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2011/10/02 (Sun) ジャッキーはいつも寝ている  - 解離性同一性障害 -

20111002.jpg

予感どおり不調が始まった。気付いたのが水曜日だから、かれこれ4日経つけれど予感が実家にかわり始めている。
以来、少しずつ悪化してる気がしないでもない。

昨日9月30日は、母と一緒に美容院に行った。私以外全員(母も美容院のスタッフたちも)が首を傾げる中で、いつもとまるで違うオーダーをした。ちょっとおかしかった。自分が誰なのか分からない例の感じがぼんやりあった。

その日は、母と恒例の「外国の料理を食べる一日」。去年から大好きになった食べ物の一つがキッシュ。大阪で評判の店に食べに行った。夜は、タイ料理。あまりの辛さに身体中の穴から色んな体液が噴出す気がしたが、割合すぐに順応して食事の最後には辛いソースをドバドバ追加して食べた。美味かった。

割合元気よく楽しく過ごした一日だったが、時々眩暈がした。地面が突然フニャフニャと柔らかくなる不調な時の現象に襲われた。母が時々私の過去の話をすると頭の中で自分がバラけるのが分かった。そうして表面上動揺や苦痛を完全に消し去ってしまうので、母には全く分からない仕組みになっている。

今日(0時過ぎて日付が変わってしまったが)10月1日は、起きた時から明らかに違和感を感じた。
連日気味悪い夢を見るようになった。今朝、ついに振り切れないほど夢の印象が心を覆っているのに気付いた。歪んで捩れたまま凝固した不安が、生ぬるくゆっくり溶け出すような夢だ。

夕方頃まで、自分が何をしていたのか不明。よく分からない。
瞬間、瞬間に意識がなくなっているようだ。超短期記憶障害とでもいうのか、直前の記憶がなくなってしまうので連続した行動が取れない。
「おかしいな」
と感じても、それをまた瞬間に忘れてしまう。不調の始まりによくあることだ。

4時過ぎになって「部屋にいてはダメだ」と思った。少しでもいいから外気を吸って歩くこと、無目的でもいいから何かに見て触ることが、解離が深くなってきた時は有効な気がする。

携帯と財布だけ持って、家のまわりの数百メートル四方をぐるっと歩いた。外はすっかり肌寒くなっていて驚いた。空気が冷たく澄んでいて、どこからか大好きな金木犀の香りがする。

顔なじみの外犬ジャッキーは寝ていて、話しかけるのが憚られた。最近近所で開店したはずのプリン屋を探したけれど見つからなかった。家の門の花を撮っていたら奥に茶色の猫が座ってじっとこっちを見ていたから、こんにちは涼しくていい午後ですねと挨拶した。空き地でのんびり寝ているトラ猫がいたので近づいて、すみません一枚写真撮らせてもらってもいいですか、あなたがあまりにカッコいいもので、と交渉し始めたところで逃げられた。ここらは、ボス格の猫以外は警戒心が強い。

スーパーに寄って、大好物の柿と梨を買った。すいか中毒くらい大量消費していた私は、秋を迎え何を楽しみにしたら良いのだろうかと大げさに考えていたが、柿があった。柿は何個食べても飽きない。

家に帰り着く頃にブロ友さんからメールが来て、お茶に行く日をメールで相談。
家に帰ってまたもぼーっとしていたら、久しぶりにこれまたブログで知り合った友達が電話してきて、近況を話した。お互いに以前よりも状態が良くなって、今日の苦しみの汚泥の中でどう呼吸するかよりも、先のこと明日のこと来週のこと来月のことを考えられるようになった。何度も「それはいいことだね」と友達が繰り返し言ったのが印象に残った。
いいこと。
いいことだ。生きなければと思わなくても、自然と生きていること、生きていることが明日へ自然と繋がる日が増えてきたこと、これは本当にいいことなのだ。


電話を切ったら前より少し元気になった気がして、私の調子待ちだった友達に連絡を取ってスカイプでチャットした。
話し始めて数分だったか、気がついたら私は全然違うことをしていた。またも瞬間に記憶や意識が飛んでしまった。たまたまPCの前に来たらチャット画面で私がやり取りしていた形跡があるのを見つけて、さっき話していたことを思い出した。その間、友達は唐突に無言になった私を待っていてくれた。状況を話したらすぐ理解してもらえた。病状を知っていてくれる友達がいるのは有難い。


そんな調子で今日は自分の意識が薄い。ぼーっとしているのとも違って、何かがおかしい。
人と喋るには何の不都合もない。気分の激しい落ち込みもない。くよくよと悩むべきことも見当たらない。
ただ、瞬間、瞬間の意識と記憶が途切れるので困る。悪化させないためには、今なぜこんな不調を来たしているのか理由があるはずだ。昨日や一昨日を振り返る必要があるのかもしれない。心は時に私自身よりも正直で、私自身よりも敏感に快・不快を記録している。現実のスピードに惑わされて見過ごしているものがあるよと警告している。

友達と話している間に一つは心当たりを見つけた。
人って不思議なもので、自分では「何ともない」と思っていることでも、誰かに話していると無意識に心底にある感情が出てきて声音が変わっていることがある。何故か話しながら泣き出したり、何故か話しながら怒り始めたり。
心当たりの出来事は、何ともないのだと思っていた。けれど、どうやら私は腹立たしく感じていたらしい。不調の原因の一つだと思う。だけど、これ一つだけでこんなに不調になるわけはない。他にもあるはずだ。

前回放送したUstream放送の中で、泣くのを堪えて話した話題があった。結局一部泣いてしまったけれど、話してよかったと思った。当初はこんな話をしても良いのだろうか恐々としていた私だが、話している最中にも共感や意見を頂き、その後ツイッターやメールやこのブログのコメント欄に感想を頂いて心からほっとした。温かい気持ちで見てくださった方々に感謝した。
そもそもあの日も、おかしかった。放送することを直前まですっかり忘れていたのだ。


その放送を終えた直後に、私に唐突にビジョンがやって来て、内側にいる女性の背中を見た。知らない女性だし、知らない服を着て、私に背中を向けて声をこらえて泣いている。肩が震えている。その女性の靴だけは見覚えがあった。

現実ではないビジョンの中で知らない女性が見知った靴をはいている理由、その靴が私のものではなく祖母や母のものであることに、意味も分からず衝撃を受けた。
私は私自身の心を把握していない。だから、意味なんていつも分からない。しかし心が不思議と間違いを起こさず、正確に現実を私に分かりやすく、時に暗喩的に映し出すことを私は知っている。知っているだけに、心が不快にザワザワして頭の中が警告でいっぱいになった。
考えたくない、近づきたくない、保留にしておきたい。怖気づいて後ずさりして、そのまま今日に至る。このビジョンについて、当分は考えないでいようとしている。

けれど、ビジョンは常に待ち構え、来るべきタイミングで再び私の前に現れるのだろう。私が現実的にも精神的にも、このことから逃れては一歩も前に進めなくなる時になったら再現されるだろう。過去ずっとそうだった。考えるとその日が怖い。だからやっぱり考えたくない。
こんな新しいビジョン、葛藤、次に対面すべき問題がふいに目の前に現れたのは、放送で話して多くの方に聞いてもらったからだと思う。ひとつの変化、感情が一人の人格として実像を結ぶのだろうか。仕組みはまるで分からないけれど、自分を知るための手がかりが増えたのだと前向きに捉えたい。

まずはビジョンの問題は保留しておいて、今の自分の持てるエネルギーで片付けられる小さなことから整理していこうと思う。
一言でテーマを挙げるなら「羊達の狼へのフリーライド」だ。ツイッターにメモをした。意識がある時は思い返して言葉に纏めてみよう。これ以上悪化していくと、解離を起こしている自分に対する不甲斐なさや無力さで鬱状態の無限ループにはまってしまう。今のうちに何とかしよう。


(※次回のMitorixTV(Ustream放送)は、6日(木曜日)を予定しています。詳しくは後日お知らせします)
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2010/11/15 (Mon) 波打ち際で ? 解離性同一性障害 ?

波打ち際で、人形を作る。
砂をかためて、素手で作る。

砂は、それぞれ勝手な粒子だから、両手を汚してしっかり固める。
地を掴んで立つ足と、折れない脚、風に揺らがない胴、自分に似た腕、似た手首、物に触れられる指、据わった首、頭、世界を見聞きする両目両耳、語ることのできる口。


できるだけ丁寧に形作り、海風に頼りなく飛ばされる意思を手繰り寄せ、明日こそは明日こそはと念じながら海を去る。


翌日には、崩れ落ちた人形と対面する。来る日も来る日も私の魂は、砂になる。
生きている限り波は止まらず、波打ち際の人形は、どれだけ魂を込めても生まれ変わることがない。
足元を掬われ崩れた砂は、私によく似た形をしてる。
波が砂に形を与え、波が砂から形を奪う。

波の息の根を止めてしまおうか。それとも逃げてしまおうか。

私に与えられた場所はここ以外にはなく、他に私をつくるものはない。
波の生命は止まることがなく、私は海に囲まれて、どこにも行く場所はない。

泣くことは、やめた。諦めることも、やめた。俯く理由は手放した。
砂をかためる私の汚れた手は、本当は誰の手なのだろう。
海風を聞くこの耳は、本当はどの世界の音を聞いているのだろう。
この目に映る世界は、この舌が知る味覚は、この喉が発する声は、一体誰のものだろう。

終わりがない。終わりがない。
作るしかない。
今日も明日も、作るしかない。
泣いてる暇なんてない。
また明日が来る。



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2010/11/14 (Sun) twitterの記録/感情が解離して自分が誰だか分からない記録 ? 解離性同一性障害 ?

前回の記事は、後で見たら結構な行数になってたなぁ。誰か読んでくださる方いるんだろうか。自分でも読んでると目が疲れる。

解離しっぱなしで何日経ったのか。かなり酷い状態だってことが、日に日に判明してきた。
バランスを欠き始めたのが恐らく2ヶ月くらい前。昨日、友達と話して確認した。さりげなく私の状態を覚えていてくれるので、記憶障害気味の私よりも私について情報を持っていることが多い。ありがたい。

今日も、前回と同じ方法で自分の解離の度合いをはかってみようと思う。(括弧)内の注釈・説明も前回と同じく思ったことをメモしてみる。こればっかりは、本当に自分のために書く。どうしても、しんどい。今日もダメな一日だった。本当に自分にがっかりすることがあった。そのことについては、次の記事でアップするつもりでいる。不調だろうが何だろうが、そろそろ自分がどれくらいの状態にいるのか把握しなければ、「生きてる意味ってなに?」などと詮無いたわごとを口にしそうだ。


?Twitterの記録?

------11月9日------
▼日本酒なう。酒瓶の住所見たら友達の家から徒歩圏内で笑った。世間は狭いなぁ。人間は多様だなぁ。なんだか私疲れたんだな。底上げをしたいの。それだけなのよ。個人的にわかってもらおうとか期待してない。期待してたらドキュメンタリーにも出なかったさ。
(解離と全く関係ないけど酒の中で日本酒が一番好き。生原酒が一番好き。酒の話から、なぜかいきなり人間の多様性について語りだす私。何か思い出したらしいが思い出せない。自分のプライバシーは殆どどうでもいいから、底上げをしたいという気持ちはこの3年間全く変わっていない。ちなみにこれを書いてる今はワインなうです。)

▼ブログに記録を残しておかなくちゃ
(意識が朦朧としていたので、日常があっという間に流れてしまう。記録しなければ記憶障害を持つ私は基盤から砂のように流れてしまう危機感が強い。)

▼だめだ・・・やっぱ駄目だ。ブログ書いても読み直す作業ができない。また意識レベル落ちてる。中途半端な記事アップするのと、まったくアップしないと、どっちがいいんだろうな。いつもそこ迷う。
(迷います。特に、最近のように優秀な記録係のような意識しかなく、自分のオリジナリティが見当たらないとき、自分が書いているようで他人に代筆させているような気がする。それを読む方は不愉快ではないだろうか、どんなふうにこの私らしさのない文章を読んでいるのだろうかと気がかりになる。)


------11月10日-----

▼人格が複数存在するDIDの症状の一断片「多重人格状態」を可視化するとまさにこういうことかもしれない / 『脳と感覚を共有する、美少女結合双生児 : ギズモード・ジャパン』http://www.gizmodo.jp/2010/11/post_7947.html(リンク先は動画も含まれます。弟MTから知った情報。脳を共有していながら異なる人格を持つ二人。結合双生児には別の観点から、以前から興味を持っていたけれど、今回の彼女たちの事例は本当に稀で不明な点が多い。DIDとの共通点を見て、私の自我状態も視覚化すれば、この姿が一番妥当な気がした。)

▼アホみたいな理由で不安発作。過呼吸ぎみになってきた。スケジュール帳を見たら、あさってから数日おきに予定が入ってる。こなせるのか不安で発作。なに私って自分が思ってるよりもしかして弱っちいの?
(この発作は、久々に耐え難く辛かった。書く余裕がなかったが心臓痛も起こったので痛み止めと頓服を飲んだ。私は自分を過信している。何度自己修正しても過信している。何回同じ失敗繰り返したら気が済むねん。)


▼政治に関するニュースで「今後面白いことになりそうですね」て発言する解説者、どうかしてると思う。面白いことって、お前の生活も含んでんだぞ野球中継じゃねーんだぞって思う私の感覚の方がまともだと思うんだけど、スポーツ解説感覚の人間が後を絶たないね。
(Twitterまで読んでくださってるコアな読者の方はご存知だと思いますが、以前から政治に関する話題を結構Twitterで発言しています。でも私、右派でも左派でもありません。政治や国際問題に興味があって、興味があるだけでなく当事者意識を持っていたいのです。Twitterは個人的なひとりごととして使っているので、政治的発言はTwitterで好き勝手呟いてます。全くの不勉強だけど。)

(この後、江頭2:50の話題で彼への賛同心と敬意を呟いた。その後、自身のSM論やSM体験、愛すべき変態たちの話題にシフトしそうになるも、キリがないほど話したいことはあるので自粛した。)

▼今日は割と元気かもしれない。下ネタとか言ってるもんな。いいぞ自分。この調子だ!まだ「人格交代OK」意識だけど、明日どうなるかは分からないけど、今日は元気な方。
(「人間臭く生きる」ということが、私の元気の源かもしれない。)

▼涙が後から後から溢れて全く止まらなくなった。まさに壊れた水道の蛇口。なぜか分からない。子供の頃の1シーンずつ、たくさん流れこんでくる。どうして私は泣いているのか。
(急展開。なぜこんなことになったのか。何も悲しくないのに泣くことがある。感情と「私」が解離しているのだろう。感情だけが迸り、私はポカーンとしたまま。流れ込んできたシーンは、学校での1コマ1コマが多かった。前後関係は相変わらず分からないシーンばかりだ。)


------11月11日-----

▼ブログ更新しました 「Twitterの記録 / 人格交代願望と内部構造 ? 解離性同一性障害 ?」 
(私をよく知る友達に、「みとりのブログにあり得ないタイトル」と言わしめた記事。読み返してみたら、皮肉な方向に解離状態がうまく働いて、実に客観的に自己分析できている。「自分のことではないと思う」感覚のせいで、容赦なく他方向から自己分析できるのだろう。乾ききった心地で書く文章は、殆ど苦行だ。しかし、記録としては役に立つ。私はやっぱり今、誰なのか。なぞだ。)

------11月12日-----

▼うをををををを!と無言の雄たけびを上げて←マンションだからね、明日ごっそり服買いに行く前に、ごっそり部屋の服を捨ててやるぅぅッ!!
(昨日の呟き。実はこれを書いている今日13日は、私の服の買出し日だった。年に1度のイベントがあり、そこへ行くのを夏から楽しみに、下準備で服を捨てようとしたのだ。はじめて5分で気勢は削がれたが。)

▼BGM Evanescence バンドまたやりてぇぇ!歌わせろー!
(ならば音楽の力を借りようと、EvanescenceをBGMに流して作業した。服の整理よりもバンドをやりたくなって気もそろぞになり、かえって無音が良かったという見方もあり。)


------11月13日-----

▼みとり玉砕ッ!もうッ!みとりはッ!二度と外出できないィィ! ちっくしょー!夏から楽しみにしてた予定だったのに行けなかった。最近だめだ。入院だ入院。やっぱりパジャマを5組揃えるわ
(前述したイベントは、行けなかった。外出が怖くて仕方なくなっているのだ。失望感を突き抜けて、わけのわからないテンションになってしまった。しかし入院準備の「パジャマ5組」の面倒くささに阻まれる。パジャマを5組も揃える手間を考えると、頑張って自己管理して外出できるように努力し尽くしてからでいい。もうちょっとだけ、あとちょっとだけ頑張れるはず。)

▼大人しく家で本読んどく。それからここのとこの外出恐怖について纏める。自己認識が甘いから今日みたいなことになるんだ。いつまでも解離でぼーっとしてるわけにもいかないし。解離についてもあと一歩踏み込んで纏めよう。
(冒頭で書いたように、私の状態をさりげなく把握してくれている友達が、手がかりとなるような考えを話してくれた。対処法についても話し合い、自分にとって何がサポートとなるのか少し分かってきた。もしこれが成功したなら、困難にある同病DID患者さんたちに有益な提案ができそうだ。)

----------

以上、八方塞り状態の中で、自分が誰だか分からない状態で、できる限りの分析をやってみた。
次の記事で、今日の悲しかった出来事を書こうと思う。
そちらは、Twitterの記録の引用はせず、通常の記事としてアップする予定。
今回も、ここまで無味乾燥な文章にお付き合いくださって、ありがとうございます。
コメント返信も、このような状況でできません。私がいるのは確かだけど、私はいない。このまま違う私になってしまうのか、私を取り戻すことができるのか。どこかへ行ったままの「美鳥」は、どうして私から離れる必要があったのか。「離れる」と表現するからには、ここにいる私は、一体誰だというのか。
すべて謎。謎を手がかりに謎を解こうとしている、その行動がもう謎。悪夢のループだ。


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Twitterの記録 / 人格交代願望と内部構造 ? 解離性同一性障害 ?
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コメント返信しました。お名前は、以下の方です。
◇お久しぶりです
・ちひろさん

返信が大変大変遅れまして、申し訳ありません。

解離性同一性障害 | trackback(0) |


2010/11/11 (Thu) Twitterの記録 / 人格交代願望と内部構造 ? 解離性同一性障害 ?

障害者ではあるが、何病ですか?と訊かれると、いつも言葉に詰まる。診断名が多すぎて、どれを口にして良いか分からないから。ブログでも同じく、私が1日で見舞う症状は「診断名」という括りで言えば複数の病名に跨っている。読んでくださる方が混乱しないように、できるだけ1つの記事で1つの病気に触れることにしている。また、私自身も自分の記録として、そのほうが参考にしやすい。

今回の記事は、解離性同一性障害(以下、DIDと表記)について。
Twitterから、体調と解離に関するツイートを時系列に抜粋してみる。最近、あまりにもDIDの症状に苦しんでいるから、抜き出して分かることがあれば何とか自分を立て直すヒントにしたい。

多分、今の状態(人格交代を歓迎する心理状態・自分が自分であることへの執着が皆無の状態)に陥ったのは、1ヶ月?2ヶ月前からだと思う。そこまで遡るのは難しいので、異変をはっきり自覚し始めたらしい11月2日のツイートから抜き出してみる。
(括弧)←内は、私が今日書き足した注釈や纏め。


-------11月2日-------

▼時間がとんだ。夜なの?怖い。誰か助けて!てなったけど、時間がとんだだけ。うっすらとした自分への恐怖、うまく誰かに伝えられない。
(「自分について何もかもわからない」というのが苦痛。そして恐怖。記憶がない間、自分は世界に存在していなかった気分がする。「分からない」のは不安で孤独)


▼次の講演会とワークショップの企画を進めねばならないのですが。DIDの症状がここに来て大きく障害になっています。前回よりも情熱は倍増し、勉強量もスキルも倍増しなはずなのに体がついてこない。PTSDの諸症状が邪魔する。歯がゆい。来てくださる皆さんに早くお会いしたいです。
(スタッフに何度も講演会の打ち合わせ日について打診されるも、随分前に打ち合わせがフラッシュバックの引き金になってパニックで泣き喚くことがあって以来、無意識に避けている。気持ちは強いのに、いざとなるとフリーズする)

--------11月3日-------

▼めっさ頭痛い。さっき痛み止め飲んだけど効く前に来たらしい。早く効いてくれー・・・
(大体、毎日どこかしら痛いので痛み止めが欠かせない。頭痛がなければ、全身痛がある。ストレスや緊張で神経自体が傷んでいると病院で言われた。カウンセラーからは、男性人格と交代する(しそうになる)と筋肉が強張っているからだろうと指摘されたこともあった)


▼反動から今度は躁に転じそうな気配。落ち着こう。大掃除と読書の日。
(不調にこだわらず、生活することに重点を置こうと自分に言い聞かせたツイート)


▼内側にある乳白色の海に溶けそうで怖い。DIDの人によっては、綺麗な海や展望台があるんだってね。私の内側の世界の海は、怖い。自分が溶けて他の人格と溶けあわされる。思考もなくなる。怖い。
(「内側」は、人格や世界がある場所を指す私の感覚的表現。内側に乳白色の海水で満たされた海があって、私は「人格の廃棄場」だと感じている。二度と近づきたくない恐ろしい場所。)


▼自分の病名が不安になってきた。診断、あってるのか?突然襲ってきた不安。明日にでも病院に行こうか。この間行ったばっかりだけど。誰かーDIDの人助けてくれ。統合失調症じゃないって医者が断言するのはプレコックス感がないから?本当に?怖い!
(新しく処方された薬が「人格交代を抑える」といわれたものの、自分で調べていくうちに自分はDIDではなく統合失調症ではないのか、それを医者は隠しているのではないかと考えて、急に恐ろしくなった。ツイートを読んでくれた詳しい友達が、DIDに効果的とされ使用する医者も多いらしいとメッセージをくれてから、落ち着いた。私の祖母は統合失調症で、彼女の陽性症状を子供の頃から見ていて遺伝を疑って生きてきたので、DIDの幻覚や幻聴が酷くなると、必ず統合失調症の可能性を感じて私は怯える。実際、DIDの症状は統合失調症と重なっている部分が多い。しかし私は何度確認しても「あなたは絶対に統合失調症ではない」と医者から断言されている)


▼「いじめと賢者タイム」て記事書こうかなー
(いじめについて考えたらしい。私の場合、理屈よりも自分が実際に体験した個人的体験抜きには考えないことにしているので、過去の色々を思い出したのだと思う。それなりにストレスだったかもしれない。「賢者タイム」と絡めて書こうとしたのは、いじめっ子の行動原理を分析、解体して、役に立ついじめ論を展開するため。結論まで頭の中で考えたが、文章には起こさず)


-------11月4日-------

▼今朝起きたらキッチンの床がピッカピカで何事かと思ったら、そういや昨夜眠剤でふらふらしてるときにノンシュガーのミルクティーを一杯ひっくり返したんだった。牛乳で床拭くとピカピカになるって知っちゃいたけど、ここまでとはな。ツルツルで、すっ転びそうになった。
(解離で記憶を喪失している場合と、眠剤で夢遊病のようにふらふら動いているときがある。起きたら既にピカピカだったので、眠りながら床掃除をしたのだと思われる。その記憶はない。)


▼本当に毎日格闘です。そして今のとこ殆ど全敗。自分をコントロールできない自分への失望感ったらないです。社会性を保って生活していくこと、DID患者にとって難題です。当事者は必死です。人格って呼ばれるのも本当嫌。私はパーツじゃねーぞって思う。
(DID同病者とツイッター上で交わした会話。DIDは、さまざまに誤解されている。DID患者のすぐそばで支えているらしき人間が発している誤情報が出回っているのを目にすることがあり、脱力することが最近多い。当事者としては、怒りを覚える情報も中にはある)


▼まじで「心身不調ケアに時間を奪われる」ですわ。本当にもうそればっかり。どこかに出かけなければならないとなると、まず私は仮眠を取らなくちゃならない。倒れない準備なんだけど家族には「行く直前まで寝るなんて行く気がないのかと思った」と言われます
(DID同病者とツイッター上で交わした会話。症状の苦しみと、症状によってやりたいことが自由にできない苦しみの二つに同時に襲われる毎日。格闘。)


▼メモ:ボーダーからの回復/ 罹患までの過程としての他人からの「自己否定」と、回復に向かう段階での「自己否定」。 / 自立までの孤独な格闘で獲得する自信→完全自己否定から立脚した自己像/ 病理を説明する上でも、回復を考察する上でもやっぱりボーダーのキーワードは「美意識」
(境界性パーソナリティ障害(ボーダー・または境界性人格障害)からの回復について、講演・講義をする予定のため整理し続けている。真剣に治りたいと苦しみながらも生き抜いている方に、必ず役に立つワークショップにしなければ無意味だと思っているので、自己の経験と失敗をベースに形を作っていっているところ。このメモは、講義の導入部分。ボーダーについて考えたらしい。)

(この日は、DIDやボーダーについて、割合前向きな姿勢でいた模様。)


-------11月5日-------

▼パン買いに出たら、猫に遭遇。友達になるべく、ただ今何気なく佇んでる作戦なう。白い長毛でかっこいい!
(最近、パンが好きで仕方ない。猫としばらく空間を共有したが、興味を持ってもらえず去られてしまった)


▼朝ごはん買いに出たら、そのまま歩き始めて、あちこち寄り始めて、帰宅したら昼過ぎ。たくさん写真撮れたからブログにアップしよう。青山先生のブログ見に行ったら、人間ドックに入ったという記事。プライベートな青山先生、キュートだ。キュート。2回言っときたい。
(「青山先生」とは、医者ではない。私の生き方の手本となっている方。)


▼朝から調子こいて散歩したらダウン。なんか気持ち悪いし、パニック障害出てきた。ベッドで大人しく本読みます。健康になりたい・・・。
(散歩ごときでダウン。思っているより自分は健康ではnないのかもしれないと毎度思うのだけど、すぐに毎度忘れてショックを受ける。最近パニック障害が再発してきている。その時期と、解離が悪化したと思われる時期が重なっているように思う。何があったのかは思い出せない。)

-------11月6日-------

▼また「入院しなきゃ脳」になった。泣きたい。いっそ休止のカウンセリングを再開して催眠で人格交代させてもらおうか。何か耐え切れない。私には生活していくの荷が重過ぎる。そんなに私は自分が思ってるより強くないみたいだ。私じゃ無理かも。Sとかわりたい。昨日から考えてた。考えてないふりして。
(Sは、去年か一昨年あたりに頻繁に意識の上層にいた人物。Aを守らなくてはという私とは正反対の意見を持ったS。でも淡々と事務的で一番信頼できるから、何かあるとSが浮かぶ。でも、確かこの時Sは見当たらなかった。)

-------11月7日-------

(1日丸ごとすっぽ抜けた感覚。9日になってから、自分の感覚が1日ずれていたことから、この日の異常を自覚した。)

-------11月8日-------

(朝起きるなり、携帯でツイッターに一気に書いた。泣いていたと思う。)

▼何でこんなに打ちのめされた感があるのか分かってきた。ボーダーからの言い掛かりや縋り付きや謂れのない罵倒、白を黒と言った直後にまた白と言い、関わった人間のせいに全部するそれに付き合わされたからだ。誠意や努力を悉く徒労にさせられるばかりか、それを取っ掛かりに次の罵倒への悪循環。→

▼→残る誠意をかき集めて出来ることは、何もしないってことしかない。私が出来ることはすべてやった。自分でやらずに私にまた丸投げすることに、何の思いやりも感じない。言うこととやることが違う人と関わると生きる気力が失せる。罵倒の内容も記憶に残り二度と消えない。

▼→何病でも診断名は構わない。対人関係において無関係。自己矛盾に他人を巻き込む堪え性のなさや無責任さが大嫌いなだけ。罵倒という行為に言い訳は通用しない。不安定だったからなんて通用しない。私は自分にそれを課してる。だから人にも課す。罵倒も脅迫もうんざりだ。

▼他人の魂をエサにする依存的人間は、必ずもっともらしい言葉(家族・友達・恋人・愛・心配・思いやり)を根拠にしたがる。それを持ち出せば何しても許されると胡座かいて自分を律しようとも自立しようともしない。たとえ相手をメッタメタに傷つけたとしても、愛のうち。そんなでたらめ、もううんざり。

(ここまで書いて、自分が誰なのか分からない、交代しても別に構わないという心地は、最近のこれらの体験から来ているような気がした。でも、確信は持てていない。)


▼こんな偉そうなこと呟けるのは、私がもとは無責任で感情にだらしなくて依存で他人を食い荒らし逆に食い荒らされてきて生きてけなくなって、命懸けで何度も自分を立て直して今があるから。この点だけは私は自分に誇りを持ってる。自分を恥じずして自分は変えられない。
(何度か死に掛けて、死んだほうが楽な気がした治療を経てボーダーたる最悪な状態から脱したので、この誇りはしっかり自分の中に根付いて不動のものになっている。)


▼ここらへんに最近の不調の原因があるのかもしれない。気付けば薬漬けだし何もできないし、人との関わりに無気力だし、電話恐怖症は前より悪化したし、一日の大半記憶か意識がない。<美鳥>にしがみついてる気力も殆どない。今なら交代してもいい。Sが生活してくれたらいい。本当に私は疲れたよ。
(また「S」。「S」に特別信頼があるというわけではなく、単に距離が2番目に近くて、適格だろうというだけ。SとAの間にあるような親密さというものは殆どないので、私はもっぱら孤独を感じる。Sの答えはなし。)


▼「自殺か他殺の可能性の場合は即入院」と医者に言われてるけど、「人格交代してもいい」「自分は降りたい疲れた」てのは自殺願望に入るんだろうか?自殺よりまだ全然前向きな感情かな。わかんねー。既に解離起こしてんのか??自分の感情が随分前から分からないんだよな。どうしたんだろう私は??
(ここらへんから、Aの声が幻聴でうるさくなった。幻聴は、とにかく神経が疲れる。)


▼意識とんでる間に見たかった番組録画してあって、自分がやったのか「人格」とやらがやってくれたのか分からないけど、こういう優しさに触れて踏ん張らなくちゃと思うのはこれで3度目。孤独だけど孤独じゃないこのシステム。ちょっと頑張る気力が湧いた。私が諦めたらそこで試合終了です。(安西せんs
(「龍馬伝」を見たかったけれど意識が朦朧とするので、どうでもいい心境になっていた。翌日見たら録画してあった。前にハーゲンダッツを大量に買い込んでいてくれたのと同じパターンだと思った。他にもあったけど詳しくは忘れた。ほだされるような、たかがこれくらいで私が必死で生活をやりくりしてる苦労には値しないような、複雑な心境になった。)


▼諦めたい諦めたい。本当は諦めたい。もう頑張りたくない。消えたい。降りたい。休みたい。自分のどこにもエネルギーが見つからない。涙も出ない。死にたいって明確な意識もない。解離解離解離で意志も思考も靄になる。本心が自分で分からない。全員の意思を聞いてまわろうかという気になっている。
(私の本音。「全員」は、内側の人たちと世界。でもこれは言ってるだけで、私の意志では行けない場所が殆どだ。)


▼今このタイミングで内側に潜ると二度と戻ってこれなくなる気がする。とても潜りやすい意識状態だとは思うんだけど。それとも今の状態は、「潜れ」て示唆なんだろうか。「青い部屋」が見当たらない今、それもあまり意味がない気がする。なんとなくだけど。何が正解か分からない。私が決めるしかないのか
(自分で決めるのも嫌になっている呟き。全てが面倒で無気力。でも容易に決断すると危険な気がしていた。同病の友達2人から、「自分ひとりでそれをやると危険」と言われて踏みとどまった。
「青い部屋」は、内側にある人工的な青く光っている部屋。カウンセラーの解釈や自分の経験から、自分にとってメリットがある部屋らしいと最近知ってから、常に気になっている。色々この部屋を巡っては事件があって、簡単に説明できない。中の人たちに直接会ったことはないが、部屋自体のシステムに一番興味がある。)


▼動悸止まらず何日目かなので、結局今日も頓服投入。敗北感著しい。
(薬では治らない病気を抱えているので、副作用で行動制限されたくないので薬は最小限と決めている。なのに頓服を飲まなければ、じっとしていることもできない。「頓服をのまない」という低いハードルも越えられない自分には、しょっちゅう無力感を感じる。)


▼私が人生の大半を過ごしてきた某巨大宗教団体。久しぶりに実家に帰ってみれば、あの新聞の異常さが更に際立って見えた。洗脳から抜けるには随分かかった。あの団体の異常さ、洗脳度の高さは、中にいた人間にしか分からない。傍から見てもそこそこ異常だろうが中にいると言葉に尽くせぬ狂気の沙汰。
(尖閣諸島の問題から、政治の問題、政治に絡んでいる某巨大宗教団体へとシフトしていって、頭の中が過去のエピソードあれこれを思い出す状態に。)


▼自分が実際に中にいて見聞き体験したことは、ブログに書くか、講演するか、とにかく形にして全て公開する準備をずっとしてる。あの団体の存廃はどうでもいいのだ。ただ、私が体験したことだけ、そのままを伝えたい。ネットが普及して、ようやく私のような「退転者」にも発言の場ができた。活かしたい。
(存廃がどうでもいいのは本心。攻撃する気もない。宗教や団体が問題ではなく、人間のさがが問題だと思っている。)

-------11月9日-------

▼大阪、本日、晴れ、突風。意識状態、下の中。思考状態、中の下。やる気、上の下。身体状態、上々。リプ、メール返信、DM返信状態、下の下。2ヶ月前から停滞。
(ブログを書いて、自分がかなり良くない状態にいることを自覚。翌日から朝に自己チェックをすることにした。)


▼今日はダウンする前にちょこちょこ意識的に休みを挟んでみようと思う。読みかけの本とあわせて3冊読破したい。大掃除もちょっとでもいいから進めたい。13日までに終らせたいな。
(工夫して自分を何とか制御しようという意識。実際は1冊何とか読み終えただけ。掃除は進まず。)


▼頭痛がぁー・・・解離と頭痛は切り離せないものなのかぁ・・・・ちょっと本気で入院して静養したい。二日にいっぺんは「入院」て言ってるな自分
(そういえば、1,2ヶ月前から「入院するべきか」と考えている。解離が悪化した時期と重なる。何があったのか。)


▼目標とする人まで、遠く遠く、とても遠い。自分が間違えていないか、常に気になる。がんばりたい。
(ありがたいことに、目標としたい人、手本としたい人が私には数人いる。自分に執着できないが、尊敬する人の生き様に触れるともうちょっと頑張る勇気が少し湧いた。)


▼あと2週間もしたら青山先生に再会できるのか。考えると怖気づいてきた。がんばれ自分。胸張って会えるように頑張れ。とにかく意識をちゃんと持っておかないと。
(自分が怖気付くくらい尊敬できる人に恐れずぶつかっていくことをやらないと、自分の未熟さもお恥ずかしいお粗末さも思い知ることができない。自分の分を弁えず、とにかく当たって砕ける度胸だけは持っているのが幸いだ。生き方に触れたいと思う人を見つけたら、たとえ有名人だろうが何だろうが、直接会うことにしている。でも、今の状態だと卑屈さと恐怖が先に立つ。その日に自分が自分でいられる保証もない。)


中途半端に、私の内側について記述することになってしまった。誤解や不足部分を想像で補われる可能性を避けるために、一度に全て説明したいのだけど、まずは感覚自体が相当異なることを最近知ったので、どう表現すれば正しく伝わるか苦慮している。それに、私自身が明確に把握し理解できているわけでもない。
でも、今のところカウンセリングはドクターストップがかかっているから、自力でできることはやるしかないので、殆ど私個人にしか分からない記録になってしまったかもしれない。
後日のTwitterも、また纏めてアップし、回復へのヒントを探したい。

今日のブログ記事も、とても無味乾燥な文章になった。
私は、血や涙を含んだ人間なのか。私から感情が消えているとき、感情はどこに行っているのか。考えても絶対に分からないことは、無闇に不安と脱力感をもたらす。


◇関連
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2010/11/09 (Tue) 「永久に人格交代してもいい」て気持ちは自殺願望と似てる - 解離性同一性障害 -

(※治療上、内側の構造についての詳しい説明は今回つけません。DID(解離性同一性障害)は、意識が向くとひゅっと内側に吸い込まれてしまう傾向が強いので今回は省略します)

前回の記事が7日。今日が9日。いちいち確認しないと、何日経ったか分からない。

解離が悪化しているのだと思う。「思う」と曖昧な表現しかできないのは、まさにそう思う私が解離であてにならない状態だから。入院が必要なのかどうかも分からない。ポンポン記憶と時間が飛んで、打ちのめされている間にまた自分の意識が戻ってくるから慌ててぼんやり頑張って、途中でまた次の時間軸に飛ばされる。

実は内心に「別に人格交代を起こしてもいいんじゃないのか?」という気持ちが湧き起こっていた。言葉にすると現実になりそうで躊躇っていた。いつも私は、自分の体調への悔しさをバネにしている。自分が自分でいることにしがみついてでも生きていきたいと思っている。その姿勢は、この間の診察で主治医からも評価された。嬉しかった。これでいいんだ、間違っていないんだと勇気を持った。

なのに、ある日突然、解離のせいなのか何がきっかけなのか分からないまま、心持ちがすっかり変わってしまった。移ろいやすさ、固定されない自我状態が解離性障害の特徴とはいえ、自分という人格に執着を持たない心地は死に似ているように思えて、ショックだった。ショックとは裏腹に、やっぱり自分でい続けることに何の執着も持てなくなった。
「別に自分以外の誰かが生活してもいいと思う。むしろ、そうして欲しい。私は、もういい」
こんな言葉がずっと頭から離れなくなった。
否定するのが自分の務めのように思えたから、口にしないようにしていた。でも、Twitterに呟く独り言の中に、そしてDID同病者と話す会話の中に、私の本音は駄々漏れに漏れた。


一般的にひとりの人間の中に人格はひとつ(統一され連続した意識状態)。肉体が死ぬときに、その人が死んだことになる。
ひとりの人間の中に分裂した自我が存在する場合は、どうなるのだろう。肉体は生きたまま、分裂した人格一つが「もういい」と人生を降りた場合、それは誰の死になるのだろう。誰も死んではいないのか。それとも「もういい」と降りたい私にとっては、それが死なのか。

何もかもが曖昧で、曖昧だから苦痛だ。
楽しみも苦しみも悲しみも、霞のようにぼんやりしている。
「生きている!」とか「死にたい!」のように、コントラストがはっきりした感情がなければ、自分の座標が定まらない。どこにいるのか分からない自分を、分からない自分が探り続ける疲労ったらない。生きているのがつまらない。どっちでもいい。死にたくもない生きたくもなくて、どうせどっちにしても自分が曖昧なら、人格交代でも何でも起こして自分は消えてもいいな。

そんなことを、ぼんやり考えた。

どんどん辛くなっていって、ぼんやりぼんやりと消える計画を立てた。
「私って、生きてるべきかな?」と、意識の内側に落ちて皆に聞いてまわろうかと考えた。自分で考えて決めることすら面倒になったのだ。どうでもいいと思った。「じゃあ私がやるよ」と言ってくれそうな人格(という表現は嫌だけど仕方ない)に会えれば、うまくいきそうな気がした。私は、死にたいわけじゃなくて、ここにいたくない、自分の意識を手放したいというのが本意なのだ。


解離性障害に罹患した経緯も、多分こんな心境だったのだろう。死にたいわけじゃなくて、ここにいたくない、自分でいたくないと思ったんだ子供の私は。
この日、はじめてそんな確信を持った。


消えたいなら、今後の身の振り方を考えなければと思った。
私の習性、常にある意識だ。自分の面倒をみなければ、生活をつつながく送れるように努めなければといつだって考えている。自分に与えられた唯一の仕事のように、放棄することができない。
自分でいることを降りるのなら、後のことなんてどうでもいいはずなのに滑稽なことだ。やはり自分が大きなシステムの中の小さな小さな部品に過ぎない気がしてくる。私は、自分の意志で動いているのではない気がする。
医者からは、「自殺・他殺の可能性があるときは即入院」と言われている。
私が私でいることをやめたいという欲求は、「自殺願望」に入るんだろうか? 解離性障害によくある不調だから、自殺願望には入らないのだろうか?単に人格交代して、私は何も感じたくないというだけなのだけど、適切な処置は入院なんだろうか?
一見バカみたいなことを真剣に考えている。
肉体の死は死だが、命ある肉体の中の一部の人格の消失は死なのか?と。


「自分は消えてもいいから誰か私をやってくれ」という気持ちは、今こうして書いている間にも私の全身を包み込んでいて離れない。なぜだろう。この状態を引き起こした理由がある気がして、考えるのだけれど掴めそうで掴めない。足掻いている。


冒頭で確認したように、どうやら2日しか経ってないらしい。
普段から、できるだけTwitterをメモがわりに使っている。手早く記録できて、時系列に残せる。
最近の不調時のTwitterの記録を抜き出して、自分の行動を分かりやすく纏めることにした。
正直、纏めてもあまり何かの役に立ちそうな気もしない。どうしたらいいのか分からない。

ただ、一時期本気で取り掛かりかけた「自分で人格総当りして交代してもらう」というのは、やめた。同病者の友達数人に止められた。ひとりでやると危険だと。確かに、戻って来れない気がしたから躊躇していた。本当にそれしかないと思ったら、催眠療法もやっている今のカウンセラーにお願いに行く方法を取ろうと思う。


あーどんだけ書いても、ブログ記事の言葉に感情が乗らない。自分が誰なのか、まるで分からない。ただ記録を書きとめて、できれば分析したいなと考えているけれど、こういう時は多分、泣いたり喚いたり暴れたり下手な詩を書き散らしたりして感情を吐き出すべきなんだろうと思う。思うけど、私に感情が見当たらないから出来ない。ロボットみたいで気持ち悪いけど、読んでる方も気持ち悪くなってないだろうか。

Twitterは、比較的感情的だと思う。Twitterで呟けるときは、割合状態が上向いたときだから。
でも、ちょっと抜き出してみただけでも一日の間に体調の波がこんなに激しいのかと他人事にも感じる。
人格交代どうのは、どうでもいい。時間が飛ぶのも、この際どうでもいい。この、自分がいるのにいない曖昧で掴みどころのない亡霊状態にうんざりだ。

記事が長くなったから、次の記事にTwitterの抜粋を並べよう。
今回だけじゃ分析しようがないだろうから、あと数日のTwitterも後日纏めたら、何か分かるかもしれない。何も分からないかもしれない。
ボーダーに打つ手は山ほど身に着けたのに、解離性障害にはお手上げだ。詰みかけてる。いやもう詰んでるのかも。

参考に昨日8日のTwitterの一部抜粋


◆「自殺か他殺の可能性の場合は即入院」と医者に言われてるけど、「人格交代してもいい」「自分は降りたい疲れた」てのは自殺願望に入るんだろうか?自殺よりまだ全然前向きな感情かな。わかんねー。既に解離起こしてんのか??自分の感情が随分前から分からないんだよな。どうしたんだろう私は??

◆意識とんでる間に見たかった番組録画してあって、自分がやったのか「人格」とやらがやってくれたのか分からないけど、こういう優しさに触れて踏ん張らなくちゃと思うのはこれで3度目。孤独だけど孤独じゃないこのシステム。ちょっと頑張る気力が湧いた。私が諦めたらそこで試合終了です。(安西せんs

◆諦めたい諦めたい。本当は諦めたい。もう頑張りたくない。消えたい。降りたい。休みたい。自分のどこにもエネルギーが見つからない。涙も出ない。死にたいって明確な意識もない。解離解離解離で意志も思考も靄になる。本心が自分で分からない。全員の意思を聞いてまわろうかという気になっている。

◆今このタイミングで内側に潜ると二度と戻ってこれなくなる気がする。とても潜りやすい意識状態だとは思うんだけど。それとも今の状態は、「潜れ」て示唆なんだろうか。「青い部屋」が見当たらない今、それもあまり意味がない気がする。なんとなくだけど。何が正解か分からない。私が決めるしかないのか


私は、どうしたいんだろう。
どうしたいかは別として、どうするべきなんだろう。
なんでこうなっちゃったんだろう。
どうなっちゃうんだろう。


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2010/11/02 (Tue) 大きな機械のちっぽけなネジ ? 解離性同一性障害 ?

結構、無理してブログを書いている。何か書かないと自分がいるのかいないのか分からない。せめて書く。

今日は殆ど自分の意識がなかった。昨日に比べて、今日の方が酷い。予定をこなせない事は、よくあること。別に解離じゃなくても、体調不良でも予期できないフラッシュバックでも、すぐに予定は頓挫する。
でも、解離で全く意識、記憶がなく時間が飛んでしまうことは、落ち込む。自分に失望して、じわじわと絶望が押し寄せてくる。


DIDの治療に意識が向くと同時に、準備が整ったのなら早速どうぞといわんばかりにフラッシュバックや過去の想起が増えた。裸で台風で荒れ狂う海に放り込まれるような心地がする。生きてるのが不思議なくらい自分がグチャグチャになる。抑え付けて蓋をして、「なかったこと」にしていた悲しみ、怒り、憎しみが自分を突き上げてきて、自分が自分を殺そうとする。悲しみの奥にあるものは、怒りなのだと思う。自分を虐待した者、虐めた者に対する怒りなんて突き抜けて、自分に降りかかった運命そのものに対する怒り悲しみなのだと思う。

それは自分への怒りに果てしなく似ている。私たちは取り違えやすい。苦しみから決して逃すまいと自分を縛る運命に抗っているうちに、自分を殺したくなってくる。


そんなふうに凄絶な日もあるのに、昨日も今日も私は自己が希薄で、殆ど記憶がない。ふわふわと曖昧に漂っているだけで、自分を殺したいなんて思うこともない。感情もない。
人間の意識や脳の働きは、誰が決めているのだろう。結果的に、自分が決めているのだろうか。それとも、あらかじめセットされたプログラムなんだろうか。私は誰なんだろう。

頭に靄がかかっている。時計の針は、手品のように瞬間移動する。その合間の私は、この世に存在していない。誰も知らない。このまま私が消えたとしても、私を探す者はいるのか。私はどこに消えるのか。
生きている実感も、死んでる実感もない。
気味の悪い焦燥感だけが背中を這い回っている。

誰か助けてってSOSを出すべきだと声がした。でも、何から助けて欲しいのかよく分からないよ、不適当な言葉だろと木霊が返ってきた。そういえば曖昧だ。ただ逃げたいだけなのかもしれない。「誰か助けて」は、「どこか違う場所に連れてって」てことかもしれない。
「どこか」なんてなくて、私はここに踏みとどまってなくちゃならない。私はもう、無力で自信がなくて自分のことが嫌いで、怒りを感じる前に悲しみで打ちひしがれて、ただ耐えて自分に蓋をしていた子供の頃とは違う。


逃げても何にもならないことを知ったから、逃げずに自分が壊れない程度に解離が働いているんだろうか。大きな機械の中のちっぽけなパーツに成り下がった気分がする。どれだけ自分が自分らしく生活しようと頑張ろうとも、機械の都合の前には私の存在表明なんて無意味だ。生きてることが、つまらない。


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2010/10/08 (Fri) 痛みと砂 ? 虐待・いじめ・解離性同一性障害 ?

指の負傷と手の疲労で、文字を打ちにくい。記録として書いておきたい。

無意識に指先の皮を剥ぐ自傷行為は物心ついてからずっとだ。私の指先が無傷だったことは、人生で殆どない。
カッターナイフで指の肉を削っていることが多く、ふと気づくと本を読みながらでも削っている。本好きの性か、絶対に本を血で汚さない。自慢できることなのか何なのかよく分からない。

右手をより酷く刻む傾向があって、神経の近くをやってしまったのか、じっとしていても指がツキツキと痛む。

昨日は幻聴が酷かった。うるさくて仕方なかった。
ふいに色んな声で、色んな声の大きさで、色んなことを言う声が聞こえる。耳元で叫ばれるような大声は、うるさい。けれど、現実の声とは違うことを私はいつも知っている。
何を言っているのか、いつもすぐに私は忘れてしまう。音声は明瞭なのに、内容を忘れる。だけど、精神力が消耗する。異常に疲れる。


苦しむ子供は、死んでしまえ。

昨日は、そんなことばかり考えた。
過去の氷山の一角でもない、多分ゴミクズくらい小さな小さな埃だろうに、過去の1シーンだけでダメージが大き過ぎる。フラッシュバックには、簡単にのみこまれてしまう。怖い。
受け入れるんだ、しっかり見るんだ、怖がって目を閉じるものかと覚悟を決めているはずなのに、ちょっとした友達との会話の合間に、突然過去に吸い込まれて、気がついたら私は子供だった。

じっとしていられなくなって、泣き喚きながら部屋をうろうろして泣くしかできない自分と、119番に連絡して収容しなければと冷静に考える自分と、他人に世話をされることに強烈な拒否反応を示す私が今の状態で救急隊員に出くわせばかえって事態が悪化することを知っている自分と、3,4方向から自分を見ている自分でいっぱいになって、絶望した。

自分の中にいる、自分が体験した「子供」なんて死んでしまえばいいと思った。苦痛で仕方ないから、あの子供ごと死ねばいいのに、どうして親たちは虐めることを愉しんで、殺すことを愉しまなかったのかと悲しみで一杯になった。

殺してあげて。
殺してあげたほうがいいのに。
子供だった私がもし、純粋で柔らかいから傷つきやすかったのなら、そんなに傷つきやすいものは、傷がつく前に砂にして散らして、最初から誰もいなかったことにしてあげて欲しい。

私の方がいっそ砂のように形もなく感情もなく、涙も汗も血も持たない乾いた砂になりたかった。あの場で、誰も私のことを抱きしめる気がないのなら、抱きしめなくていい理由が子供の私にあったらよかったのにと思った。それなら納得できたのかもしれない。人間の子供にうまれたばっかりに、尊厳を踏みにじられると魂が傷つく。心に痛覚を備えられて生まれてきてしまった。


高校時代の性被害の体験は、最初に思い出したときに意図的に「人格名」をつけ、また忘れたけれど2度目に思い出したときには、うまく私の記憶の年表におさまってくれた。一度目に思い出したときの感情の追体験は、まるでなかった。ただ事実として思い出せた。解離について少しずつでも学び、うまく活用できた成功例として自信になった。でも、あれは本当にまぐれなのだろう。

家庭で受けたことに関しては、私は殆ど自分の視点で思い出すことができない。大抵、正面から自分を見ていたり天上から見ていたり、大分離れたところから全体を見ている記憶ばかりだ。
一昨日は珍しく、私はまさに子供そのものになって、あの過去の時間のあの瞬間、あの場所にいた。

今日は、小学校時代のいじめについて思い出した。その教師が指定した生徒を、教師がリーダーとなってクラス全員で虐めるのが恒例だった。私は標的にされた。女性の教師だったが、虐め方が狡猾で集団心理を利用するのが巧く、クラスメート達も示し合せたわけでもないのに阿吽の呼吸で立ち回って、私を虐めるという一つの目的に向かって毎日鋭意工夫を惜しまなかった。


いろんな人を見てきた。
いろんな人たちが、私を前に繰り広げる感情劇に、私は呆気に取られてただただ見ていた。皆本当は夢でも見ているんじゃないか、おかしな薬でも飲んでるんじゃないか、そうでもなければ私の頭がおかしくて私が見ているものが嘘なんだ、本当は人間とは強くて美しくて勇敢なものなんだと信じていた。信じていなかったと思ってきたけれど、私はどうしても人を信じたかったのだ。信じてなければ傷つかない。


私は、自分を砂にすることはできなかった。
かわりに出来るだけ薄く薄く希釈して、茫洋とした意識の世界のあちこちに流しやって、できるだけ遠ざけた。遠ざけたものが、ぜんぶ苦しみの声をあげている。
その声を一昨日から聞き続けて、最近ずっと聞き続けて、私はどうしても逃げられなくなっている。逃げたくない。「殺されたくない」と並ぶくらい、私の中で強い感情が「逃げたくない」かもしれない。この感情は、多分私の人生の中で私が一番強く持っているものであって、他のどのキャラクターにもない感情だ。今のところ私が知る限りは。

逃げないことが、生きる唯一の道だと私は知っている。
だけど逃げたくなる。怖い。ただ1シーンに引き戻されただけで、私はあの過去のあの場で受けた傷の深さに痛い痛いと泣き叫ぶしかできない。それどころか、悲しいのも苦しいのも嫌だから殺してほしいと考える。私の存在意義は生に根ざしているのに、私の欲求は死に馴染みやすい。


フラッシュバックに襲われたら以前は1ヶ月は寝込んでいたけど、今の私は違うんだちゃんと生きていけるんだと自分に示してやろうと思って、今朝から道具を買いに行って、大きな大きな家具を組み立てた。汗だくで、工具で手が更に傷だらけになったけれど楽しかった。
終ったら達成感が来て、その直後に悲痛な気持ちになって泣いた。本当は泣きたかったのに、一人なのにバカみたいに虚勢を張って泣かなかったんだと気づいた。自分が惨めになるから。

正直な気持ち、私は生きていたくないんだと思う。あんな過去やこんな過去や、まだどこに埋まってるかも分からない地雷にこの先もつまずく度に足吹っ飛ばされ続けて、それでも這いずってでも生きてやろうと思うほど私は強くない。もうやめてくれ!と思っている。でも「逃げたくない」と思っている。でも、そんなに強くない。でも、泣きたくない。生きること、呼吸することが苦しい。でも、砂にもなれない。だから今日は生きている。


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◇死ねなくてごめんなさい ? 虐待・機能不全家族 ?

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2010/09/27 (Mon) 代理人Mの休日 ? 解離性同一性障害 ?

夜寝る前に日本酒かワインを飲む日が続いて、そんな時は眠剤を飲むことができないので薬を飲まずに寝ると、必ず眠りが浅くて翌朝気分が悪く、起きるなり頓服を飲んで再度就寝、起きると昼の1時か2時という生活が続いている。
最低最悪だと思う。これの何が治療生活だと自分をたしなめる。

そんな今日は、ジムが休みの日なので好きなことをして過ごすことにした。

夜に飲むワインを、昼に飲むという贅沢で怠惰なことをやってみた。これなら夜は問題なく眠剤で眠りにつける。
一昨日、仙台から来てくれたブログ友達と大阪で遊んだときに、オリーブを練りこんだフランスパンを買ったのだが、これがものすごくワインと合う。

軽く飲んでから、うちのマンションの向かいにある店にふらりと服を買いに行った。
かなり愛用している店で、福祉団体が寄付でやっている店だ。何でもかんでも激安だ。そして必ず新品で可愛いものが見つかる。
大きな紙袋一杯11点買って2000円ちょっと也。ミッシェルクランの靴や、新品のカーディガン、インテリアに使うハギレなどお買い得ばかり。楽しい時間を過ごした。
所用で寄った郵便局を出たら、大粒の雨が降り出した。

家に帰って傘をさし、自転車でカラオケに行った。
一人で2時間半歌って満足した後で、古本屋に寄った。カラオケの帰りに必ず寄る古本屋で、店主とは顔なじみだ。私はいつもここで、心理学か犯罪学か哲学かサブカルチャーか変態関係の本を買う。ここの店主は、古書の類が好きで活字信奉者なので、よそより品揃えが良い。


雨がバタバタと傘を打つ中、上機嫌で帰った。外はもうすっかり暗くなっていた。

帰りながら、働きたいなと思った。私って、凄く元気じゃないか。元気どころか、元気が有り余っている。だから、昼間からフランスパンにワインなぞ飲んで、服を買い込んだり郵便局に行ったり、カラオケに行ったり本屋に行ったりするのだ。
以前なら元気どころか気力もなかった。本屋に行っても読みたい本どころか一文字だって読めなかった。一文字一文字が重くて重くて、憂鬱でたまらなかった。音楽も聴けなかったし、服だって自分なんか雑巾でも纏ってればいいんだと本気で思っていた。実際、雑巾みたいな服を着ていた。
今、私はすっかり元気だ。

そんなことを考えて雨の中自転車で家路を急いでいたら、突然怖いことを思い出した。
そういえば私は、ほんの1週間前に精神科病棟への入院準備をしていたのだった。たった7日前のことだ。半月も経っていないのに、私はもうすっかり感覚を失っている。
忘れるのは、解離性障害だからだ。自分のことをすぐに忘れる。自分と感覚と感情が解離してしまう。解離しても、解離したことにすら気づけない。


帰宅して、パソコン前の椅子に座って、落ち着いて考えた。
私は、数日前のブログ記事に、こう書いている。◇代理人M ? 解離性同一性障害 ?
私は、解離性同一性障害を自分で治そうとしている。ようやく準備が整った気がした。
けれど、それがどれくらい命懸けか何となく分かるから、私は安全ネットをたくさん今から用意することにした。その一つが入院支度だ。私がこれから挑もうとしている過去は、実際にいまだある男の姿そのままで関東に存在している。そこまで私は実際に行こうとしている。多分、何度か入院せねば私は生きて乗り切ることはできない。


頭のどこかで、常に私は恐れている。
生きるために自分が排除したらしきものを、自分の中に取り込むことに怯えている。
「人格の統合」などという表現は、私にはしっくり来ない。ただ、とにかく、私という人間に起こった出来事として受け入れなければならないことがこの世にあるのだとしたら、やるしかないという気持ちに変わった。

だから、今日カラオケで歌っているとき、真似事でAに合いそうな歌を歌った。
届いているかは分からないし、意味があるかも分からないけれど、一度歌ったら意味があるような気がして同じ歌ばかり5度も歌った。
歌になったその感情を客観的に見れば見るほど、私には完全に欠如した情感だと思った。
欠如していることは、欠落していることとイコールなのだろうか。欠落していたら、私は不完全な人間であるということなのだろうか。不完全であるということは、不幸なのだろうか。
なぜ私は、歌うのだろう。
なぜ私は、Aのかわりにあの男と対峙しようと、こんなにも張り詰めているのだろう。
分からないけれど、怖い。怖いから、分かりたくない。

私は多分、今日一日は羽根をのばしたかった。何もかも忘れて。
Aのために歌を歌った以外は。


関連記事
◇代理人M ? 解離性同一性障害 ?

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以下の過去記事コメントに返信しました。お名前は、以下の方です。
◇東京こぼれ日記3
・プラチナ☆ママさん
・しきさん

遅くなりましたmm

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2010/09/22 (Wed) 代理人M  ? 解離性同一性障害 ?

20100922.jpg


私が、私を救い出すしかないみたい。
誰かがやってくれたらいいのにと思っていても、自分しかいないみたい。
気がついたら、私しかやれる人間はいないみたい。
みんな過去に縛られて、縛られてることにも気づかずに必死で引きずっているらしい。

優しかった(らしい)男が、最終的にはAを傷つけた。
再起不能なまでに心をズタズタにした。多分、巧妙な嘘も、雑な嘘もついただろう。同時に、心からの愛も告げたのだろう。極悪人なんてこの世にいないことが、余計にズタズタにするのかもしれない。

罪を憎んでも良いのか分からないのなら、私が当時どんな罪があったのか、彼女が何に傷つき、何に惹かれたのか検分しよう。この私の目で。過去からは、逃げられないのだ。

私は、戦闘要員の人格。だからこそ生き延びてきた。いつも解離が私の味方をしてくれるわけじゃない。損な役回りばっかりじゃないかと脱力し途方に暮れることの方が多い。

戦うことには向いている。だから、癒すことには向いてない。

そう思ってきたけれど、DID(解離性同一性障害)から回復するには、「治療的人格」が必要だと聞いた。
まっぴらごめんだと思っていたし、私は適任ではないと思ってきたけれど、私しかいないのかもしれない。

それでも私は、戦うことにしか向いていない。
まっすぐにバカの一つ覚えで、ただひたすらに真っ直ぐに全てを自分の目で見て耳で聞き、足を運んで体感し、自分の頭で考えるしかできない。

そんな私に、治療的人格が務まるのか分からない。
でも、これ以上こんな繰り返しで死にたくはない。

数日前に、突然Aの声と感情と記憶の一部が流れ込んできた。
私は、本を読んでいる間も、最近始めた切り絵に没頭している間も、深い意識の中で響く声に黙って耐えた。聞き続けた。腹も立って、作業ナイフを太ももに一度突き刺した。それだけで、あとはAの声を聞いた。
私は、なぜ泣くのか分からず始終泣き続けた。本を読んでいるときも何をしているときも、Aの感情が流れ込み続ける間泣き続けて、疲れ果てた。私が泣いていたのか、Aが泣いていたのか。


私が、救うしかないみたいだ。
私のやり方でやるしかないみたいだ。
専門家は何と言うのか分からない。


こんなやり方は、ちょっと聞いたことがない。
でも、私がやるとしたら、これ以外の方法はない。
統合や喪失したままの記憶を扱うには、専門家の立会いは必要だろう。
すべての準備を整えて、私は少なくともAの問題を代理で片付けようと動き始めた。

Aという人格が生まれた瞬間に立ち会った私が、Aという人格を生みだしたある男に会いに行く。
Aのふりをして電話をし、その後Aのまねをしてメールを書いた。
Aと私は、何もかもが正反対だ。真似て書くのはどう頑張っても不可能だったから、諦めて私の文章で書いた。

男に電話をする時、返ってきたメールを読んだとき、体中が凍り付いて、一度だけ吐いた。
私は、あの男が嫌いだ。押さえ難い殺意にすらかられる。
しかし、Aはあの男が恋しいと言う。
そのどちらをも、私は認めよう。今日の今日まで認めずに来たが、私は殺したいほど憎み、Aは何をしても執着を捨てきれずにいる。どちらも認めよう。認めるために、私が男を見定めよう。

過去に何があったのか、私は断片的にしか知らない。
Aはすべてを知っているのか、私には分からない。会話はできない。
私たち以外に知っているのは、あの男しかいない。
私は、真実を見定めるために、殺したいほど憎い男に会いに行く。
その準備をしている。
まずは、入院先の確保からだ。

2年前は、電車に乗っているだけでパニックを起こし、殺意を抑えるだけで精一杯だった。

今回、何度目の挑戦で、あの男がいる地まで辿り着けるか分からないが、確実に私は倒れるだろう。その時にも、私は負けずに生き延びなければならない。生きるために、戦いに行くのだ。



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以下の過去記事コメントに返信しました。お名前は、以下の方です。

◇反吐
・sigerunlovedさん
・プラチナ☆ママさん
・土鍋ごはんさん

遅くなりましたmm

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2010/09/15 (Wed) 自分に繋がるもの ?解離性同一性障害 ?

20100915.jpg

ある解離性同一性障害の友人のブログ記事を読んで、眠れなかった明け方にコメントを書いた。
私の気持ちを荒いざらい書きたくなって、気が済むまで書いた。同病者にしか分かってもらえないかもしれない、解離性同一性障害の苦しみ。回復への細い細い希望。細すぎて儚いから、私は怖くて怖くて進めずにいる。

自分が書いたコメントを、このブログにそのまま転載することにした。
明け方に一気呵成に書いたコメントで読み返しもしなかったけれど、今これをアップするために読み返して私は泣いた。

たまらなく辛い気持ちになる。
この気持ちは、どこから来るんだろうか。
私は、この気持ちを抱えて、どっちに歩いて行けるんだろうか。
治ると思っている。
思っていないと生きられない。今日も明日も明後日も。

この記事のコメント欄は、開放します。
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<自分に繋がるもの >

私たちDIDは、記憶の隔離だけでなく、事実と感情を切り離して別々の場所にしまっていたり、起こった出来事を幾つものパーツに切り分けていたり、その中にファンタジックな空想を織り交ぜて当時の苦痛から逃れることを繰り返してきてる。それぞれが、関連を持たずに内側でバラバラになっている状態だと思います。

だから生きて来られたのだと主治医から言われるけれど、私は、それはベストではなくベターだったのだと思う。本当ならば、ちゃんと自分のことを自分のこととして感じて生きていたかった。私は、人生の殆どを解離したまま生きてきて、解離してるからといって楽じゃなかった。絶えず何故か疲れて疲れて仕方なかったし、苦痛と同じく喜びもぼんやりしてた。誰かと一緒にいても誰と一緒にいるのかよく分からなかった。そんな曖昧で酷く疲れる解離で生き延びたとしても、私はそれを喜びだとは全く思えずに来ました。僥倖だと思えず、自分が一度も感じたことのない「鮮明な世界」に生きてきた健常者の世界ってどんな世界なんだろうとショックを受けた。それが数年前です。

私は、ある人格を殺したいと思ってる。同時に、その人格は私から見て辛い経験をし過ぎていて共感してしまう。だから、私は憎んでしまうのかもしれません。
同じように、私のことを邪魔に思っている人格もいるし、何を考えているのかカウンセラーにも全く喋らない人格もいる。
他人のことのように感じるけれど、自分の体がやるこれらのことを、他人は他人とは見てくれないし、自分も決して無関係ではいられない。意識がない間に気がついたら死んでましたなんて冗談じゃないよね。気がついたら変なもの(砂とか葉っぱとか玩具とか)食べてたなんて、しょっちゅうです。

DIDは、なぜバラバラなのか自分と向き合うか、バラバラなままで生きていく方法を探すか、どちらかしかないと思う。
でも結局、どっちを選んだとしても困難。苦痛は続くし、私は身体症状に参ってる。考えようでどうにでもなるものじゃないから、DIDからの回復は模索し続けてます。
生活に支障が出たり苦しかったり死にたくなったり殺したくなったり息ができなくなったり倒れたりする毎日の隙間で、好きなことをちょこっとやって死んでくなんて嫌だ。
鮮明な世界で、過去も全部ひっくるめて自分はこれをやりたかったんだ!と一度くらい快哉をあげて死にたいって思う。

人格の誰かが「治療的人格」になって皆の話を聞いてあげれば良いと随分前に聞きました。でも、私はそれをどうしてもできずにいます。怖くて。何が出てくるか分からないし、背負いきれないから切り離したはずのものだから、それに傾聴して私が耐えられるのか、考えると恐ろしくていまだに出来ずにいる。

でも、全員が必ず時間軸で繋がっているはず。傾聴しなくとも、彼らの感情や思考が流れてくるときもあるんだと思う。

こう書いてても、やっぱり私は人格の話が聞けない!と怖気づいてる。いつか、いつかと私も思ってます。
DIDは治らないなんて、思いたくない。



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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

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診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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