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2009/07/26 (Sun) 文鳥もも10歳8ヶ月 永眠しました

20090726.jpg
2009年4月23日 淀川にて撮影


26日午前0時、長年共に生きてきた文鳥ももが、永眠しました。
享年10歳8ヶ月でした。
文鳥の平均寿命が6,7年といわれている中、大変な長寿でした。

5歳の時に、指の一本を切断する手術。
3羽の雛をこの世に送り出し、我が家の文鳥ズのリーダーであり、ここぞという時の責任感は強く、勇敢で、知恵がありました。ジャイアニズムな性格は、文鳥のリーダーとして致し方ない面はあるものの、一見大人しい妻のきりには完全に尻に敷かれ、よくきりに叱られて罰を受け、大人しく従っている姿は、面白い一面でした。

数年前から全く飛べなくなり、1年前から失明。26グラムあった体重は、昨日の時点で16グラムになっていました。

何羽も看取ってきた私は数日前から最後が近いと思い、傍を離れるのはまずいので、ももをカイロ入りの木箱に入れ、昨夜カウンセリングに行ってきました。それが、ももと出かけた最後になりました。

私が対人恐怖と貧しさと自己嫌悪と、無差別大量殺人欲求にかられ、一日中部屋を唸りながら転げまわっていたときも、手首を切った時も、切るまいと氷を握り締め泣いたときも、思えばいつも傍にいたのは、ももでした。
私は、自分の攻撃性を抑えられず、まだ雛だったももの頭を食いちぎろうとしたことさえありました。

自分がちっとも生きたいと思えず、今日死にたい、今死にたいと思っているときに、雛のももに「10年生きようね。長生きしてね」とずっと言っていました。今になって思えば矛盾しています。けれど、彼は立派に10年生きながらえ、その生き様も死に様も、文鳥たる彼の徳を感じます。


私が裁判で頻繁に家を空けなければならなくなり、実家に預かってもらうことがあり、そんな時はももが一番大好きで尊敬していたのは我が家の父でした。父は口笛が上手く、自分自身も持ち歌を歌うももとしては、その音色の素晴らしさに感激していたようです。
小さな小さな脳の文鳥が、30分でも40分でも、父の唇の前に普段見せない真面目な顔つきで真剣に口笛に聞き入っているのを見ると、鳥一羽の中にも音楽への憧憬や敬意が確かに息づいているのだと敬虔な気持ちになりました。


殆ど飛べなくなっていた頃、実家でのエピソードで、家族が何度も何度も話してはももを讃える話があります。

実家に滞在中の文鳥ズは、大概1階の客間とキッチンを自由に羽ばたいて遊んでいました。文鳥たちのために、1階に誰もいなくても電気をつけておくのは習慣でした。が、その日に限って誰かが消灯してしまい、1階は真っ暗になってしまいました。
両親と弟は全員2階にいました。
そこへ、普段絶対に自分からは2階へあがってこないももが、ひょっこり現れ、皆の前に立ちました。
家族は皆驚き、何故2階まで上がってきたのが騒然となり、1階に下りてみると、真っ暗な部屋の中でじっと待っているきりとむくがいたそうです。
家族は、ももは飛べなくなっていたし、鳥目で暗がりは怖いだろうに、あの階段を1段1段上ってきたのだろう。電気をつけてと伝える役は自分しかいないから、お前たちは待っていろときりとむくに言って、勇気を振り絞ってやって来たのだろう、と言いました。
感情移入しやすい父に至っては、ももの立派で勇敢な姿に感動して涙すら浮かべていました。
ももは、ほっとした顔をしていた、これで役目を終えた、という表情をしていたと父が言っていました。



昨夜、殆ど眠り続けているだけのももを連れてカウンセリングに出かけることは、通常しないことです。が、前回の記事にも書いた通り、私は昨夜のカウンセリングだけは、どうしても絶対に逃げてはいけない局面でした。そして、ももの体調も、どうしても避けられない状態でした。

自宅に着き、ももの体が冷えないように管理しながら、彼が好きだった藁巣に入れて、ずっと話をしました。今までのこと、今夜のこと、お互いのこと、私のこれからのこと。
ももは、顔色がとてもよく、息が少し荒いだけで、眠っているようでした。これまで飼ってきたどの鳥とも違う様子に、もしかしたら死なないのだろうかなど考えたくらい、不思議に穏やかでした。
昼から何も食べていなかった私は、菓子パンを齧りながらももと話を続け、送られてきたメールに数十秒目を通し、次に目を向けたら、ももは息を引き取っていました。

不思議な死に方でした。
小鳥は、死ぬときに必ず魂をもがれるかのように羽ばたいたり、暴れたり、暗がりに頭を突っ込んだりします。老衰だったため、そんな力もなかったのか、それとも違う何かだったのか、分からないけれど、最後まで天晴れな彼らしい死に方だと思いました。


すぐに全身を清めてやり、頭を櫛でとかしてやって、手縫いの着物地の布で体を包み、夏場なので冷蔵庫に入れました。
今日、これから実家に埋葬に行ってきます。
計画では、もう少しももの体調が良くなったら、ももが大好きな「ねんねのおじさん(うちの父)」に会いに行こうと言っていて、父も楽しみにしていました。父とももの間には、言い尽くせない絆があったようです。父が酷く落ち込んでいるだろうと思うと、少し心配です。



私と過ごしてきた文鳥ズ3羽が、これで全て他界しました。
今の私は、もういないことの悲しみはありますが、元気です。
悔いなく最後まで一緒に過ごすことができ、ここに書ききれない程の多くのことを彼らから学ばせてもらいました。
私たち人間よりも、文鳥の時間は10倍早く流れていきます。私の1日は、彼らの10日に当たります。そう思うと、いつも私は今日出来る限りのことを今、と自分の人間としての人生も考えてきました。

今、私の人生の色んなものが変化を迎えています。
私もいつか必ず死にます。
もものように毅然と生き、あるがまま自然に死にたい。
そのために今日も、毅然と生きていきます。



心の病気や虐待について理解が広がりますように。ランキングに参加しています。応援よろしくお願いします。  
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カテゴリー<文鳥>は、今後も残しておきます。
今後もうちの文鳥ズについて書ききれない色々なことを書く予定です。また、文鳥の知られていない知能の高さ、魅力、健康管理についても、情報を提供できればと思っています。今後とも、よろしくお願い致します。

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文鳥 | comment(31) |


2009/03/18 (Wed) 永眠しました

3月17日 22時45分、私の大切な家族、文鳥のむくが永眠しました。
8歳半でした。

20090318.jpg
1ヶ月前に撮影。右がむく。


先週から、皮付き餌が食べられなくなりペレットしか食べなくなったので、今日、何種類かのペレットを買ってきたばかりでした。

3日前から、お気に入りのパソコンの上ではなく、窓辺の机の上で日向ぼっこしていました。珍しいなと思っていました。太陽に向かって、彼女が何を考えていたのか分からないままでした。


むくは、去年の2月に亡くなった白文鳥のきり(♀)と、現在も長生き桜文鳥もも(♂ 10歳半)との間に生まれた自家製文鳥です。小さな数センチの卵の頃から知っています。そして、今日死ぬ瞬間まで私はむくを抱いて一文鳥むくの人生に寄り添うことができました。

当初は、鬱気質の文鳥でした。
彼女自身の努力と覚悟で、うちの三羽の文鳥たちの中で、一番やんちゃで食いしん坊で愛嬌がある子になりました。
実家では、夕飯の炊きたてご飯を貰うのが大好きになり、夕飯の時間になると家族より誰より先に、むく指定の椅子の背に30分も前からじっと座って待っている利口な子でした。


闘病で、彼女の真っ白な体は、臨終時、全身血飛沫や飲み損ねた薬や糞で汚れていました。綺麗に洗ってやってドライヤーで乾かし、櫛と手で整えて、私が見慣れていた元のむくになりました。
木の実と日向の匂いが混じった、むくの匂いがします。


彼女らしく、最後まで生を全うしました。
むくは、誇りです。


◇2008/10/04 (Sat) 文鳥だって悩みます ? 文鳥の生き様に学ぶ ?


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文鳥 | comment(26) |


2009/03/17 (Tue) 生を抱く

8歳半の白文鳥むく(♀)に、腫瘍が見つかったのが2ヶ月前のことだ。
それから、通院と朝晩の投薬、体重測定、闘病を続けている。

腫瘍と思われるものは、上クチバシと腹部。
特にクチバシが酷い。
最初は、クチバシの変色から始った。
美しい赤色だったが、紫に変わり、貧血を起こすと黒色に変わる。

クチバシの内部にあるらしい腫瘍が片方の鼻から出てきて、みるみるうちに大きくなり、現在、文鳥の目の7,8倍の大きさだ。
見た目は、血の大きな塊に見える。
腫瘍のせいでクチバシが盛り上がって割れかけていたり、逆に下のクチバシが異常発達して舌を巻き込むようになり、下のクチバシをカットしてもらったこともある。

今日少し目を離したときに、自分で引っ掻いたらしく、カサブタが取れて大量出血を起こし、失血のショックで倒れていた。

こういったことが、先月から続いている。
失血で立てなくなったのは、今夜が初めてだ。
体重が減っている様子はないが、腫瘍がどれだけ大きくなっているのか分からないので、実際の体重が分からない。

私を、とても頼るようになった。
止血の手当てをする私の手の中で、むくは大人しくしていた。
力なくも抱っこをせがむから、しばらく手の中で看病していたが、温度が足りないので今は電気毛布を入れたベッドに入れている。
息が荒い。

老いから来る白内障で、片目が完全に失明してから1年は経つが、一番元気でやんちゃで食いしん坊だ。
そのむくが、クチバシの異常のせいか腫瘍のせいか、以前食べていたもの殆どを食べなくなった。食べようとするが、食べられないようだ。一種類のペレットしか食べない。


更に年長のもも(♂)は、10歳半になった。
今月の頭、むくが出血して手当てをしている間に、突然低体温で危篤状態になった。
その頃、私は酷い鬱で、この二羽の命が重くて重くて仕方なかった。
そんな瞬間は、今まで何度あったかしれない。
それでも、文鳥ズは生きていて、自然が任じたままに疑いもなく生きようとしている。


明日生きていたくない私が、明日生きているか分からない文鳥たちの看病をするのは、複雑な気持ちだった。
今の私は、今日を生きていて、明日も生きていこうとしている。
私ができることは、彼らの生老病死を彼らと同じように、あるがままに受け入れ、私に出来るだけのことをさせてもらう、それだけだ。

生きることは、苦しい。
楽しいこと、楽なことがあったとしても、悩みはいつも尽きないし、思い通りにいかないことの方が何と多いことか。
苦しい生を全うしようとする生物に、等しく敬意を私は抱く。
自分の生の重みから目を逸らさず、与えられた運命を嘆くでもなく、逃げるでもなく、誤魔化すでもなく、身一つで全うする生を無言で讃える。

むくの呼吸が、どんどん荒くなっている。
明日の朝が、分からない。
私は、あらゆる全ての可能性を覚悟している。
付き合えるだけ付き合おうと思っている。



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文鳥 | comment(2) |


2008/10/04 (Sat) 文鳥だって悩みます ? 文鳥の生き様に学ぶ ?



食い気>眠気(眠くてリラックスしているので羽毛が膨らんでます)
うちの白文鳥むく(♀ 8歳)です。


桜文鳥もも(♂ 約10歳)と 白文鳥きり(♀ 享年7歳)の娘です。
文鳥の中でも、美形ギャル顔かと思っています。

とにかく食いしん坊。
盗み食いして味を覚えた中でも、味噌汁とポテトチップスが大好き。どちらも健康に絶対悪いので、こっそり食べますが、味噌汁は椀のデザインを覚えているし、ポテトチップスは袋のデザインを覚えているので、空になった袋の中に潜り込んだりします。
文鳥の脳は、恐らく小さじの先ほどもないのですが、70%は眠ったままだという人間の脳と違って、フル稼働しているのかもしれません。賢いです。

彼女むくは、ももときりの娘。自家製文鳥です。卵のときから、知っています。
初めてももときりが孵した卵が、むくでした。
手乗りにするには、生後2週間ほどで親から離し、人間が手ずから餌をやるのですが、そのせいでドーンと育ったむくが部屋デビューしたときには、両親は自分たちの子とは認識できず、縄張り意識が強い文鳥社会なので、かなりいじめられました。

幼いながらも、文鳥ながらも落ち込みはひどく、むくは数ヶ月の鬱状態に入りました。
文鳥が鬱なんて、と思われるかもしれませんが、そこは人間と同じで、私が帰宅すると、むくは部屋の片隅で何もない壁に向かってポツンと立ち尽くし、首をうなだれてずっと過ごしているのをよく見かけました。

私のポリシーとして、あまりに酷い怪我に発展するような喧嘩には口を挟んでも、それ以外は出来るだけ彼ら文鳥のルールを尊重すると決めています。人間である私が持っている善悪の基準とは別に、文鳥である彼らの善悪やルールが存在します。
自分の力で文鳥社会の中での地位を築かなければならない、シビアな文鳥世界。
人間である私に受け入れてもらうことと、文鳥社会の中で認められることは、また別の問題なのでした。私は、陰ながらに、むくが明るく暮らせることを願って見守るのみでした。


あるときから、私が集めて並べていたマニキュア瓶が、毎日倒されるようになりました。
出かける前には全て立たせておくのに、帰ってくると一本残らず全部で2、30本倒されているのです。犯人は誰なのか。三羽の文鳥ズのどの子かには違いないのですが、長らく現場を押さえることができず、わかりませんでした。

ある休日、マニキュア瓶目掛けて飛んでいって、飛び蹴りを食らわすむくを見ました。
あたかも敵に挑むかのように、むくは文鳥特有の「キャルルルルル!」という威嚇の声をあげて、次々と瓶をクチバシの鋭い突きを繰り出しては薙ぎ倒し、倒れない瓶は足で蹴り倒し、踏み散らし、一本残らず倒したのでした。物凄い怒りでした。ライバルももに追い回され、突つかれ、首根っこを噛まれて宙ぶらりんに吊り下げられようとも怯えて無言だったむくが、マニキュア瓶に挑みかかる様子は鬼気迫る迫力でした。

私が立て直すと、「まだ生きていたのか!」といわんばかりに瓶に向かって再び「キャルルルルル!」と挑みかかり、やはり全部倒してしまいました。

その頃から、食事のときの箸に向かっても怒って戦いを挑むようになり、ペンにも向かってくるようになりました。
日々、むくの顔が生き生きとしていきました。

彼女は、どうしても勝てないライバルももに対して喧嘩で勝つ方法をずっと模索していたのでした。

マニキュア瓶や箸やペンに対して連勝を続けたむくは、ももに向かっていくようになりました。追いかけられて逃げ回るだけでなく、少し怯えながら逃げ腰ながらも「キャルルルルル!」と声を発して対抗するようになりました。


文鳥のむくなりに、うちの中での立場に数ヶ月悩んだ末、文鳥として生きていく覚悟を決めたのだと思います。いじめられるばかりでなく、立ち向かっていく術を必死で学ぼうとして、見事性格の改善に成功しました。
「喧嘩は文鳥のたしなみ」といわれるほどに、自己主張が強い文鳥社会において、へこたれていては生きていけないのです。
喧嘩ができて、一人前の文鳥。気が強く誇り高い文鳥本来の文鳥魂の覚醒を見るようでした。


いまだに彼女は、マニキュア瓶や箸を許しません。それらは、さながらむくのサンドバック。
やっつけると胸を張って、誇らしげです。
うちの文鳥ズの中で、彼女だけがペットボトルやワイン瓶の天辺に立てます。バランス感覚が抜群、身体能力も高く、食欲も旺盛で遊ぶことが大好きです。今の彼女は、生き生きとしています。



動画は、先週撮ったものです。
文鳥ズが好きな豆苗を、むくが食べているところ。
片足で押さえて食べています。
けれど就寝時間近くなので、眠くて眠くて半分寝ぼけています。携帯カメラを向ける私に、豆苗で汚れっぱなしのクチバシのまま、何やってんの?とカメラ目線。
眠気より食い気。それが、むくらしい。


彼女は、実家の食卓に彼女専用の椅子を与えられています。
夕飯の時間数十分前、人間よりも早く自分の椅子に着席して、じっと待ちます。
着席といっても小さいので、背もたれの天辺に大人しく立って、食事の準備が整うのを落ち着いて見守っているのでした。
何よりも炊きたてごはんが大好きで、食い気のためなら行儀を守る、文鳥らしからぬ律儀な面も持っています。


母親のきりが亡くなった頃、父であり、むくの最大の喧嘩仲間だったももは、高齢で飛べなくなっていました。
きりが死んだ翌日の不思議な出来事は、また別の機会で書きたいけれど、きりの死をどうして知ったのか、むくとももは、きりがいない生活をどう生きていくのか話し合ったようでした。
その日から、彼らの関係は一変しました。


今や、むくはももに愛情を注ぎ、ももの介助をするようになりました。

ももが移動したいと私に向かって鳴いていても私が気づかないとき、叫びながらむくが飛んできて知らせます。
ももが転んで起き上がれないとき、むくが得意の飛び蹴りで起こしてやります。
それでも、どうしようもないときは、私にももの危険を知らせに来てくれます。

また、リーダーは昔からももなのですが、むくは常に生活のタイムキーパーです。文鳥ズで取り決めでもあるのか、就寝時間を過ぎても寝かせる準備を私が忘れていると、必ずむくが叫んで人間に抗議します。
同じく、文鳥たちが寝ている時間にドライヤーやテレビの音などがうるさいと、自分たちが我慢できる騒音レベルまで人間が落さない限り、叫んで抗議し続けるのも、いつもむくです。そんなときは、マナー違反を彼女に丁寧に詫びた上で、遠慮して極力静かに心掛けます。すると納得してもらえて、多少の騒音は譲歩してくれます。決して、怒りすぎず、しかしきちんと主張する。
人間と自分たち文鳥ズの共同生活が、譲り合いであることを心得ているかのようです。


高齢で片目は白内障でほぼ失明していますが、変わらず元気で健康で、遊び好きで、自己主張がはっきりしています。
俯いていた子供の頃のむくの背中を、時々思い出すことがあります。
よく頑張ったね、むく。
親ばかと知りつつも涙ぐんでしまう私。
むくがいるから、生活全般介助を必要とするももを、安心して見ていられます。
むくが、私やももを支えてくれる日がくるなんて。
私の中では、むくはいつまでも末っ子。
けれど一羽の文鳥としてのむくの生き様には、多くのことを無言で教えて貰っています。

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関連記事
◇文鳥生涯唯一のラブソング
カテゴリー<文鳥>

次回のカテゴリー<文鳥>では、今のももとむくの仲良し動画をお届けする予定です。

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文鳥 | comment(7) |


2008/09/28 (Sun) 文鳥生涯唯一のラブソング(動画)

※音が出ますのでご注意。


動画で初お目見え。
うちの桜文鳥オス9歳(12月で10歳です)もものラブソングです。実家の母の手の中にいるときに携帯で撮影。


文鳥のオスは、生まれて死ぬまで、唯一のオリジナルソングを歌い続けます。
メロディーは、まさにオリジナル。一羽一羽違います。
メスは、歌いません。チュンチュンと話すくらい。
オスは、生まれてしばらくすると歌の練習を始め、その時から、自分の好みのメロディーを一から作っていきます。文鳥といえど、音楽センスが問われるのです。
自分の満足がいく歌が完成すると、生涯その歌を歌い続けます。

歌は、メスへプロポーズするときに文鳥ダンスとセットで歌います。
いわば、求愛のラブソングなのです。
普段、機嫌が良いときにも歌います。人の手の中で寛いでいるときや、眠くてとろとろしているときなど、安心しているときに歌います。
歌を褒めると、誇らしげに胸を張ります。もともと胸がふっくらしているのですが、さらに胸を張るので文鳥ながら鳩胸みたくなります。
手乗りの小鳥を飼ったことがないと、鳥に表情なんてあるのかと思われることがよくあるのですが、鳥も笑います。ほんまです。歌を褒めると、ももは胸を張って笑顔になるのです。そんなバカなという人も、1ヶ月も文鳥たちと一緒に暮らすと、「あ、今笑ってるわー」「今落ち込んでるよ」とか言います。

ほんまです。


文鳥の平均寿命は6?7年といわれていて、ももは長老級かもしれません。
現在10歳近く。私が闘病をはじめた頃、最も死にたかった頃、一羽と一人で生活をスタートさせたのでした。

ももの妻白文鳥のきりが亡くなり、うちの文鳥はももと、娘の白文鳥むく(現在8歳)の二羽になりました。
中でも私の傍に一番長くずっと一緒にいてくれるのは、ももです。
10年生きていると、利口になって人の心の動きがよく分かります。
数年前から全く飛べなくなり、足腰が弱ったせいかピョンピョンと飛び跳ねることもなくなり、主に二足歩行になりましたが、元気で毎日歌を聞かせてくれています。
用事を頼むとき、主に移動だとか水浴びの用意をしてくれだとか、人の注意を引きたいときにも歌います。歌で用事を頼むのは、ここ数年でももが自分で考え付いたアイディアでした。叫ぶのではなく、歌う。文鳥ももの、人生哲学を垣間見る気がするのは、文鳥バカの証なのか。


ももの場合、これまで2回歌の端々を修正しました。若いときの歌とは、ちょっと変わりました。
前よりもメロディアスになり、テンポがよくなり、たまに歌い終わりを気紛れにアレンジします。アップした動画の最後の部分は、この日のもものアレンジエンディングです。


この歌は、冒頭のイントロが抜けてます。イントロを省くことにしたのか最近イントロが聴けません。
「カルルルルル・・キャルルルル・・・」から始まってたのだけど。人間でいう巻き舌みたいなもので、喧嘩や威嚇や自己主張のときに発する声でもあるのですが、何でも歌に組み込む旺盛な音楽を愛する心に感服です。
彼ももは、歌に関して向上心が強く、人の口笛も真剣に聞きます。クチバシと唇の感覚1ミリまでににじり寄って真剣な表情で「音楽鑑賞」します。しかし、へたくそなメロディーには怒って唇を突きます。唯一ももに尊敬されているのが、口笛上手なうちの父です。
小さな文鳥ながら、父に対してのももの敬意は、傍目で見ていても深く深く、何十分でもじっと動かず真剣に耳を傾け続けます。

今後、この曲がどう変化するのかは、ももしか知りません。
どんな歌でも私を幸せにしてくれます。
いつもありがとう。もも。
これからも、よろしく。


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文鳥 | comment(16) |


2008/09/08 (Mon) セラピスト・文鳥

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私がボーダーの症状で泣き喚きながら記事を書いていようと、ベッドに突っ伏して泣いていようと、無気力にぼんやりしていようと、文鳥たちは実にいつものペースで彼らなりの生活を営んでいる。
決まった時間に起床し、朝食を食べ、菜っ葉を食べ、水を飲み、さて出かけるかとカゴを飛び出し、長老のももは飛べないので私が目的地まで丁重にお送りする。
一番気に入っている部屋で最も高い場所にある巣箱まで送り届ける。ももは、今年に入って老眼のせいか視力が格段に落ちて羽ばたく力もないので、万が一足を滑らして落下したときのために、巣箱の下にはクッションを敷き詰める。

そうしていると、何時間もこもって出てこない。
むくは元気が有り余っていて退屈だから、たまに私の様子を見に来る。
水浴びするから水をためろと要求したり。

まだ大阪のマンションの室温は高くて、クーラーがないとうだって死にそうに暑くなる。冷房のためにキッチンとの境のドアを閉めている。文鳥たちの餌や水がある鳥かごは部屋にあって、別荘にしている巣箱はキッチンにある。
巣箱にこもっていた文鳥たちが、こちらの部屋に来たいときは、ドアの向こうから文鳥語で「開けろ!開けろ!そっちに行くんだぜ!」と叫ぶ。開けるまで叫ぶし、面倒で聞えないふりをしていると、むくなどは小さい体でドアにとび蹴りをかます。開けるしかない。
餌を食べ、水を飲み、こちらの部屋である程度遊んだら、また別荘に帰る文鳥ズ。
またも「開けろ!開けろ!向こうに行くんだぜ!」と叫ぶので、またドアを開けなければならない。聞えないふりをしていると、やって来て私をつつく。意思表示がはっきりしている。
コミュニケーション能力が高くて、小さい体の文鳥に宿る知恵には舌を巻くことが多い。

文鳥たちが私を笑顔にしてくれたり、文鳥たちと食べる夕食(彼らは白米しか食べられないが)は心和む。
最年長の桜文鳥ももとは、私が闘病を始めたばかりの頃から約10年の付き合いになる。
最近、抱っこをよくせがむ。握ったまま一緒に昼寝することも多い。
健康で長生きして欲しい。

元気で、いい子にしてくれてて、ありがとう。楽しくしててくれて、ありがとう。
毎日寝かせるときに、二羽に声をかけるのが常になった。
この部屋で私が責任を持つとしたら、この愛すべき文鳥二羽に対して。
それだけは確かなことで、不安定な私を、生きることによく繋ぎとめてくれる。

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文鳥 | comment(2) |


2008/06/29 (Sun) <リアルタイム実況中継>文鳥様と専属メイドの朝

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↑左の白文鳥メス7歳 むく  →の桜文鳥オス9歳半 もも 父と娘


午前6時 起床・洗顔・歯磨き・メールチェック

午前7時 麦茶をストローで飲む(←高級感が出て美味い気がする。錯覚) 9時まで手持ち無沙汰で昨日の疲れも取れず、再就寝。

午前8時 再起床・9時まで手持ち無沙汰・とにかく9時まで手持ち無沙汰・デスク周辺の片付け・手帳のチェック

午前8時20分 ストレッチ開始・まんべんなくストレッチ・9時まで静かにストレッチ・C太郎おじさまからのコメントの一行目を目にして「はうあっ!」と声を上げる。いたいいたい。

午前9時 ついに私が待ちに待った目覚ましが鳴る・同時に文鳥ズが叫ぶ「起きるぜ!起きるぜ!」

午前9時1分 「おはようございます」と文鳥ズのカゴにかけてある暗幕を取る。「うむ。苦しゅうない」と文鳥様たちは悠々と朝一度目の伸びをなさる。

午前9時2分 即座に朝食を食べ始めるむくと、寝起きが悪い爺ちゃん文鳥ももを眺める。介護が必要なときに、いつでもお世話させていただくためである。

午前9時15分 痺れを切らし「ごはん食べる?」と、わら巣に入ったももに階下(下段のえさ入れ)への移動を介助すべく手を差し出す。「食べねーよ」と噛まれる。眠そうなくせに、ガブガブ噛まれる。痛い。「すいまっせん」と引き下がる。

午前9時20分 「ごはん食べるよね?」と、目が覚めてきたももに手を差し出す(←あくまで彼は介助が必要)。また噛まれる。せっかちなメイドに、むくも機嫌を損ねたらしく関係ない彼女からも噛まれる。文鳥二羽に怒られ、多少理不尽な気持ちに襲われる。

午前9時21分 ももがわら巣から登場する。「エサ食べるぜ。下りるぜ」と私に移動エレベーターを要請する。「だからさっき手出したやん」と文句を言いつつも、エレベーター係をきっちり務めさせて頂く。むくは、朝からハイテンションで部屋中をめちゃくちゃなアクロバット飛行。カーブを切り損ねたむくに、翼で頬をビンタされる。

午前9時45分 待ちに待った掃除が出来そうだ。掃除機など用意する。掃除が好きだ。

午前9時50分 食事を終えたももが、キッチンの最高台(彼らの別荘の一つ。1日に数度はここで数時間寛ぐ)へ行くから上がらせろと小走りに走ってきて私に要請。エレベーター係りを務めさせて頂く。再び、アクロバット飛行していたむくに、後頭部をひっぱたかれる。わざとじゃないかと若干、疑う。(実際、実家の父は、むくにおちょくられている)

午前9時51分 文鳥ズは高台の別荘で寛ぐ。見下ろされつつ、部屋中の掃除開始。掃除機をかける。拭き掃除をする。鳥かごを掃除する。最後に、彼らが滞在中の別荘の掃除がしたくて、たまらなくなる。「お寛ぎのところ、大変申し訳ございませんが、少々お掃除させて頂いてよろしいでしょうか」と、腰を低くお願いしてみる。雑巾を手に拭き掃除にかかる。即座に、むくにキャルルルル!と怒られ「後にしろ。今寛いでんだよ」と手を噛まれる。「そうですね。わたくしめの気が利きませんで申し訳ございませんでした。後に致します」と無礼をわびて引き下がる。

午前10時 文鳥さまたちが寛いでらっしゃる隙に朝食を食べる。納豆ごはんを、ネバネバ食べる。

私は、だいたい毎日6?8時の間に起きる。
文鳥たちの起床時間は、午前9時。就寝時間は、午後9時。
彼らの脳内時計は正確で、この時間から遅れると暗幕の中からチュンチュン叫んで指図される。
「時間だぜ。起きるぜ」「時間だぜ。寝るぜ」
彼らの睡眠中、ある程度の騒音は許してもらえる。そこらへん、同居人兼世話係(←彼らからすれば私はもっぱら専属メイド)の私の生活リズムも尊重してくださっているのである、文鳥様は。
けれど、一定のデシベルを超えると即座に「おい!何時だと思ってんだ。こっちは寝てるんだぜ!音を小さくしろ」と、主にむく様からチュン!チュン!と激しく抗議される。
特に彼女は、ドライヤーの音がお嫌いである。テレビや私の鼻歌や音楽は多少許して頂ける。
ももは、すっかり年寄りで文鳥が丸くなった。気性が荒く、自己主張が激しい文鳥、しかし愛情も熱い文鳥。9歳半になると、長老のような落ち着きと貫禄と、田舎の寡黙な爺ちゃんのような素朴な空気を纏うようになった。
幼鳥時代に1年かけて自作で作り上げるラブソングを、文鳥のオスは死ぬまで歌い続ける。文鳥一羽一羽、己の感性で作り上げた生涯唯一のラブソングだ。
若いときほど歌わないが、機嫌が良いときは歌ってくれる。近年、彼は何を思ったか、クライマックスの部分をアレンジした。前よりも、メロディアスな曲になった。


午前10時20分 むくが「水浴びするぜ。風呂の準備をしろ」と、シンクのふちにとまって隣室の私に叫んで知らせる。文鳥様専用バスタブに水をくんで差し上げる。別荘で寛いでいたももに「いかがいたしますか?」と移動用エレベーターを近づけてみるが「俺はいい」と断られる。
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午前10時25分 むく様の気が変わる。キッチンまわりをうろうろと遊び始める。そこにももが加わるというので、エレベーター係りを務めさせて頂く。
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午前10時30分 文鳥ズ二度目の朝食。もものエレベーター係りを務めさせて頂く。

現在 ようやくキッチンの上の別荘の清掃に取り掛かれる。
同居人文鳥ズには、気を遣う。

午前11時現在 掃除に取り掛かろうとしたら、ももに呼び止められる。今度は、私のベッド近くのもう一つの別荘で寛ぐらしい。もものエレベーター係を務める。

以下、加筆。

午前11時10分 ようやくキッチンの文鳥様別荘を掃除する。背後に視線を感じて振り向くと、洗濯機の上から、むくが私の様子を眺めていた。何をやってるんだと監視の目に見えなくもない。

午前11時半 やはり、むく様が朝風呂をご所望。再び文鳥専用バスタブに水をためる。もも様も、今度はご入浴。掃除したばかりのキッチンの床が、びっしょびしょになる。キッチン高台の別荘で水浴び後の羽の手入れをなさるそうなので、エレベーター係を以下略。ついでなので、床掃除する。


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文鳥 | comment(6) |


2008/02/17 (Sun) 白雪に撫子

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昨夜は、
きりの死と対面しなければならない事を恐れていたのか、
木曜日にカウンセリングに行けなかった時と同じ症状。

体が全く動かず、思考も、すぐに別の方向へ彷徨ってしまう。
全然関係のない話を、友人のブログでしてみたり、
自分のブログでも、ふざけていたり。


次の瞬間、実家に戻らなければ、きりを埋葬しなければ、
ももとむくにも、きりと会わせてやらなければ、
と、激しい衝動にかられ、
きりを思って泣き、また次の瞬間には意識が飛ぶ。
荷物の準備も一向に進まず、気がついたら寝ていたり、
気がついたら掃除していたりの繰り返し。


何とか、夜分遅くに実家に着いた。
枕元に、小さな祭壇を作り、小瓶に飾られた花を置き、
きりと一晩、一緒に眠った。
きりは、私が見てきた小鳥の死体とは違った。
普通は硬直して、足がのびるものだが、まるで自然な姿だった。
頭や背中を撫でてやったら、本当にいつものきりの感触と、
何一つ違わなくて、死んでいることが不思議に思えた。


今日の昼、きりの夫ももと、娘のむくに、対面させた。
ももは、きりが死んだことを知っているようで、
けれど、きりの遺体に向かって、いつもの愛しげな挨拶をした。
応えないきりを、不思議そうに見た。
それから、きりのクチバシをつつき、反応がないことを知って、
戸惑っていた。

きりのために、ももが集めに集めた巣材で飾り付けた巣箱に、
入って、ときりに言ったけれど、
きりの反応がないから、やはり戸惑っていた。


むくも、きりのクチバシをつつき、それから、
これまで一度もしたことはないのに、
きりの頬や頭の毛を、くちばしで整えてやっていた。


夕方、きりを庭に埋葬しようとしていたとき、
空からぼたん雪が、ふわふわと降ってきた。
真っ白なそれは、きりの羽毛のように純白で柔らかく、軽かった。
母が掘ってくれた穴に、色とりどりの菊の花と、
それから一番きりに似合う薄いピンクの花でベッドを作り、きりを寝かせ、
また上から、馨しい香りを放つ菊の花弁をちぎって、きりにかけ、
上から丁寧に土をかぶせた。

墓標代わりに、
庭に咲いていた撫子と、南天の実を小瓶に生けて、飾った。
そういえば、きりを見ているといつも、
「大和撫子」という言葉が浮かんだものだった。


多くの方に温かく見送って頂き、
生前と変わらぬ姿できりは、撫子の花の下に眠った。
「きり」と声に出して呼ぶことが、
これからなくなるのだろうと思うと、変な気分だ。
私がきりにしてやれる最後の仕事を、無事、終えられた。


文鳥ズ 一番右がきり
20080217allbun.jpg



最近撮った きり
kiri2007.jpg







きりと私へ、たくさんのコメント、本当にありがとうございました。
お友達ひさぎさん、梨子さんはじめ、
きりへの冥福を祈ってくださる絵、詩、記事を掲載してくださいました。
そちらへも多くのコメントを頂き、皆さんの温かさに、
私と、それから幸せ者の文鳥きり共々、心から感謝しています。
この世に生を受け、生を終える尊さと喜び、悲しみを感じています。
今後、私の気持ちの整理がついたら、
きりも交えた文鳥写真をアップすることもあるかもしれません。
その時は、この子もいたな、とさりげなく見てやってください。
私にとって、きりは、ずっと私の子供です。
皆さん、本当に、ありがとうございました。



                           美鳥&きり







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文鳥 | comment(22) |


2008/02/15 (Fri) 名も無い花と

私と文鳥きりへ、皆さん、たくさんの言葉を寄せてくださり、
本当に、ありがとうございます。

こちらですべきことがあり、
私はまだ、きりと対面していません。
明日、実家に戻る予定です。
今日は、解離のためか何も感じないときもあれば、
急に衝動的に泣き出したり、収拾がつかない感じです。


皆さんにコメントいただく度に、泣いています。
それ以外では、泣きません。
泣けないのか。
泣かないのか。

相変わらず私は、泣くのが下手くそです。
皆さんに、助けて頂いてようやく、きりのために泣くことができます。
ありがとうございます。


皆さんが書いてくださったご自身のペットのお話や、
言葉にならないけれど、と書いてくださるお気持ち、
私を通して、すべてきりに届けばと願います。
これほど死を悼んでもらえる文鳥って、いただろうかと思います。
きりは、幸せだと思います。
皆さんも、大切な誰かを失っているんですよね。
本当に、みんな向こうで出会って仲良くしててくれたらいいな。


昨夜から、また記事を書いています。
泣きながら、いじめについて書いたり、過去について書いたり、
また泣き、きりを思い出し、また書いては、泣いています。

書き続けることが、今生きている私がするべきことだと、やっぱり思いました。
私の努力や希望や感謝、私が皆さんから頂く喜び、共感。
すべて、きりに届いているのだと思います。
うまくいえないけれど、命とは繋がっているものだと思うから。


今回、きりの死に際し、お寄せくださったコメントに、
私は、お返事が書けません。
申し訳ありません。
大切に大切に、おひとつずつ読ませて頂いています。
明日、こんなに悼んでくれる人がいるよ、と、
私を待ってくれているきりの元へ届けようと思っています。
きりに似合う、可愛い花束を持って行こうと思っています。


きりの代わりに、皆さんへ。
深々と。
ありがとうございます。
皆さんの大切な誰か、愛するペット、
先立って行った全てのものが、
どうぞ安らかに楽しく過ごされていますように。





Dragon Ash with Sugar Soul - Garden




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文鳥 | comment(5) |


2008/02/14 (Thu) きり 白文鳥 メス 八歳。

本日、22時5分、白文鳥のきりが亡くなりました。

3週間の闘病生活中、実家で家族に手厚く看病され、
一番可愛がっていた父の手の中で、眠るように息を引き取りました。

ちょうど誕生日を迎えたところで、享年八歳でした。

私は、明日実家へ戻る予定でしたが間に合いませんでした。
自分の体調を押してでも、戻るべきでした。
容態が急変した30分ほど前から、電話で様子を聞き続けました。
以前、インコをみとったことがありますが、
そのときに比べて随分と安らかな死だったように感じます。


私は死に目にあえませんでした。
でも、電話越しに私の声も、きりに届いていればと思います。

きりは、8年前、私が闘病で苦しんでいる最中、
桜文鳥のももの嫁として、我が家に来てくれました。
最初は、ももに毎日宙吊りにされて、いじめられていました。
しかし、いじめられても、いじめられても、ももについて行き、
一年後には、むくを生み育て、その後、
桜文鳥2羽も夫婦で生んで育ててくれました。

ここ数年は、立場が真逆になり、すっかり夫を尻に敷く妻になっていました。

ごはん粒をあげても、他の二羽と違い、
端から丁寧に残さずきれいに食べていく様子は、
ナイフとフォークを手にした貴婦人ようで、
「きりはマナーがいい」と実家でも評判でした。

人にも文鳥たちにも、いつも控えめな態度で、でも芯が通っていました。
ももが、理由なくむくをいじめたりすると、
むくを巣箱に避難させ、自分が入り口に立って、夫を追い返したりするなど、
正義感が強くて、公正な子でした。

寒がりで、よく私にも抱っこをせがみ、特に、
本を読んでいるときなど、本と手の間に必ず入りたがりました。

娘のむくと、よく二人で連れ立って、
暗がりへびくびくしながらも探検に出かけたり、
また夕飯の時間を完璧に覚えていて、実家の食卓には、
きりとむくの席が決められていて、人間より早く定時には、
むくと並んで着席し、ごはんを待っていた、賢い子です。


きりが本棚の裏に落ちていたときがありました。
そのとき、ももは知っていたのですが、
ちらりと見たまま去ってしまいました。
私たち人間が、きりを助けたのですが、その日以来、
きりは夫に先にごはんを食べさせようとしなくなりました。
夫に譲っていたわら巣にも、入らせようとしなくなりました。
半年ほど、夫にきちんと制裁を加えていました。
人間には、苦しいとき、辛いとき、寂しいとき、
必ずSOSを出すようになりました。
妻として、夫を立てるときもあり、厳しく一喝するときもあり、
きりの公正さには、夫も太刀打ちできなかったのか、
きりに怒られる度に、ももはすまなさそうに逃げ回っていました。


水に浸した米粒が大好きで、豆苗も大好きでした。
梨や柿、みかんも、好きでした。

小さくてキラキラしていて、チャラチャラと音を立てるものが好きで、
だから小銭が大好きでした。
なぜか、小銭を見ると怯えながらも遠巻きに、
ずっとずっと眺めている子でした。


きりは、賢く、凛々しく、控えめな中にも一本筋が通った文鳥でした。


今朝は、夫のももと会ったとき、ももが何か異変を感じていたらしく、
珍しく、妻きりの首もとや背中をクチバシで整えてやっていたそうです。
それが、8年間連れ添った夫婦の最後の姿になりました。


2日前には、むくが急に鬱っぽくなって落ち込み、
むくも何か感じていたのかもしれません。


先月私が実家を後にしたとき、きりは一番元気だったので、
まさかそれが最後になるとは思ってもいませんでした。
毎日数度容態を聞きながら、
実家に戻る時期と自分の体調を見ながら迷い続けていましたが、
間に合いませんでした。
ただ、きりにとっては、本当に手厚い看護のもと、
悪くない最後だったと思います。
実家の家族に、心から感謝します。


そして、長生きしてね、とずっと私が言ってたとおり、
きりは、本当に長生きしてくれました。
文鳥の平均寿命は6,7歳と言われていますが、
ちょうど8歳になるまで生きていてくれたきりに、心から感謝します。
きりは、私の子というより、夫ももの妻でした。
ずっと、そうだったと思います。
夫婦の写真を集めてアップしようと思っていました。


ももにきりの亡骸を見せても、
ももは意味が分からないかもしれません。
繊細なむくは、ショックを受けるかもしれない。
けれど、私と文鳥三羽で生きてきた家族ですので、
最後は、きりの亡骸を二羽にも見せて、ちゃんとお別れしたいと思います。

人間不信な私は、誰かと結婚したり、出産したり、
自分で家族を築くことは、生涯不可能かもしれないと思っています。
そんな私にとって、文鳥たちは、どの子も私の子供たちです。
何度も自殺を思いとどまらせてくれ、笑えない私を笑わせてくれ、
命の誕生に立ちあわせてくれ、寂しさを紛らせてくれました。
どんな私であっても、どんなときでも、
文鳥たちは変わらず私を慕ってくれます。


きりの回復を祈ってくださった方、本当にありがとうございました。
お陰さまで、あまり苦しまず旅立てました。



一羽の小さな命、文鳥といえど、最後まで立派な人生でした。
きり。
八年間、私の家族でいてくれて、ありがとう。





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文鳥 | comment(16) |


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プロフィール

美鳥(みとり)

Author:美鳥(みとり)
被虐待サバイバー。解離性同一性障害、うつ病、対人恐怖症ほか色々闘病中。境界性パーソナリティ障害寛解しました。毎日の光と影を綴ります。生育歴・来歴・病歴・活動はこちらをご覧下さい⇒<はじめに Profile>

講演活動・ユーストリーム放送しています。
講演のご依頼ご相談は、当ブログメールフォームからお願い致します。

診断名の有無に関わらず、生き辛さを抱える方々と温かい繋がりを目指しています。ご感想ご意見など、お気軽にどうぞ。お待ちしています。

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