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2014/04/06 (Sun) ケンタッキーのストライプ - リストカット -

20140406.jpg


部屋を掃除していたら、左手首に擦り傷を負った。
痛かった。思わず叫び声をあげた。

その瞬間、
「リストカットはいいものだ」
「また切ろうよ」
「この痛みが好き」
「この甘さをもっと味わいたい」
フラッシュバックする感覚に支配されそうになった。
混乱し、狼狽した。

ちょうど拓海とiPhoneのテレビ電話を繋いでいた。
手首を押さえて変な顔をしている私に、拓海がどうした?と訊ねた。

私の話を聞いて、拓海はすぐ言った。
「気分転換に別の話をしようか。俺の持ってるシャツなんだけどさ」
その昔、古着屋で試着したら抜群に似合うシャツがあった。着ていたら周囲の評判も良い。だけど、よくよく見れば、実はファストフード店の制服だったんだ。そんな話をしながらシャツを広げて見せてくれた。
カメラにタグを近づけて、ここにケンタッキーフライドチキンって入ってるんだよ、と拓海が言う。


私は上の空。
手首は、変わらず甘く疼いている。
まるで熟れた性器のようだ。
何ていやらしく、いじらしい誘惑だろう。


相槌のついでにお願いしたら、着てみせてくれた。
既製品のサイズがなかなか合わない彼なのに、オーダーメイドのようにぴったりだった。カメラの前でかしこまっている拓海を見ていたら、おかしくて笑えてきた。
ほんとに似合ってんなー。何でそんなもの持ってるの。ケンタマニアに売ったら高く売れないかな。他愛ないことを言って、ふざけあってケラケラ笑った。
拓海も笑った。

私は、密かに相手の空気を観察するし、言葉や表情の意図を察知しようとする。
拓海の凄いところは、何も計算しないところだ。
彼は、もう私の手首を気にしていない。私の気を逸らそうと考えながらシャツの話をしていない。


冗談を私にツッコまれて、彼はアホみたいにいい顔で笑った。
少し開いたシャツからのぞく雪国育ちの白い肌と、その胸元のほくろが妙にいやらしかった。

手首の傷も甘い疼きも、私と彼の笑い声に塗り重ねられ見えなくなった。



今手首を見ると、少し赤い擦過傷になっている。明日には、すっかり治るだろう。
私の心はもう治っている。




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2014/03/29 (Sat) あいのうた





私が生まれることで戦うことが始まって、私は他の世界を知らない。
知らなくてもいいのだ。
世界のかたちは、私をつくらない。

戦うために無駄なものは全部捨てる。
痛みが辻褄を必要とする。
誰だっていいんだ。自分だっていいんだ。
五線紙上のコーダ。無数のピリオド。死肉のマイルストーン。
それが私だって構わない。
倒れて事切れる瞬間、この目の端に生存者のつま先さえ映れば良い。
花や虫や鳥や空や雲はいや。
誰でもいいからひとが良い。
奪うでもなく担うでもなく贖うでもなく、
ただいのちをまっとうすることが、私とあなたを繋ぐだろう。

私の本望は、ただひたすらに戦うことだ。
生きるか死ぬかは問題ではない。
戦うこと。
死ぬまで戦い続けること。
私は私の血に従う。
私は私のために戦い、私のために歌を歌い、私のために奮い立ち、
私のために私を殺し、私のためにリミットまで生きるのだ。


そういうのが、私だった。
私はちゃんと覚えてる。
忘れても忘れても、思い出す。






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2012/12/31 (Mon) 星に願い



ダウンしなくなったわけじゃない。傷つかなくなったわけじゃない。
苦痛が去ることが幸せなのではないのだと思う。
誇りと信念が芯に育つことが幸せなのだ


一年前の12月28日年の瀬、自分が書いた文章を読み返した。
◇私の両手は自由で温かくあれ -境界性パーソナリティ障害・ボーダー・対人恐怖 -

1年経っても、変わらない。ダウンしたり傷ついたり、傷つけては傷ついたり。以前の苦痛はいまも苦痛。それでも去年の私が言うように、今年の私も同じように思っている。「苦痛が去ることが幸せではない」

私が本当に本当に苦しいことって、何だろう。
目の前の苦しみだろうか、忘れ得ぬ過去の苦しみだろうか、それとも精神障害か、それとも過去の延長でしかない暗がりの未来か。
今年の私は、そればかり考えた。


私は、痛いことには痛くないふり。ふりをすればたちまち痛みは霧散し、傷ついた足を引きずるのもほんの一瞬、歩くべき場所まで私は私を運ぶ。
何のために?を、私はすぐに放棄する。目的のために自分を棄てたつもり、到底棄てられない自分を引きずり廻して痛めつける。心は化物だ。私は、私の心が怖い。ずっとずっと怖い。どんな他者より、どんな不運より、どんな暴力よりも怖い。


心は、痛いことを痛いと言う。口を塞げば私の手に噛み付き、明瞭に痛いと言う。口を縫い合わせれば、暴れまわり手当たり次第に壊し傷つけ、ズタズタの傷跡で憎しみの絵を描く。薬で眠らせれば悪夢でこの脳の隅々を汚染する。こちらを見つめる両目を潰せば、何気なく覗き込んだ鏡の中から潰れた目でこっちをじっと見ている。殺しても殺しても死なないから、私は私の心が怖い。
痛みと傷で達磨のように腫れ上がった心が怖い。柔らかく傷つきやすいからこそ醜く腫れ上がり腐臭を放つ心を持って、常人の顔をしてどうやって往来で生きていけよう。

死んでくれ、お願いだから死んでくれ。
私は度々泣きながら怒りながら、ありったけの罵詈雑言、持てるだけの凶器で自らの心の殺害を謀る。
今年も何度もそうやった。

現実と裏腹の能天気さを必要とされた日。追いかけて来る真っ暗な過去に背を向けて遮二無二前だけ見て歩いた日。未熟な自分をズタズタに切り裂いて遺棄しようとした幾夜。孤独に共鳴できるからこそ繋がりたい人と、孤独であるが故に指先すら触れ合わない無数の日々。掴んでも掴んでも指の間から刷り抜ける自己像。
苦しいこと、痛いこと、寂しいこと、泣きたいこと、怖いこと、不安なこと、全部全部、心さえなければ私は無事に私のふりをしたまま、安穏にひとと繋がり生きていける。


どれだけ殺しても塞いでも沈めても切り刻んでも、心は死なない。死なないなぁと途方に暮れる。
「痛い。苦しい。悲しい。怖い。」
心は、いつも純粋で鋭利で何の色も持たず、生まれもったままに透徹で残酷で容赦がない。
ありのままの心の前では、私の解離性障害は、きっと浅はかな小手先の苦肉の策に過ぎない。私は何をもってしても、「私」が生きている苦痛、「私」が生きている不安から逃れられない。


けれどこの心は、これしかない。この手の中の、これたったひとつが私だ。


きっと生きることは昨日も今日も明日も苦しい。慣れたふりをしても、私の心は、ひとの心は、きっと誰の心も、痛いことに痛いままでいたいのだ。どれだけ傷ついても、傷つけられたまま醜く変形し、そのままの姿で決して死なない。
それが心といういきものの本望なのだ。
心の本望を遂げるためだけに生きてみようか。

自虐の甘い吐寫物と痛みを掻き混ぜた陶酔を餌に、心を飼い殺すのはやめよう。
声も出ないまで濁った苦しみを喉の奥に詰め込んで詰め込んで窒息して生きるのはやめよう。
決して死なない私の心、持主から踏み躙られ切り刻まれ憎まれても決して死ぬことができない心、この不遇の化物にいっそ愛をくれてやろう。
甘く痛い陶酔で長く嬲るくらいなら、一瞬で首を刎ねられるがいい。
次の瞬間には死ぬ気で、この瞬間を惜しむ暇なんてない。体中の細胞一つ残らず、心が言うまま心のままに幸福、悦び、不安、恐怖、痛み、悲しみ全てに殉じよう。
日々を暮らし、百遍失敗して、百遍殉じる。
そのままで笑ったり泣いたり、幸せに歌い踊り、奈落の底でも歌って踊って生き抜きたい。

買物依存で呼吸を塞がれた。
天井まで積みあがった服の山の中に、どれひとつとして私を見つけられなかった。
相変わらず性的な攻撃に無自覚で、自分を守りきれなかった。
強いつもりでいたのに、くだらないことで転んだ。転んだくらいで全部が折れた。
一番欲しいものから逃げ回った。
なのに手に入らなくて泣いた。
行きたい場所へ行くために、自分の分身を平気で捨てた。全然違う自分が過去の自分を引き受けて平気な顔をして生きた。

今年は、そんなふうに生きていた。

それから、再び講演ができた。次の講演も決めた。
同じような病を抱える人たちが全国で力になってくださった。
再会した人がいて、新しく知り合った人がいた。
当事者の直筆で書かれた言葉たちが無数の色で私の人生を染めた。
生きれば生きるほど私の生に色が増える。
明日もそうでありますように。来週も来月も来年も、そうでありますように。
心が思うままに苦しい時は苦しい色に、幸福で安らかな時には幸福で安らかな色で私が染まりますように。


それから今年、私の人生に無縁だった色が加わった。
私の生まれてこれまで全てを掻き集めて誓うに価する人。唯一無二の人と出会った。
私と似て弱く、私と似て強い。私と似たところが傷だらけ。
私と限りなく似て、私とまるで真逆。
私が喋らない言葉を喋り、私が描けない絵を描いて、私が知らない温もりを私に注ぐ。
この記事を書き終えれば、彼と一緒に私の実家へ行って来る。
あと数時間で今年が終わる。


今年一年、殆ど更新されないこのブログに来てくださったあなたへ、ありがとうございました。
更新されないにも関わらず、その時の心のままにコメントを書き込んでくださった方々、ありがとうございました。
メールをくださった方々、Ustream放送を見に来てくださった方々、Twitterを読んでくださった方々、ありがとうございました。
深く深く感謝を。
次のブログ更新は、来年頭になります。
どうか良いお年をお迎えください。


      2012年12月31日  美鳥拝


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2012/07/07 (Sat) 時間がない

2012年7月16日(月曜・祝日)東京講演の参加お申込み受付中です。締め切りは7月10日。詳細・お申し込みは、こちらをどうぞ⇒◇講演会「両目を開いて生きる」2012年7月16日開催(お申込み先着順)




うまく呼吸ができない。
気がつくと息が止まっている。止めているといったほうが正しいんだろうか。
今日はじめて自覚した。
緊張が続いて精神も身体も疲れきっている。
首、肩、背中から腰、足、腕までガチガチに固まっていて痛い。
一昨日の夜から対人恐怖がぶり返した。
寝不足だし、生活リズムもガタガタに崩れている。
毎日3時過ぎに寝て、自然と必ず7時に目が覚める。毎日睡眠不足。
寝る直前のパニック発作が治りかけていたのに、やや悪化。
一進一退でうまくいかない自分にイライラする。
時間がない。
とにかく、時間がない。
すごく焦る。
焦ってはならぬと自分に言い聞かせていると、焦っちゃだめなのに焦らずにいられない自分に気付いて余計に焦る悪循環。
寝る時間が3時なんて駄目だ。絶対駄目だ。基本的な生活リズムを守れずに何かに雑念なく取り組むのは不可能だ。遅く起きて昼ごろから1日を始めると、暗くなるのが早く感じられて焦る。
今これを書いていても、すごく焦っている。何に焦っているのか考えようとするけど纏まらない。多分、ありとあらゆるものが迫ってきている。
明日には関東行きの荷造りしなくちゃ、明日こそは明日こそはとその日の都合で延びて延びて、こういう怠惰さにも嫌気が差している。

さっきから自分の駄目なところしか挙げてない。
そしてまた呼吸を忘れていた。
苦しい。空気が足りない。まわりの空間に押し潰されそう。
全身が痛い。
早く寝なくちゃ。
寝ることにも焦っている。
疲れてる。
時間がない。
時間が欲しい。
あと三日しかないのに今日何もできなかった。
私は一体なにしてるんだろう。
突然叫び出しそう。
休みたい。疲れた。疲れた。疲れた。
重症。



講演会の参加お申込みはこちら(締め切り7月10日)⇒講演会「両目を開いて生きる」2012年7月16日開催

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2012/07/01 (Sun) 平行世界の戦場

2012年7月16日(月曜・祝日)東京講演の参加お申込み受付中です。詳細・お申し込みは、こちらをどうぞ⇒◇講演会「両目を開いて生きる」2012年7月16日開催(お申込み先着順)




「生きる」を違う言葉で言い表せと言われたら、私は「戦う」と表現する。

私は、悲惨に対する心構えが出来すぎている。
人生は先が読めないし、いつも自分の想定斜め上を行く皮肉が用意されているものだと信じて疑わない。
目前の幸せは、無数にあるパラレルワールドの一つでしかない。同時に存在する平行世界では、あらゆるパターンの不運・不幸が展開されている。私はそれら全ての世界を同時に眺めている。
目の前に幸福があれば裏側の不幸を、目の前に絶望があれば裏側の希望を同時に見ている。


幸福にはオマケがつかないけれど、不幸には必ず装飾過剰に尾ひれがついている。
幸福には、ぬくぬく浸かっていれば良いけれど、不幸は、処理しなければならない。
毎回ミスなく処理できなければ、後で命取りになる。だから不幸に対して敏感になる。

不幸を回避するための私の努力は、よく考えてみれば常軌を逸しているかもしれない。
現在を正確に把握するために、あらゆる方向から客観視する。客観視したものを主観と客観で更に考察する。
そこから先、具体的な危険性を何パターンも考える。
それぞれに対し、どんな手段を講じることができるのか考え、手段を講じられるほどの実力が今の自分にどれくらい備わっているのかも考える。
実力不足や情報不足があるならば、何をもってどの程度カバーできるのか、できないのか、考える。

無数に存在するパラレルワールドのどの世界が自分を飲み込んでも、戦意を失うことのないように、いつでも最悪の悲惨を想定している。生き延びるため、戦うため、守るため、いつも準備に余念が無い。


こういった人生観は、私を異常に打たれ強い落ち着いた人間に見せるらしい。
今まで付き合ってきた男性たちは、だから私にもたれやすかったんだろうなと思った。
何をしても何が起きても自分を保てそうな私を見て、じゃあ何してもいいしこれやってもいいし、こんなことやっても、こいつならついて来るだろうと思われていたのだろう。
恋愛も、私にとっては戦いだったのだと思う。ひとりで戦っていた。何もかもが怖かったから。だから、孤独が当たり前、2人だろうが3人だろうが誰といても独りと変わりない。


際限なく頑張れるはずだったのに、発病し、回復を目指すようになってから不思議と戦うことを続けられなくなった。ロボットから人間になったみたいだ。最近、痛いことが痛いと思う。悲しいことは、悲しい。疲れると、疲れを感じる。これまでの習性で戦い続けようとしても、段々悲痛な気持ちに支配されていく。
人間の心身は、傷つきやすくて壊れやすい。疲労もする。自分が劣化したように感じる。心身の不調と引き換えにしなければ、以前のような力が出ないことが不便だ。扱いづらい自分に今だ慣れない。
今までどおりに振舞おうとすると、すぐに私の体はボロボロになる。
悪魔との取引に似ている。超人的能力を手に入れるには、引き換えに差し出さねばならない。肉体の一部、寿命の一部、時として魂を丸ごと。


たかが日常を1日越えるために、私は明日死ぬかもしれない可能性まで抱きかかえて日を跨ぐ。それが今日を終えるということ、明日を迎えるということ。当たり前にそうして生きてきたけど、これじゃ人間の私は疲れ果ててしまう。

今、私が生きているこの世界は、無数のパラレルワールドの中のどれなんだろう。時々自分がどこにいるのか分からなくなる。平気なふりをしながら、怖い。今いる世界が平和であればあるほど、怖い。
私はもう戦い続けなくても良いかもしれない。安心しても良いかもしれない。寛いでも良いかもしれない。笑って泣いて、人間らしく生きても良いかもしれない。
だけど、緊張を解いて、ほっとため息をついた瞬間にまた地獄に放り込まれそうな気がする。

「生きる」に、「戦う」以外のルビを振るなら、私は何と表現しよう。


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2012/06/30 (Sat) 悪食の好物

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多数派に適応できればと憧れて生きてきた。
感覚も考え方も行動様式も「普通」には育たなかったから、劣等感の強さだけ「普通」に憧れた。
真似られないか無理もしてきた。滑稽な努力もした。挫折して諦めた。それでもまた憧れた。
ひたすらに苦しいのがもう嫌だった。楽に呼吸してみたかった。


いまの私は、劣等感や寂しさ、無力感が矯正すべき感情だとは思わない。
マジョリティへの適応が「正常」「生き易い」とされてる治療者側の論理が、私はどうしても好きになれない。
楽じゃないし、苦しいし、大勢の中にいれば必ずといっていいほど孤独を感じる。
けれど、それが私。だからこそ、私。異常だろうが生きづらかろうが、これほどに私らしい私はいない。

私は、戦場で殺したり殺されたりして生きてきた。虐待も虐めも泥沼の共依存も振り回し振り回される恋愛も、どれ一つ取っても安心して夜眠り、清々しい気持ちで朝を迎えたことはない。朝は戦いの始まり。夜は戦いの前夜。朝も昼も夜も、息つく暇なく戦っていないと生き延びられなかった。

大勢で楽しく一緒になって騒いでいても、ふと傍から見ているもう一人の自分に気付く。彼女は、輪に入れずに、ぽつんと立っている。その姿を見ると、本当のことを思い出す。私は、心の底から楽しんでいない。私の心は戦場に慣れている。平和には慣れない。今笑っていても、明日は笑えるのか分からない。輪の中に馴染めない自分の心そのものが、異質だと感じる。私は永久に輪に溶け込めない。


真っ当な自尊心が育たなかったからなのか、人の顔色ばかり窺ってきた卑屈な生き方のせいなのか、人間不信だからなのか、頭が悪いからなのか、人とうまくやれないからなのか、警戒心が強いからなのか。
私は、劣等感が強い。
自分に落胆ばかりしている。
一週間に一度は、心底自分を殺したくなる。嬲り殺しても足りない憎しみを感じる。人間的感情を持ち合わせているが故に、劣等感で身動きが取れなくなる自分を憎む。


それでも、劣等感を解消したいとは思わない。乗り越えようとも思わない。巷では、劣等感や無力感を乗り越えてこそ成功するものだとされているようだけど。私はそう信じて、長い長い間自分の駄目な部分と戦ってきたけど。
いまの私はそんなものに興味が無い。

劣等感を乗り越えた人間だけが、ありのままに生きられるとも思わない。ありのままに生きている人間が、劣等感を克服したとも思わない。人間の感情は、生きている限り百色に色を変え続けている。克服できる感情なんて、この世に存在しない。遠ざかることはできても、無縁にはなれない。乗り越えた気になっても、また立ちふさがる。それは自分自身だからだ。

すっきりと整わない単純ではない一筋縄にはいかない自分、即刻抹殺したい自分を敢えて肯定も否定もしたくない。劣等感は、感情だ。感情と戦っても絶対に勝てない。立ち向かった時点で負けている。
感情にジャッジは要らない。ただ、受け入れるだけだ。諦めて諦めて打ちのめされて諦める。自分は駄目なんだと徹底的に諦める。その姿勢自体は到底前向きではないし、積極的とも言えない。ただ劣等感に対し何の手も講じることのできない自分の無力を味わうだけだ。舌を差し出すだけで良い。馬鹿になって味わえば良い。

人間ってやつは、正しくなかろうが不都合だろうが醜かろうが自分の感情を大事にせずにいられない生物だと思う。

例えば自分が自分を駄目だと思ったら、駄目だと思う感情を大事にしたくてたまらないのだ。悲嘆に暮れて、絶望して、慰めを欲して、投げ出して、地団駄踏んで、手離しで泣いて、そんなふうに感情をありのまま排泄したいのだ。排泄する悦びでしばらく恍惚としていたいのだ。自らの排泄物に塗れて我を忘れたいのだ。
それは不自然なことじゃなく、不健康なことじゃなく、心が自然に当然だから抱くありのままの生理だ。

生理を認めることすらできずに、劣等感さえなければ自分は萎縮せず伸び伸びと振舞えるのになんて知ったように考えていた。だけどそれは誤魔化しだ。自分の核心に触れるのが怖いだけ。だらだらと終わりのない焦りや屈辱が通奏低音のように流れ続けるだけ。明日も明後日も鈍痛は続く。感情は、受け入れるまで差し出され続ける。


私は「ありのまま」を自分に課している。ブログを始めてずっと、貫いている。
少しでも大袈裟に書こうとしたり、自己欺瞞が混ざってきたと感じると、下書きを書いている途中で丸ごと捨てる。
感情は、ありのまま全部味わい尽くしたい。
生き延びるために殆どを取りこぼして生きてきた。だから、これからは味わい尽くす。甘いものも苦いものも腐ったものも酸っぱいものも、到底飲み込めないものも、全部味わい尽くしてやる。

私は、楽して生きたいわけじゃない。
苦しみたくないわけじゃない。
苦しんでから、報われたい。苦しんだ上で報われるという恍惚を味わいたい。
劣等感も無力感も、全部味わう。味わった後の自分など知ったことではない。乗り越えようが乗り越えまいが、どうでもいい。全部心に任せる。逃げない覚悟だけしていたい。屁理屈も言い訳も自己弁護もなけなしの自尊心も全部捨てて、馬鹿みたいに舌を差し出す。それだけでいい。それだけが難しいから、それだけに全力を注ぐ。


私の心は卑しい。
苦しみ悶え、苦しみに耐えられず死を願っても、頭のどこかで起死回生の恍惚が訪れるのを待っている。
私は適応に興味はないし、輪に加われなくても構わない。劣等感は解消できなくていい。
舌先でほんの少しばかりの劣等感を舐めて、自分と向き合ったような気分になるのは御免だ。そんな誤魔化し、自分が一番よく見て知っている。
私は、私の弱さと対立する。
自分の感情から逃げない。ありとあらゆる感情を貪欲に舌で全部舐め取ってやる。


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2012/06/20 (Wed) きたない子

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私には、嫌いなひとが、いない。
たまにひどいことを平気で言うひと、人をバカにするのが楽しくて仕方ないひと、平気で嘘をつくひともいるけど、皆悪いひとたちじゃない。

みんなには背景があって、理由があって、悪気があるわけじゃない。

ひとの悪いところを探すより、良いところを探しましょうって、先生もお母さんも言ってた。I先生も言ってた。ひとには皆ほとけの心があるんです、て。

私も、そう思う。

だって、私は良い子じゃない。私の悪いところを探すひとは、怖い。私だって、良いところを探してもらいたいから、ひとも良いところを探して欲しいはず。

だけど、そういえば私の良いところって、あるのかな。私がひとの良いところを見つけられないのは、きっと心がせまいからだ。自分に良いところが見つからないから、誰かの良いところを見つけたら、自分がみじめになってしまう。だから、ひとのことを認めることができない。私は心がきたない。


私は、みんなを好きにならなきゃいけない。

一緒にいて楽しくないのは、私が良いところを探せないから。良いところを探せない私は、心がまちがってる。どうして私はいつもまちがったまま、自分を変えることができないんだろう。

私のことをいじめるひとも、私以外のみんなとすごく仲良しだ。
私はみんなと仲良くできない。時々仲良くできても、心の中でびくびくしてる。いつ嫌われるんだろうって、怖くてしょうがない。

そうしたらやっぱり、なにか失敗してしまう。なにを失敗したのかは、いつもよく分からない。一生懸命がんばるんだけど、うまくやれてないみたいだ。

心がやさしいひとは、なにも言わずにあまり口をきいてくれなくなって、遊びに誘ってくれなくなるから、にぶくてもやっと分かる。

元気なひとは、みんなの前に私を呼び出して、私の嫌なところを言う。そうしたら、みんなも私に我慢してたことがいっぱいあるんだって、色んなひとが私に色んな嫌なところをあげていく。中には私がやったことじゃないことも混じっていて、でも私に怒ってるその子は思い出したら悔しいって泣く。泣く子をみんなが慰めながら、私を睨んで口々に許せないって言うから、私は何にもいえなくなる。よく分からないけど、そこまでひとに嫌われるような私は本当にきたないなと思う。

私はそんな自分が恥ずかしくて、家に帰っても友達がいっぱいいるふりをしてしまう。家族はみんなだまされてしまって、私の話を信じてしまう。私は、うそつきだ。きれいな心にならなきゃと思うのに、なぜかいつもうそつきだ。私は、だめな子供だ。


寝るとき真っ暗闇が怖いから、コンセントにたぬきのオレンジ色の豆球をつける。おばあちゃんが買ってくれたやつ。
部屋の隅っこでぼんやり灯る電球の明かりを見ると、今日いちにちがやっと終わったんだなと思う。

でもふとんの中に入ったら、体の真ん中がざわざわしてくる。手のひらに乗るくらいの大きさの虫がいっぱい体の中を這い回る。虫には目も鼻も口もなくて、ウニみたいな黒いトゲがいっぱいついてる。トゲは硬くないから刺さらないけど、柔らかくもないから、何十匹もの虫たちは体の中をいっぱいかき回して胃のほうまで、はい上がってくる。

明日がくる。今日がやっと終わったのに、もう明日が来てしまう。
私は全然良い子になれてない。誰のことも本当には好きになれない悪い子だ。なのに明日が来てしまう。私はまた同じように、悪い子のまま、知らないうちに嫌なことをしてしまって、またみんなから嫌われる。
なのに明日がまた来てしまう。


だれかたすけて。

自分が悪いのに、私は泣いてしまう。
たくさんの黒い虫が私の中を這い回ってる。一匹一匹が、一つ一つセリフと映像を持ってくる。

きたないものを見る目で私を見下ろした先生の目。

私のうざいところって言って、たくさんたくさんあげるあの子のとがった甲高い声。

その隣の子が泣きながら言ってたうそ。うそだよって思わず言ってしまった私にみんなが一斉にあげた声は、何を言ってたのか聞き取れなかったから、虫も音を持ってない。
だから、映像だけ私の体内に注入する。真っ黒なコールタールみたいな液体が沁みてきて苦しい。

どうしよう。私はもっときたない子になる。涙が止まらない。

斜めや真正面から私をにらんで、みんなの顔の筋肉がひきつってる。笑ってるみたいにも見える。楽しく遊んでるときにあんな顔見たことない。私がみんなにあんな顔をさせてる。

私はなにをしたんだろう。一生懸命みんなの話を聞いて知ろうとするけど、たくさんあるみたいでわからない。私は頭が悪いからぼんやりしてしまって、どうしてもわからない。泣き出した私を見て、どうしてみんな笑ったんだろう。

いっせいに笑ったから、きっと何か本当に面白いことがあったんだろう。私はいつも、そういうことが分からない。私は、みんなといっしょにうまく遊べないし、みんなが当たり前に共有してるものに近づけない。近づこうとしたら、みんなが遠ざける。それもどうしてなのか、わからない。私は、頭がわるい。勉強はできるけど、勉強ができるのは頭がわるいからだ。


私は、みんなを好きにならなきゃいけない。
好きになってもらうためには、自分が嫌いになっちゃいけない。
自分から変わりましょうって、先生もお母さんもI先生も言ってた。

私も、そう思う。

そう思わないと、また同じ明日が来てしまう。

明日が来るよ、明日が来るよ、明日が来るよ。
たくさんの黒い虫が私の内臓をざわざわなでまわして、私は怖くてふとんの中で何回も何回も寝返りをうつ。
涙が出る。私はすぐ泣くからだめなのに、がんばってもがんばっても涙が止まらない。


ひょっとしたら私が、すごくひどい病気になって、すごくかわいそうになったら、みんな好きになってくれるかもしれない。風邪を引いたときにもらったクラスメート全員の手紙みたいに、あんなふうにみんな優しくなるかもしれない。
みんなが優しくなってくれたら、私はみんなが大好きになれる。
心がきたない私でも、いっぺんに変われそうな気がする。
すごくひどい病気にならないかな。

だけど、私は元気に学校に通わなくちゃいけないんだった。学校は休んじゃだめだって家族みんなが言う。大人は仕事、お母さんは家事、お前たち子供の仕事は学校にいくことだ、学校にいかないでごはんを食べるのはごくつぶしだ、てお父さんは怒鳴る。


家族はみんな寝てしまって、私は世界中でひとりぼっちだ。
耳を澄ませても、外の音も聞こえない。ここはどこなんだろう。
みんなの中で一生懸命がんばってるときの私の中みたいだ。真っ暗で静かで、何にも怖くない。だけど、時間がどんどん過ぎて明日がどんどん近づいてくるのだけ、はっきりわかる。怖いことには、足音がない。だからよけい怖い。


泣きながらふとんの中で、私は手をあわせていっしょうけんめいお祈りする。

もっとみんなの良いところをちゃんと見つけられる子になりますように。
すぐ泣かない強い子になりますように。
みんなに好かれますように。
ひどい病気にかかりますように。
早く死にますように。


お祈りが終わっても、たくさんの黒い虫がたくさんのトゲで私の身体に真っ黒な声と映像を流し込んでる。お祈りのとき、いっしょうけんめい目をこらして見てる光の上を、たくさんの真っ黒な虫がはいずり回ってる。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

きっと真っ黒い虫たちは、私の中にいつも潜んでる。みんなはきっと、こんな怖くてきたない虫は持ってない。私がきたないから、きれいな光にも毒が注入されてしまう。だからお祈りはどこにも届かないのかもしれない。

私がきたないことを、みんなもこっそり知ってるのかな。だから私が近づくと嫌がるのかな。私はきれいなものを汚してしまうのかな。楽しいことは楽しくないことにしてしまうのかな。私はみんなに仲良くしてほしいけど、そんなふうに思うのがみんな嫌なのかもしれない。


真っ黒い虫たちのトゲの先にたくさんの歯がついてる。真っ黒になった私の身体の内側にいっせいに小さい歯を立てて、噛みつこうとしてる。

声を出して泣けよと噛み付く。
お前はうそつきできたない子だと噛み付く。
もっともっと自分を嫌いになれよと噛み付く。

いたいよ、いたいよ、くるしいよ。
だれかたすけて。
声はでない。涙がでる。
だれにも気付いてもらえないけど、きたない私はみんなから見えないところにいたい。
私は弱虫で、きたない子。


私には、嫌いなひとが、いない。

ひとの悪いところを探すより、良いところを探しましょうって、先生もお母さんも言ってた。I先生も言ってた。ひとには皆ほとけの心があるんです、て。

私も、そう思う。

だけど、私はきたなくて、うそつきだ。真っ黒な虫がいっぱい住んでる。
どうしたらいいのか分からない。だれかたすけてって言えない。苦しくて涙が出る。でも、明日がきたら明日もまた学校に行く。きっと口からも耳からも鼻の穴からも、真っ黒い虫があふれ出て、こぼれ落ちて、私は明日も色んなものを台無しにしてしまう。



私は、私が大嫌いだ。


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2012/06/06 (Wed) 帰ってくる小鳥の名前 - 解離性同一性障害  -

20120606.jpg

あの身の捩れるような熱情も、温かく滑らかな肌に触れる指先も、深い安堵の溜息も、小鳥のように一斉に羽ばたいてどこかへ消えてしまった。
大阪に戻ってきたらスイッチがぷっつりと切れるように、安らぐ私ではなく常に張り詰める私になった。これが今までずっと生きてきた今までどおりの私。安らぎよりも、孤独に馴染む。
私は今、ひとりだ。
ひとりでも、全然平気だ。寂しいなんて感じない。


目の前の環境をやり過ごすために、荷物になる感情を自動的に破棄するのかもしれない。
解離性障害の私は私の意識や感情を連続して維持できない。
私が思っているよりも、私はひとりであることに恐怖しているのかもしれない。だから感情を排除しようとするのかもしれない。生きることは、戦うこと。死なずに今日を越えるには、やっぱり私は戦わなくてはならない。弱いままでは戦えない。寂しがっていたら戦えない。

OFFになった感情は、点滅すらしてくれない。


あなたに抱いていた特別な感情がどこかへ消えてしまって、私はまるで別人のようになってしまった。
リハビリの帰り、そんなふうに正直に話したら、受話器越しの拓海は穏やかに「そうか」と言った。
日が暮れかけた大阪の空は、桃色やオレンジに染まって美しい。空気に夜の匂いが混じり始めて、肌がうっすら冷えていった。
どの季節の夕焼けが一番美しいんだっけ?
夕空を眺めながら、そんな話をした。私も拓海も、空に詳しくないから答えを知らない。拓海の半ば苦し紛れの提案で、「夕焼けは、いつの季節のどの夕焼けだって美しい」ということにした。


私は、意識と感情を維持できない。連続した時間から唐突に放り出される。そうしてまた、ふいに戻される。ひょっとしたら戻ってこないかもしれない。何の保証もない。ただ、いま私が私としてここにいるという事実だけがある。
私が忘却しても、私の人格が揺らいでも、記憶が飛んでも時間が飛んでも、大事なものが抜け落ちても、
「そうか」と、ただ一言だけ彼が打つ穏やかな相槌は、私の事実に対する覚悟のようなものであり、期待のようなものでもあり、信頼でいて、願いでもあるのだと思う。

私と拓海は別々の人間だから、私が所有する感情の小鳥を逃がしてしまっても、私は私の分を失うだけだ。それらは勝手に逃げたのか、それとも私が逃がしたのか、私にも判別がつかない。そうして私は、行方を探そうとも思わない。

いつの間にか夕焼けは消え去って、空は夜に変わっていた。家に帰るのが何となく惜しくて、帰路の途中で通りかかった階段に腰掛けて、色んな話をした。どの話をしても、私は大切だったはずの感情を思い出せない。
私の元から飛び立ってしまった小鳥の名と、拓海が大切に慈しんでいる小鳥とは、同じ名を持つのだろうか。もはや手元にない感情を声に織り込むことは、私には出来ない。だから別人のような今の私の声は、彼の耳には少し冷たく響くに違いない。

「それは、やっぱりとても悲しいよ」
寂しさを隠そうともせず、拓海が言った。私に置いてきぼりにされた胸の痛みを押し殺すような、吐息混じりの声だった。その声に胸が痛まないという事実に胸が痛んだ。その時はじめて、私は私から去った感情が早く戻ってくればいいのにと願った。


私と拓海は別々の人間だから、私が所有する感情の小鳥を逃してしまっても、彼は彼の分を守り続けるだろう。
またね、と笑って電話を切ったのは、覚悟のようなものでもあり、期待のようなものでもあり、信頼でいて、願いでもある。
気まぐれで正直で自由で傷つきやすくて、どこへでも行ける。それは温かい小鳥のようだ。
もし手元に戻って来たなら、今度こそ両手で大事に温め守ろうと思う。

そんなふうに思う私は誰なのか分からないまま、不確定な夜を越える。



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2012/06/05 (Tue) 苦しみを隠す

久しぶりに健常者のふりをして出かけねばならない日だった。
少し前に帰宅したけど、へとへとに疲れている。

最近再発したパニック障害を抱えて外出するのだけでも強い不安を覚える。
加えて、同行者に不調を悟られないように振舞うのは神経を使う。
頑張ろうとすればするほどプレッシャーが重荷になって、余計に体調が悪くなる悪循環な1日。

ほんの一言でいいから自分の状態を伝えられたら、気が楽になって体調不良も吹き飛ぶのかもしれない。
だけど、言い出す機会が見つからない。
では言い方を変えてみようかと考えてみたけど、全身の痛みと呼吸困難、パニック障害独特の炙られるような焦燥感で頭がまわらない。
そうしている間にも、待ち合わせ場所に到着し、顔を合わせ、店に行って飲みたいもの食べたいものを注文して、飲んで食べて喋って喋って。半分解離を起こしていたのかもしれない。問題なく乗り切った。

楽しかったと思ったけど、帰ってきて今考えてみたら、よく分からない。
ただ、強く強く「ああ、いやだなぁ」と思ったことがあった。

別れて電車に乗るなり、また全身痛と呼吸困難とパニック障害の予期不安に襲われた。そこに、今日会ったそれぞれから「ありがとう」のメールが来た。
調子が悪くて返信できないなんて言えない。こういうメールはすぐ返さなくてはならない。
そう思って、機械的に返信を打った。
本当はもっと気持ちをこめたいのに、体調の悪さを隠して早く返信することを優先すると我ながら心底つまらないメールになった。ざっくばらんな口調で書くビジネスメールだ。
受け取る相手はそんなものだと気にしないかもしれない。でも、私はなんだか嘘をついているような気がして、心が小さくささくれ立った。

内心の抵抗を無視して、私の指は送信ボタンを押した。
自分の体調や心のペースに合わせていたら、社会人のテンポから外れてしまう。
じっくり書いて送るよりも、すぐに返すことを望まれている。だから、これがベター。ベストじゃないけど、ベターなはずだ。
送信した後から、さらに身体の痛みが増して、今日何度目かの痛み止めを飲んだ。痛みの原因は相変わらず分からない。

安心感が体調に与える影響は大きい。
体調の変化を隠さなくても良い場面では、私は比較的元気に過ごせる。
健常者のふりをしなければならない場では、皮肉なことにはかったように具合が悪くなる。
個人的に、障害を隠すのはベターではあるが、ベストではないようだ。


皮肉だ。
本当に、皮肉だ。


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2012/01/04 (Wed) 希求

明けましておめでとうございます。
今年が皆さんにとって、温かく実りある1年となりますように。
本年もどうぞよろしくお願い致します。


年が変わって、ちょっと気持ちあらたになりました。
今年は、これまでと違った動きをする1年になりそうです。

でも去年から引き摺ったままの鬱状態は相変わらず居座っていて、新年なんて無関係のようです。
去年の心労から激痩せてしまいました。顔の輪郭がぎょっとされるまでに変わってしまい、手首まで細くなり、このまま枯木のように徐々に生命を失い消えてしまいそうな気がします。

うつが酷くて、とにかく無気力です。もともとうつ病の診断を受けてはいるものの、自覚は殆どなかったです。最近はっきり自覚します。
何をやるにも意欲が湧かないし、この先は暗澹たる運命しか待ち受けてないように思える。
普段食い意地が張っているというのに、うつ状態になって数ヶ月、何を食べてもさほど美味しいと思えません。
椅子に座っているのもしんどくて体に力が入りません。多分あまり食べてないから力が出ないのかも。

去年から続いているものの一つに不眠があります。
ろくすっぽ眠れない。眠剤が効かなくて、やっと眠れたと思うと大体3時間ちょっとで目が覚めます。
昼寝で補おうと眠るけれど、夢の世界が絶望的な状況ばかり。毎度、数百人が死にます。私自身も、いろんな形で死ぬ。私の精神状態を反映する夢の世界は、不眠の時ほどあらわれるので寝る前は覚悟する根性が必要です。そんな睡眠は多分寝てるうちに入りません。
食べられないと寝られないが揃い、自分を責める気持ちが後押しして、心が全身をつくりかえてしまったようです。去年の写真と今の自分はまるで別人です。

解離が働いて表面上は元気に振舞えるはずの私が、帰省した実家の家族そろって「元気がない」「顔つきがひどい」「やつれすぎてる」「痩せすぎてる」と言われるので、相当に良くない状況かもしれません。


普段気軽に呟いているTwitterでは、今のうつ状態について書いてみようかと思ったけれど、新年明けてめでたい空気なのに「死にたい」「しんどい」「鬱だ」などと書いてしまってはいけないんじゃないかと気が引けて自重してました。

だけど実際、年が変わっても、自分の細胞が全部生まれ変わるでもなく、木の棒が鋼の剣になることもなく、無気力に澱んだ目も痩せすぎた体も、落伍者になった失望も失ったものへの後悔も罪悪感も後ろめたさも、何ひとつ変わっていません。


まずは、食べることと眠ること。基本中の基本からやり直そうと思います。
あまりに鬱がきつくて生きる気力が皆無なので、抗鬱薬を増やしたくなるのだけど、離脱症状にやられて出先で倒れても減薬のまま頑張ったことを思い出すと、今の量のまま乗り切りたいと思います。

私が今うつで、周囲から痛ましい目を向けられるほど痩せた理由はきっと、私が極限まで色んなものをそぎ落として去年を乗り切ったからだと思います。自分には生きる資格がないと去年何度思ったかしれません。生きることに資格なんて不要なのに。自分から生命を奪って始末をつけたいのは他ならぬ自分自身なのでしょう。
自分ごと始末をつけなければならないことがあったので、ある意味仕方ないと諦めています。

今の自分が鏡を覗き込めば、今のままでよいわけがないと分かります。自分を温かく潤わせなければならないこと、今のままでは生きてゆけないことを認めないではいられません。


今年は、からっぽに乾いた自分に温かいものを注いでいかねばなりません。

温かいものは重量があるので、自分がどこまで耐えられるのかまるで自信がありません。
温かいものは、私の本音を容赦なく暴き、私が欲しくても手に入れられないものをはっきり目の前に突きつけるでしょう。
手に入れられない理由は、私が手に入れようとしないからです。
もしかしたら命を投げ打ってでも手に入れたいものかもしれない。けれど、投げ打っても手に入らなかった過去が途轍もない説得力を持って私をこの場に縛り付けます。
だけど私はこの場から動く必要はないのだと思います。
のみこんで嘔吐して、またのみこんで嘔吐して、泣きながら食べて嘔吐する、そんな抱擁の真似事はやめたい。
私はここに留まって、生まれたての温かく柔らかな心が安心して眠ることのできる居場所を作らねばなりません。
抱きしめられることを拒むのは私の強さではなく、弱さです。


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美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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