--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2008/04/28 (Mon) 原本アンドロイド 5(2)

※フラッシュバックにご注意ください。
◇原本アンドロイド 5(1) の続きです。
実話を綴っています。シリーズ主旨、過去記事は、最下のリンク集よりどうぞ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Mと一年以上の確執を経て仲直りしたのは、ほんの些細な契機だった。
Mの田舎から送られてきたスイカがたくさんあるというので、
私の部屋へ、Mが持ってきたのだった。
いつものように私の部屋には多くの友達がいて、皆、Mの出現に、
一瞬、しんと静まり返った。

はにかんだ笑顔を浮かべて、Mは、スイカを差し出した。
私は、Mからの嫌がらせに消耗しきっていた。
気味の悪さよりも、有難さが先に立った。
笑顔で、ありがとう、と受け取った。

その日から、Mの態度が変わった。
ぎこちなくも、話しかけてくるようになった。
部屋のドアまでは、自分から訪れるようになった。
その数日後、Mから話があると呼ばれた。

なじられることを覚悟に彼女と対面したが、彼女は突然、
顔を歪めて号泣し始めた。
自分が悪かった、と私に平謝りに謝った。
私は、どうしていいのか分からず、とにかく私も謝った。
きっと寂しい思いをしているだろうと感じていたのに、
Mに対して何も出来ない自分が情けなくて仕方なかった。
二人で、色んなことを話した。
私は、Mの嫌がらせについては、何も言わなかった。
Mも、口にしようとしなかった。
ただ、苛々していて、という説明だったから、
それも無理はないと、私は納得した。


当時の私の対人関係の基本は、「話し合えば分かる」だった。
話し合うことが出来なくなれば破綻するが、
互いに思いあう気持ち、かかわり続けていこうとする気持ちがあれば、
話し合いを重ねることで、必ず分かり合える、前より分かり合える、
それを信念のように固く抱いていた。

私とMは、前以上に仲良くなった。
一方で、1年間、壁一枚向こう側から私へ続けて振るわれた
Mの攻撃性への恐怖は、どうしても拭いきれないものを残した。

Mは、バイト先でも相変わらずの正義感を見せ、
万引きした子供を警察に引き渡さず、自身で延々と何時間も罰を与え、
説教し続けたり、何か機嫌を損ねたら、
一緒に出かけた皆を置いて、数十キロの距離を歩いて帰ってきたりした。
常に、どこか異常な行動が目に付いた。

私は、その頃、猫を飼っていた。
私が主な飼い主で、隣室のMが副飼い主のような位置づけになった。
餌は私かMが買い、猫は毎日眠るときは私の部屋で眠り、
シャンプーなどはMと私で世話をした。
病院へも、Mと二人で連れて行った。

Mは、動物を動物として扱わない人だった。
擬人化し、まるで大人のように動物を扱う。
同様に、人間の子供に対してもそうだった。
街中で泣いている子供を見ると、
「あの子供は、泣いていれば欲求が満たされると思って演技している。
子供はこずるくて大嫌い。殺してやりたい」
と、よく言った。
そういえば「殺してやりたい」は、彼女の口癖だった。
日本という国も憎んでいて、「50歳以上の公務員は全員殺してやりたい」
と、本気で顔を真っ赤にして、よく怒っていたものだ。
他人に、物凄く厳しいところがあった。

あるとき、飼っていた猫にMが魚を持ってきた。
お腹がすいている猫の前で「ホラ、ホラ」と、ちらつかせた。
猫が、我慢できずに手を出そうとすると、叩く。
犬と違って、猫は自我を抑えない動物だ。
Mは、執拗に繰り返した。
私はMに言った。
「お腹すいてるのに、酷いやん。程ほどにしいな」
Mは、「これは躾けだから」と言って、にやにやと笑い、猫をからかい続けた。
猫は、ついに怒った。
焦らされ続けて、頭を叩かれ続け、我慢が限界を超えた。
彼女の手から魚を叩き落し、飛びついた。

Mは、瞬間、形相を変えた。
魚に喰らい付いた猫を、全身で押しつぶすように床に押さえつけた。
ぐふっ、という猫の喉音が聞こえた。
私は、眩暈がした。

猫は、魚を口から放すまいとしながら、必死でもがいた。
Mは、怒鳴った。
「ダメでしょー!? よしって言うまで食べちゃダメでしょーーッ!?」
怒鳴りながら、もがく猫を必死で押さえつけ、抱きかかえた。
猫は、窒息しかけて口を開き、魚を落とした。
必死で爪を出し、Mの腕を引っかいて逃れようとした。
Mは、逆上した。
「コラァァァァ!!! メッ! メッ!!」
グウゥゥ・・・!グゥウウウッ!という、猫の声にならない呻きが部屋に響いた。
私は、眩暈がして呼吸困難に襲われ、あまりの光景に言葉を失った。
Mは、私の方など見てはいない。
「コノヤロゥッ! クソッ! メッ! メーーーッ!!」
Mは、決して猫を離さない。
猫は、恐怖で目を剥いて暴れた。
死に物狂いで爪を立て、刃を立てたために、
Mの服は切り裂かれ、腕から血が流れた。

Mは、真っ赤な顔をして猫を両腕で締め付け続けた。
「負けるかーーーッ! 勝てると思ってんのかーーーッ!」
Mは、猫の耳元で怒鳴り続けた。

私は、震えながらMに言った。
「もう・・・やめなよ。Mが悪いよ。この子、もう何で怒られてるか分かってないよ。
もうしないから、もうやめてよ」
猫が、ビクンビクンと体を硬直させる。
泡を吹きそうだった。
Mは、一切耳を貸そうとしなかった。
猫を、更に万力のように締め上げた。
全力を振り絞るために、Mは文字通り歯を食いしばり、
「うぐぐぐぐぐ・・・ッ」
と唸り、フゥフゥと息を吐きつづけた。

猫が、ついに、恐怖の叫びを上げた。
絶叫だった。
窒息寸前の、潰されそうな全身から絞り上げた絶叫だ。
猫が、失禁した。
あ!とMが声を上げて、ブンブンと猫を振り回した。
室内に、猫の小水の臭いが立ち込めた。
「もうやめて!!」
私は、叫んだ。
Mの耳には、聞こえない。


私は、部屋を飛び出した。
恐ろしかった。
吐き気と眩暈と呼吸困難とパニックで、一秒もその場にいられなかった。

猫が、自分自身に見えた。
Mも、自分自身に見えた。

彼女は、異常だ。
私も、異常なのか。
あんなにも、狂っているのか。


虐待が続く自室を飛び出して、友人Nの部屋に駆け込んだ。
そこで、吐き気をこらえながら、私は号泣した。
猫を助けて、とNに求めた。
Mは怖い、異常だ、と訴えた。
様子を見に行ってくれたNが、猫を離したようだ、と教えてくれた。
部屋に帰ることが、私はできなかった。


翌日、私の部屋に帰ってきた猫を優しく抱き締めて、私は泣いた。
ごめんね、ごめんね、と猫に謝った。
猫に、伝わるわけもなかった。

何が悲しくて、何に怒りを持てばいいのか、誰に何を謝ればいいのか、
私はネコに、Mに、誰かに何が出来るのか、わけが分からず泣いた。
生きていることが、嫌になった。
心の中に渦巻くのは、憎しみだった。
どこへ向けていいか分からない憎しみだけが、濁り、煮えたぎり、
結局は、私という存在に対する憎悪になった。
何も守れない、何とも戦えない自分が、憎くてたまらなかった。


その日、私は自室のドアに鍵をかけた。
柔らかい毛布で猫を包んで、一緒に眠った。
涙と恐怖で、震えが止まらなかった。

Mは、何事もなかったかのように、翌日からまた猫を可愛がり始めた。
猫は、Mを警戒するようになった。
その上目遣いの警戒が、Mの気分を時々逆撫でた。
可愛がるかと思えば、折檻した。

「しつけ」「愛情」と称して行われるMの猫への行為は、
全て、猫の苦痛を無視して行われた。
猫を虐待するときのMの表情、悪を挫くときのMの表情は、
いつも憤怒で真っ赤に紅潮し、目は興奮で濁り、口は喜悦で歪んでいた。
恍惚とさえ、していた。
猫が悲鳴をあげると、Mは、うっとりと微笑を浮かべるのを、
私は何度も目にした。
ああ、これが虐待の連鎖か、と絶望で目の前が真っ暗になった。


Mを、心から憎んだ。
醜い人間だ、と罵倒した。
蔑んだ。
同時にそれは、私自身への憎しみ、罵倒、蔑みへ転化された。
Mと私は、同種の人間だ。
私は、Mを変えねばならない。
猫のためにも、私のためにも、Mのためにも、変えねばならない。
今、私の目の前で行われている虐待を、私は止めることができない。
止められる私にならなければ。
猫を救わなければ。
Mを、救ってやらなければ。



◇原本アンドロイド 5(3) へ続きます。


関連記事
◇私を殺せる唯一のもの(原本アンドロイド主旨紹介)
◇原本アンドロイド 1
◇原本アンドロイド 2 
◇原本アンドロイド 3 
◇原本アンドロイド 4 前編 
◇原本アンドロイド 4 後編
◇原本アンドロイド 5(1)



心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

スポンサーサイト

共依存 原本アンドロイド | comment(4) |


2008/04/27 (Sun) 原本アンドロイド 5(1)

※長く休止していた◇原本アンドロイド 5話目です。
当事者の回復への一助となりますように、願いを込めて。

人格障害者の自覚のなかった私が、同じく人格障害の友人と
泥沼の共依存に陥り、共倒れとなったまでの実体験を、
過去の友人ごとに書いています。
嫌いな相手とも延々に関係を続けてしまう、断れないACとも重なる、
見捨てられ不安、過剰な自己責任意識が私を
極度の対人恐怖、失語症、希死念慮、他殺願望へと追い立てていきます。
ご興味があれば、最下行のリンク先過去記事をご覧ください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

友人Mと出会ったのは、大学の下宿先だった。
腰まで届く真っ黒な髪と、青や黒、グレーなどで
埋め尽くされた部屋が印象的だった。
良く言えば大雑把、悪く言えば極度の無神経な人だった。
当初は、無神経とは思わなかった。
当時の私は、心の隅々にまで博愛精神と綺麗ごとと、
一矢偽らぬ慈悲に溢れていて、他人のどんな欠点も温かい目で包み込めた。
私を嫌う人間は、少なくとも寮では皆無だったといえる。

皆の居心地を考え尽くされた部屋と、もてなしの心を持った私を中心に、
私の部屋には、常に誰かが24時間、いた。
最も長くいたのは、Aちゃん、もしくはMだった。
Mは、朝起きれば一番に私の部屋にやって来て、そこから大学に通い、
大学から私の部屋に戻り、皆と夕飯を食べたり遊んだり漫画を読んだりして、
夜、そのまま私の部屋で眠ることも多々あった。
当時、私の部屋は、そんな部屋だった。

一人でいることが苦手で、
常に誰かの好意を確認できなければ日常を送れなかった私は、
有難かった。
鬱陶しいと思うことは、殆どなかった。
一人になりたいとも、思わなかった。
たまにそんな日があっても、「一人になりたい」とは言えなかった。
言えば、皆の機嫌を損ねてしまうことが、今思えば怖かった。

親元をはじめて離れ一人暮らしを始めた私は、
これまで家庭で必要とされてきた「見捨てられ不安」に、
いよいよ蝕まれ始めていた。

時々、私のプライベートを尊重して、皆がいなくなることがあった。
そのうちそんなこともなくなったが、Mだけは、皆が去っても当然のように
私の部屋に居続けた。


Mは、虐待を受けて育っていた。
彼女の臀部には、両親が争った際に
やかんの熱湯をかけられた痕が残っていた。
彼女は、父親を激しく憎み、セックス、妊娠、出産に異常な嫌悪感を示し、
異常なまでに正義感が強かった。
彼女と出かけた先で、マナーを守らない他人に出くわすと、
彼女は烈火のように怒り、
他人と殴り合いのケンカになるまで、つっかかる。
その都度、警官が駆けつけることが常で、私は多少、うんざりしていた。
しかし、彼女はいつでも正論に固執した。
正論なだけに、私も反論しようがなかった。
ただ、危ないからほどほどにね、としか言えなかった。

彼女が痴漢にあったとき、彼女は相手の免許証を奪い、自宅を突き止め、
遥々他県まで、その男の家庭を壊してやる、と出かけて行ったこともあった。
結果は、恐ろしくて聞かなかった。
警官に渡すのではなく、自身の手で鉄槌を食らわしてやる、と
憤怒する彼女に常軌を逸したものを感じ、黙っていた。
他の友人も、同様だった。

彼女の中に、得体の知れない怒りが眠っていることを、
私はうっすらと感じていた。
心理学を独学で学び始めていた私は、彼女の怒りの根源は
幼少期の虐待経験にあるらしいと、彼女との会話から察し、
私は他の友人のように、Mをただの厄介者として見ることが出来なかった。
今思えば、自己投影していた。


彼女の、私への信頼は篤かった。
一方で、嫉妬心や競争心も強かった。
一緒に海外に旅行へ行ったとき、ケンカになった。
海外に来たのだからと、その地の料理を味わい、
その地の人たちと仲良くなり、
その地の言葉を覚えた私と違い、彼女は、とても保守的な感覚を持っていて、
いつも中華料理屋へ行きたがった。
また、引っ込みじあんな彼女は、現地での会話を全て私に任せることになり、
私と彼女の適応能力の差が、旅行中に明らかになった。

私は、一切何も挑戦しようとしない彼女に、苛々した。
私も話せるわけではない。
だから、言葉を間違えて、現地人に怒られるようなこともあった。
そんなときだけ、Mは口を出した。
自分には、相手が言ってることが分かっていた、と言った。
また、Mは自己防衛の意識が薄く、旅先の路上で詐欺に何度もあった。
警戒心の弱い彼女に、苛々した。
そんなことが重なって、旅行中の関係は最悪になっていった。

日本へ戻ってきたときには、私とMの亀裂は決定的になっていた。
でも、私は誰にも話さなかった。
二人の間で、二人の旅行で起こったことだ。
密な人間関係が軋轢を生むことは、いわばお互いの責任であって、
誰のせいでもないと思い、旅行中の苛々に全て口を閉ざした。

Mは、すぐにAちゃんに話した。
不満の全てを、ぶちまけた。
Aちゃんの口から事実を聞いて、私はショックを受けた。
私は、謝った。
けれど、もうどうにもならなかった。
私らしくあることと、彼女らしくあることが、単に衝突しただけだった。
謝る、謝らないのレベルではなかった。


長い長い絶縁状態が始まった。
Mとは、隣の部屋だった。
息が詰まりそうな毎日が始まった。
相変わらず私の部屋には、友達が溢れ、皆、なぜかMの部屋を訪れない。
Mの方も、他の友人を避け始めたために、私と友人達対Mのような
異常な関係が出来上がってしまった。

隣室の彼女からの、嫌がらせが始まった。

私の部屋のドアを通りざまに蹴りつける、
自室のドアをけたたましい音を立てて開閉する、
部屋続きの壁を蹴りつける、殴りつける、叫ぶ、
私の朝の掃除当番の日には、私より先に起き出して、
私がミスしないか動向をうかがう、すれ違うときにため息をつくなど、
地味だが断続的な精神的圧迫を常に与えられ続けた。


その他、寮での人間関係に消耗しきっていた私の体に、
徐々に異変が起こり始めた。
37.4度という微熱が、一日も下がらなくなった。
この微熱は、その後、6,7年続いた。
1秒間隔の眩暈も始まった。
ひどくなると、真っ直ぐ歩けなくなった。
常に何かを掴んで、伝いながら歩いた。
呼吸困難と、割れるような頭痛も、一日たりとも去る日がなくなった。


Mの存在は、大きかった。
壁一枚向こう側で、私へと執念を燃やすMの熱が、
じりじりと私を焦がし、心を燻らせ続けた。
好意と敵意と同調と反発全てを孕んだ、狂気に限りなく近い執着だった。
鳥肌が立つような経験を、幾つも重ねた。

出会ったばかりの私は、彼女へ好意を持ち、異質な彼女に興味を持った。
彼女の無神経さに、距離を置く友人も多くいたが、
私は、欠点も含めて彼女と付き合っていこうと、博愛精神に満ちていた。

時間と共に、思いは刻々と移り変わっていった。
一緒に楽しい時間を過ごし、虐待経験を持つ彼女に同調し、
過ぎた正義感に嫌悪を感じ、私自身への異常な執着に恐怖し、
嫌がらせの数々に異常性を確信し、その後、仲直りした。
家族以上の親愛を持つようになった。

私は、大学生活一番の悩みが解消され、安堵した。
それも束の間、
1年間の絶縁状態から復縁したMとの、
更なる泥沼の関係が始まった。




◇原本アンドロイド 5(2) へ続きます。


関連記事
◇私を殺せる唯一のもの(原本アンドロイド主旨紹介)
◇原本アンドロイド 1
◇原本アンドロイド 2 
◇原本アンドロイド 3 
◇原本アンドロイド 4 前編 
◇原本アンドロイド 4 後編


心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


共依存 原本アンドロイド | comment(2) |


2008/02/21 (Thu) 原本アンドロイド 4 後編

※フラッシュバックにご注意ください

◇原本アンドロイド ◇1 ◇2 ◇3 ◇4 前編 の続きです。
二十歳前後、人間不信が深まっていった過程の一部を回顧して書いています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


イェール大学の学生と話し、彼ら聖歌隊の合唱を聴きに行って、
そこで私のエネルギーは切れてしまった。
微熱は、高熱に変わり、Sさんにお礼をしなければ、
Oさんにもお礼を言わなければ、
そして、少しでも今回のことを生かして前に進まなければ。
そんな思いと同時に、もう一分でも早く死んでしまいたい気持ち、
生きていても意味がないという強烈な確信、
ボロボロの肉切れになるまで自分自身を痛めつけたい気持ち、
頭痛、眩暈、パニック、意味不明の叫び、
それらが一斉に襲ってきて、私の中の日にちの感覚は全くなくなった。
この頃、私はドラッグを買うために残している貯金以外、
ろくなお金を持っていなくて、日々餓死しそうだった。
100円のパン一袋買うのも、脂汗の出るような大事件だった。


どれくらい経ったのか、Oさんから突然、電話がかかってきた。
泣き喚いていた私は、すぐに何事もない声と様子を装い、
完璧に明るく元気に電話に出た。
あれからどうしているのかと思って、とOさんが言った。
さっき、あなたの弟のMTにも電話したのよ、と。
そうなんですか、と私は普通に応答した。

あなた、あれから一体何やってるの?

Oさんが、言った。
私は、突然のことで、返答できなかった。
再度聞かれたので、病院に行ってます、とだけ答えた。

Oさんは、まだ病気なの?と言った。
私は、そうみたいです、と答えた。
自分でも自分の様子は、まるで分からなかった。
当時、精神科に通院していたが、対人恐怖で通院も難しくなっていた。
ただ、処方してもらえる薬が、アルコールと同時に飲むと記憶が飛んで
苦しいことや悲しいことから、24時間ほどはトリップできた。
その薬が欲しくて、通院していた。


「病気にいつまで逃げる気なの?」

Oさんの声は、険しかった。
私は、何も言い返せなかった。
正直、私は自分が病気だとは思っていなかった。
ただ、この世で生きていくには自分のような者は難しいのだ、と確信していた。
薬を幾ら飲んでも、私の自傷や自殺願望は一向に治らず、
両親と祖母からは毎日電話がかかってきて、
そんな私に「業が深い」だの「死ね」「自殺するしかないな」
と言っていたので、本当に其の通りだとしか思っていなかった。

私はOさんに、よく分かりませんが、とにかく死ぬことしか考えられなくて、
と話した。
Oさんを信頼しているだけに、誰にも心から伝えることのできなかった
「死にたい」
という気持ちを口にすると、涙が止まらなくなった。

Oさんは、
「ああ・・・泣くわけ?あんたがそこで泣くわけ?」
と冷たい調子で言った。
私は、恐怖で受話器を取り落としそうになった。
「病気って何よ?一体何の病気? 」

私は、恐ろしくて声が出なくなった。
何か、私が思っているOさんと違う。
Oさんは、苛々してきたようだった。

「ちょっと。早く言いなさいよ。
こっちは仕事で忙しいのに電話してやってるのよ?」

私は、必死で言葉を探した。
医者が言っていることを、伝えた。
鬱状態だということ、対人恐怖が増していること、
パニック障害を患っていること、微熱と眩暈が止まらないこと、
色々な検査を受けたが、精神的なものだといわれたこと。

Oさんは、それを聞くと怒った。
「精神的って何なのよ? 私、そういうのが一番嫌いなの。
病気っていうからには、原因があるんでしょう。それは何なの?」

それは、私が一番知りたいことだった。
当時、私は親から虐待を受けて育ったとも思っていなかった。
しかし、医者が言っていたとおりのことを言うしかなかった。
「両親から私は虐待を受けたんだと医者から言われました」

Oさんの怒りは、段々と増してきた。
「はぁ? それであなた、私が紹介してあげた人達とか、
コネとか、全部無駄にしたの? 何で何もできないの?」

「何もできない」は、当時私の胸の中にずっとある絶望感だった。
何を頑張っても、世界は広すぎて、私はちっぽけ過ぎて、
運命は強大すぎて、私の業は深すぎた。
何をやっても、駄目だった。
「もうだめだ。もうだめだ。もうだめだ」
が、当時の私が無意識にぶつぶつ毎日呟くセリフだった。

しかし、私は恋しかけていた。
インターネットで知り合った男性。
文字でしか話したことはない彼に、恋し始めていた。
彼には、恐らく妻も子供もいる。
しかし、私が辛うじて生きていられる理由は、彼の存在だった。
最初に彼と話してから、初めてのような気がしない人だった。
気がつくと、自分の人間不信について話すようになっていた。
彼と、会おうと決めていた。
彼は、私と会うつもりはないようだった。
でも、会いたいと思う気持ちは日毎に増していった。
社会倫理に反するだろう。
でも、今の私にとって唯一の「できること」それは、恋だった。

Oさんに話した。
Oさんは、自分の親友と自分の元夫との同居まで快く理解を示す人だ。
随分と自由恋愛主義だと聞いていた。

彼には、奥さんと子供がいるみたいなんですが、私には必要なんです。

唯一、当時私が私らしい感情を込めて話せる気持ちだった。

Oさんの態度が、そこでがらりと変わった。
まるで悪魔のような絶叫を上げた。
「あんたね!あたしはね!それだけは許せない!!」
「女から男を取り上げる女を、あたしは絶対許せない!
女の敵だよ!あんたろくな死に方しないよ!
このろくでなし!」

私は、恐怖でブルブルと震えた。
何か違う。この人は、私が思っていた何か別の人だ。
私は、思わず言った。
「でも・・・でもOさんの親友は、あなたのダンナさんと暮らしてて、
それでもいいって、言ってたじゃないですか」
Oさんは、またギャーというか、キーッというような声をあげた。
「うるさい!あたしのことは関係ないでしょう!?
この馬鹿女! あたしの時間を返せ!返せー!」
私は、それまで不倫などしたことがなかった。
いまだ彼とあってもいない。
しかし、Oさんの怒りようは尋常ではなかった。
確かに、私の中で罪悪感は日に日に増していた。
彼は、妻の存在も子供の存在も私に一切匂わせないが、
きっと妻も子供もいる人だ、と私は確信し、
よりによってそんな人に恋をし、この恋があってようやく生かされている
自分という人間の業の深さに、嫌気が差していた。
死んでしまえ、私なんか。
世界中に詫びて、死ぬべきだ。
そう思っていた。

Oさんは、時間を返せと叫び続ける。
そのうち、食事代を返せと言った。
「あたしはね、あんたみたいな病気で馬鹿な女と違って、
一分一秒削って仕事して生きてんの。
こうやって、あんたみたいな馬鹿女と話してる時間、
どれだけ仕事できると思ってるのよ!
あんたに払ってやったあの食事代を返せ!」

本当に、彼女の言うとおりだ。
私のような人間のために時間を割き、金を払い、
人を紹介してくれたのに、
私といったら何もできずに死にたい死にたいばかりで、
少し希望を見出したと思ったら、相手は妻子持ちだ。
泣いて泣いて謝った。
土下座しろと言うから、電話を持ったまま土下座して謝った。
その頃、メールボックスに弟MTからメールが来ているのに気づいた。
「めちゃくちゃO先生、怒ってるから気をつけて」
だった。

私は、O先生に、
とにかく全て私が悪いから食事代は全て払います。
お時間をとらせて申し訳ないので、電話はもう切ります、
とにかく謝罪させていただきます、本当に申し訳ありません、
すみません、すみません、と謝り続けた。

Oさんは、更に逆上し続けた。
「あんたね!何でもお金払えば済むってもんじゃないのよ!
とにかく、今約束しなさい! その男を諦めるって約束しなさい!
あたしはね、女から男を奪う女がとにかく許せないのよ!
謝って約束しろ!
そしたら金は許してやるよ!」

それだけは、出来なかった。
彼の存在だけは、私の命だった。
彼への思いを捨てたら、私には死しか残らない。
死ぬことは、いざとなると怖い。
答えられず黙った私に、Oさんは、また絶叫した。

「この・・・!この馬鹿女!
返せ!私の時間を返せ!私が紹介した人間全員に謝ってまわれ!」

私は、もちろん謝罪します、全員に謝りますから許してください、とお願いしたが、
「許されると思ってるのかー!」
とOさんは、叫んだ。
もうわけが分からなくなってきた。
恐ろしくて、
「食事代は返します! 謝罪にまわります! 
お仕事のお邪魔してすみませんでした!」
それだけ言って、電話を切った。

すぐにかかってきた。
電話を取った。
Oさんだった。
「あんたね・・・電話切るなんて、いい度胸してるじゃないの」
私は、泣きじゃくっていて、本当にみっともなかった。
私ほどの馬鹿女、私ほど価値のない人間はいない。
Oさんに、すみません、すみません、と、また謝った。
「謝るのはもう聞き飽きたからさ。
それで? どうやって私の時間を返してくれるの?」
私は、話がまだ終わっていないことを知った。
悪いのは全て私なので、
Oさんが望むことを精一杯の謝罪とさせてもらいます、と言った。
「あんたってほんっっとの馬鹿ね! 
どうやって謝罪するかくらい自分で考えられないの?」
すみません。馬鹿です。本当に馬鹿です。
分からないんです。すみません。
食事代は返します。皆さんに謝ります。
お仕事で支障があった分は、できる範囲精一杯謝罪いたします。
繰り返すと、Oさんは、笑った。
「じゃあ、あんたは自分が馬鹿女だってことを認めるのね?
謝罪の方法が分からない馬鹿女ですから、教えてください、てわけね?」
Oさんの声には、人を嬲り殺すときのような
残忍さを愉しむ響きを含んでいた。
恐怖で、私は思わず電話を切った。

怖くて怖くて、ガタガタ震えた。
ここまで人を怒らせてしまう自分が嫌で嫌で、
今すぐ死にたいと死ねる方法を探した。
そこに、弟からメールが来た。
Oさんが、弟に電話して、姉である私のことを罵っているらしい。
そのうち、弟から携帯に電話がかかってきた。
弟が、同時にメールを送ってくる。
(こっちが何はなしても、O先生怒鳴ってて聞かない。
止められない。聞いてみて)
弟の電話口から響くOさんの罵声が、受話器越しに聞こえてきた。
(やばい状態)
弟ガメールを送ってきているうちに、あちらの電話が切れた。
うちの電話が鳴った。
怖くて、すぐに切った。
また、かかってきた。
携帯にも、Oさんからどんどんかかってきた。
たまに取った瞬間、受話器から「馬鹿女!消えろー!」
と聞こえてくる。

電話線を抜いたが、携帯の着信は止まらず、
恐ろしくてまた電話線を繋いだ。
二時間、続いた。
振るえと吐き気と涙と眩暈と、色んなものでグチャグチャになった。
ドラッグ、ドラッグがいる。
狂って狂って、二度とこの世に戻らずに済む、強烈なドラッグが。
でも、今はない。
鳴り響く電話が、私を発狂させてくれそうで、させてくれない。
永遠に続く電話の音を、とにかく止めたくて電話に出た。
私は、言った。
私は、馬鹿女です。取り返しのつかないことをしてしまいました。
食事代も払います。皆さんにも謝罪します。
もちろんOさんに、できれば直接お会いして、土下座して謝罪します。
それ以上の謝罪を私は馬鹿ですから分かりません。
どうか教えてください。

Oさんは、「やっと馬鹿ってことを認めたわね」と言った。
私は、歯がガチガチ鳴っていた。
「あたしの言うことを聞くのね?」
Oさんが言った。
私は、はい、と言ってから、
「でも、彼のことは私の大切な人ですから諦められないんです。
それだけは許してください」と泣きながらお願いした。

「この馬鹿!馬鹿! 
男と別れろって言ってんのがわかんないのか馬鹿!
さっき私の言うこと聞くって言ったばっかりで、あれは嘘だったわけ!?」
もう私は何も言えずに、泣き続けるしかなかった。
「あんたって本当に馬鹿なのね。
本当に、うっとうしい。こうやって電話してやって、この電話代から時間、
一体どうしてくれるわけ!?
あんたがあんまり馬鹿すぎて、もうどうでもいいわ。私の方が泣きたいわ。
あんたみたいに病気を理由に仕事一つできない馬鹿の一秒と、
このあたしの一秒と、同じだと思ってんじゃないでしょうね?
本当、あんたってもうどうでもいいわ」

あなたと私の一秒は、もちろん違います、
私は何もできません、だから私の一秒と同じわけがありません。

私は、私も自分のことなどもうどうでもいいと思った。
彼女に払うお金もなければ、体力もなく、気力もなく、私には何もない。
私は馬鹿だ。馬鹿だ。馬鹿だ。

「馬鹿女! あんた馬鹿だからさ、もういらないからさ、
お願いだから、あたしの前から消えてくれる?」
Oさんが、そういった。
わかりました。電話を切ります。二度とOさんの前にあらわれません。
私が言うと、Oさんは、甲高い声で笑った。
「そういう意味じゃないでしょ? 消えろって言ってんの!
分かる? あんた馬鹿だから分からないでしょ?
この世から消えてっていってるのよ!」

私は、急に落ち着きを取り戻した。
そうだ。
私は死ぬべきだと思っていた。
ずっとそう思ってきたが、やはりそうなのだ。

「それは、死ねということですか?」

私は、静かに尋ねた。
Oさんは、急に黙った。
「Oさんは、私に死ねと言ってるんですよね。
私、Oさんがおっしゃるように、生きている価値はないと分かっています。
いずれ死ぬつもりです」

Oさんの態度が、突然変わった。
私をなだめる口調に変わった。
「あんたね、私は消えろって言ってるだけで、死ねなんて言うわけないでしょ。
本当にここまであんたが馬鹿だと思ってなかったから。
教えてあげるから、お願いしなさいよ。
馬鹿な私はどうしたらいいですか?て聞けば?」

「馬鹿な私はどうしたらいいですか?」
Oさんが言ったとおりに、心をこめて繰り返した。
「あんたさ、あたしのところに誓約書書いて持ってきなさい」
意味が分からず、ぶるぶる震えたまま受話器を握っているだけで精一杯だった。
「二年。あんたに二年あげるから。
その間に、男と別れて、私の前に出ても恥ずかしくない人間になります、て
誓約書書いて持ってきな。
あんたみたいな馬鹿女、私が一からしごきなおしてやるから。
あんたそのままじゃ恥ずかしくて社会出れないよ?
謝罪も満足にできなくて、何でもかんでも病気、病気、
そんなんで通らないよ? 分かってんの?」

病気だといわれているが、私は病気だと思っているわけではない。
ただ、生きる価値がないのに間違って生まれてきてしまって、
死ぬべきなのに死ねないから駄目なのだ。
早く死ぬべきだった。
Oさんに会う前に。
誰かに迷惑をかける前に。
恋する前に。

「お約束できません。二年後、どうなっているのか自分のことなのに、
私は馬鹿で分かりません。だから、お約束できません」

その頃には涙は枯れ果てていて、妙に頭の中が冴えてきた。
Oさんは、「約束しろ!この馬鹿ッ!約束も出来ないのか!」
と怒鳴り、また「もう消えて!頼むからさ!消えてくれる!?
この世にあんたみたいなのいたら迷惑なの! 
真面目に働いてる人たちにさ、申し訳ないと思わないの!?
もう消えろ!」

まだ怒鳴っているOさんの電話を、私は無言で切った。
電話線を抜いた。
携帯の電源を切った。


死ぬべきときが来た。
頭の中は、からっぽだった。
何にも、感じなかった。
あとは、死ぬだけ。
死のう。







気がついたら、抜いたはずの電話線が繋げられていた。
誰かが受話器を片手に、ずっとずっと同じ電話番号にかけ続けている。
私の意識は遠く遠くにあって、誰かが体を勝手に操っている。
相手は、ずっと話し中。
黙々と、淡々と、ただ電話をかけ続ける私の体。
切ってはかけ、切ってはかけ、延々二時間何百回と繰り返していた。
二時間後、やっと電話が繋がった。
受話器の向こうから、見知らぬ男性の声がした。
「どうされました?」

私でない誰かが、受話器を握って穏やかな声で話し始めた。
まるで、友達と話すかのように床に寝転んで。
繋がった先は、『いのちの電話』。
「私」は、真っ白などこかへ追いやられて、何も考えられなかった。
感じることもできなかった。

死に損ねたことに気づいたのは、数日後だった。




◇原本アンドロイド 5(1)へ続きます


関連記事
◇原本アンドロイド 1
◇原本アンドロイド 2 
◇原本アンドロイド 3 
◇原本アンドロイド 4 前編 


心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


共依存 原本アンドロイド | comment(9) |


2008/02/21 (Thu) 原本アンドロイド 4 前編

◇原本アンドロイド ◇1 ◇2 ◇3 の続きです。
二十歳前後、人間不信が深まっていった過程の一部を回顧して書いています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

O先生という女性に会ったのは、弟MTの紹介を受けてだった。
MTが通っていた英語塾の先生だ。
私とは、当時Oさんが20ほど年上だったと思う。

会いたいと言ったのは、私からだった。
電話でMTからO先生の話を聞いた。
MTが言うには、私とO先生は似ているのだそうだ。

O先生は、英語が堪能で頭脳明晰、恋愛重視、若い心とパワーを持っていて、
とにかく何でも行動派なのだという。
当時の私は、異常な同居人と暮らしていて極度の対人恐怖で外にも出れず、
何も行動できず、自傷と自殺願望で明け暮れる毎日だった。
そんな私が、O先生と似ているとは理解できないと私は言ったが、
どこかとにかく似ているのだ、とMTは繰り返し言った。

当時、私は日本という国の体質、
日本人という礼儀正しくも他人行儀で冷たい人種がつくづく嫌になっていた。
社交辞令も信用できないし、含みを持たせる日本語が嫌いだった。
出来るならば、一日中何も喋りたくないと思っていた。
そんな私が強烈に憧れるのは、英語圏の国、特にニューヨークだった。
Yes Noがはっきりせず、前置きばかり長く真意の掴めない
日和見主義な日本の言葉よりも、
多少乱暴でも強引でも、主張する権利を重視された国へ逃げたかった。

精神的失語の始まりを迎えていた。

O先生は、生徒一人一人の力になろうとする人だという。
また、私が信仰している宗教の話も聞きたいと言っているらしい。
彼女は、キリスト教信者だった。
私は、とにかく自分のためになる人であれば、出会いたいと思った。
MTに、会えるように頼んだ。
約束の日は、すぐに来た。
MTと、実家近くの居酒屋で、三人で会った。
初めて見るO先生は、MTから聞いていたものの、驚く外見だった。
40を越しているようには見えないし、ピンクがかった紫色のストッキングを履き、
顔は童顔で、とにかくマシンガンのように喋るし、元気だ。
聞けば、個人で仕事をしていて、塾経営以外にも幾つか仕事しているという。
目が真っ赤に充血していた。
仕事で、2日寝ていないという。
私は驚いて、そんなお忙しいときなら言ってくだされば、と遠慮した。
しかし、彼女は、「いいのいいの、いつもこんなんだから。私元気だから」
と明るく笑い飛ばした。

居酒屋で、色々なことを話した。
まず最初に彼女が話し始めたのは、一種異様な話だった。
弟MTも、過去何度も聞かされた話らしく私も弟から聞いてはいた。
しかし、細かく聞けば聞くほど、驚いた。
彼女の話は、以下のようなものだった。

「私は、つい最近離婚した。
理由は、ダンナがアメリカで仕事をしていて、自分は日本でしたいことがあるから。
ずっと飛行機で行き来してたけど、なんか大変だし、
お互い仕事に集中したいから、結婚なんて書類上だけの話だから、
面倒だし離婚したの」

そこまでは、どこかで聞いたことのある話のような気もしていた。

「それでね、ダンナと離婚したときに私の親友の女性が、私に聞いたの。
ねえ、O?私、あなたのダンナのことが前から好きで、
彼と一緒に暮らしたいんだけど、アメリカに行って彼と暮らしてもいいかしら?」

私は、驚いた。
ええ!ひどい友達ですね、と思わず言った。
すると、彼女はグラスを片手に、おかしそうに私を見て笑った。

「別に私は彼と離婚するわけだから関係ないし。
うん、いいよ、て言ったよ。
だから、今はダンナは彼女と暮らしてる。
それに、私とダンナの間の娘が、彼女たちと暮らしたいって言うから、
今はニューヨークで、ダンナと私の親友と娘と三人で暮らしてるのよ」

私は、衝撃を受けた。
ええ? 本当にそれで納得してるんですか?
と、訊いた。
弟MTは、横で笑っていた。

「うん。だって、別にいいじゃない。
だって私、知ってるのよ。
私とダンナは、世界で一番の親友なの。
だから、私に何かあったときは、全部置いて絶対日本に駆けつけてくれる。
彼に何かあったときは、勿論私が駆けつける。
これを絶対に信じてるから、別に結婚とか離婚とか、どうでもいいの」

私は、今までに会ったことのない人種を前にして、言葉を失った。
同時に、感動した。
なぜなら、私自身が、「結婚」という形を一切信じていなかったからだ。
なるほど、私とOさんは確かに似ている。
心の繋がりがあれば、その繋がりに名前をつけようとしない、
ただ、信頼や互いの了解があれば生きていける理想的な生き方だと思った。


Oさんは、私に話を振った。
あなたは今何をしているのか、と。
私は、自身の病気のことと両親のこと、
そして続けるか否か迷っている信仰のことを話した。


Oさんは、ひとしきり聞いてから、言った。
「分かった。ニューヨークに行きたいなら、私が手を貸してあげる。
ダンナに言えば、向こうで住まいは手に入るし、
とにかく英語を身に着けないとね。
あ、そうだ。
MTの友達で、向こうに留学してる子がいて、今こっちに帰ってるのよ。
その子と話してみたらどう?
それから、今度アメリカの超エリート大学の子たちが
近所にホームステイに来るのよ。
その人たちと会えるように、セッティングしてあげる。
それから・・・・」

膨大な情報量と、行動力。
私は、圧倒された。
なるほど、こうして行動して生きていかねばならないのだ。
しかし、私は重度の対人恐怖で、すぐに誰や彼やと会える状態ではない。
伝えると、Oさんは
「私もね、色々苦労したよ。今も、寝る暇全くないし。
でもね、とにかく行動しなくちゃ。
行動せずに悩んでても、一歩も解決しないから」
と言った。
私は、誰と会うのも即答できず、
ニューヨークにはいつか行きたいと思っていますが、
考えてみます、と返事した。
すると、Oさんは、考えている時間はないよ、と言った。
詳細は忘れたが、彼女の元夫の状況だとか留学先の都合だとか、
確か私の航空チケットまで立て替えてくれるとまで言って、
できるだけ早く決めるように言われたのだった。


彼女と会った日は、とにかく圧倒されて、ぼーっとした。
普通ではないオーラを感じた。
そのOさんが私に何度も言った言葉、
「あなたは私と似てる。絶対負けちゃ駄目よ。応援するから」
が、耳について離れなかった。
私は、彼女と似ているのか?
あれほどの素晴らしい人と?


当時の私は、精神的にはボロボロだった。
自分の助けになりそうな人を探したかと思えば、
違法ドラッグを手に入れる、
もしくは栽培するためのノウハウを必死で探し続けていた。
ドラッグの効果を調べつくし、
買うならどれにしようかと毎日情報収集に忙しかった。
また、重度のニコチン中毒だった。
リストカットしてみたり、頭を打ち付けてみたり、車道に飛び出してみたり、
吹っ飛んだりケガしたりの毎日だった。

しかし、Oさんとの出会いは、私にとって奇跡のように思えた。
憧れのニューヨークへ行くことが出来れば、両親、祖母からも逃れ、
宗教からも逃れ、日本語からも逃げられる。
そして、新しい言葉を獲得して、
悪意も善意も分かりやすく表現してくれる人たちの街に住むのだ。

生きようか死のうかと迷っていた時期だっただけに、
私はこの話に、自分の人生を賭けようと思った。
Oさんは、キリスト教の朗読ボランティアもやっていて、
宗旨は違えど、私が信仰している宗教よりも遥かに行動的で素晴らしく思えた。
彼女は、信頼できる。
やっと、信頼できる人に出会った。
私は、目の前が開けていくのを感じた。
弟MTも、喜んだ。
会ってよかったね、とお互い話したのを覚えている。


思い切って、二度目に今度はOさんと私だけで会った。
ホテル内のステーキハウスに連れて行かれた。
払えません、と言うと、Oさんは、いいのいいの、私お金持ちだから、
と冗談めかして笑って、入った。
私は、ニューヨークへ行きたいことを話した。
ただし、対人恐怖がひどく、微熱が続いて体力もないし英語力も全くないから、
航空チケットは自分でお金を貯めて買うし、
ただOさんと知り合えたことで人生が変わるような刺激を受けたので、
それだけで感謝しています、と伝えた。
Oさんは、ちょっと待って、と言って、携帯電話を取りだした。
どこかへ電話を始めた。
「はい」と私に、受話器を渡した。
え?と戸惑うと、Oさんは
「前に話したMTの友達。今、繋がったから色々聞いてみたら?」
と言った。
私は、あまりの急な展開に面食らった。
恐る恐る話すと、受話器の向こうの少年も、同じように面食らっていた。
ほとんど、会話にならなかった。
また今度、と言って、電話を切った。
Oさんは、「そうそう!あなたの実家の隣ね、私の友達なのよ」
と言った。
「Sさんね、あそこにイェール大学の聖歌隊の子たちがホームステイするの。
イェール大学の聖歌隊って言ったら、名門中の名門、
おぼっちゃまばっかりよ。
まだ来るのは来月だけど、今からお隣に遊びに行こうか」
私は、またもや面食らった。

「いえ・・・突然なので心の準備もできてませんし、
英語が話せないので、こられても私はコミュニケーションが取れませんから、
いいです」
そう言ったが、Oさんは、もう携帯で電話をかけていた。
「今から行くって言っておいたから」
Oさんが悪戯っぽく笑うので、私は彼女に合わせて笑ってみせた。
でも、顔が引きつるのが分かった。
Oさんと食事をしているだけでも、ぼーっとして現実感がなかったが、
いよいよ手が震えてきて、全身の血が逆流するような、
次の瞬間には足先にザーッと落ちていくような、
不安とも恐怖ともつかないパニックが襲ってきた。

そのままOさんの車に乗って、Sさん宅まで行った。
何を話したのかは、ほとんど覚えていないが、
私の実家の隣なので、
子供の頃から両親と祖母に言われてきた言葉がよみがえった。

「近所でも、あんたがキチガイなのは有名だよ」

私は、Sさんが怖かった。
Sさんも女性だった。
Oさんと違う、さばけた雰囲気と
どこか警戒を解かずに私を眺めているような視線を感じた。


いつの間にかOさんとSさんが話して、
イェール大学の学生が来た日には、私がSさん宅に遊びに来ることになった。
Sさんと携帯の番号を交わすようにOさんに言われて、交換した。
そして、Oさんと別れて実家に帰った。


イェール大学の学生が来た日、Sさん宅に私は行ったが、
案の定、何ひとつ話せず、自分でも何をしに来たのか分からなかった。
人が怖くて怖くてたまらないが、Oさんの期待に背くことがまず怖かった。
今考えれば、かなり無理をしていた。
当時は、分からなかった。
それ以外は、自傷と自殺願望でフラフラしたり、呻いて床を転げまわっていて、
でも、誰にもそんな姿を見せまいとしていたから、
英語も喋れないのに隣に遊びに行く私を見て、両親は
「あんたは、いっつも物怖じしないというか、自信たっぷりね」
と言っていた位だった。


恐怖のあまり、私は完全に乖離していて、ただ無理をした分、
あとで自傷が激しくなり、とにかく死にたい願望で頭が一杯になった。
当時の私は、自分を休めることを一切知らず、
死にたくなる理由を考える知恵も知識も持っていなかった。
ただ、死にたくなる自分が悪いのだと思っていた。
宗教団体の人たちが言うように、教義に書いてあるように、
「頭破七分(ずはしちぶん)」 
何か過去世でとんでもない悪事を働いた因果で、
私の頭は狂っていて、生まれつきキチガイで、
生まれつき孤独な宿業を持っていて、
これを何としても今の生で乗り越えることが、
私に課せられた使命だと考えていた。
自分らしく生きたいという気持ちと、
それ以上に、決してOさんの好意を無駄にしてはならない、
何が何でもOさんの期待に応え、彼女の恩に報いたい、
そんな思いで頭はいっぱいだった。

ここまでは、私とOさんの関係は何とか理想的に保たれていた。
ある日突然、私とOさんは決裂した。
Oさんからの罵りと謝罪要求の電話が止まらなくなり、
幾ら謝罪しても許されなかった私は、
Oさんの言葉通り、死ぬ以外の選択肢がなくなった。




◇原本アンドロイド 4 後編に続きます。


関連記事
◇原本アンドロイド 1
◇原本アンドロイド 2
◇原本アンドロイド 3
◇原本アンドロイド 4 後編




心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


共依存 原本アンドロイド | comment(0) |


2008/02/19 (Tue) 原本アンドロイド 3 

※原本アンドロイド1、2の続きです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あるところに、40人の女の子と、
一体のアンドロイドが暮らしていました。

アンドロイドの部屋は、いつも8人の女の子達の笑い声で溢れていました。
感情を持たないアンドロイドは、とても幸せでした。
アンドロイドの体には、血管のかわりにコードが走り、
あたたかい血のかわりに、触れると痛い電流が流れていました。
8人の女の子達が笑っていると、
アンドロイドは、自分も人間になれた気がしました。
血は繋がらなくても、違う体でも、皆と家族になれた気がしました。
死ぬまで大切にしたいな、と願いました。

アンドロイドは、皆の部屋にも通いました。
皆色んな悩みを抱えていて、皆誰かに聞いてもらいたがっていました。
8人の女の子達を笑顔にするのは、アンドロイドの仕事でした。
女の子達がケンカすると呼ばれて仲裁に入ったり、
誰かに呼ばれて、生まれてから今までの色んなトラウマを全部聞いたりしました。
女の子達と出会って3ヶ月で、アンドロイドは皆のデータを採り終りました。
皆、悩んでいました。
虐待に遭ったり、解決できない問題を抱えていたり、自分に自信がなかったり、
両親に恵まれなかったりしました。

アンドロイドは、心を持たないのに、胸の辺りが痛くなりました。

女の子達同士は、お互いのことを余り知りませんでした。
アンドロイドだけが、皆のことを知っていました。
女の子達の悩みと怒りと悲しみのデータは、アンドロイドのデータベースに
どんどん、どんどん溜まっていきました。


8人の女の子とアンドロイドは、いつでも仲良しでした。
アンドロイドは、
皆がそれぞれ好きな本やマンガを毎月7,80冊買って揃えました。
それから、毎日たくさんの食材やお菓子を買って、
皆に料理を振舞いました。

そのうち、新しい家族が出来ました。
猫のぶぶちゃんでした。
野良猫でしたが、女の子たちが餌をやり始め、
そのうちアンドロイドの部屋で飼うことに決まりました。
アンドロイドは、幸せでした。
ずっと欲しかった家族が、これで全部手に入りました。
アンドロイドは、猫を愛しました。
この世に出てきたときから、アンドロイドは死んでいく生物ばかり見ていました。
生きていて、温かくてふわふわしていて、
ゆっくり呼吸している猫が傍にいるだけで、アンドロイドは満ち足りました。


あるとき、40人の女の子達の間で騒動が起きました。
悪魔に心を売った女の子が、同じ屋根の下に住む子達に、
次々と暴力や悪意を浴びせて、攻撃し始めました。
悪魔の子は、40人全員を標的にしました。
標的にされた子は、レイプされたり、
生きた蛇が詰ったダンボール箱を送られたり、
イグアナを送りつけられたり、大量のピザを送り付けられたり、
知らない人に後をつけられたり、学校で色んな噂を流されたりしました。
悪魔の子は、Kという県のお姫様でした。
お金をいっぱい持っていて、願えば何でも叶いました。


8人の女の子のうち一人が、悪魔の子に加担しました。
アンドロイドは、悲しく思いました。
何とか引きとめようとしたけれど、無理でした。
悪魔の子と、悪魔の子に魅入られた女の子は、二人で共謀して、
残り7人の女の子を標的にし始めました。

Sちゃんという子が、標的にされました。
Sちゃんは、恐怖で青ざめてアンドロイドのところへ相談に来ました。
女の子達の問題は、皆の問題です。
だって、皆家族じゃないですか。
皆、真剣に考えました。
Sちゃんと一緒に怒って、Sちゃんのために戦おう、と皆口々に言いました。
アンドロイドは、指示を求められました。
何かあるとアンドロイドが、いつも的確な指示を出します。
それに従うと問題は、いつの間にかちゃんと解決しているのです。
アンドロイドへの信頼は、篤いものでした。
実績があります。


アンドロイドは、真剣に毎日考えました。
持っていたデータだけでは足りなかったので、悪魔の子のデータも取りました。
悪魔の子に魅入られた子のデータも取りました。
そうして、皆を守る方法を考えました。
Sちゃんは、ひとまずアンドロイドの指示に従い、標的から外されました。
皆が集まっているアンドロイドの部屋に、Sちゃんが来ました。
心優しいSちゃんは、アンドロイドに感謝しました。
それから、ごめんね、ごめんね、と謝りました。
皆も怒っている、
アンドロイドも怒っていると悪魔の子に言ってしまったと謝りました。
Sちゃんは、責任を感じている、どうやって謝ったらいいのか、と言いました。


アンドロイドは、驚きましたが、覚悟は出来ていたので平気でした。
家族を守るためならば、誰とでも戦うのがアンドロイドの仕事です。
Sちゃんを守るためならば、いつでも身を挺するつもりでした。
アンドロイドは、Sちゃんの身の安全を一番に考えてね、と伝えました。


アンドロイドは、ついに悪魔の子の標的になりました。
悪魔の子は、悪魔の知恵をこらしてアンドロイドを徹底的に
壊してしまう方法を考えました。
悪魔の子は、アンドロイドが大切にしている猫を殺すことにしました。
悪魔の子に魅入られた子が、猫の情報を流し、脚色し、
猫は悪魔の子の手によって、保健所に送られることになりそうでした。


猫を愛する7人の女の子達とアンドロイドは相談することにしました。
けれど、Sちゃんをはじめ3人が抜けました。
争いごとには、誰も極力関わりたくないものです。
けれど、アンドロイドは、3人欠けたことにも、しばらく気づきませんでした。
アンドロイドは、誰を頼りにも出来なかったからです。
アンドロイドを頼る女の子たちはいっぱいいましたが、
アンドロイドが頼れる女の子は、いないのでした。
また、頼ることをアンドロイドは知りませんでした。


残り三人の女の子とアンドロイドで話し合いました。
何日も話しました。
状況がどんどん変わり、とにかく猫は殺されます。
女の子二人は、猫を抱き締めて泣きました。
かわいそうに、と泣きました。
アンドロイドは、泣きませんでした。
まだ殺されていない命、救えるかもしれない命を前にして、
泣く暇があるのならば、悪魔の子が次にどんな手を出して来るのか、
考えなければなりません。


アンドロイドは、ついに女の子たちを頼ることにしました。
アンドロイドは、言いました。
「猫を守りたい。悪魔の子は、次にどんな手を使ってくるのか考えよう」
猫を抱き締めて泣いていた二人の女の子は、
涙でぬれた目を、きっ、とアンドロイドに向けました。

「この子が殺されるかもしれない時に、よくそんなことが言えるわね!」
と、一人の女の子が怒鳴りました。
アンドロイドは、心臓を打ち抜かれたような衝撃で、
全てのシステムが停止しました。

もう一人が、アンドロイドに向かって言いました。
「それでも人間なの!? この子がかわいそうじゃないの!?」

二人は、口を合わせて言いました。
「ちょっとはこの子の気持ちを考えられないの!?
人間じゃないよ!」

そう言って、アンドロイドの部屋を出て行きました。
アンドロイドと、一人の女の子が残りました。
アンドロイドは、一人で悪魔の子と戦うことにしました。

アンドロイドは、何が何でも猫の命を守るつもりでした。
猫の餌を飼い与え、一緒に眠り、オヤツを与えてブラッシングし、
お風呂に入れてやり、寒くないように暑くないようにと
24時間猫と暮らしてきたのはアンドロイドでした。

一人残った女の子は、アンドロイドの味方でした。
けれど、アンドロイドにかける言葉が見つからず、
ただ同じ気持ちだとアンドロイドに伝えたくて、
アンドロイドの隣に黙って座っていました。
アンドロイドは、一人だと思いました。
戦うことにしました。
悪魔の子は、日が経つにつれ、本物の悪魔へと成長していきました。


アンドロイドは、怯まず戦いました。
泣いたり怯えたり、知らない間に抜けていった女の子達は、
それでいいのだと思いました。
アンドロイドは、人間ではありません。
「それでも人間なの!?」と怒鳴られたことは、ほんの一年前にありました。
初対面の人にすら言われたセリフでした。


人間なのか、アンドロイドなのか、どちらでも良くなってきました。
アンドロイドは、猫を守るため、体を酷使し過ぎて、熱を出しました。
平衡感覚を失い、壁を伝って歩く毎日になりました。
いよいよ、人間ではなく、アンドロイドらしくなってきました。


アンドロイドは、一人で猫を守り抜きました。

女の子達は、泣いて喜びました。
アンドロイドは、壊れかけていました。
でも、満足でした。
守りたいものを守れれば、それで役目は終わりです。
また、アンドロイドの部屋に、8人の女の子達の笑い声が戻ってきました。



女の子たちは、以来、一度も悪魔の子事件について触れませんでした。

アンドロイドの体は、元には戻らなくなりました。
外へ出ることも出来なくなって、コンピューターの誤作動で、
壁に頭を打ちつけ続けたりするようになりました。
一秒毎に気を失うので、夜も休めなくなりました。

でも、それ以外、何もかも元通りになりました。
何事もなかったかのように、平和な日々が戻ってきました。
また8人の女の子達の笑い声に包まれて、猫は元気で、
アンドロイドは、それ以上望むものは何もありませんでした。


数千冊の本と、山盛りのご飯とお菓子、楽しいビデオと楽しいお喋り。
いつも通りに用意して女の子達を待ちました。
でも、少しずつ、女の子達は来なくなりました。
アンドロイドの様子が、おかしいから、
アンドロイドの部屋は何となく楽しくなくなったのです。
アンドロイドは、急に頼りなくなりました。
まるで人間のように、泣いたり悩んだりして見せるようになりました。

女の子達は、アンドロイドが不気味になってきました。
強いのか弱いのか、分かりません。
壊れているのか、壊れていないのかも判断がつきません。
どこが故障しているのかも、
人間である女の子達には分かるはずがありません。


用済みになったアンドロイドは放置され、
廃棄される日を待つばかりになりました。

でも、アンドロイドは、まだ自分は使えると信じていました。
動かない体で動き続け、女の子達のことしか考えませんでした。


人間らしくないアンドロイドは、せめて人間に仲良くして欲しくて必死でした。



◇原本アンドロイド 4へ続きます


関連記事
◇原本アンドロイド 1
◇原本アンドロイド 2

心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


共依存 原本アンドロイド | comment(5) |


2008/02/16 (Sat) 原本アンドロイド 2

◇原本アンドロイド 1 の続きです。


もう一人は、Aちゃん。
彼女は、私の恋愛観にどっぷり漬かり、
私が好きな作家の本を次々読み始めた。
私がTLCにはまればTLCを聴き込み、日本で言うところの
黒人文化にはまれば、彼女もはまった。
私が100本200本のマニキュアを買えば、私にネイルしてもらいたがって、
部屋に通いつめてきた。
部屋に戻らないというので、一緒のベットに寝ることも頻繁だった。
当時の私には、プライベートというものが一切なかった。
彼女のみならず、常に24時間、3,4人が私の部屋に常に溢れていた。

Aちゃんとは、本当に色々あった。
友情というより、ただセックスしない恋人同士のようになっていた。
色々な事件があり、
同じ学生寮に住んでいたのに、避けられ続けたある日、
突然、ファミレスに呼び出された。
わけの分からないことを延々言われた。

「美鳥といたら、私が私じゃなくなる」と言った。
「美鳥の言うことは影響力が強すぎて、私が染まってしまう」
という。
「だから、美鳥は何も言うな」
と言った。

私は、誰かを染めようだとか、全く考えたことがなかった。
でも、私は、謝り続けた。
なぜか分からないが、私の癖だったのだ。
全世界に謝り続けていた。
私が存在することで、誰かを傷つける。
恐ろしくて申し訳なくて、死んでお詫びするしかないが、
死に切れない自分が嫌でたまらなかった。

滅多に泣かなかったが、泣き出した私に、Aちゃんは冷然と、
「泣くのは許さない」と言った。
何か言おうとすると
「言わないで。何も聞きたくない」と言った。

食卓恐怖症の私は、ファミレスで向かい合って、
食事をしながらこんな話を切り出す彼女が不気味でならなかった。
手が震えて、吐き気がした。
全身が凍り付いて、氷像にでもなった気分だった。
仲直りの話かと思い注文した料理が、
私の目の前で湯気を立てている。
料理の熱で溶けていくのか、
私は大量の冷や汗が背を伝っていくのを感じていた。
頭は、ぼーっとした。
Aちゃんの理屈のほとんどが、私には意味不明だった。
ただ、私に何か強烈な怒り、拒絶、
同時に愛情を向けていることだけは分かった。
当時の私は、この「愛情」というものとセットにされると、
どんな悪意や怒りも受け入れようと努力する習性を持っていた。


何時間も、一方的に私の至らなさを責め続けて彼女は、
「じゃあ、また元通り友達で」と言った。

話の飛躍に付いていけず、私は、わけが分からず黙っていた。
真っ暗になった道を寮まで一緒に帰りながら、私は、彼女に聞いた。
「ねえ、Aちゃんは私にどうして欲しいの?」

すると、彼女は、民家の柵越しに犬の頭を撫でながら、
「んー?甘えたいねん」
とだけ、答えた。

その後、また関係は戻った。
彼女は、また私の部屋に通いつめるようになった。
私は混乱し続けた。

彼女を甘やかさなければならないが、泣いてもいけないし、
何か言っても私の影響を受けてしまうと彼女が怒るので、何も言えない。
元々、誰かのために何かは出来ても、感情表出などできなかった。
彼女は、母親の役割を私に求めていて、
ただ赤ん坊のように何も言わず
彼女の全てを受け入れて貰いたがっていたのだ。
そんなことが分かったのは、何年も何年も後になってからだった。


元来の食卓恐怖と、この時のやり取りが、
その後の失語症と、極度の対人恐怖の原因の一つになった。
人とは、自分に都合が良い人しか必要としないのだ、と分かった。


Aちゃんとは、Aちゃんが私を無視するようになり、
そのまま大学を卒業した。
当時、私はメニエール病のめまいでまともに歩けず、解離も酷く、
激しい頭痛と数年間下がらない微熱、自傷、パニック、鬱、
希死念慮、様々な症状にやられていた。
彼女とは疎遠になったまま、一方的に罵られたことも謝罪されることもなく、
完全にわだかまりが残ったまま別れた。


大阪に越してきて数年後、私が完全に失語状態になり、
ノイローゼで転げまわり、明日死のうか、今死のうかと考えていた頃、
突然、数年ぶりにAちゃんから手紙が来た。



私の中に、ずっと彼女のことは残っていた。
何とか、一つでもいいから人間関係を修復したかった。
彼女も、そう考えて手紙を書いてくれたのかもしれない。
あのときの、「泣くな。話すな。でも甘えたい」という言葉を、
数年越しに訂正してくれるのかもしれない。


藁にもすがる思いで手紙を開いた。
そこには、こう書いてあった。

「美鳥は、私の一番の大切な大切な友達だから、
一番に報告したくて手紙を書きました」

報告?何だろう?と思った。
手紙は、文字がびっしりと三、四枚あった。

「実は、私結婚することになったの。
相手は警察官で、こんな経緯で知り合って、こんなプロポーズされて、
結婚式の準備をしていて、彼ってこんな人で、私はこんなに幸せです」

そんなことがただただ書き綴られていて、数年前のあのことなど、
一切触れられていなかった。
本当に私のことを「一番の大切な大切な親友」だというのなら、
まずは修復しようと試みるのが当然だろう。
ただでさえ頭の中が洪水状態だった私は、
もう死にたいと何百回目かに思った。


Aちゃんと私の共通の友人で、現在も私の親友であるNに相談した。
当時、文字や文章、言葉が一切頭に入ってこず、
文字を前にするとパニックを起こして、ろくに内容が分からなかった。
だから、親友Nに、もらった手紙の全文を電話で読んで聞かせた。
彼女が、簡潔に2,3言に要約して内容を説明してくれたので、
私は、やっと手紙の意味が理解できたのだった。

私は、Nに訊いた。
一体、Aちゃんは何を考えているのだろうか、と。
Nは、言った。
「Aちゃんは、美鳥に勝利宣言したかったんでしょう。
やたら美鳥にライバル心持ってて、
結婚することでどうしても勝ちたかったんだよ。
普段から言動とか、めちゃくちゃ美鳥を意識してたもん。
結婚したことを美鳥に言わないと、気が済まなかったんだね」


以後、Nが言ったとおり、
Aちゃんから手紙が来ることは二度となかった。


私は、人というものが恐ろしくなった。
冒頭に「一番大切な大切な親友」と書いておいて、
のうのうと私に悪意たっぷりの手紙を、わざわざ手書きで書きつづり、
同封されている写真には、
警察官の制服を着た彼と一緒に撮った写真が同封されていた。
そこまでして私に敵意をむき出しにする人間とは何だろうと思った。
また、ただ友達でいたいと思っている私に対して、
他人は私と競い、私を負かそうとし、私を打ちのめしてやりたいと考える。
私の何が、彼女たちの怒りを掻き立てるのか、私は分からなかった。


誰の言葉も信用できない。
そして、女にとって結婚とは、そこまで勝利宣言できる代物らしい。
一生に一度の晴れ舞台だとか、ゴールだとか、スタートだとか。
色々言われはするが、
本人にとって誰かへの復讐の舞台であったりするのだと分かった。
私は、その後、更に復讐めいた結婚式に参加を迫られた。
ウェディングドレスが純白であっても、
着る者の心は必ずしもそうではない。
私はもう騙されたくないし、もう巻き込まれたくない。
友達の言葉を一切信じないことにした。
行動だけを、信じることにした。
他人の言葉を信じられない私は、
自分も一言でも発するのが恐ろしくなった。



◇原本アンドロイド 3 に続きます。


関連記事
◇原本アンドロイド 1
◇原本アンドロイド 3

(いじめについて続編を待ってくださっている方には、
こんな記事で申しわけありません。
いじめ問題記事は、頂いたコメントを元に練り直して準備中です。
こちらを記憶が蘇っているうちに、アップしたいと思いました。)


心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ



共依存 原本アンドロイド | comment(13) |


2008/02/15 (Fri) 原本アンドロイド 1

そういえば私は、ここで一度も
最悪だった大学時代のことを書いていないと気づいた。
卒業後の、友達との最悪な2年間の同居生活、
超がつく貧乏生活のこと、私を壊していった宗教団体での人間関係。
人格障害が招きよせた人間関係だったのか、
人の中で揉まれ続け、私は疲弊し死を考えるようになった。
対人恐怖が高じ、自殺、殺人、集団殺戮、あらゆることを考えるようになり、
重度のニコチン中毒になり、違法ドラッグに手を出しかけた。
最終的に枯れ果て、死を待つばかりになった。


私の心が受け入れられる範囲の出来事から少しずつ、
<原本アンドロイド>というタイトルで、シリーズとして書いていくことにした。
私の二十歳前後の友人関係は、いつも同じパターンだった。
私は、人からコピーされ利用される人型原本だった。
それ以外の友情を望んでも、なぜか手に入らなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、女友達に恵まれなかった。
友達とは、そんなものなのか、ものすごく仲良くなっては、
悉く破綻していった。
皆、私をカリスマのように愛し、まるで異性を愛すかのように私を愛し、
私に転移し、私に依存し、私を母のように思い、
同性が故に満たされきれない思いで感情が破綻し、
私への愛情は憎しみや激しいライバル心へ変わり、異常な行動となった。
いつも、そのパターンだ。
そうでない友達だけが、今残っている。
前述のような友達とは、私が全部縁を切った。
苦しかったし、正直寂しかった。
でも、私にとってマイナスになる友人は、
何年もかけて全て縁を切った。
理由は、カテゴリー<Is it happy?>に属するので、
そちらの記事で書こうと思う。


一人は、Sちゃんという。
関東出身のSちゃんは、出会うなり私を気に入り、私の関西弁を真似し、
私と誰かが仲良くすると嫉妬し、私が好む服を着て、
私が好むインテリアを好むようになり、私を丸々コピーしていった。
最初は、気が合って楽しいと思っていた私は、
そのうち不気味なものを感じ始めた。
私の手を24時間、握ったまま離さないのだ。
振り払っても怒っても、とにかく無理やり手を繋いでくる。
テレビを見ていても、学校でも、食事中でも、移動中でも、どこでも。
薄気味悪くなってきた。
常ににぎられている手は、いつも彼女の体温で汗ばんでいて、
決して離すまいという断固とした力がこめられていた。
私は恐怖を抱いた。

Sちゃんから見ると、私は出身地の響きの良さから
都会のお嬢様に見えるらしく、
やたら何の話でも「美鳥はお嬢様だから」などとはやした。

私をコピーする、私を異常に讃える、それは、
私へのやっかみ、妬みと紙一重だった。

毎度、同じパターンだった。
24時間手は繋ぎっぱなし、怒っても振り払っても聞かない。
私の何もかもをコピーし続ける。
私を誉めそやしたかと思うと、からかい気味に絡んでくる。
真綿で首を絞められるような、友情とも敵意とも知れない、
何か得体の知れない威圧感で、私はジリジリと追い詰められて行った。

彼女と縁を切ったのは、一緒にカレーを作ったときだった。

関西育ちの私は、カレーは当然牛肉だと思い、牛肉を買ってきた。
静岡育ちの彼女は、豚肉が一般的らしかった。
「美鳥は都会育ちだから、牛肉なんや?さすがお嬢様や?」
と、下手な関東なまり、私の関西弁をコピーした言葉でやはされた。
延々、同じことを繰り返す。
もう、何万回聞いたか分からない言葉。

それまで、耐えに耐えてきた私は、ついに爆発した。

「うるさい!いい加減にしろ!」
叫んで、部屋を飛び出した。
それきり、彼女とは付き合いがなくなった。
私は、せいせいした。

そうしたら、友人のMちゃんが今度はSちゃんの標的になった。
今度は、Mちゃんのコピーを始め、やはり24時間手を繋ぎっぱなしだという。
何度も喧嘩していると言っていた。
私は、解放されたことに、ほっとした。
けれど、Sちゃんが企画した卒業旅行に、
当然のように私は加えてもらえなかった。
何も知らない私が知ったのは旅行前日のことで、
それはそれで、私は死にたくなった。

私は、Sちゃんとうまくやれないが、他の皆は楽しく付き合っている。
なぜ、私は極端な愛情か拒否しかないのだろうか。
なぜ、そんな場にばかり立たなければならなくなるのか。
わけが分からず、ただ孤独だけが、くっきりと浮き上がって見えた。


◇原本アンドロイド 2 へ続きます



関連記事
◇原本アンドロイド 2
◇原本アンドロイド 3


心の病気、
虐待・暴力の残酷さへの理解を広げたく、ランキングに参加しています。
応援よろしくお願いします。
         
a_04.gif にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ


共依存 原本アンドロイド | comment(9) |


| TOP |

プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

月別アーカイブ

QRコード

QR

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

メールフォーム 

お気軽にメールください。返信までお時間頂く場合があります。

名前:
メール:
件名:
本文:


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。