眺めて、
確かに私は、彼らに受け入れてもらえないだろうと思う。
自分が結婚できると思ったことはないし、
したとしても幸福にはならないだろうと思っている。
自分も含め、人の業を見過ぎたツケなんだろうか。


真実は、痛いけど、
聞き飽きた嘘より、百倍いい。
いい加減、私も成長しなきゃいけない。
先生、ありがとう。




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2007/11/15 (Thu) スキゾイド?

「あなたの病名ね、あれから考えたけど<スキゾイド>の傾向があると思ってね」
と、精神科のN先生に言われた。
私は意味がまるで分からなかった。
<スキゾイド>って、何??
特撮ものの怪獣かなんかで出てきそうな名前だ。
帰ってきてネットで調べ、和名を知って、理解できた。
<スキゾイド>とは、<分裂質人格障害>のことらしい。


DSM-IVの基準によれば、
スキゾイドは以下のうち4つ以上にあてはまる場合による。

(1)家族の一員であることを含めて、親密な関係を持ちたいと思わない、
  またはそれを楽しく感じない。
(2)ほとんどいつも孤立した行動を選択する。
(3)他人と性体験を持つことに対する興味が、もしあったとしても、少ししかない。
(4)喜びを感じられるような活動が、もしあったとしても、少ししかない。
(5)親兄弟以外には、親しい友人または信頼できる友人がいない。
(6)他人の賞賛や批判に対して無関心にみえる。
(7)情緒的な冷たさ、よそよそしさ、または平板な感情。


正直、ほとんどあてはまらない。
<強迫性人格障害>だとか、
<境界性人格障害>だとか言われれば、自覚もある。
でも正直、<分裂質人格障害>ではないと思う。
境界性人格障害に限りなく近いと、自分では思っている。
自覚するだけの失敗もしてきたし、
失敗だと気づく位の、修羅場を実際繰り返してきた。
得た教訓を元に、
ある程度統制できるようになった半端な自己が、今の私なのだ。


付き合いの浅い今のN先生から見れば、
私がスキゾイドとやらに見えるのは、
どういう理由からかは、想像がつく。
単純に、私に関する情報量が少ないからだ。
私はN先生に対してスキゾイド的な態度をわざと取っている。
なぜなら、私は年上の知的な男性に弱いからだ。
弱いというのは、好みだということではない。
弱点という意味だ。
相手がどんなろくでなしであろうと、
単なるビジネスライクの社交辞令であろうとも、
会ってたった3秒しか経ってなかろうと、
年上の男性というだけで、
激しく依存心をかきたてられるのが、私の病の一端なのだ。


用心していたにも関わらず、
案の定、私は、N先生に初日に一発で惚れてしまった。
その翌週、今度は猛スピードで地に落下するが如く、
N先生に失望し、落胆し、怒った。
まさにボーダーラインの特徴の表出。
別に恋でもなんでもない、健常な同一性を持たない私の妄想劇場が、
僅か7日間で劇的に始まり、劇的に終わったのだ。
いつものように、私は自分の感情に振り回され、クタクタになった。
過去、このパターンを繰り返し、悉く治療が失敗に終わってきた。
境界性人格障害らしき、この浮き沈みに、
どれだけの治療費と精神力を無駄にしてきたことか。


教訓を生かすべく、私は毎回、とても慎重に通院している。
N先生に過剰な期待を持たぬよう、
また過剰な警戒も持たぬよう、ほどほどに接している。
その、ときには必要以上な慎重さが、
先生から見れば、まさに<スキゾイド>に見えるのだろうと思う。


採血で白血球が増えてるだとか、
MRIで腫瘍が見つかっただとか、
そんなふうに一見しては分からない。
心の病気は、難しい。
自分の正体を知りたいばかりに、私もたまに病名に固執する。
特に、通院を始めたばかりの頃は、行く先々であらゆる病名を聞かされ、
その都度振り回されたものだ。
けれど、何らかの病名にカテゴライズされたところで、
心の病気は複数に跨っている症例の方がはるかに多い。
あまり、意味はない。
寛解に向かっているであろう過渡期の私には、
尚更、病名は付けづらいだろうと感じている。
他人に病状を理解してもらうための病名は便利だが、
自己を理解するには、病識なんて氷山の一角でしかない。
普段の私は、
「良く分からないけどパーソナリティ障害」
位に考えるようにしている。


家庭環境に触れられたので、
「私が泣くまでからかい、泣けば指をさして笑われました。
もっと泣けば、キチガイだと嘲笑われ、精神病院に入院しろといわれました。
泣いている人間を虐めることは、そんなに楽しいものなんでしょうか?」
とストレートに先生に質問してみた。
先生は、
「ご両親はあなたのことを子供じゃなく、玩具だと思っているんです。
だから平気で笑えるんですよ。
あなたのご両親は、あなたの世話は、とても良くされてきたと思う。
でも、あなたの心は分からなかった。
残念ながら、そんな親御さんもいるんです」
と言って、すまなさそうに苦笑した。
分かるような、分からないような。
それが現実か、とただ受け入れる。
そういえば、別の精神科医もそんなことを言っていた。
「世話をするということと、
理解するということは全然別のことなんです」
と。


<スキゾイド>の可能性を、
カウンセラーに相談するようにN先生から言われた。
決め付けない慎重さが、
N先生が巷で名医といわれる由縁かもしれない。
ここ数日悪夢を見て眠れないと話すと、
眠剤を、たまに減らすように言われた。
長く使用していると、薬への耐性が出来るらしい。
治療に直接繋がる努力とは、
ただただ地道に専門家と情報を交換し続け、
自分を知り、その都度軌道修正していくしかない。
信頼できる専門家、
カウンセラーと精神科医の連携が、とても大切だと思う。




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2007/11/14 (Wed) 疼痛

2007.11.14_diary.jpg


Rと話すのが、日課になってきている。
彼が切り出すまで、至っていつも通りの軽い会話を続けた。
Rは、私が一向に切り出さないのを知って、
話を中断させて、自分の気持ちを語り始めた。
待っていた私は、感動した。
色々な話をRから聞いた。
私は、少し話した。
一歩、距離が縮まった。


Rは、不動産関係の仕事をしているので、
自らの携帯に私の番号を「○○建設」と登録している。
不倫経験者として、
名前をまともに登録されないことは私の古傷だ。
Rから聞く度に、面白くもあり、
過去の屈辱を思い出しチクリと胸が痛むことでもある。
けれどその痛みは、過去のものであって、今の私のものじゃない。
Rと関連した感情ではなく、間違いなくYと関連している。
登録名を知ってから、ある日、
「○○建設」を装い、彼に事務的メールを送った。
「日頃より格別のご愛顧を賜り、有難うございます」
で始まるそのメールを、彼はとても気に入ってくれた。
メールをもらって爆笑したよ、
自分にしか分からない面白さなんだ、
日常の中で、声を出して笑っている自分がいるんだよ、
これはすごいことだ、と彼は笑いながら言う。
セクシャルなものだけでなく、そんなことで笑いあえることも、
自分にとって物凄いことなんだ、と彼は言う。
私も、声を立てて笑いながら書いたメールだった。
共有できたことが、楽しい。


Rの家族の話を聞いた。
結婚してから、約50人ほどの女性と関係したことも聞いた。
最低だね、とは言わなかった。
それって楽しいの?と聞いた。
楽しくないし、印象に残らないセックスばっかりだよ、と彼は言った。
そんなものは、もういいんだ、と。
私は、人の業の深さを信じるから、もういいんだと言っても、
彼が二度とやらないとは思わない。
楽しくなくても、虚しくても、欲する病がある。
いつまで続くか分からない関係。
いつ切れるか分からない関係。
でも、何もかもが興味深い。


何だか私は、どこかが壊れてしまったんだろうか。
社会的に逸脱したことをやろうとしているのは、自覚している。
他人から、罵倒されるべき行為だとも分かっている。
最低な女だといわれても、私は何も言い返せない。
誰に理解してもらおうと思っても、無理だ。
世の中の道徳から、今の私は外れている。
大抵の人は、私を非難し責めるだろう。


なのに、ただ刹那的に生きるのでもない、
何か私なりの目的に向かって生きている実感がある。
また、後ろ指をさされるような生き方に戻るのか、
また、自分を安売りするのか、
と、自分に問いかけても、なぜか答えはNOだ。
私は、胸を張れるような気がしているのだ。
Rとの関係が、私の何かを補強しているような気がするのだ。


正論が私を救ってくれたことはない。
後悔だけはしないように、ただそれだけだ。
正道を歩こうとは思わない。
方角も、気にしない。
歩かなければ、死んでしまう。
生きながらに、死んでしまう。
とにかく歩きたい。
今、自分が立っている道の先を見たい。
私は私の正しい歩幅で歩けているのか。
そのことだけが、気に懸かる。




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SM algolagnia | comment(0) |


2007/11/13 (Tue) 私が決める

2007.11.13_diary.jpg


最終的に、どちらに転がすのかは私が決めることだ。

価値があるものには、出会い、
価値がないと見切れば、出会わずとも良い。

見切るまで、お互いを知る努力をしましょう。

あなたの方から、いつ降りても構わない。
私はいつでも降りる用意があるから。

寂しかったから、長い間、
無条件に相手を繋ぎとめようと努力していた。

かわりに今の私は、
いつでも繋がりを切る準備をしている。

縋ることは、やめた。

私は、もう誰の奴隷にもならない。

自分で自分を不幸にするのは、

もうやめたのだ。







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日々日記 | comment(0) |


2007/11/12 (Mon) mixture

Rに言った。
私はサービスのSじゃないし、あなたのお手伝いでもない、
緊縛だとかスカトロだとか方法なんてどうでもいい、
ただ私はあなたの中のMを見てる、
あなたを見てる私をちゃんと見て、と伝えた。


SMで主導権を握っているのは、いつだって本当はMだ。
Mの願望がなければ、SMは成立しない。
Sは、Mが満足して初めて満足出来る人種だからだ。
だからSは、Mを自分の意のままに足元に跪かせ、浅ましい姿を晒させ、
みっともない懇願をさせ、Mを踏みつけ、褒美を与え、女王と呼ばせても、
Mの願望からは、決してはみ出ることができない。
囚われているのは、SもMも同じ。
がんじがらめの不自由な世界で戯れている、滑稽な人種。


SがMに「見せなさい」と命じたとき、
それはSが「あなたを見ている私を見て」とMに懇願しているのと
同じ事なのだ。
うまく懇願しなければ、Mには伝わらない。
伝わらないからといって、MがSを見ないからと言って、
Mを責めても意味がない。
伝えられないSが、ただ自分をコントロールできないだけなのだ。


Rは、反省していた。
Mに反省させた時点で、私はSとして、とても到らない。
経験のないRには、知りようがないことを、
心のバランスを失った途端、Rに責任を転嫁した。
うまく育てて導くことが難しい。
申し訳なくて胸が痛んだ。

本当はあなたは悪くない。
私がマスターとして、未熟なだけだ。


心の隙間を埋めるように、サディストのLと連絡を取る。
数時間、SM以外の色んな話をした。
自分たちの現状を知らせ、生き方と死に方を話し、
物理学や恋愛観、仕事の話をした。
プログラマーの彼は、思考回路がMTに似ている。
私が好む、S男性特有の母性に似た包容力が心地良い。
Lは、沈黙を恐れない。
言い淀んだ私の言葉を、黙って待つ。
だから私もLの言葉を黙って待つ。
待った分、Lの言葉に深みが増して返って来る。
色んなことを話した後で、彼は、俺たちは似ている、と言う。
人間を見る姿勢、方法論がとても似ている、と。


セクシャルなものが一切含まれない会話の中に、
彼はまさにサディストらしく、
たわいもない言葉遊びや意地悪を仕掛ける。
見事に私の中のスイッチをオンにする。
彼は、まるで、最初からそこにスイッチがあることを当然知っていたかのように、
いとも簡単な造作でスイッチを入れる。
飽和しかけていた心が一気に溢れ出し、私は陶酔する。
深い安心感と守られているという実感、
受け入れてもらえるという期待、
心を支配される快楽、導いてもらえる感動、
深い関わりを望まれる誇らしさ、幸福感。
懐かしい。
この感覚が、相手への恋ではないことを、私はもう知っている。
私がただ、そんなふうに接されると幸福を味わうように出来ている、
ただそれだけのことなのだ。


けれど、この眩暈がする程の充足感。
こんなことに幸福を見出す私の感性とは、卑しくて醜いだろうか。
この方法でなければ、私はこれだけの安心感を覚えることが出来ない。
異常な習性なのだ。
この特異な感覚を、どうやって人生の普遍性に埋め込めば、
私は真っ当に生きていけるのだろう。


Rに対してはサディズムを、
Lに対してはマゾヒズムを。
対極のようでいて、同義。
私の心に穿たれた空洞が、まだ埋まらずにいる。
生育暦のせいだとか虐待を受けた者特有のリピート行動なんだとか、
色んな理屈は理屈に過ぎない。

誰が必要なのかじゃない。
SMが私には必要なのだ。
それだけ。





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SM algolagnia | comment(0) |


2007/11/12 (Mon) 隣を歩いて

2007.11.12_diary.jpg


行けなかった。
時間通りに起きたのに、行かなきゃと思ったのに、
行けなかった。
母から電話があって「やっぱり」と言われ、
分かっていたけど打ちのめされた。
私って、全然駄目だ。

ひとつでも取り返そうと思い、撮影に出かけた。
ブーツのヒールの音を響かせて、
オレンジのマフラーの鮮やかさで自分を鼓舞した。
河原に着いて、肝心のカメラを忘れてきたことに気づいた。
土手の草原に座って、少年野球と散歩中の犬と、
何かを食べているカラスを眺めていた。
Rから電話がかかってきて、話した。
楽しく明るく話した。
Rも楽しそう。
でも、違和感。
まるで私はRにとって、”サービスのS”でしかないみたい。
苛々する。
感情を明るい笑い声で押し込めて、電話を切った。
アスファルトに響く自分のヒールの音を聞きながら、家に帰った。


部屋に帰り着いてすぐに本棚を漁った。
大好きな『真珠のかけら』を読んだ。
既婚者としか付き合えない女性が主人公。
彼女は、まるで私だ。
センチメンタルに川に指輪を投げ込もうと思っても投げ込まない、
プライドが高く、泣きたいときに笑う、
自分の履いたヒールの甲高い音で自分を奮い立たせて生きている女性。
日が落ちて、暗くなった部屋で無理やり自分を寝かしつけた。
寝たまま何度かパニック発作の予兆が襲ってきて、
ベッドの上で呻き続けた。


Lと随分前に約束した。
コール二度は、「話したい」。
私からしないだろうと思っていた。
迷わずコールした。
ただ、手近な独身男性でLを思いついたからだ。
理由は、最低。
声をかけあうように、互いに何度かコールだけで切る、
を遊びのように繰り返し、繋がった電話。
2時間半、セクシャルな会話は、一切しなかった。
Lは、私を「上昇志向が強く、男性に厳しい、真っ当な女性」と評する。
いつも、そんなふうに言われる。
だけど本当の私は強くない。
弱くて弱くて、反吐が出る。
ただ、自分が分からないから知りたくて堪らないだけだ。
Lは、本名を教えようか?と私に訊いた。
私は、自分の名前を自分のものだと思ったことはないから、いい、と言った。
偶然のHNは、私の本名に音が似ている。
でもやっぱり、そんなこと何の意味もない。
私たちの深くて浅い関係性を、とてもよく象徴している。


知的な彼との会話は、私の心を満たしてくれた。
S男性がいなきゃ生きていけない?
そうじゃない。そんな自分はもういない。
自分に言い聞かせようとしても、今日は駄目だった。
強い自分を自分に披露することが、今日は出来なかった。
自分のヒールの音だけじゃ足りなくて、
隣を歩く誰かの足音を聞きたかった。
電話を切れば、途絶える足音。
それでもいい。
だから、いい。
明日からまた、自分で歩く。




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2007/11/11 (Sun) 進めない

体調とか心理状態とか、なんか変だ。
急に午後から悪化した。
パニックの予兆が襲ってきたり、
昔のいろんなことを思い出したり、
誰も信じられないと思ったり。
かと思うと、何時間もブログを整理して、
半年聴いていなかった音楽をガンガンかけて、
滅多に見ないテレビを同時につけて、
友達からのメールに軽くて明るい返信をしてから、
音の洪水の中で苛々している。
明日の試験のせいだろうか。
それとも新しい人間関係の中で自分が壊れかけているのか。


また自分で自分が良く分からない状態になっている。
明日、試験会場まで行けそうにない、という事だけ、
なんだか良く分かる。
午前はともかく、午後楽しみにしていた美術館にも、
ずっと行きたいと思ってたカフェも、行けそうにない。
なぜ?
健康って、どんな状態なんだろう。
普通に行きたいところへ行きたい時に行って、
体調を気にせずに一日過ごせるってどんな感じだろう。
私は、いつになったらそんなふうに生きられるんだろう。


明日で自分がある程度進歩するんじゃないかみたいな、
そんな期待をそういえば持っているかもしれない。
あり得ないことが分かっているから、
自分に失望したくなくて、これ以上自分を嫌いになりたくなくて、
行動を避けているかもしれない。
心に比例して体調が悪い。
自分の体なのに、自分に何が起こっているのか、
正直いまだによく分からない。
何やってるんだ、私。


偶然約10年前の自分の日記を見つけた。
数年に渡って、数ヶ月に一度ペンで記された日記の中には、
言葉が出なくなった苦しみと、孤独と、死にたい気持ちと、
死ぬことすら面倒になって乾ききった心、解離の苦しみ、
せめて体だけでもバラバラに出来ないかと自傷に固執する自分がいた。
あの頃は、あと1年程で私はこの世からいなくなると思っていた。
離人症状がひどくて、死にたいという感覚も麻痺して、
体だけが勝手に動いていた。
気づけば車道へ踏み入っていたり、線路に吸い込まれそうになったり、
ビルから飛び降りようとしたりしていた。
日毎に自分が薄まって、
体の端からどんどん消されていくような感覚だった。
水を失った花のように、
ゆっくり自然に枯れて消えるのだろうと漠然と感じていた。


私は今、偶然生きている。
偶然出会ったYに救われ、生まれ直して育て直してもらった。
Yとは、散々な修羅場の末に私から別れたけれど、
私の命を継いでくれたことを、心から感謝している。
10年前に比べて、
生きていて良かった、と思う瞬間が少しずつ増えている。
自傷欲求は完全には消えないけれど、
同時に今まで考えたことのなかった
自分のために生きようという気持ちが生まれてきた。

なのに、明日行けないんだろうか。
私に何が起こってるのか、誰か教えて欲しい。
自分が分からない。
自分が自分じゃないみたい。
無理をすればパニックが来る。
パターンで知っている。
それだけは、避けたい。
でも、それなら私は一体いつ何を頑張れるんだろう。
怖い、出来ない、怖い、出来ないの繰り返し。
無理してやれば解離状態に。
そこをさらに超えると確実にパニック発作。
自分が4つに裂けそうだ。

今の私の「頑張る」は、一体何を指すんだろう。
戦うこと?
留まること?
休むこと?
そういえばそんな事の前に、
私は他人のためなら何でも出来るけど、
自分のためには何にも出来ない人間なんだった。
あと数時間で明日が来る。
今の自分と自分の明日を、どうしていいのか分からない。





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2007/11/10 (Sat) 6の生き方

2007.11.10_diary.jpg


私は、携帯で細々連絡を取るのが嫌いだ。
迷惑なら断るけれど、困ったことにそうじゃない。
不思議な位気が合うから、お互いその理由が知りたくて、
相手を知りたくて知りたくて仕方ないのだ。
なんだか恋愛の初期症状に良く似ている。
でも、これは恋愛じゃない。
友情だと思う。
深い友情に育てることが出来ればいいなと思う。
相手もそう思い続けてくれることが条件だけど。


一ヶ月程音信不通だった東京のMTに電話した。
3時間近く話した。
マイノリティーとメジャーについてとか、
自己表現だとか、
ポアンカレ予想の話だとか、
実家の話とか、MTの彼女の話とか、
SMの話とか、プログラミングの話とか。

何かを作って人に見せるとき、
シビアに自己採点して、批判が4で評価が6だと思えば、
披露に値するのでは、とMTが言った。
私は、医者が言うには強迫性人格障害で、
批判が1で評価が9でなければ生きるに値しないと思っている。
自己評価がとても低い。
油断すると自分の作品が汚物にしか見えない。
だから人に見せるなんて、ごめんなさい、ごめんなさい、
と土下座したい気持ちになる。
見せられないから評価も批判もされず、
フィードバックがないから次へのエネルギーに繋がらない。
自己評価も永遠に低いままだ。

MTは、頑張って頑張って、挫折を繰り返して、
気が狂いそうな位頑張って、ようやく6割の出来になると言った。
到達したい場所まで、果てしなくて死にたくなると言った。
実際、彼は睡眠時間を削ってプログラミングを勉強し続けている。
私は、全然頑張れてない。
まだまだ腐るほど出来ることがいっぱいあるのに、やってない。
MTとも、<マイノリティー>の話をしたけれど、
皮肉にもカウンセラーの先生が言ったようなことをMTが言った。


自分を信じるしかない。
自分の感性を信じて、自分を貫くしかない。
マイノリティーでもメジャーでも、
とにかく自分らしく生きるしかない。





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2007/11/09 (Fri) 遊戯

alg_2007.11.9_diary.jpg


完全に愉しんでいる。
愉しむ感性が私に完全に備わっている。
Yとの5年間で、私が獲得した感性。
酔ってないRと話すのは、今日が初めてだ。
Rは既に9割8分私に全てを曝け出したと言った。
ほぼ全部だと言った。
そこから始まるのだと、私は答えた。
私は、全て曝け出した後のRに興味がある。
今持っているRには、興味がない。
私と交流して生み出される、新しいRが見たい。
そんなものあるのか?とRが言った。
Rには十分素質があるよ、と私が言う。
Rは、一度躊躇ってから、言った。
自分にその素質があって欲しいと思う、と。

ああ、Rはまるで私だ。
知らない自分に魅かれていた、あの頃の私。
未知の世界に戸惑いながら恐れながらも、
引き込まれていった、あの頃の私。
Rが、かわいくてたまらない。
それは単純に、私好みのMだからだ。
それ以上でも、以下でもない。
M性以外の、彼の普段の人間性が知りたかった。
だから、今夜話をした。
私は、Rの現状を聞いた。
何を躊躇うでもなく、Rは素直に話した。
セックスレスの妻と、2人の子供。
継続した浮気経験あり。
罪悪感を感じないのかと訊くと、あまり感じないと言った。
彼に倫理観が欠けていると言えば、そうなんだろう。
だけど、倫理って何?
理性って何?
欲望って何?
人間って何?
いつでもそれは、誰かの都合に過ぎない。
七転八倒の恋愛をして、断ち切って、
それでも今の私はそんなふうにしか感じられない。
私にも、倫理観が欠けている。
倫理よりも道徳よりも、美しくて大事なものがある、
それを愛したい、手にしていたい、
そんな思いがどうしても消えない。
業深い欲望がある。


恋人はいらないけれど、M男性のパートナーが欲しい。
今年になって、そう思い始めた。
常識と分別を持ち、
日常と非日常の両方を味わえる鋭い感性と感覚を持った男、
上昇志向と、強い羞恥心と、
人には決して言えない嗜好、背徳を持った男性。
条件の一つでも欠ける男性ならば、いらない。
探すともなく漠然とそう思っていたら、
突然予期しない形でRと出会った。
何でも話せて、とにかく笑える。
礼を失しない。
常識もあり、社交性もある。
年上で多趣味、何でも楽しめる豊かな感受性。
素直で明るくて裏がなく、駆け引きをしないだけの自信がある男。
いわば、真っ当な男性。
私好みのM男性。

Rが、会いたいなぁと言った。
私も、そうだね、と言った。
ただ向かい合って静かに話すだけで、
もうそれだけで十分愉しくて満足だ。
SとMの、不思議な連帯感と、
相手と本能的に繋がっているという実感が愉しい。
私がそう思っていたら、同じ事をRが言った。
あんまりに同じ事を考えていたから、思わず笑ってしまった。


私は、簡単にプレイしないと話した。
相手がどんな状況でもいい。
ただ、レベルの低いセックスもSMも、私は一切興味がないし、
決してすることはないのだと話した。
レベルの高いプレイのためには、互いを知る時間と手間がかかる。
体の快楽なんて、たかがしれている。
ただの物理的な絶頂なんて、底が知れた快楽だ。
サービスのS、満足のMなんていうSMも、たかがしれている。
人と人が深く深く心で結びつく事程、強烈な官能は、ない。
R次第だよ、とSの私はRに言う。
レベルを上げるも下げるもR次第。
私は、ただRの感性を探り試し、
彼の核心をつまみ出しては、広げて見せるだけ。
その結果、質の低いセックスしか出来ない相手なら、
私は、絶対、セックスもプレイもしない。
私の貞操観念は、私の感性に従う。


たとえプレイ中であっても、
自分を曝け出すことは、SにとってもMにとっても勇気がいる。
相手への信頼がいる。
受け入れてもらえないかもしれない恐怖を、
相手への信頼と期待で踏み越える。
信頼の上に築かれたプレイには、愛と恐怖、苦痛、快楽、不安、信頼、
一人の人間が抱えたあらゆる業や性が混然と溶け合い、溢れ出す。
肉体を通して、顕わになる真実。
真実は、爛れた甘美な味がする。




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2007/11/09 (Fri) 虚偽的マイノリティ

カウンセリング 2007.11.8

色彩検定の試験が近い。
当初は熱心に勉強していたし、楽しくて仕方なかったのに、
なぜか最近一切出来なくなった。
先生は、出来なくなった時期に必ず心の変化があった筈だと言った。
思い返してみると、
資格取得なんて本当はどうでもいいと私は思っている。
何か頑張っている姿を親に見せなければ、
親が納得する形を見せなければ、
自分自身もただ漠然と生きてるわけじゃないんだ、
そんなふうに誰彼にともなくアピールしたい、
そんな動機に、いつの間にか変わっていた。


私は、自分を表現したいだけ。
自分を知る方法を探している。
最近の人との出会いの中で、
資格試験よりもブログに専念したいと思い始めた。
思い当たる変化は、それだけ。
怠けだろうか、言い訳じゃないだろうか。
逃げてるんじゃないんだろうか。


ブログで何を表現したいのかと先生に訊かれた。
私は、虐待の罪を訴えたいと言った。
ニュースで騒がれるような虐待は、ほんの一握りでしかない。
もっと分かりにくく、巧妙に隠蔽された虐待が、
一度も露わになることなく続き、
一人の人間の人生を死ぬまで支配していく。
虐待は、人間の思考回路も感性も人格も歪ませてしまう。
被虐待者は、生きながらに殺される。
虐待は、殺人だ。
生きながらに死に続け、死にながら生き続けなければならない。
虐待を受けている人が一人でも生き残り、
虐待の本当の残酷さに気づき、逃れ、本当の人生を生きて欲しい。
命がある限り、生き直すことが出来ると信じたい。
それが、私自身を救う唯一の方法だから。


私が知りたいのは、真実だ。
嘘と虚構ばかりに囲まれて生きてきた。
もう、うんざりだ。
真実しか、いらない。
家庭内に巣食う虐待
自分自身の正体
人間という生き物の本質
理性と欲望
愛情と執着
希望と絶望
全てが混ざり合って真実ならば、
私は、その真実を全て受け入れたいだけだ。


私にとっての真実は、イコールで性と結びついている。
性的なものなしに、人を信用できないと感じている。
逆に言えば、性的なもののみの繋がりであっても、
私にとっては、それで十分ということになる。

今の私を作ったのは、今までの私の人生だ。
虐待、いじめ、同居、宗教、不倫、裁判、
婚約破棄、SM、解離性障害。
マイノリティな体験が、メジャーな体験を上回っている。
メジャーを目指さなければと思いながら、
私にはメジャーな生き方なんて、どんなものかは想像できない。
普通に結婚して、出産して、子育てして・・・・位しか思いつかない。
憧れているかときかれれば、本当は何の魅力も感じていない。
そんなふうに自分が生きることを想像できないし、
今ある自分の延長線上に、そんな異物が偶然転がっているなんて、
到底信じられないからだ。


先生は、言った。
あなたは、マイノリティにいなければとか、
逆に真っ当に生きなければとか、
とても極端に考えている。
マイノリティな部分を持ちながら真っ当な生き方もできる、
それが、自分らしく生きることだ、
あなたは生きながら死にたくないし、
死にながら生きているのも嫌だと思っている、
ただ、自分らしく生きたいだけじゃないの? と言った。
反駁するように私は、Tちゃんの話をした。
彼女は、普通に考えればマイノリティな生き方をしている。
単身渡米してダンサーになりたいなんて、
それを言葉通り実行できる人間なんて、そうはいない。
頷いて、先生は、言った。
彼女は行動はマイノリティかもしれない、
でも、自分の夢を叶えたい、自分を信じようという行動の、
どこがマイノリティなんだ、
それ以上の真っ当な生き方なんてないじゃないか、と言った。


その通りだった。
熱が籠もった先生の言葉に、涙が溢れた。

私は、自分らしく生きることを恐れている。
今まで一度もやったことがないから、
自分らしく生きることは死ぬよりも恐いと思っている。
私が私らしく生きるなら、
親が望んでいるような人生を私は送ることはないだろう。
自分らしく生きることができて初めて、
私は本当の意味で、この世に生まれる。
自分自身に起こった真実を受け入れ、
私は、ただ自分の人生を自分らしく生きたい。
誰に笑われても罵られても、
間違っていると言われてもいいから、
ただただ、
自分自身に胸を張れる生き方をしたい。


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治療日記 | comment(2) |


2007/11/08 (Thu) 愛玩振子

私はSMという遊びが好きだ。
人間という底知れない業の深さを、愛しいと感じられる瞬間だから。


気を遣い気味のRからのメールに、
帰りの電車内で返信した。
夜までに自分の気が変わるんじゃないかと思ったけど、
変わらなかった。
躊躇いは、ない。
楽しい。


相手へ近づいていく一歩一歩を、その都度確認する。
体と心を使うゲームは、ハイリスクだから。
支配と被支配。嗜虐と被虐。
互いの感性を掛け合わせて、瞬間瞬間の共同作業で創り上げる世界。
それを体と心で味わうのがSM。
過去、甘えてばかりで甘えられるなんて御免だと思っていたのに、
今、甘えられて満たされている。
喜んでいいのか分からないが、過去、理想的なMだと評された私が、
完全にSになって愉しんでいる。
Sっ気があると言っていたRが、
完全にMとして私の前に自分を曝け出して幸せに浸っている。
私の前では、なぜかMになってしまうのだとRは言い、
どうかSでい続けてくれと私に言った。
私は、なぜかRを前にするとSになってしまい、
Rを、自分の理想のMに育ててみたいな、と思っている。
出会いでどんなふうにも形を変える人間の感性が、不思議で愛しい。


Rが、昔の自分と重なる。
だから、RのMとしての気持ちがよく分かる。
Rが私の手で何を暴かれたいのか、何を壊されたいのか、
何を受け入れてもらいたいのか、手に取るように分かる。
MからSに転向したSは、良いSになるという。
よく出来た理屈だと思う。
SMは精神で始まり肉体で終わるのではなく、
肉体から始まり精神で終わる、
という言葉も良く分かるようになった。
精神があるから肉体が快楽を感じるのではなく、
肉体に与えられた快楽で、
人は自身の精神の在り処を初めて知るのだ。


SMで感動して泣いたことがあるかとRに訊いた。
それはない、と彼は答えた。
私は、満足した。
誰かの手垢がついた感情に、興味はない。
彼をSMという世界で感動させ、泣かせることが出来たなら、
私もやはり共に感動し、泣くだろうと思う。
Rは、泣いてみたいと言った。
私は、感性のままに、彼を泣かせることが出来るかもしれない、
そんな期待で心が躍動する。
私の技術や経験ではなく、
Rが抱える嗜好への背徳を暴いて受け入れてやるだけでいい。
人の心を溶かすのに、余計な演出なんて不要だ。


今日、カウンセリングでの自分の言葉、先生の言葉を思い出して、
自分の行動を省みてみる。
無理は、してない。
用心も、してる。
妙な期待もしていない。
過去のチャートからすれば、今のところ全部クリアしている。
私の身の丈に合わない遊びをしているのなら、
私は、間違いなく厄介ごとに巻き込まれるだろう。
私側には、今のところ何も問題はない。
何も失っていない。
かわりに、楽しさと温かさと豊かさを心の中に感じる。
大丈夫。
同じ轍は踏んでない。


今週末、資格試験なのだと言ったら、
Rも月末試験なんだ、奇遇だねと言っていた。
Rに、試験頑張ろうねと励まされた。
現実と非現実が、うまくバランスを取っている。
会話の全てが、とてもまとも。
パートナーの一番の条件は、バランス感覚。
Rなら、バランスを保ち続けられるかもしれない。
今度は、昼間の自分を知って欲しいとRが言った。
夜だけじゃない、昼の自分も知ってほしいと。


Rが、踏み越えてくる。
私が、腕を広げて包み込もうと待っているからだ。
一歩近づく度、2人のバランスが、アンバランスへと崩れかける。
おぼつかないRの手を引き、包み込み愛でながら、
私は私自身をじっと見る。




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SM algolagnia | comment(0) |


2007/11/08 (Thu) 勉強できない

2007.11.8_diary.jpg


またダウン・・・・ベッドで七転八倒、全身の痛みとけん怠感と頭痛。
朝から夜までベットにいるから、全然勉強できない。
神経症との戦い。
ただ寝てるだけで、見た目は至極地味。

勉強出来ない理由を、先生は二つ言っていた。
私の行動に共通している
「完成しそうになるとやめる」
「なぜ資格を取らなければならないのかが曖昧」
というところが問題で、
怠けるから体調が悪化するわけではないらしい。

今日ふと考えた。
私は、合格証や合格した達成感が欲しいんじゃないかもしれない。
私は、ただひたすら道具として知識が知りたくて、
自分を吐き出せる方法を身に着けたいのかもしれない。
合格しなきゃとか、将来に役立てなきゃとか、
そんな背伸びや、思ってもない聞こえの良い理想はもうやめよう。





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2007/11/06 (Tue) 奈良旅行?正倉院展?

2007.11.6_diary.jpg


朝から車で、両親と大和郡山市、奈良市を巡る予定で出発。
行きの車中では、眠っていたので一日ダウンせずに旅行出来た。
夕食を食べたときは、少し危なかったけど、多分いつもの食卓恐怖だ。

大和郡山は、古い城下町。
町並みを歩いてみたいと言っていたのは、歴史好きの父だ。
最初は特に興味がなかったけれど、
町の一画に遊廓址があることを知り、
俄然、今回の旅行の目玉になった。
カメラを始める前は、
旅行で写真ばかり撮るのは好きじゃなかったのに、
最近ではいつも持ち歩き。
面白い写真が撮れて、楽しかった。
遊郭の古い建物がそのまま残っていて、感動した。

お昼は柿の葉寿司を食べた。
柿の葉寿司といえば、鯖しか知らなかった。
鮭や穴子の寿司まであって、以外に美味しかった。
創業四百年という菓子処菊屋の古びた軒先で、
秀吉が名づけたという御城之口餅とお茶を頂いた。
天井には、菓子型が所狭しと並べてあって、
ひとつひとつの精緻な彫技に感動した。

奈良の鹿は、数年前訪れたときより温和な印象。
長い睫毛と真っ黒な瞳が可愛い。
眼差しが、うちの文鳥たちに似ていて、
聞いてるか聞いてないのか分からない鹿に思わず話しかけてしまった。


大仏殿へは、修学旅行以来行った。
入り口から覗いただけで、大仏の姿に圧倒された。
雨の中にも関わらず、ものすごい人達が来ていた。
色々な国の言葉が飛び交う。
当時、大仏殿完成の祝典の際、
様々な国から祝いの遣いが来たと聞いた。
日本が誇れる建造物だと思った。
インド人の家族が来ていて、
柱に穿たれた穴を楽しそうにくぐっていた。
彼らの国からもたらされた仏教、
文化が日本で花開いたのだと感慨深かった。


正倉院展へ、初めて訪れた。
なんだかパネルの説明の足りなさか、
飛鳥奈良時代が好きな私にも、よく分からなかった。
歴史的背景よりも、
工芸品として一流品ばかりで、垂涎ものだった。
特に、織物と書物が最高。
織物の工法が説明された展示品は、着物好きにはたまらない。
写経された巻物を見て、毛書の漢字の美しさに心打たれた。
千五百年も前の戸籍や、手紙、起訴状なんかは、
当時の人々の一人一人の暮らしが見えてくるようだった。
雨にも関わらず、着物を着た女性が多くて、
私にとっては、それも楽しかった。
着物、着たかったなぁ。

家に帰り着いたのは、午後9時半。
歴史好きの父と、当時について喋りまくった。
母は、歴史に興味がないらしく、化粧品のカタログを眺めていた。
母から「遊郭に興味があるなんて、言っちゃだめ」と言われた。
なんだかなー。
誰にでも言うわけじゃないし。
久しぶりの旅行で、今日は楽しかった。





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2007/11/05 (Mon) make me sick

2007.11.5_diary.jpg


昼間に、Rから連絡。
なんだかなぁ。
浮気のレールに乗ってるよ?と思う。
本人に、倫理観が欠けている。
私は、ただの肉体関係に興味はない。
単なる生理的な反応ならば、排泄と何の変わりがあるだろう。
嗜虐と被虐の関係には、
自然発生的に信頼関係が成立すると感じている。

今のところ、楽しく連絡を取っている。
私にとっては、ペット感覚で一人の男を飼っている、
そんな感覚だから、それ以上深くは考えない。
きっと、倫理には反する。
けれど人間の本質には、反していないと私は感じる。
ちょっと難しい。


私には、彼の気持ちが少し分かる。
社会の中で生きている自分と、
自分しか知らない自分自身とは別の次元で生きていて、
その孤独を自分の内に自覚している人間は、
たまに自分の孤独の内に、他の誰かを招き入れたくなるのだ。


誰にも見せられなかった自分、
誰にも話せなかった秘密程、
相手に告白して、受け入れてもらったときの衝撃は大きい。
マイノリティな感覚を共有出来る感性の人間と出会う、
それは人生がひっくり返って天にも昇るような、
深い快楽と開放感を持つものだ。
彼は、今そんな感動の中にいるのだろうと思う。
彼から、彼の秘密を簡単に引き出して快感に変え、
昇華させてしまった私を半ば崇拝している。
彼は、とても感激し、興奮していて、
「俺をこんなふうに変えるきみはどんな体験をしてきたの?」
とうわ言のように繰り返す。
まるで熱に浮かされた病人のように。


私はいつも考えては答えが出せない。
人の幸福って何だろう。
自身の中に自覚した欲求を永遠に自覚しながら抑圧し、
全うに生きていくことだろうか。
それとも、いくつかの安寧と引き換えにしてでも、
自身に眠る本質を表出させて陶酔し、
生きる力に変えて、生きていくことだろうか。


アングラ系友達、と私は彼を位置づけている。
けれど私は彼とは決して対等ではなく、Sという役割を担っている。
関係の主導権、方向性を私が操作するのだ。
SはサービスのS、してあげるのS、という言葉は、
まさにその通りだと思う。
Mは満足のM、確かにその通りだ。
と同時に、そんな低レベルなプレイはごめんだとも思う。

私の中のマゾヒズムを育てたYを思い出す。
彼と同じSM観で、私はサディストとしてRと向き合っている。

奇妙な倒錯感で、頭の芯が熱くなる。

熱に浮かされる。






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2007/11/05 (Mon) lucky day

夜になってダウン。
やっぱり、一度もベッドで休憩せずに朝から夜まで行動は無理らしい。

ゴスペル いまいちだった・・・。
大好きな”Oh Happy Days”が歌われたけど、
すごくいまいちだった・・・・。
自分で歌いたいように歌えるようになったら幸せだろうなぁ。
Nさんとカラオケ行こうって言っていたのを思い出した。


ゴスペルはいまいちだったけど、今日はハッピーなことばっかり。
ワインをいろいろ飲み比べて、ドイツの生ハム食べて、
ソフトクリーム食べて、
ワインの完全に発酵する前の貴重な「ホイリゲ」を初めて飲んだ。
シャンパンみたいで、美味しい!
おまけに偶然、園内で景品プレゼントのボールを見つけて、
神戸ワインカレーとフルーツフラワーパークの入園チケット貰った。
で、帰りにまた白ワイン飲んで、
ほろ酔いで買い物に行って、
ずっと欲しかったサングラス買った。


合間に送られてくるRとのメールのやり取りも楽しかった。
正しいことなのか間違っているのかは、Rが考えればいい。
私は私を楽しむ。




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2007/11/04 (Sun) バイオハザード

昨日に引き続き、今日もちょっと良い人間関係が築けそうな予感。
でも、行動が凄すぎると連れから仰天され、その後爆笑された。
連れは、相手が私の好みだと知っていたから、
およそ予想はしていたけれど、私の行動が想定外だったと。
彼を呼び止めるため、名前を叫びながらヴィトンのボストンを片手に、
パープルピンクのパンプスでダダダダーッと私が爆走する姿は
「猫まっしぐら」のCMの猫そっくりだったらしい。

ただ友達になりたいと思っていただけだ。
話したいと思ったときに話すことにしてるだけだ。
でも、大笑いされるほどの迫力で走ってしまった私って。
彼からは、色んな話が聞けて楽しかった。
もっともっと聞きたい話をいっぱい持ってる人だ。
でもあまり人間関係を広げると、またダウンするかもしれない。
もう少し慎重にやらなければ。

テレビでバイオハザード2を見た。
ミラ!
可愛すぎるよ!かっこよすぎるよ!
惚れ直した。
マットは、私の中では「Ugly Betty」の編集長にしか見えない。
公開されたバイオハザード3が気になる・・・・・。
それがテレビ局の狙いだと分かっていても・・・
その手には乗るもんかと思っても・・・・
近々映画館に行ってしまいそうな・・・。


明日は、近所のゴスペルコンサートに行く。
大好きな曲をやってくれると嬉しい。
歌って踊れたら、もっといい。
それから、サングラスを買って、旅行準備をしよう。
彼3 ミラ7 の貢献度で、今日は楽しい一日だった。

あらためて。
ミラ・ジョボヴィッチが、大好き。




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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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