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2007/10/27 (Sat) 祖母の思い出

二年前に、祖母を末期癌で看取るまで、
とてもお世話になった在宅ホスピスの活動をしている
先生の講座に母と出向いた。

死に方は、生き方でもある。
祖母は、癌を告知されてから死ぬまでの数年、
その生き方をもって、私たち家族に大切なことを教えてくれた。
祖母を自宅で看取ることが出来て、本当に良かった。
いつか、祖母が死ぬまでの記録を、写真と共に一冊の本にしたいと思う。
癌と戦っている人、癌患者を家族に持つ人、家族を見送った人、
様々な人に見てもらえるように。


夕方から、「マヤ・インカ・アステカ展」へ出かけた。
世界史が好きで、色々な文明を見てきたけれど、
これほど予想外に度肝を抜く文明というのは初めてだ。
人間の血を求める神々のために、王から奴隷までもが
体を傷つけ、血を流すことを習慣としていたようだ。
死んでも生前と変わらないスタイルで生活をしていたとか、
ミイラを製造していたエジプトとは、また全く違った宗教観、死生観だ。
中国の纏足に似た人体改造、出血での酩酊感を味わう習慣等、
昔も現代も、人間の発想、思考回路というものは、さほど変わりないらしい。
と、SMの世界と比較して考えた私の頭は、
一体どうなっているのか。


帰りは、ブランドが立ち並ぶ通りを歩いて、ウィンドウショッピング。
ヴィトンのバッグ、可愛すぎる。
ガラスケースの中の、新作の靴を覗き込んでいたら、母が隣で
「おばあちゃん、死ぬ1ヶ月前でも、
ヴィトンのバッグ買いに行くって言ってきかなかったのよ」
と、おかしそうに言った。
祖母は、肺癌で81歳で亡くなったが、
痛みで寝返りさえ打てなくなっても、
どれだけ痩せても、朦朧としても、
死ぬまでお洒落を忘れたことがなかった。
私のヴィトン好きは、一部祖母の影響だ。


祖母が亡くなって、遺品を整理しているとき、
亡くなる直前に届いた通販のカタログを見つけた。
目が高い祖母が好みそうな上質の赤いバッグに、
大きな丸印がついていた。
「ベッドの上で動けなくて出かける予定も気力もないのに、
80過ぎてこんな赤いバッグ買って、どうする気だったんだろう」
母が、呆れ半分笑った。
ああ、祖母は祖母らしく生きて死ねたんだ、と思ったものだ。


祖母は、祖母の衣服の中から私たちが選んだ服を身に着けて棺に入った。
上質なレースの赤い下着を身につけ、
息子から贈られた、お気に入りの数十万のスーツを着て、
私たちに施された化粧をし、
生涯愛用した香水をまとい、棺の中で微笑んでいた。


祖母が歩いたルイ・ヴィトン前の道を、母と歩く。
風が強くて、飛ばされそうなマフラーを、片手で押さえて歩いた。

時間は、風みたいに吹き過ぎて行く。





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2007/10/26 (Fri) コイン2枚の自己投資

実家へのお土産に、あけびを買って行った。
昔食べた記憶があったような。
名前だけ覚えていて、外見も中身も予想外だった。
珍しい果物好きな両親が、喜んでくれて良かった。

今日一番嬉しかったのは、買ったばかりの靴を初めてはいたこと。
靴ずれ出来たけど、何度か履けば足に合いそうだ。
靴は、遊びで履けるものと、高くても上質なものと、
二種類持っていたいと思う。

前者の、遊びではける色のパンプスが欲しいと思っていて、
最近偶然手に入れた靴は、目を疑う程の激安だった。
物は良いけど、パンプス自体の色があまりに凄すぎるので、
買い手がなかろうと付けられた値段らしい。
デジカメで撮ると、あまりに不自然な色のためか、
レンズが赤みを拾えず、自動補正されて水色に写る。
それくらい不自然なパープルピンクだ。
一瞬、これはないな、と思った。
でも、思いとどまって買うことにした。
使い慣れない色、合わせにくい色、個性が強い色、
そんな色でもちゃんと知って、使ってみて、
感覚を磨こうと心がけていることを思い出した。
それにしても、激しくエキセントリックな色だ。
履いてみると、コーディネート次第で意外にすごく可愛くて、
楽しくて仕方ない。
今年の夏は、黄色いミュールも意外と大活躍してくれて、
履く度幸せにしてくれたものだけど、
このパンプスは、同種らしい。
大事にしたい。

エルメスの腕時計いいなー、ヴィトンのバッグいいなー、
ディオールのサングラスいいなー、D&Gのドレスいいなー、
マノロ・ブラニクの靴いいなーとか、
節操なく憧れて、眺めるばかり。
今の私には、まだ全然ふさわしくない。
私の心の美の師、川原亜矢子の教えを遵守。
色んなものを試して、楽しんで、
ちゃんと着こなせる大人の女になって、
年を取っておばあさんになったとき、
例えばシャネルのスーツが普通に似合う女になれてたら最高だな、
と思う。

先行投資で200円。
安い勉強代だ。




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元片付けられない女 | comment(0) |


2007/10/26 (Fri) 衣替えでダウン

衣替えした。
気温が微妙で困る。
私が住んでる街は、現在初秋。
実家は、初冬。
週末、実家の方で講座に出たり往復するので
引き出しにストックしておく服が定まらない。
一時大混乱だった部屋も、寝るまでには、すっきり片付いた。
以前に比べて百倍片付けられるようになった。
私の友人Nが振り返って言うには、
「怖かった・・・・」という一言に尽きる位、
昔は本当にひどかった。
テレビで<片付けられない女>の部屋を見て、懐かしさを感じるのだ。
カウンセラー曰く、部屋は、住人の心の鏡だと思う。
昨日のTちゃんからのメールを読むまで、
部屋は散らかりかかっていた。
Tちゃんに密かに感謝。

でも今日も、一番肝心の勉強せず。
できないというより、しなかったんだと思う。
洗濯と食事と掃除してから、アホみたいにPCの前に座って
うろうろとアングラ関係のサイトを巡り、
時間を浪費し、またうろうろして、を繰り返した。
それから心機一転、PCから離れて衣替えしたら、ダウンした。
急に吐き気と眩暈と前後不覚に襲われて、パニック発作の予兆。
ソラナックス飲んでベッドに直行した。
自分が嫌になる。
何か建設的なことに頑張って発作起こすならまだ分かるけど、
衣替えしたくらいで倒れてたら、人生生きていけない。

反省しつつ、昔のファイルを開いたら、
懐かしい自作の詩が出てきた。
私がノイローゼ状態で意味なく叫んで頭抱えて床転げまわってる頃、
MTは曲作りに没頭してて、私は歌詞を担当していた。
自己憐憫と自己陶酔で醜く破壊的な欲求を抱えていた私が、
その醜いものを抑えて抑えて、
とにかく人の心を打つものを作りたいと七転八倒した。
MTと話しながら、何度も何度もやり直して完成させた歌詞。
当時の努力と情熱を思い出した。
離人症の私には、ひとごとにしか思い出せないのが残念だけど。
この歌詞と、写真を組み合わせて何か作れないだろうか。




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日々日記 | comment(0) |


2007/10/24 (Wed) セックスできない 2

カウンセリング 2007.10.24
<セックスできない1>の続き


私は、心理学を知らないわけじゃない。
一年間、カウンセラー養成所に通った。
だからといって、特に何を知っているわけでもない。
臨床心理士、もしくはまともなプロのカウンセラーになるには、
途方もない努力と時間がいる。
たった一年通い、色んな本を読んだところでプロにはかなわない。
そのプロを前に、
半分自己分析紛いの言で自分を語ってみたり、
分析するような目で先生の動作や言葉を聞いているなんて、
とても恥ずかしいことだ。
「転移」だとか「ロジャース」だとか「境界例」だとかなんだとか、
もの知り顔で浅い知識をさらけ出すことほど、
みっともないことはない。
そんな妙な美意識や自意識といった虚勢が、いつも邪魔をする。
先生とストレートに話せない理由の一つだ。


今日はじめて「転移」という言葉を使った。
私は離人症だから転移できないんじゃないか、と。
なんだかこれではじめて、私らしい会話だと思った。
知っていることは、知っていると先生に話せばいい。
間違っていれば正してもらえばいいし、また勉強すればいい。




カウンセリングには、ルールがある。
カウンセラーとクライアントは、
カウンセリングルーム以外の場所で会うことはない。
例外的に、メールや電話や自宅で24時間、
公私の制限なしにカウンセリングする先生もいる。
基本的には、
制限を設けなければカウンセラーとクライアントの関係を、
長期的に続けていくことは難しい。
カウンセラーもクライアントも、感情と生活を持つ人間だからだ。


カウンセラーのプライバシーも原則聞くことは出来ない。
年齢、家族構成、住所、趣味、好きな食べ物に至るまで、
それは全てクライアントとの関係性を位置づけるものであり、
与えた情報がきっかけで、
話題の焦点がクライアントからカウンセラー自身にずれてしまい、
カウンセリング本来の機能が失われる可能性がある。


そんなことを知っていたから、随分と遠回りをした。
先生に対して無知を装い、内心であらゆる考えを巡らせていた。
先生に負担をかけてはならない、
先生に質問をしてはならない、
自分自身のことだけを話さなければならない、
出来るだけカウンセリングのための材料を
先生に与えなければならない、と考え、
果ては、先生を満足させるようなカウンセリング内容を
提供できないものか、まで考えていた。
またあるときは、私の知っているあの技法で
私を陥れ、私が伏せておきたいあの記憶を暴くつもりじゃないかとか、私を先生へ転移させるために、
私を心配する演技をしているんじゃないかとか、
疑心暗鬼の塊になっていた。


対等が基本のカウンセリングで、
私は、カウンセラーに対して警戒し、
警戒している相手に更にサービスをしなければと思っていたのだ。
カウンセリングが進むわけがなかった。
けれど、膠着状態こそが私自身の問題の表象であって、
それも必要な時間だったんだと、今思える。


実際、プライベートを知らないことは、とても奇妙な事だと思う。
約7年も毎週会って話をしてきた。
先生は、カウンセリング開始後の私のほぼ全てを知っている。
治療過程、家庭環境、友人、日常生活、趣味、恋愛、SM、裁判、
最愛の人との出会いから別れ、最中の葛藤、苦しみ、幸福、
私が彼から貰った大切なもの、傷つけられた酷い傷痕、
結婚願望、婚約破棄、私の強さ、弱さ、ほぼ全て。
けれど、私は先生の何も具体的には知らない。
私が知っているのは、先生のドアの閉め方で、
意外と大雑把な性格なんだろうとか、
薬指を見て、結婚しているのだろうとか、
眠そうにしていた頃、子育てが忙しかったのかもしれないとか、
全て事実確認の出来ない事柄ばかりだ。
先生は、
「言われてみれば、おかしいといえばおかしいけど・・・
でもそうは思っていないような」と言った。
なんとなく言いたいことは、分かる。
全く知らないんじゃない。
毎週1時間の先生を私は知っている筈なのだ。


私は、背中を押されるように、もう一歩近づいてみる。
「もし私が、ブログを公表したら、先生の仕事の時間外でも読んでくれるんですか?それとも以前のように、プリントアウトしてここへ持って来なければいけませんか?」と訊いた。
先生は、意外にも「読むよ」と当然のような顔をして答えた。
「時間外でも読むし、時間外でもあなたのことを考える。
読む読まないは私の自由で、
例えば風邪で寝込んでたりしたら読めないけれど、読むよ」
と言った。
私が予想していた答えと違う。
一歩踏み込まなければ、違うことにも気づかなかった。
機械のように感じていた。
先生は、どうやら私と同じ人間らしい。


ここ数ヶ月、
先生が、なぜカウンセラーになったのか?
という理由を、私は知りたがっている。
以前質問すると、「なぜ知りたいの?」と予想通り質問で返ってきた。
すぐに答えが得られない失望に私は消沈しながら答えた。
「最近、仕事についてよく考えるんです。だから、色んな人に今の仕事に就いた動機を聞いてる。先生にも訊きたかっただけです」
と答えた。
先生から、その日、答えを聞くことは出来なかった。
理由を、今日知った。
先生は
「私の身の上話を聞かせていいものか、そんなもん聞きたくなかったと思われるんじゃないかもしれない。仕事への関心以外に、聞きたい本当の理由があるんじゃないの?」と言った。
私は、本心を見透かされた気がして、虚勢を張るのを諦めた。
「確かにそうです。仕事として聞きたいんじゃない。
先生の人としてのバックボーンが知りたい、信用できるか知りたい」
答えた。
先生は言った。
「とても大事な質問だからこそ、答え方を考えたい。
私が怖いのかあなた自身が怖いのかわからないけれど、
それはとても大切な意味を含んでる質問だから」

先生も、私を傷つけるかもしれない、自分が失敗するかもしれない、
そんな人間らしい恐れや不安を持っていて、
思いやりとして慎重に慎重に私に接しようとしてくれているのだ。
そんなこと、考えたこともなかった。
先生は、完璧なテキストを備え、あらゆる場面に対応でき、
クライアントを正しい道へと操縦できる、機械のように感じていた。
むしろ、機械であって欲しいと私が願っていたのだと思う。
自分には分からない部分を持った女性である先生、
不気味でいつ自分を傷つけてくるかもしれない人間の女性より、
ただの機械や処方される薬のように考えていれば、
毎週カウンセリングに足を運ぶことも、さほど苦痛ではなくなる。
でも今日は、
先生が自分と同じ人間だということに安堵と感動を覚えた。
私の心の中、子供の頃からずっとどこか硬く閉じていた部分が、
7年かけてやっと、柔らかく綻んできたのかもしれない。
素直に話してみれば、真実は何てシンプルな事だったんだろう。


ここまで来るのに、なんて遠い遠い道のり。
だけど過ぎた時間を惜しむのはやめよう。
未来が近づき、過去は遠くになったのだ。




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2007/10/24 (Wed) セックスできない 1

カウンセリング 2007.10.24


カウンセリングルームの椅子に座ると、いつも自分が空っぽになる。
今日は、違った。
話そうと決めていた。
10月4日のカウンセリングで、嘘をつきました、と話した。
泣いたのは、苛々して悔しくて悲しかったからだと。
4日のカウンセリングで苛々していた理由は、
私が嘘で先生への関わりをスルーしたことで、
先生もスルーしたと感じたからだ。
カウンセラーとしての技法でそうしたのか、
私の現在のレベルに合わせたテキスト通りの反応をしたのか、
なぜ私を追及してくれないのか、
私に関心がないのか。
そんな思いで苛々していた。
私は、私と先生の行動を混同していた。
先生を最初にスルーしたのは私だ。
なのに、先生が私をスルーしたと感じていた。
先生は、自分が嘘を追及することで、
家族からリンチを受けた過去がある私を傷つけたくない、
追求はしても、詰問はしたくなかった、と言った。
踏み込みたいのか、踏み込まれたいのか、
私も先生も、同じように恐れることがあるのだ。
その事が分かって、初めて先生も人間なんだと感じた。


嘘で先生との関わりを逃れた理由を、考えながら話した。
私は、最近、境界例的な衝動、思考、
夢の中のような何度も目の前で飛び降りてやろうというような衝動、
先生にケンカを吹っかけて白黒つけようというような
暴力的感情に支配されていた。
先生に喧嘩を仕掛けても何にもならない。
Yと付き合っていた頃の、同じ轍を踏みたくなかった。
境界例的行動は、苦しみと快感をもたらしはしても、
何の解決にもならない。
そんな思いも、先生に伝えることなく、嘘をついて逃れた。
私の弱さだった。


正直に言って、カウンセリングが始まった当初から、
私は先生に対してどんな自分でいればいいのか分からず困っている。
ほぼ7年間、毎週先生に会い、ほとんど私の真実を語ってきたにも関わらず、
先生に対して転移のような特別な親しみもなく、また試し行動を取ることもない。
距離を測りかねている。
解離性障害者は、カウンセリング療法が難しいという説は真かもしれない。


「先生とセックスできないから困っている」
自分が手帳に書き付けた言葉を先生に話した。
セックスできないということを言い換えれば、互いに踏み込んで侵入し、侵入される、という関係を築けないということだ。
先生は、
「あなたの中に、女性は本音を言わない、傍観者でいる、
セックスできないことが困るという観念があるのではないか」
と言った。
それはそのまま、私の母親の人格だ。
確かに、私は女性が苦手だ。
その人の女性像は母親をベースに作れたものであり、
男性像は父親をベースとしているという論は、正しいと思う。
女性とはセックス出来ない。
侵入することもされることも、出来ない。
だから、私は女性を避ける。


カウンセラーのK先生は、女性で、
何よりSM的関係がどうしても築けない。
私が今まで慣れ親しんできた関係のルールでは、
踏み入れないし、踏み入って来ない。
とても困る。途方に暮れる。
セックスも出来ず、主従関係も築けない。
健全に対等であるということが、
私にとって、不都合以外のなにものでもないのだ。
私が慣れ親しんできた家庭の空気は、主従関係、
まるでSMであり、被虐待者という奴隷であったから、
対等な関係を築こうとする相手に、
対等に健全に向き合いたいと願いながらも、
私は息苦しさを感じるのだ。
                  
                   <2へ続きます>



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2007/10/24 (Wed) 1通のメール

昼間、急に活動を始めた。
NYのTちゃんから来たメールを読んだら、
なんだかじっとしていられなくなった。
友達って、ものすごくありがたい。
友達が、その子らしくいてくれるだけで、
どれだけ離れてても、すごい勇気を与えてくれる。


メールを読んでから、やっぱり私は私がしたいと思うことを、
とにかくがむしゃらにやるしかないんだ、
我侭だとしても、それが今の私に必要なことだと信じるんだ、
と思いたち、部屋を模様替えし始めた。
ここ1ヶ月位、ずっと机を探している。
頑丈なタモ材かバーチ材で出来た、
引き出しすらついてないような木の温もりある北欧のデスクが欲しい。
サイズも決まっている。
シンプルなデスクで、自分のやりたいことにシンプルに向かいたい。
写真、デザイン、雑貨作り、自分を表現するために、
何も余計なもののないデスクが欲しい。
Tちゃんのお蔭か、ネットで理想のデスクを発見した。
買ってしまおうか。
物凄く高いけど。


毛布をお気に入りの柔軟剤で洗い直して、
いい匂いでふかふかになった。
お気に入りのオレンジの加湿器もセット。
3日程、洗顔する気力もなく、手入れもしてなかった肌も、
パックして完璧。
現机の位置も変えた。
Tちゃんからのメールで、なんか目が覚めたような気分だ。


何を話そうか考えてなかったけれど、電車の中で決めた。
カウンセラーの先生と、一歩踏み込んで話してみよう。
先週は、体調が悪いなんて言って、
本当の言葉を避けた自分の気持ちを話してみよう。
やってみたら、本当に簡単なことだった。
私と同じ人間だから、先生も恐れているのだ。
私を傷つけるかもしれない、
不注意に私に悪影響を及ぼすような発言をするかもしれない、
そんなふうに、私と同じように、色んなことを考えているのだ。
決して、私が思っているような、
テキスト通りのオウム返しでもなければ、
ビジネスライクでもない。
カウンセラーとクライアントのルールも、
私が学んで考えていたようなものではないみたいだ。


カウンセリング帰りは、いつものコース。
成城石井とデパ地下と書店巡り。
数時間は、それだけで楽しめる。
英会話教室を除けば、一週間で唯一の外出かもしれない。
今日は買物欲求が押さえられず、デパ地下入るなり
モロゾフのパンプキンチーズケーキとエダムチーズケーキ買って、
それから買うわ買うわ、デパ地下でいっぱい買ってしまった。
サラダとか上海焼きそばとか、
今はまってるセロリじゃこのおにぎりとか、
そういうのはご飯になるからいいけど、ケーキはいらなかったと思う。
甘いもの、そんなに食べないことを帰ってきて気づいた。
書店では、今年のカレンダー買った。
岩合光昭さんの猫のが欲しかったけど、
写真集を買う予定だからやめた。
でも、結局猫もの。
猫が好きでしょうがない。
でもそれも、帰ってきてちょっと失敗したことに気づいた。
動物の写真とか、とても私の部屋には合わなかった。
今のはらぺこあおむしのカレンダーはとても気に入ってて、
今年のカレンダーが終わればポストカード立てになるから
これに合う来年のカレンダーは
自分のデザインで作ろうとか思っていたことを、すっかり忘れていた。
最近、買物で失敗することは減ってきたのに。
こんな日もあるか。




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日々日記 | comment(0) |


2007/10/24 (Wed) 大切な人

2007.10.24_diary.jpg


過去、私に親友だよね?と確認してきた人間と、
友情が続いたことは一度もない。
ふと、いつも気にかかるSのことを思い出す。
いつか彼女の心に届く便りをしたい。


眠剤混じりの頭でTちゃんへ書いたメールに、
返事が送られてきた。
私が書いたメールといえば、
少し正気ではなかったとはいえ、後で読み返せば、
それはもうびっくりするくらいの今の自分と周囲への鬱憤、不満、
ネガティブ思考の固まりで埋め尽くされていた。
それが今の本当の自分の気持ちではあるけれど、
我ながらいい加減にしろよ、と思いながら書いたのも事実だ。
ところが彼女からの返事には、一切といっていい位、
私のひねた卑しさを非難する言葉はなかった。
それどころか、私の見苦しさに、
宥めの言葉すら一切書かれていなかった。
私の馬鹿な愚痴を、
あっけなく聞き流してくれる彼女の漢気が好きだ。
次は、ちゃんと生きている私を書こう。
私は、彼女と出会えて良かったと、
人生で何度目か分からない感謝をした。



彼女は、とてもポジティブだ。
浅はかで空回りのポジティブではない。
ネガティブと戦って勝ち取ったポジティブだ。
彼女が、頑張って生きていると思うだけで、
私も生きていこうと思える。
私の<心の母>N。
貧しくて何も食べられず、いつ死のうかとばかり考えていたとき、
黙って箱いっぱいの食料を届けてくれた。
いつも驚く程的確な言葉でアドバイスをくれる。
私が間違っても、しょうがないなと見守ってくれる。
MT。
狂った家族の中で、唯一バランスを取り生きている、
弟というよりは、何でも話せる兄のような親友のような存在。
SMの話も私の男運の悪さも、不安定さも、どんな私でも、
いざというときバランスを教えてくれる大事な存在。
Hちゃん。
つかず離れず、私を気遣ってくれる優しい友人。
共通項だった宗教を私が拒否し、離れても、
友人として私と繋がってくれた大切な友人。
Jちゃん。
滅多に連絡を取り合うこともないけれど、
いつも私の心に存在している、盟友のような古い友人。
何年ぶりに会っても瞬間になじんでしまうMちゃんとSちゃん。
私の裁判に、生活を賭けて協力してくれたOさん、Kさん、M。
弱くて弱くて、約束を守れなかった最低な私に、
自らデザインした一生もののバッグを贈って励ましてくれたHさん。


彼女、彼らの信念ある生き方に、私はいつも敬意を抱き、
勇気付けられる。
親友なんて名前はいらない。
相手がどう感じていても、私が友人と思うなら、
私が相手をただ大切にすればいいだけなのだ。


私には、家族はいないのと同じだから、
家族と他人の区別がない。
ただ大切な人たち。
ありがとう、ありがとう、ありがとう。
もどかしいけど、そんな言葉しかない。
だから、普段は特別なことは、何も言えない。
会ったら馬鹿話したり、愚痴言ったり、
励ましあったり、近況報告したり。
たわいないやりとりをして、
またそれぞれの生活に戻っていく。
離れていても、存在を感じるだけで勇気が湧いてくる。
どんな病気があったって、
こんなに大切と思える人がいて、
私はきっと、とても幸せなのだ。




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お知らせ | comment(1) |


2007/10/23 (Tue) だらだら毎日

やばい。
ものすごい怠惰な生活をしてる。
実家から帰ってきて、安眠できるという事もある。
でも、それだけじゃない。
私は毎月ホルモンバランスに振り回されていて、今は活動期だ。
気を緩めると、やたらと買物したり馬鹿食いしたり出かけたりしては、
変な人間関係を作ったりして、後で苦しむ。
この時期に勢いで動いても碌なことがないのが分かってるだけに、
活動抑制すると、ただ寝てるだけの生活になってしまう。

せめて、勉強だけでもしなければ。
寝てる場合じゃない。
ここ数日、お気に入りのガラスのペンダントライトを
ベッド脇に吊るして、昼間から灯し、
ああ綺麗だなーと眺めながら、漫画ばかり読んでいる。
正しくは銀魂しか読んでない。
作者のポリシーが凄いなぁとか思って、読んでいる。
この前、うっかり桐野夏生の『残虐記』を読んでしまい、
あまりに自分の体験とシンクロしてダウンして以来、
ちょっと活字は敬遠がちだ。
そんな感じで、だらだら漫画読んでるといつの間にか寝ている。
で、夢の世界にトリップして、
今日はアメリカの大きな青い橋の上で、
ペットボトルみたいな核爆弾が爆発するのを止めに行ったけど
爆発して全身焼かれた。


今週末は、祖母がお世話になった先生の講座に行く。
また実家に帰る。
帰ったら実家のBSでしか見れない『Ugly Betty』見て帰りたいから
月曜までいるだろう。
今週見れなかったし。
それでまたダウンして帰ってきて、なんだかんだやっていたら
本当に試験落ちるだろう!
やばい。
交通費と体力考えなかったら往復できるけど、それは無理だ。
勉強しなければと言いながら、今もロンハーを見ている。
<男検定>が面白すぎる。
やばい。




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日々日記 | comment(0) |


2007/10/22 (Mon) ポアンカレ予想

ポアンカレの提起から始まって、
微分積分、トポロジー、リッチフロー方程式等々、
100年間の数学界の進展は、ドラマティックだ。
特に、トポロジー(位相幾何学)が、
分子生物学からデザイン、経済にまで影響を及ぼしたという話は、
とても興味深い。
人間のイマジネーション、創造力、執念、挫折、成功。
新しいものは、いつも人間の情熱と葛藤から生まれる。
数学も物理学も心理学も芸術も音楽もファッションも、
人から生まれるということに変わりはない。
同じ理由で、全ては美しい。


100年証明されることのなかった『ポアンカレ予想』を、
黒板にチョークでサラサラと書いてみせたペレリマンの数式。
彼の半生を賭した努力と葛藤に裏づけされたその数式が、
あらゆる数学者、物理学者に衝撃を与えた。


本当に美しいものは、人間を打ちのめす。
一種暴力的な感動が、美しさだと思う。




::::::::::::::::::::::::
ポアンカレ予想

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

《(3次元)ポアンカレ予想(ポワンカレ予想とも。Poincaré conjecture)とは「単連結な3次元閉多様体は3次元球面S3に同相である」という予想であり、1904年にフランスの数学者アンリ・ポアンカレによって提出された。以来ほぼ100年に渡り未解決だったが、2002年から2003年に掛けてロシア人数学者グリゴリー・ペレルマンはこれを証明したとする複数の論文をarXivに掲載した。これらの論文について2006年の夏頃まで複数の数学者チームによる検証が行われた結果、現在では彼が実際に証明に成功したと考えられている。ペレルマンはこの業績によって2006年のフィールズ賞を受賞した(但し本人は受賞を辞退)。

殆どの数学者がトポロジーを使ってポアンカレ予想を解こうとしたのに対し、ペレリマンは微分幾何学と物理学の手法を使って解いてみせた。そのため、解の説明を求められてアメリカの壇上に立ったペレリマンの解説を聞いた数学者達は、「まず、ポアンカレ予想を解かれた事に落胆し、それがトポロジーではなく(アメリカでは古い数学と見下されていた)微分幾何学を使って解かれた事に落胆し、そして、その解の解説が全く理解できない事に落胆した」という。》


::::::::::::::::::::::::


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2007/10/20 (Sat) 虚ろな椅子

病院に行ってきた。
ここ数日の眩暈様の体調不良は、やっぱり薬が切れたせいらしい。
セロトニン症候群だとか、聞いてはいたけれど、
こんなに早く症状が出るとは思っていなかった。
体がすっかり抗鬱薬になれているのだなぁ、と複雑な気持ちになった。
薬が効いていることは、ありがたい。
でも、まだ折り返し地点にも来ていない。
完全な回復までには、症状が完治して、
そこから今度は逆に少しずつ薬の量を減らしていく時間が必要だ。
あと1年?それとも数年?全然私には分からない。


私の病名は何ですか、とまた訊いた。
薬が効いているのか、鬱の症状はほとんどないという。
離人症・離人神経症が強すぎる状態、といわれた。
子供の頃から、自我・自己が分からなくなるような
家庭環境で育っていた、それだけは確かだと。

確かに私は、自分の名前を自分の名前だと思ったことはない。
自分が何を好きなのかも分からないし、
何を着ればいいのかも分からない。
どんな性格にもなれるし、だからどんな性格なのか分からない。
Tちゃんは、いつか自分らしく輝けることを祈ってるよ、
と言ってくれるけれど、
私にはその自分らしさが分からない。
<自分>を実感できない。
実感したことがないから、その存在を私は信じることが出来ない。
皆、なぜ自分の名前を自分の名前だと認識できているのか、
なぜ自分の顔を自分の顔だと思えるのか、
喜怒哀楽を自分の感情だと思えるのか、全く理解できない。
第一歩すら踏み出せていないんじゃないか、
私は永久にここで自分が分からない分からないといいながら
当てずっぽうな自己をその都度書き換えて
自分を白紙にして、白紙にして、
を繰り返して生きていくしかないんじゃないのか。


パニックの発作も、眩暈も、吐き気も全身の痛みも、
苦しくて怖いけれど、全ては一過性のものだ。
自分が誰なのか分からない、真っ暗な自己、
心の中にある、誰も座っていない空の椅子、
人格がないことが、一番苦しい。


病院の先生は、それでも必ず自己・自我は取り戻せます、と言った。
私は、ぼんやりと、そうでしょうか、と言った。
存在を実感できないものを、
どんな方法で何から取り戻せばいいんだろう。
先生は、私の裁判の話をした。
「色々な人の意見の中で、法廷に出ようと決めたとき、
弁護士と打ち合わせをしたとき、高裁まで出向いて、陳述したとき、
あなたは無意識にそうしたのかもしれないが、行動や決断の中には、
あなたの自己・自我・価値観が必ずあるんです。
あなたらしさは、必ずあります」
先生の言葉は、半分私を通過し、半分私の心を打つ。


私らしさは、虚ろな私の中に散らばって、
でも確かに存在しているのか。
私がどこにもいないんじゃなくて、ただ見つけにくいだけなのか。
そうであって欲しい。
散らばった欠片の一つでも拾えるなら、
私はとても救われる。





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2007/10/18 (Thu) ひとを殺す

カウンセリング 2007.10.18

今日のカウンセリングは、グダグダ。
のっけから嘘ついたのが良くなかった。
先週はなぜ休んだの?と訊かれて、
「先生にケンカふっかけそうだったから」と答えられず、
「体調悪かったので」と答えてしまった。
それはそれで本当のことだけど、本当は違うのだ。
先生は、プロのカウンセラーらしく、それ以上追及してこなかった。
その罪悪感から、先生が夢に出てきましたと話してしまった。
夢<心理学者の自殺>と、窓から飛び降り続ける私を見ていた先生、
二人の男に私と同じように襲われたのに
血も流さず傷ひとつ負わなかった先生の話。


先生は、登場人物の殆どが私自身の分身だという。
私が色んな世界を持っているから、色んな国籍の色んな性別、
色んな人間、時には色んな物、になるのだという。
全て私。
夢に出てきた9人の私の姉妹兄弟も。
透明の海綿体も。
血の海の中殺された何十人、何百人もの人も。
ロシア人も、イタリア人も、バンダルの磁石の国も。
あの世界が私の心そのものだと思うと、あまりに規模が大きすぎて
理解が停まる。
先生の言うことが本当なのだとしたら、
私の心は、この現実の世界ほど広く、多種多様な人種、生物、環境、
政治、権力、善悪で構成されていることになる。


最近の夢で特徴的なのは、シーンのやり直しをさせられる事だ。
テープを巻き戻すように同じ時点に戻され、
私は再度同じシーンを、
今度は違うパターンで進行しなければならない。
先生は、「誰かにそうさせられるの?」と訊いた。
考えてみれば、明確な誰かにやり直しをさせられたことはない。
夢の中のルールとして、そうなっているから従っているだけだ。
そう、まるで洗脳だ。
またか、と絶望的な気分になる。
戦いたくないと思っているのに戦わされる、
もう逃げたいと思うのに、また逃げられない、
そんな繰り返しをさせられるのは確かに私の意志じゃない。
夢の中に、両親、子供の頃の習性が介入している。


自分らしく生きようとすると、思考が阻む。
家族から離れようとすると、思考が阻む。
誰かと仲良くなろうとすると、
繰り返し刷り込まれた両親の言葉が甦る。
「あんたを友達と思ってる人いるの?いないでしょ?」
「皆、頭がおかしいあんたに合わせてるだけで、
心の中では変だと思ってるのよ」
そんな言葉と、私は嫌われるんだ、という思考で阻まれる。
夢の世界が私の心であるのなら、
私の心の傷が癒えない限り、
自分の夢でありながら、夢ですら私のものにできない。


先生には、うまく言えなかったけれど、私はずっと考えている。
人から生命を奪うことを法的に<殺人>と呼ばれるが、
生きながらにして見えない致命傷を受け
瀕死の心を抱えて生きねばならない人間がいることを、
どれだけの人が知っているだろうか。
虐待は、心の殺人だ。
加害者が<愛情>という仮面を被るから、誰も気づかない。
殺された、被虐待者でさえも。
虐待は、殺人だ。





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治療日記 | comment(0) |


2007/10/18 (Thu) ついに

大事にしてたミッフィーの麦茶ポットを割ってしまった。
ショック。
ちょうど、実家からお気に入りの食器を持って帰ってきたばかり。
そのかわりみたいに、不慮の事故とはいえ、
よりによってミッフィーを割ってしまうとは。
得ると失い、失うから得る。
いつも自分に言い聞かせてる言葉を口にするのに
ショックのあまり数分かかった。

さよなら ミッフィー。



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日々日記 | comment(0) |


2007/10/17 (Wed) 異常か正常か

パキシルを節約した挙句、切れてしまったからなのか、
これがセロトニン症候群なのか分からないが、
脳内がおかしい。
眩暈がする。眩暈といってもグルグルまわるやつじゃない。
数秒毎に気を失う、過去経験のある嫌な感覚。
加えて、パシパシと何か閃光のようなものが脳内で瞬いているような、
妙に冴えた感触もする。
けれど、ふらふらする。
最悪な気分だ。


数日、ろくに寝ていない。
睡眠時間を腐る程取っても、全て悪夢で消費されていて、
眠ってはいないようだ。
うなされた私が、知らない間に呻いたり喚いたり怒鳴ったりするので、
家族が慌てて起こしに来る。
更に眠れなくなる。
その悪循環の中、今日ついにダウンした。
さすがに、眠る事が嫌になった。
また布団に戻れば、続きを見るかもしれない。
色んなことを考える。
椅子に座っているのも辛くなって、床に倒れる。
母が、朝食の準備をしている。
相変わらず夜型の不規則な生活をしている引きこもりの弟も、
パソコンで何か動画を見てる音がする。

倒れている私に、母が声をかけた。
「そんなとこで倒れてたら他の人から見たら異常に見えるからやめて」
好きで倒れてるわけじゃない。
「・・・・他の人って誰?」
「他の人って・・・家族以外の誰か。入ってきて、見たら異常だと思われるから、布団で寝て」
早朝の5時だ。誰も来ない。
というか、家が散らかりすぎて、来客なんて10年近くない。
異常だと思っているのは母自身だ。
娘の心配をする前に、異常かどうかを気にしているのは母自身だ。
「布団で寝たら、また悪夢見るかもしれないから。
めちゃくちゃクラクラするし」
「そうかもしれんけど・・・床で寝たら夢見ないわけ?あ、眠りが浅いから見ないとか?」
馬鹿馬鹿しくて、返す言葉もない。
何なんだ?何なんだこの人は。
「異常って何?」
母は、突然の質問に詰まる。
「異常は・・・異常やん」
そうだね。異常は異常だね。正常の反意語。
「具合悪くて倒れてる娘を前に、異常とか正常とか言って、
何か解決するわけ?」
腹が立つと同時に脱力する。
すぐそばには、私より<異常>な弟がいる。
彼は半年洗っていない真っ黒な下着を履き、
半裸でパソコンに夜通し向かい、
囁き声での命令口調でのみ家族と会話し、
毎日数時間手を洗い、
新聞を一行一句逃さず毎日読まなければならない、
郵便物は全て届いた直後に確認せねばならない、
家族が触れるもの、
唾が飛んだと思われるもの(ほぼ全て)には触れられない、
椅子には一切座らず立ち続けている、等、
正常か異常かといわれれば完全に<異常>だ。
「私が異常なら、MKはもっと異常だと思うけど。
異常だから何なの?」
訊くと、母は面倒臭そうな顔をして黙っている。
多分、彼女の心には届かないだろうけれど、自分のために、口にする。
「娘が苦しんでるときに、人から見られたら困るなんて世間体
口にするなんて、すごいね」
母は、既に思考を完全に停止している。
「世間体じゃないよ。ただ、普通じゃないって言っただけじゃないの」
そう言ってから、最近の口癖、
「何? あー・・・もうややこしいからいいわ。
ややこしいこと、考えないから」
と言った。

娘が倒れてる理由も原因もすっ飛ばして、
世間から見て異常か正常かと考える時点で、
人として、親として終わっている。
と同時に、もっと最悪なことは人を傷つけたことを
<ややこしいからいい>で全て片付けてしまえる事だ。
最近、母が言った。
<人の気持ちとか考えると、ややこしいし面倒くさいから、
お母さん、そういうの考えるのやめにしたから>と言った。
聞いた当初は、冗談だろ、と思ったけれど、
以来、本当にそんな人間に成り下がってしまった。


それでも、ヘルパーの仕事をしていて、
精神障害者にもたくさん接していて、
彼らから母の評判はすこぶる良い。
彼らには、決して傷つけるような言葉を彼女は言わない。
徹底的に気を遣って、優しく、優しく、とても優しく優等生に接する。
家族以外には、非の打ちどころがないような母だ。


身近に激しい二面性を持った人間を持ち、
それが母だということに、私はいまだに動揺している。
誰もがそんな人間かもしれない、
誰も信じられない、
そんな面を見る位なら、誰とも近づきたくない、
他人を前にすると反射的にそう思って、近づけない。
その上、母は心を磨くことをやめた。
善い人間であろうと思わなくなった人間程、怖いものはない。


私は、面倒でも怖くても、考え続けたい。
人の気持ち、人の痛み、人と心を通わせること。
そんな、人生を愛するための手間を、
決して放棄したり惜しんだりしない。
私のことを少しでも考えてくれる人のために。
私に勇気を与えてくれる人のために。
何より、自分自身のために。

必死で生きていく中で
異常か正常かなんて
何て無意味な言葉だろう。




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機能不全家族 | comment(0) |


2007/10/16 (Tue) 過眠

朝食と昼食の時間以外、延々夢の世界にいた。
弟が途中で寝すぎじゃないのかと心配して
起こしにきた位、ずっと眠り続けていた。
計14時間。
眠りが浅いから、睡眠時間が足りないのだろうと思う。
眠ることは夢の世界へ行くことで、休息にならない。
今日は長すぎるリアルな夢だった。
どこか日本の知らない大家族の後妻になったり、
とある会社の部下になったり、兄弟を養ったり、
二度殺されたり、スポーツをしたり、写真を撮ったり、
東京を飛んで逃げたり、
体を改造されて何度も何度も繰り返し殺し合いをさせられた。

舞台や設定、自分自身の姿さえ定まらないのに
いつも夢の中の世界には統一されたルールがある。
世界が、ルールから決して逸脱しない。
同じ空気感があり、同じ地図上の出来事だと、
私自身が常に認識している。
不思議だ。

今日で持参した薬は全てなくなった。
明日は、待ち続けたサッカーエジプト戦。
時間までには、マンションに帰りたい。
勝ちますように。





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夢記録 | comment(0) |


2007/10/13 (Sat) 紅

彼岸花を撮りに出かけた。
一眼レフ、少しずつだけど上達してるかも。
まだ、まともにすら撮れていないけれど。
先週、思い切って50枚近く現像してみて良かった。
自分の欠点と長所が前より分かる。


シュルレアリスムが好きだ。
シュルレアリスムとは、現実を超えた非現実という意味ではなく、
現実の度合いをより強めたもの、という意味に使われる、
という一文を目にした。
だから私は、ダリが好きなのか。
私の夢は、まさにシュールだ。
夢の世界を、写真で表現出来ないだろうかと考え続けている。


2時間程で帰宅。
体調が悪化して、頭痛と寒気と倦怠感でダウンした。
何かやったらダウン。
このパターンはいつになったら抜けられるんだろう。
外は、キンモクセイの香りでいっぱいだ。
一日数度、外に出るたび、風に乗ってやさしく香る。
見上げれば、天高いいわし雲。
夕飯に、栗おこわを食べた。
父が、今朝から皮を剥いてくれたおかげで、
ものすごい美味しい栗おこわ。
秋だなぁ。



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日々日記 | comment(0) |


2007/10/10 (Wed) none

滞在を延ばすことにしたら、持参の薬が足りない事に気づいた。
今持っている量で来週まで保たせようと思ったら、眠剤が足りない。
パニック発作時の頓服は消費するわけにはいかないし、
昨日はとても疲れていたから多分眠れるだろうと、
半年ぶりに眠剤なしでベッドに入った。
全く眠れなかった。
3時になっても眠れなくて、明りを消したらもっと眠れなくて、
朝の5時までは、せめて体だけでも休めようと横になっていた。
思考が欠如した漠然とした不安に猛烈に襲われて、
布団の中で気が狂いそうになったり、またじっと何か考えたり、
寝返りを打って何とか寝ようと努力してみたり。
いつまでもいつまでも眠れなくて、
隣室で夜中PCやビデオを見ている弟の気配や音が聞こえてきて、
ただそれだけで、延々と夜が続いた。
結局、一睡も出来なかった。
皮肉なことに、眠れなかった最大の理由は、
眠剤なしで眠れるのだろうかという不安のせいだったと思う。
その他、先週カウンセラーとの関係に変化があったこと。


朝食を食べてから一時間、悪夢の世界にいた。
目が覚めて、夢を見ていたんだと分かって、
それから自分が何とか眠ったんだと分かった。
相変わらず何十人も死んだ。
夢の中で私は、銃や人の断末魔や血の海に慣れてしまった。
私はロシア人の高校生で、
手首を切って血を流しながら「心理学者の自殺」という歌を
大声で歌い、校庭と体育館を男性に追いかけられながら逃げ、
空を飛んだ。
以前同じシーンを5回やり直しさせられたように、
今朝も再度やり直しをさせられた。
二度目の私は、男性に捕まりセックスした。
夢が現実なのか、現実が夢なのか分からない。


朝も昼も夕方も全く眠気を感じなくて、
疲れたら眠れるかもしれないと思って動き続けた。
掃除機をかけて布団を干して、何時間も庭の掃除をして。
結果、発作寸前でダウンした。
水も喉を通らなくなった。
布団をかぶって、とにかくパニックだけは起こさないように、
不安を抱かないように努力していた。
親から、なぜそんなになるまで動くんだ、
馬鹿じゃないのかと言われた。
自分でも馬鹿だと思う。
だけど、これ以外、どんな方法がある。


明日のカウンセリングをキャンセルした。
前回の先生とのやりとりで、心が混乱したままだ。
明日行けば、私はきっと先生を挑発し、喧嘩を吹っかけるだろう。
見捨てられ不安なのか、反発なのか、
とにかく衝動的な破壊欲求がとても強くなっている。
まるで境界例の思考回路。
とにかく何かを破壊したい。
リストカット、喧嘩、暴力、罵倒、何でもいいから。
先生との間には、色々なわだかまりがある。
私の生育暦から来る問題なのか、私と先生との単純な相性なのか、
カウンセリングが進むと同時に起こる転移なのか逆転移なのか。
分からないけれど、私の攻撃性が先週から先生へ向いている。
だから明日はキャンセルした。


何となく、それは先生に対する逃げだと思う。
私のテーマは「愛情・性・破壊欲求」だといわれている。
以前付き合っていた彼へその全てを向けていた頃、
私は彼と確かに向き合っていて、
彼が受け止めてくれると私は信じていられたから、
彼へ不安や苛立ちや恐怖をぶつけることが出来た。
とても歪んだ愛情と信頼だったけれど、異性であり、
20も年上の彼に対して、私はありのままでいられた。


先生には、出来ない。
カウンセリングが始まった当初から今まで、一貫してとても不自由だ。
精神的な繋がりはとても遠い。
けれど私のプライベートの殆ど全てを知っている先生。
そして先生のプライベートをルール上何も知ることのできない私。
ルールを遵守しながら、
私が私らしく生きるという命題を共有している私と先生の関係は、
今の私には、とても嘘臭く感じる。


特に先週は、先生に対して激しい怒りを感じた。
誤魔化されている気がした。
今日、見た夢を自分なりに分析した。
私は、
端的に言えば先生とセックス出来ないから困っているのだと思った。
幼児期から馴れ、自分の体になじんでいるSM的、
支配、被支配の関係を同性の先生とは築く事が出来ない。
奴隷になれない私は、奴隷以外の生き方を知らない。
なのに今の私は先生から何も求められず、何に従っていいのか、
先生のためにどんな自分を提供すれば満足してもらえるのか、
命令を与えられないので困っているのだ。
だから私は先生の前では、いつも空っぽで人格も何もなくなり、
1週間の事をただ報告する
自動筆記の機械になっているのかもしれない。


今日も一日考えて、色々なことを思い出して、
けれどやっぱり私は誰なのか、どんな性格でどんな人格なのか、
分からなかった。
私の事を、私以外の人の方が良く知っていると思う。
たとえば私が先生に望んでいることは、あなたはこういう人間なのだ、
あれが好きでこれが嫌いで、あれを着てこれを食べ、
あそこへ行ってあれをするべき人間なんだ、
と断言して欲しがっているのだと思う。
願うべくは、セックスという行為を私に強要し、
私に心と同時に肉体も主人のためにどうあるべきかを無言で伝え、
私を道具にし、私に明確な役割を与えて欲しがっているのだと思う。
答えは、どこにもない。
私が誰なのかは、私しか知らない。
けれど私は、ここにはいない。
私は私を知らない。
彼の監禁から逃れ、両親を切り捨て、社会から浮遊していて、
今の私には役割がない。
奴隷になれる手っ取り早い方法は無謀なセックスだ。
一番、演じやすい役割。
でも、それだけは駄目だ。
駄目なことが、もう分かってしまっている。




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解離性同一性障害 | comment(0) |


2007/10/06 (Sat) フリマに出店

苦労した甲斐あって、売り上げ約2万円。
接客業が、つくづく向いてると思う。
知らない人と話すこと、話しかけてみること、なんて楽しいんだろう。

意外にも、食器なんかより着物に群がるお客様たち。
えげつなく値切る人あり、
思わずこちらから値引いてしまう良い人もあり。
着物に関して、こちらが知らないとでも思ったのか、
知ったかぶりで絹じゃないとか言ってたおばさん、
それは、上等な絹だよ。
手刺繍だよ。
着物を着る人の中に、知ったかぶりしたがる人を見ると、
本当にがっかりする。
なんでもいいから、着物を愛してくれそうな人限定で売った。


私は、ジョッキーブーツとガラスのペンダントライト、
ブランドものスカート、カットソー等を激安で購入。
ペンダントライトを売ってくれた女の子は、
普段ハンドメイドの雑貨も売っているそうだ。
座っているだけで、やわらかくてあたたかくて、
不思議な空気を持っていた。


朝から夕方まで、約5時間。
一体、何人と話したか分からない位、
うちは何故か大盛況で、何を食べる暇もなかった。
喉カラカラ。
腕には、日焼けのあとが・・・・!

でも、物凄く楽しかった。
買ってくれた小犬のぬいぐるみを大事そうに抱いて、
本当にかわいくて仕方ないというように微笑んでいた車椅子のおばあちゃん。
家族全員で使える、と喜んでミッフィーのお皿セットを買って行ってくれた同年代の女性。
後で店舗を構えていた、常連らしい、さばけていて派手で、漢気溢れたおばさん。
シンガポール製のカットソーを「フランス製よ」と言って、
しゃあしゃあと私に売りつけた洒落た女性。
なれない私たちの搬送を親切にも手伝ってくれた福祉団体の○○さん。
たくさんの出会いがあった。
人って、本当に面白い。
やって良かった!



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元片付けられない女 | comment(0) |


2007/10/03 (Wed) 執行者

父が、庭からとってきた青虫を20匹程小鍋に入れて
「火炙りの刑だ」と言って、コンロの火にかけて楽しんでいた。
虫を捕獲すると、父は必ずやる。
色んな惨い殺し方をして、楽しむ。
干からびるまで日に当てるとか、他の虫に食わせるとか、
生き埋めにするとか、車道に置いておくとか、踏み潰したり、
熱湯をかけたり、水につけたり。
私は、見ないように自室で横になっていたけれど、
すぐに1階が全て、生き物が焦げる匂いで充満した。
布団をかぶっても、生地を通して匂いが入ってきた。
父は、包丁を手にすると「誰か刺したくなるなぁ」と、
しみじみと言う。
異常だと思う。


何とか眠りについたら、物凄い悪夢を延々と見た。
父が言うには、叫んだり唸ったりしていたらしい。
けれど、起こしてくれなかった。
なぜ?と訊くと
「こいつは、こんな風に苦しむ位、
重い業を持って生まれてきたんだなぁ。
やっぱりこいつは信心しないと駄目なんだなぁ。
でもやらないと本人は言うしなぁ」
と、しみじみと考えていたらしい。
目の前でうなされている人を前にして、それが仮にも
人の幸福を祈るだとかいう宗教をやってる人間のやることか、と思う。
最悪な内容の上に、かなりリアルな夢だったので、
起きてからも吐き気が続いた。
でも、家事をやった。


毎日、家族のかわりにフリマの準備をしていたけれど、
やらなければ良かったと思った。
母がまた、私のせいにし始めた。
忙しい母と、まるで動かない父と、
その間に立って出来る限り手伝いを、
と思ってダウンするまで頑張っていたけれど、
その姿を見て母が「だからフリマは大変だって最初に言ったのよ」
と言った。
頭に来た。
計画性と主体性のない母のことだから、
事が行き詰るとそんな発言をするだろうと思って、
母が「やる」と言っても、
「スペース代振り込んできて」と言われても、
何度も見送って母の意志を確認してきたのだ。
なのに、いつも通りのこのパターン。
しかも、商品は全部私の部屋に置かれてて、足の踏み場もないし。
苦労して付けた値段には文句を言うし、
かと言って何もやらないと「あんたがいないと出来ない」と言う。
何がしたいんだろう。
また無駄なことをしてしまった。


私は、何度同じことを繰り返せば気が済むのか。
諦めた、と言いながら、まだ家族に期待してしまう。
明日、帰ることにした。
病院とカウンセリングだし。
馬鹿なことをした。
自分を自分で理解してコントロールすることが、どうしても難しい。
まともな家族じゃないって、もう嫌っていう程分かっているのに。
家をきれいにしたいと言いながら倉庫みたいな家で暮らし続けてて、
何の努力もせず、
何も捨てずにきれいな家にしたいといい続けている母。
その母が口だけで
「フリマで家を一掃する。生まれ変わる」と言ったところで、
実行できないし、手助けしている私に全部押し付けて、
こんなことをやるはめになったのはあんたのせいだと批判されて。
今までのパターンでほぼ100%そうなる事が分かってたのに、
なんでやったんだ私。
馬鹿だ。





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機能不全家族 | comment(0) |


2007/10/02 (Tue) 感情の双子

私の両親は、物を捨てられない。
何でも、ないよりはある方がいいという考えで、
倉庫は奥から入り口まで隙間なく天井まで物が埋まっていて、
何も取り出せず、巨大なゴミ箱になっている。
しかもそんな倉庫が4つ、庭を占拠している。
室内も、どこも物で溢れている。
生活の場というよりも物置き場だ。
母などは、「片付けたい」と言う。
でも、一切物を捨てない。
畢竟、どこにもしまう場所がない。だから散らかる。
そしてまた「こんな家嫌。片付けたい」と言うのだ。
片付けたいけど物は捨てたくないらしい。

そんな親なので、子供の頃「片付けなさい」と言われても、
私は片付け方を知らなかった。
私も片付けられない人間だった。
つい数年前まで、必要なものが1割、ゴミが9割の部屋に住んでいた。こんな部屋に住みたくない、きれいにしたい、と思いながら、
ゴミは増えていく一方だった。
必要なものと不要なものの区別がつかなかった。
物に言い訳し、物への情にほだされ、
捨てる罪悪感に勝てず処分を先送りする誘惑に負け続けた。
必要とする理由は幾らでも見つかるのに、
不要だと敢えて捨てる覚悟を持つのは、とても難しい。


以前の私は「過去」を捨てられなかった。
楽しい思い出も苦い思い出も思い出したくない事も、
私はどれも手放したくなかった。
思い出が自分の在処を示す唯一のコンパスのように感じていた。
新しい未来のために、
正しく動かなくなったコンパスを捨てる勇気を持たなかった。
思い出が物に宿ると「愛着」と呼ばれる。
「愛」と称しながら、物を愛さず物にしがみついている自分がいた。
物は私にとってただの物ではなく、
何かを与えてくれる、自分に何かを教えてくれる、
どこかへ導いてくれるコンパスだ、そう信じていた。
私がしがみついていたものは、物に限らなかった。
過去、友人、家族、宗教、恋人。
いいものも悪いものも、何もかも。


鬱や対人恐怖、ノイローゼ、パニック障害は、死を想起させる。
症状が悪化し、思考できなくなり苦しみの感情だけになり、
自分が生きているのか死んでいるのか分からない状態になっても、
死がしんと静まり返って自分の隣に確かに座っている、
その感覚だけは変わらない。
この世のもの一切に、愛情も執着も持てなくなった。
対人恐怖で一歩も外に出られなくなり、
金は底を尽き、
一日に三分の一の食パンと水だけで一週間をなんとか生きていた。
眠っているとき以外の全ての時間は、
泣き喚き床をころげまわり頭を打ちつけ、
自身と世界へ憎しみと絶望を抱くのみだった。
ひと時狂気が静まったときには、床に横たわり、
窓から空と向かいのビルを、よく眺めていた。
あのビルへ上り飛び降りれば、多分全ては数分で終わる。
電車に飛び込めば、数秒で全ては終わる。
数秒、数分で人は死ぬことが出来る。
死ぬことは、なんて簡単なんだろう。
誰にも予想できない、誰も止める事が出来ないくらい、
あっという間に人は死ねる。
どれだけ大事に抱えようとも、死ぬときには、
愛情も執着も何もかもを死神が持ち去っていく。


その頃から、私は自分の人生を、
無意識に数秒や数分で区切るようになった。
限られた数秒数分を、何をして誰と過ごし、何を持って何を使い、
どんな時間を作り出すのか、考えるようになった。
生きていくのに、余分な物はいらない、と思う。


愛情と執着は、良く似ている。
物に対しても。
人に対しても。
愛し守り育て戦う愛情に対し、
執着とは、縛り留め迷わせる。
祖母の不思議なほど穏やかな死を見届け、
尚更、生きていくのに余分なものはいらないと思う。
あたたかい愛情があれば、それだけで生きていける。
人への愛情、物への愛情、人生への愛情。
世の中は、本来はとても清らかで、
結局は愛なのだ。




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2007/10/01 (Mon) love my life

数年前、ホームページを作っていた。
誰も存在を知らないホームページだ。
自分のパソコンにサーバーを立て、ただ一人の読者のために、
数年間毎日更新し続けた。
タイトルは「Love My Life」といった。
唯一の読者であり、
私が生まれて初めて心から愛した彼が、
私に何度も言った言葉がきっかけだった。
「私を愛さなくてもいい。
私のために何をしようとも思わなくていい。
まず自分自身を愛して」と彼は私に言った。
そんなことを私に言ってくれたのは、彼が最初で最後だった。
社会的に許されない関係だった。
でも私にとって、彼は全てだった。
私の母親であり、私の父親、兄、友人、哲学、言葉、愛情、力、
初めて私をありのまま受け止めてくれた、私の世界そのものになった。

愛せば愛す程、辛かった。
あらゆる努力をした。
忍耐もした。
愛を尽くし、言葉を尽くし、時間を尽くし、全てを尽くした。
信じて、疑い、期待しては裏切られ、報われてはまた裏切られた。
それでも愛していた。
泣かない日はなかった。
けれど彼に弱音を吐くこともできなかった。
関係が深まるにつれ、
自分自身を愛すことと、彼を愛することは、
決定的な矛盾を抱えていった。
自分をごまかし、自分を鼓舞し、
彼と生きていくための思いつく限りの道を考えた。
身を引くことを考えると同時、彼と茨の道を生きていくことを考えた。
気が狂いそうな数年を過ごした。



彼に別れを告げるまでの数ヶ月、
私は本当に私自身を愛することが出来ているのか、
と自分に問いかけ続けていた。
後悔はしていない。
決して後悔しない、彼に対して何があっても誠実であり続ける、
という決意が揺らぐことはない。
だから、後悔しない生き方をした。
そう胸を張って言える。
けれど私が愛しているのは、本当に私自身なのか。

私が愛しているのは、自分自身ではなく彼なんじゃないのか。
彼だけを愛していて、私は自分を愛することを知らないんじゃないか。
手探りで自分を探し、自分が見つからないから、
世界でただひとつ確かな存在だった彼へ、
ありったけの愛情と誠実を注いでいるんじゃないのか。


苦しみの時間は、ついに真実を暴いた。
私に、自分自身を愛することを教えてくれた彼は、
皮肉にも彼自身の人生を愛することを知らなかった。
互いに自身を愛さず、相手を愛していると叫び、
届かない理由を、私が彼より先に知ってしまった。
彼に別れを告げたとき、初めて分かった。
私も彼も、愛し方を知らなかった。
私にとって、そんな彼と別れることが、
自分自身を愛する一歩であり、
彼への愛を証明することでもあった。
第一歩は、自分の魂となっていた彼を切り離す、
血みどろの作業だった。


全てが過ぎ去った後、私は「Love My Life」を一度も開いていない。


私は、自分が誰なのかまだ分からない。
どんな性格で何ができて、何が好きなのかすら、
自分でも良く分からない。


恐る恐る唄い始めた鳥に似ている。
自分の唄を知らない鳥だ。
唄を知らないのに、唄いたい。




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解離性同一性障害 | comment(0) |


2007/10/01 (Mon) 庭の主

2007.9.30_diary.jpg

実家の庭に棲む主 ガマと初対面

庭の掃除、勉強、また庭の掃除、倉庫の片付け、フリマ用の商品選び。
まただ。また自分じゃなくなっている。
いつもは、間に休憩を挟んだりベッドで寝たりが必要なのに、
実家では夜あまり眠れない割に朝から晩まで動き続ける。
夜になって両耳が突発的に難聴になった。眩暈でぐるぐるする。
無理したみたいだ。
自分が自分でない感覚、自分を誰か他の人間が操作している感覚、
疲れや無理を自覚できない無感覚。

画像は、今日初対面した、家の庭に住むガマガエル。
両手の平位の大きさ。
父と夜寒い中、2時間も眺めていた。
カエルにとっては丸太を飲み込む位の太った長い青虫を3匹も食べた。
グロい。ものすごくグロい。
3匹目を、目を白黒させながら時間をかけて飲み込んだ。
その間、口からはみでた青虫がまたグロい。
それを胃に送り込むカエルの蠕動も気持ち悪い。
けれど、父とうわーと言い続けながらも2時間見守った。
こんなとき、父と私はとても気が合う。一緒にいて楽しい。
けれど、ふとした話題、ふとした一言でいつ激変するか分からない。
一緒にいて楽しい人が、
突然「死ね!」と言って手足を振り乱しそこらの物を蹴りつけ
喚き散らす。
近くて遠い。遠くて近い。
いっそ遠いだけなら問題はない。


カエルは、顔は可愛かった。
白い花の中でオレンジ色の懐中電灯で照らされている横顔は、
童話に出て来る小人のようでもあり、
良く見れば老いた哲学者の横顔にも見えた。
二時間も見ていると少しは馴れてきて、
父にならって背中を撫でてみた。
思ったよりも冷たくて硬い皮膚と力強い骨格をしていた。
少なくとも5年、うちの庭で暮らしているようだ。
実家はともかく、庭は好きだ。
草花や土に触れ、庭に来るあらゆる生き物を見ていると、ほっとする。


二時間後、夕飯はちっとも美味しくなかった。
二時間眺め続けても、気持ち悪さに馴れることができなかったからだ。
ふわふわした羽毛とピンクのくちばし、
真っ黒で丸くて大きい目の文鳥たちを見て、ほっとした。
興味はあるけれど、爬虫類を飼うのは私には無理だ。
ガマは、たらふくご馳走を食べてねぐららしい方角へ
四足でのしのし歩いて消えた。
来年、また会えるかもしれない。


明日で終わる骨董美術の展覧会に行ってから
自分のマンションに戻るつもりだった。
でも、今日の調子だと明日は無理そうだ。




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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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